Archive for category 香・薫・馨

Date: 5月 10th, 2016
Cate: 香・薫・馨

陰翳なき音色(ゲーテ格言集より)

ゲーテ格言集に、こう書いてある。

「明瞭さとは明暗の適当な配置である。」ハーマン。傾聴!
(ハーマンは「北方の魔術師」と言われた思想家。)

暗なき音色は、明瞭ではないわけだ。

Date: 12月 7th, 2015
Cate: 香・薫・馨

陰翳なき音色(その2)

カルロ・マリア・ジュリーニの「展覧会の絵」は、
シカゴ交響楽団といれたドイツ・グラモフォン盤と、
ベルリン・フィルハーモニーとのソニー・クラシカル盤とがある。

ソニー・クラシカル盤は1990年の新譜である。
岡先生がステレオサウンドに連載されていたクラシック・ベストレコードに書かれていたことを思い出す。
     *
 映画館の看板みたいな「展覧会の絵」ばかりきかされる昨今、ジュリーニがBPOから「古城」のようなノスタルジックな抒情をひきだしたのはさすがとおもった。
     *
ブラームスの第二交響曲は、
ロスアンジェルス・フィルハーモニーとの演奏もウィーン・フィルハーモニーとの演奏も聴いている。
「展覧会の絵」はベルリン・フィルハーモニーとの演奏しか聴いていない。
シカゴ交響楽団との演奏はどうだったのだろうか。

ブラームスの第二交響曲における違いと同じ違いを感じるのだろうか。
ロスアンジェルス・フィルハーモニーとシカゴ交響楽団、どちらもアメリカのオーケストラとはいえ、
同じには括れない違いがあるから、ブラームスの第二交響曲のような違い、
というかロスアンジェルス・フィルハーモニーとの演奏に感じた「ウィーン・フィルハーモニーだったら……」、
そんなおもいはないか少ないことだろう。

それでも「古城」のようなノスタルジックな抒情は、
シカゴ交響楽団との「展覧会の絵」には感じられただろうか。
聴いてもいない演奏についてこれ以上語ることはやめておくが、
「ウィーン・フィルハーモニーだったら……」とか「ベルリン・フィルハーモニーだったから」というのは、
ウィーン・フィルハーモニーもベルリン・フィルハーモニーも、
アメリカのオーケストラではなくヨーロッパのオーケストラであることに関係している。

Date: 9月 7th, 2015
Cate: 香・薫・馨

陰翳なき音色(その1)

カルロ・マリア・ジュリーニのブラームスの交響曲第二番は、
EMIからフィルハーモニア管弦楽団との録音が1960年、
ドイツ・グラモフォンからロスアンジェルスフィルハーモニーとのデジタル録音が1980年、
1991年にウィーン・フィルハーモニーとの録音が、ドイツ・グラモフォンからでている。

最初の録音から二度目の録音までは20年、
二度目の録音から三度目の録音までは11年と、約半分の短さである。

ウィーン・フィルハーモニーとの録音もいうまでもなくデジタル録音である。
ロスアンジェルスフィルハーモニーとの録音がアナログ録音であったのなら、
ジュリーニとしては短いといえる11年での再録音もわからないではない。

いまもレコード芸術では恒例の企画となっている名曲・名盤300選(500選)は、
私がレコード芸術を読みはじめた1980年代のはじめのころ始まった、と記憶している。

数号にわたりこの企画が特集記事として掲載され、
一冊のムックとして出版もされていた。

この企画で黒田先生がブラームスの第二番で、
ジュリーニのロスアンジェルス・フィルハーモニーとの盤を選ばれている、ときいた。

私が読んで記憶にあるのは、トスカニーニ、バルビローリ、フルトヴェングラーを選ばれているものだった。
だから私が熱心に読んで記憶しているのとは、違う年の企画での話なのだろう。

そこには、ロスアンジェルス・フィルハーモニーではなくウィーン・フィルハーモニーだったら……、
と思わなくもない、そんなことが書かれていた、とのこと。

黒田先生以外で、ジュリーニ/ロスアンジェルス・フィルハーモニーを選んでいる人たちは、
そんなことは書かれていなかった、つまりロスアンジェルス・フィルハーモニーへの不満はないことになる。

この話をしてくれた人は、黒田先生と同じ意見ではなく、他の人たちと同じで、
ロスアンジェルス・フィルハーモニーの演奏に、
黒田先生が感じられているであろう不満(もの足りなさか)はない、とのことだった。

私はジュリーニ/ロスアンジェルス・フィルハーモニーとのブラームスの二番に関しては、
黒田先生と同じ側である。

Date: 5月 1st, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その10)

グラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴いて、まず驚いたのは情景が浮んでくる、ということだった。
グラシェラ・スサーナの歌う、すべての日本語の歌がそうとはいえないけれど、
かなりの数の歌で、歌詞が描いている情景が浮んでくる。

グラシェラ・スサーナが歌って情景が浮んできた日本語の歌を、
もともと歌っていた人の歌唱で聴いても、必ずしも浮んでくるわけではなかった。
これは歌唱力の巧拙だけではないことはわかる。

では、情景が浮ぶのか(または浮ばないのか)。

言葉という具象的なものの中で、日本人にとってもっとも具象的な日本語で歌われるわけだから、
歌詞を含めて、その曲そのものが描こうとしている情景が、他の言語の歌よりも浮びやすいというところはある。
ならば、より正確できれいな日本語の発音による日本語の歌の方が、
歌唱力がほぼ同等であれば、情景は浮びやすくなる──、といえるのか。

少なくとも私の場合、そうとはいえない。
何が情景を浮び上らせるのか。私の中で情景が浮んでくるのか。

結局は、薫り立つものが、そこでの歌に感じられるかどうか。
私の場合はどうもそのようである。

Date: 4月 27th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その10)

ホセ・カレーラスは”AROUND THE WORLD”に収録されている各国の歌を、その国の言葉で歌っている。
「川の流れのように」も英語やスペイン語に置き換えることなく歌っている。

ただホセ・カレーラスにとって日本語は難しかったのか、
一番の歌詞のみを歌っていて、あとはいわゆるサビの部分をくり返している。
その意味では、他の収録曲からすればやや不完全な、ともいえなくもないが、
それでもホセ・カレーラスの歌う「川の流れのように」を聴いての感動をいささかも損なうわけではない。

美空ひばりの歌唱ではそんなことはないのだから、
なにもホセ・カレーラスを聴かずとも……、ということになるから、
「なぜ、美空ひばりの歌で聴かないのか」ということにつながるのかもしれない。

それとも歌も、あくでもオリジナルで、ということなのかもしれない。

ホセ・カレーラスの日本語は完璧とはいえない。
それはグラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴いていても、ある。
日本語を母国語としていない人だから、ともいえるし、
そういう人が歌う日本語の歌に、日本人が歌う日本語の歌よりも感動している私がいる。

歌がうまいから、ホセ・カレーラス、グラシェラ・スサーナの日本語の歌に感動しているか。
グラシェラ・スサーナによる日本語の歌に夢中になったときから、このことは問いつづけてきていた。

Date: 4月 27th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その9)

グラシェラ・スサーナはアルゼンチン生れ。
そのグラシェラ・スサーナが歌う日本語の歌を聴いて、夢中になった。

「黒い瞳はお好き?」も日本語の歌だった。
日本語の歌ならば日本の歌手で聴くのがいいのではないか、というのはわかる。

ホセ・カレーラスの”AROUND THE WORLD”は、
私にとってホセ・カレーラスのベストアルバムである。これから先もずっとそうであるだろう。

ここでのホセ・カレーラスは、クラシックの歌を歌っているわけではない。
各国の、いわゆるポピュラーな曲を歌っている。
日本語の歌も一曲ある。

「川の流れのように」を歌っている。

“AROUND THE WORLD”というアルバムについて、
そして「川の流れのように」について語ると、
きまって「なぜ、美空ひばりの歌で聴かないのか」といわれる。
もっともな意見だと思う。

美空ひばりに対してアレルギーのようなものを持っている人がいるのは知っている。
私には、そういうアレルギーのようなものはない。
美空ひばりの歌う「川の流れのように」も、もちろん聴いたことがある。

そのうえでホセ・カレーラスの「川の流れのように」は素晴らしい、と思う。
美空ひばりの「川の流れのように」とホセ・カレーラスの「川の流れのように」、
どちらが上とか、そういう話ではない。

Date: 4月 26th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その8)

「ゆれる、まなざし」に対抗してカネボウは「黒い瞳はお好き?」だった。

「ゆれる、まなざし」は憶えていても「黒い瞳はお好き?」はどんなコマーシャルだっけ? という人は多いだろう。
YouTubeでも「黒い瞳はお好き?」のコマーシャルは見ることができない。
誰もアップロードしていないからだ。

コマーシャルについて語られるとき「ゆれる、まなざし」は話題になることがこれからもきっとあるだろうが、
「黒い瞳はお好き?」が話題になることは、ほとんどないだろう。

それでも私にとっては「黒い瞳はお好き?」ははっきりと憶えているコマーシャルである。
このコマーシャルで、グラシェラ・スサーナという歌手を知ることができたからだ。

コマーシャルのどこかにグラシェラ・スサーナの名前が出ていたのかどうかは憶えていない。
近所のレコード店に「黒い瞳はお好き?」のシングル盤を買いにいった時も、
グラシェラ・スサーナの「黒い瞳はお好き?」としてではなく、
カネボウのコマーシャル・ソングの「黒い瞳はお好き1」を買いにいった。

コマーシャルではサビの部分しか流れてこない。
シングル盤で初めて頭から最後まで聴いた。

一度聴いて、すぐさままた聴いた。
立て続けてに四回ほど聴いたことをいまでも憶えている。
それからは毎日必ず聴いていた。

Date: 4月 26th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その7)

1976年秋、資生堂のコマーシャル。
テレビをみていて、これほどどきっとしたことは、初めてだった。

それまではテレビ・コマーシャルはどちらかといえばジャマなものだと感じていた。
たまには面白く感じるものもあったけれど、できればなければないほうがいい、などと思っていたのに、
1976年秋の資生堂のコマーシャルは、また見たい、と思い、チャンネルを切り替えていた。

1976年秋の資生堂のコマーシャルは、もうこれだけでどのコマーシャルなのか、
すぐに思い出せる人はいる。私だけではないはず。

コマーシャルに登場していたのは真行寺君枝、
バックに流れていた歌は小椋佳の「揺れるまなざし」、
広告のキャッチコピーは「ゆれる、まなざし」だった。

YouTubeで検索すればすぐに見つかる。
真行寺君枝のバックにスピーカーがうつっている。
JBLの4325と思われるスピーカーである。

1976年当時は家庭用ビデオレコーダーはまだまだ普及していなかった。
だから録画してくり返し見ることはできない。
とにかくテレビで流れるのを見るしかなかった。

「ゆれる、まなざし」のコマーシャルが最高のコマーシャルかどうかは私には判断できないけれど、
いまでも印象に残っていることは確かである。

Date: 4月 20th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その6)

内田光子の最初のモーツァルトのレコードが出たころに私が鳴らしていたのは、
シーメンスのコアキシャルを平面バッフルに取り付けたモノだった。
アナログプレーヤーはトーレンスの101 Limited。

そこで鳴ってきた音に、不遜な聴き手であった私は驚く。
こんなにも薫り立つモーツァルトを、日本人のピアニストが弾けるのか、とも思ってしまった。

そのころの不遜な聴き手であった私は、
日本人のピアニスト(なにもピアニストだけとは限らない、クラシックの演奏家すべて)には、
薫り立つような音が出せない、と薄々感じはじめていた。

だからといってヨーロッパやアメリカの演奏家すべてが薫り立つような音を出しているかというと、
決してそうではないのだが、それでも巨匠と呼ばれているピアニスト(演奏家)、
旧い録音しかないにもかかわらず、
デジタル録音が主流となってきていた1980年代にはいっても聴き続けられている演奏家の多くは、
その演奏家ならではの薫り立つ音を持っているようにも感じている。

内田光子のモーツァルトを聴いて、日本人にもこういうピアニストがあらわれてくれた、
そう素直に思えて夢中になって聴いていた。

いまになって思っているのは、そのときのスピーカーがコアキシャルで良かった、ということである。
必ずしもすべての高能率のスピーカーがそうだとはいわないけれど、
スピーカーにも薫り立つような音をもつモノと脱臭されたような音のモノとがある。
私が聴いてきた範囲では、高能率型のスピーカーに、薫り立つような音を持つモノが多いと感じている。

もし別の、たとえば低能率の、そういう音とは無縁のスピーカーだったら、
内田光子にこれほど夢中になることも、いまにいたるまで聴きつづけるということもなかったかもしれない。

Date: 4月 15th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その5)

旧い時代の演奏家よりも新しい時代の演奏家のほうが、いわゆる演奏テクニックは優れている、といえる。
それに当然のことながら旧い時代の演奏家の録音はふるい、
新しい演奏家の録音は新しい。

録音の年代による違いも、ここに加わることになるから、
それならば旧い時代の演奏家のレコードを、なぜ聴くのか、ということになる。

演奏テクニックも優れていて、録音もいいわけなのだから、
新しい演奏家のレコードばかりを、なぜ聴かないのか。

理由はいくつかある。
そのひとつが、私にとっては演奏の薫りである。
この薫りにおいては、新しい演奏家からはあまり感じることができなくなりつつある。

スピーカーから出てくる音に匂いがついているわけはない。
その意味では音に香りはないわけだが、薫ってくるものは確実にある。

すべてのスピーカーからの音に、すべてのレコード(演奏)にそれがあるとはいえないけれど、
薫ってくるものをもつスピーカー、レコードがある。

1983年に内田光子のモーツァルトのピアノソナタのレコードを見つけた。
まだまだ粋がっていた青二才の私は、日本人のピアニストなんか、というところを持っていた。

それでもジャケットの写真を見ていると、少しは期待できるかも、などと、不遜な気持で買って帰った。

Date: 4月 14th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その4)

匂いといえば、思い出すことがある。
田舎にいたころは輸入盤を扱っているレコード店は身近になかった。

東京に少しでも早く出て来たかったのは、輸入レコードを専門に扱う店がいくつもあったことも理由のひとつである。
どの店に最初に行ったのかはもう忘れてしまっている。
けれど、銀座コリドー街にあったハルモニアには、かなり早い時期に行っていた。
ハルモニアが最初だったかもしれない。

ハルモニアはそれほど大きな店舗ではない。
広さだけでいえばハルモニアよりも大きな店は、1980年代の東京にはいくつもあった。
それでもここでハルモニアを取り上げるのは、
ハルモニアにはじめて入ったときの匂いのことを、やはり憶えていて、それを思い出したからである。

ハルモニアは輸入盤ばかりを扱っているから、
そこでの匂いは輸入盤による匂いといっていいはず。

輸入盤一枚でも鼻を近づければ匂いは嗅げる。
けれどハルモニアぐらいの規模の店で、あれだけの枚数の輸入盤がそこにあれば、
その匂いの濃厚さは、田舎の国内盤ばかりを扱っていたレコード店しか知らなかった私には、
衝撃に近かったのかもしれない。
だからこうして思い出して、ここに書いているのだから。

Date: 4月 12th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その3)

目的のパーツを購入するのにそんなに時間はかからない。
そのあとの用事もない。

なので、前回来たときには行けなかった店。
午後からの開店なのを忘れていて、午前中に行ってしまったためである。
その店が午後からなのも忘れてしまうくらいだから、数年ぶりにオーディオ専科に行った。

真空管アンプを自作されている方には説明の必要のない、そういう店である。
オーディオ専科に入って、すぐに気がつくのは、独特の匂いである。
けっして悪い意味ではない。

この匂いは、アメリカ製のパーツを取り扱っている店に共通する匂いであり、
私上京したばかりのころは、こういう店はここ以外にもいくつもあった。
秋葉原だけでなく、うろ覚えだが神田駅の近く、路地を入った雑居ビルにもあった。

それから立川の北側のはずれにもあった。
ここは米軍の払い下げ品を主に扱っている店で、立川駅からバスに乗って行った。

秋葉原にもオーディオ専科のほかに、富士商会があった。
秋葉原の店舗は、どのくらい前になるだろうか、閉じてしまった。

こういう店は、オーディオ専科と共通する匂いがしていた。
だから私は、この匂いを嗅ぐと懐かしい、と思うとともに、なにか自作したい気持にもなるし、
通販は便利で確かに安いけれど、たまには出かけてみるのもいいな、と思える。

Date: 4月 11th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その2)

20代のころはよく行っていた秋葉原も、最近、というよりもこの10年ほどは、めったに行かなくなっていた。

秋葉原という街が変っているからということも関係していないわけでもない。
電子部品を扱う店も以前とくらべると減ってしまっている。
オーディオを扱っている店も減っている。

オーディオは1980年ごろから斜陽産業といわれていたのだから、
秋葉原からオーディオ店が減っていくのは不思議なことでもない。

33年前の春、上京して最初に住んだのは三鷹だった。
渋谷に出かける用があり、隣の駅の吉祥寺まで国鉄で、それから渋谷までは井の頭線を利用した。
初めて乗った井の頭線だったから、窓の外の景色を見入っていた。

すると突然、山水電気という表示のある大きな建物が目に入った。
ここがサンスイなのか、ここにJBLのスピーカーがいっぱいあるのか。
そんなことを思いながら、サンスイの社屋を眺めていた。

それからは井の頭線を利用するたびに、サンスイの近くを通過するときは窓の外を眺めていた。

そのサンスイもいまはない。
建物はいまも残っている。
ヤマト運輸の建物になっている。

秋葉原だけでなく、東京という街からオーディオに関係しているモノが減ってきている。

それでも今日は秋葉原まで行ってきた。
特に、これといった理由はない。
ただ行きたかったから、だ。

Date: 4月 11th, 2014
Cate: 香・薫・馨

便利であっても(その1)

通販(通信販売)のイメージは、ずいぶん変ってしまった。
インターネットが普及してamazonが登場したことが大きなきっかけとなってのことだろう。

私が子供の頃の通販といえば、すこしアヤシイ製品というイメージもあった。
少年マンガ雑誌の表3によく広告が出ていた通販の会社の製品などは、まさにそんなイメージそのものだった。

それにそのころの通販は、それほど便利だとも思えなかった。

そんな時代を体験してきている者には、amazonに代表される今の時代の通販は大きな変化である。
品揃えも豊富で、インターネットが接続できれば、いつでもどこからでも注文できる。
通販(いまではネット通販というべきか)で買えないものはないどころか、
通販でしか入手できないものもある。

しかも安かったりする。

買物に行くにはその店舗まで移動しなければならない。
歩いて数分のところなら交通費は発生しないが、
例えば私が秋葉原まで出かけるとすると、往復で千円をこえる電車賃がかかる。

これも買物にかかるコストの一部であり、
出かけたら喉が渇けば飲料水を買って飲むし、食事もする。
そういったこともコストの一部と考えれば、通販の方がコスト的にも有利である。

別項でスピーカーの補修のことを書いている。
これに必要なパーツを買いに秋葉原まで行っていた。
10日ほど前にも行っていた。

このときは目的の店が臨時休業で、必要なパーツをすべて揃えることができなかった。
それで今日ふたたび行っていたわけだ。

私が揃えたパーツはすべて通販で入手できる。
わざわざでかけなくとも、それぞれの店のサイトで注文すれば送料を含めても、
出かけて買うよりも安くなる。

そんなことはわかっていたことだ。
それでも秋葉原に出かけていった。