2025年をふりかえって(その11)
「バカの壁」は、養老孟司氏、
「アホの壁」は、筒井康隆氏。
そろそろ、誰か「ゲスの壁」を書いてくれてもよさそうなのに……、
そんなことを何度か感じた一年でもあった。
四年前の12月に、そう書いた。
ゲスは、意外に多い。
アホ、バカ、ゲス。
いちばん始末におえないのは、ゲスだ。
ゲスに慣れる必要はない。慣れてはいけない。
残念なことに、そう感じた一年でもあった。
「バカの壁」は、養老孟司氏、
「アホの壁」は、筒井康隆氏。
そろそろ、誰か「ゲスの壁」を書いてくれてもよさそうなのに……、
そんなことを何度か感じた一年でもあった。
四年前の12月に、そう書いた。
ゲスは、意外に多い。
アホ、バカ、ゲス。
いちばん始末におえないのは、ゲスだ。
ゲスに慣れる必要はない。慣れてはいけない。
残念なことに、そう感じた一年でもあった。
仮想アース関係のアクセサリー類は、どれだけ市場に出ているのだろうか。
市販されているモノもあれば、自作している人もいるし、それをヤフオク!で売っている人もいる。
そんな状況を、ウチは大地アースをしっかり取っているから関係ない、と見ている人もいる。
オーディオ用に大地アースを行ってくれる業者もある。そういうところにやってもらった人は、接地抵抗が、これだけ低くなった、と数値を誇らしげにソーシャルメディアに投稿してたりする。
かなり低い接地抵抗になったら、少しは自慢したくなる気持はわかるけれど、
接地抵抗はあくまでも直流域だけのことでしかない。
アース工事を行う業者には接地抵抗だけを測るところと、高周波ノイズまで測るところがある。
接地抵抗が十分に低いからと安心はできない。高周波ノイズを測定しない業者の工事だと、場合によってはノイズが増えることがある。
これから大地アースをやろうと考えている人は、この辺のことをきちんと確認して、信頼できる業者に依頼すべきだし、
すでに大地アースをやってもらっている人は、当時のことを思い出して、
高周波ノイズの測定をしているどうかを問い合わせした方がいい。
一週間前の水曜日、ぴあ分室で行ったaudio wednesdayでは、ダイヤソウルのスピーカーシステムに、少し手を加えたことは、すでに書いている。
それによる音の変化がどうだったのかも触れている。
誰の耳にも、手を加える前よりも良くなったという印象を与えたわけだが、ここで考えていたのは、トリノフ・オーディオのことだった。
ぴあ分室の音はトリノフ・オーディオによって音響補正がかけられている。
そのための測定は、私が手を加える前の音である。
では、いまの状態でトリノフ・オーディオで測定したら補正結果は変ってくるのだろうか。
やってみないことには断言はできないものの、私の予想としては変らない、である。
トリノフ・オーディオの名前を出したが、トリノフ・オーディオだけのことではないはずだ。
同様の機能をもつ機器で行っても、私が手を加える前と後で、測定結果と補正に変化が出てくるとは、いまのところは思えない。
あくまでも、いまのところ、である。
五年後、十年後は、どうなのかはわからない。
そうなってくれれば、面白いことになりそうな気がする。
10月から早瀬文雄氏の文章を、もう一つのブログ、the re:View (in the past)で公開している。
百本までは毎日更新していくつもりでやっているところ。
今月に入ってステレオサウンド 90号に掲載されている文章の入力作業をやっている。
90号は、1989年3月に発売されている。
私は90号からは全く関わっていないのだが、私が担当した記事が載っている。
338ページから352ページまでのアナログプレーヤーの記事だ。
本来は88号掲載予定で、すべての編集作業は終えていた。せれどページ数の関係で翌号掲載になった。
89号掲載の予定だったのに、またページ数の関係で翌号まわしになった。
「アナログ再生を楽しむプレーヤー4機種を自在に使いこなす」は、16ページの記事だった。
なのに90号では1ページ減らされて15ページになっていた。
扉があっての16ページの記事が、扉なしで見開き始まりの15ページにされたため、
私が意図していたレイアウトが大きく崩れてしまっていた。
なんなの、このひどい扱いは!、と怒りを覚えた。
いま見てもひどすぎると思う。
誰が引き継いだのかは知らない。あまりにもひどいセンスでの改悪だ。
編集意図を汲み取ることのできない人が担当したのだろう。
しかも343ページには、早瀬文雄氏の名前がダブっている。
レイアウトだけでなく校正も疎かにしたまま。
舘(早瀬文雄)さんと二人して、ひどいですね……、と呆れてしまうしかなかったのを、
今回、早瀬さんの文章を入力しながら思い出してしまった。
自宅ではアキュフェーズのDP100を使っている。
ソニー製のSACD対応の最初のピックアップメカニズムを採用しているため、
ディスクのTOCの読み込みに時間がかかる。
このことは知ってはいたし、ソニーのSCD1を触った時に体験もしていた。
それでもDP100を最初に使った時は、やはり遅いな、と思っていた。
それなのに、今回のaudio wednesdayでマグネターのUDP900を使って、
なんてTOCの読み込みが早いんだろう、と感心していた。
UDP900が特に早いわけではなくDP100が遅いだけで、それに私が慣れてしまっていたから、そう感じただけにすぎないのは、
頭ではそう理解していても、ディスクをかけかえるたびに早い、と思っていた。
松尾芭蕉の《古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ》、
ゲーテの《古人が既に持っていた不充分な真理を探し出して、それをより以上に進めることは、学問において、極めて功多いものである》、
このことを理解できないオーディオマニアがいることは以前から感じていたけれど、
今年は、このことに全く無理解のまま、徒に音を激変させて、改革だ革新だ、とか、進歩進化だと叫んでいるのは、もうどうしようもない──、
そう感じた一年でもあった。
水曜日のaudio wednesdayは、ぴあ分室で行った。
翌日、ぴあの社員の方数名が、今回の音を聴かれた、とぴあと私の間に入ってくれた大阪のMさんから連絡があった。
いい音になっている、との感想とのこと。オーディオマニアでない人たちが何の先入観を持たずに聴いての感想である。
それからぴあ分室には、今回からメリディアンの218も置かれるようになった。
Mさんは、ぴあの社員の方たちにMQA-CDと通常CDを聴いてもらっている。
ここでも全員MQA-CDがいい、という評価とのこと。
こういうことを聞くと、来年からのaudio wednesdayに熱が入る。
昨晩は二ヵ月ぶりの、そして場所を移してのaudio wednesdayだった。
今回鳴らしたスピーカーは、ダイヤソウルのDIASOUL.AI。
このことで、どこで開催したのか、以前の投稿を思い出された方ならばわかるはず。
前回(8月)は、鳴らした手のではなく、聴いただけだった。
今回は前回の音を聴いた上での、別項でも触れている点について、
簡単にできる範囲で対策しての音出しとなった。
とは言っても高価なアクセサリー類を大量に持ち込んで、ということをやったわけではないし、
元に戻せなくなるような手の加え方をしたわけでもない。
すぐさま現状復帰が可能な範囲で、やる気さえあれば、ほとんどの人ができる範囲のことをやった。
音の変化は、小さくなかった。
8月の音では、クラシックを聴くにはつらいなと感じていた。
昨晩の音は、というと、私の好きなクラシックのディスクをかけて、最後まで聴きたい、と思わせるくらいには鳴っていた。
もっと時間をかけてじっくり取り組めば、もっと変化していくだろうが、それは今後やっていけばいいことで、
昨晩の試みはうまくいった。
カルロス・クライバーの椿姫をかけた。
最初はCD、それからBlu-ray audio(96kHz、24ビット)、SACDの順でかけた。
CDプレーヤーはマグネターのUDP900で、MQA-CD以外は全てのディスクを再生できる。
一台の機種で、今回の三種のディスクを比較試聴したのは、私は昨晩が初めてだっただけに、
このことだけでも、個人的にはけっこうな収穫といえる。
昨晩は私を含めての五人の会だったが、やはり、こうやって集まるのは楽しい。
これまでの会よりも話す時間も多かった。
とにかく手応えの感じられた夜だった。
来月1月もaudio wednesday行います。
開催場所の関係で、第二週、三週の水曜日の予定です。
今回と同じ場所なので、人数制限があります。参加希望の方は、私宛にメールで連絡ください。
明日(12月17日)は、二ヵ月ぶりのaudio wednesday。
2011年2月から始めたaudio wednesdayは、最初は四谷三丁目、それから狛江。そして今回からまた都心で行う。
どこで行うかによって、鳴らすスピーカー、システムも当然変っていく。
今回からのシステムが、時代的には新しいといえる。
そうはいっても最新のシステムではないが、それでも時代としては、これまでよりも現代にグッと近い。
それにトリノフ・オーディオによる音響補正もなされている。
こういう場で、何がやれるのか、何をやっていきたいのか、そのことをまだはっきりと定めているわけではない。
まず、明日鳴らしてみてからだ。
音と遊ぶオーディオマニアがいる。
音で遊ぶオーディオマニアがいる。
音と遊ぶオーディオマニアに鳴らされるスピーカーもあれば、
音で遊ぶオーディオマニアに鳴らされるスピーカーもある。
この項で以前書いていることのくり返しになるのは自覚しているが、
それでも「五味オーディオ教室」で出逢ってから、あと一年足らずで五十年となると、
「なにに呼ばれてきた」と、そのことを考えことが多くなってきた。
考えたところで、何にもわからない。
それでもなにかに呼ばれて、ここまで来たという感覚は少しずつではあるが、強くなってきている。
なにに呼ばれていたのか、
そのことがはっきりする日が来るとは思っていない。
それでも呼ばれているところには向かっているような気はしている。
“A MUSICAL JOURNEY WITH ALICE ADER”、
34枚組CDが、2026年1月に発売になる。
アリス・アデールの録音全集といえる内容。
スタジオ録音、ライヴ録音だけでなく自宅録音まで、という徹底したもの。
TIDAL、Qobuzで聴くようになってからCDの購入枚数は大きく減った。
映画を映画館に観に行かない月はほとんどないけれど、CDを買わない月は増えていっている。
来年、最初に購入するCDは、間違いなく、このアリス・アデールの録音全集だ。
ベスト・オーディオファイルに続いて、「読者参加による人気実力派スピーカーの使いこなしテスト」、
それからチェロのAudio Suiteについてのエッセーあたりまでは、
本名の舘 一男で登場されている。
その後、ペンネームの早瀬文雄を使われるようになったわけだが、舘さんは、ステレオサウンドから二回離れている。
一度目は1991年ごろ、
それから十年ほど経って、ステレオサウンドに復帰。
けれど数年でまた離れられたのは、「怒り」だと私は受け止めている。
一回目の時は、かなり細かなことまで聞いている。
私がステレオサウンドを辞めても、つきあいは変らなかった。
変えなかった人が舘さんだった。
ここでは書けないことをかなり聞いている。
ずいぶん怒りが溜まっているな、と感じながら聞いていた。
誰に、何に対しての怒りなのか、一つひとつ具体的に明かしたりはしないが、
ステレオサウンド編集部への怒りもあったわけだ。
積もり積もった怒りが臨界点を超えた感じだった。
ステレオサウンドに復帰しても、結局は同じだったようだ。
この時もけっこう聞いていたけれど、
舘さん自身、一回目の時よりも歳を重ねていたわけで、
怒りだけというより、諦めも強くあったように感じた。
この「怒り」を、管球王国が休刊になって嘆いている人たちは、どうなのだろうか、と思ってしまう。
「怒り」なんていっさい持つことなく、ステレオサウンドを、管球王国をずっと読んできているのだろうか。
(その7)で書いたことを読んだ人の中には、お前よりも私の方がつきあいは長かった、とか、つきあいは深かった、と思う(言う)人はいるはず。
私は、何も早瀬文雄(舘 一男)さんの一番のオーディオの仲間だったとか、仲が良かったとか、そんなことは全く思っていない。
ぶつかったことは何度かあるし、舘さんに向かって、他の人だったら言わないであろう本音をぶつけたこともある。
どちらも大人気ないところがあった。
私は医者としての舘さんに敬意を持っていた。
聖人君子なんて、私の周りにはいない。舘さんも聖人君子ではなかった。
それでも医者としての舘さんは立派だったと思っている。
少しばかりきれいごとすぎるな、と感じなかったわけではないが、僻地医療にも取り組まれていたし、
とにかく真面目だった。
舘さんの医者としての側面を見ていなければ、私の性格からして、とっととつきあいに見切りをつけていたはず。
(その7)で触れているように、舘さんと出逢いは1985年。
井上先生の使いこなしの記事、
ステレオサウンド 76号に掲載されている「読者参加による人気実力派スピーカーの使いこなしテスト」に、
舘さんは読者として登場された。
それ以前にも菅野先生のベスト・オーディオファイルにも登場されている。
それから四十年経つ。
こうしてふりかえって思うのは、舘さんとのつきあいが、途中疎遠になりながらも続いたのは、二人ともオーディオ業界への怒りを持っていたからであり、
舘さんは医療業界にも怒りを持っていた──、そう思えてならない。