Archive for category テーマ

Date: 3月 25th, 2017
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(OPPOと逸品館のこと・その8)

黒田先生の「ついにききつくせず」は、いま読み返してもらいたい、と思う。
読むたびに、そうおもう。

ききこむについて、こうも書かれている。
     *
 しかし、ききこむという言葉が、もともとかなりの危険を含んでいるということは、やはりいっておかねばならない。つまりそれは、たかがつもりの言葉でしかないからだ。フルトヴェングラーのブルックナーをとことんききこんだけれどね——といっても、それはただ当人がそう思いこんでいるだけのことでしかない。にもかかわらず、ききこんだと言葉にしてしまった時、その音楽を充分にききつくしたと錯覚してしまいかねない。それが危険だ。さらにいえば、ききこむという言葉には、ききての、ききてとしての思いあがりが、感じとれる。どういう思いあがりかといえば、海の水を両手でくみあげきれるとたかをくくっている思いあがりだ。
 いかにききてとしての自分ががんばったところで、結局はききつくせるものではないと思う、つまりあきらめではない、今きいている音楽に対しての深い尊敬の念がないかぎり、音楽とのかかわり方は、ひどく浅薄なものになりかねない。ききこむなどという言葉を安易につかう人の発言は、おしなべて、ひどく底の浅いものであることが多い。
     *
「ききこむ」にしても「誠意」にしても、たかが言葉じゃないか、と思う人もいよう。
でも「ききこむ」にしうても「誠意」にしても、
言葉にしてしまった時、言葉にしてしまった当人を錯覚へ誘い込む。

ほんとうに危険である。
気をつけていないと、危険であることにすら気づかない。

こうやって毎日ブログを書いていて気をつけなければ、と思っているのは、そのことである。

Date: 3月 24th, 2017
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(OPPOと逸品館のこと・その7)

誠意とは、自らいうことだろうか。
誠意をもって(あるオーディオ機器を)鳴らしました、
誠意をもって(あるオーディオ機器を)評価しました、
──そんなふうに自分でいってしまう人がいるのか。

少なくとも私が親しくしているオーディオ好きの友人には、そんな人はいない。

相手に誠意を要求してくる人はどうだろうか。
自社取り扱い製品を、誠意をもって聴いてほしい、
誠意をもって売ってほしい、
──そんなふうに相手に要求することなのだろうか。

誠意という言葉そのものが悪いわけではない。
だけど一度言葉として発してしまうと、薄っぺらな印象をまとってしまうように感じる。

そんなことを数日考えていて思い出したのは、
黒田先生が「ついにききつくせず」で書かれていた《ききこむ》についてである。
     *
 最近、ききこむという言葉がつかわれることの多いのを、お気づきだろうか。きくといえばたりるところを、ききこむという人が、すくなくない。なんとなくわざとらしい言葉で、好きになれないから、自分では使わないが、あのレコードをかなりききこんだんだけれどね──といったように、使う。ききこまれるのは、主にレコードのようだ。あのコンサートをかなりききこんだんだけれどね──とは、あまりいわない。
 ききこむとは、くりかえしきいて、さらに深くその音楽を理解しようとすることのようだ。そのこと自体、むろんわるいことではない。ただ、わざわざそういった大仰ないい方をしなくとも、それはこれまでに、誰もがしてきたことではないかという気持になる。それをことさらもっともらしく、敢えてききこむなどといわなければ納得できないところに、もしかするとそのききてのきき方の軽薄さがあるのではないかとかんぐってしまう。そういう、ききこむなどという言葉をつかう人は、普段はただ聞いているだけで、ろくに聴くことなどないのかもしれず、たまに聴いたりするもので、ことあらためてききこむなどといいたがるのではないか。
     *
《きくといえばたりるところを、ききこむという》、
ここでのわざとらしさと同じ感じを受けてしまうのが、
自分で「誠意をもって……」といってしまうことである。

Date: 3月 24th, 2017
Cate: 新製品

新製品(TANNOY Legacy Series・その10)

今回のタンノイのLegacy Series、
その中でもEatonに、私は強く関心をよせているけれど、
音を聴く前から、ひとつ不満なのはユニットのフレームの形状である。

15インチ、12インチと共通のフレーム形状になっている。
つまり円である。

1976年登場のABCシリーズのEaton、
つまりタンノイの10インチ口径の同軸型ユニットのフレームの形状を知っている、
もっといえば馴染んでいる者にとっては、なにかいいたくなってしまう。

10インチの同軸型ユニットのフレームは、これじゃダメなんだ。
写真を見ては、心でそうつぶやいている。

ステレオサウンド 40号掲載のタンノイの広告。
そこには、こうある。
《私は、私の全才能をこのスピーカーで世に問うつもりだ。》

《私》とは、ジャック・ハウ(Jack Howe)である。
といっても、当時の私は、ジャック・ハウについて何も知らなかった。

いまもそんなに知っているとはいえない。
インターネットで調べられるくらいのことしか知らない。

広告には《イギリス王立工業デザイナー会員。国際的なデザイナーとして有名である。》、
そしてジャック・ハウの横顔のイラストがあるだけだった。

由緒正しい人がデザインしたのか、
そのころの私は、そのぐらいの認識しかなかった。

Date: 3月 24th, 2017
Cate: 録音

PCM-D100の登場(その7)

世の中に自作マニアと呼ばれる人たちがいる。
オーディオの世界にいる。

本職を別に持ちながら、趣味としての自作マニアは昔いる。
その腕前は、なぜ本職にしないのだろうか、と思ってしまうほどの人もいる。

2013年9月、ソニーからPCM-D100が登場したのを機に、
この項を書き始めた。

書き始めて気づいたのは、録音もオーディオの世界における自作であるということだ。

自作にはアンプの自作、スピーカーの自作、
中にはアナログプレイヤー、トーンアーム、さらにカートリッジの自作などがある。
どれもハードウェアである。

無線と実験でDCアンプシリーズの記事を発表し続けられている金田明彦氏は、
マイクロフォンアンプもDCアンプ化し、ある時期から録音も手がけられるようになった。

そのころの無線と実験は熱心に読んでいた。
けれど、金田氏の行動を、プログラムソースの自作という視点で捉えることはできなかった。

なぜ、そう捉えられなかったのか、いま思うと不思議なのだが、そうだった。
それから30年ほど経ち、PCM-D100が登場して、やっとそう捉えられるようになった。

Date: 3月 23rd, 2017
Cate: 新製品

新製品(Backes & Müller・その4)

ステレオサウンド 117号の特集の座談会がこんなふうになってしまったのは、
B&Mの輸入元バルコムのいうことをそのまま信用してしまった、というところだろう。

これは別項で書いている技術用語の乱れと根は同じように感じる。
ほんのわずかな手間を惜しむ。
そのことをずっと続けてきたことが、誌面に残っていく。

しかも117号の座談会は、一年の締括りともいえるコンポーネンツ・オブ・ザ・イヤーである。
賞である。
その賞の権威(ほんとうにあるといえるのかはここでは問わない)を、
自ら貶めることをステレオサウンド編集部は知らず知らずにやっている、ともいえよう。

45号と117号のあいだでも、こういうことが起る。
ステレオサウンドは昨年、創刊50周年を迎えた。
200号をこえている。

こういうことは、これから先、もっと起る、といえる。
少なくともいまのままでは。

45号と117号を読んでいて感じたのは、
そして書きたかったことは他にある。

B&Mの音についてだ。

45号では、こんなふうに紹介されている。
     *
井上 このスピーカーは音を聴いてみてびっくりしましたね。かなりしなやかで滑らかな音が出てきた。こういう音を出すドイツのスピーカーを聴くのは初めてです。
山中 今までのドイツのスピーカーの音というと、硬質な音というのが基調になっていたと思いますが、故の場合はもっとやわらかい、あたたかい雰囲気をもった音といっていいですね。やはりバイエルン地方の風土によるものかも知れません。
井上 音のクォリティの高さも相当なものですね。こういうしなやかな音はなかなか出ない。かなり注目できる製品だと思います。
     *
45号でのMonitor 5と117号でのBM30とでは、
スピーカーシステムとしての在り方が、MFBという共通項はあるものの、
ある意味大きく変っている、ともいえる。

それでも音に関しては一貫しているように読みとれる。

Date: 3月 23rd, 2017
Cate: 新製品

新製品(Backes & Müller・その3)

BM30のMFBについても、朝沼、長島の二氏が、
全帯域にわたってMFBがかけられたスピーカーは初めてだ、というふうに語られている。

あまり例がないのは確かだが、くり返すがB&MはMonitor 5で実現している。
B&Mは1975年創立だそうだから、
Monitor 5以前にも実現していた可能性もある。

いまのところはっきりといえるのは、1977年のMonitor 5もそうである、ということ。
ただMonitor 5のウーファーは四発使われているが、
ひとつひとつのウーファーユニットに専用アンプが用意されていたのかどうかは、
ステレオサウンド 45号の記事からは読みとれない。

45号は1977年12月発売の号、
117号は1995年12月発売の号。
まる十八年経っているわけだが、
編集部の誰一人、45号にMonitor 5が登場していることを思い出さなかったのだろうか。

人は忘れるものである。
ど忘れということだってある。
座談会の時点では、そういうことだったのかもしれない。

けれど座談会を収録したテープを文字起しして、まとめる過程で、
B&Mが過去に紹介されたことがなかったのか、
全帯域にMFBがかけられたモデルが過去になかったのか、
いっさい調べなかったのだろう。

だから117号の記事になってしまっている。

Monitor 5がステレオサウンドでなく、
他のオーディオ雑誌に紹介されただけというのならば、まだ理解できないこともないが、
十八年前のステレオサウンドにしっかりと載っている。

私はステレオサウンドの編集者は、
ステレオサウンドの愛読者であるべき、という認識をもっている。
現実はそうではないようだ。

Date: 3月 23rd, 2017
Cate: 新製品

新製品(Backes & Müller・その2)

Backes & Müller(B&M)のスピーカーは、
ステレオサウンド 117号の表紙を飾っている。
BM30というモデルで、’95-’96コンポーネンツ・オブ・ザ・イヤー賞を受賞している。

横幅は41.0cmながら、高さは178.0cmというプロポーションをもち、
ウーファーは25cm口径、ミッドバスは20cm口径、ミッドハイは13cm口径のコーン型を、
それぞれ二発を使用し、トゥイーターは3.7cm口径、スーパートゥイーターは1.9cm口径のドーム型。
5ウェイ8スピーカーという構成である。

八つのユニットには、それぞれ専用のパワーアンプが、
つまり八台のパワーアンプが搭載されている。

ウーファー、ミッドバス、ミッドハイはユニットを並列接続してやれば……、
と考えがちだが、ここまで徹底したマルチアンプ構成にしているのは、
すべてのユニットに対しMFBをかけるためのはずだ。

ステレオサウンド 45号の新製品紹介の記事でも、そのことにはふれられていた。
3ウェイで、すべてのユニットにMFBがかけられている、と。

通常MFBはウーファーだけにかけられる。
インフィニティのIRSシリーズでも、MFBはウーファーにのみ採用されている。
それをB&Mは1970年代後半ごろから、全帯域(すべてのユニット)にかけている。

ステレオサウンド 117号の座談会も、そのことから始まっている。
ただ、この座談会がおかしいのは、B&Mが日本に紹介されるのは初めてだと書いてあることだ。

菅野、山中、朝沼の三氏が、このB&Mを知らなかった、と発言されている。
でも……、と思う。

確かに45号ではB&Mとして紹介されている。
117号ではバックス&ミューラーとして紹介されている。

輸入元もシュリロ貿易からバルコムへと替っている。
それでも日本に紹介されるのは初めて、といってしまうのは、どうだろうか。

それはB&Wがバウワース&ウィルキンス、
B&Oがバング&オルフセンとして紹介されたら、日本に初めて紹介された、というのと同じことである。

Date: 3月 22nd, 2017
Cate: 新製品

新製品(Backes & Müller・その1)

ドイツのスタジオモニターは、昔からアンプ内蔵のモノが多い。
シーメンスのオイロフォン(Europhon)もそうだし、
K+Hのスピーカーもそうである。

ドイツにBackes & Müller(B&M)というメーカーがある。
1970年代後半ごろ、バイエルン地方に創立されたメーカーで、
日本にはシュリロ貿易からMonitor 5というモデルが輸入された。
1977年ごろである。

Monitor 5もドイツのスタジオモニターの例にもれずアンプを内蔵していて、
マルチアンプ仕様となっている。
さらに当時としては、他のアンプ内蔵型から一歩進んで、MFBをかけていた。

ウーファーは13cm口径コーン型を四発、
スコーカーは4.1cm口径、トゥイーターは2.7cm口径の、どちらもソフトドーム型。

ユニット構成からわかるようにそれほど大きなサイズではない。
中型のモニターシステムといったところだが、
アンプ内蔵、MFB採用ということもあって、価格は50万円(一本)していた。

ステレオサウンド 45号の新製品紹介に登場している。
ドイツ製のスピーカーとは思えないしなやかな音を出す、という評価だった。

聴いてみたい、と思ったが、機会はなかった。
ステレオサウンドで働いていたときも聴く機会はなかった。

先日、facebookに、なつかしいスピーカーのことが話題になっていた。
K+HのO92である。
それでB&Mのこと、Monitor 5のことを思い出した。

いまもあるのだろうか、と検索してみたら、すんなり見つかった。
PrimeシリーズとLineシリーズのスピーカーを、いまもつくっている。
創立40周年をむかえた、とある。

日本に輸入元がながいことなかっただけのようだ。
だから新製品とはいかないけれど、
ひさしぶりに見るB&Mのスピーカーシステムは、Monitor 5とはずいぶん違っていた。

そっけない外観のMonitor 5のイメージは、まったくない。
それでもアンプ内蔵であるのは同じだ。

そして現代の製品らしく、FPGA(field-programmable gate array)を使い信号処理を行っている。
かなりおもしろそうなスピーカーだと感じたので、
あえて新製品として、ここで書いている。

特にLine 100の存在感は、すごい。
Line 100だけ、専用のウェブサイトが用意されている。
私が言葉で説明するよりも、まずリンク先のサイトをみてほしい。

Date: 3月 22nd, 2017
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(技術用語の乱れ・その5)

《それがひいては物を作る態度にも、いつのまにか反映している》

このことはステレオサウンドをはじめとするオーディオ雑誌においては、
本づくりの態度に反映してしまうだけにとどまらず、
物(モノ)を評価する態度にも、いつのまにか反映してしまうところに、
大きな、根深い問題へとなってしまう。

これは編集部だけに留まらず、
編集部がいいかげんな技術用語を使っていることに気づかずにいる執筆者もそうだ。

気がつかない、そんないいかげんな技術用語を自身がやっているということは、
その執筆者(オーディオ評論家)の、
オーディオ機器を評価する態度にも、いつのまにか反映してしまっている、ということだ。

技術用語の乱れは、すぐにはなくならないだろう。
メーカー、輸入元の資料を写しているだけの執筆者、編集部。
つまりは校正といっても、その元となるのが、技術用語が乱れたものでしかなかったりするのだから、
参考にできるものが、あまりないという状況でもある。

結局は、編集者、執筆者自身が、きちんと技術用語を勉強するしかない。
そんなめんどうなこと、基本的なことをいまさらやられるか、と少しでも思っているとしたら、
ずっとそのままであり、
携わっている雑誌の評価を確実に下げていくことになる。

Date: 3月 22nd, 2017
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(技術用語の乱れ・その4)

ステレオサウンド 47号の特集の巻頭、
「オーディオ・コンポーネントにおけるベストバイの意味あいをさぐる」で、
瀬川先生が書かれていることを、ここでも書き写しておこう。
     *
 だが、何もここで文章論を展開しようというのではないから話を本すじに戻すが、今しがたも書いたように、言葉の不用意な扱いは、単に表現上の問題にとどまらない。それがひいては物を作る態度にも、いつのまにか反映している。
     *
物とはオーディオ機器だけではない。
オーディオ雑誌も含まれている。

チョーク(コイル)をわざわざチョークトランス、
平滑コンデンサーを整流コンデンサーなどと、
技術的におかしい、言葉の不用意を扱いをしているのが、
いまのステレオサウンドである(他の雑誌も同じようなもの)。

瀬川先生が亡くなって三十年以上が経っている。
いまのステレオサウンド編集部にとって、瀬川先生は古い人なのだろうか。

そんな古い人の書かれたことを持ち出されても……、という声がきこえてきそうだ。

Date: 3月 21st, 2017
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その1)

プリメインアンプとコントロールアンプのコントロール機能は同一である。
最低でも入力セレクターとレベルコントロールは必要で、
その他にテープセレクター、バランスコントロール、モードセレクター、
各種のフィルターとトーンコントロールなど、同じことが求められる。

つまりプリメインアンプとコントロールアンプのフロントパネルは、
ひとつのメーカーにとって、同じであってもおかしくはない。

実際にそういう製品はいくつもあった。
よく知られるところではラックスとマランツ(ともに1970年代)があり、
その他にもソニー、テクニクス、サンスイなどが挙げられる。

フロントパネルを共通、もしくはほぼ同じにすることで製造コストが抑えられる、
価格も抑えられるのであれば、購入を考えている人にとっては、
このことはデメリットにはならないだろう。

それでもプリメインアンプとコントロールアンプとで、
デザインをきっちりと変えているメーカーもいくつもあった(ある)。

ここてだ考えたいのは、そのことの是非ではなく、
タイトルにもしたように、
プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザインの区別を、
私のなかではどうしているのかについて、である。

例を挙げればラックスのSQ38FD/IIとCL35IIIのデザイン。
私にとっては、このふたつに共通するデザインは、プリメインアンプとしてのデザインである。

そのベースとなっているデザインに、
マランツのModel 7というコントロールアンプの存在があっても、そうである。

Date: 3月 21st, 2017
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(OPPOと逸品館のこと・その6)

逸品館の人は、OPPOのSonica DACを試聴して、
感じたことそのままを文字にされたのだろう。

聴いて感じたままを文字で表現して、オーディオ機器の評価をする。
他人がどう感じようと、自分の耳にはこう聴こえた、こう感じた──、
そのことをすべて文字にすることは不可能であっても、できるだけ正確に文字にして伝える。

いまはインターネットという媒体があるから、その気になれば誰にでもやれることである。
文字数の制約もない。
個人であれば、ほとんど気兼ねすることなく書ける。

正直に書いた──、
ただそれだけで、誠意のある評価とほんとうにいえるのだろうか。
いいかえれば、うそいつわりのない評価と、ほんとうにいえるだろうか。

聴いた人(書いた人)は、うそは書いていない、というだろう。
聴いたままを、能力の及ぶ範囲で文字にした、と。

その意味では、うそいつわりは、そこにはない、ということになる。
それは誠意のある評価ともいえよう。

けれど、その評価が的外れなものであったら、どうなるか。
独りよがりすぎる聴き方で、うそいつわりがないとしても、
果して誠意のある評価となるのだろうか。

聴き方の問題だけではない。
独りよがりとはいえない聴き方であっても、
音を言葉で表現することの難しさに直面して、
そこで独りよがりに陥ることだってある。

そこでの評価に、誠意はあるといえるのか。

なにも逸品館の人の聴き方、表現がそうである、ということではない。
どんな人なのかも、私はまったく知らないので、一般論として書いている。

Date: 3月 21st, 2017
Cate:

オーディオと青の関係(その19)

歳は関係ないだろう、
オーディオを始めて日の浅い人は、
こんなことは考えたりはしないだろう。

考えたとしても、青とはおもわないのではないか。

オーディオをながく続けている。
十年はながい、とはいわない。
二十年、三十年……、このあたりからながい、といえるかもしれない。

四十年くらいから、はっきりとながいといえよう。

四十年のあいだに聴いてきた音、
己で鳴らしてきた音、誰かの音、そんなふうにさまざまな音を聴いてきているということは、
その音の総量は、空や海が青くみえるのと同じほとに積み重なっているはずだ。

わずか水や空気が、青く見えないのと同じで、
音の総量が、青くみえるほどにいたってなければ、
青とはおもわないだろうし、考えもしないであろう。

Date: 3月 20th, 2017
Cate:

オーディオと青の関係(その18)

コップのなかの水に、色はない。
無色透明といっていい。

目の前に空気がある。
空気の色も、水と同じで意識することは無い。
無色透明といえる。

どちらも色がついているわけでもないのに、
空の色、海の色は青である。

なぜ青に見えるのかについては書く必要はないだろう。

空は青い。
海も青い。

音も、そうなのかもしれない。
青い、のではないだろうか。

遠くに拡がっている音は、空や海と同じように青く見える、はずだ。

Date: 3月 19th, 2017
Cate: 欲する

iPhoneの十年とJBLの十年

昨年12月に書いているように、
2016年、JBL創立70周年記念モデルとして、
JBL PROFESSIONALのM2をベースに、コンシューマー仕様に仕上げたものだと予想していた。

結果は大外れだった。
登場したのは4312SEだった。

それでも、こんなことを考えていた。
JBLはM2のコンシューマー版を開発していた。
けれどうまくいかなかったから、急遽4312SEを仕上げてきた、と。

M2は専用のエレクトリッククロスオーバーによるバイアンプ駆動で、
そのままコンシューマー用とするわけはなく、
内蔵LCネットワークでM2に匹敵するパフォーマンスを目指したけれど、
70周年記念モデルとしては間に合わなかった……。

もしかすると75周年記念モデルとして発表するかもしれない、とまで思っている。
たぶん外れるだろう。

今年はiPhone誕生10周年である。
JBL創立60周年(2006年)の時点では、iPhoneはなかった。

つまりJBL創立60周年から70周年の十年間は、iPhoneとともにあった、といえる。
事実、JBLの製品ラインナップも、この十年でかなり変化したところがある。

このことに気づけば、JBLが70周年記念モデルに4312SEをもってきたのは、
70周年記念モデルということよりも、
60周年からの十年間を象徴するモデルなのか、と納得できるところもある。