3M Novec Contact Cleaner(その2)
六年前に紹介した3MのNovec Contact Cleanerは重宝していた。オーディオ好きの友人、知人にも勧めていた。
Contact Cleanerとあるが、このクリーナーは電子機器内部の優秀なクリーナーでもある。プリント基板を洗浄したい時、私は、これを使っていた。
近々使いたいので、今日、用事が終ったあと秋葉原の海神無線に寄ったら、ない。訊いたら製造中止になった、とのこと。
代わりを見つけなくてはならなくなった。
六年前に紹介した3MのNovec Contact Cleanerは重宝していた。オーディオ好きの友人、知人にも勧めていた。
Contact Cleanerとあるが、このクリーナーは電子機器内部の優秀なクリーナーでもある。プリント基板を洗浄したい時、私は、これを使っていた。
近々使いたいので、今日、用事が終ったあと秋葉原の海神無線に寄ったら、ない。訊いたら製造中止になった、とのこと。
代わりを見つけなくてはならなくなった。
1979年発行のステレオサウンド別冊HIGH TECHNIC SERIESの四冊目は、「魅力のフルレンジスピーカーその選び方使い方」。
巻頭座談会「フルレンジスピーカーの魅力をさぐる」は、岡 俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹の三氏による。
この座談会は、当時以上にいま読んだ方が、いろいろと考えさせられる──といっても、現在では読みたいと思ってもなかなか読めなかったりする。
瀬川先生が語られている。
*
ぼくは前号の「トゥイーター特集」のときに、トゥイーターを聴くための方便だったのですけれども、久しぶりにJBLのLE8Tの音を、それこそ丸三日以上続けて聴いて、その非常に素直な音に久々に感心したわけです。そして、やはりすごく反省しました。つまり、日頃聴きなれているJBL4343では出てこないような、ある種の素直さがあるのですね。もちろん、ローエンドもハイエンドも十分には出てこないので、「情報量」などという言葉を使うと明らかに何かが足りないのですけれども、同じ「情報量」という言葉を使っても逆に4343で出てこないものがLE8Tでちゃんと出てきているという感じがしたわけです。これならば素直に何時間でも聴いていられるな、という一種の安心感があるのですね。そこで、ぼくは最近何か大事な音を忘れていたのではないかという気持になって、矢も盾もたまらず、今回のフルレンジテストの一員に加えてくれ、といって強引に割り込んでなわけです。
*
これを読んでどう感じ、どう思い、どう考えるかは、その人次第ではある。
アルテックのA4というスピーカーシステムは、ラッパと表現した方がぴったりくる。
変換効率重視のウーファーとドライバー、エンクロージュアはフロントショートホーンで、ホーンは昔ながらのマルチセルラホーン。
周波数帯域も両端ともすっとのびているわけではない。典型的なナロウレンジのスピーカーである。
だからというか、いまどきのハイエンドスピーカーシステムのような細部の表現はしない。しない、というよりもできないといった方がいいのだろうか──、と思いながらも、ここでも瀬川先生が書かれたことを思う。
《楽器をいじる人にきいてもらうと、演奏のテクニックがいちばんよくわかるという》というのは、
別の意味での、別の次元での細部の表現が優れているということではないのか。
一週間後に開催のインターナショナルオーディオショウ。今年、多くの注目を集めるのはB&WのD5シリーズと、JBLのSummitシリーズだろう。
どちらも多くの人がそれぞれのブースに訪れるだろうから、音を聴けるのだろうかと、思ったりもする。
D5シリーズもSummitシリーズも、オーディオ雑誌での評価は高い。ステレオサウンドの冬号の表紙は、JBLだろう。
Summitシリーズのフラッグシップモデルの写真を見ていると、私はつい4343と比較してしまう。
4343の登場から五十年。技術、音の変化以上に、デザインの変化に、思うところがいろいろある。
音を聴けば、それも変化するのだろうか。
JBLの4343は、ステレオサウンド 41号で登場している。1976年12月発売の号である。
二年後の49号の特集は、State of the art(ステート・オブ・ジ・アート)だった。
4343は、State of the artに選ばれている。
4343が名器かどうか。そのことについて書いているわけだが、4343は、いまふり返ってもState of the artだったと思っている。
49号の特集の冒頭は、それぞれのオーディオ評論家による“State of the art”の解釈が載っている。みんな、この解釈の難しさについて書かれていた。
“State of the art”を、どう解釈するかで4343はState of the artなのかどうかは違ってこようが、4343は名器とは少し違うと感じている私は、“State of the art”イコール名器とか解釈していないからこそ、4343はState of the artだと思う。
別項で、「違いがわかっても、違いしかわからなかったりする」を書いている。
この、違いがわかっても、違いしかわからなかったりする人は、レスポンスのいい人とも評価されがちだ。
違いしかわからなくても、少なくとも違いはすぐにわかるのだから、その人はレスポンスがいいのは、その通りだろう。
でも違いしかわからないのであれば、そこにパフォーマンスの高さは、ない。
人に限った話ではない。スピーカーも同じだ。
昨年の11月に、BOSEの901 SeriesVがやって来て、ほぼ一年。タンノイのコーネッタの内側に置いているため、左右の901の間隔は広くない(狭い)。
きちんと鳴らすのであればコーネッタの位置に置きたいところだが、そのためにスピーカーを移動するのは面倒と感じるから、やっていない。
901を頻繁に聴いているわけではないが、901は、その独自のユニット配置によるところが大きいけれど、同じくらいにフルレンジユニットの採用も、また901の大きな特徴だと感じる。
昔の901の広告で、3ウェイのブックシェルフ型スピーカーを九本、901のユニット配置のように三段三列、中央のスピーカーだけ正面を向くように置いた写真があった。
この広告を見た時、この音を聴いてみたいと思った。ほぼ一年間、時々ではあるが901の音を聴いていると、やはりこの広告の音を聴いてみたいと思うが、この「聴いてみたい」はずいぶん変っている。
昔は、901のユニット配置の良さを活かして、となると、この写真と同じことをやった方がいいと思っての「聴いてみたい」だったのが、いまではフルレンジユニットだからこその901の良さを確認するための「聴いてみたい」になっている。
901に搭載されているフルレンジユニットの口径は10cmだから、高域も低域ものびているわけではない。九本のユニットを使っているといっても、一本一本は10cm口径のユニットでしかない。
10cmから16cm口径、20cm口径のフルレンジユニットの音の魅力(ここでのフルレンジは同軸型ではなく、シングルボイルコイルのユニットのこと)は、中低域にあるといえる。
偶数月の日曜日に開催されるサンデー・ほっと。ここでかかる音楽は、当然ながらジャズ主体。
ジャズの熱心な聴き手ではない私には、かなりの曲が初めて聴くものとなる。サンデー・ほっとではプレイリストも用意されているけれど、私にとってはShazam(曲名検索アプリ)が便利でいい。
マニアックな選曲もあって、全てが検索できるとは限らないが、大半の曲はヒットする。すごい、と思うとともに、検索結果の曲の多くはApple Musicでも聴けることが、便利すぎると言いたくなる。
帰宅して全ての曲を聴きなおすわけではないが、気になった曲、アルバムは聴く。
昨日のサンデー・ほっとで、こればかりはアルテックのA4じゃなきゃ、ここまで鳴らないな、と感じたのはアルバム“The Frank And Joe Show”の“66 2/3”だった。
ただ残念なことに、Apple Musicでは聴けない。他のストリーミングでも聴けない。
このアルバムの一曲目、“It Might As Well Be Spring”、他のスピーカーではどんなふうに鳴るのか。
今日(10月11日)は、サンデー・ほっとの四回目だった。
今年4月から本格的に鳴ることになったアルテックのA4。それまでほとんど鳴らされなかったA4が、だんだんと鳴りが良くなってきているように、今日は特に感じた。
その音を聴きながら、ステレオサウンド 9号で、
《JBL、タンノイとくらべると、アルテックは相当変った傾向の音といえる。楽器をいじる人にきいてもらうと、演奏のテクニックがいちばんよくわかるという》
と瀬川先生が書かれていたことを思っていた。
そんなことを思って聴いていたから、そういえる音に近づいているかなぁ、と思ったわけだが、他の人はどう思っていたのかはわからない。
はっきりとそういえる音が、A4から鳴ってきたときこそ、必要とされる音になった、といえるはず。
ひさしぶりに文藝春秋を買った。昨日発売の11月号には、内田光子のインタヴューが載っている。
引用したいこと、書きたいことはいっぱいあるけれど、文藝春秋 11月号を買えば読めるのだから、これだけでいいだろう。
9月30日に落札したサンスイのEC10が、やって来た。ヤフオク!の商品説明にもあったように約一週間かかっての到着。
軒先き渡しなので、しかも大型なので梱包もしっかりしてあって、受け取ったあとは一人で作業。
開梱も、しっかりした梱包だな、と何度も思いながら時間をかけてやっていた。開梱のあとは梱包材の片付けで、あれこれ四十分ほどかかってしまった。
EC10のサイズは、JBLの4343に近い。横幅と高さは少し小さいが、奥行きはEC10の方がある。重量はスピーカーユニットか2220Bだけなので、4343よりは軽い。とはいえ、なかなかの大きさ。
まだスピーカーユニットの換装はしていない。2220Bがついているのを見ていると、私のところにはJBLのホーンとドライバーが三ペアあるから、一度は、JBLでの組合せも鳴らしてみたくなったし、BOSEの901SeriesVを中心に、上はエラックのリボン型、下はEC10+2220Bで補強してみるのも面白そうだと思い始めている。
EC10には、ECシリーズのカタログと取扱説明書も付いていた。カタログには、昔の秋葉原にあった光陽電気の判があった。
ということは、最初のオーナーは東京(もしくは近郊)で購入。その後、引越しされてそこで処分されて買取店に引き取られたのか。
それとも個人売買を経て、福岡あたりまで行き着いたのか。
はっきりとしたことはわからないが、少なくとも東京から福岡に行き、そこでヤフオク!へ出品。それを東京に住む私が落札。
EC10が発売になって、ほぼ五十年。その間にずいぶん移動している。
10月23日から開催のインターナショナルオーディオショウの講演スケジュールが公開されている。
ここ数年、感じているのは、昔は講演スケジュールにはオーディオ評論家の名前がびっしりと並んでいたのが、ここ数年、ゆっくりとではあるが変化している。
オーディオ評論家の名前が減り、自社講演やオーディオ評論家ではないゲストの名前が増えてきている。
オーディオ評論家の話をもっと聞きたい、という人からすれば、昔の方が良かったになるだろうが、私は、この変化はインターナショナルオーディオショウを面白い方向へと変えていくようなに感じている。
今年の講演スケジュールで、個人的に面白そうと感じたのは、昨年と同じになるが、今井商事の是枝重治氏の講演。今年もヴァイタヴォックスのCN191を鳴らす、と聞いている。
それからラッキーインターナショナルの24日の、田中伊佐資氏と吉野俊介氏の回だ。吉野俊介氏はステレオの編集長。ステレオは9月号で「田中伊佐資がやりたかったこと」という特集を組んでいる。
楽しそうな企画だ。
別項で少し触れている毎年恒例のオーディオの人たちの集まり。いろんな立場の方が集まる。
そこで、自作の話が出た。自作をしたことがない人は、オーディオの本当のところがわかっていない──、と。
これはオーディオマニアに対してというよりもオーディオ評論家に向けてのものだった。
この話をしていた二人は、オーディオ評論家と仕事をすることが多い。アルコールも入っての話ではあっても、本音と受け止めていいように感じた。
自作の経験は、本当に必要だろうか。
そう思いもするけれど、半分は同意できないというのが、私の考えだ。
自作といっても、ピンからキリまであって、その幅の広さと奥行きの深さは、そうとうなもので、入り口のところをほんのちょっとだけやっての自作から得られることは、いかほどだろうか。
もちろん、これも人それぞれである。同じ、入り口的な自作の経験であっても、そこから得られることは、その人次第でもあるからだ。
確かに昔のオーディオ評論家は、自作をしていた。ステレオサウンド創刊当時の人たちは、みなそうである。
あまり自作の印象のない人であっても、昔のオーディオ雑誌(ラジオ雑誌)を見れば、この人もアンプの自作記事を発表していたのか、とならはず。
スピーカーの自作で知られる長岡鉄男氏も、スピーカー以外の自作をされていたと、以前メーカーの人から聞いている。
いまステレオサウンドで書いている人たちよりも上の世代では、そのくらい自作があたりまえのことだった。そこには時代の違いが、もちろんある。
オーディオ評論家にも、読者にも世代がある。そんないろんなことを踏まえて、どう考えるか。
岡先生がAKGのK1000について書かれていることで、当時から、もし手に入れたらやってみたいと思っていたことは、次のことだ。
数回引用しているから、またか、と思われるだろうが、それでも読んでほしい。
*
このまったく新しいヘッドフォンを使用中にひとつ新しい発見があった。聴いている音楽を同時にスピーカーからも音を出してみる。それも音量感からいえば、ヘッドフォンを耳で聴いているレベルの数分の1から10分の1ぐらいでよいのだが、このスピーカーの音によって、音場感がひじょうに広くなりパースペクティヴも感じられる。レベル差がひじょうに大きいので定位感はヘッドフォンの音で決まってしまうので、スピーカーに対するリスニング・ポジションを気にすることも必要ではない。今までサテライト・スピーカーを使ったり、いろいろな音場再生を行なってみたことはあるが、ソースのクォリティを損なわず音場感を得られるということは実におもしろい経験でもあった。
*
このことがあるからこその、ここでのテーマ「終のリスニングルーム」でもある。
全帯域をスピーカーから、音量を絞って鳴らすこともだが、サブウーファーで低音だけを鳴らすという手もある。
いまはまだK1000だけの音を楽しんでいるところだが、いずれやる。
そのスピーカーも何がいいのか。スピーカーをかえても、そう大きく変化しないのかするのか。それとピストニックモーションのスピーカーなのか、ベンディングウェーヴのスピーカーなのか。
K1000のユーザーで岡先生と同じことをやっている人はいよう。でも、ベンディングウェーヴでやっている人は、そうはいないだろう。
ステレオサウンドがこれまでに出してきた別冊が何冊になるのか数えていないが、けっこうな数になる。
全ての別冊がステレオサウンド本誌よりもワクワクしながら読んだわけではないが、いくつかの別冊は当時のステレオサウンド本誌と同じくらいか、それよりも面白かったものもある。
どれが面白かったかそうでなかったかは読み手次第のところもある。それでもHIGH TECHNIC SERIESは、多くの人が面白いと感じていたと思っている。
このHIGH TECHNIC SERIESとサンスイのECシリーズは連動しているように、当時から感じていた。
三冊目のトゥイーターの号では、JBLのLE8TをEC20におさめてのトゥイーターの試聴が行われている。
HIGH TECHNIC SERIESは四冊目のフルレンジの号で終ってしまったが、おそらく五冊目ではウーファー、六冊目ではミッドハイ用のホーンとドライバーの試聴だったと思っている。
そうなるとウーファーのエンクロージュアにはECシリーズが使われていた可能性は大きい。
ホーンとドライバーの試聴でもウーファーを決めての試聴になるだろうから、ここでもエンクロージュアはEC10の可能性大といえる。
ECシリーズはEC10、EC20などの第一弾が製造中止になった後、1982年に第二弾として、EC246、EC146、EC138を出してきた。
型番の下二桁の数字が搭載できるウーファーの口径となっている。EC246、EC146は18インチ(46cm)口径ウーファーが搭載でき、サブバッフルを使うことで38cm口径も使えるようになっていた。
HIGH TECHNIC SERIESも続きが出なくなり、瀬川先生がなくなり、ECシリーズも製造中止になり、JBLがサンスイから離れ、サンスイは名前だけになってしまった。
落札したEC10は金曜日に福岡から発送されているが、大型のためと佐川急便が不正アクセスを受けた影響もあってだろうが、まだ到着していない。
いつ頃到着なのか、配達状況をウェブサイトでチェックしようとしても、不正アクセスの影響でできなくなっている。
憧れのオーディオ機器ではないものの、こうやって書いているといろんなことをおもう。