Archive for category JC2

Mark Levinsonというブランドの特異性(その53)

私は精神科の専門家でもないし、精神科に関する知識はほとんど持っていない。
精神科の権威のオーディオマニアが「あの男、このまま行ったら、いつか発狂して自殺しかねませんな」、
と口にされたころの、つまり若いころのマーク・レヴィンソンには会ったことはない。

そんな私だから、間違っている可能性の方が高いだろうけど、
それでも思うのは、LNP2、JC2を世に送り出したばかりレヴィンソンが、
周りの人にそういうふうに映ってしまったのは、ジョン・カールと出あったからなのではないか、
つまりジョン・カールと出あわずにいたら、おそらく発狂し自殺しかねないとは思われなかったのではないか。

もともとマーク・レヴィンソンはそういう男ではなかった。
LNP2の最初のモデルはよく知られているようにバウエン製のモジュールである。
レヴィンソンがバウエン製のモジュールをずっと使い続けていたら、
精神科の権威のオーディオマニアも、
「あの男、このまま行ったら、いつか発狂して自殺しかねませんな」とは思わなかったよう気がしてならない。

この項ですでに書いたように、
JC1、JC2、LNP2、ML2までのマークレビンソンのアンプの音と、
ML3、ML7以降のアンプの音には共通性も感じながらも、決定的に違う性質があるように感じている。

その違いは、結局は回路の設計者の違いのような気がする。
つまりはジョン・カールとトム・コランジェロの違いである。

どちらがアンプの設計者として優秀かということではなく、
ふたりの気質の違いのようなものが、たとえマーク・レヴィンソンがプロデュースしていたとはいえ、
音の本質的な部分として現れていて、
その音に、誰よりも長い時間接していたマーク・レヴィンソンだからこそ、
あの時期、会った人に発狂しかねないという印象を与えた──、としか思えない。

ジョン・カールとトム・コランジェロ、それぞれが設計したマークレビンソン時代のアンプ、
その後のアンプ、
ジョン・カールはディネッセンのJC80、トム・コランジェロはチェロの一連のアンプ、
これらのアンプを聴いてきて、私はそう思う、
マーク・レヴィンソンはもともと狂うタイプの男ではなかった、と。

Date: 2月 28th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続×十・モジュール構成について)

手に入れなかったという、いわば不完全燃焼からの未練もないわけではない。
でも、それよりもずっと強いのは、私にとっての、あの時代のマークレビンソンのアンプは、
すべて瀬川先生と、その文章と深く結びついているということである。

ステレオサウンド 41号の瀬川先生のLNP2、JC2に関する文章。
     *
最近の可変抵抗器に新型が採用されたLNP2やJC2では、従来の製品よりもいっそう歪みが減少し解像力が向上し、音がよりニュートラルになっていることが明らかに聴きとれ、パーツ一個といえども音質に大きな影響を及ぼすことがわかる。レベルコントロールのツマミの向う側に何もついてないかのようにきわめて軽く廻ることで見分けがつく。
     *
ツマミの向う側に何もついてないかのようにきわめて軽く廻る──、
このことを確認できたのは三、四年後だった。

熊本に新しくできたオーディオ店にLNP2が置いてあった。
「触らないでください」とは、どこにも書かれていなかった。
それでもこっそりとLNP2のレベルコントロールのツマミを廻してみた。

確かに瀬川先生の書かれていたとおりに、何もついてないかのように軽く廻る。
たったそれだけのことでどきどきしていた時期があった。
まだ音は聴いたことがなかった。

こんなふうにして、
瀬川先生がマークレビンソンのアンプについて書かれたことを確認していくことが始まった。

ようするに私にとって、この時代のマークレビンソンのアンプに触れ、その音を聴くことは、
記憶を喚起すること以上に、記憶そのものといえるところがある。

いわば、この時代のマークレビンソンのアンプは外部記憶なのだろう。
ゆえに未練が断ち切れない、断ち切れるはずがない。

Date: 2月 28th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続×九・モジュール構成について)

なぜ、初期のマークレビンソンのアンプへの未練を断ち切れないのか。

私にとって初期のマークレビンソンのアンプとは、
コントロールアンプでいえばJC2(ML1)、LNP2、ML6のことであり、
パワーアンプはML2のことである。

ML2は故障してもまだ修理は可能である。
ただ出力段のトランジスターは他のトランジスターに置き換えられるようだが。

だがコントロールアンプとなると、アンプそのものはモジュール仕様で、
ピッチでがっちりと固められている。
そのため修理とはモジュールを交換することであり、
もうマークレビンソンではLNP2、ML1用のモジュールの製造は行っていない。

マーク・レヴィンソンは、ずっと以前モジュール構成にしたて理由を、
故障した際に各国の輸入ディーラーや販売店などでいいかげんな修理をされたくないから、と答えている。
モジュールにしておけば、モジュールそのものを交換すれば、ほとんどの故障は修理できる。
モジュールの交換にはハンダ付けの技術も必要としない。

モジュールが製造され続けていればレヴィンソンのいうとおりなのだが、
実際にはモジュールにしたばかりに修理不能状態に陥っている。

いまマークレビンソンの初期のコントロールアンプを買うことには、このリスクがつきまとう。

そういうアンプに対して、いまだ未練が断ち切れないのは、それが記憶に関係しているからである。

Date: 2月 27th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続×八・モジュール構成について)

23歳だったから1986年の夏だった。
ステレオサウンドに載っていたある販売店の広告に、マークレビンソンのML6の文字があった。

本ができあがって書店に並ぶ前に、編集部には見本誌と呼ばれるものが到着する。
その見本誌で編集部のわれわれも広告を見る。

記事は自分たちでつくっているから、広告の方が気になるといえばそうだ。
特に何かをさがしているときは、販売店の広告を注意してみる。

ML6がある。
すぐさま、その販売店に電話した。
まだ売れていなかった。

欲しかった。
数日後の休みの日に、その販売店まで出かけた。
目の前にML6がある。

1986年にはML6はすでに製造中止になっていた。
シルバーパネルからブラックパネルになったML6Aが現行製品だった。

ML6がどれだけ売れていたのかはわからない。
あまり売れなかったのかもしれない。
少なくとも1986年当時には、中古でも出ることがほとんどなかった。

だから、やっと現れてくれた、とまで思った。
ローンを組んだ。このころは36回払いまでしかなかった、と記憶している。

いまのようにクレジットの審査がすぐに出てくるわけではなかった。
数日後、その販売店から連絡があった。
審査は通らなかった。

ML6は手に入れられなかった。未練だけが残った。
その未練が、まだ私の中にはあるようだ。

Date: 2月 23rd, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続×七・モジュール構成について)

人によって、ティボーのところにあたるアンプの型番、
フランチェスカッティのところにあたるアンプの型番は違ってくる。

どんなアンプをどういうふうに聴いていたのか、
いつの時代に聴いていたのか、どういう出合いをしたのか、
そういった事柄によって、ある人にとってはティボーのところにあたるアンプが、
別の人にとってはフランチェスカッティのところにあたるアンプになっても不思議ではない。

それが、オーディオだと思うからだ。

私にとって、フランチェスカッティのところにあたるアンプの筆頭は、
やっぱりマークレビンソンのLNP2である。
それもオプションのバッファーアンプを追加したLNP2ということになる。

このLNP2が他のどのコントロールアンプよりも性能、音において優れている、とはいわない。
LNP2の音を醒めた目(耳)でみれば、ネガティヴな面も強く感じるところがある。

たとえば同じマークレビンソンのLNP2とML7。
どちらが優れているアンプかと問われたら、ML7と答える。
LNP2とML7との間には、はっきりとしたアンプの進歩というものが感じとれる。

ML7でも、いまでは旧いアンプとなる。
いまはもっともっと新しいアンプはいくつも登場してきている。

そういった新しい、優秀なアンプとML7を比較したら、私だって新しいアンプをとる。
けれど、LNP2と新しいアンプとなったら、新しいアンプがどのアンプかにもよるけれど、
ほとんどの場合、LNP2(バッファーアンプつき)をとる。

どうしてもLNP2をすぱっと捨てきれないところがある。

Date: 2月 17th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続×六・モジュール構成について)

五味先生の「オーディオ巡礼」で読める「フランク《ヴァイオリン・ソナタ》」に、
こう書いてあったことを思い出す。
     *
 勿論、こういう聴き方は余計なことで、むしろ危険だ。第一、当時LPを聴くほどの者が、千円程度の金に困るわけがあるまい。疵が付いたから売ったか、余程金の必要に迫られたにせよ、他の何枚かと纏めて売ったにきまっている。しかし、私には千円にも事欠く男の生活が思いやられた。つまりは私自身の人生を、そこに聴いていることになる。こういう血を通わせた聴き方以外に、どんな音楽の鑑賞仕方があろうか、とその時私は思っていた。最近、復刻盤でティボーとコルトーによる同じフランクのソナタを聴き直した。LPの、フランチェスカッティとカサドジュは名演奏だと思っていたが、ティボーを聴くと、まるで格調の高さが違う。流麗さが違う。フランチェスカッティはティボーに師事したことがあり、高度の技巧と、洗練された抒情性で高く評価されてきたヴァイオリニストだが、芸格に於て、はるかにまだティボーに及ばない、カサドジュも同様だった。他人にだからどの盤を選びますかと問われれば、「そりゃティボーさ」と他所ゆきの顔で答えるだろう。しかし私自身が、二枚のどちらを本当に残すかと訊かれたら、文句なくフランチェスカッティ盤を取る。それがレコードの愛し方というものだろうと思う。忘れもしない、レコード番号=コロムビアML四一七八。——白状するが〝名曲喫茶〟のお嬢さんは美貌だった。彼女の面影はフランチェスカッティ盤に残っている。それへ私の心の傷あとが重なる。二十年前だ。二十年前の、私という無名な文学青年の人生が其処では鳴っているのである。これは、このソナタがフランク六十何歳かの作品であり、親友イザイエの結婚に際し祝いとして贈られた、などということより私にとって大切なものだ。
     *
ティボーを新しいアンプ、フランチェスカッティを旧いアンプに置き換えられるのではないだろうか。

「そりゃティボーさ」と他所ゆきの顔で答えるだろう。
──これがオーディオだと、「そりゃ新しいアンプさ」と他所ゆきの顔で答えることが、ないわけではない。
相手によっては、そういうことがある。

でもどちらを本当に残すかとなると、必ずしも新しいアンプであるとは限らない。
五味先生がフランチェスカッティ盤を取られるように、旧いアンプを取ることがある。
それがオーディオの愛し方、とまではいわないまでも、オーディオとのつき合い方というものだと思う。

こういう心情を抜きにして、オーディオを語ったところで、何のおもしろさがあるというのだろうか。

Date: 2月 17th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続×五・モジュール構成について)

CD登場以前のコントロールアンプのライン入力の感度は、
CDプレーヤーを接続するにあたっては高いか高すぎることがほとんどである。

CDプレーヤーが投称するまでのライン入力といえば、
チューナー、カセットデッキなどだった。
これらの出力レベルは高いもので1Vで、たいていは1Vよりも低い。
0.5V、0.75Vあたりが多く、もっと低い値の機器も珍しくはない。

CDプレーヤーの出力レベルは2Vと定められている。
つまCD以前のラインレベルよりも二倍以上高い値である。
そのためCD以前に開発されているコントロールアンプでは、
CDプレーヤーを接続すると、ボリュウムをほかのライン入力よりも絞らざるを得なくなる。

このことと、当時のCDプレーヤーのライン出力のアンプは貧弱なものが多い、となぜかいわれていた。
そのためもあって、CDが登場してしばらくしたころのコントロールアンプの中には、
他のライン入力よりもCD入力だけ入力インピーダンスを高く設定しているもの、
それからハイカットフィルターを挿入しているものもあった。

CDが定着してからは、こういう仕様のコントロールアンプはなくなっていったが、
ライン入力に関して、つまりはラインアンプの仕様に関しては、
CD以前と以降とでは異っていることも少なくない。

それならばCD以降に開発されたコントロールアンプを使えば、
ゲイン/レベルの問題で頭を悩ませることもないけれど、
オーディオという趣味は、はいそうですか、と、以前のアンプを切り捨てることができないことも多々ある。

旧いアンプにこだわるのは、新しいアンプを買う予算がないからだろう、という人がいるけれど、
必ずしもそうではない。
新しいアンプには新しいアンプの魅力があることは百も承知だ。
それでもなお、憧れ、思い入れという要素を切り捨てられない人もいる。

Date: 2月 16th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson
1 msg

Mark Levinson JC-2(続々続々・モジュール構成について)

レベルコントロール機能をもつパワーアンプならば、何の苦労もないが、
JC2のゲインの使いにくさで質問された方のパワーアンプはマイケルソン&オースチンのTVA1で、
レベルコントロール機能はない。

TVA1の入力感度/インピーダンスは、0.75V/100kΩであり、
わずかとはいえ入力感度は高い。

JC2もTVA1にも手を加えることなく、どこかである程度の減衰量を得るには、
TVA1の入力のところでポテンショメーター、もしくは固定抵抗によるアッテネーターを設けるしかない。

パワーアンプの入力端子の直前に小さなシャシーにポテンショメーターをとりつけたモノをつくって設置する。
ポテンショメーターにどのメーカーのモノを使うかによって音は変るし、
同じ品種のポテンショメーターでも抵抗値によっても、音は変化するものだ。

一般的には10kΩのものがよく使われる。
20kΩのものでもいいし、50kΩでもいい。
JC2であれば10kΩのポテンショメーターの使用でも問題はない。

これで信号経路にボリュウムがふたつ存在することになり、それぞれのボリュウムは相互関係にあり、
S/N比に影響してくる。

JC2ではすでに書いているように、左右のレベルコントロールのポジションによって音の表情が変化する。
私は+5dBの音が気に入っていて、でもツマミが斜めになるのがいやで、
+5dBにしていてもツマミだけは上を向くようにしていた。

この部分での音の変化も考慮にいれて、ふたつのボリュウムの、最適の位置関係を見つけたい。

Date: 2月 16th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続々続・モジュール構成について)

国産アンプの場合、ボリュウムの位置が8時を示しているならば減衰量は60dBくらいある。
すべてのアンプがそうだとはいえないまでも、大半のアンプはこのくらいの減衰量になっている。

マークレビンソンのJC2のボリュウム周りの表示には減衰量のdB表示はなく、目安程度の数時があるだけ。
LNP2には減衰量がdB表示になっていて、8時の位置では、-25dBとなっている。

もう手元にJC2はないからそのへんは確認できないけれど、
LNP2と同じポテンショメーターを使っていたら、
つまりスペクトロール製を使っていたら、8時の位置はLNP2と同じ-25dBと考えられる。

そうなると国産アンプの-60dBとの差は35dB。
同じ8時の位置でもこれだけ減衰量に差があれば、JC2はゲインが高すぎる、と感じてしまう。

入力感度の高いパワーアンプや出力音圧レベルの高いスピーカーを使っていれば、
もっと絞りたいと思っても、-25dBより先はひじょうにクリティカルですぐに絞りきることになってしまう。

これに関しては日本からの指摘があったのだろうか、
ML6もLNP2も後期のモデルでは8時の位置で-40dBのポテンショメーターに変更されている。

では実際にJC2を使う場合、どう対処したらいいのか。

後期のML6、LNP2に採用された仕様のポテンショメーターが入手できれば、交換するという手がいい。
けれどよほどの幸運がなければ、入手は非常に難しい。
それにJC2に手を加えることになり、そのことに抵抗を感じる方もいるから、
別の対処法となると、パワーアンプの入力のところで絞るしかない。

Date: 2月 16th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続々・モジュール構成について)

JC2はほんとうにゲインが高いのだろうか。
オーバーオールで51.4dBのゲインは、同時代のアンプと比較してみて高いといえるだろうか。

ステレオサウンド別冊「世界のコントロールアンプとパワーアンプ」の’76年度版の実測値を書き出してみよう。
括弧内の数字は最初の値がオーバーオールのゲイン、後の値がフォノイコライザーのゲインである。

アキュフェーズ:C200X(59.8dB、39.7dB)
デンオン:PRA1000B(41.5dB、39.4dB)
ダイヤトーン:DA-P10(54.1dB、37.2dB)
ラックス:C1010(51.8dB、35.6dB)
パイオニア:Exclusive C3(58.3dB、35.8dB)
ヤマハ:C2(51.3dB、35.2dB)
GAS:Thaedra(61.8dB、41.8dB)
マランツ:Model 3600(60.1dB、39.5dB)
マッキントッシュ:C28(63.8dB、42.5dB)

これらの値をみていくと、JC2のゲインは平均的な値であり、高くないことがわかる。
けれど、実際にJC2を使ってみると、ゲインを高く感じることがある。

コントロールアンプのゲインが適切かそれとも高い(もしくは低い)と感じるかは、
コントロールアンプのゲインだけで決るものではなく、
パワーアンプのゲイン、それにスピーカーの出力音圧レベルも関係してくる。

そしてもうひとつボリュウムの減衰量も大きく関係している。

Date: 2月 15th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(続・モジュール構成について)

ヘッドアンプ・モジュールのJC1SMのゲインの正確な値はわからないが、極端には高くないはずだ。
おそらく30dBぐらいだろう。

JC1DCにもJC1ACもゲイン切替えが可能だった。
JC1SMは、どうだったろうか。

仮にゲインが30dBあったとして、JC1SM搭載のJC2のオーバーオールのゲインは81.4dBとなる。
JC2のカタログによると、フォノイコライザーのゲインは36dB、ラインアンプのゲインは21dBである。

21dBという値は、HIGHポジションのときであり、
フロントパネルのレバーをLOWにすると11dBとなり、ここで-10dBとなる。

あとはフロントパネルの中央近くにある左右のレベルコントロールを使う。
1dBステップの、このロータリスイッチは+5dB、-4dB、つまり9dB分の調整が可能である。
ここで-4dBにセットすれば、14dBの減衰量が稼げる。

ただしこの左右チャンネルのレベルコントロールは、ラインアンプのNFB量を変えているために、
-4dBにすれば、0dBのポジション使用時よりも4dB余分にNFBがかかることになる。
+5dBでは5dB分だけNFB量が減る。

このNFB量の変化はゲインの変化だけではなく、音も変化する。

これらのことはおそらくすでに試されている、と思う。
その上でゲインが高すぎる、と感じられているのだろう。

ここではっきりしておきたいのは、JC2のゲインが絶対的に高すぎるのか、ということがある。
JC1SMを搭載して80dBのゲイン。実はLNP2のオーバーオールのゲインも80dBである。

Date: 2月 15th, 2014
Cate: JC2, Mark Levinson

Mark Levinson JC-2(モジュール構成について)

マークレビンソンのNP2のバッファーアンプについて、いま書いているところだが、
ここである方からJC2についての質問の投稿があった。
メールアドレスもあったので、直接メールで返事をしようかとも思ったけれど、
JC2のことで困っている方が、もしかすると他にもおられるかもしれない、と思い、
こちらで書くことにした。

質問された方によると、JC2のゲインが高すぎる、とまずある。
JC2のゲインは実測値で、オーバーオールで51.4dB、フォノイコライザーが32.5dB、
ML1になってからはオーバーオールで58.8dB、フォノイコライザーが37.8dBである。
いずれもステレオサウンド別冊「世界のコントロールアンプとパワーアンプ」での値だ。

JC2にしてもML1にしても極端に高い値ではない。
なのになぜゲインが高すぎるのかというと、
その方のJC2にはMCカートリッジ用のヘッドアンプ・モジュールJC1SMが搭載されているからだ。

マークレビンソンの初期のラインナップはLNP2、JC2の他に、ヘッドアンプのJC1があり、
JC1には三つのヴァリエーションがあった。
JC1ACが一般的なAC電源仕様、JC1DCがバッテリー電源仕様、JC1SMがJC2専用となっている。

JC2のモジュール配置は左側からフォノイコライザー・モジュール(×2)、ラインアンプモジュール(×2)、
フォノイコライザー・モジュール用の電源フィルターとなっていて、
左右のチャンネルのフォノイコライザー・モジュールは近接しておらず、
JC1SM搭載のためのスペースが空けられている。

JC2のゲインを落すには、ではどうすればいいのか。
JC1SMのモジュールを引き抜いても簡単には解決しない。
JC1SMを抜いてしまうと、アナログディスクはそのままでは聴けない。
配線をやり直す必要がある。

これは少々面倒である。
ではどうすればいいのか。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その52)

五味先生がサンフランシスコを旅行された折、
オーディオ専門店に行かれた時のことを「いい音いい音楽」(読売新聞社刊)の中で書かれている。
     *
 なるほどこちらの食指の動くようなものはぜんぜん置いてない。それはいいとして、心外だったのはマークレビンソンのアンプや、デバイダー(ネットワーク)を置いてないどころか、買いたいが取り寄せてもらえるか、といったら、日本人旅行者には売れない、と店主の答えたことである。なんでも、マークレビンソン社から通達があって、アンプの需要が日本で圧倒的に多いので、製品が間に合わない。米国内の需要にすら応じかねる有様だから、小売店から注文があってもいつ発送できるか、予定がたたぬくらいなので、国内(アメリカ人)の需要を優先させる意味からも日本人旅行者には売らないようにしてくれ、そういってきている、というのである。旅行者に安く買われたのではたまらない、そんな意図もあるのかと思うが、聞いて腹が立ってきた。いやらしい商売をするものだ。マークレビンソンという男、もう少し純粋なオーディオ技術者かと考えていたが、右の店主の言葉が本当なら、オーディオ道も地に墜ちたといわねばならない。少なくとも以後、二度とマークレビンソンのアンプを褒めることを私はしないつもりだ。
     *
この文章を読んだ時、マーク・レヴィンソンには、やはりそういう面があるのかと思っていた。
この項の(その50)で引用した瀬川先生の文章にも
「近ごろ少し経営者ふうになってきてしまったが」とある。

経営者としての才がなければ、どんなにいいアンプをつくり出せたとしても成功はしないだろう。
経営者としてのマーク・レヴィンソンがいたからこそ、
マークレビンソンというブランドは成功したともいえる。

けれど、岡先生の文章を読んだ後で、
五味先生の文章を思い出し、
さらに瀬川先生の文章を思い出すと、
それだけでなくステレオサウンドで働くようになって耳にするようになったレヴィンソンに関する、
いくつかのハナシから思うに、
どうもマーク・レヴィンソンは、後から経営者ふうになってきたというよりも、
最初からそうであったようにしか思えないのである。

それでも優れた(まともな)経営者ならば、
シュリロ貿易にサンプル機を送った直後に、
RFエンタープライゼスと契約するようなことはしない。

会社を興したばかりで焦りはあった、と思う。
けれど、商いの理に反するようなことを平気でやってしまう、
その感覚に、そして五味先生の書かれていることが事実だとすれば、
経営者としてよりも、商売人としての「顔」を、私は強く感じてしまう。

マーク・レヴィンソンが狂わなかったのは、
そういう男だったから、というのが、大きな理由のひとつである。

では、なぜ、日本にデビュー直後のマーク・レヴィンソンと会って、
精神科の権威のオーディオマニアの人が、
「あの男、このまま行ったら、いつか発狂して自殺しかねませんな」と口にされたのか。

むしろ、こちらの「なぜ?」を考えてみるべきである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その51)

1992年、中央公論社から別冊 暮しの設計 20号として「オーディオ〜ヴィジュアルへの誘い」が出た。
岡先生と菅野先生が監修されている本だ。

この本に岡先生が書かれている。
     *
 1974年に、とてつもない体験をすることになった。
 1973年暮れにとどいたアメリカのオーディオ専門誌に、従来の常識を破るような新しいデヴァイスを使った斬新な設計と見事なコンストラクションのプリ・アンプについてのテスト・リポートが載っていた。測定データも立派なものだったが、一番びっくりしたのは、値段だった。当時の最高級のプリ・アンプが600〜700ドルぐらいだったのが、これは何と1750ドルである。メーカーは初めて聞く名前。どこかでサンプル入荷したらぜひ聴いてみたいと思っていたら、知り合いのインポーターが、あまり高価なので、サンプルを1台注文。それを聴いたうえで正式契約をしたいとのことで、そのときはまっさきに聴かせてほしいとたのんだ。1974年3月末に、そのサンプル機がついた。音は今まで聴いたことのないようなキャラクターで少々戸惑ったけれど、S/Nがべらぼうによく(つまり静かだということ)、操作性が抜群によいことが印象に残った。ところが、このサンプル機が到着したころ、別なインポーターがメーカーと正式な輸入契約を結んでしまっていたので、サンプルを取った会社は商品として店に出すわけにいかなくなってしまった。
     *
この後も岡先生の文章は続き、
このアンプがどのメーカーの、どのアンプなのかについて書かれている。
あえて書くまでもないのだが、このサンプル機はマークレビンソンのLNP2である。

最初にサンプルを取り寄せたインポーターはシュリロ貿易だった。

岡先生がバウエン・モジュール搭載の、このサンプル機のLNP2を自家用として導入されたことについては、
これまでも何度か書かれていたから知ってはいたけれど、
このときの事情を、ここまで書かれたことはなかった。

この岡先生の文章を読んで、まず感じたのは、
マーク・レヴィンソンの商売人として「顔」である。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その50)

「あの男、このまま行ったら、いつか発狂して自殺しかねませんな」
 2年前、最初に日本を訪れたマーク・レヴィンソンに会った後の、N先生の感想がこれだった。N氏は精神科の権威で、オーディオの愛好家でもある。
 じっさい、初めて来日したころのレヴィンソンは、細ぶちの眼鏡の奥のいかにも神経質そうな瞳で、こちらの何気ない質問にも一言一言注意深く言葉を探しながら少しどもって答える態度が、どこかおどおどした感じを与える、アメリカ人にしては小柄のやせた男だった。
     *
ステレオ誌の別冊「あなたのステレオ設計 ’77」に掲載された、
瀬川先生の「アンプの名器はイニシャルMで始まる」は、この書出しからはじまっている。

1981年、ステレオサウンドの別冊「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」に巻頭に載っている、
「いま、いい音のアンプがほしい」のなかでも、このことについて書かれている。
     *
そのことは、あとになってレヴィンソンに会って、話を聞いて、納得した。彼はマランツに心酔し、マランツを越えるアンプを作りたかったと語った。その彼は若く、当時はとても純粋だった(近ごろ少し経営者ふうになってきてしまったが)。レヴィンソンが、初めて来日した折に彼に会ったM氏という精神科の医師が、このままで行くと彼は発狂しかねない人間だ、と私に語ったことが印象に残っている。たしかにその当時のレヴィンソンは、音に狂い、アンプ作りに狂い、そうした狂気に近い鋭敏な感覚のみが嗅ぎ分け、聴き分け、そして仕上げたという感じが、LNP2からも聴きとれた。そういう感じがまた私には魅力として聴こえたのにちがいない。
     *
精神科の医師が、N氏なのかM氏なのか、
どちらかが誤植なのだろうが、マーク・レヴィンソンは発狂しなかったし、
だから自殺もしなかった。

仮にそうなっていたら、彼は「伝説」になっていたかもしれない。
マーク・レヴィンソン、その人について語るときに、
「伝説の」とつける人が、いる。
「伝説」の定義が、ずいぶん人によって違うんだなぁ、と思う……。

とにかくマーク・レヴィンソンは、いまも健在である。
それは発狂しなかった、からであろう。

なぜ、レヴィンソンは発狂しなかったのか。