Archive for category テーマ

Date: 2月 12th, 2026
Cate: アクセサリー

仮想アース(こういう方法も……・その14)

(その10)から(その12)で書いているお手製の仮想アースを、2月のaudio wednesdayで来られた方に聴いてもらった。

全員一致で効果あり、だった。これをつけると左右の拡がりが増す。これは誰の耳にも明らかな改善点といえる。

便宜的に仮想アースと言っているけど、実際のところ、どういう作用で音が変化するのかは、正直わからない。

とりあえずアースに取り付けて効果があったから、仮想アースみたいなモノとして聴いてもらっているが、とにかく不思議なモノだ。

たまたま偶然海外のサイトで見かけたモノで、いま、どのサイトだったのか、と検索してみたけど見つけられなかった。

誰の発案によるモノなのか、そのへんの詳細も知らない。知っているのは作り方と、その効果だ。

audio wednesdayに来られた方には作り方を説明している。
オーディオマニアならば、自宅にあるモノを使ってすぐに作れる。コストは高く見積もっても千円を超えることは、まずない。

それでも、効果はある。

よくアース端子に不要と思えるケーブルをとりつけたままだと、アンテナになるから音が悪くなる──、
こんなことを言う人はけっこういる。

間違っているわけではない。
ただしアンテナには受信用と送信用とがあることを忘れてはならない。

Date: 2月 11th, 2026
Cate: アクセサリー

D/Dコンバーターという存在(その15)

メリディアンの218を導入したばかりのころは、218にはUSB端子がないため、D/Dコンバーターについて、あれこれ検索していた。

その後、210の導入やシステムの変更もあって、D/Dコンバーターへの関心が薄れていた。

今日、別のことを検索していたら、D/DコンバーターにMQAのロゴがついている製品があることに気づいた。

S.M.S.LのはPO100 2024と、その上位モデルのPO100 Proである。

AliExpressだと、PO100 2024が5,000円ほど、PO100 Proが8,000円ほどで購入できる。

iOSもサポートしている、とある。
PO100がやるのは、MQAのコアデコードのはず。それでも充分だと思う。

どちらてあっても簡単に持ち運べる。iPhoneと組み合わせることで、audio wednesdayでやれることの幅が少し拡がる。

それにしても中国のオーディオメーカーは、MQAにかなり積極的である。この流れが、MQAにとっていい方向となってくれることを期待している。

Date: 2月 10th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その8)

マランツのModel 10Bを愛用されていた五味先生は、最終的にスチューダーのC37まで導入されている。
多い。
     *
 いい音で聴くために、ずいぶん私は苦労した。回り道をした。もうやめた。現在でもスチューダーC37はほしい。ここまで来たのだから、いつか手に入れてみたい。しかし一時のように出版社に借金してでもという燃えるようなものは、消えた。齢相応に分別がついたのか。まあ、Aのアンプがいい、Bのスピーカーがいいと騒いだところで、ナマに比べればどんぐりの背比べで、市販されるあらゆる機種を聴いて私は言うのだが、しょせんは五十歩百歩。よほどたちの悪いメーカーのものでない限り、最低限のトーン・クォリティは今日では保証されている。SP時代には夢にも考えられなかった音質を保っている。
     *
スチューダーのC37を手に入れられたことは、ステレオサウンド 50号の「オーディオ巡礼」を読めばわかる。
やはり手に入れられたのか、と思いながら読んだ。

C37はコンソール型のオープンリールデッキで、かなり大きい。管球式テープレコーダーである。

10BとC37で、NHK-FMのライヴ放送を録音されたのだろう。どんな音なのか、と想像するしかないわけで、聴いてみたい音でもある。

セクエラのModel 1だったら、スチューダーのA80だっただろうか。そんなことも当時おもっていた。

そういえばマーク・レヴィンソンは、スチューダーのA80のトランスポートをベースに、エレクトロニクスをマークレビンソン製に置き換えたML5を出していた。

このころ、KEFのModel 105やJBLの4343をベースに、ML5のようにマークレビンソン・ブランドで出すというプランもあった。
立ち消えになってしまったけれど、マーク・レヴィンソンはチューナーで、同じことをやろうとは考えなかったのか。
もし考えていたら、ほぼ間違いなくセクエラだっただろう。

Date: 2月 9th, 2026
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その22)

十年以上前からたびたび思うことがある。
どの分野、どの組織でもそうなのだが、トップに立たなければ見えてない景色(光景)、というか領域がある。

そのことに想像がいなくて、トップの人を引き摺り下ろすような発言を、考えもなしにする人が、とても増えてきた、と感じる。

批判的なことを言うな、ではなく、その人が見ている景色(光景)、領域のことを自分なりでもいいから想像してからではないだろうか。

Date: 2月 8th, 2026
Cate: 「ルードウィヒ・B」

春くらり

明日(2月9日)は、マンガ「春くらり」二巻の発売日

去年から始まった「春くらり」。最初は興味を持てず、読んでいなかった。スマートフォンでマンガをよんていると、第一話を読むようにおせっかいをしてくる。

とりあえず読んでみるかー、ぐらいだった。読んで、しばらく無視していてよかった、と思った。
続きが何話分まとめて読めたからだ。

12月9日に一巻が出た。買って帰って、読み返した。
スマートフォンでも読み返している、単行本でも読み返している。

「春くらり」には、いまのところ、ゲスな人物は登場してこない。これから先もそうだろう。

2月4日のaudio Wednesdayでは、オーディオ業界にいるある人のことが話題になった。関わりにならないのが賢明、皆の一致した意見となった。

そんな人は「春くらり」には出てこないから、安心して読める──、その程度の理由で、ここで取り上げているわけではない。

なにげない日常が、きらきらしている。ぎらつくほどきらきらしているわけではない。
キラキラとカタカナで書くのではなく、平仮名のきらきらだ。

「春くらり」を読んでいると、こういう世界観を感じさせる音を鳴らせるだろうか、とも思ってしまう。

Date: 2月 8th, 2026
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(1989年2月9日・その2)

マンガから音は出てこない。
マンガの神様と言われた手塚治虫のマンガであっても、その作品が載った誌面から音が出てくることはない。

明日(2月9日)は、手塚治虫の命日。三十七年、四十年近い月日が流れ、マンガにおける音楽の描写は進歩してきていると感じている。

全てのマンガにおいてではないが、いくつかのマンガのシーンで、そう感じることが、ここ五年ほどの間に何度かあった。

そういうシーンでは、絵だけだったりすることが割とある。登場人物のセリフがない。

絵があるから、音が鳴っているような感覚になるのだろう。

オーディオ評論は、それが載っている誌面から音が聴こえてくるわけではない。
マンガには絵がある、オーディオ評論には言葉しかない。

だから無理なことと、最初から諦めていていいのだろうか。

Date: 2月 7th, 2026
Cate: 複雑な幼稚性

ゲスの壁(その4)

ステレオサウンドとオーディオアクセサリー(もしくはアナログ)。
二十年ほど前までだったら、比較すればステレオサウンドと思えていた。
けれどオーディオアクセサリーも少しずつ変っていく。
ステレオサウンドも、少しずつ変っていっている。

別項「2024年をふりかえって」で書いているように、オーディオアクセサリー(アナログ)において、読みごたえのある記事が載るようになってきた。

ジャーマン・フィジックスのHRS130の石原俊氏の文章、
フェーズメーションのCM1500の土方久明氏の文章が、そうである。

HRS130、CM1500、どちらもステレオサウンドにも記事が載ったが、通り一遍の紹介記事にとどまっていた。

毎号、オーディオアクセサリー(アナログ)に、そういった記事が載っているわけではないし、いかにも──、と言いたくなる記事もある。

いまオーディオアクセサリー(アナログ)とステレオサウンド、私の中ではどんぐりの背比べぐらいの位置づけになっている。

ステレオサウンドがいまでも上──、
そう言いたい気持はあっても、そうではなくなりつつある。

だからといって、数年後、どうなっているのかはなんとも言えない。
オーディオアクセサリーは、128号の付録CDが発端となった裁判に関する検証記事を載せるのか、
それともだんまりを決め込んでしまうのか。

それによって、今後がずいぶん変っていく。
オーディオ・ジャーナリズムなきオーディオ雑誌にしていくのかどうか、でもある。

Date: 2月 6th, 2026
Cate: 複雑な幼稚性

ゲスの壁(その3)

Googleで「オーディオ 裁判」で検索すると、アコースティック・リヴァイブ裁判、サーロジック裁判が表示される。

サーロジック裁判は、聞いたような記憶がなんとなくあったけれど、知らなかった。

アコースティック・リヴァイブ裁判は、サーロジックよりも記憶ははっきりとしていて、そういえばそんなことがあったなぁ、ぐらいではある。

アコースティック・リヴァイブ裁判で、今回驚いたのは、第一審がまだ結審していないことである。
アコースティック・リヴァイブ裁判は、2008年2月21日発売のオーディオアクセサリー 128号の付録CDが発端である。

十八年前のことだ。
アコースティック・リヴァイブが原告となって裁判を起こしたことは当時それなりに話題になっていたので、私も記憶している。

とはいえもう随分前のことで、どこかの時点で結審している、もしくは和解しているものと勝手に思っていたのだから、第一審がまだ継続していることに驚いた。

結審しても、そこで決着とはなりそうにない感じを受けるから、最高裁まで争うのかもしれない。そうなったら、後何年かかるのだろうか。

第三者には理解できない、お互いに絶対に譲れないことがあるのだろうし、現時点では被告側からの情報発信が多い。

個人的にいろいろおもうところはあるが、決着がつくまで控えておくつもりだが、それでも一つだけ書けば、
オーディオアクセサリー(音元出版)は、なぜ黙ったままなのかだ。

オーディオアクセサリー 128号の付録のCDから始まっているわけだから、オーディオジャーナリズムをかけらでも持っているのならば、しっかり検証すべきである。

アコースティック・リヴァイブ裁判のこれまでの経緯を細かくみていったわけではないが、
オーディオアクセサリー(音元出版)は、だんまりを決め込んでいるとしか思えない。

十八年前のことだから、当時の編集者がいまも在籍しているのかも、私は知らない。すっかり入れ替っていてもおかしくない年月だ。

時間が経てば経つほど検証は難しくなっていく。

Date: 2月 5th, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第二十四夜を終えて

新たなところに移ってのaudio wednesdayも、昨晩で三回。やるたびに面白くなってきたと感じているのは私だけではないようで、
昨晩、来られた方たちも、面白かった、と言ってくれた。

そして共通の感想として、音の違いがよくわかる、とも言われた。
少し前にちょっと触れているが、トリノフ・オーディオによる音響補正のおかげもある。

電気的な補正で全ての問題点が解消するわけではないが、それでも適切に音響補正がなされることで、
それまでのさまざまな音の癖を、ある程度抑えることができる。

それらの音の癖によるマスキング効果が、適切な音響補正によって抑えられるのだから、音の違いはよくわかるようになる。

逆に言えば、音の違いがあまりわからないようなのであれば、その音響補正はまだまだだということになる。

昨晩来られた方の一人は、トリノフ・オーディオに強い関心を持たれたようだ。

これから先、どんなことをやっていけるのかは、なんともいえないが、退屈することなくやっていけそうである。

場所がかわり、システムもかわる。そのことは、実のところ大したことではない。
四谷三丁目から狛江、そして今の渋谷のなって、そのことを実感している。

音を出せる場とシステムがあれば、なんとかなる。

Date: 2月 4th, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第二十五夜

3月のaudio wednesdayは、4日開催。
参加希望の方は、私宛に連絡ください。

Date: 2月 4th, 2026
Cate: 中点

中点(その15)

(その12)と(その13)で、レコード(録音物)は中点だと書いた。
レコードの送り手(録音側)とレコードの受け手(再生側)の中点であり、
レコードの送り手にとってレコード(録音物)は最終点であって、
レコードの受け手にとっては出発点であるからだ。

同じことをオーディオ機器について考えると、
アンプにしてもスピーカーにしても、レコードと同じく中点といえる。

ここで書いたいのはそのことではなく、オーディオ雑誌、オーディオ評論は中点といえるのか、である。

Date: 2月 3rd, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第二十四夜(いよいよ明日)

明日(2月4日)のaudio wednesdayは、話すことに比重を置こうと考えている。

別項「audio teach-in」で書いていることが、どこかに引っかかっている感じがするからだ。
オーディオマニアは、何を知りたいのだろうか。そして何を知らないのだろうか。

このことをはっきりと掴んでいる人は、いないような気がする。
一人ひとり違うし、だからこそ話していかないと、何もわからないままになってしまう。

音を聴きながら、テーマをあえて絞らずに対話を重ねていければと思っている。

Date: 2月 2nd, 2026
Cate: the Reviewの入力

早瀬文雄氏の文章を入力していて(その5)

私がJBLの2405の存在を知ったのは、ステレオサウンド 41号の表紙となっていた4343によってである。

それがトゥイーターということはすぐにわかっても、オーディオに興味を持ち始めて二ヵ月ほどの中学生の私には、
2405の構造がどうなっているのかを、すぐには理解できなかった。

ホーン型トゥイーターの一般的な構造は知っていたが、2405の中心に見える、あのクサビ的な形状のディフューザーと周りのホーンとの関係が、よくわからなかった。

その点、同じJBLのトゥイーターの075の構造はすぐに理解できた。
075同様、リングダイアフラムを使っていて、その前面に位置するホーン部の形状の詳しいことを知りたくても、
どんなに目を凝らして写真を見ても、全体が黒く塗装されている2405は、わかるようでわからない。そんなもどかしさがあった。

2405のホーン部の形状がわかったのは、ステレオサウンドで働くようになって、実際の2405をじっくり見るだけでなく、
開口部に小指を入れてみたりしたからだ。

そして、しばらくして知ったのは、2405と075のホーンは同じだということ。
075のディフューザーをクサビ状にして、ホーンの内側に、ホーンのカーブにしたがうスペーサーを、ディフューザーを挟みこむ感じで配している。

正面から見て左右の半円状のスペーサーは、ホーンから外すことができる(外したことはない)。

Date: 2月 1st, 2026
Cate: きく

音楽をきく(その9)

家庭用ビデオデッキが登場したのは、1965年、ソニー製のオープンリール型だときいている。

家庭用ビデオデッキときいてイメージするカセット型となると1975年にソニーがベータマックス方式、1976年にビクターがVHSなのだが、
当時、私の周りでベータマックス、VHS、どちらかを導入した家庭はなかった。

仮面ライダーの放送は、ベータマックス、VHS登場以前である。
もしすでに登場していたとしても、同級生の誰かの家にはある、というものでもなかった。

つまり仮面ライダーは録画して見るものではなかった。
週一回の放送時にテレビの前にいなければ見れなかった。

小学生だった私、同じクラスのみな、そうやって仮面ライダーを見ていた(楽しみにしていた)。
当時は共有という言葉は知らなかったけれど、同じ時間を共有していたなぁ、といまになって思う。

Date: 1月 31st, 2026
Cate: オーディオ入門

audio teach-in(その8)

生成AIとの会話、それも承認欲求を満たすためだけの会話は、
静慮とは全く無縁の行為でしかないからこそ、やっている本人には楽しいことなのかもしれない。