Archive for category テーマ

Date: 10月 19th, 2020
Cate: 「本」

ステレオ(2020年11月号)

半年ほど前に「ステレオのすべて」というタイトルで、
ここ数年、月刊誌ステレオが変ってきて、興味を惹く特集がときおりある。

いま書店に並んでいる2020年11月号の特集は「ホーン主義。」である。
表紙を飾るのは、JBLの新製品4349である。

買いそうになった。
今月は、いくつか試したいことがあって、
それでなくとも、けっこうディスクを買っているので、
締めるべきところは締めておく必要があるので、買わなかったけれど、
いまのオーディオ雑誌で、オーディオの楽しさを伝えているのは、ステレオだという気がする。

ただ毎号がそうだとはいわないが、応援したくなる。
「ステレオのすべて」のところでも書いているが、
あとすこし読み応えがあれば……、と思うのは、
こちらが長くオーディオをやっているからなのだろうか。

これからも変っていくはずである。
もっと良くなっていくのか、それともそうでなくなるのかは私にはわからないが、
いまの方向で進んでいってくれれば、ステレオを買う日が来るのかもしれないし、
そういう日が来てほしい。

Date: 10月 19th, 2020
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(KEF Model 303・その18)

そういえば、今年になってKEFのModel 303を鳴らしていない。
サンスイのAU-D607からのスピーカーケーブルも外したままだった。

このスピーカーケーブル、コーネッタを鳴らすのに具合のいい太さだったので、
7月に外していた。
そういうこともあって、今年は鳴らしていなかった。

先週、そろそろ303を鳴らそうと思って、スピーカーケーブルを接いだ。
40年前の中級機というよりも、ちょっと下のランクといえる組合せ。

そこにメリディアンの218を接いで、ひさしぶりに鳴らした。
ひっそりとした音量で鳴らした。

ジャクリーヌ・デュ=プレを聴いた。
“THE EARLY BBC RECORDINGS 1961-1965”を聴いた。
モノーラル録音だ。

今日(10月19日)は、デュ=プレの命日。

Date: 10月 18th, 2020
Cate: 映画

JUDY(その7)

2013年のNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」。
薬師丸ひろ子演じる鈴鹿ひろ美が、最終回に近い回で、歌うシーンがある。

鈴鹿ひろ美はひどい音痴という設定だった。
鈴鹿ひろ美が若いころ、レコードデビューをしようとしたが、
あまりにもヘタなため、小泉今日子演じる天野春子が代りにレコーディングしている。
ゴーストライターならぬゴーストシンガーとして。

その鈴鹿ひろ美が、天野春子が当時歌った曲を歌う。
天野春子が鈴鹿ひろ美に歌の特訓をする。
けれど途中で投げ出してしまう。

歌う当日、天野春子が裏で、ふたたびゴーストシンガーと歌う手はずだったが、
マイクロフォンのトラブルで、鈴鹿ひろ美が歌う。

鈴鹿ひろ美が音痴であることを知る周囲は、どうなるのかはらはらしていたが、
見事な歌唱だった。

そういうシーンがあった。
これをどう解釈するのか。

鈴鹿ひろ美は音痴ではなかったのか。
なぜ、こんなにも見事に歌えたのか。
実力を隠していたのか。

鈴鹿ひろ美は、一流の女優という設定である。
だからこそ、ここでの歌唱は、女優・鈴鹿ひろ美が、歌手を見事に演じたからこそだと思う。

歌手・鈴鹿ひろ美として舞台に立っていたら、ここまで歌えなかっただろう。
私は、そう解釈して、そのシーンを見ていたから、
映画「JUDY」でのレネー・ゼルウィガーの歌唱は素晴らしさは、
レネー・ゼルウィガーが女優として一流だからこそ、なのではないのか、と思ってしまう。

Date: 10月 18th, 2020
Cate: Cornetta, TANNOY, バスレフ(bass reflex)

TANNOY Cornetta(バスレフ型エンクロージュア・その2)

1979年にステレオサウンドから出たHIGH-TECHNIC SERIES 4、
「魅力のフルレンジスピーカーその選び方使い方」に、
瀬川先生の「フルレンジスピーカーユニットを生かすスピーカーシステム構成法」がある。

いくつかの項かあって、その一つに「位相反転型の教科書に反抗する」というのがある。
     *
 位相反転型は、いまも書いたように、古くから多くの参考書、教科書で、難しい方式といわれてきた。だがそれは、あまりにもこのタイプの古い観念にとらわれすぎた考え方だ。こんにちでは、スピーカーユニットの作り方や特性が、それらの教科書の書かれた時代からみて大きく変っている。だいいち、メーカー製でこんにち定評のある位相反転型のスピーカーシステムの中に、旧来の教科書どおりに作られているものなど、探さなくてはならないほどいまや数少ない。位相反転型の実物は、大きく転換しているのだ。
 さて、ここで位相反転型エンクロージュアの特性を、多少乱暴だが概念的に大づかみにとらえていただくために、図1から6までをご覧頂く。あくまでも概念図だから、ユニットの設計が大きく異なったりすればこのような特性にはならないこともあるが、一応の目やすにはなる。
 古くからの教科書では、エンクロージュア、ポート、ダクトにはクリティカルな寸法があり、ユニットの特性に正しく合わせなくては、特性が劣化する、とされていた。そして、右の三要素がそれぞれ小さい方にズレると低音の再生限界が高くなりピークができて、低音のボンボンといういわゆる「バスレフの音」になる。また、三要素が大きい方にズレると、f0附近で特性に凹みができて、低音館が不足する……といわれていた。
 意図的に低音の共振を強調して作られた有名な例に、JBLのL26がある。明らかに低音にピークが出ているが、この音を「バスレフ音」とけなした人はあまり知らない。むしろ、とくにポップス系における低音のよく弾む明るい音は、多くの人から支持されている。
 反対に、エンクロージュアを思い切って大きくしたという例は、商品化が難しいために製品での例は知らないが、前に述べたオンキョー・オーディオセンターでの実験で、おもしろいデータが出ているのでご紹介する。
 図7は、同社のFRX20ユニットをもとに、内容積がそれぞれ65リッター、85リッターおよび150リッターという三種類の箱を作り、それを密閉箱から次第にダクト(ポート)を長さを増していったときの特性の変化で、前出の図1や3、4に示した傾向はほぼ同様に出ている。
 これを実際に、約50名のアマチュア立会いでヒアリングテストしたところ、箱を最大にすると共にポートを最も長くして、旧来のバスレフの理論からは最適同調点を最もはずしたポイントが、聴感上では音に深味と幅が増してスケール感が豊かで、とうてい20センチのシングルコーンとは思えないという結果が得られた。
 ヒアリングテストをする以前、無響室内での測定データをみた段階では、測定をしてくださったエンジニア側からは、図7(C)の点線などは、ミスチューニングで好ましくない、という意見がついてきた。しかし、これはあくまでも無響室内での特性で、実際のリスニングルーム内に設置したときは、すべてのエンクロージュアは、壁や床の影響で、概して低音が上昇することを忘れてはいけない(例=図8)。この例にように、エンクローシュア自体では共振のできることを意図的に避けることが、聴感上の低音を自然にするひとつの手段ではないかと思う。とくに、バスレフの二つの共振の山のうち、高い方をできるだけおさえ、低い方を可聴周波限界近くまでさげるという考え方が、わたしくの実験では(この例にかぎらず)概して好ましかった。
 ともかく、バスレフは難しく考えなくてよい。それよりも、むしろ積極的にミスチューニングしよう(本当は、いったい何がミスなんだ? と聞きかえしたいのだが)。
 参考までに、G・A・ブリッグスが名著「ラウドスピーカー」の巻末に載せていたバスレフのポートと共振周波数の一覧表をご紹介しておく(図9)。この本はもともと、一般の計算などにが手の愛好家向けの本だから、なるべつ簡単に説明しようという意図があるにしても、日本の教科書のようにユニットのQだのmだのに一切ふれていないところが何ともあっけらかんとしていておもしろい。そして現実にこれで十分に役に立ち、音の良い箱ができ上るのである。
     *
図について簡単に説明しておくと、
図1は、位相反転型エンクロージュアの箱の容積の大小
図2は、位相反転型エンクロージュアの開口の大きさを変えた場合の傾向
図3は、位相反転型エンクロージュアのダクトの長さの変化と特性器傾向
図4は、位相反転型エンクロージュアのインピーダンス特性
図5は、ドロンコーンの質量の大小と特性の傾向
図6は、吸音材の量と低域特性
図7は、エンクロージュア容積と低域特性の関係
である。
図1から6までは、スピーカーの教科書にも載っていることが多い。
図7は、実測データのグラフである。

Date: 10月 16th, 2020
Cate: Autograph, TANNOY, バスレフ(bass reflex)

TANNOY Cornetta(バスレフ型エンクロージュア・その1)

コーネッタはバスレフ型エンクロージュアである。
コーネッタの記事を読めば、
コーネッタは、バスレフ型としてはミスチューニングと思われる方もいるだろう。

ティール&スモール(Thiele & Small)理論でシミュレートして設計すれば、
もっと小型のエンクロージュア・サイズになるはずだ。

コーネッタの試作のために、レクタンギュラー型のエンクロージュアがある。
W53.0×H68.0×D45.0cmのエンクロージュアである。

このエンクロージュアのポート長は165mmである。
ステレオサウンド 38号に周波数特性が載っている。
典型的なバスレフ型の特性である。
約45Hzあたりまでほぼフラットで、それ以下ではレスポンスか急激に低下する。
インピーダンスカーヴも、約45Hzにピークがあり、約40Ωとなっている。

このレクタンギュラー型エンクロージュアをへースに、
井上先生はコーナー型エンクロージュアの設計にとりかかられている。

コーナーにスピーカーを設置することで、低域のレスポンスは、
無響室の特性よりも、理論的には最大で18dB程度上昇する。

あくまでも、この数値は理論値であって、
現実の壁と床は、この理論値が要求する理想状態からは、ほど遠いため、
現実の上昇は、8〜12dB程度だといわれている。

この数値にしても、かなりしっかりした壁と床があってのものであり、
どちらかが、もしくは両方ともがそうでない造りであれば、低域上昇はもっと低くなる。
それでも無響室よりも、確実に低域のレスポンスは数dBは上昇する。

そのためコーナー型としての設計では、この上昇分を考慮して、
低域に向ってなだらかに下降するレスポンスが求められる。

たとえば1980年ごろに輸入されていたアリソンのスピーカーがある。
トールボーイのコーナー型だった。

このアリソンの広告には、
一般的なスピーカーの無響室での周波数特性とコーナーに設置したときのそれ、
さらにアリソンのスピーカーの、上記の条件で周波数特性、
計四つの周波数特性グラフが載っていた。

Date: 10月 15th, 2020
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その26)

私が真空管アンプを自作するのであれば、
出力管のソケットの周囲には放熱用の穴を開ける。

伊藤アンプがそうしているから、その模倣である。
この穴は、出力管の放熱のため、といわれている。
穴以外の手法として、ソケットの取り付けを一段低くする、というものもある。

これらの手法は、ほんとうに出力管の放熱に寄与しているのだろうか。
出力管のほとんどは下部にベースがある。
この部分は熱をもたない。

熱を持つのはガラスのところである。

真空管アンプのシャーシー内に空冷ファンがあって、出力管に向けて送風しているであれば、
ソケットまわりの穴は放熱の役に立つ。

けれど伊藤アンプにも、そのほかのアンプにはファンが内蔵されているモノはまずない。
おそらく穴があろうとなかろうと出力管表面の温度、周囲の温度ともに変化はないはずだ。

それがわかっていても、自作するのであれば穴をあける。
伊藤アンプのように開けていくのは手間であるし、
穴をあければそれだげシャーシーの強度は低下する。

それでもあける理由は、あいていないとたたずまいが悪いからだ。
以前、伊藤先生の300Bシングルアンプとそっくりのアンプを、
あるオーディオ雑誌で見たことがある。

けれど、なんだかしまらない印象を受けた。
穴があいていないのだ。
外観上の違いは、穴の有無だけである。

なのに印象はずいぶん違う。
だから穴をあけるわけだが、
この穴は、デザインなのだろうか、デコレーションなのだろうか。

Date: 10月 15th, 2020
Cate: よもやま

妄想フィギュア(その4)

その1)を書いたのは12年前。
今年になって、オーディオのフィギュアが登場している。

オンキョーのプリメインアンプ、スピーカー、プレーヤーなどが、まず出た。
オーディオ関係のサイトでも取り上げられていたから、ご存知の方は多いだろう。

売れているようだ。
隣駅にも、オンキョーのフィギュアが入っているガチャガチャがある。
見つけた時は、こんなところにも? と思った。
買わなかった。

プリメインアンプがA817ではな、A722nIIだったらやってみたんだけれど。
一週間ぐらいして、その前を通ったら、カラだった。売切れて補充されていなかった。
二週間ほど後に行ったら、オンキョーではなく、他のモノに替っていた。

オンキョーは、もうオシマイなのか、と思っていたら、
しばらくしたら、またオンキョーに戻っていた。

そうしたら、今度はテクニクスのフィギュアが出る、というニュースがあった。
やっぱりオンキョーは売れているんだろう。

オンキョー、テクニクスと、どちらも元は関西のメーカーが続いた。
次はどこだろうか。
関西ということではラックスか。

ラックスで、SQ38FD/IIとか出てきたら、もっと買う人はふえるだろう。
それからヤマハのNS1000Mが登場したら、盛り上るだろう。

Date: 10月 15th, 2020
Cate: 老い

老いとオーディオ(齢を実感するとき・その21)

今年(2020年)は、五味先生の没後40年であり、
来年(2021年)は、生誕100年である。

1921年生れなのは、以前から知っていた。
それでも今年になって、来年100年なんだ、と少し驚いていた。

しかも、その100年の年に、私は五味先生の享年と同じ歳になる。
そのことに月日がずいぶん経ったことを感じてしまう。

Date: 10月 14th, 2020
Cate: バッハ, マタイ受難曲

カザルスのマタイ受難曲

カザルスがマタイ受難曲を振ったことは知っていた。
ずいぶん前に知っていたし、聴けないものかと探してもいた。

もう諦めていた。
演奏したからといって、必ずしも録音が残されているとはかぎらないのだから、
録音が存在しないのだろう……、と。

昨晩遅くiPhoneでヤフオク!を眺めていた。
そこに、またしても「お探しの商品からのおすすめ」のところに、
まさかカザルスのマタイ受難曲が表示されるとは、夢にも思わなかった──、
とは、こういう時に使うのだろう。

CDではなく、CD-Rである。
今年出たようである。
商品説明を読むと、音は期待できそうにない。

それでもかまわない。
とにかく聴けるのだ。

即決価格で、落札した。
まだ届いていないけれど、わくわくしている。

「カザルス マタイ」でGoogleで検索すれば、売っているところが表示される。
私が買った値段よりも多少高いけれど、いまのところ入手できるようだ。

Date: 10月 14th, 2020
Cate: audio wednesday

第117回audio wednesdayのお知らせ(Bird 100)

11月4日のaudio wednesdayのテーマは、Bird 100。

チャーリー・パーカー生誕100年だから、このテーマである。。
チャーリー・パーカーを中心にかけていくが、四時間チャーリー・パーカーだけなわけでない。
ビリー・ホリディ、チェット・ベイカー、バド・パウエルもかける。

彼らに共通するのがなんであるのかは書かなくてもいいはずだ。
ジャニス・ジョプリンの“Summertime”もかけたいと思っている。

チャーリー・パーカーが中心ではある。
でも、それだけにとどまらずにかけていきたい演奏家として、
クラシックでは、サンソン・フランソワのショパンもかけるつもりでいる。

デカダンス的なピアニストといわれるフランソワ。
フランソワのショパンは、いまどんなふうに評価されているのか。

癖の強い演奏と受け止められているのだろうか。
1980年代の、レコード芸術の名曲・名盤の企画で、
黒田先生はショパンにかんしては、フランソワの演奏をあげられている。

馬鹿のひとつおぼえみたいにフランソワばかり選んでいる──、
と黒田先生自身書かれていたけれど、
フランソワの演奏に、ますます惹かれている、とも書かれていた、と記憶している。

サンソン・フランソワが、どんな人物なのかは、知らない人は検索してみればいい。
Bird 100のテーマとサンソン・フランソワのショパン、
そこに違和感がないはずだ。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

19時開始です。

Date: 10月 14th, 2020
Cate: ヘッドフォン

AUSTRIAN AUDIO

ステレオサウンド 75号の特集「実力派コンポーネントの一対比較テスト 2×14」で、
菅野先生がAKGのヘッドフォンK240DFについて書かれている。
     *
 そしてごく最近、オーストリアのAKGから出たK240DFスタジオモニターという、ダイナミック型のヘッドフォンに出合い大いに興味をそそられている。このヘッドフォンは、まさに、私がSRΛブロを活用してきた考え方と共通するコンセプトに立って開発されたものだからである。K240DFのカタログに書かれている内容は、基本的に私のSRΛプロの記事内容に共通するものであるといってよい。ただ、ここでは、これを使って調整するのは、部屋やスピーカーではなく、録音のバランスそのものなのである。つまり、よく整った調整室といえども、現実にその音響特性はまちまちで、同じモニタースピーカーが置かれていてさえ、出る音のバランスが違うことは日常茶飯である。私なども、馴れないスタジオやコントロールルームで録音をする時には、いつもこの問題に悩まされる。便法として、自分の標準とするに足るテープをもっていき、そこのモニターで鳴らして、耳馴らしをするということをすることさえある。さもないと、往々にしてモニタ一にごまかされ、それが極端にアンバランスな場合は、その逆特性のバランスをもった録音をとってしまう危険性もある。
 K240DFは、こうした問題に対処すべく、ヘッドフォンでしかなし得ない標準化に挑戦したもので、IRT(Institute of Radio Technology)の提案によるスタジオ標準モニターヘッドフォンとして、ルームアクースティックの中でのスピーカーの音をも考慮して具体化されたものである。そして、その特性は平均的な部屋の条件までを加味した聴感のパターンに近いカーヴによっているのである。つまり、ただフラットなカーヴをもっているヘッドフォンではない。ダイヤフラムのコントロールから、イアーキヤビティを含めて、IRTの規格に厳格に収ったものだそうだ。そのカーヴは、多くの被験者の耳の中に小型マイクを挿入して測定されたデータをもとに最大公約数的なものとして決定されたものらしい。AKGによれば、このヘッドフォンは〝世界最小の録音調整室〟と呼ばれている。部屋の影響を受けないヘッドフォンだからこそ出来るという点で、私のSRΛプロの使い方と同じコンセプトである。
     *
72号でも菅野先生は、スタックスについて書かれている。
スタックスは、当時の私には、やや高価だった。
それほどヘッドフォンに対しての感心もなかったので、
スタックスのヘッドフォンのシステムに、これだけの金額を出すのであれば、
もっと優先したいモノがあった。

K240DFは安価だった。
三万円しなかったはずだ。

気に入っていた。
ヘッドフォンで聴くことはそんなにしなかったけれど、
K240DFの音を信頼していた。

そのK240DFも人に貸したっきり返ってこなかった。
しょうがないから、また買うか、と思ったときには、K240DFは製造中止になっていた。
K240シリーズは継続されていたけれど、DFの後継機はなかった。

AKGは、K1000も出していた。
ヘッドフォンメーカーとして、AKGというブランドは、私のなかでは確固たる位置にいた。

けれど2017年にハーマンインターナショナルがサムスンに買収されてしまってから、
AKGが変ってしまった、という話をきいた。

そのAKGから独立した人たちが始めたのが、AUSTRIAN AUDIO(オーストリアン・オーディオ)だ。

マイクロフォンとともにヘッドフォンもある。
日本に輸入元もある。MI7という会社だ。

けれどヘッドフォンのページは、いまだ開設されていない。
海外では、今年の春から販売されている。

そのころから、いつ日本でも発売になるんだろう、と思っているのだが、
まだのようである。

ヘッドフォン祭が開催されていたら聴けたであろうに……。

Date: 10月 13th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(カタログ)

ヤフオク!にはカタログも出品されている。
中学、高校のころはカタログを大事に持っていた。

RFエンタープライゼス時代のマークレビンソンのカタログは、ほんとうにそうだった。
LNP2のカタログを手に入れたときは嬉しかったし、
いつかはLNP2……、という憧憬をいだいて眺めていた。

その時代のカタログも、ヤフオク!にはある。
落札しようとはおもわないけれど、こういうカタログだったな、と、
そこでの写真をみると、どういう内容だったのかも、ある程度は思い出せたりする。

あの時代気カタログのすべてそうだったわけではないが、
オーディオの憧れが募ってくる出来のものは、たしかにあった。

いまもカタログはある。
インターナショナルオーディオショウに行けば、各ブースの前で配布している。
それらのカタログをもらってくることはしない。

それでもブースに入り、気になった製品があった場合には、
カタログにも手を伸ばすことはある。
それでも持って帰ることをしないのは、そう思わせてくれないからだ。

安っぽい、とはいわない。
なかには、そういいたくなるカタログもあるけれども。

なんだろう、インターネットが普及して、各社ほとんどウェブサイトで公開している。
情報を得るだけならば、ウェブサイトでことたりる。

カタログは、それ以上のなにかを感じたいのだ。
それが、いまの時代のカタログには、ほぼない。

オーディオショウでは立派なカタログがあったりする。
けれど立派なカタログが、憧れと結びついていくわけでもない。

そういうカタログをつくる余裕が、もうどの会社も失っているかもしれない。

Date: 10月 12th, 2020
Cate: ディスク/ブック

BEETHOVEN · Die Violin-sonaten

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ十曲。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタほど熱心に聴いてきたとはいえない。

それだから、1998年だったかに出たアンネ=ゾフィー・ムターのそれに関心をもつことはなかった。
ムターの演奏は、レコードよりも先に、
1981年のカラヤン/ベルリン・フィルハーモニーとの公演で聴いている。

東京文化会館で、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲だった。
かなり無理してチケットを手に入れた。
S席なんて無理で、A席も当時の私には高くて買えなかった。
B席がやっとだった。

ステージからは遠い。
そのせいもあったとは思うのだが、きれいとは感じても、
ベートーヴェンの音楽とは感じなかった。

そのことが強く印象にあって、ムターに、その後関心を持たなくなった。
そのこともあったから、よけいにムターのヴァイオリン・ソナタを聴きたいとは思わなかった。

数ヵ月前に手にした吉田秀和氏の「ベートーヴェン」。
ここにムターのヴァイオリン・ソナタがとりあげられている。
読んでいて、ムターの、この録音を聴きたくなった。
     *
 ムターは、かつてカラヤンの下でやった協奏曲の中に象徴される美しく甘いベートーヴェンの像に逆らって、別のベートーヴェンを提出する。それは新しいベートーヴェン像を築くというだけでなく、かつての自分のアンティテーゼを提出することでもある。つまり、ここでは一人の音楽家がベートーヴェンの追求を通じて、新しい自己の確立を計っているのである。
     *
ここを読んだだけでも、聴きたくなった。
さっそく買おう、と思ってタワーレコードに注文したけれど、
入手できませんでした、という返事が数週間後に届いた。

新品での入手は、もうできないようだ。
中古で手に入れるしかない。
といっても、すんなり見つかるのが、今の時代である。

私の感想は、特にいいだろう。
吉田秀和氏の「ベートーヴェン」にあるとおりだった。

1981年、ムターをドイツ人とはまったく感じなかった。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタでのムターは、はっきりとドイツ人である。

Date: 10月 12th, 2020
Cate: ロマン

好きという感情の表現(その6)

昨晩、「戻っていく感覚(「風見鶏の示す道を」その16)」で、
冒険と逃避は違う、と書いた。

レコード(録音物)を携えて旅に出たとしても、冒険と逃避は違う。
それに井の中の蛙を決め込んでいる人もいるけれど、これも逃避である。

逃避している人(オーディオマニア)が、
オーディオに関心をもってもらおうとして、
「オーディオは素晴らしい」、
「いい音で音楽を聴くことを体験してみて」とか、いったところで、
相手のこころに届くのだろうか。

音楽好きの人は多い。
その何分の一かでも、いい音で聴くことに目覚めてくれれば、
オーディオの世界は活性化する──、
そう考えている人は、オーディオ業界の人のなかにも、
オーディオマニアのなかにも少なからずいる。

どうすれば、そういう人が振り向いてくれるのかを、SNSに書く人もいる。
それらのなかには、音楽好きの女性にオーディオに関心を持ってもらいたい──、
というのもけっこう多い。

気持はわかる。
私も20代のころは、そんなことを考えていたし、
その後も、なぜ、女性の音楽好きはオーディオに関心を持たないのか、ということで、
仲間内で意見を交わしたこともある。

オーディオマニア(男)は、そこでオーディオの素晴らしさ、
いい音で音楽を聴くことの素晴らしさを訴えているだけではないのだろうか。
さらにはオーディオの知識や持っているオーディオ機器をひけらかすだけかもしれない。

そんなことよりも、
オーディオが好き、という感情をストレートに相手に伝えたほうがいいように思うようになった。

ここで男は──、とか、女は──、といったことを書くと、
そんなことはない、個人差のほうが大きい、とかいわれそうだし、
そうだと思うところは私にもあるのだが、
それでも好きという感情をストレートに伝えることが上手なのは、女性であると感じている。

私自身もオーディオが好きという感情を、どれだけ相手に伝えてきたのだろうか。

Date: 10月 12th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

リモート試聴の可能性(その10)

中学、高校の吹奏楽のコンクールが、
コロナ禍によりビデオ審査になった、ということを知った。

それぞれの学校が、それぞれの場所で、それぞれの器材を使って録画するのだろう。

これはもう録画のクォリティが、ピンからキリまで生じることになるのではないのか。
私立の学校で、吹奏楽で名が知られているところだと、
録画にもたっぷりの予算が割り当てられても不思議ではない。

プロが使う録画、録音器材、そしてプロの人たちによって、
それこそ照明を含めて、高いクォリティのものをつくりあげるだろう。

公立の学校となると、
へたするとスマートフォンの録画機能を使って、ということになるかもしれない。

そうやってつくられたものが提出され、審査する側は、そのことについてどう配慮するのだろうか。
それに器材があって技術があれば、演奏のこまかなところも修整できる。

録画による審査はしかたないことだとわかっているが、
このあたりのことに関して、録画、録音器材を指定したところで、
それらの器材を持っているところもあるし、新たに購入しなければならないところ、
その予算がないところなどがあろう。

(その6)で触れたAudio Renaissance Onlineという、
オンラインのオーディオショウに、同じことはいえる。

どんなふうに行うのかは知らないが、
出展社が一箇所に集まって、というわけではなく、
それぞれの出展社が、それぞれの場所からのストリーミングのはずだ。

オンラインのオーディオショウに出展するところは、
オーディオメーカー、輸入元なのだから、そこでの器材がスマートフォンということはない。

それでも部屋が違う、マイクロフォンを始めとする器材が違う。
同じ器材だとしても、マイクロフォンの位置は、出展社に対して指定されているとは思えない。

おそらく出展社まかせなのだろう。
こういうことを含めてのオンラインのオーディオショウとしても、
最低限のリファレンスは決めた方がいい。

今年は、まずやることが優先されているのはわかっている。
それでも送り出し側、受け手側、それぞれのリファレンスを有耶無耶にしたままでは、
お祭りのままで終ってしまうことになりかねない。