Archive for category テーマ

Date: 1月 22nd, 2026
Cate: ジャーナリズム

価格、価格帯とベストバイ(その2)

ステレオサウンド 47号でのベストバイで、点数(星の数)が導入された。
星三つ、星二つ、星一つと、ベストバイに選ばれるだけでなく、そこに点数がつく。

これにはいい面と悪い面もある。
点数(星の数)が多いモデルだからといって、星二つを入れている人が多くて総合として上位に来る。

選んだ人は少ないけれど、星三つを入れてもらっているモデルは、下位であっても選んでいる人が誰かによって、点数の多い、上位のモデルよりも、場合によっては魅力的な存在だったりする。

私にとっては、瀬川先生が星三つを入れているかどうかが、47号のベストバイでは、上位か下位よりもずっと重要だった。

星のつけ方も人によって微妙に違ってくるところもあるが、それでも星三つを入れているモデルと、
星二つどまりのモデルとの間は、かなりの開きがあると感じている。

星二つばかりが多く集まっての上位のモデルは、平均的に優秀という捉え方もできなくもない。

星の数の捉え方も人によって違ってくるだろうから、単純に星の数が多いモデル、一番多く星がついているモデルは、当然、そのジャンルの一位(一番)──、
そんな捉え方だってできるし、そうする人もいる。

47号では、価格帯が設けられてなかったから、各ジャンルでの一位のモデルは一機種、もしくは同数で二、三機種となる。

読者にとって、自分の使っているモデル、気に入っているモデルが、ベストバイで一位になったら、嬉しいだろう。
そんなとこ、全く気にしない、と口では言っても、嬉しくないはずはない。

読者がそうだったら、メーカー、輸入元の人たちはどうだろうか。

Date: 1月 21st, 2026
Cate: ジャーナリズム

価格、価格帯とベストバイ(その1)

またか……、と思う人もいれば、楽しみにしている人もいるステレオサウンドの特集、ベストバイ。

定番といえるベストバイは35号から始まった。
二回目は一年後の39号ではなく、さらに一年後の43号。

おそらく35号の時点では、毎年掲載するようになるとは考えていなかったのだろう。

以前も書いているが、ベストバイという企画は編集者の体を休ませる意味合いもあった、と編集部の先輩から聞いている。

あの頃のステレオサウンドの総テストは、本当に大がかりだった。
そのため編集者の肉体的負担も小さくなかった。
毎号、総テストをやっていては体がもたない──。
試聴という取材がいらない企画としてのベストバイ。そういうふうにして始まったそうだ。

これも以前書いているが、ベストバイの号でいちばん面白った(読みごたえ)があったのは43号だ。

この43号からベストバイは、ステレオサウンドの定番の記事としてスタートといえよう。
三回目のベストバイは47号。ここまでは価格帯がなかった。

四回目の51号から価格帯ごとのベストバイとなっていくわけだが、
51号、55号のベストバイは面白くなかった(読みごたえがなかった)。
改悪だと感じていた。

59号のベストバイは、少し良くなっていた。ここでも価格帯が設けられていたが、高額な機種に関しては、いわゆる特別枠としてのベストバイという分け方だった。

読者として読んでいたころから、価格帯は意味がないと思っていた。
そこから四十数年経って、オーディオ機器の価格はずいぶん変った。いまでも価格帯が存在しているが、価格帯で分けることの意味はあるのか、といままで以上に思うだけでなく、無理も生じているし、大きくなっている。

なのになぜ価格帯を設けるのか。

二年ほど前、別項で書いているように、一位の数(機種)を増やすためであろう、と思っている。

Date: 1月 21st, 2026
Cate: 複雑な幼稚性

ゲスの壁

昨年12月に、
アホ、バカ、ゲス。
いちばん始末におえないのは、ゲスだ、と書いた。

このブログではメールアドレスを公開しているから、毎日スパムメールが届く。そのほとんどは海外からと思われる。

今日、届いたメールはひどい。

差出人は、寺本浩平。
件名は、株式会社DIASOUL。
日本からだろう。

DIASOULの寺本浩平氏は、ニュースにもなっているからご存知の方も少なくないように、
ある事件に巻き込まれて亡くなっている。

偶然なのだが、12月のaudio wednesdayは、その事件の初公判でもあった。

いろんなゲスがいる。それはわかっているが、こんなメールを送るのは、どんなゲスなのか。

こんなことをして、何か愉しいのか。

Date: 1月 20th, 2026
Cate: スピーカーの述懐

スピーカーの述懐(その70)

「五味オーディオ巡礼」の一回目、岡鹿之助氏の音について、こう書かれている。
     *
 十数年前の、そのアトリエのたたずまいをうろおぼえに私は憶えていた。高城氏の創られた音に初めて耳をかたむけたソファの位置も、おぼえていた。それにあの忘れようのないスピーカーエンクロージァ。
 しかし、鳴り出した音は、ちがった。ふるさとの音はなかった。当時はモノで今はステレオだからという違いではない。むかしはワーフデェルで統一されていたが、今はスコーカーに三菱のダイヤトーン、トゥイターは後藤ユニットに変っている。おそろしい変化である。後藤ユニットは、高域の性能でワーフデェルを凌駕すると高城さんは判断されたに違いない、聴いた耳には、ティアックA6010のテープ・ヒスを強調するための性能としかきこえない。三菱のダイヤトーンは中音域のクォリティに定評がある。しかしワーフデェルと後藤ユニットのあいだで鳴るその音は、周波数特性に於てではなくハーモニィで、歪んでいた。ラベルのピアノ協奏曲が、三人の指揮者の棒による演奏にきこえた。ピアノもばらばらにきこえた。どうしてこんなことになったんだろう、あの高城さんがことさら親しい岡画伯の愛器を、どうしてこうも調和のない音に変えられたのだろう。むかしとそれは変らぬすばらしい美音をきかせてくれる部分はある、しかし全体のハーモニィが、乱れている。少なくとも優雅で気品ある岡画伯のアトリエにふさわしくない、残滓が、終尾のあとにのこる、そんな感じだ。
 むかしはそうではなかった。もっと透明で、馥郁たる香気と音に張りがあり、しかもあざやかだった。あの時聴いたバルトークのヴィオラ協奏曲のティンパニィの凄まじい迫真力、ミクロコスモスのピアノの美しさを、私は忘れない。どこへいったんだろう? こちらの耳が、悪いのか。
 ――おそらく私の耳のせいだろうとおもう。テープ・ヒスさえ消せば、以前とは又ことなった美しさを響かせるに違いないとおもう。高城さんほどの人が、さもなくてわざわざワーフデェルを三菱や後藤ユニットに変えられるわけがない。かならず別な美点があるからに違いない。こちらはそういう方面にはシロウトだ。音はどうですかと岡さんにたずねられたら、私は、ヒスのことを言ったろう。しかし岡さんは、さほどヒスは気にせず聴いていらっしゃる、ご本人が満足されている限り、第三者が音の良否など断じてあげつらうべきでない、これは私の主義だ。相手がメーカーや専門家ならズケズケ私は文句を言う。だがそれが家庭に購入された限り、もう、人それぞれの聴き方がある、生き方に人が口をはさめぬと同様、それを悪いとは断じて誰にも言えぬはずだ。第三者が口にできるのは、前にも言ったがその音を好きか嫌いかだけだろう。
 岡さんは満足していらっしゃる。音をはなれれば、それはもう頬笑ましい姿とさえ私には見えた。何のことはないのだ、私だってヒスは気にするが、少々のハムは気にならないそういう聴き方をしている。ハムが妨げる低音より音楽そのものに心を奪われる幸わせな聴き方が、私には出来る。同じことだろう。野口さんのところでエネスコを聴いていて、あの七十八回転の針音がちっとも気にならない、ヒスは気になってもクレデンザの針音は気にならない。人間とは勝手なものだ。だからあの、ふるさとの音をもとめる下心がなければ、岡画伯のアトリエでひびいている音を、私は別な聴き方で聴いたかも知れないとおもう。それを証拠に、同行した編集者は「いい音でした」と感心しているのだ。もっとも公平な、第三者のこれは評価だろう。私の耳がやっぱり、悪かったのだろう。
     *
野口晴哉氏の音と岡鹿之助氏の音。
どちらがいい音なのかではない。
言いたいのは、そういうことではない。

五味先生は
《同行した編集者は「いい音でした」と感心しているのだ。もっとも公平な、第三者のこれは評価だろう。私の耳がやっぱり、悪かったのだろう。》
と書かれている。

そういうものである。
「いい音でした」と感心している人がいれば、そこの音はいい音なのだろう。
その部屋の主が、いい音になったと満足していれば、とやかくいうことではないことはわきまえているから、
具体的なことは、ここでは書かない。

松尾芭蕉の《古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ》、
ゲーテの《古人が既に持っていた不充分な真理を探し出して、それをより以上に進めることは、学問において、極めて功多いものである》、
このことを理解できない人がいるから、
「ふるさとの音」、「音のふるさと」はもうそこにはない。

Date: 1月 20th, 2026
Cate: スピーカーの述懐

スピーカーの述懐(その69)

五味先生の「五味オーディオ巡礼」の一回目を思い出す。
ステレオサウンド 15号に掲載されている。

野口晴哉氏と岡鹿之介氏が登場されている。
「ふるさとの音」とつけられている。
「音のふるさと」とも書かれている。

「五味オーディオ巡礼」の一回目に、野口晴哉氏と岡鹿之助氏が登場されたこと、
そして二人の音の違い、その音を五味先生がどう感じられたのか。

2026年のいま、読み返すと、なんといったらいいのだろか。
示唆的というだけでは足りなくて、予言のような感じすら受ける。

これだけでは、何のことを書いているのかとほとんどの方が思われるだろう。

あえて、まだ詳細は書かない。わかる人は、これだけでもわかってくれる。

「ふるさとの音」、「音のふるさと」はあっという間に消え去ってしまう。
聴いた人の感想をきいて、本当にそうなってしまった──と思うしかなかった。

失われてしまった、その大事な音はもう戻らない。
失ったのは何か、それすら気づいていないのだろう。
それがシアワセなのだろう。

Date: 1月 19th, 2026
Cate: ステレオサウンド

管球王国の休刊(その7)

昨年10月発売のVol.118で休刊となった管球王国は、休刊の告知とともにウェブに移行するとも発表していた。
その時点では、どういうふうに展開していくのかまではわからなかった。

年が明けて、1月5日から管球王国のウェブ版の公開が始まった。

アクセスした人は、どう思ったのか、と私はおもっていた。
復活して良かった、と素直に喜ぶ人がどのくらいいるのだろか。
全てに目を通したわけではないが、ほぼ全てが管球王国や別冊での記事を、ウェブ用に焼き直しただけだった。

過去の記事がウェブで読める──、と読者が喜ぶと本気で管球王国の編集部の人たちは思っているとしたら、
読者をバカにしすぎ、としか言いようがない。

それに休刊になって、まずやるべきことがある、と言いたい。

ステレオサウンド 50号の巻末にはステレオサウンド創刊号から49号まで総目次がついていた。
さらに49号までのテストリポート掲載機種総索引もついていた。

この巻末附録こそ、管球王国がまずやるべきことである。
創刊号からVol.118までと別冊の総目次、そしてテストリポート掲載機種総目録の二つである。

50号の巻末附録は、ステレオサウンドを読みはじめて三年に満たない読み手にとってはありがたいものだった。
それまでのステレオサウンドがどういう特集を組んできたのか、
どういう連載を続けてきたのか、どういう書き手がいたのかがわかったからだ。
そして、それらの記事がどんなものかをあれこれ想像していた。

管球王国が休刊になって約三ヵ月が経過。総目次と総目録を作るには十分すぎる時間である。

この三ヵ月の間、管球王国の編集部は何をやっていたのか。
何をやるべきなのかをきちんと考えたのか。

今年創刊60周年を迎えるステレオサウンドにも、全く同じことを言いたい。

Date: 1月 18th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

早瀬文雄氏の文章を入力していて(その3)

本当に気の迷いだったのか──、
そう思うようになったのは、ずいぶん経ってからのことだった。

少なくとも十数年は経っていた。ある晩、早瀬文雄(舘 一男)さんから電話があった。
スピーカーを買おうと思っているけど、何がいいか、という内容だった。

舘さんとは、いろんなことを話してきたけれど、どのスピーカーを買ったらいいか、いう話はそれまで一度もなかったし、その後もなかった。
この時、一度きりだった。

その時、鳴らしているスピーカーとは別に買うことを考えていて、
そのスピーカーは好きなスピーカーではなくて、オーディオ評論家として自宅で鳴らしておくべきスピーカーとして、であった。

なのでスピーカーの好き嫌いは関係なく、オーディオ雑誌の編集部が試聴室のリファレンススピーカー選びに近いともいえる。

候補はいくつかに絞ってはいたけれど、どれにしたらいいですかね……、と舘さんは電話越しに話していた。

そういう目的ならばB&Wでしょう、が二人の一致した答ではあったが、
舘さんも私も、消去法での選択であることは言わなくてもわかっていたし、
B&Wですよね……、これから先がなかなか盛り上がらなかった。

結局、舘さんは買わなかった。それでよかった、と思ったが、同時に、
舘さんがティールのスピーカーを買ったのも、同じような動機からだったのではないか、と思うようになった。

アメリカのハイエンドオーディオ業界で高い評価を得ているティール。
でもオーディオ雑誌の試聴室などで聴く限りは、優れたスピーカーとは思えないどころか、ひどいスピーカーのように感じられる。

ならば自分のモノとして買って鳴らしてみよう──、そういうところからの購入だったような気がする。

Date: 1月 17th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その5)

筐体は大きいのに、中身はスカスカ──、
そんなふうに揶揄されていたオーディオ機器がいくつかあったけれど、
こんなことを言っていた人たちは、昔のチューナーを知らないのだろうな、と思っていた。

1970年代、’80年代の国産プリメインアンプとペアとなるチューナーは、
普及クラスのモノは、中身はスカスカだった。

プリメインアンプと大きさ、デザインを揃えるためだということはわかっていても、
これらのチューナーの中身はスカスカだった。
チューナーにはダイヤルスケールがあるから、大きい方が見やすいと理由があるのはわかっていても、
無理に見た目を合わせるよりも、小型で粋なデザインのチューナーであってほしい、とも思っていた。

でも国産のチューナーにはそういう発想はなかったようで、国産チューナーで小型のモノが登場するのは、小型コンポーネントシステムのチューナーとして、であった。

パイオニアが、それまでのコンポーネントよりも小さなサイズを出してきた。
続いてテクニクス、ダイヤトーン、ビクター、オーレックスなどから、パイオニアよりもさらに小型にしたコンポーネントが出てきた。

テクニクスのコンポーネントはコンサイスコンポと呼ばれ、積極的にその後も製品展開していた。

ウーヘルも、その動きに刺激されたのかはなんともいえないが、ウーヘルからも小型コンポーネントが登場した。
それまでは小型のテープデッキだけだったところに、
CR210、240と同サイズのアンプ、チューナーを出してきた。
EG740はそうやって登場した。

ウーヘルは西ドイツのメーカーだっただけに、国産の小型コンポーネントとは違うまとめ方で出してきた。

当時、小型の海外製のチューナーといえば、QUADのFM3があった。
FM3は、ペアとなるコントロールアンプ33と木製スリーブに収めた姿は、実に魅力的で、
いまでも手に入れたいと思いながらも、FM3はその型番が示すようにFM専用チューナーだった。

Date: 1月 14th, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第二十四夜

2月のaudio wednesdayは、4日開催。

今日はメリディアンの218を持ち込んで、ノーマルの218との聴き比べから始まって、いくつか細かいことをやって、
前回の音よりも、いい感じで鳴ってくれるようになった。

このままうまくいけば、年内にもう一度、ワーグナーを最後までかけることもできるな、と思っていた。

昨年10月はカラヤンのパルジファルをかけた。
今年はクナッパーツブッシュのパルジファルをかけたい。
クナッパーツブッシュのパルジファルは、MQAがある。

Date: 1月 13th, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第二十三夜(いよいよ明日)

明日(1月14日)は、新しい場所でのaudio wednesdayの二回目。
すでに書いているように、ぴあ分室はトリノフ・オーディオによる音響補正がなされている。

コントロールアンプとパワーアンプの間にトリノフ・オーディオの機器が介在しているわけで、
信号経路は可能な限りシンプルでなければならないと考えている人から見れば、
いくら音響補正のための機器とはいえ、余分な機器の介在は……、となるのだろうか。

どんな機器、方式にもメリットとデメリットがある。
トリノフ・オーディオを使うことのデメリットもあるが、メリットとある。

適切な音響補正がなされたシステムは、機器などをかえた際の音の変化が明瞭に出てくる。

音響補正がうまくいったいるのかどうかは、このことでもある程度は判断がつく。

今回はメリディアンの218を、ノーマル218と私が手を加えた218と比較してみるわけだが、かなり違いははっきり出てくるものと予想している。

218の比較以外にも、細かな箇所を少し変えることも予定している。

Date: 1月 12th, 2026
Cate: the Reviewの入力

早瀬文雄氏の文章を入力していて(その2)

昨年10月からの早瀬文雄(舘 一男)さんの文章を入力していて、舘さんにとっての「終のスピーカー」はなんだったのだろうか、とおもう。

舘さんは、いろんなスピーカーを購入、鳴らされていた。
だから舘さんは一つのスピーカーを数年以上じっくり鳴らすということはなかった。

もっとも短期間で手放したスピーカーは、私は聴く機会がなかった。
舘さんが新しいスピーカーを導入すると、聴きにきませんかという誘いがあった。
なので舘さんが東京に住んでいた時に鳴らしていたスピーカーは、そのほとんどを聴いている。

でも一機種だけ聴いていない。
舘さんは、そのスピーカーを手放したというよりもリスニングルームから追放したといえる。

リスニングルームに持ち込んで、その日のうちに追放することを決めた、と言っていた。

いま、そのメーカーは倒産してしまったから書いてもいいだろう。
ティールである。

私は以前「欠陥」スピーカーのことを書いている。
三つのブランドを、舘さんがティールを導入したころに、「欠陥」スピーカーだと烙印を押した。

ティールは、その一つである。
他の二つのうちの一つは、あるモデルの登場から、どうしたの? と言いたくなるくらいに変り、
もう「欠陥」スピーカーとは思っていない。

それに当時、舘さんとも、この三つのブランドのスピーカーについてはよく話していて、私と舘さんの評価は一致していた。

舘さんと私は、音の好みは違うから、好きなスピーカーは違うこともあるし、評価も微妙に違うこともあったけれど、
ダメなスピーカーに関しては一致していた。

ティールについても話していたのに、なぜ、買ったんですかと訊いたら、気の迷いみたいな返事だった。

Date: 1月 11th, 2026
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その10)

渋谷にいまもある名曲喫茶ライオンを教えてくれたのは、HiViの前身のサウンドボーイの編集長のOさんだ。

教えてくれた、というよりも、行ってこい、と言われた。
行ってみた。
渋谷のこんな場所に、こんな建物が残っていて、しかも名曲喫茶なのか、とほとんどの人が驚くと思う。

私も驚いた。ライオンには、これまで四回ほど行っていて、一回目は一人だったが、
それ以降は、友人を連れてだったりした。

Oさんに、ライオンに行ってきました、というと、当然、どうだった? と訊かれた。
良くなかった、というと、そうだろう、と言われた。

もし、いい音でした、と答えていたら、どうだったのだろうか。
おそらく、こいつの耳は信用できない、となっただろう。

ライオンは、オーディオ雑誌、音楽雑誌よりも一般の雑誌の方が取り上げている。
喫茶店特集でも、ライオンの記事を見たことがあるし、昭和を感じられる的な記事でも取り上げられる。

知名度は吉祥寺のバロックよりもずっと高い。私が見た範囲では、どの記事もライオンのことを悪くは書いていない。
いい音でクラシックが聴ける、そんなふうに書かれている。

ライオンは繁盛している。私が、ライオンの音は良くないと、ここで書いたところで客が減ることはないと思う。

そう思っているから書いているのだが、一般の雑誌の編集者、ライターは、本当にライオンの音をいいと感じているのか。
ライオンでかかっている音楽に感動したのだろうか。

バロックにも常連はいた。ライオンにも常連の客はいよう。
彼らは、いい音で聴けるから常連になるほど通うのか。

私が四回も行ったのは、こういう店もあるよ、と友人らに教えたかったからだ。一人で行く気はない。

Date: 1月 10th, 2026
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その9)

昔からよく言われていることがある。
オーディオマニアの耳よりも、オーディオに関心のない音楽好きの人の耳の方が信用できる──、
そんなことが言われ続けている。

このことを全面否定はしないけれど、どっちもどっちじゃないかなぁ、ぐらいは言いたくなる。

去年12月に閉店した吉祥寺の名曲喫茶のバロック。
私はハタチぐらいの時だから1983年ごろに初めて行った。
2023年にも行った。

二回しか行っていないヤツに、そんなこと言われたくない、とバロックの常連だった人は思うだろうが、
私はバロックの音はひどい、としか思っていない。

バロックの音についてはいつか書こうと思っていたけれど、正直に書けば営業妨害のように受け止められるかもしれないから、書かずにいた。

けれど閉店したから、書いている。
バロックのヴァイタヴォックスのCN191にしてもタンノイにしても、どちらもうまく鳴っているとは、お世辞にも言えない。
まだタンノイの方がマシなぐらい、CN191の音はひどかった。
三年前に聴いたCN191は、四十年前の音よりもひどくなっていたように感じた。

そのバロックの音を、有り難く聴いている人もいることは知っている。
だからといって、バロックの音が良く聴こえるようになるわけではない。

ここまで書いたからさらに言えば、渋谷の名曲喫茶ライオンの音に感心したこともない。

Date: 1月 9th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その4)

ラジオとしてのチューナー、通信機としてのチューナー。
オーディオマニアとして、モノマニアとして心惹かれるのは後者であり、
マランツのModel 10BとセクエラのModel 1、この二機種がそこに当てはまる。

それでは他のチューナーは、どうなのか。
以前、別項「チューナー・デザイン考」で、手に入れたいチューナーとして、
ヤマハのCT7000、ウーヘルのEG740、アキュフェーズのT104などを挙げている。

ここでは、一切の制約なしに、いまも手に入れたいオーディオ機器について書いているので、
これらのチューナーも、手に入れたい気持はある。

でもその気持は、マランツやセクエラと同じかというと、違うところもある。

マランツ、セクエラは隔絶したモノとして欲しい。
けれど、上に挙げた機種はそうではない。

EG740は小型のチューナーで、CT7000とT104を欲しいという気持とは、これまたすこし違うところでの欲しい、である。

チューナーは、どうあってほしいのか。
通信機として最高性能を有するチューナーも欲しいし、
ラジオとして高性能なチューナー、もっと手軽にラジオ感覚で使えるチューナーも、また欲しい。

私にとって「ラジオ」は、FM専用ではなく、AMもいい音で聴けるモノとしてのチューナーである。

ウーヘルのEG740は、同社のポータブルカセットデッキと同じサイズで、デザインもパッと見て、何も知らない人はチューナーには見えないだろうし、
そこが魅力だし、上記の機種中、EG740だけがAMも受信できる。

Date: 1月 8th, 2026
Cate: アナログディスク再生, 老い
1 msg

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その18)

(その17)へのコメントがFacebookであった。
詳細は書かなかったから、高齢の方の取り扱いだと思われたようだが、実際は40代の方。

私よりも二世代若いとなると、音楽を聴き始めた頃はCDだっただろうし、
周りにアナログディスクの取り扱いの手本となる人もいなかった可能性もある。

コメントは、だから雑になってしまったのではないか──、ということだったが、
ショート動画を見るかぎり、扱いは丁寧なのだ。
だがセンタースピンドルの先端目指してすーっとレコードを置くことをやっていない。

音溝が刻まれているところだけには気を使っているのだろう。
つまりレコードのヒゲについて何も知らないからの、あの扱いなのだろう。

いま40代の人が読んできたであろうオーディオ雑誌には、レコードのヒゲについて書かれた記事はなかったように思う。
けれど、私が読んできたオーディオ雑誌にも、ヒゲについての記事はなかった。

私は「五味オーディオ教室」からスタートしているから、絶対にレコードにヒゲをつけてはならない──、
そのことが意識として常にあるけれど、他の人はどうだろうか。

ヒゲに関することは、あまり世代は関係ないように捉えているから、
丁寧に扱いながらもヒゲがつくことには無頓着な人がいることは、
オーディオの世界がいろんな意味で活発ならば、どこかで手本となる人と出会えただろうし、
注意してくれる人もいただろう。

オーディオショウでも、ヒゲについて言う人はいない。

そういうところに、オーディオの世界が老いてきているのかと、思ってしまう。