ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(その23)
瀬川先生がステレオサウンド 5号、
「スピーカーシステムの選び方 まとめ方」の冒頭に書かれている、このことを先日のケーブルの比較試聴で思い出していた。
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N−氏の広壮なリスニングルームでの体験からお話しよう。
その日わたくしたちは、ボザークB−4000“Symphony No.1”をマルチアンプでドライブしているN氏の装置を囲んで、位相を変えたりレベル合わせをし直したり、カートリッジを交換したりして、他愛のない議論に興じていた。そのうち、誰かが、ボザークの中音だけをフルレンジで鳴らしてみないかと発案した。ご承知かもしれないが、“Symphony No.1”の中音というのはB−800という8インチ(20センチ型)のシングルコーン・スピーカーで、元来はフル・レインジ用として設計されたユニットである。
その音が鳴ったとき、わたくしは思わずあっと息を飲んだ。突然、リスニングルームの中から一切の雑音が消えてしまったかのように、それは実にひっそりと控えめで、しかし充足した響きであった。まるで部屋の空気が一変したような、清々しい音であった。わたくしたちは一瞬驚いて顔を見合わせ、そこではじめて、音の悪夢から目ざめたように、ローラ・ボベスコとジャック・ジャンティのヘンデルのソナタに、しばし聴き入ったのであった。
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ラジオ技術のメイン執筆者であった高橋和正氏は、ある時からケーブルは細い方が好結果が得られる、と主張されるようになった。
47研究所の木村準二氏も、細いケーブルを高く評価されているし、実際47研究所のケーブルは本当に細い。
今回聴いたケーブルのうち二本は細かった。かなり細い。比較試聴したケーブルのもう一本は一般的な太さである。
そのケーブルの後に、細いケーブルを聴く。
その時の音は、まさしく瀬川先生が書かれていることを、そのまま音にしたものと感じていた。
《突然、リスニングルームの中から一切の雑音が消えてしまったかのように、それは実にひっそりと控えめで、しかし充足した響きであった。まるで部屋の空気が一変したような、清々しい音であった。》
レナータ・テバルディのCDを聴いていた。
テバルディが声をひそめて歌うところ、まさにそうであった。
他のケーブルだと、声量を落として歌っているだけに思えるほど、その表情が大きく違う。
テバルディは素晴らしい歌手だと思っていたが、こんなにも素敵な歌手だと、恥ずかしながらいままで気づかなかった。