Archive for category TANNOY

Date: 5月 11th, 2019
Cate: TANNOY

タンノイはいぶし銀か(その6)

いぶし銀のごとき味わい、とか、いぶし銀といえる音などと表現してあるのを見て、
読み手側は、いったいどんな音を想像しているのか。

いぶし銀を言葉で説明してくれといわれて、
こういう音だとすらすら答えられる人は多いのか少ないのか。

普段からいぶし銀という表現を使っている人でも、
わかりやすく説明してくれ、といわれると、どう答えるのか。

「タンノイの音だよ」という答が返ってくるかもしれない。
なんと具体的で、これほど曖昧な答もない。

それでも答える側は、それでわからないのか、と思っているかもしれない。

なかには「うちの音がそうだよ」と答える人もいよう。
いぶし銀がどういう音なのか、わからなければ、うちの音を聴きに来ればいい、
そんなふうにいってくれる人もいるだろう。

聴きに行ったとしよう。
それでわかるのは、「うちの音がそうだよ」と答えた人が考えているいぶし銀の音でしかない。
その音を、十人に聴かせたら、何人がいぶし銀と感じるのかはなんともいえない。
一人もいないかもしれない。

百人くらい聴いたとしたら、数人は「確かにいぶし銀ですね」というかもしれない。
いぶし銀で表現される音に対する共通認識は、そのくらいではないのか。

タンノイの音を、どこかで聴いて、これがいぶし銀といわれる音なのか……? と感じる。
どこかで聴いたタンノイの音は、百人いれば百人とも違うはずだ。

どこかの販売店で聴いたタンノイ、
オーディオショウで聴いたタンノイ、
オーディオマニアのリスニングルームで聴いたタンノイ、
そして自分の部屋で鳴らしたタンノイ、
どこにいぶし銀といえる音はあるのだろうか。

もう、そこから出てきた音を、そうおもうしかないのか。

オーディオマニアが、心の中に抱きつづけている幻想としての「いぶし銀」。
それは時として、おもわぬ美音を生んでいくかもしれない。

Date: 5月 11th, 2019
Cate: TANNOY

タンノイはいぶし銀か(その5)

ステレオサウンド 207号の特集で、
和田博巳氏は、《他の弦楽器は艶やかというよりはいぶし銀のごとき味わい》とされている。
オーディオ的音色としての、ここでの「いぶし銀」と読めるし、
弦楽器の艶やかさがさほど感じられない、
もしくは表立ってこないから「いぶし銀」という表現を使われたのか。

確かにタンノイの、
それもフロントショートホーンをもたないスピーカーは、
最初から艶やかな弦楽器の音が聴ける、とは私も思っていない。

けれど、それはもう昔のことなのかもしれない──、とも思う。
ステレオサウンドを辞めてから、新品のタンノイのスピーカーを聴く機会はほとんどない。
それにステレオサウンドを辞めてから三十年以上が経っているから、
いつまでもタンノイのスピーカーを、昔の印象だけで語れないだろう。

そんなふうに思っているから、
ほんとうにタンノイの新しいArdenは、《いぶし銀のごとき味わい》なのか、と勘ぐりたくなる。

それに別項「真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その1)」で書いたように、
フロントショートホーンのないGRFメモリーから、魅惑的な弦の音を聴いている。

烏の濡れ羽色的艶っぽさではないけれど、それは《いぶし銀のごとき味わい》ではなかった。

結局、タンノイの音色がいぶし銀というのは、思い込み(バイアス)ではないだろうか。
こう書いてしまうと、
そういう思い込みをつくったのはステレオサウンドであり、
オーディオ評論家ではないか、といわれる。

でも、はたしてそうだろうか。
私には、どこからともなくわいてきた、ある種のバイアスのような気がしてならない。

その2)で、
意外にもイギリスのユニットのフレームの仕上げから来ているようである、と指摘した。

視覚的イメージから起きてきた幻想がいぶし銀なのかもしれない。
当時は、海外のオーディオ機器を聴こうと思っても、
そう簡単に聴けるわけではなかった。
それに非常に高価だった時代がある。

写真や、ウィンドウに飾られている実物を眺めての憧れが生んだ「いぶし銀」。
これを悪い、とは私はおもわない。
思わないけれど……、
いつまで、そんなふうに語り継いでいくのか──、ともおもう。

Date: 8月 18th, 2018
Cate: TANNOY

タンノイはいぶし銀か(その4)

なぜだか、タンノイの音こそがいぶし銀のように語られる。
それに、タンノイといえば、ある年代以上のオーディオマニアにとって、
五味先生と強く結びつくわけだが、
その五味先生はどういう音をいぶし銀と表現されているのかというと、
タンノイの音のことではなく、ベーゼンドルファーのピアノの音である。

ステレオサウンド 52号のオーディオ巡礼で
《拙宅のベーゼンドルファーは購入して二十年になる。今以ていぶし銀の美音を響かせてくれている》
と書かれている。

ベーゼンドルファーはいうまでもなくスピーカーではなく、ピアノのこと。
スピーカーだったら、わかりにくい。
A社の○○というスピーカーがいぶし銀の美音を響かせてくれる──、
そんなふうに書いてあっても、スピーカーはどんな部屋で聴くのか、
どんなセッティングがなされているのか、組み合わされるアンプやその他の機器は……、
そういった諸々のことで、音は大きく変ってくるのだから、
スピーカーの型番を持ち出されても、何の参考にもならないが、
ピアノであれば、そうではない。

スタインウェイほど聴く機会は多くはないかもしれないが、
ベーゼンドルファーは名の通ったピアノであるから、聴く機会は少なくないはずだ。

ただベーゼンドルファーのピアノであっても、必ずしもいぶし銀の美音を響かせてくれるわけでもない。
そのことも52号には書かれている。

五味先生はベーゼンドルファーのピアノを、
ベーゼンドルファーの調律師ではない人に調律してもらわれている。
そのことを書かれている。

同じことを「西方の音」におさめられている「大阪のバイロイト祭り」でも書かれている。
     *
 大阪のバイロイト・フェスティバルを聴きに行く十日ほど前、朝日のY君に頼んであった調律師が拙宅のベーゼンドルファーを調律に来てくれた。この人は日本でも有数の調律師で、来日するピアニストのリサイタルには、しばしば各地の演奏会場に同行を命ぜられている人である。K氏という。
 K氏はよもやま話のあと、調律にかかる前にうちのピアノをポン、ポンと単音で三度ばかり敲いて、いけませんね、と言う。どういけないのか、音程が狂っているんですかと聞いたら、そうではなく、大へん失礼な言い方だが「ヤマハの人に調律させられてますね」と言われた。
 その通りだ。しかし、我が家のはベーゼンドルファーであってヤマハ・ピアノではない。紛れもなくベーゼンドルファーの音で鳴っている。それでもヤマハの音がするのか、それがお分りになるのか? 私は驚いて問い返した。一体どう違うのかと。
 K氏は、私のようにズケズケものを言う人ではないから、あいまいに笑って答えられなかったが、とにかく、うちのピアノがヤマハの調律師に一度いじられているのだけは、ポンと敲いて看破された。音とはそういうものらしい。
(中略)
 ピアノの調律がおわってK氏が帰ったあと(念のため言っておくと、調律というのは一日で済むものかと思ったらK氏は四日間通われた。ベーゼンドルファーの音にもどすのに、この努力は当然のように思う。くるった音色を──音程ではない──元へ戻すには新しい音をつくり出すほどの苦心がいるだろう)私は大へん満足して、やっぱり違うものだと女房に言ったら、あなたと同じですね、と言う。以前、ヤマハが調律して帰ったあとに、私は十歳の娘がひいている音を聞いて、きたなくなったと言ったそうである。「ヤマハの音にしよった」と。自分で忘れているから世話はないが、そう言われて思い出した。四度の不協和音を敲いたときに、音がちがう。ヤマハに限るまい、日本の音は──その調律は──不協和音に、どこやら馴染み合う響きがある。腰が弱く、やさしすぎる。
 ベーゼンドルファーはそうではなかった。和音は余韻の消え残るまで実に美しいが、不協和音では、ぜったい音と音は妥協しない。その反撥のつよさには一本一本、芯がとおっていた。不協和音とは本来そうあるべきものだろう。さもなくて不協が──つまりは和音が──われわれに感動を与えるわけがない。そういう不協和音の聴きわけ方を私はバルトークに教えられたが、音を人間にかえてもさして違いはあるまいと思う。
     *
そういうベーゼンドルファーの音を、いぶし銀の美音と表現されている。

Date: 7月 30th, 2018
Cate: TANNOY

タンノイはいぶし銀か(その3)

ステレオサウンド 207号では、和田博巳氏がArdenの音をいぶし銀と評されている。
見出しにも、いぶし銀が取り上げられている。

私は(その1)で、フロントショートホーンをもつタンノイの音は、
決していぶし銀と感じてないし、烏の濡れ羽色に近い音色と感じている、とした。
別項にコメントしてくださった方と同意見であり、
その方から(その1)にfacebookでコメントがあり、オートグラフを聴かれていることがわかった。

そうだろうな、と強く思う。
フロントショートホーン付きのタンノイの音を聴いたことのある人ならば、
それもいぶし銀とかいう、無用なバイアスなしで聴いている人ならばこその音の印象である。

ならばフロントショートホーンなしのタンノイは、いぶし銀なのか。
菅野先生がスイングジャーナルの1969年12月号で、IIILZ MKIIについて書かれている。
     *
 そこで、英国系のスピーカーには、どうしてもクラシック音楽のイメージが強いとされてきた理由もなんとなくわかるのではあるが、今や、英国も、ビートルズを生み、ミニスカートをつくる現代国家であるし、特に輸出によってお金を嫁ぐことに熱心なことは先頃の英国フェアでもよく知っておられる通りである。英国がその古い伝統と、高度な産業技術を、クラフトマンシップを生かしてつくり上げた製品は、筋金入りの名品が多く、しかもお客の望みを十分に叶えてくれるサービス精神にもとんでいる。タンノイはいぶし銀のような艶をもつスピーカーだと評されていたが、このIIILZのニュータイプのIIILZ MKIIは、さらに明るさが加ってきた。重厚明媚を兼備えた憎い音を出す。これでジャズを聞くと、実に新鮮な迫力に満ちた音だ。MPSのジャズのように、最近はジャズの音も多様性をもってきた。アメリカ録音に馴れていた耳には大変新鮮な音のするヨーロッパ録音ではある。再生系も、英国スピーカーはクラシック向と決めこまないでチャンスがあったら耳を傾けてみてほしい。
     *
いぶし銀、と確かにあるが、
《いぶし銀のような艶をもつスピーカーだと評されていた》と含みをもたせてある。
評してきた、ではない。

「世界のオーディオ」のタンノイ号にざっと目を通したけれど、
オーディオ評論家の誰かが、いぶし銀と書いているのは見つけられなかった。

Date: 7月 30th, 2018
Cate: TANNOY

タンノイはいぶし銀か(その2)

1979年のステレオサウンド弁冊「世界のオーディオ」タンノイ号、
井上先生の「私のタンノイ観」で書かれていることが、実に興味深い。
     *
とくに、モニター15の初期のモデルは、ウーファーコーンの中央のダストキャップが麻をメッシュ織りとしたような材料でつくられており、ダーク・グレイのフレーム、同じくダーク・ローズに塗装された磁気回路のカバーと絶妙なバランスを示し、いかにも格調が高い、いぶし銀のような音が出そうな雰囲気をもち、多くのファンに嘆息をつかせたものである。
     *
モニターシルバーと呼ばれていた時代のタンノイの同軸型ユニット。
そういえば、と、
古いイギリスのオーディオメーカーのスピーカーユニットのフレームを思い浮べてほしい。

ヴァイタヴォックスのAK155、156、グッドマンのAXIOM 301といったユニットのフレームを、
思い浮べられない人は、Googleで画像検索してみてほしい。

井上先生は、タンノイからいぶし銀のような音がしていた、とは書かれていない。
あくまでも、《いぶし銀のような音が出そうな雰囲気》とあるだけだ。

確証はもてないが、いぶし銀という表現が使われるようになったのは、
意外にもイギリスのユニットのフレームの仕上げから来ているようである。

「私のタンノイ観」の最後に井上先生は、書かれている。
     *
 つねづね、何らかのかたちで、タンノイのユニットやシステムと私は、かかわりあいをもってはいるのだが、不思議なことにメインスピーカーの座にタンノイを置いたことはない。タンノイのアコースティック蓄音器を想わせる音は幼い頃の郷愁をくすぐり、しっとりと艶やかに鳴る弦の息づかいに魅せられはするのだが、もう少し枯れた年代になってからの楽しみに残して置きたい心情である。暫くの間、貸出し中のコーナー・ヨークや、仕事部犀でコードもつないでないIIILZのオリジナルシステムも、いずれは、その本来の音を聴かしてくれるだろうと考えるこの頃である。
     *
《しっとりと艶やかに鳴る弦の息づかい》とある。
この表現を、いぶし銀に結びつけるのか、
烏の濡れ羽色を想像するのか。

Date: 7月 29th, 2018
Cate: TANNOY

タンノイはいぶし銀か(その1)

先ほど書いた「BBCモニター、復権か(音の品位・その7)」についたfacebookでのコメントには、
タンノイの音はいぶし銀なのか、とあった。

その方は50年来タンノイを鳴らされている。
タンノイが鳴らす弦の音は烏の濡れ羽色といったほうが近い、とも書かれていた。

日本ではいつのまにかタンノイの音を表わすのに、いぶし銀が使われている。
けれど、「BBCモニター、復権か(音の品位・その7)」で書いたように、
もともとタンノイに使われた表現ではないようなのだ。

それにオーディオ評論家の誰かが最初に使ったわけでもないようだ。
五味先生は、「むかしは」と書かれている。

誰が言い始めたのか、いまでははっきりしない。
けれど昔から使われていたのが、なんとなく広まり、
なんとなくタンノイの音に使われることが多くなっていったのが真相のようだ。

では、タンノイの音は、ほんとうにいぶし銀なのか。
いぶし銀といわれる音が、どんな音なのかについて書く前に、
私自身はタンノイの弦の音は、コメントされた方と同じで、
烏の濡れ羽色に近い、と感じる。

ただし私の場合、条件つきで、
フロントショートホーンをもつタンノイが、うまく鳴った時に限られる。
オートグラフ、ウェストミンスター、タンノイ純正ではないが、
ステレオサウンド特製のコーネッタ、
これらのタンノイがうまく鳴った時の音の、
うまく鳴らした時の弦の音は、烏の濡れ羽色に近い、と表現したくなる。

Date: 3月 25th, 2015
Cate: TANNOY, 型番

タンノイの型番

別項「程々の音」でふれたタンノイのイートン。
この時代のタンノイはハーマンインターナショナルの傘下にあったころで、
オートグラフ、GRFは輸入元ティアックによる国産エンクロージュアという形で残っていたものの、
主力製品は、いわゆるABCシリーズと呼ばれる、
Arden(アーデン)、Berkley(バークレー)、Cheviot(チェビオット)、
Devon(デボン)、Eaton(イートン)で、
アーデンとバークレーが38cm口径のHPD385A、チェビオットとデボンが30cm口径のHPD315A、
イートンが25cm口径のHPD295Aを搭載していて、デボンとイートンがブックシェルフ型だった。

これらのタンノイの型番について瀬川先生がおもしろい話をされたことがあった。
五機種の中で、型番(名称)がいちばん落ち着いた感じがするのはアーデンであり、
アーデンの音も、アーデンという型番がイメージするような音で、
バークレーはアーデンよりもちょっと辛口のところがあり、
デボンは、そんな感じの低音がするし、イートンはかわいらしい印象があって、
型番と音の印象が割とよく合っている、ということだった(チェビオットに関しては、はっきりと憶えていない)。

なるほどなぁ、と感心しながら聞いていたことを思い出した。

バークレーの音は聴いたことはないが、
アーデンと同じユニットであってもエンクロージュアのサイズがひとまわり小さくなっている。
ということは同じ板厚であれば、エンクロージュアの剛性は高くなっている。
ともすればふくらみすぎといわれるアーデンの低音に対して、
バークレーの低音はそういうことはあまりなかったのではないか、と推測できる。

少し締った低音という意味での、アーデンよりも辛口の音ということなのかもしれない。

Date: 4月 10th, 2012
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その79)

別項の「名器、その解釈」でもオートグラフとウェストミンスターの違いについて触れているところである。

ずっと以前にも書いていることだが、
私にとってオートグラフとウェストミンスターという、
ほぼ同じ形態をもつ、このふたつのスピーカーシステムは、ベートーヴェンでありブラームスである。
オートグラフは私にとってベートーヴェンであり、ウェストミンスターは私にとってブラームスである。

こうやって書いていくことによって、そのことをよりはっきりと感じるようになってきている。

いちばん新しいウェストミンスターの音は聴いていないから、
もしかするとブラームスという印象は感じないかもしれないが、
スピーカーシステムの性格は細部の改良によって大きく変化していくものでもないから、
おそらくはブラームスと感じてしまうことだろう。

ブラームスの音楽には優しい、といいたくなる内面性がある。
その優しいところを、私がいままで聴いてきたスピーカーシステムでは、
ウェストミンスターが最もよく音楽として表現してくれるから聴き惚れる。
いっさいの無理を感じさせずにブラームスの音楽を美しく優しく響かせてくれるスピーカーシステムは、
ウェストミンスターの他になにかあるのだろうか。

私が過去に聴いてきたスピーカーシステムの中にはすくなくともない。
似たようなスピーカーシステムもすぐには思いつかない。
だから、これはウェストミンスターの美点であろう。

けれど、自分のモノとして手もとに置いて鳴らしたいわけではない。
それは、やっぱりウェストミンスターはブラームスであるからだ。

五味先生はオートグラフのことを
「タンノイの folded horn は、誰かがワグナーを聴きたくて発明したのかも分らない。
それほど、わが家で鳴るワグナーはいいのである。」と書かれている(「ワグナー」より。「西方の音」所収)。

五味先生は1980年に亡くなられている。
ウェストミンスターはまだ登場していなかった。これはもう勝手な想像でしかないのだが、
もし五味先生がウェストミンスターを聴かれていたら、同じことを言われたであろうか、と考えてしまう。
ウェストミンスターの音を思いだしながら考えていると、
そういわれないであろう、という可能性を捨て切れないでいる。

結局のところ、ウェストミンスターの響き(本質)は優しい、だからだと思っている。

そうはいいながらも、ウェストミンスターを年に1回でいい、聴いていきたい、とも思う。
ウェストミンスターの音・響きにストレスにはまったく似合わない。
ストレス・フリーでウェストミンスターをうまく歌わせることができる人のところで、
ブラームスのレコードを1枚でいいから聴きたい。
いまはそう思っている。

けれど齢をとっていけば、変っていくのかもしれない。
ウェストミンスターを自分のモノとして鳴らしたいと思うようになるのだろうか……。

Date: 4月 9th, 2012
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その78)

ウェストミンスターをオートグラフの後継機種、
つまりは現代版のオートグラフという認識でウェストミンスターを使っておられる方も少なくないと思う。
私もウェストミンスターが登場したときは、そう思っていた。
オートグラフのコーナー型を、
一般的な日本の住環境でも設置しやすいレクタンギュラー型とした現代版オートグラフだと受けとめていた。

ウェストミンスターが登場したころはユニットはフェライトマグネットであり、
この点には不満を感じたものの、それでものちにマイナーチェンジを重ねるごとにアルニコマグネットになり、
ネットワークにも手が加えられエンクロージュアの寸法にも変化があり、
風格を増していったウェストミンスターに対して、
ほんとうにオートグラフの後継機種だろうか、という疑問を持ちはじめたころにKingdomが登場した。

Kingdomを紹介記事をステレオサウンドで読んで思い出していたのは、
1978年に登場したバッキンガムとウィンザーである。

このふたつのスピーカーシステムに関しては、この項の(その30)から(その36)にかけて書いているし、
さらに(その56)と(その57)でも触れている。

(その30)から(その36)を書いたのは2009年の7月、
(その56)と(その57)は2011年の5月。

すこしあいだを開けすぎたと反省して書いているのだが、
バッキンガムは25cm口径の同軸型ユニットに30cm口径のウーファーをダブルで足している3ウェイ・システム。
ウィンザーはシングルウーファー仕様。

当時はタンノイはハーマン傘下にあった。
主力となっていたのは、いわゆるABCシリーズと呼ばれていた、アーデン(Arden)、バークレー(Berkeley)、
チェビオット(Cheviot)、デボン(Devon)、イートン(Eaton)であった。
オートグラフとG.R.F.はタンノイの承認を得てティアックによる国産エンクロージュアとなっていた。

往年のタンノイを知る者にとっては、やや物足りなさをおぼえていたところに、
バッキンガムとウィンザーが登場し、
このふたつのスピーカーシステムについて、(その56)でも引用しているように、
タンノイのリビングストンは、こう述べている。
「オートグラフとGRFを開発した時と全く同じ思想をバッキンガム、ウィンザーにあてはめている」と。

リビングストンは1938年にタンノイに入社した、いわばタンノイの生き字引ともいえる人物であり、
彼が、このように語っているのだ。

ならばKingdomもオートグラフを開発した時と全く同じ思想をあてはめている、といってもおかしくはないはず。
むしろ、バッキンガム、ウィンザーよりも、
より徹底した、その思想をあてはめて開発されたのがKingdomといえよう。

Date: 4月 8th, 2012
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その77)

また書いているのか、と思われても、
くり返し書くことになるけれど、「五味オーディオ教室」からオーディオの世界へとはいっていった私には、
タンノイのオートグラフは、そのときからずっと、
そして(おそらく)死ぬまで憧れのスピーカーシステムでありつづける。

タンノイの前身であるTulsemere Manufacturing Companyは1926年の創立だから、
あと14年で創立100年の歴史をもつタンノイのスピーカーシステムの中でいちばん欲しいのはオートグラフであり、
これから先どんなに大金を手にしようと、オートグラフを迎えるにふさわしい部屋を用意できようと、
おそらく手に入れずにいるであろうスピーカーシステムもオートグラフである。

特別な存在であるオートグラフを除くと、
私が欲しいと思うタンノイのスピーカーシステムは、
タンノイ純正ではないから、いささか反則的な存在ではあるけれど、
ステレオサウンドが井上先生監修のもとで製作したコーネッタがある。
現行製品の中ではヨークミンスター/SEはいい出来だと思っている。

このふたつのスピーカーシステムを欲しいと思う気持とはすこし違った気持で「欲しい」と思うのは、
やはりKingdomである(それも最初に登場した18インチ・ウーファーのモノ)。

このKingdomこそが、オートグラフの後継機種だと考えているからだ。

オートグラフの後継機種はウェストミンスターではないか、と思われるだろう。
たしかにウェストミンスターは、オートグラフの形態的な後継機種とは呼べるものの、
オートグラフが1953年に登場したとき実現としようとしていたもの、目指していたもの、
こういったものの方向性は、オートグラフとウェストミンスターとではやや違うように感じているからだ。

オートグラフは1953年の時点で行き着けるであろう最高のところを目指していた。
そのための手段としてバックロードホーンとフロントショートホーンの複合ホーン、
さらにコーナー型という複雑なエンクロージュアを採用することになったのではないか。

菅野先生が以前からいわれているように、
スピーカーシステムは同時代の録音と同水準のものそなえることが理想的条件のひとつである。

周波数特性(振幅特性だけでなく位相特性もふくめての周波数特性)、ダイナミックレンジ、リニアリティ、
S/N比……、こういったことをベースとしての音色、音触などいったことを含めての、
つねに同時代の録音に対するタンノイの答が、
1953年はオートグラフであり、それから約40年後はKingdomである。
ウェストミンスターは、オートグラフと同じ要求に対する答ではない──、
私はそう考えている。

だからオートグラフの後継機種といえるのは、ウェストミンスターではなくKingdomであり、
私がKingdomを「欲しい」と思っている理由は、まさにここにある。

Date: 4月 8th, 2012
Cate: 6041, ALTEC, Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その76)

このあたりがJBLとアルテックの違いである、と思える。
どちらもアメリカ西海岸にあるプロ用のスピーカーを製造している会社でありながら、
JBLのスピーカーユニットの豊富さとは逆にアルテックのスピーカーユニットの数は少ない。
アルテックにはJBLのようにコーン型ユニットの口径のヴァリエーションが豊富ではない。

だからアルテックが4343と同等かもしくはそれを超えようとする4ウェイのシステムをつくろうとすれば、
604-8Hしかないというのは理解できる。
それに604をシステムの中核に使うからこそ、アルテックの色が濃くなる。

このスピーカーユニットの豊富さの違いは、メーカーの体質の違いでもある。
もしJBLが同軸型ユニットを核にした4ウェイ・システムを開発するのであれば、
現行ユニットだから、とか、会社の顔的な存在のユニットだから、といったような理由ではなく、
最適な口径のユニットがラインナップになければ、新たに開発するであろう。

それに、以前も書いているけれど、6041は急拵えのシステムだと思う。

そうはいいながらも6041には魅かれる。
だから、こうやってあれこれ書いているわけだ。
604-8Hを使い4ウェイ・システムを、完成度を高くまとめていくのであれば、
私ならばウーファーの口径はもっと大きなものにする。
黄金比的にいえばミッドバスが15インチなのだから、24インチ(60cm)口径となる。
現実に、この口径のウーファーとなるとハートレーの224HSがある。
マーク・レヴィンソンがHQDシステムにも採用したハートレーの、このウーファーは、
クラシックをメインに聴く私にとっては、
604と組み合わせる大口径ウーファーとしては、これしかないようにも思う。

とはいえ604-8H(もしくは604-8G)の下に224HS、となると、
エンクロージュアのサイズはかなりの大きさになる。

もうひとつ考えられるのは、18インチ口径のウーファーをダブルで使うことだ。
これもエンクロージュアのサイズはそうとうに大きくなる。

24インチ・ウーファーにするのか、18インチ・ウーファーのダブルか。
18インチ・ダブルの方は、604に合うと思えるユニットが頭に浮ばない。
現行製品だけでなくとも、18インチともなると製品の数も減ってくるし、過去の製品でも思い浮ばない。

604を使いながら4ウェイにしてワイドレンジを狙うのであれば、
私自身の好みをいれると、ハートレーの224HSということになる。
604と224HS──、もうバカげた構成ではあるけれど、試してみたい、と思いつつも、
現実的な構成としては、
タンノイのKingdomの12インチ口径同軸型ユニット18インチ口径ウーファーの組合せは、
うまくオーディオマニアの心をとらえた絶妙な、そしてぎりぎりのサイズ設定だと感じてしまう。

Date: 8月 20th, 2011
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その74)

JBL4343のウーファーとミッドバスの口径は15インチと10インチ、
タンノイのKingdomの弟分として登場したKingdom 15は、
型番の末尾の数字があらわしているようにウーファー口径がKingdomの18インチから15インチへ変更されている。
この変更にともないミッドバス、ミッドハイをうけもつ同軸型ユニットの口径も、
Kingdomの12インチから10インチと、ひとまわり小さくなっている。
コーン型のウーファーとミッドバスの口径は4343と同じになっている。

これは単なる偶然なのだろうか。

何度も書いている瀬川先生の、
ステレオサウンド別冊のHIGH-TECHNIC SERIES 1に掲載されていた4ウェイ構想の記事を読んだとき、
なぜJBLの4343のミッドバスは10インチであって、8インチにしなかったのか、と疑問に思ったことがあった。

ウーファーとのクロスオーバー周波数がかなり低いのであれば口径がある程度あった方が有利なのはわかるが、
4343では300Hzである。8インチ(20cm)口径のユニットでも十分だし、
口径が小さくなった分だけ中高域の特性はよくなるし、
瀬川先生の記事にもフルレンジの20cmから10cm口径の良質なものを選ぶことから始める、とあった。

そう思ったのは、いまから34年前の話。
4343への関心が強くなっていくほどに8インチじゃなくて、10インチを選択したことを自分なりに納得がいった。

4343(その前身の4341を含めて)が成功したのは、いくつかの要因がうまく関係してのことであろうが、
そのひとつにウーファーとミッドバス、
このふたつのコーン型ユニットの口径比は大きく関係している、と思っている。

だから、Kingdomが成功したのは、このウーファーとミッドバス(同軸型ユニット)の口径比のおかげだ、
という短絡的な断言はしないけれど、それでもこれ以外の口径比で成功はありえなかったはず、だ。

Date: 6月 16th, 2011
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その72)

4ウェイといっても、そのシステム構成の考え方はひとつではない。
3ウェイのスピーカーシステムに、スーパートゥイーターもしくはサブウーファーを足すかたちのものもあれば、
2ウェイのスピーカーシステムをベースに、高低域両端に専用のユニットを追加するかたちもあり、
JBLの4343やアルテックの6041、タンノイのKingdomは後者である。

3ウェイをベースにスーパートゥイーターを加えるものだと、
ユニット構成は、国産の3ウェイスピーカーシステムの多くの例からすれば、
コーン型の採用はウーファーだけ、ということも十分ありうる。

同じ3ウェイ・ベースでもサブウーファーをつけ足すのでは、コーン型ユニットは最低でも2つ使われることになる。
2ウェイ・ベースでもそれは同じ。コーン型ユニットが、最低でもウーファーとミッドバスに使われる。

これから書くことになにひとつ技術的な根拠はない。
感覚的な印象ではなるが、コーン型ユニットがウーファーとミッドバスに使われた場合、
このふたつのユニットの口径比は4ウェイ・システムの成否に深く関わっているように思う。

ウーファーに対してミッドバスの口径が大きすぎる(もしくは小さすぎる)と感じられるスピーカーシステムと、
うまくバランスがとれていると感じられるスピーカーシステムがある。

ウーファーに対して大きすぎる口径(小さすぎる口径)のミッドバス、
反対の言い方もとうぜん可能で、ミッドバスの口径に対して大きすぎる口径(小さすぎる口径)のウーファー、
──そんなものは人それぞれの感覚によって違ってくる、とは思っていない。

ここにはひとつの最適解がある、はずだ。

黄金比がある。
計算してみると、18インチに対しては11.12インチとなる。46cmで計算すると28.43cm。
15インチでは9.27インチとなり、38cmでは23.49cm、となる。

Date: 6月 10th, 2011
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その71)

Kingdomと同じ18インチ口径のウーファーの4ウェイ・システムにJBLの4345があるが、
Kingdomは規模としては、4345というよりも4350に相当する、といってもいい。

4350の外形寸法はW1210×H890×D510mmで、重量は110kg。
横置きスタイルの4350を縦置きにしてみてならべてみると、横幅(4350の高さ)が狭いだけで、
あとはKingdomのほうが大きいから、その大きさがより実感できると思う。

ミッドバスを受け持つユニットの口径は12インチで、4350もKingdomも同じ。
低域は4350は15インチ口径が2発、Kingdomは18インチ口径が1発だから、
振動板の面積は4350のほうが大きいが、振動体積という点からみれば、
15インチ2発と18インチ1発は、ほぼ同じくらいのはずだ。

4350はJBL初の4ウェイ・システムであり、Kingdomはタンノイ初の4ウェイ・システムであり、
システムの規模のほぼ同じといえる。

JBLは4350の1年後に4341(4340)を発表している。
タンノイもKingdomの翌年に、Kingdom 15を出している。

この4341(4343といっていい)とKingdom 15が、
4350とKingdomと同じように、対比できる、ほぼ同じ規模のスピーカーシステムとなっている。

4343は15インチ口径のウーファー、10インチ口径のミッドバス、
Kingdom 15は型番が示すようにウーファーが15インチになり、同軸型ユニットは10インチと、
Kingdomよりもひとまわりちいさくまとめられている。

このウーファーとミッドバスの口径比は偶然なのだろうか、と思えてくる。

Date: 6月 5th, 2011
Cate: Kingdom, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その70)

1996年に、タンノイ創立70周年モデルとしてKingdomが登場した。
バッキンガムの登場からほぼ20年が経過して、やっと登場した、という思いがあった。

バッキンガム、FSM、System215と、
同軸型ユニットとウーファーの組合せに(あえてこういう表現を使うが)とどまっていたタンノイが、
トゥイーターを追加して4ウェイのシステムを手がけた。

しかもFSMやSystem215と違う、大きな点は、その時点でのタンノイがもつ技術を結集した、
といいたくなるレベルで、Kingdomを出してきてくれたことが、なにより嬉しかった。

瀬川先生は、JBLから4350、4341が発表されたときに、
「あれっ、俺のアイデアが応用されたのかな?」と錯覚したほどだった、と書かれている。
Kingdomが出たときに、さすがにそうは思わなかったけど、
それでも同軸型ユニットを中心とした4ウェイ構想は間違っていなかった、
それがKingdomで証明されるはず、と思ってしまった。

Kingdomは12インチの同軸型ユニットを中心に、
下の帯域を18インチ口径のウーファー、上の帯域を1インチ口径のドーム型トゥイーターで拡充している。

Kingdomの外形寸法はW780×H1400×D655mmで、重量は170kg。
タンノイのこれまでのスピーカーシステムのなかで、もっとも大型でもっとも重い体躯をもつ、
このスピーカーシステムこそ、私はオートグラフの現代版として捉えている。

同時に、アルテックの6041の行きつく「形」だとも思っていた。