Archive for category 程々の音

Date: 5月 22nd, 2015
Cate: 程々の音

程々の音(その28)

タンノイ・コーネッタをいまでも欲しい気持をつねに感じながら、
この項を書いていて気づいたことがある。

毎日目にしている、
そしていまも目の前に存在感たっぷりにいるHarknessのことである。

15インチ口径のフルレンジユニットのD130と175DLHの組合せ。
バックロードホーンであっても、エンクロージュアのサイズはさほど大きくない。

ユニットの口径こそ違えど、このHarknessも、コーネッタ的スピーカーなのではないか。
そう思えてくる。

バックロードホーンという構造もあって、低域はそれほど下まで延びているわけではない。
高域に関しても175DLHだから、さほど延びていない。
つまりHarknessそのものはナローレンジのスピーカーシステムだし、
「コンポーネントステレオの世界 ’76」巻頭のシンポジウムでは、
Harknessは古い時代のスピーカー代表として登場しているくらいである。

1975年当時で、すでに古い時代のスピーカーを、
その40年後に鳴らすということは、どういうことなのかを考えている。

このHarknessで、鳴らすアンプの組合せをうまく考えれば、
コーネッタを欲しいという気持、コーネッタで鳴らしたいと思っていた音の世界を、
同じように鳴らせるはずである──、そう思えてくる。

Harknessはコーネッタよりも能率が高い。
パワーアンプの出力を欲張らなければ、300Bシングルアンプでもいける。
これもいいな、と思えてくるのだが、
ここで(その24)で書いたことがひっかかってくる。
自分で書いたことが、なにか足枷のように感じられてくる。

ワーズワースの有名な詩句 “plain living, high thinking” をもとに、
“plain sounding, high thinking”と書いた。
この“plain sounding, high thinking”がひっかかってくる。

Date: 3月 25th, 2015
Cate: 程々の音

程々の音(その27)

ガイ・R・ファウンテン氏にとってのオートグラフとイートン。
その関係性について考えていると、まったく同一視はできないことはわかっていても、
ネルソン・パスのことも思い浮べてしまう。

スレッショルド、パス・ラボラトリーズでの大がかりなパワーアンプを生み出す一方で、
いわば実験的な要素の強いパワーアンプを別ブランド、First Wattから出し、世に問うている(ともいえる)。

パス・ラボラトリーズのパワーアンプに使われるトランジスターの数と、
First Wattの、中でもSIT1に使われているトランジスター(正確にはFET)の数を比較しても、
このふたつのブランドのパワーアンプの性格は、それこそオートグラフとイートンほど、
もしくはそれ以上の差がある。

それでもどちらもネルソン・パスの生み出したパワーアンプであることに違いはない。

いわば、これは二重螺旋なのかもしれない。

Date: 3月 25th, 2015
Cate: 程々の音

程々の音(その26)

リビングストンのインタヴューは続く。
     *
これ(オートグラフではなくイートン)はファウンテン氏の人柄を示すよい例だと思うのですが、彼はステータスシンボル的なものはけっして愛さなかったんですね。そのかわり、自分が好きだと思ったものはとことん愛したわけで、そのためにある時には非常に豪華なヨットを手に入れたり、またある時はタンノイの最小のスピーカーをつかったりしました。つまり、気に入ったかどうかが問題なのであって、けっして高かなもの、上等そうにみえるものということは問題にしなかったようです。
 もう一つ、これは率直そのものの人でした。10年前、小型の通信設備をある会社のスペアパーツの貯蔵所に入れる仕事をした後、毎月200ポンドの請求書をずっと送り続けてきました。ある会社とは英国フォードのことで、フォードにとってみれば200ポンドの金額など、それこそ微々たるものだったでしょう。ところが1年経ったのちに、ファウンテン氏は毎日毎日売上げの数字を見ている人ですから、フォード社は200ポンドの代金を1年間未払いの状態になっていることがわかりました。そこで彼は英国フォード社の社長がサー・パトリック・ヘネシーという人だとわかると、このヘネシー卿を個人名で、200ポンドの滞納をしたといって訴えたわけです。ヘネシー卿からはもちろんファウンテン氏にすぐ電話がかかってきました。「あなたは私が英国フォード社の社長だと知って200ポンドの訴えを起こすわけですね」とヘネシー卿がいうと、ファウンテン氏は「滞納すればイエス・キリストだって訴えますよ」といって、さっさと電話を切ったんです。
 実はそのあとで非常におもしろいことが起こったのです。もちろん200ポンドはすぐフォード社から払われましたし、それどころか、フォードが英国に三つの工場を建設した時には、その中の通信設備はことごとくタンノイ社に発注され、額からいうと数十万ポンドの大きな仕事になったわけです。
 このことでもわかるように、ファウンテン氏というのは妥協をすることを好みませんでした。そして、よりよいものに挑戦することを忘れなかったのです。スピーカーについても耐入力100Wができたら今度は150Wができないものかと、常に可能性を追求してやみませんでした。この気質は彼が70歳になっても、74歳になっても衰えず、英国人特有の「ネバー・ギブ・アップ」、常に前進あるのみ、という性格を持ちつづけたのだと思います。
     *
ステータスシンボル的なものをけっして愛さなかったファウンテン氏が、
タンノイにとってのステータスシンボル的なモノ、つまりオートグラフを生み出している。

矛盾しているようであるけれども、リビングストンが語っているように、
妥協を好まず、よりよいものに挑戦することを忘れなかったファウンテン氏だからこその「オートグラフ」、
つまりautograph(自署)であり、
家庭で音楽を楽しむスピーカーシステムとしてのイートンという選択だったように思える。

Date: 3月 24th, 2015
Cate: 程々の音

程々の音(その25)

タンノイ・コーネッタは、どんな音を響かせていたのか。
五味先生が「ピアニスト」の中で書かれている。
     *
待て待てと、IIILZのエンクロージュアで念のため『パルジファル』を聴き直してみた。前奏曲が鳴り出した途端、恍惚とも称すべき精神状態に私はいたことを告白する。何といういい音であろうか。これこそウィーン・フィルの演奏が、しかも静謐感をともなった。何という音場の拡がり……念のために、第三幕後半、聖杯守護の騎士と衛士と少年たちが神を賛美する感謝の合唱を聴くにいたって、このエンクロージュアを褒めた自分が正しかったのを切実に知った。これがクラシック音楽の聴き方である。
     *
こういうのを読むと、ますますコーネッタが欲しくなる。
これまでに何度もコーネッタでいいではないか、
これ以上何を求めるのか。

コーネッタよりも上の世界があるのはわかっているし知っている。
ふところが許す限り、どこまでも上の世界を追い求めたくなるのはマニアの心根からくるものであろうが、
そうでない心根からくるものがコーネッタを欲しがっている。

タンノイの同軸型ユニット、それも25cm口径。
大きくも小さくもないサイズのユニットは、時として中途半端に見えてしまうけれど、
家庭用のスピーカーのサイズとしてはちょうどいいような気もしてくる。

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」のタンノイ号で、
瀬川先生がタンノイのリビングストンにインタヴューされている。
リビングストンが、ガイ・R・ファウンテン氏のことを語っている。
     *
彼は家ではほんとうに音楽を愛した人で、クラシック、ライトミュージック、ライトオペラが好きだったようです。ロックにはあまり興味がなかったように思います。システムユニットとしてはイートンが二つ、ニッコーのレシーバー、それにティアックのカセットです。
     *
誰もが(瀬川先生も含めて)、ファウンテン氏はオートグラフを使われていたと思っていたはず。
私もそう思っていた。けれど違っていた。
イートンだった、25cm口径の同軸型ユニットをおさめたブックシェルフだったのだ。

Date: 9月 7th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その24)

この項の(その1)を書いたのは、
それほど深い意図があってではなく、とにかくタンノイ・コーネッタについて何かを書きたかったから、であり、
コーネッタの最終的な組合せをイメージしてのタイトルとして「程々の音」をつけた。

(その1)を書いたのが2013年12月、半年以上かけて書いているわけだが、
書いている途中で、ワーズワースの有名な詩句 “plain living, high thinking” を何度か思い出していた。

“plain living, high thinking” どう訳すか。
Googleで検索すれば、いくつかの訳が見つかる。
plain livingをシンプルな生活と訳してあるのは、ちょっとひっかかる。

程々の音を直訳的な英語にすれば、moderate soundになるが、
私のなかでは(中途半端な英語だが) “plain living, high thinking” なsound ということに落ち着く。

これではあまりにも中途半端すぎるから、もう少し考えれば、
“plain sounding, high thinking” というところか。
決して “high sounding, high thinking” ではない。

“high sounding, high thinking” があり得ない、といっているのではない。もちろん、ある。
“high sounding, low thinking” があることをいいたいのだ。

Date: 3月 31st, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(平均的な音について)

程々の音をテーマにして書いていて、ふと思ったのは、平均的な音という表現に関して、である。

「平均的な音」。
たとえば、あるスピーカーシステムについて、
この価格帯の、この構成のスピーカーシステムとしては平均的な音がする、といった使われ方が以前はされていた。
スピーカーシステムに限らず、
価格や方式、構成などから推測される音としての「平均的な音」だったのかもしれない。

「平均的な音」。
便利な表現のようでもある。
一見わかりやすい。
なんとなくわかるところがある。
だからそれ以上深く追求せずに読み、受けとり、そのまま使ってしまう。
それもなんとなく使ってしまう、はずだ。

そうやって「平均的な音」が意味するところが、
話しているふたりのあいだになんとなく形成されていくのだろうか。

私がここで書いていて、これからも書いていく「程々の音」は、「平均的な音」のことではない。
けれど、「平均的な音」をなんとなく受けとりなんとなく使っている人には、
もしかすると「程々の音」と「平均的な音」は同じか、そこまでいかなくとも似ている類の音かもしれない。
そう思えなくもない。

「平均的な音」。
いまのところ、これをテーマにして書く予定はないけれど、
これから先あれこれ書いていく途中で、面白いテーマにつながっていきそうな気がしないでもない。

Date: 2月 9th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その23)

コーネッタの組合せを考え書いてきた。
もう少し全体の価格を抑えたいという気持はあったけれど、
コーネッタをうまく鳴らしたいという気持が強くて、
組合せの価格としては、それほど抑えたものとはいえなくなってしまった。

とはいえ昨今の、おそろしく高価なオーディオ機器(中には理解不能な高価なモノもある)からすれば、
現実的な価格の範囲には収まっている。

このコーネッタを中心としたシステムであっても、
オーディオマニア以外の人からみれば、かなり高価なシステムであり、
価格を抑えたシステムとは映らないのもわかっている。

そういうシステムを、この「程々の音」とつけて書いているのは、
このシステムならば、グレードアップをはかろうという気にさせないのではないか──、
そんな気がするからでもある。

「五味オーディオ教室」を読んで始まった私のオーディオは、
エスカレートしていくばかりだった。
そのことを後悔しているわけではないけれど、
以前書いたように、母の希望でもあり、私もある時期目指していた教師になっていたら、
東京に出てくることもなかったし、家庭をもち、
ここで書いてきたコーネッタのシステムをつくりあげたら、
そのままレコードを聴くことを楽しんでいたのではないのか。

地方公務員の給料で、家族に迷惑・負担をかけることなく、
音楽を聴くことを楽しむのに、コーネッタのシステム以上のものは、どれだけ必要なのだろうか。

日本では「音は人なり」が時として、悪い方向で使われることがある。
程々の音で聴いているということは、程々の人である、
最上(極上)の音で聴いている私は、最上(極上)の人である──、
ここまであからさまに意識していなくとも、「音は人なり」のそういう解釈もまた存在している。

Date: 2月 3rd, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その21・補足)

その21)を書きながら、
コントロールアンプに関しては、他にもいい候補がありそうな気がするけれど……、
思い出せないもどかしさがあった。

なんだろうな、何があったか、としばらく思い出そうとしていた。
やっと先ほど思い出せた。

プレシジョン・フィデリティのコントロールアンプC4である。
C4は1978年に登場している。
ゴールド仕上げのフロントパネルをもつ管球式アンプである。

プレシジョン・フィデリティは、スレッショルド社長のプライヴェートブランドだったらしい。
価格は550000円だった。

C4の製品寿命は短かった。
ローコストモデルのC7は聴く機会があったけれど、C4はなかった。

ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’79」の巻頭記事、
「’78コンポーネント界の動向をふりかえって」のなかで、瀬川先生が書かれている。
     *
プレシジョン・フィデリティのコントロールアンプは、管球特有の暖かい豊かさに、新しい電子回路の解像力の良さがうまくブレンドされた素晴らしい音質と思った。残念な点は、パネルフェイスが音質ほどには洗練されていない点であろう。そのことが残念に思えるほど逆に音はすばらしい。アキュフェーズC240と並んで、78年度注目のコントロールアンプといえそうだ。
     *
このC4とマイケルソン&オースチンのTVA1の組合せは、どんな音を聴かせてくれただろうか……。

Date: 1月 16th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(続々・余談)

フロントショートホーンがなければ、
同じ音圧を得るためには振動板の振幅は大きくなり、つまり振動板はより速く前後に動かなければならない。

コーネッタのホーンは短い。
これでどれだけのホーンロードがタンノイの同軸型ユニットの振動板に対してかかっているのか。
はっきりとしたことはなんともいえないけれど、それほど大きなホーンロードとは思えない。

仮にある程度のホーンロードがかかっていて、
それが多少なりとも振動板とエッジに対して負担が増すことになっていたとしても、
フロントショートホーンがなければそれだけアンプのパワーを必要とし、
振動板の振幅が増すことは、エッジの負担が増すことでもあり、
実際にエッジに対して、どちらのほうが負担が大きく、傷みが早くなるのだろうか。

人はそれぞれの経験から、こうするとこうなるとか、
ああすればこういう結果になる、とかをいうものだ。

このエッジの傷みに関することも、少なくとも誰もきちんとデータを持って発言しているわけではない。

同じロットのタンノイのユニットを二本用意して、
同容積のエンクロージュアに取り付けて、同じ音圧で鳴るようにしておく。
それでずっと鳴らしぱなしにしておいて、どちらが早くエッジが傷むのか、
それとも差はないのか、実験してみるしかない。

いまさらこんな実験をやるところもやる人もいないだろう。
つまりは誰にも、はっきりとしたことはわからないわけだ。

はっきりとしないことを心配するのを悪いとはいわないけれど、
使っている以上は傷みは発生していくものである。
未使用の状態で保存していたからといって、長年保管していたスピーカーは、
新品とはいえないのがほんとうのところである。

どんなモノもどんな使い方をしても、傷んでいく(性能が落ちていく)。
そしてこわれていく。

それならば……、ではないだろうか。

Date: 1月 15th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(続・余談)

コーネッタのホーンは全長127mm。
このホーンの長さのコーネッタが、ステレオサウンド 38号に載っているモノ。

実際にSSL1という型番で市販されたコーネッタでは、
エンクロージュアの構造との兼ね合いもあり、約110mmに変更されている。

コーネッタの設計段階で、ホーンの検討のために試作されたのは、
カットオフ周波数200Hz全長762mmのコニカルホーンで、
これをベースに全長を1/2、1/4、1/8、1/16と短縮して測定されている。
その実測データはステレオサウンド 38号に載っている。

127mmは、762mmの1/6の長さである。

コーネッタのフロントホーンは、短い。
まさしくフロントショートホーンである。

それにユニットの前面をいったん絞っているわけではない。
いわゆるコンプレッションドライバーとホーンの組合せとは、ここが大きく違う。

そして38号には、フロントショートホーンの有無による周波数特性の変化を示すグラフが載っている。
これをみれば、100Hzから1.5kHzにかけてホーンによる音圧が上昇している。
100Hzあたりでは上昇はわずかだが、もっとも上昇している周波数において、約5dBの差がついている。

ようするに音圧がこれだけ上昇すればその分アンプの出力は小さくてすむ。
同じ音量を得る場合にも、フロントショートホーンがついていれば、パワーは小さくていい。
それはコーン(振動板)の振幅が小さいということである。

Date: 1月 15th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(余談)

この項で書いているコーネッタはフロントショートホーン付のエンクロージュアである。

ホーンがついているからホーンロードがユニットにかかる。
そのためエッジを傷める──、
今回、この項を書いていて、そういう説が世の中にあることを知った。

これと同じことで思い出したことがある。

遠くの人を呼ぶ時に両手を口の周りにもってきてメガホンのようにする。
こうするとホーンロードが喉に負担を与えて、こうやって話しつづけると喉が痛くなるでしょう、
というものがある。

いかにももっともそうな理屈で、意外にもこれに納得している人がいるようだが、
ほんとうにそうなのだろうか。

遠くの人を呼ぶ時には両手でメガホンをつくるだけでなく、大きな声をだしている。
喉を痛めるのは、ホーンロードによる喉の負担が増して、ではなく、大きな声を出しているからではないのか。

手でメガホンをつくって、ふつうの大きさの声で話す、としよう。
メガホンがあることで音(声)が周囲に広がってしまうのはなくなる分だけ、
聞き手に届く声は大きくなっている。
相手に同じ音の大きさで声を届けるのであれば、メガホンなしよりも小さな声ですむ。

これはホーンがついているスピーカーでも同じことである。

Date: 1月 10th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その22)

こんなふうにコーネッタのことを書いていくのは、思っていた以上に楽しい。
そしてタンノイが、いまコーネッタを作ってくれないかな、とも思ったりする。

アルニコ磁石の10インチの同軸型ユニットを搭載して、
いまの時代コーナー型というだけで拒否反応が出るかもしれないから、
オートグラフがウェストミンスターになり、
コーナー型からレクタンギュラー型に変更されたように、
コーネッタもレクタンギュラー型になってもいいと思う。

ただしフロントショートホーンだけは絶対に譲れないけれど。

あと鍵付のサランネットは無しにしてほしい。

でもタンノイがコーネッタを作ってくれることは、可能性としてはまったくゼロに近い。
ならば以前のようにスピーカーユニットを単売してくれないだろうか。

ユニットが手に入れば、コーネッタを現代に甦らせることはそれほど大変なことではない。

こんなことも夢想しながら、なぜこんなにもコーネッタのことが、いまも気になっているのだろうか。
その理由も書きながら考えていた。

Date: 1月 9th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その21)

何もコーネッタとほぼ同時代のアンプにこだわっているわけではない。
いいアンプであれば時代は問わない。
にも関わらず、私の中ではコーネッタを鳴らすアンプとして、
トランジスターならスチューダーのA68、真空管ならマイケルソン&オースチンのTVA1が、まずある。

ではコントロールアンプはなんなのか。
スチューダーは業務用ということもあってコントロールアンプはない。
TVA1には一応あることにあるけれど、クォリティ的にTVA1と合わない。

瀬川先生は「コンポーネントステレオの世界 ’77」ではマークレビンソンのLNP2を、
A68と組み合わされているわけだし、LNP2とA68、確かにいい組合せとも思う。

TVA1には瀬川先生はアキュフェーズのC240をもってこられている。
これもいい組合せだし、どちらがいい組合せということも決めるようなものではない。

ただLNP2は、ここでの組合せにはやや高すぎる。
A68の、ほぼ倍の価格である。
となると、C240とA68の組合せはどうだろうか。
合うような、うまくいかなそうな、なんともいえないけれど、候補としては残しておきたい。

LNP2が高すぎるから、といって候補から外しておきながら、
コーネッタの価格からすれば、C240とTVA1、C240とA68にしても、
アンプにシステム全体からすれば重きをおきすぎている。

このふたつのアンプの組合せを高すぎるとしたら、
いっそのことプリメインアンプでまとめたほうがいい気もする。

──こんなふうにコーネッタの組合せを、頭の中で組み立てている。
人はどうなのかわからないけれど、私は組合せをあれこれ考えていくのを楽しみとしている。

オーディオ機器の中には、こうやってこちら側の想像を逞しくしてくれるモノが、
いつの時代にも存在している。

Date: 1月 5th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その20)

瀬川先生がSAEではなくスチューダーにされた第二の理由は、ファンの有無である。

Mark2500には冷却用のファンがついていた。
当時の輸入元であったRFエンタープライゼスでは、
より静かなファンに置き換えていたようだが、それでもファンが廻れば無音というわけにはいかない。

しかも室内楽を大音量で聴く人はまずいない。
室内楽を静謐な、求心的な音で聴く場合、その音量はおのずと決ってくる。

それにA68はMark2500よりも小さい。
Mark2500はW48.3×H17.8×D40.0cm、A68はW48.3×H13.3×D33.5cmである。

だいたいイギリスのスピーカーに、あまり大きなパワーアンプは似合わないし、
組み合わせたいとも思わない。

そんなもろもろのことを考えても、
1980年以前において、コーネッタにA68ほどふさわしいパワーアンプはなかった、と思う。

いまもしコーネッタを鳴らすことがあったら、A68を外すことはない。
そして、もうひとつA68とともにいまでもコーネッタを鳴らしてみたいアンプの筆頭は、
マイケルソン&オースチンのTVA1である。

Date: 1月 5th, 2014
Cate: 程々の音

程々の音(その19)

スチューダーのA68は、
私がコーネッタの存在を知るきっかけとなった「コンポーネントステレオの世界 ’77」に登場している。
瀬川先生の組合せにおいてである。

室内楽を静謐な、しかも求心的な音で聴きたい、というレコード愛好家のための組合せで、
スピーカーはタンノイのアーデン、
これを鳴らすためにA68、それにコントロールアンプはマークレビンソンのLNP2である。

このころの瀬川先生はLNP2にはSAEのパワーアンプ、Mark2500を組み合わせることが常だった。
だから、この組合せの記事でも、なぜMark2500ではなくA68なのか、について語られている。
     *
マーク・レビンソンのLNP2に組合せるパワーアンプとして、ぼくが好きなSAEのマーク2500をあえて使わなかった理由は、次の二点です。
第一は、鳴らす音そのものの質の問題ですが、音の表現力の深さとか幅という点ではSAEのほうがやや優れているとおもうけれど、弦楽器がA68とくらべると僅かに無機質な感じになる。たとえばヴァイオリンに、楽器が鳴っているというよりも人間が歌っているといった感じを求めたり、チェロやヴァイオリンに、しっとりした味わいの、情感のただようといった感じの音を求めたりすると、スチューダーのA68のほうが、SAEよりも、そうした音をよく出してくれるんですね。
      *
いうまでもなくアーデンもタンノイだ。
コーネッタもタンノイだ。

タンノイのスピーカーに、どういう音を求めるのかが、アンプ選びに関わってくる。
コーネッタで、どういう音楽をどう聴きたいのかまでは、
コーネッタを知ったばかりのころは深くは考えていなかったけれど、
それでもコーネッタでは聴かない音楽、コーネッタに求めない音はなんとなくわかっていたように思う。

だからコーネッタにはA68を組み合わせたい、と、
コーネッタについて知りはじめたころから、そう思うようになっていた。