Archive for 4月, 2012

Date: 4月 30th, 2012
Cate: Digital Integration

Digital Integration(デジタルについて・その6)

私が最初に聴いたCDの音は、
以前書いた通り、フィリップス(マランツ)のCD63の試作モデルで、小沢征爾指揮の「ツァラトゥストラ」だった。
このときの音についてはすでに書いているのでそちらをお読みいただきたいが、
とにかく、その安定度の高さに驚いたことだけは、くり返し伝えておきたいことである。

CDが登場する以前、1970年代中頃からデジタル録音によるLPが発売されるようになってきた。
デンオンからまず始まったデジタル録音は、海外でも行われるようになってきた。

このころのレコード評をいま読み返すと、デジタル録音のLPはかなり高い評価を得ていることが多い。
デジタル録音によるLPのすべてが優れていたわけではないのは、
アナログ録音のLPのすべてが優れていたわけではないのといっしょで、
優れた録音に関しては、アナログだろうとデジタルだろうと、聴き手としての関心はあっても、
実のところどうでもいいことである。
いい音でいい音楽が聴きたいのだから。

CDが登場した1982年秋は瀬川先生が亡くなられて1年後のことであった。
だから、「瀬川さんがCDを聴かれたらなんと言われるだろう……」「どんな評価をされるのだろうか」ということを、
幾度となくきいている。

私も瀬川先生はどうCDを評価されるのか、知りたかった。
このとき私は、CDの音をデジタルの音だと思っていた。
CDプレーヤー・イコール・デジタルプレーヤーであると思っていた。

それが勘違いであることに気がつくには、けっこうな時間を必要とした。

Date: 4月 29th, 2012
Cate: 電源

電源に関する疑問(その25)

伊藤先生の349Aプッシュプルアンプは、初段がEF86で位相反転にはE82CCが使われている。
ER82CCのカソードは結合されてはいるものの、いわゆるムラード型の位相反転ではなくオートバランス型である。

つまり+側の信号はEF86、E82CCという信号経路だが、
−側はEF86、E82CC、E82CCと信号経路としてE82CCを一段余計に通る。
NFBは+側のE82CCのプレートからEF86のカソードにかけられている。

ウェストレックスのA10も回路は同じで、
初段が6J7、位相反転6SN7、出力管が350B、という使用真空管の違いだけである。
伊藤先生の349AプッシュプルアンプはA10のスケールダウン仕様といえる。

でも、この回路構成が低音がボンつかない理由とはいえない。

349Aプッシュプルアンプは無線と実験に発表されたものだが、
実際に製作されたアンプと掲載されている回路図は多少異る点がある。
そのもっとも大きな違いは、出力トランスの1次側インピーダンスで、
無線と実験に載っている回路図、部品表ではラックスのCSZ15-8、
つまり1次側インピーダンスが8kΩということになっているけれど、実際に搭載されているのはCSZ15-10、
1次側インピーダンスが10kΩ仕様であり、
このことは低音がボンつかない理由に関係しているとは思えるものの、それほど大きな理由とは思えない。

このことは、しばらく疑問のままだった。
アンプの回路を信号部だけを見て考えていたままだったら、
いまでも、なぜだか低音はボンつかない、としかいえないままだったはずである。

アンプの回路は、信号部と電源部から成っている、という当り前すぎることを再認識すると、
ウェストレックスのA10、伊藤先生の349Aプッシュプルアンプは、
ビーム管、五極管を出力段に使いながらオーバーオールのNFBがかけられていないということと、
電源部に直列に1kΩの抵抗が挿入されていることは切り離せないことではないか、と気づく。

Date: 4月 28th, 2012
Cate: 電源

電源に関する疑問(その24)

向ったのは六本木にあるおつな寿司。
上杉先生は、ここのいなり寿司が好物だ、とこのとき聞いた。

上杉先生との食事は楽しかった。
いろいろな話があったが、さきほどまで真空管アンプを作られていたわけだから、
真空管、真空管アンプに関する話題が当然出てくる。

このときすでに349Aのプッシュプルアンプを作ろうと考えていたので、
たしかNさんが上杉先生にこのことを話されたので、こういう回路のアンプを作ろうと説明した。

上杉先生から返ってきたのは、「出力トランスからNFBはかけないんですか」だった。
出力管に五極管の349Aを、五極管接続で使用するのだから、上杉先生がそういわれるのはもっともである。
上杉先生の経験からも、どんな球であろうと、五極管、ビーム管をオーバーオールのNFBなしで使用したら、
低音がボンついてまともな音はしない、ということだった。

ステレオサウンドの製作記事のオルソンアンプもオーバーオールのNFBはかかっていない。
無帰還アンプである。出力管はEL34。五極管ではあるが、
オリジナルのオルソンアンプでは6F6を三極管接続している。上杉先生はEL34を三極管接続で使われている。

五極管、ビーム管を無帰還で使うのならば三極管接続するのが、いわば常識的にいわれていた。
上杉先生は、だから「三結にもされないんですか」ときかれた。「五極管接続です」とこたえた。
さらに伊藤先生の349Aのプッシュプルアンプでは、低音がボンつくことはなかったことを説明したものの、
上杉先生を納得させるだけの説明を、このときの私には無理だった。

私自身、なぜ伊藤先生の349Aプッシュプルアンプではそういったことがおこらないのか、
その理由がまったくわからなかったのだから、しょうがない。

349Aがウェスターン・エレクトリックの球だから、ということは理由にもならない。
コンデンサーや抵抗といった部品にいいものを使ったからも、この理由にはならない。
伊藤先生が作られたから、も、もちろん、その理由にはならない。

Date: 4月 28th, 2012
Cate: 電源

電源に関する疑問(その23)

上杉先生によるオルソンアンプの製作記事はステレオサウンド 64、65、66号に載っている。
65号には実際の製作過程が写真で載っていて、このときの撮影には立ち合うことができた。
目の前で上杉先生のアンプ作りを見ることができたのは、幸運だったと思う。

65号は1983年発行のステレオサウンドで、当時20の私よりもいまの私の方が、
つぶさに見れたことを幸運だと思っている。

完成品の内部を見る機会はいくらでもある。写真で見たり、実物の天板をとって中を覗いてみたりなどができる。
けれど、なかなかその製作過程を最初から最後まで見る機会はめったにない。

誌面上でどれだけ写真を多用して事細かに説明文をつけたとしても、
写真と写真のあいだにあったことを伝えるのは、まず無理だといっていい。

真空管アンプで、プリント基板を使わずに手配線によって製作していくには、
製作者の流儀といえるものがある。
その流儀は、上杉先生には永いアンプ作りから身につけられた流儀があり、
伊藤先生には伊藤先生の流儀がある。

このころから、私は真空管アンプに関しては伊藤先生の流儀をなんとか身につけたい、と思っていた。
だからといって、ほかのアンプ製作者の流儀が参考にならないか、というとそんなことはまったくない。
直にアンプが形を成していく過程をじっと見ていけば、そこから学べることはかなりのものがある、といっていい。

記事のためのアンプ作りなので、製作過程の要所要所で撮影をするわけで、
しかも撮影カット数は記事で使われている写真点数よりもずっと多い。
撮影のたびにアンプづくりの手を止められるわけではないが、
細かいところの撮影などで手を休めてもらうことになる。
だから、こういう記事のためのアンプ作りは、実際のアンプ作りよりもずっと時間を必要とする。

もう30年近く前のことだから、何時ごろから始まったのかは忘れてしまった。
憶えているのは撮影が終って(つまりアンプが完成したあとに)、
上杉先生とこの記事の担当者のNさんと三人で遅い食事に行ったことだ。

Date: 4月 27th, 2012
Cate: 電源

電源に関する疑問(その22)

ウェストレックスのA10にしても伊藤先生の349Aのプッシュプルアンプにしても、
出力トランスからNFBはかかっていない。
伊藤先生の349AのアンプはA10を範とした設計だから、
NFBのかけ方も同じで位相反転の+側出力を初段のカソードに戻している。

出力管に三極管を使った真空管アンプでは無帰還のものは少なくない。
けれど五極管、ビーム管を出力段に使ったパワーアンプでは、
ほぼすべてといっていいほど出力トランスの2次側から初段のカソードへとNFBがかけられている。

伊藤先生も五極管、ビーム管では適切なNFBをかけることが重要だといわれている。
にもかかわらず349Aのプッシュプルアンプには出力トランスからのオーバーオールのNFBはない。

一般的に五極管、ビーム管のオーバーオールのNFBなしのアンプだと、
低音が、いわゆるボンつくようになって聴けたものではない、と昔からいわれ続けている。
なのに私が聴いた伊藤先生製作の349Aアンプには、そういった傾向はまったく感じられなかったどころか、
むしろ低域のすっきりした透明感の高さに驚き、すっかり魅了されていた。

この349Aのアンプを聴いたとき、どういう回路になっているのかはまったく知らなかった。
聴いた後で、無線と実験に掲載された記事のコピーを、当時のサウンドボーイの編集長だったOさんにもらった。
そして、オーバーオールのNFBがないことを知った。

なのになぜ低音がボンつかないのか。
ちょうど349Aのアンプを作ろうと部品を集めていたころに、
ステレオサウンドで上杉先生がオルソンアンプの製作記事を発表された。
この記事はNさんの担当だった。
Nさんはウェスターン・エレクトリックの350Bのプッシュプルアンプを作ろうとしていた。
ふたりとも伊藤先生のアンプの世界に魅かれていた──。
そういう時期の、上杉先生のオルソンアンプの製作記事。ふたりで盛り上っていた。

Date: 4月 27th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その60)

なぜなのかは、ステレオサウンドでも井上先生が述べられているはず。
まずフォノイコライザーアンプがなければ、電源部にそれだけ余裕ができる。
それからフォノイコライザーアンプはゲインが高いこともあって発生しているノイズも少なくない。
このノイズが電源部を介したり、飛びつきなどによってラインアンプに影響を及ぼしている。
これらに較べると影響の度合いは小さいものの、おそらく機械的な共振の面でも、
ある面積をもつプリント基板がアンプ筐体内からなくなることの音質面でのメリットもある、と考えられる。

さらに細かいことを書けば、アンプ・モジュールの数が少なくなるということは、
その分だけメインのプリント基板への荷重も減るわけで、
そのことによるメインのプリント基板へのテンションも軽減されるし、
重量分布が変化すれば、メインのプリント基板の振動モードもとうぜん変化する。

こんなふうに、なぜ音が変化するのか、その理由について考えていくといくつも出てくるわけだが、
そういった理屈を全部抜きにしても、音は確実に良くなる。

国産アンプの中には、
フォノイコライザーを使わないときにフォノイコライザーへの電源の供給を停止する機能をもつものもいくつかある。

そして、この音の違いを一度でも聴いてしまうと、
CDを聴くときにはめんどうでもフォノイコライザーを外してしまいたくなる。
そのたびにアンプの天板をネジを外して天板をとり、フォノイコライザーの基板を取り出す……、
こんなことはやりたくないし、無理に勧めもしないけれど、
ThaedraやLNP2、JC2、その他にはQUADの44もそうだし、チェロのAudio Suiteなどをお持ちならば、
一度は、その音の変化を自分の耳で確かめてみてほしい、と、やはり思ってしまう。

一度試してみれば、これらのアンプの姿(性能、音、性格など)をより知ることになるからだ。

Date: 4月 27th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その59)

Thaedraのリアパネルは、真横から見るとL字型になっていて、底辺の水平部分に入出力端子は取り付けられている。
一般的なアンプのリアパネルは垂直面に端子が取り付けられているからケーブルは水平に差し込むのに対し、
Thaedraは垂直にケーブルを差すようになっている。

どちらが使いやすいかは、コントロールアンプをどう設置するか、
その設置環境によっても変ってくるため一概にはいえないものの、Thaedraのようなスタイルは使いやすい。

ボンジョルノが、このスタイルをとったのは使いやすさということもあってだろうが、
それよりも内部コンストラクションとの兼ね合いで、こうせざるをえなかったほうが強い。

Thaedraの内部は底部に信号ラインや電源ラインとなるメインのプリント基板がある。
この基板に対して、MCカートリッジ用フォノイコライザー、MMカートリッジ用フォノイコライザー、
ラインアンプ、これら3枚のプリント基板が垂直に挿し込まれている。
メインのプリント基板とはコネクターで接続され、3枚のアンプ基板はリアパネルに固定される。
さらにラインアンプはスピーカーを直接鳴らせるだけの出力をもつだけに、
発熱もコントロールアンプとは思えぬほど多い。リアパネルはラインアンプ出力段のヒートシンクも兼ねている。
ゆえにリアパネルに入出力端子を取り付けるのは、やや無理がある。

こういう内部構造になっているため、フォノイコライザーは使わない、とか、
使うけれどもMCカートリッジの昇圧には外付けのトランスやヘッドアンプを使うから、
MCカートリッジ用のフォノイコライザーは不必要だ、とか、その反対にMMカートリッジ用が要らない、とか、
そういうときにフォノイコライザーアンプのプリント基板をメインのプリント基板から抜く。

このときの音の変化は、
個々のアンプをモジュール化してメインのプリント基板に挿すタイプ(マークレビンソンのLNP2やJC2など)は、
電源部に余裕があっても音は確実に変化する。
変化する、というよりも確実に音は良くなる、といえる。

Date: 4月 26th, 2012
Cate: audio wednesday, 岩崎千明

第16回audio sharing例会のお知らせ(岩崎千明氏について語る)

何度かお知らせしているように、来週水曜日(5月2日)のaudio sharing例会のテーマは
「岩崎千明氏について語る」です。

「岩崎千明氏について語る」といっても、
一回の例会で語り尽くせるはずもなく、「岩崎千明氏について語る」がテーマであっても、
さらにテーマを絞ることになるわけで、どこに絞るかを、いま考えているところであって、
岩崎千明という人物は、純粋な欲張りさんなのかもしれない、と思っている。

欲張りといってしまうと、あまりいいイメージではそこにはないわけだが、
そういうイメージの欲張りとはあきらかに違う、いわば子供のような純粋な欲張りなような気がしている。
大人の欲張りは、どこか人の目を気にしているようなところがないわけではない。
欲しいモノを手に入れる、という行為に、どこか趣味を同じくする周りの人の目を多かれ少なかれ気にしてしまう。
そのことを意識している、意識していないに関わらず、
そのこととまったく無関係にモノを選び自分のモノとしていくのは、簡単のようであって難しい面も含む。

しかもオーディオ評論家という、常に読者の目が向いている──、
なにも読者の目だけではない、編集者の目もある、メーカーの目もある、輸入商社の目も、
自分に向いていることを意識せざるをえない環境の中で、
純粋に自分の欲しいモノをそういう、いわばしがらみ的なことをバッサリ断ち切ってオーディオを選ぶことを、
ほんとうに楽しげにやられていた人が岩崎千明という人物ではないか、と思う。

自分の使っているオーディオ機器、手に入れたオーディオ機器のことを誰にも話さない、教えないのとはわけが違う。
だから、私は岩崎先生を、純粋な欲張りさん、と呼びたい気持に、いまなっている。

それに日本ではいまも昔も、ストイックであることのほうが、
なにかカッコイイと受けとめられることが多いような気がする。
私も20代のころは、そう思っていた。意味もなく、深く考えもせずに、
ストイックであること自体、もしかするとそう見せかけることがカッコイイ、と大きな勘違いをしていた。

それだからこそ、純粋な欲張りさんには憧れも含まれている。

私は岩崎先生の文章を同時代の人間としては、ほとんど読んでいない。
1977年の3月に亡くなられているから、1976年からオーディオにはいっていって私にとって、
それはごく短い期間であったし、すでに体調を崩されていたのだろう、
1977年1月、2月発行のオーディオ雑誌で、岩崎千明の名を見ることはほとんどなかった。
少なくとも私が住んでいた田舎の書店に置いてあるオーディオ雑誌では目にすることができなかった。

しかも私はジャズは、クラシックに比べれば聴く時間はかなり少ない。
ジャズ好きの人からみれば、
そんなもの聴いているうちにはいらないといわれてしまいそうなぐらいしか聴いていない。
私は、岩崎千明氏に関しては、あきらかに遅れてきた読者である。

そういう人間の見方だから、「純粋な欲張りさん」は的外れなこと想いということもあるかもしれない。
それでも、いまは、純粋な欲張りさんだ、とおもっている。
明日には変っているかもしれないが、
5月2日のテーマは、純粋な欲張りさんということから語りはじめるつもりでいる。

5月2日のaudio sharing例会は、いつも同じ、四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
時間はこれまでと同じ、夜7時からです。

当日は岩崎先生の娘さんの岩崎綾さんと息子さんの岩崎宰守さんも来られます。

Date: 4月 25th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(ヘッドフォンアンプとしてのThaedra)

サイズ考(その8)で、ロジャースのLS3/5AをThaedraで直接鳴らしたときのことを書いている。
LS3/5Aの最上の音としてどうしても忘れることのできない音。

このときLS3/5Aから鳴ってきた音をいま思い返してみると、
Thaedraが、巷でいわれているような、いかにもアメリカ的な音に偏ったアンプではないことがわかる。
LS3/5Aをあれほど瑞々しく鳴らしてくれたアンプなのだから、繊細さが不足しているはずがない。
ただ、繊細さをことさら強調していない音なのに気がつく。

もうひとつ気がつくのは、ヘッドフォンアンプとしても、きっとThaedraは優れていた、であろうことだ。
ヘッドフォンアンプとしてのThaedraの実力は一度も試していない。
でも回路的にはラインアンプの出力を利用している。
ヘッドフォンアンプと専用の回路を用意しているわけではない。

ということはあれだけLS3/5Aをみずみずしい、聴き惚れる音で鳴らしてくれたのだから、
ヘッドフォンに関しても同じ結果を期待してしまう。

聴いておけばよかった……、とこればかりは後悔している。

Date: 4月 25th, 2012
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その58)

マークレビンソンのLNP2のパネルデザインにオリジナリティがあるかといえば、
LNP2贔屓の私であっても、そうとはいえない。
アメリカではLNP2登場の数年前に、SAEがほぼ同じレイアウトのコントロールアンプMark Iを出していた。
日本ではオンライフ(現ダイナベクター)の管球式コントロールアンプも、ほぼ同じレイアウト。
いわゆるメーカー製のアンプではないが、伊藤先生のつくられるコントロールアンプも基本レイアウトは同じである。

コントロールアンプでVUメーターをフロントパネルの中央上段に配置して左右対称にツマミを配置、
それも同じ形状、同じ大きさのツマミということになると、
どうしても似てしまうというよりも同じになってしまう。

と書いているけれど、これらのコントロールアンプの中で、
私が最初に目にしたのはLNP2だからインパクトは強かった。

GASのThaedraは、似たデザインのコントロールアンプはすくなくとも私が知る限りでは存在していない。
白のフロントパネルに黒のツマミのパンダThaedraを最初に目にした人は、奇抜とか、
ブラックパネル仕様のThaedraにしても大胆なパネルレイアウトだと思われているたろうが、
実際に自分で使ってみると、奇抜だとか大胆だとか、そういった見た目の印象よりも、
よく練られたパネルデザインだと、すぐに理解できるはずだ。

LNP2のツマミは13個。すべて同じツマミが使われている。
Thaedraは回転式のツマミが9個、スライド式のツマミが1個、あとはプッシュ式のボタンからなり、
ボリュウム用のツマミがいちばん大きくフロントパネルの中央下段にあり、
パッと見ただけで、フロントパネルの文字を見たくとも、それが音量調整用のツマミであることは誰にでもわかる。

ボリュウムの上に水平にスライドする角形のツマミがあり、これがバランスコントロールになっている。
ボリュウムの左右にある、ボリュウムツマミよりも少し径の小さなツマミが左右独立型のトーンコントロール、
入出力、テープ関係の操作系はフロントパネル左側にツマミとプッシュボタンでまとめられている。
フロントパネル右端にはプッシュボタン(ON-OFF独立)の電源スイッチとなっている。
バランスコントロールの両端にはヘッドフォン出力端子とフォーンジャックによるテープ入出力端子がある。

Date: 4月 24th, 2012
Cate: D130, JBL, 異相の木

「異相の木」(その6)

この項の(その2)でも書いているように、(その1)を書いてから(その2)までを書くのに三年以上あいている。
(その2)を書こうと思ったのは、別項でJBLのD130について書き始めたからである。

D130は、私がこれまで使ってきたスピーカーとは異る。
私が聴く音楽、求めている音、そして理想とするスピーカー像からしても、D130はぴったりくるモノではない。
それでも、昔からD130の存在は気になっていた。

気になっていた、といっても、ものすごく気になる存在というレベルではなく、
なんとなく、すこし気になる程度の存在であったD130が、
ここにきてすごく気になる存在になってきた。

これはD130が、私のなかで「異相の木」として育ってきたからなのかもしれない。
最初は芽がでたばかり、という存在のD130が、D130の存在を知って30年以上経て、
いつしか、どうしても視界にはいってくる気になる木になっていた。

これまでは、いままで使ってきたいくつかのスピーカーシステムという木の陰にかくれていたからか、
ここにくるまで気がつかなかったのだろう。

でも、いまははっきりと視界のなかにいるD130は、私にとっては「異相の木」だという確信がある。
だから、欲しい、という気持ではなく、
一度本気で使ってみなければならない、という気持が日増しに強くなっている。

黒田先生が「異相の木」をステレオサウンド 56号に書かれて、読んだ時から30年以上経ち、
私にとっての、オーディオにおける「異相の木」をやっと見つけることができた──。
というよりも気づくことができた、というべきかもしれない。

Date: 4月 24th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past) についてのお知らせ

もうひとつのブログ、the Review (in the past)ですが、
これまで記事の公開日時は、そのまま記事を公開した日時のままにしていましたが、今日から変更しています。

実はfacebookに同タイトルページをつくり、
そちらのほうを掲載する記事が書かれた年代順に並べるようにリンクを書きこんでいましたが、
特定の年月日にある一定以上の記事が集中すると、書込みエラーが頻繁に発生するようになったため、
参照元でもあるthe Review (in the past)を年代順に並べ替えるようにしました。

すでに公開記事が5000本を超えていますので、一度に年代順に並べ替えることは無理ですし、
新しく公開した記事がわかりやすくするために、公開して7日間はトップページで公開、
その後、記事がそれぞれのオーディオ雑誌に掲載された年月日に移動するようにしました。

せっかく年代順に並び替えるので、
the Review (in the past)をオーディオの年表としても使えるようにしていく予定です。

Date: 4月 24th, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(その9)

iPod Hi-Fiにハンドルに相当するものがないわけではない。
筐体上部左右に手を入れられるようになっている。
これがハンドルになるわけだが、当然この配置では両手が持つことを前提としているはずだ。

iPod Hi-Fiの重量は6.6kgだから、大の男であれば片手で持てる程度の重さだが、
実際に片手で持てば斜めにぶらつくようなかっこうになってしまうから、両手を使うことになる。

なぜ? と問われると返答に困ってしまうのだが、
私にとってのラジカセの必要条件、それも大事な条件のひとつは片手で持てるハンドルがついていること、である。
そんな、他に人にとってはどうでもいいことで、iPod Hi-Fiはラジカセには分類できない、と思っている。

同じ理由で、BOSEのWave music systemもそうだ。
これはハンドルはついていない。
もっともWave music systemは電池での使用はできない。AC電源のみであるから据置型としてのモノであるから、
ハンドルがついていなくて当然である。

実は、去年あたりからiPod Hi-Fiのことが気になっている。
人気がなかったためか、いつのまにか消えていたiPod Hi-Fi。
出たときは量販店で触った程度で、さして関心をもてなかったiPod Hi-Fiなのに、
心変りしてしまったのはiPod touchの存在やiPhone 4Sを使いはじめたからなのかもしれない。

ジョブスはiPod Hi-Fiを発表したときに、
「家にあるオーディオシステムはすべて放りだして、iPod Hi-Fiにしてしまった」といっていたと記憶している。
どこまで本当なのかはわからないけれど、そこまで言うということは、気に入っていたのは事実だろう。
2006年に、ジョブスがどういうオーディオを使っていたのかはまったくわからない。
アクースタットのコンデンサー型スピーカーを使っていたのは1980年代の話である。

まだアクースタットを使っていたのか、それとも他のスピーカーシステムに替えていたのか。
替えていたとしたら、どのクラスのモノだったのか……。
とにかく2006年、ジョブスはすべてのオーディオをiPod Hi-Fiにした、と言ったことは事実である。

Date: 4月 23rd, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(その8)

ラジカセを自作しようとする(というよりも考える)のは、ばかげたことであるし、
実際に取りかかったとしても、カセットテープのメカニズムをどうするのかが一番ネックになるのはあきらかだ。

中古の程度のいいラジカセを購入してきて、そのメカニズムを取り出して流用するのか、
それともなにかほかの方法があるのか、と考えると、すぐには浮んでこない。

結局、いまの時代、ラジカセをつくろうと考えたら、
カセットテープではなくiPodを使うというのが現実的な方法だと思う。
実際、量販店のラジカセのコーナーに行くと、そこに並べられている多くは、iPodを接続できる機能を備えている。
メーカーにとっても、いまさらカセットテープの走行メカニズムをつくるのはコストの上でも割に合わないし、
需要もそれほど多くは望めないであろうから、iPodを取り込むというのは、21世紀のラジカセの姿だろう。

iPodのサイズがカセットテープと同じなのは、そういう意図がAppleには最初からあったのか、と思ってしまう。
だからiPodの登場から5年後の2006年にAppleは、iPod Hi-Fiを出している。

iPod Hi-Fiは白い筐体の中央に13cm口径のウーファーを、その両側に8cm口径のフルレンジを配置した、3D方式。(若い方は3Dイコール立体映像のことだが、私ぐらいまでの年代にはセンターウーファー方式を指す言葉である。)
筐体上部中央にiPodを接続できるUniversal Dockと呼ばれる端子が設けられている。
裏側には乾電池を収納するスペースがあり、電池駆動、AC電源駆動のどちらでも使える。

残念ながらチューナーは内蔵されていないからラジオを聴くことはできなかったが、
翌2007年にはiPod touchが登場しているから、これでネットラジオを聴けるようになるわけだし、
2010年5月にはiPhone用アプリが配布されたことで、
radiko(ラジコ)のサイマル配信によってAM、FM放送を聴くことが可能になっている。

iPod Hi-FiとiPod touch(もしくはiPhone)の組合せは、Appleのラジカセと呼ぼうと思えば呼べる。
けれど、この組合せを個人的にはラジカセとは呼びにくい、と思うところもある。

それはハンドル(把手)に関することだ。

Date: 4月 23rd, 2012
Cate: トーラス

同軸型はトーラスなのか(余談・続フィードバックについて)

再生側のオーディオにおいて楽器に相当するのは、いうまでもなくスピーカーシステムである。
(だからといってスピーカー・イコール・楽器論には賛成できない。)

そして楽器を弾く演奏者が、オーディオではアンプにあたる。

「楽器にはNFBなんてものは存在しない。だからNFBなんて不必要だ」という理屈は、
片方は楽器のみのことを語り、もう片方ではスピーカーシステムとアンプをいっしょに語っている、
という都合の良さがあり、不思議な理屈、といってしまいたくなる。

こういっても「人間にはNFBなんてものはない」と反論がきそうだが、ほんとうにそうだろうか。
人間の身体こそ、アンプよりもずっと高度なフィードバックが行われている。

たとえば楽器が弾けるようになるために練習を積重ねていく。
これは経験的なフィードバックであり、さらに演奏の腕を磨いていくための研鑽もフィードバックのはず。
そして演奏中も自分の手によって弾かれ、楽器から出てきた音を聴きながらのフィードバックもある。

ピアノを弾くとき、指先は鍵に力を加える箇所でもあり、そのときの力の具合を感知するセンサーでもあり、
そのセンサーが感知した情報は脳に還り(フィードバックされ)、緻密な表現を生んでいる、はず。
ただ野放図なだけの音を鳴らすだけならフィードバックはいらないが、音楽はそうではない。

すこしこじつけめいたたとえだが、
クラシックの演奏家の演奏のスタイルの変化は、NFB量の話と近いものを感じることもある。
ずっと以前のヴィルトゥオーゾと呼ばれていたピアニストの演奏と新しく登場してくるピアニストの演奏は、
ひじょうに大ざっぱではあるけれど、ヴィルトゥオーゾ時代はNFB量が少なく、
時代と共に少しずつNFB量が増えてきていっているだけでなく、フィードバックの使い方も高度になっている──、
そんな印象を持ってしまうことがないわけではない。

だからというわけではないが、
心情的には「楽器にはNFBなんてものは存在しない。だからNFBなんて不必要だ」
という不思議な理屈がいわんとするところはわからないわけではないし、
将来300Bのシングルアンプを自作することになったら、NFBはかけない。

それでも、やはり……、である。