Archive for category 朦朧体

Date: 11月 6th, 2017
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その70)

SUMOのThe Goldには、アンバランス入力とバランス入力がついていた。
SUMOのアンプの回路構成からいえばバランス入力のほうが本筋であるし、
アンバランス入力ではOPアンプによるアンバランス/バランス変換回路を通る。

The Goldのバランス入力の音も聴いていた。
アンバランス入力の音も聴いている。
コントロールアンプもいくつか試している。

マークレビンソンのJC2(初期のツマミの長いタイプ)、
それもジョン・カール監修のモディファイ版でも聴いている。
ここでも書いているように、GASのThaedraを、もちろん聴いている。
これ以外にも聴いている。

私がThe Goldとの組合せを聴いてみたかったのはコントロールアンプは、他にもある。
ひとつはビバリッジのRM1/RM2である。

山中先生がステレオサウンド 56号での組合せでは、
JBLの4343とアルテックの6041を鳴らすアンプとして、
RM1/RM2とThe Goldの組合せだった。

新世代の真空管式コントロールアンプとしてRM1/RM2の音はとても興味があったが、
いったい日本に何台輸入されたのか、一度も見たことがない。

もうひとつがマークレビンソンのML6(シルバーパネルの方)である。
ML6は一度買おうとしたことかある。
もちろん中古である。

めったに出ないML6の中古が、その店にはあった。
当時の最高回数である36回の分割払いならば、なんとか買えそうだった。
でも23歳の私は、分割払いの審査が通らなかった。

Thaedraを、山中先生から譲っていただいたのは、その後である。
Thaedraでの圧倒的な音を聴いて、無理してML6を買わなくてよかった、とも思った。

それでもML6のことを、ここであえて書いているのは、
ここでのテーマである朦朧体に関していえば、
ML6とThe Goldの組合せは悪くないどころか、
意外にも魅力的な音を聴かせてくれたかもしれない──、そう思えるからだ。

Date: 10月 24th, 2016
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その69)

「オーディオあとらんだむ」に登場するM氏は、
ステレオサウンド 67号「素晴らしき仲間たち」にも登場されている。

四回目となる「素晴らしき仲間たち」はエレクトロボイスの30Wユーザーである。
この記事の終りに、30Wを搭載しているパトリシアン800のユーザーが四人登場されている。
その中のひとりがM氏、前橋武氏である。

顔写真も載っている。
この人だったのだ、と気づいた。

瀬川先生が熊本のオーディオ店で定期的にやられていたオーディオ・ティーチ・イン。
私も毎回通っていたが、M氏もほぼ毎回来られていた。
ひとり和服姿だったし、髪形も独特だったから、よく憶えている。

67号にThe GoldとSG520のことを書かれている。
もちろんパトリシアン800とトーレンスのリファレンスのことも書かれているが、
瀬川先生の「オーディオあとらんだむ」を補完することが、ここにはある。
     *
「76cmウーファーで棚の人形が揺れて落ちます」と言う青木周三さんの言葉に魅せられてテクニカの限定販売の時にとびついた。だか足かけ2年に及ぶ苦汁を味わうことになる。始め嘗ての銘器Mアンプで鳴らした。出て来た音の貧弱なることまるで昔の電蓄である。ウーファーが全く動かないのである。以来現在入手可能な国産海外の著名な製品のほとんどを次から次へと試聴していった。マーク・レビンソンを始めとして新しい所ではMC2500、サイテーションXX、クレルなどがある。結局原メインはスモのザ・ゴールドに落着いた。ウーファーをグンと駆動するバイタリティは文字通りのスモー(相撲)だ。然しプリが中々無いのである。最早K店の片隅の埃かぶりの下取りSG520しかなかった。だが突然目も覚める様な鮮かな音が出て来た。欣喜雀躍! テラーク版サンサーンス3番のオルガンの重低音が素晴らしい。鬼太鼓座の六尺太鼓が眼前に彷彿である。坐っている椅子が揺れた。
     *
トーレンスのリファレンスとエレクトロボイスのパトリシアン800だけで、
瀬川先生の「永いオーディオ体験の中の1ページに書き加える価値のあるほどの」音が出たわけではない。
The Goldがあって、SG520があってこその「すごさ」であることが読みとれる。

もちろん前橋氏の感覚があってのことはいうまでもない。

それでもThe Goldがなかったら……、
そんなことを思っていた。

Date: 10月 23rd, 2016
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その68)

「オーディオあとらんだむ」では、
トーレンスのすごさと、スピーカーのパトリシアン800のすごさについて書かれているけれど、
The Goldのすごさについては書かれていない。

コリン・デイヴィスの「春の祭典」でのすごさについて書かれている。
瀬川先生が熊本のオーディオ店でかけられたのは、
コリン・デイヴィスのストラヴィンスキーではあったが、
記憶違いでなければ「春の祭典」では、こちらは「火の鳥」だった。

当時、コリン・デイヴィスのストラヴィンスキーのバレエ三部作の録音で、
「春の祭典」と「火の鳥」は非常に優秀な録音という評価が与えられていた。

ほんとうにそうだと思っている。
あの時聴いた「火の鳥」のすごさは、
瀬川先生がM氏のリスニングルームでの「春の祭典」には及ばないところがあるだろうが、
それでもそれまで聴いた音の中で、圧倒的にすごかった。

瀬川先生は《まさに「体験」としか言いようのないすごさ》と表現されている。
私も、その時、そう感じていた。
おと4343から鳴ってくる音を聴いている、というよりも、
体験している、としか表現しようのないすごさの音だった。

当時、高校生だった私は、放心していた。
ここまでオーディオはすごいのだ、と実感できたこともあった。
いまの耳で聴けば、こまかな欠点も気づくはずだろうが、
そんなことを関係ない、といえるだけの圧倒的なすごさがあったし、
それに打ちのめされた。

ただこの時は、トーレンスのリファレンスのすごさゆえだ、と思っていた。
だから、家までの帰り途(バスで約一時間ほどかかる)、
パワーアンプがマークレビンソンのML2だったら、もっとすごい音だったかも……、
そんなことも考えないわけではなかった。

まだ若かった、というか、青二才だった。

Date: 10月 23rd, 2016
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その67)

いまでこそ、であるのだが、10代のころの私にとっては、
ボンジョルノよりもマーク・レヴィンソンがつくるアンプの方に憧れていた。

それには瀬川先生の影響が強い。
何度も書いているように、そのころのマークレビンソンの音とGASの音は、
女性的と男性的というふうに、アメリカの最先端のアンプでありながらも性格は対照的であった。

そんな私が、ある日突然、SUMOのThe Goldを買うに至ったのも、
瀬川先生の影響があってなのだ。

そのころ瀬川先生はFMfanに「オーディオあとらんだむ」という連載を書かれていた。
私はこの連載が楽しみで、当時あったFM誌の中からFMfanを選んでいた。

その「オーディオあとらんだむ」で書かれていることが、
読んだ時からずっと頭の中に残っていた。
     *
 トーレンスは、スイスおよび西ドイツにまたがる著名なターンテーブルのメーカー。プロ用のEMTと同じ工場で製品を作っている。社歴もあと2年で100年を迎えるという老舗。
 このメーカーは、一貫してベルトドライブ式のターンテーブルを作り続けてきた。いわゆる業務用でない一般向けのターンテーブルとしては、世界で最も優秀な製品のひとつ、と高く評価されていた。しかしここ数年前は、日本の生んだDD(ダイレクトドライブ)式に押されて、世界的に伸び悩んでいたようだ。
 そのトーレンスが、昨年のこと、突然、「リファレンス」と名づけて、ものすごいターンテーブルを発表した。最初は市販することを考えずに、社内での研究用として作られたために、もし売るとしたらどんなに高価になるか見当もつかない、ということだったが、ことしの9月にようやく日本にほんの数台が入荷して、その価格はなんと358万円! たいていの人はびっくりする。
 トーレンス社の研究用としてはおもに2つの目的を持っていて、ひとつは、ベルトドライブシステムの性能の限界を究めるため。もうひとつは、世界各国のアームとカートリッジを交換しながら、プレイヤーシステム全体を研究するため。
 しかしこの2点が、私たちオーディオ愛好家にとっても、きわめて興味深いテーマであったために、発売を希望する声が世界中からトーレンス社に寄せられて、ついに市販化に踏み切ったのだという。
 現在、ここまで性能の向上したDDターンテーブルがあるのに、350万円も投じて、いったい、ターンテーブルを交換してどういう効果があるのか──。たいていの人がそう思うのは当然だ。
 だが、市販されている相当に高級なプレイヤーシステムと、この「リファレンス」とで、同じレコードを載せかえ、同一のカートリッジをつけかえて聴き比べてみると、ターンテーブルシステムの違いが、音質をこんなにまで変えてしまうのか、と、びっくりさせられる。第一に音の安定感が違う。ビニールのレコードのあの細い音溝を、1~2グラムという軽い針先がトレースしているという、どこか頼りない印象は、ローコストのプレイヤーでしばしば体験する。ところが「リファレンス」ときたら、どんなフォルティシモでも、音が少しも崩れたりせず、1本の針が音溝に接しているといった不安定な感覚を聴き手に全く抱かせない。それどころか、消え入るようなピアニシモでも、音の余韻がほんとうに美しく、かすれたりせずにしっとりとどこまでも消えてゆく。大型スピーカーの直前に置いて、耳がしびれるほどの、聴き手が冷汗をかくほどの音量で鳴らしても、ハウリングを生じない。またそれだからいっそう音が安定して、いわゆる腰の座りのいい音がするのだろう。
 詳しいことは既に、ステレオサウンド誌56号に紹介した通り、一愛好家としては恵まれすぎているほどの時間と機会を与えられて試聴したが、なにしろこの音は、すごい、としかいいようがない。いや、すごいといっても、決して聴き手を驚かせるようなドキュメンタルな音が鳴るばかりでなく、むしろ上述のような、ピアニシモの美しさのほうをこそ特筆すべきではないかとさえ思う。
 そういう次第で、この音を十分よく聴き知っているつもりの私が、つい先日、大変な体験をした。
 スピーカーがエレクトロボイスの、「パトリシアン800」。アンプはJBLのSG520(旧製品のプリアンプ)とSUMO社の「ザ・ゴールド」。こういう組み合せで聴いておられる一愛好家のお宅で、プレイヤーをこの「リファレンス」に替えて試聴したときのことだ。たいていの音には驚かなくなっている私が、この夜の音だけは、永いオーディオ体験の中の1ページに書き加える価値のあるほどの、まさに冷汗をかく思いのすごい音、を体験した。聴いた、のではない。まさに「体験」としか言いようのないすごさ。
 例えば、1976年録音のコリン・デイヴィスの「春の祭典」(フィリップス)。第2部終章の、ティンパニーとグラン・カッサの変拍子の強打音の連続の部分──。何度もテストに使って、結構「聴き知っていた」つもりのレコードに、あんな音が入っていようとは……。
 グラン・カッサ(大太鼓)が強く叩かれる。その直後にダンプして音を止める部分が、これまではよくわからなかった。当然、ダンプしないで超低音の振動がブルルルン……と長く尾を引いているところへ、ティンパニーが叩き込んだ音が重なってくる。そうした、低音域での恐ろしく強大な音が重なり、離れ、互い違いにかけあう音たちが、まるでそのスピーカーのところで実際のティンパニーやグラン・カッサが叩かれているかのような、部屋全体がガタガタ鳴り出すような音量で、聴き手を圧倒してくる。
 居合わせた数人の愛好家たちは、終わってしばらくのあいだ、口もきけないほどのショックを受けたらしい。次の日、私はすぐに、日本フォノグラム(フィリップス)の新部長に電話をかけた。私たちは、まだフィリップスの音をほんの一部しか聴いていないらしいですよ……と。
 スピーカーもすごかったし、そのスピーカーをここまで鳴らし込むことに成功されたM氏の感覚もたいへんなものだ。
 そしてしかも、そういうシステムであったからこそ、トーレンス「リファレンス」が、もうひとつ深いところで、いままで聴くことのできなかった新しい衝撃を与えてくれたのだろう。
 いくら音がいいといっても、本当に350万円の価値があるのだろうか、と、誰もが疑問を抱く。
 しかし、あの音をもし聴いてみれば、たしかに、「リファレンス」以外のプレイヤーでは、あの音が聴けないことも、また、誰の耳でもはっきり聴きとれる。
 この夜の試聴は、「リファレンス」の非売品のサンプルであったため、プレイヤーは翌朝、M氏のお宅から引き上げられた。
 M氏はもう気抜けしてしまって、本当に「リファレンス」を購入するまでは、もうレコードを聴く気が起きないといわれる。
 良い音を一旦聴いてしまうと、後に戻れなくなるものだ。
     *
ここに登場するM氏は、熊本在住の医師である。
瀬川先生の手術を担当された方でもある。

瀬川先生がM氏のリスニングルームで、冷汗をかく思いのすごい音、を体験される前に、
これに近いシステムで、熊本のオーディオ店で、私はトーレンスのリファレンスの音を聴いた。

鳴らされたのは瀬川先生。
スピーカーはJBLの4343、パワーアンプはThe Gold、
コントロールアンプはLNP2で、プレーヤーがリファレンスだった。

この時が、瀬川先生に会えた最後の日となった。

Date: 10月 12th, 2016
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その66)

クレルのデビュー作といえるPAM2とKSA100のペアが奏でる音は、
私にとっても格別魅力的だった。

試聴でクレルの、このペアが借りられることになると嬉しかった。
またクレルの音が聴ける──、ただそれだけで嬉しくなっていた。

そのくらい初期のPAM2とKSA100の音はよかった。
よかったけれど、この初期というのは、ふつう考えられているよりも短い、とだけいっておこう。

よくオークションに、初期のクレルということをアピールしているのを見かけるが、
オークションでは誰もが高く売りたいわけで、そのための煽り文句ぐらいに思っていた方が賢明だ。

それにごく初期のクレルのペアの音を聴いている人がどれだけいるのだろうか。
シリアルナンバーで確認しているわけでもないし、
本人はごく初期だと思い込んでいても、それはもうごく初期ではなく初期であったりする。

少なくともブログなどで、自分が持っているのは初期タイプだから、音がいい──、
そんなことを自慢している人のいうことを、私は信じていない。

クレルは、コントロールアンプはPAM2だけだったが、
パワーアンプはKMA200(モノーラルA級200W)、KSA50(ステレオA級50W)、
KMA100(モノーラルA級100W)と、ラインナップを充実させていった。

KMA200の凄みには、驚いた。
KSA50のKSA100よりも高い透明感のある音もよかった。
けれど、PAM2とKSA100の音が、私の耳(というよりも耳の底)には焼きついていた。

このクレルの音を、GAS、SUMOのアンプを男性的とすれば、
女性的であり、対照的でもあった、と書いた。
確かにそうなのだが、女性的という言葉からイメージするような、華奢な感じではない。
非力なわけでもない。
そういう次元での男性的、女性的といったことではない。

瀬川先生は、JC2、LNP2時代のマークレビンソンの音を女性的、
GASの音を男性的と表現されていたが、ここでの男性的、女性的とも、
GAS、SUMOの男性的、クレルの女性的は違う面を持つ。

でも、そういうことに気づくのは、
朦朧体といえる音の描き方を求めていることを意識するようになってからである。

Date: 1月 25th, 2014
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その65)

ごく初期のクレルのペア(コントロールアンプのPAM2とパワーアンプのKSA100)の音は、
マークレビンソンのアンプとは、ある意味対照的な音像の描き方をもっていた。

この場合のマークレビンソンとは、同時代のML7、ML6Aといった、
新しい世代のマークレビンソンのアンプのことではなく、
その前の、LNP2、JC2、ML2までのアンプのことであることをことわっておく。

クレルのペアが聴かせた、あの質感は、いま思い出せば朦朧体ともいえる描き方だったといえる。
音の輪郭線を際立たせたり強調したりすることなく、音像を形作るような音だった。

どんなモノにも、輪郭線は存在しない、といえる。
けれど絵を描くとき、輪郭線に頼ってしまうし、
音だけのオーディオの世界においても音の輪郭線は、重要な要素である。

マークレビンソンのアンプは、輪郭線の描き方に特徴があった。
その特徴ある輪郭線に魅了される人は多かったし、私もそのひとりだった。

だからクレルのごく初期のペアは、マークレビンソンのアンプと対照的だといえるし、
また別の意味で、GASのペア(コントロールアンプのThaedraとパワーアンプのAmpzilla)とも対照的である。

GASのアンプも、朦朧体の音のアンプとして、もっとも早い時期に登場したといえる。
その意味ではクレルも同じことになるわけだが、
GASが男性的であるのに対し、
あの時期のクレルのペアは、あきらかに女性的といえる音の魅力があったからだ。

Date: 8月 19th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その64)

クレルのKAS100とGASのAmpzillaの回路図を比較すると、
確かに似ている、というよりもそっくりといっていいかもしれない。
特に言葉だけで回路の内容を表現しようとすれば、文字の上ではそうとうに似てくる。

これだけでKAS100、つまりクレルがGASのマネしているとは言い難い面もある。
技術は進歩することによって収斂していく面もあわせもつ。
だから回路構成が似ているからといって、
後から登場したアンプ(メーカー)がマネをしたとは、かならずしもいえない。

ではその他の点に関してはどうだろうか。
アンプの音は回路構成と使用部品によって決まるわけではないことは周知のとおり。
筐体構造をふくめたコンストラクションも大きな音に影響している。

AmpzillaとKSA100のコンストラクションを写真を使わずに、
これもまた言葉だけで表現するとすれば、回路ほどではないにしても似てしまう。

Ampzillaの場合フロントパネルの右側に電源トランス、左側にヒートシンクがあり、
このあいだに平滑用の大容量の電解コンデンサーが配置されている。
KSA100はこの配置と基本的には同じである。
フロントパネルのすぐ裏側に電源トランス、それから電解コンデンサー、ヒートシンクと一列に並んでいる。
AmpzillaもKSA100もファンを使った強制空冷をとっている。

AmpzillaとKSA100の違いは、KSA100は完全なデュアルモノーラルコンストラクション、
そして空冷ファンとヒートシンクの位置関係。
Ampzillaは空冷ファンを下側に、その上にヒートシンクを置く。
KSA100はヒートシンクの上に空冷ファンを置いている。

こんなふうに見ていくと、KSA100はたしかにAmpzillaに似ているといえば似ている。
でも、マネをした、は言い過ぎというよりも、KSA100を正しく理解していない、というべきだ。

KAS100は回路構成の特徴よりも、内部コンストラクションの特徴の方をどちらかといえば謳っていた。
KAS100のシャーシーは奥行きが長い。
Aクラスで100W+100Wの出力をもつアンプだけにサイズがある程度大きくなることは想像できるものの、
それにしてもKAS100のシャーシーは奥に長いすぎる、という感じ。
自然空冷であればAクラス100Wの発熱を処理するためには、
それなりの大きさのヒートシンクが要求されそれにともないアンプ自体も大型化していくわけだが、
KAS100は強制空冷をとっている。巨大なヒートシンクはもっていない。
にもかかわらず奥に長いシャーシー内部には、
電源トランス、平滑用の電解コンデンサー、ヒートシンクを中心とするアンプ・ブロック、
これらが余裕をもたせて配置してあることが、天板をとり中を覗いたときにすぐに気がつく点だ。

それぞれのブロックの電磁的、熱的などの相互干渉をおさえるためにこれだけの距離が必要であり、
これ以上の小型化はできない、という説明がなされていた。

Date: 8月 7th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その63)

クレルのKSA100を聴いたとき、SUMOのThe Goldは一度しか聴いていなかった。
それは瀬川先生が、熊本のオーディオ店で定期的に行われていた催しでの、
それも結果的に最後の回になってしまったときのテーマ、
「トーレンスのリファレンスを聴く」のときに使われていたのがThe Goldだった。

このときは音は、とくに最後にかけられたコリン・デイヴィス指揮のストラヴィンスキーの「凄さ」は、
その「凄さ」に打ちのめされたという強烈な記憶だけがいまも残っている。

あとからおもえば、あのときの音は、リファレンスの凄さも大きかったわけだが、
おそらく同じくらいにThe Goldの凄さがあってこその「凄さ」であったことに気がつくわけだが、
あのときは、リファレンスにだけ心を奪われていた。

プレーヤーやアンプがどんなに素晴らしくても、
その素晴らしさをスピーカーが鳴らしきれなくては、あまり意味がない。
このときのスピーカーシステムはJBLの4343だった。
つまり、4343もそれだけ凄いスピーカーだった証明にもなる。

そして、それだけではなく、あとになってからおもったのは、
瀬川先生という人の「凄さ」であり、
それに応えたリファレンス、The Gold、4343(コントロールアンプは確かLNP2だったはず)といえるわけだ。

とにかくThe Goldを聴いた体験は、KSA100以前、このときかぎりだった。
だから先にKSA100に惚れてしまったのかもしれない。

惚れてしまったアンプのこと(別にアンプに限らないのだけど)は、
どうしてもすべてを知りたくなる。
どういう回路なのか、どういう特性なのか、どういうパーツを使っているのか、
コンストラクションはどうなのか、とにかく調べられることは調べて、
他の誰より、対象となるオーディオ機器に関しては詳しい者でいたい。

すこし時間はかかったものの、KSA100の回路図も手に入った。
それから、やはりしばらくしてAmpzillaの回路図も手に入れた。
クレルのアンプが、ほんとうにAmpzillaのマネなのか、自分の目で確かめたかったから、である。

Date: 8月 6th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その62)

朦朧体ということで、浮んでくるアンプに、クレルのKSA100がある。
クレルのデビュー作のステレオ仕様のAクラスの100W+100Wの出力をもつパワーアンプ、
これとコントロールアンプのPAM2を組み合わせたときの音は、いまも想い出せる。

はじめてクレルの、このペアを聴いた時に、ハッとした。
おそらくこのペアが奏でる音を、あの当時聴いたことがある人ならば、
私と同じようにハッとされたことだとおもう。

トランジスターアンプから、こういう質感の音がやっと出てくるようになった、とも感じていた。
マークレビンソンとはあきらかに違う質感、肌ざわりのよい音がそこにはあった。
聴き惚れる音とは、こういうものかと思わせる音だった。

ただ、この素晴らしい質感の音は、
以前も書いているようにフロントパネルの処理が変化していくにつれて、変っていった。
その変り方は小改良の積重ねによるもの、と捉えれば、それなりに評価できるものではあるけれど、
あまりにも最初のころのPAM2とKSA100の音が見事すぎたために、
そして魅力にあふれた音だったために、それらはすべて薄まっていくように感じてしまった。

それ以降、クレルのアンプは、確かにクレルのアンプであり続けたけれど、
ごく初期のクレルのアンプだけが聴かせてくれた良さは、もう二度と戻ってこなかった。

もっともクレルの創始者であり、
現在はクレルを離れ、自らの名前を冠したブランドを新たに興したダゴスティーノの新作は、
そういうごく初期のクレルの魅力が甦っている、らしい。

私は、あのとき、クレルのKSA100に惚れていた。
そんなとき、ある人から聞かされた話がある。
アメリカでは、クレルのパワーアンプはGASのAmpzillaをマネしたアンプだ、といわれていますよ──、
あまり聞きたくないことを、その人は言っていた。
「回路もそっくりなんですよ」と続けて言っていたこと憶えている。

そのときは、それほど気にしなかった。
仮にAmpzillaと同じ回路だとしても、回路定数や使用部品には違いがあるし、
コンストラクションだって、違うはずなのだから、
似ているところはいくつかある……、その程度のものだろう、とろくに調べもせずに勝手にそういうことにしていた。

Date: 8月 5th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その61)

とにかくフォノイコライザーの基板を取去ったThaedraを接いだThe Goldの音は、
最初にすべての基板を搭載したままで聴いた音を、意外性ということでもさらに上をいっていた。

Thaedraで聴く前のThe Goldの音も素晴らしかった。
変幻自在とでもいいたくなるほど、The Goldによって鳴らされるスピーカーの音は、表現力が拡がっていく。

その自在さがThaedraによってさらに拡がり、
フォノイコライザーなしのThaedraにて、まだ先があるのか、とも思ってしまった。

見方をかえれば、ここまでThe Goldは、
その入力につながるモノの性格をそうとうにストレートに反応し出してくるともいえるし、
それだけの駆動力をもっているからこそスピーカーをあれだけ鳴らせるのだ、ともいえる。

The Goldの、こういう凄さは、それまでも、充分にわかっているつもりでいた。
なのにThaedraの初期モデルという、この時点で旧型ともいえそうなアンプによって、
The Goldが真価を発揮したことも、私には意外な変化であったわけだ。

このときは、Thaedraにした時の音の変化の大きさ、凄さに驚いてしまっていた。
だから気がついていなかったことがある。
だから、いま振り返ってみて気がつくことがある。

The Goldの音をひと言で表現すると、朦朧体だと思う。
音の輪郭線に頼らずに、音を立体的に、自然に、それでいて克明に表現してくれる。
だから輪郭線が細い、とか、太い、といった表現はThe Goldにはあてはまらない。
もともと音の輪郭線に頼る輪郭の表現ではないからだ。

私が聴いたThaedraも、基本的にはThe Goldと同じ表現方法によるアンプである。
けれど、そういう表現のもつ深さに、このときの私はまだ気がついていなかった。

音における朦朧体をきっきりと意識するようになったのは、
もう少し先のことである。
ジャーマン・フィジックスのスピーカーを聴くまで、かかった。

Date: 5月 21st, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノはLCネットワーク支持なのか

アンプの鬼才とたとえられるジェームズ・ボンジョルノ。
いま現在Ampzilla 2000で復帰し、ボンジョルノのつくるアンプに魅かれてきた者にとっては、
これからも、いまぐらいの規模でいいから、ずっと続いていってほしいと願いたくなる。

ボンジョルノはGASの設立者として、日本では広く知られるようになったわけだが、
GAS以前にもアンプ設計の仕事には携わっており、彼の経歴はAmpzilla 2000のウェブサイトで見ることができる。

ハドレー(このブランドを知らない世代のほうがいまや多いのかもしれない)のパワーアンプ、622C、
マランツのMode1 15といった旧いソリッドステートアンプから始まっており、
アンプだけでなくチューナーやカートリッジの設計・開発も行っていたことが、わかる。

GAS、その次に始めたSUMOは彼の会社である。
ここではアンプ、チューナー、カートリッジを作っている。
いまの会社ではチーフエンジニアとしてAmpzilla 2000、Son of Ampzilla、Ambrosiaを生み出している。

ふと気づくのは、マルチアンプシステムに欠かすことのできない
エレクトリックデヴァイディングネットワーク(チャンネルデヴァイダー)がないことだ。

チューナーも手掛けることのできたボンジョルノにとっては、
エレクトリックディヴァイディングネットワークにおいても、非凡なるモノをつくってくれたように思う。
なのにボンジョルノは手掛けていない。

正しくは日本のクラウンラジオから3ウェイのエレクトリックデヴァイディングネットワークを出している。
ただ、このクラウンラジオの製品がどういったものかは私は知らないし、
SUMO時代にThe Goldの採用し特許を取得している回路は、クラウン・ラジオへ売却している。
(日本にはクラウン・ラジオがあったため、アメリカのアンプメーカー、CROWNがそのブランド名を使えず、
アムクロンとして流通しているわけだ。)

このころのボンジョルノはSumoがうまくいかず大変だったと聞いているから、
クラウン・ラジオへの特許の売却はそういう事情だったのかもしれない。
このクラウン・ラジオから出た製品は、ボンジョルノがつくりたいモノとして製品化したのか、
それともクラウン・ラジオからの依頼として設計したモノなのかは、まったくわからない。

ただGAS時代、SUMO時代にもエレクトリックディヴァイディングネットワークは手掛けていないことからすると、
ボンジョルノ自身は、エレクトリックデヴァイディングネットワークを必要としていない男なのだろう。
つまりマルチアンプ駆動には関心がない、マルチアンプの必要性を感じていない、ということだろう。

ボンジョルノは、いったいスピーカーシステムは、何を鳴らしているんだろうか。

Date: 4月 27th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その60)

なぜなのかは、ステレオサウンドでも井上先生が述べられているはず。
まずフォノイコライザーアンプがなければ、電源部にそれだけ余裕ができる。
それからフォノイコライザーアンプはゲインが高いこともあって発生しているノイズも少なくない。
このノイズが電源部を介したり、飛びつきなどによってラインアンプに影響を及ぼしている。
これらに較べると影響の度合いは小さいものの、おそらく機械的な共振の面でも、
ある面積をもつプリント基板がアンプ筐体内からなくなることの音質面でのメリットもある、と考えられる。

さらに細かいことを書けば、アンプ・モジュールの数が少なくなるということは、
その分だけメインのプリント基板への荷重も減るわけで、
そのことによるメインのプリント基板へのテンションも軽減されるし、
重量分布が変化すれば、メインのプリント基板の振動モードもとうぜん変化する。

こんなふうに、なぜ音が変化するのか、その理由について考えていくといくつも出てくるわけだが、
そういった理屈を全部抜きにしても、音は確実に良くなる。

国産アンプの中には、
フォノイコライザーを使わないときにフォノイコライザーへの電源の供給を停止する機能をもつものもいくつかある。

そして、この音の違いを一度でも聴いてしまうと、
CDを聴くときにはめんどうでもフォノイコライザーを外してしまいたくなる。
そのたびにアンプの天板をネジを外して天板をとり、フォノイコライザーの基板を取り出す……、
こんなことはやりたくないし、無理に勧めもしないけれど、
ThaedraやLNP2、JC2、その他にはQUADの44もそうだし、チェロのAudio Suiteなどをお持ちならば、
一度は、その音の変化を自分の耳で確かめてみてほしい、と、やはり思ってしまう。

一度試してみれば、これらのアンプの姿(性能、音、性格など)をより知ることになるからだ。

Date: 4月 27th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その59)

Thaedraのリアパネルは、真横から見るとL字型になっていて、底辺の水平部分に入出力端子は取り付けられている。
一般的なアンプのリアパネルは垂直面に端子が取り付けられているからケーブルは水平に差し込むのに対し、
Thaedraは垂直にケーブルを差すようになっている。

どちらが使いやすいかは、コントロールアンプをどう設置するか、
その設置環境によっても変ってくるため一概にはいえないものの、Thaedraのようなスタイルは使いやすい。

ボンジョルノが、このスタイルをとったのは使いやすさということもあってだろうが、
それよりも内部コンストラクションとの兼ね合いで、こうせざるをえなかったほうが強い。

Thaedraの内部は底部に信号ラインや電源ラインとなるメインのプリント基板がある。
この基板に対して、MCカートリッジ用フォノイコライザー、MMカートリッジ用フォノイコライザー、
ラインアンプ、これら3枚のプリント基板が垂直に挿し込まれている。
メインのプリント基板とはコネクターで接続され、3枚のアンプ基板はリアパネルに固定される。
さらにラインアンプはスピーカーを直接鳴らせるだけの出力をもつだけに、
発熱もコントロールアンプとは思えぬほど多い。リアパネルはラインアンプ出力段のヒートシンクも兼ねている。
ゆえにリアパネルに入出力端子を取り付けるのは、やや無理がある。

こういう内部構造になっているため、フォノイコライザーは使わない、とか、
使うけれどもMCカートリッジの昇圧には外付けのトランスやヘッドアンプを使うから、
MCカートリッジ用のフォノイコライザーは不必要だ、とか、その反対にMMカートリッジ用が要らない、とか、
そういうときにフォノイコライザーアンプのプリント基板をメインのプリント基板から抜く。

このときの音の変化は、
個々のアンプをモジュール化してメインのプリント基板に挿すタイプ(マークレビンソンのLNP2やJC2など)は、
電源部に余裕があっても音は確実に変化する。
変化する、というよりも確実に音は良くなる、といえる。

Date: 4月 25th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(ヘッドフォンアンプとしてのThaedra)

サイズ考(その8)で、ロジャースのLS3/5AをThaedraで直接鳴らしたときのことを書いている。
LS3/5Aの最上の音としてどうしても忘れることのできない音。

このときLS3/5Aから鳴ってきた音をいま思い返してみると、
Thaedraが、巷でいわれているような、いかにもアメリカ的な音に偏ったアンプではないことがわかる。
LS3/5Aをあれほど瑞々しく鳴らしてくれたアンプなのだから、繊細さが不足しているはずがない。
ただ、繊細さをことさら強調していない音なのに気がつく。

もうひとつ気がつくのは、ヘッドフォンアンプとしても、きっとThaedraは優れていた、であろうことだ。
ヘッドフォンアンプとしてのThaedraの実力は一度も試していない。
でも回路的にはラインアンプの出力を利用している。
ヘッドフォンアンプと専用の回路を用意しているわけではない。

ということはあれだけLS3/5Aをみずみずしい、聴き惚れる音で鳴らしてくれたのだから、
ヘッドフォンに関しても同じ結果を期待してしまう。

聴いておけばよかった……、とこればかりは後悔している。

Date: 4月 25th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その58)

マークレビンソンのLNP2のパネルデザインにオリジナリティがあるかといえば、
LNP2贔屓の私であっても、そうとはいえない。
アメリカではLNP2登場の数年前に、SAEがほぼ同じレイアウトのコントロールアンプMark Iを出していた。
日本ではオンライフ(現ダイナベクター)の管球式コントロールアンプも、ほぼ同じレイアウト。
いわゆるメーカー製のアンプではないが、伊藤先生のつくられるコントロールアンプも基本レイアウトは同じである。

コントロールアンプでVUメーターをフロントパネルの中央上段に配置して左右対称にツマミを配置、
それも同じ形状、同じ大きさのツマミということになると、
どうしても似てしまうというよりも同じになってしまう。

と書いているけれど、これらのコントロールアンプの中で、
私が最初に目にしたのはLNP2だからインパクトは強かった。

GASのThaedraは、似たデザインのコントロールアンプはすくなくとも私が知る限りでは存在していない。
白のフロントパネルに黒のツマミのパンダThaedraを最初に目にした人は、奇抜とか、
ブラックパネル仕様のThaedraにしても大胆なパネルレイアウトだと思われているたろうが、
実際に自分で使ってみると、奇抜だとか大胆だとか、そういった見た目の印象よりも、
よく練られたパネルデザインだと、すぐに理解できるはずだ。

LNP2のツマミは13個。すべて同じツマミが使われている。
Thaedraは回転式のツマミが9個、スライド式のツマミが1個、あとはプッシュ式のボタンからなり、
ボリュウム用のツマミがいちばん大きくフロントパネルの中央下段にあり、
パッと見ただけで、フロントパネルの文字を見たくとも、それが音量調整用のツマミであることは誰にでもわかる。

ボリュウムの上に水平にスライドする角形のツマミがあり、これがバランスコントロールになっている。
ボリュウムの左右にある、ボリュウムツマミよりも少し径の小さなツマミが左右独立型のトーンコントロール、
入出力、テープ関係の操作系はフロントパネル左側にツマミとプッシュボタンでまとめられている。
フロントパネル右端にはプッシュボタン(ON-OFF独立)の電源スイッチとなっている。
バランスコントロールの両端にはヘッドフォン出力端子とフォーンジャックによるテープ入出力端子がある。