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Date: 9月 15th, 2010
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(その24)

ワグナーは神々の音楽を創ったのではない、そこから強引にそれを奪い取ったのだ、奪われたのはいずれは神話の中へ還って行くのをワグナーは知っていたろう、してみれば、今、私の聴いているのはワグナーという個性から出て神々のとへ戻ってゆく音ではないか。
     *
この項の(その12)で引用したことを、もういちどくり返す。
ワグナーが、神々から奪ったのと同じ意味で、
録音という行為は、その場から「奪い取る」とまでは表現しなくても、「切り離してくる」行為である。

市販されているアナログディスクやCDによって音楽を聴くとき、
われわれは誰かの手によって「切り離された」ものを再生している。
そこに、聴き手の「切り離す」行為は存在しない。

バイロイト音楽祭を、それがたとえ誰かの手により録音されて、それがさらに誰かの手によって放送されていても、
その放送されたものから、五味先生は自らの手で切り離されていた、つまり録音されていた。
強引な表現がゆるされるなら、「奪い取る」につながる行為でもあろう。

だからこそ五味先生は、気に食わぬ演奏だとしても、消さずに残しておられた。
その「なぜ?」に対して、五味先生は「音による自画像」という答がすぐ返ってきた、と書かれている。

でもそれだけではない、そんな気もがする。
ワグナーが神々から奪い取ったものは、いずれ神話の中に還って行くように、
五味先生が切り取られた(奪い取った)ものも、いずれ「戻ってゆく音」であったように感じられていた。
だからこそ消されなかった、というよりも消すことは許されなかった。
消してしまったら、戻ってゆくことができなくなるから。

Date: 9月 14th, 2010
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(その23)

ボリュウムを少し絞る(音量を録音する対象よりも小さくする)という行為は、
さげた音量の分だけ「原音」からなにかをすこしだけ切り取る、といえないだろうか。

まずマイクロフォンが、その部屋に放出されたピアノの音すべて収録しているわけではない。
なにかを取り零している。言いかえれば、切り取って収音している。
それはなにもマイクロフォンが技術的に完璧なものでないだけでなく、
完璧なマイクロフォンセッティングがないためでもある。

とにかくすでにマイクロフォン(およびセッティング)で、原音を切り取っている。
切り取られ電気信号に変換され、録音器におくられる。
この伝送経路でもわずかとはなんからのロスが生じる。

電気信号は録音ヘッドによって磁気に変換されてテープへと写される。
ここでも、なにかが取り零され、切り取られていく。
そのテープを再生するときでも、完全にすべてを電気信号に変換できているという保証はどこにもない。

やはりここにも取り零しがあって、切り取られたものが電気信号へ変換されてアンプに送られ、スピーカーを鳴らす。

高城重躬氏のように、同じ空間(環境下)において、
そこにあるピアノを録音して再生することで「原音再生」を目ざして装置を改良していくということは、
取り零しを極力へらし、「切り取り」ではなくしていく行為のように、私は考える。

こまかいところでいろいろと指摘したくはなるものの、この手法そのものを、頭から否定しはしない。
正攻法といえば正攻法といえなくてもない。
だが、この手法によって改良された装置(音)が、誰かの手による録音、
つまり市販されているアナログディスクなりCDといったプログラムソースを再生するにあたり、
どれだけ有効か、ということについては、はなはだ疑問をもつ。

それは市販されているプログラムソースは、切り取られたのものではあるが、
それ以上に「切り離された」ものであるという性格が強いからである。

この「切り離す」行為が、五味先生のバイロイト音楽祭の録音行為である。
そう断言する。

Date: 9月 13th, 2010
Cate: 電源

電源に関する疑問(続・余談)

電源トランスがこれだけ発熱している理由は、どうもここにあるな、と判断し知人の了解を得て、
120V仕様に変更してみた。つまり1次側巻線を並列にすることで、巻線ひとつあたりに流れる電流を減らせる。

そのアンプの電源電圧の変更は、電源トランス附近のプリント基板上で配線をやりかえるだけで簡単に行える。
もし結果が芳しくなくても、すぐにもとの100V仕様にもどせる。

該当アンプの電圧増幅部はICによるOPアンプ(5532使用)、電力増幅段にもゲインをもたせている。
まあ多少アンプ部にかかる電圧が低下しても、動作上ほぼ問題はないと,私なりに判断しての作業である。

120V仕様にして電源をいれる。ファンの速度も低速でまわっている。
10分経過しても、ファンの速度は変らず。つまり電源トランスの発熱がぐんと減っている。
1時間経っても、天板がほんのり温かくなるだけ。それまでの熱さはなくなった。

これだけ変われば、音もとうぜん変化している。
即断してもらうよりはしばらくこのままで聴いてもらい、
もし以前のまま(100V仕様)のほうがよかった、ということであれば、
すぐに元に戻すから、ということで引き上げた。

結果、知人はそのまま使っている。
電源電圧が低下したわけだから、多少出力の低下はある。
それでも聴いた感じでは、むしろ120V仕様を100Vで使った方が音の伸びに関しても良い、といっていた。
アンプの動作にも、なんら異状は出ていない、という。

今回の手法が、どの海外製アンプにも通用するわけではない。
電源電圧の低下でアンプの動作に多少なりとも異状をきたすものもあるだろうし、
音質面でも芳しくない結果になるアンプだってある。

だが電源トランスの発熱の多さが気になるアンプでは、
どういうふうに100Vに対応しているのか、を回路図が入手できて調べることができれば、
今回の手法で解決できることもあろう。

Date: 9月 13th, 2010
Cate: 電源

電源に関する疑問(余談)

1年ほど前ことになるが、知人からアンプのことで相談があった。
彼が使っているのは業務用のパワーアンプで、何に困っているかというと発熱だった。

スペックをみてもそれほどの大出力アンプではないし、
回路図が、そのアンプメーカーのウェブサイトからダウンロードできたので目をとおしても、
発熱に関しては、それほど問題にならないはず、と判断できたにもかかわらず、
実際に知人の使っているアンプは、電源をいれてわりとすぐに天板がけっこう熱くなり、
2段切替えになっているファンも常時フル回転している。

30分ほど動作させたあと、天板をとってヒートシンク、その他の箇所にさわってわかったことは、
この熱の発生源はヒートシンクよりも、電源トランスだったこと。

電源トランスがすぐに熱くなり、すぐ近くのヒートシンクにもその熱が伝わっていた。
不思議なのは、電源トランスがこれほど熱くなること。
回路図上で電源トランスまわりをみると、ひとつ気がついた。
このアンプは、電源トランスの1次側のタップの配線をなおすことで、100、120、220、240Vに対応できる。
知人のアンプは、とうぜん100V仕様になっていた。

一見問題ないように見えるのだが、
もうすこし気をつけると、100V時だけ、他の電源電圧時と仕様が異ることがわかる。
1次側の巻線は120V用のがふたつある。

そのうちのひとつの巻線に100V用のタップが出ている。
120V時には、このふたつの巻線を並列にしているし、220V時には直列に接続して100V+120Vで対応している。
240V時には120V+120Vで、240Vにしている。

つまりふたつの1次側巻線を、100V時だけはひとつしか使っていない。
この電源電圧では、並列にしろ直列にしろ、巻線はふたつとも使っている、その違いがあった。

Date: 9月 12th, 2010
Cate: ステレオサウンド特集

「いい音を身近に」(その16)

このころ(1978年)は、小型のシステムはサブシステムと考えられることが多かった。

黒田先生も書かれているように、4343にSU-C01とSE-C01のペアをつないで、
いつものリスニングポジションから動かずに聴くのであれば、
この小型のコントロールアンプとパワーアンプのペアは、サブシステムのままにとどまるだろう。

大型の4343というスピーカーシステムとの組合せではなく、
ビクターのS-M3という小型スピーカーシステムとB&Oのプレーヤーとの組合せを、
「キャスターのついた白い台」とともに構成されたからこそ、聴く音楽にすこしの条件はつくものの、
メインの装置としてつかえるようになる。

「スタイリングは、サイズと構成の上に成り立つ」
インダストリアルデザイナーの坂野博行さんが、Twitterに5日前につぶやかれている。

Date: 9月 11th, 2010
Cate: ステレオサウンド特集

「いい音を身近に」(その15)

テクニクスのコンサイス・コンポ一式をむかえ入れられたとき、
黒田先生の部屋にはスピーカーはJBLの4343、パワーアンプはスレッショルドの4000、コントロールアンプは、
まだこのときはソニーのTA-E88(マークレビンソンのML7Lを導入されるのはまだ先のこと)だった。

この「より大がかりな装置」では、
「マーラーのシンフォニーをきくことも、リヒャルト・シュトラウスの楽劇をきくこともある」一方で、
「レコードによっては、スピーカーとききての間に生じる濃密な空気を求めて、
キャスターのついた白い台の一式できくことになるだろう」と書かれている。

「より大がかりな装置」は「小型の装置」よりも、「呼ばなかったであろうレコード」は少なくなる。
言いかえれば、「装置の呼ぶレコード」の数(種類、ジャンルの幅)は増えて広がっていく。

オーディオ機器としての能力が高いのは、呼ぶことのできるレコード(音楽)の多さ・広さと比例している、
そんなふうにいえるところがある。

けれど、黒田先生は「濃密な空気」を求めるときは、
「呼ぶレコード」の数・広さの少ない・狭い「小型の装置」を選ばれる。

さらに黒田先生はこうも書かれている。
     *
もし小編成のグループによって演奏された、ことさらダイナミックな表現力を必要としない音楽をおもにきくという人なら、この一式をメインの装置としてつかえるにちがいない。
もっとも、SU−C01+SE−C01を、一般的な使い方で──ということは、フロア型スピーカーにつないで、ききてが一定のリスニング・ポジションできくという使い方でということなら、その限りではない。
     *
そう、あくまでもアンプだけでなくプレーヤー、スピーカーを含めての装置一式を、
キャスターつきの台の上にのせて、という条件があったうえで、
「濃密な空気」を求めるときに聴くものであったり、
「ダイナミックな表現を必要としない音楽」とってはメインの装置として使える、ということである。

Date: 9月 10th, 2010
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past) を入力していて……(その45)

プログラムソースからテープデッキ、アンプはもちろんのこと、
スピーカーに至るまですべてマーク・レヴィンソンの手によるHQDシステムに対する、瀬川先生の試聴記を読むと、
やはりマークレビンソンは、アメリカ東海岸のメーカーだということを感じてしまう。

1970年代の後半、わが国では瀬川先生の文章によって、
JBLの4343(4341)とマークレビンソンのアンプの組合せから得られる音こそ、
最尖端であると受けとめられていたはず。すくなくとも私は、そう受けとっていたし、
いまもあの時代を代表する音だと言い切れる。

JBLはいうまでもなくアメリカ西海岸のメーカー。
対する東海岸には、ボザーク、AR、KLHなどのスピーカーメーカーがあった。

これもよく云われていたことだが、同じアメリカのスピーカーでも、西海岸と東海岸の音は大きく異る。
たしかKLHのスピーカーだったはずだが、レベルコントロールにふたつのポジションがある。
ひとつはFLATで、もうひとつはNORMAL。
FLATポジションは無響室での周波数特性(正しくは振幅特性)が、
ウーファーとトゥイーターがほぼ同じレベルであるのに対して、
NORMALではトゥイーターのレベルを明らかに抑えてある。

つまり、少なくともKLHの技術者たちは、特性上のフラットレスポンスよりも、
聴感上でもトゥイーターのレベルを抑えてあることがすぐにわかるレベルを「ノーマル」と判断した、というよりも、
そう感じているのだろう。

そういう傾向はKLHだけでなく、東海岸の、少なくともこの当時のスピーカーシステムには共通していたこと。
その東海岸にあって、マークレビンソンのLNP2やJC2の、とくにJC2のアナログディスク再生の、
あきらかに高域にウェイトのおかれた、ともいいたくなる性質は、異質だったのではなかろうか。

このことは、マーク・レヴィンソンとジョン・カール、
マーク・レヴィンソンとトム・コランジェロという因子とも深くかかわってくる。

Date: 9月 9th, 2010
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その26)

JBLのSG520は、マークレビンソンのLNP2に惚れ込まれていた瀬川先生が、
LNP2が登場するまでやはり惚れ込まれ、自宅で使われていたコントロールアンプであったことも、
もちろん大きな理由のひとつ。

でもそれだけではなく、これも瀬川先生が書かれたものと関係していることが、ひとつある。

瀬川先生はFMfanに連載記事を持っておられた。
そのなかで、あるユーザーのお宅の音について書かれていた。
瀬川先生が手術をうけられた熊本の外科医の方の音について、だった。

スピーカーシステムは、エレクトロボイスのパトリシアン800(おそらく復刻のほう)、
プレーヤーシステムは、トーレンスのリファレンス、アンプは、SUMOのThe Goldを決めてから、
あれこれコントロールアンプを試された結果、たどりついたのがSG520だった、とその記事にはあった。

LNP2も試されている。他の著名なコントロールアンプも試されたうえで、
すでに製造中止になっていたSG520をつないだときに、当時優秀録音として、
瀬川先生もステレオサウンドの試聴によく使われていたコリン・デイヴィスのストラヴィンスキーのレコードから、
いままで耳にしたことのないグランカッサの音が鳴ってきたからだった、というふうに記憶している。

これを読んだとき、SG520はやはりすごいアンプなんだ、とまた刻まれたからだ。

Date: 9月 8th, 2010
Cate: 録音

ショルティの「指環」(その13)

1982年夏にステレオサウンド別冊として出た「サウンドコニサー」の試聴レコードでは3枚。
アバド/シカゴ交響楽団によるマーラーの交響曲第一番、クライバー/ウィーン・フィルのブラームスの第四番、
それにカラヤン/ベルリン・フィル、リッチャレルリ、カレーラスらによるプッチーニのトスカ。
3枚ともドイツ・グラモフォンのレコードだった。

このときの試聴で印象に残っているのは、
当時から好きだったクライバーのブラームスではなく、アバドのマーラーだった。
試聴に使ったは第一楽章の序奏の部分。
こんなに張りつめた空気で、聴き手の集中力をどこまでも要求してくるかのように思えた響きの透徹さに、
何度も何度も聴くうちにすっかりくたびれてしまったということもあったが、
試聴後の話の中で、黒田先生の発言が印象深かったこと関係している。

どの機種のところで話されたのか、確認しようと思い、
いま「サウンドコニサー」をぱらぱらめくってみたけど、見つけられなかった。
まとめでは省略されてしまっただろうか。

黒田先生は、現代にマーラーが生きていたら、
第一楽章の序奏にはシンセサイザーを使ったかもしれない、ということだった。
アバド/シカゴ交響楽団の演奏は、たしかにそう感じさせるところが、その響きのなかにある。

アルマ・マーラーの回想記「グスタフ・マーラー──回想と手紙──」(酒田健一氏訳、白水社刊)にこうある。
     *
──『第六交響曲』の練習の時だった、マーラーは終楽章の大太鼓の強打音が弱すぎるといって、巨大な箱を取り寄せ、それに皮を張らせた。これを棍棒で叩こうというのだ。練習に入る前、この即製の楽器はステージに運ばれた。しんと静まりかえった緊張、やがて太鼓叩きが棍棒をふりかぶって打ちおろした。鈍くかぼそい音が出た。これが答えだった。そこでもう一度ありったけの力をこめたが、結果は同じ。マーラーはしびれを切らし、前へ走り出すと男の手から棍棒をひったくり、たかだかと振りかぶり、風を切って打ちおろした。あいかわらず情けない音。みな一斉に笑い出した。そこで従来のまともな大太鼓を持ち出すことになった。するとどうだろう、雷鳴一時にとどろきわたった!……
     *
しかもマーラーはこれで懲りることなく、バカにならない費用をかけて、
この「箱」を次の演奏会場にまで運び込んでいる……。

五味先生は、「マーラーの〝闇〟、フォーレ的夜」(「天の聲」所収)のなかに、
このエピソードを引用した上で、書かれている。
     *
「われわれ音楽家は詩人にくらべて分が悪い。読むことなら誰にだってできる、だが印刷された総譜は謎の書物だ、謎ときの出来るのは指揮者だけなのに……」そんな意味のことも洩らしたという大指揮者が、即製の箱に皮を張れば大太鼓より轟くだろうと本気で考えたのである。よりよい音への貪欲さによることだが、貪らんで執拗な行為が、稚気を感じさせるには天性の童心がなくてはかなうまい。
     *
こういう男だから、マーラーの前にシンセサイザーがあったならば採用していただろうとは思える。

だが、勘違いしないでほしいことがひとつある。
だからといって、アバド/シカゴ交響楽団による交響曲第一番の第一楽章の弦が、
シンセサイザー的に鳴っていいわけではない、ということだ。

Date: 9月 7th, 2010
Cate: 録音

ショルティの「指環」(その12)

ショルティ/シカゴ交響楽団による「復活」を聴いたのは、CDになってからだった。
旧録も新録、どちらもアナログディスクでは聴いたことがない。

でもCDで聴いても、低弦の強烈な表現には驚いた。
それはオーディオだからできる表現である。
こう書くと、オーディオに、再生音楽に否定的な人たちは、
そんなのは音楽的にまちがっている、とか、おかしい、とかいうだろ。
オーディオに熱心な人も、そういうかもしれない。

ショルティの旧録が、SX45でカッティングされたオリジナル盤よりも、
SX68によるリカット盤の音(表現)がおとなしくなったように、
新録もアナログディスク(おそらくSX74によるカッティングだろう)よりも、
CDのほうが表現はおとなしいのかもしれない。
それでも、はじめてショルティの「復活」の新録を聴いたときの、低弦の表現はとにかく強烈だった。

じつのこのとき、私も「やりすぎだろう、これは」と思っていた。
それから10年くらい経ったころから、ショルティの、この意図こそ音楽的に正しいことのように思えてきはじめた。

岡先生の文章を、また引用する。
     *
六六年録音がリッカティングでおとなしくなってしまったあのヒロイックで野性的な強圧感を、デジタル・レコーティングで積極的にとりもどそうと考えたショルティの意図は明らかである。
     *
ショルティの「意図」を、「復活」の新録をはじめて聴いたときには理解できなかった。
ただ、あとになって「意図」の理解につながるヒントは、「復活」の新録を聴くまえにすでにあった、ということ。

Date: 9月 7th, 2010
Cate: 録音

ショルティの「指環」(その11・補足)

ノイマンのカッターヘッドは、SX68のあとにSX74が登場している。
どちらも型番の数字は、発表年をあらわしている。SX68は1968年、SX74は1974年。

ならばショルティの「復活」のオリジナル盤制作に使われたSX45はというと、
正確な年代は不明だが1958年ごろだときいている。
つまりSX45の「45」だけは年代ではなく、45°/45°のステレオレコードからきている。

SX68が登場した頃、SX45からの音質改善はめざましいものがあったようで、
SX68サウンド、という言葉もうまれたときいている。
それだけにSX74を、改良ではなく改悪というひともいたらしい。

SX68、SX74にして、これらはカッターヘッドのみであり、
ドライブアンプ、カッティングレースは、それぞれ用意されている。
SX74用ドライブアンプとしてはSAL74がある。
トランジスター式の準コンプリメンタリー方式で、出力は600W+600W(9.5Ω負荷でのブリッジ接続時)。

SX68、SX74ともにドライブコイル(スピーカーのボイスコイルに相当)のDC抵抗は4.7Ω、
インピーダンスは10kHzで7.5Ω。
ただ20kHzでは10Ω近くになり、5kHz以下では4.7Ω付近になる。
そのためドライブアンプの負荷をどの周波数においても一定に保つために、
SLA74から見た場合、全帯域で9.5Ωのインピーダンスになるよう、
ドライブコイルとSLA74とのあいだには抵抗とコンデンサーを並列接続したネットワークがいれてある。

カッティング・レースとしてよく知られているのはノイマン。ほかにスカリーもあるが、
ノイマンのVMS70の登場により、スカリーもノイマンの旧タイプ(VMS60)もほとんど姿を消したときいている。
VMS70の回転スピードは、33 1/3rpm、45rpmのほかに、16 2/3rpm、22 1/2rpm、それに78rpmもある。
78回転があったからこそ、オーディオ・ラボから出た「ザ・ダイアログ」のUHQR盤は、
LPにもかかわらず78回転盤が可能だったのだろう。

Date: 9月 6th, 2010
Cate: 録音

ショルティの「指環」(その11)

これといった理由もなくショルティを毛嫌いしていた20代のとき、
それでもシカゴ交響楽団との2度目の録音となるマーラーの交響曲第二番を聴いたときは、すなおに驚いた。
第一楽章の、あの冒頭での低弦の凄さには、驚くしかなかった。

ショルティの1度目の録音は、1966年、ロンドン交響楽団によるもので、じつはこのLP(それもオリジナル盤)は、
やはり低弦による出だしは、すごかった、ときいている。

これについては岡先生の著書「マイクログルーヴからデジタルへ」の下巻でふれられているので、引用しておく。
     *
このレコードの開始部の凄まじい低弦の表現力というもは、おそらくどんなコンサートでも聴かれない強烈な効果で聴き手を圧倒する(筆者がこの曲をコンサートで聴いたのは、小沢征爾が日フィルを振った一回しかないが、コンサートでは、ベルリンPOやシカゴSOであろうと、ショルティのレコードのようには鳴らないだろうと思っている)。明らかに低弦にブースト・マイクが置かれており、しかもハイレベルでカッティングされている。このレコードが出た当時のデッカのカッティング・ヘッドはノイマンのSX45であったはずだが、明らかに低域の低次ひずみが存在しており、それがかえって低弦の表現に強烈なダイナミックな効果を添えていたと思う。のちにSX68でリカットされたこの部分は、明らかに低次ひずみが減って音はおとなしくなり、コンサートで聴かれるチェロとコントラバスのユニゾンのフォルテらしい音になっていたけれど、凄まじいまでの迫力は失われていた。
     *
’66年録音のオリジナル盤とリカット盤を聴きくらべる機会はなかったけれど、
1980年の2度目の録音を聴くと、ある程度は想像できるともいえる。

岡先生はオリジナル盤の「効果」は、
「カッティング・システムの性能を意図した計算づくのもの」と考えられていた。
そしてショルティ2度目の「復活」を聴いて、「多分間違っていなかった」と思われた、とも続けられている。

いますこし岡先生の文章を引用する。
     *
十四年間の録音系の進歩は、レコードの音質の改善に明らかであるが、ショルティは《復活》の冒頭の低弦を、前回よりもさらに強烈に表現する。低弦に対するマイクは旧録音よりさらに近づけられ、低弦楽器の低次倍音までなまなましくとらえる。
     *
ショルティの2度の「復活」の録音は、パッケージメディアについて考えるにあたり、最適な例のひとつといいたい。

Date: 9月 5th, 2010
Cate: 録音

ショルティの「指環」(その10)

20代のころ、ショルティをどこか毛嫌いしているところがあった。
しかもショルティのレコードは、一枚も買ったことがないにもかかわらず、である。

いま思えば、たいした理由からではない。
その理由を、ひとつひとつここに書いていこうかと思ったが、
ほぼすべて直接音楽とは関係のないことばかりで、それこそ「若さはバカさ」の、
それも悪い方の見本ばかりなものであり、もう苦笑いするしかない。

ただあまりにも「指環」について語られるのもののなかに、
ショルティの「指環」ではなくカルショウの「指環」といったふうにとりあげるものがいくつかあり、
そういうものなんだぁ……、と「指環」を買えなかった学生は、思い込もうとしたのかもしれない。

けっしていまもショルティの熱心な聴き手とはいえないけれど、40前後あたりから、
ショルティが、ふしぎに急速によく感じられてきた。

そして想うのは、グレン・グールドはコンサートをドロップアウトしてレコードの可能性を信じていた、
ショルティはコンサートをドロップアウトこそしていないものの、レコーディングに積極的だったカラヤンよりも、
じつはグールドに近い、録音意識の高い演奏者だった、ということだ。

Date: 9月 4th, 2010
Cate: ステレオサウンド特集

「いい音を身近に」(その14)

黒田先生は、同じ文章の、もうすこし前の方に書かれている──。
     *
それぞれの装置の呼ぶレコードがある。カートリッジをとりかえた、さて、どのレコードにしようかと、そのカートリッジで最初にきくレコードは、おそらく、そのカートリッジを選んだ人の、そこで選ばれたカートリッジに対しての期待を、無言のうちにものがたっていると考えていいだろう。スピーカーについて、アンプについても、同じことがいえる。
     *
「装置の呼ぶレコード」とは微妙に違うものの、同じ面をあらわしていることに、
使っているオーディオ装置(鳴らしている音)が、いつのまにか聴くレコードを選んでいる、ということがある。

家庭で音楽を聴く、レコードで音楽を聴くときの主体は聴き手なのに、
知らず知らずのうちに、自分の音(装置)がよく鳴らしてくれるレコードばかりかけている、そんな自分に気がつく。
どんなに人にも、すくなくともいちどはそういう時期があったはずだ。

そんなことは一度もなかった、断言できる人は、すくなくともオーディオマニアではない。
装置が呼ぶレコード、装置が鳴らしたがるレコードがあることを察することができないということは、
どういうことなのかを考えてみればわかることだ。

Date: 9月 3rd, 2010
Cate: ステレオサウンド特集

「いい音を身近に」(その13)

気ままに距離を変えるためには、重くては困る。
すごく軽くなくてもいいけれど、QUADのESLのように片手でもてるのであればそのぐらいでもいいし、
キャスターがついた台のうえにのせていれば、もうすこし重くも、片手で動かすことはできる。

それほど大きくてなくて、それほど重くなくて、というふたつの条件が満たされなければ、
装置(スピーカーといいかえてもいい)と聴き手の距離を変えることは、ただ億劫になるだけだ。

ステレオサウンド 47号の黒田先生の文章を読みなおしてみても、
キャスターのついた白い台を、両手で動かされていたのか、片手だったのかは書かれていない。
ただ「かえようとしてかえたのではなく、後から気がついたら」とは書かれている。

両手で動かしていたら、「後から気がついて」とはならないように思う。片手ですっと動く。
だから、白い台を音楽によって動かしているときはそのことに気がつかなかった、とはいえいなだろうか。

大きくなく重くない。つまり、物量投入の大きくて重いオーディオ機器ではない。
そこには、制約がいくつか生じてくる。

黒田先生は、テクニクスのコンサイス・コンポで聴かれたレコードについても書かれているが、
最後のほうで、聴かなかったレコードをあげられている。
     *
たしかに、キャスターのついた白い台の前ですごした5時間の間、マーラーのシンフォニーも、ハードなロックもきかなかった。結局、そういうレコードは、それらの装置が呼ばなかったからだろう。きいたレコードのうちの多くがインティメイトな表情のある音楽だった。
     *
「呼ばなかったからだろう」と書かれている──。