Archive for category 岡俊雄

Date: 12月 7th, 2017
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その12)

岡先生は映画畑の人だった。

昨晩のaudio wednesdayでショルティのマーラーの二番をかけたあとの
「一本の映画を観ているようだった」の感想を聞いて、ふと岡先生のことをおもっていた。

岡先生がショルティの演奏を高く評価されていたことは、
ステレオサウンドを読んできた人ならば知っているはずだし、
ここでも何度か書いている。

「一本の映画を観ているようだった」をきいて、
もしかして、そうだったのかも……、おもった。
そういう面を、岡先生は感じとられていたのだろうか、と。

Date: 6月 9th, 2015
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(続々続・岡俊雄氏のこと)

菅野先生が、以前次のような発言をされている。
     *
たとえば同じクラシックのピアノ・ソロであっても、ぼくはブレンデルだとわりと小さい音で聴いても満足できるんだけれども、ポリーニだともうちょっと音量を高めたくなるわけです。
(ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’82」より)
     *
菅野先生の指摘されていることは、多くの人が無意識のうちにやっていることだと思う。
私も、いわれてみれば……、と思った。

岡先生はショルティとアシュケナージを高く評価されていたことは、以前書いた通りだ。
ショルティは、私の中では音量をけっこう高めにして聴きたくなる指揮者である。
ショルティのマーラーは、他の指揮者のマーラーよりも大きくしたくなるところがある。

これはすべての人に共通していえることなのか、そうでないことなのかはわからないけれど、
ショルティのマーラーをひっそりと鳴らしても……、とやはり思ってしまう。

アシュケナージは、どうなんだろうと、いま思っている。

意外に思われるかもしれないが、
岡先生はけっこうな大音量派だった。
岡先生の音を聴いたとき、その音量に驚いたことがある。

驚いたあとで、そういえば……、と思い出していた。
これも「コンポーネントステレオの世界 ’82」に載っていることだ。
     *
 ぼくは自分の部屋で、かなりレベルを上げて聴いて、ワイドレンジで豊かな感じを出したいなということでいろいろやってきて、専門的な言葉でいえば、平均レベルが90dBぐらいから上でピークが105dBから、場合によると110dBぐらいのマージンをもつ、ピアニッシモは大体50から55dBぐらいで満足できるような、その程度のシステムで聴いていた。わりと庭が広いので、春さきから秋にかけては窓をあけっぱなしにして聴いていたのです。
 隣の家までかなり距離はあるんですけれども、隣の家が改造して、昔は台所があってその向こう側に居間があったのを、こんどは居間を台所の横に移しちゃったんです。それでうちでデカイ音を出すと、平均レベルで90dB以上でピークで100dBを超えたりすると、モロにいくわけですね。それぐらいでやっていたら、ある日突然電話がかかってきて、お宅の音がうるさくて困ると、クレームがきてしまった(笑い)。
     *
これを読んでいたことを忘れていた。
そうだそうだ、岡先生はけっこう大音量派なのだ、ということを思い出していた。

だから岡先生もショルティはかなり大きめな音で聴かれていたように思う。
アシュケナージはどうだったんだろうか。
ショルティのマーラーほど大きくはなくても、他のピアニストよりも大きめの音量だったのだろうか。

Date: 11月 24th, 2013
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(続々・岡俊雄氏のこと)

やわらかい音が出れば、アシュケナージの、このときのピアノの音が再現できるというものではない。
マシュマロのような、といっても、それはあきらかにピアノから立ちのぼってくるやわらかい音なのである。

アシュケナージのレコードは、それほど多くはないけれど、
このコンサートの後に聴いてきた。
ふり返ってみると、ほんとうに数えるほどの枚数である。

あのコンサートでのアシュケナージのピアノの音は、
アシュケナージ本来の音なのであろうか、という疑問もある。

アシュケナージというピアニスト、
当日演奏に使われたピアノ、
コンサートホールの音響特性、
それに私がいた二階席。
こういった要素が偶然うまく絡みあっての、あのときの音になっていた可能性だって排除できない。

それはわかっていても、一度でも聴いて、はっとさせられた音は忘れられるものではないし、
アシュケナージのレコードを聴けば、どうしても、あの音を思い出すし、
それはスピーカーから出る音としては、いまのところ無理なのかもしれない。

そんなことがあったからアシュケナージのレコードは、いつのまにか遠ざけるようになったのかもしれない。

Date: 11月 23rd, 2013
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(続・岡俊雄氏のこと)

アシュケナージ以前にも、ピアノのコンサートには数えるほどではあったが、行ってはいた。
アシュケナージの後にも、もっと多くのピアノのコンサートには行っている。

こと音に関してだけでいえば、アシュケナージの、このときのコンサートほど印象に残っているものはない。

アシュケナージの演奏を聴きながら、
ピアノの音に驚いていた。
ピアノから、こういう音が鳴ってくるのか、
こういう音をなんと表現したらいいのだろうか。

もうこうなるとアシュケナージの演奏を聴いている、というよりも、
アシュケナージの弾くピアノの音を聴いていた、というべきだろう。

しばらく考えていた。
浮んできたのは、マシュマロをおもわせる音、だった。
まるくやわらかく、ふわっとしている。
一音一音が、すべてそんな感じでピアノから上に向って、音が浮んでくる。
そんな感じだった。

マシュマロのような音だ、と思った次の瞬間におもっていたのは、
こういう音は、スピーカーからは出せないだろう、
どこまで技術が進歩したらスピーカーから、このときのアシュケナージのピアノの音が再現できるようになるのか、
そんなことをぼんやり考えていた。

Date: 11月 23rd, 2013
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(岡俊雄氏のこと)

岡先生のことを書いていると、
やはりアシュケナージのことが頭に浮んでくる。

岡先生のステレオサウンドの連載、クラシック・ベスト・レコードを読まれてきた人ならば、
岡先生がショルティ、アシュケナージを高く評価されていることは気づかれている。

クラシック・ベスト・レコードは私が担当していた。
見出しにショルティ、アシュケナージの名を書いたこともある。

当時私は20代前半。
ショルティもアシュケナージも、岡先生がいわれるほど素晴らしい演奏をするとは感じられなかった。

ショルティに関しては、30代後半ごろから、
なかなかいい指揮者なんだ、と思うようになり、
40もこえると、個人的にショルティ再評価ということになっている。

アシュケナージは、というと、ほとんど、というより、まったく聴いていない。
聴かなければ再評価もできないわけで、
怠慢な聴き手の謗りを甘んじて受けようとも、なぜかアシュケナージを聴こう、
まして聴きたい、とは思えない。

そんな私でも1981年ごろだったか、
アシュケナージのコンサートに行っている。
後にも先にもアシュケナージのコンサートに行ったのは、この時だけである。

ホールがどこだったのかも忘れてしまった。
ただ二階席で聴いていたことだけは、はっきりと憶えている。
そして、そのときのアシュケナージのピアノの音は、もっとはっきりと憶えている。

Date: 11月 17th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その11)

黒田先生は、岡先生の「本物の、筋金入りのサーヴィス精神」について書かれたのに続いて、
「岡さんは若い。それが岡さんの最大の魅力のひとつであり、
それがまたこの本の説得力をたかめる要因になっている」
と書かれている。

私がステレオサウンドにいたとき、
編集部に遊びにこられた回数がいちばん多かったのは岡先生だった。
岡先生は藤沢にお住まいだった。

そのころ編集部のあった六本木と藤沢はけっこう離れている。
それでも都内にほかの用事があって来られる時は、ふらっと編集部に寄られていた。

ある時、試写会で観たばかりの映画について話された。
その映画の主役の俳優について、将来きっと有名になる、
つまりスターとしての華がある、といったことを黛さん相手に楽しそうに話されていた。

映画のストーリーよりも、その役者についての話の方が多かったように記憶している。
だから、その映画が公開になって観に行った。
「卒業白書」という映画だ。
1983年の映画で主役はトム・クルーズ。

トム・クルーズは「卒業白書」でゴールデングローブ賞 主演男優賞にノミネートされた。

この映画を観ながら、岡先生はこういう映画も楽しまれるのか、と思っていたし、
その後トム・クルーズが大スターと呼ばれるようになっていくのをみるにつれ、
岡先生のいわれたとおりだ、とも思っていた。

Date: 11月 16th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その10)

岡先生の「本物の、筋金入りのサーヴィス精神」は、
Deliusをデリウスと安易に書いてしまうような人には、到底無理なサーヴィス精神といえよう。
Deliusをデリウスとしてしまう人のは、「あちこちにごろごろしているプラスティックのサーヴィス精神」であり、
どんなに彼がサーヴィス精神を発揮しようとも、
プラスチックのサーヴィス精神は「本物の、筋金入りのサーヴィス精神」になることはない。

黒田先生は1981年の時点で、プラスチックのサーヴィス精神が「あちこちにごろごろしている」とされている。
いまは30年前よりも、もっともあちこちにごろごろしているのではないだろうか。

何をモってプラスチックのサーヴィス精神と判断するのか、
本物の、筋金入りのサーヴィス精神とするのか。
それは人によって異ることなどない、と思いたいのだが、
どうも実際にはそうでもないように感じることもある。

私がプラスチックのサーヴィス精神だと感じている人がいる。
その人の書いたものを信用することなど私にはまったくないけれど、
意外にも、その人が、いまオーディオ評論家と呼ばれている人の中で読者から信用されていることを、
インターネットでみかけたりすると、がっかりするではなく、
それは驚きであるし、理解できないことでもある。

いま「本物の、筋金入りのサーヴィス精神」を持っている人、
つまりは「本物の、筋金入りのサーヴィス精神」を行うには、
調べられることは徹底的に調べる精神が必要であるわけだが、
そういう人がいるのだろうか。

いなくなったからこそ、
「あちこちにごろごろしているプラスチックのサーヴィス精神」によって書かれたものばかりになり、
そのプラスチックをガラスをみせかけようとしている人が信用されているのかもしれない。

Date: 11月 16th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その9)

Deliusをデリウスを書いてしまう人と違い、岡先生は調べられることは徹底的に調べる人である。
もっともDeliusをデリウスを書くようなことは、徹底的に調べなくとも少し調べるだけで避けられること。

徹底的に調べる、ということは、あるひとつのことについて調べていても、
それに附随・関連するいろいろなことを知り、またそれらについて調べていくことでもある。

そういう岡先生の本だからこそ、といえるところが「マイクログルーヴからデジタルへ」にはある。
これについて黒田先生はこう書かれている。
     *
 そしてもうひとつ、どうしても書いておかなければならないことがある。岡さんの、決して押しつけがましくならない、相手にそれと気どられることさえさけようとする、いかにも岡さんらしいサーヴィス精神である。サーヴィス精神という言葉は、昨今、ひどく安っぽくつかわれることが多いが、岡さんのサーヴィス精神は、あちこちにごろごろしているプラスティックのサーヴィス精神ではなく、本物の、筋金入りのサーヴィス精神である。
 岡さんの本の、ほとんどすべての偶数ページの下段に、さまざまなレコードのジャケット写真と、そのレコードについての二五〇字前後のコメントが印刷されている。たとえば、こんな具合にである──「ワイル《三文オペラ》ロッテ・レーニャ、他(米キャピトルP8117、1950年12月)この《三文オペラ》は1930年に映画化されたときのメンバーによる4枚組SPがオリジナル。のちに独テレフンケンが30cm片面にして出している。ジャケットの裏に3、500と値段が鉛筆で書いてある。昭和26年の輸入盤LPが当時の物価から見ればずいぶん高いものだったことを改めて思い出す。しかもこのレコードは両面で27分足らずしか入っていなかった」(同書、二二一ページ)。そして、そのページの本文では、当然のことに、そのレコードについても、ふれられている。
 読者は、本文を読みつつ、同時に、下段のジャケット写真をながめ、それにそえられたコメントに目を走らせて、いってみれば立体的なたのしみをあじわうことになる。まことに岡さんらしい、岡さんならではのサーヴィス精神の発露というべきではなかろうか。
     *
「マイクログルーヴからデジタルへ」の偶数ページの下段のレコード紹介は、
本文と同じくらいに楽しめる内容だった。
モノクロで、決して解像度の高い写真ではないけれど、ジャケット写真を見て、
それらのレコードを、ほぼすべて発売時に聴かれてきた岡先生のコメントは、
岡先生よりもずっと後の時代に生れ、いわば後追い体験している者(私)にとっては、興味深くもあった。

これに関しては読み手の世代によって違いがあろう。
黒田先生はこんなふうに書かれている。
     *
ああ、そういえばこういうレコードがあったと、過ぎた日に輸入レコード店の店頭でながめ、しかし買うことままならずながめるだけですまさざるをえなかったレコードを、そのジャケット写真は思い出させてくれる。
     *
黒田先生と私は27違う。
東京生れ東京育ちの黒田先生とは、この部分でも違うのだから。

Date: 10月 28th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その8)

ずっと以前の話。
dCSからElgarに続くD/AコンバーターとしてDeliusが発表になったときのことだ。
このDeliusが登場することをいち早く掴んで、あるオーディオ雑誌に記事を書いていた人がいた。

このころはインターネットはあったのだろうが、普及はしていなかった。
ほんの一部の人のものだったし、オーディオメーカーのサイトも存在していなかった。

だから、その人は得意満面だったのかもしれない。
ただ、そこにはDeliusが、デリウスと表記されていた。
いうまでもなくDeliusは、ディーリアスである。

最初D/Aコンバーター、Elgar(エルガー)がイギリスの作曲家だということを誰でもわかることだし、
おそらくその人もそのくらいは知っていたはずだ。
ならば第二弾のDeliusも、イギリスの作曲家だということはすぐに見当がつくはず。

Deliusが昔はデリアスと表記されていたことは知っているが、
それはそうとうに昔のことであって、少なくとも私がクラシックを聴き始めたころには、
すでにディーリアスと表記されていた。
それにケイト・ブッシュの三枚目のアルバム、Never for everの中に、Deliusという曲がある。
日本盤の対訳にも、ディーリアスと表記されている。

ちなみに私は、ケイト・ブッシュのDeliusで、フェンビーの存在を知った。

Deliusをディーリアスでもなく、デリアスでもなく、デリウスと書いた人は、
クラシックをまったく聴かない人なのだろう。
それにケイト・ブッシュも聴いていなかった人なのだろう。

Deliusの読み方がわからなかったら、誰かに訊けばいいのに……、と思う。
きくのが恥ずかしかったら、Deliusと英語表記のままにしてしまえばよかったのに、
わざわざ自分で読みを考えたのか、間違ったおかしなカタカナ表記にしてしまっている。

知ったかぶりをしなければ、この人は尻尾を出すことはなかったのに、
海外の最新情報に詳しいということを誇示したいためだったのか、
こういうことになってしまった。

それにしても、いじわるなのは編集部だとも思う。
編集部にはクラシックを聴く人もいたはず。
にも関わらずDeliusをデリウスのまま活字にしてしまうのは、
読者に対して筆者の尻尾を気づかせるためなのだろうか、と勘ぐってしまいたくなる。

Date: 10月 27th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その7)

ステレオサウンド 60号の黒田先生による「岡さんの本」の文章は頷くところが多々ある。
その中でも、深く頷いてしまったところは、このところだ。
     *
 オペラには、そしてオペラの全曲レコードには、いろいろややこしいことがある。したがって、にわかじたてのしったかぶりは、オペラやオペラの全曲レコードについてとやかくいったときに、かならずといっていいほど尻尾をだす。「あの『リゴレット』のレコードのコーラスはいいね、特にソプラノやアルトの女声が……」といったおっちょこちょいの阿呆が、かつていた。先刻ご承知の通り、「リゴレット」の合唱は男声だけである。オペラについてわかった風なことをいおうとすると、そういうことになる。
 岡さんは、そういう意味で、決して尻尾をださない。いや、ださないのではない、だしたくとも、岡さんには尻尾がないのである。はっきりと、「まるっきりオペラを聴いていないわけではないが、ぼくの経験はすこぶる貧弱ではある」と、謙遜にすぎるのではないかと思うが、岡さんは書く。しかし、調べられることは徹底的に調べる。したがって、読者は、そこで、著者である岡さんの書かれることのすべてを信じるようになる。著者と読者の、信頼に裏うちされた会話がこの本で可能なのは、そのためである。
     *
ここにあるとおり、岡先生は「調べられることは徹底的に調べる」人である。
だからこそ、岡先生の部屋には、「沢山のレコードがあり、沢山の本があった」と黒田先生が書かれているわけだ。

他の人だったら、ある程度信用できる人が話してくれたことならば、そのまま書いてしまうことだってある。
いわゆる裏を取ることをせずに書いてしまう。
岡先生は、これを絶対にやらない人だった。

そういう岡先生だからこそ、いまも健在ならインターネットのことをどう活用されただろうか、と想ってしまう。

オーディオ雑誌になにかを書いている人たちも当然インターネットを利用している。
中には最新情報を得ることに、ほかの人よりもいち早く情報を得ることに汲々としている人もいることだろう。

そういった情報先取り自慢など、岡先生はされない。

Date: 10月 25th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その6)

JBLにジョン・アーグル(John M.Eagle)という人がいた。
1975年にJBLに入社、最終的には顧問となった人だ。

ジョン・アーグルは何度か日本にきているのので、
オーディオ雑誌の記事にも何度か登場しているし、プロフェッショナルの分野でも著名な人で、
「ハンドブック・オブ・レコーディング・エンジニアリング」の著者でもある。

以前はハーマンインターナショナルのサイトに、ジョン・アーグルについてのページがあったのだが、
いまはどうもなくなっているようだ。

JBLには何人もの著名な人がいる。
ジョン・アーグルもそのひとりであり、もっとも名の知られている人といっていい。

そのジョン・アーグルが、岡先生のことをDr.Oka(ドクター岡)と呼んでいた話を、聞いている。
ジョン・アーグルは、岡先生どういう人なのかがすぐにわかったのだと思う。
だから、Dr.Okaと、アーグルはそう呼んだのだろう。

とにかくアーグルは岡先生を敬服していた、ときいている。
驚いていた、ともきいている。
そうだと思う。

知ったかぶりの人には岡先生のすごさはわからない。

黒田先生が書かれている。
     *
岡さんは、決して大袈裟な、思わせぶりなことをいわない。資料を山とつみあげて苦労の末さがしあてた事実をも、さらりとなにげなく書く。
 この本はそうやって書かれた本である。一行一行がどしりと重い。したがってこの本は、その重さを正しく計って読むべき本である。レコードについて多少なりともつっこんで正確に考えようとする人にとって、この本は、常に身近におくべき本である。そして、ことあるたびごとに、くりかえし読みたくなる本である。
    *
「つっこんで正確に考えようとする人」、
そういう人であればあるほど岡先生のすごさはわかってくる。
だからジョン・アーグルは、そう呼んだ、とおもう。

Date: 10月 22nd, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その5)

バーナード・ベレンソンの「ルネッサンスのイタリア画家」も、
黒田先生が書かれている、この部分に関係してくる。
     *
 そのときをきっかけに、ときおりお招きをうけて、藤沢の岡さんのお宅にうかがうようになった。岡さんのお宅にうかがうのは、いつだって、スリリングなことであった。いまもなお岡さんのお宅にうかがうと、かならず、驚きをポケットにしまっておいとますることになる。岡さんは、仰々しいこと、もっともらしいことを嫌悪なさるので、いつでもさりげなくではあったが、実に多くのことを教えて下さった。おそらく、ご自身、大変なご苦労のすえさがしあてられたにちがいない参考文献を、なにげなくみせて下さったりした。すかさずその本のタイトルと出版社をメモさせていただいたことが、これまでに何度あったことか。
     *
世の中には、実にもったいぶる人が少なからずいる。
そういう人は、何事に関してももったいぶる。
もったいぶることが、賢いことだとでも思っているのかどうかはわからないけれど、
もったいぶることにつきまとういやらしさを、そういう人はまったく感じていないのだろうか。

岡先生は、そういう人ではないことは、
書かれているものを読んでいれば伝わってくるし、
黒田先生の文章からもはっきりと読みとれる。

岡先生は「マイクログルーヴからデジタルへ」の中でも書かれているし、
ステレオサウンド連載のクラシック・・ベスト・レコードの中でも、
オペラについての経験量の不足と、不勉強であることを度々書かれている。

これをそのまま信じていた人もいるだろうが、
岡先生の「不勉強」は、岡先生の律義さ・誠実さである。
これに関するところも黒田先生の文章から引用しておく。
     *
 岡さんのすばらしさ、そして岡俊雄氏のすごさは、ここにある。岡さんは、いかなる場合にも、しったかぶりをしない。しらないことはしらないという。ご自分が「不勉強」と思えば「不勉強」と書く。その律義さというか頑固さが、岡さんを、さらに犯さんの本をつらぬいている。この本を読んでのすがすがしさ、さわやかさ、気持のよさは、そういう岡さんの頑固さによる。そして、このすがすがしさ、さわやかさ、気持のよさは、岡さんに直接おめにかかっているときにいつでも感じるものである。
     *
岡先生が「不勉強」と思われているゆえの「不勉強」であり、
クラシック・・ベスト・レコードをずっと読んできた読者ならば、
岡先生のどこが「不勉強」なのかと思われてきたはずだ。

Date: 10月 21st, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その4)

岡先生とはどういうひとだったのか。
黒田先生の文章からいくつかひろってみよう。
     *
 あるとき、岡さんのお宅で、バーナード・ベレンソンの「ルネッサンスのイタリア画家」という本をみせていただいていた。その本のことはしってはいたが、実物をみるのははじめてであった。いい本であった。ほしいと思ったが昭和三六年にでている本であるから、手に入れるためには古本屋を丹念にみてまわる必要があった。それから数日して、岡さんから電話をもらった。高田馬場のさる古本屋に、新本同様の状態のベレンソンの本があると、ぼくに教えて下さるための電話であった。さっそく出かけて買ってきたのはいうまでもない。値段も思いのほか安かった。岡さんという人はそういう人である。ご自身も好奇心が旺盛であるから、他人の好奇心に対しても理解が深い。
 しかし、そのベレンソンの本のときは、ぼくが雑事にまぎれて古本屋まわりをできないでいるうちに、岡さんに先を越されて、岡さんの親切に感謝し、岡さんの熱意に感激しながらも、恥しかった。岡さんのすごさをあらためて思わないではいられなかった。
     *
岡先生は1916年、黒田先生は1938年の生れであるから、
22の歳の開きがあり、親子ほどの、といってもくらいである。

しかも岡先生は神奈川・藤沢にお住まいだった。
黒田先生は東京・東中野だから、高田馬場まではわずかな距離である。
藤沢と高田馬場はけっこう離れている。

にもかかわらず、岡先生は、ご自身はすでに所有されているベレンソンの本を、
黒田先生のために古本屋まわりをされている。
それも数日しか経っていないのに。

黒田先生が「恥しかった」と書かれるのも、わかる。
「岡さんのすごさをあらためて思わないではいられなかった」と書かれたのも、よくわかる。

Date: 10月 21st, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その3)

黒田先生の文章は、岡先生の人柄をじつよにく伝えてくれている。

ステレオサウンド 60号が出た時には、私はまだ読者だった。
岡先生の「マイクログルーヴからデジタルへ」は、
ラジオ技術を読んでいたから出版されることは知っていたし、
ステレオサウンド 60号とほぼ同時期くらいに買って読んでいた。

もちろんそれまでのステレオサウンド(41号からだが)も全号読んでいたので、
なんとなくではあったけれど、岡俊雄という人が、どんな感じの人なのかは私なりにイメージしていた。

会ったことのない人を、いわば勝手にイメージしていた者が、
ステレオサウンド 60号の黒田先生の文章を読んだわけである。

こういう人だったのか……、と読みながらおもっていた。
でも、読みとれていたことは、若さゆえもの未熟さもあって、少なかった、と後で気づく。

ステレオサウンドで働くようになって、岡先生とお会いする機会があった。
岡先生のお宅にも何度か伺っている。
岡先生の連載、クラシック・・ベスト・レコードも担当するようになった。

それまで文字だけでしか知らなかった岡俊雄という人のことを、
より知ることができる機会が増えたわけだ。

そして、いまステレオサウンド 60号の黒田先生の、岡先生について書かれた文章を読むと、
これほど岡先生の人柄を伝えてくれる文章は、他に読んだことがない、といえるし、
黒田先生の文章が伝えてくれることに嘘偽りはまったくない、ともいえる。

岡先生とは、まさにそういう人だった。

Date: 10月 20th, 2013
Cate: 岡俊雄

岡俊雄氏のこと(その2)

ステレオサウンド 60号、
このころのステレオサウンドには黒田先生の連載「さらに聴きとるものとの対話を」があった。

60号は1981年9月に出ている。このころラジオ技術社から岡先生の本が出た。
本のタイトルは「マイクログルーヴからデジタルへ/優秀録音ディスク30年史上巻)だった。

黒田先生は60号の「さらに聴きとるものとの対話を」で、この本のこと、
そして岡先生のことを書かれている。
むしろ岡先生のことを書かれている、といってもよい。

黒田先生自身も書かれている。
     *
ここでのさしあたっての目的は、岡さんについて書くことではなく、岡さんの本について書くことである。それを承知の上で、岡さんのことをえんえんと書いてきたのは、ほかでもない、その本の魅力を書こうとしたら、どうしても著者の人間としての魅力から書きはじめなければならないと感じたからであった。
     *
岡俊雄という人が、どんな人だったのかよく知らない、という人はいまでは少なくない、と思う。
そういう人はもちろん、そういう人たちよりも上の世代で、
岡先生の書かれたものをその時代その時代で読んできた人も、
ステレオサウンド 60号の黒田先生の文章はぜひとも読んでもらいたい、と思っている。

黒田先生も書かれているように、岡先生は
「自己顕示欲などというあざといものは、薬にしたくもない。岡さんはいまの世にあってはめずらしいシャイな人」
だから、ステレオサウンドに書かれたものだけからは、岡先生の人間としての魅力はやや掴みにくいところもある。