Archive for category 瀬川冬樹

Date: 10月 3rd, 2020
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹というリアル(その4)

孤独な聴き手と孤立した聴き手は、まるで違う。
音楽は独りで聴くものだ。
私は、ずっとそう思っている。

家族といっしょに楽しむ音楽もいいとは思うけれど、
私には他人事のように感じてしまう。

そんな私が、audio wednesdayでは、
来てくれる人は少ないとはいうものの、同じ空間で同じ音楽を聴いていることを、
四年ほど続けている。

瀬川先生は、孤独な聴き手だった、と思っている。

どんなに広い空間を得られたとしても、
それがリビングルームで家族と一緒に聴くのであれば、
狭くてもいいから独りで聴ける空関をもつべきであり、
その理由として「音楽に感動して涙をながしているところを家族にみられてたまるか」、
という気持があるからである。

その瀬川先生は、オーディオ店での試聴会では、
来場者といっしょに音楽を聴くことになる。

そういう時は真券に音楽を聴かれていない──、
人によっては、そんな見方をするだろうが、そうだろうか。

熊本のオーディオ店に定期的に来られていた瀬川先生をみてきた。
そんな感じは一度もなかった。

Date: 7月 16th, 2020
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

カラヤンと4343と日本人(その10)

(その9)を書いたのは、7月1日。
audio wednesday当日の昼間に書いている。
書いたあとに、喫茶茶会記でコーネッタを鳴らしたわけだ。

鳴らして、その音を聴いて感じたこと、感じたことなどを書いている途中であり、
書いていて気づいたことがある。

ここでのテーマ「カラヤンと4343と日本人」は、
私にとって非常に興味深いテーマであるだけでなく、
なにがしかの結論がまったく見えていない状態で書き始めた。

たいていのテーマは、ぼんやりとだったり、
はっきりとだっりという違いはあるにしても、結論が見えていたり感じられていたりする。
つまり、その結論に向って書きながら筋道を立てている感じでもある。

けれど、ここもそうだが、いくつかのテーマは、書きながら結論を感じよう、見つけようとしている。
だから、手がかり、鍵となることを見つけようともしているところがある。

コーネッタについて、ここまで書いてきていて、ふと気づいた。
「カラヤンと4343と日本人」の、
いわば裏テーマ(裏タイトル)を考えてみる、ということである。

「○○とタンノイと日本人」というテーマ(タイトル)である。
○○のところに、どの演奏家をもってくるのか。

フルトヴェングラーの名前がまっさきに浮んだ。
「フルトヴェングラーとタンノイと日本人」である。

ただ「カラヤンと4343と日本人」では、
4343は、ブランドではなくスピーカーシステムの型番である。

ならば「フルトヴェングラーとオートグラフと日本人」とすべきなのか。
4343とオートグラフでは時代が違う。
同時代のタンノイといえば、アーデンとなるが、
4343とアーデンでは……、と思うところもあるし、
アーデンとなるとフルトヴェングラーではなく、ほかの演奏家か……、とも思う。

まだ考えているところであるが、
裏テーマ(裏タイトル)といえるものが、びしっと決れば、
結論へと一歩近づける予感だけはしている。

Date: 7月 15th, 2020
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏のこと(バッハ 無伴奏チェロ組曲・その4)

タイトルとはほとんど関係ないことなのだが、
フルニエといえば,グルダとのベートーヴェンのチェロ・ソナタと変奏曲がある。
1959年の録音で、フルニエは六年後に、ケンプとのライヴ録音を行っている。

どちらもドイツ・グラモフォンである。
いま日本ではどちらのほうが評価が高いのだろうか。
レコード雑誌も読まなくなってけっこう経つ。

名曲・名盤の企画では、ベートーヴェンのチェロ・ソナタは、
誰の、どんな演奏が選ばれるのか、まったく知らない。

1980年代のなかばごろだったと記憶している。
黒田先生が、フルニエとグルダのベートーヴェンは素晴らしい演奏が聴けるのに、
忘れられかけられていて、残念なことである、と書かれていた。

フルニエのベートーヴェンが発売になった当時のことを知っているわけではないが、
ケンプとのライヴ録音は、その年のレコードアカデミー賞を受賞している。

そのことでグルダとのベートーヴェンのほうは、日本では影が薄くなったのだろうか。

フルニエとグルダのベートーヴェンは、CD+Blu-Ray Audioで出ている。
MQA(192kHz、24ビット)もある。
フルニエとケンプは、SACDが出ていた。
DSF(2.8MHz)とMQA、flac(96kHz、24ビット)がある。

少なくともいまは忘れられているわけではない、といえる。
瀬川先生は、ベートーヴェンのチェロ・ソナタは、誰の演奏を好まれていたのだろうか。

ステレオサウンド 16号の富士フイルムの広告(モノクロ見開き二ページ)、
左上に、
オーディオ評論家リスニングルーム深訪シリーズ(2)
瀬川冬樹氏
とある。

右側には、広告のコピーがある。
     *
音楽とは、ずっと
蓄音機時代から……。
うーん……〈太公トリオ〉が
ぼくの初恋。
あまりの感激に
床にしゃがみこんじゃったな。
衝撃的なフィーリング
だったんですよ……。
     *
瀬川先生(というよりも大村少年)の音楽の初恋は、
ベートーヴェンの大公トリオなのだ。
カザルス・トリオのだ。

こんなことを書いていると、瀬川先生の愛聴盤リストがないのだろうか、とおもう。
岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代(その10)」でも書いているが、
岩崎先生の「オーディオ彷徨」には愛聴盤リストがある。
瀬川先生の「良い音とは 良いスピーカーとは?」には、ない。

Date: 7月 13th, 2020
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹というリアル(その3)

「良い音とは 良いスピーカーとは 良い聴き手とは?」
瀬川先生が、もっとながく生きておられたなら、
こんなテーマで何かを書かれていたのではないか──、
そんなことを(その2)で書いた。

「良い聴き手とは 良い鳴らし手とは?」、
こんなふうなタイトルになったのかもしれないと考えつつも、
「良い鳴らし手とは 良い聴き手とは?」なのか、どちらなのか。

「良い聴き手」が先にくるのか、「良い鳴らし手」が先にくるのか。
どちらでも大差ない、とは思えないのだ。

「良い音とは 良いスピーカーとは?」に続くのであれば、
やはり「良い聴き手とは 良い鳴らし手とは?」なのだろうか。

Date: 7月 13th, 2020
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏のこと(バッハ 無伴奏チェロ組曲・その3)

(その2)へのコメントがfacebookにあった。
瀬川先生のリスニングルームに何度も行かれたことのあるFさんからのコメントだった。

瀬川先生はフルニエのアルヒーフ盤を持っておられた、とのこと。
さらにフィリップスから出ていたのは、フランスのfestival盤であって、
日本だけフィリップス(日本フォノグラム)からの発売だった、ともあった。

そうなのか、それで、フルニエのCDボックスに収録されていなかったか、と納得がいった。
ドイツ・グラモフォン、アルヒーフ、フィリップス録音の全集と謳っているのに、
なぜかフィリップス盤の無伴奏が含まれていなかった。

だからといって、ステレオサウンド 56号でのバッハの「無伴奏」が、
フルニエのアルヒーフ盤のことだと断定できるわけではないのはわかっていても、
やっぱりフルニエだったのか、と勝手に思い込んでいるところだ。

(その2)を書いたあとに、思ったことがある。
56号では、ロジャースのPM510を、
RMTの927Dst、マークレビンソンのLNP2、スチューダーのA68の組合せで、
一応のまとまりをみせた、とあった。

927Dstがトーレンスのリファレンス、A68がルボックスのA740であったならば、
フィリップス盤のフルニエかもしれないが、
ここでは927DstとA68だから、やっぱりアルヒーフ盤なのかも……、と迷っていた。

そのへんのことを(その3)、つまり今回書こうかな、と思っていたところに、
Fさんからのコメントだった。

そうか、アルヒーフ盤か……、と思いなから考えていたのは、
フィリップス盤(便宜上こう表記する)のフルニエは、
1976、77年の録音である。

いまフルニエによるバッハの無伴奏は、アルヒーフ盤以外に、
東京での公演を録音したものが出ている。
1972年の録音が、SACDでキングインターナショナルから出ている。

アルヒーフ盤は1960年の録音。
東京公演のライヴ録音は、フィリップス盤に年代的に近い。

スタジオ録音とライヴ録音の違いもあるのはわかっている。
それでも、この東京公演のフルニエも聴いてみたい、と思うようになった。

Date: 7月 12th, 2020
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏のこと(バッハ 無伴奏チェロ組曲・その2)

フルニエのバッハの無伴奏チェロ組曲は、LPで聴いていた。
アルヒーフの輸入盤で持っていた。
カザルスも、もちろん聴いていた。

CDになったのはいつなのか記憶にない。
CDでは、LPよりも多くのバッハの無伴奏チェロ組曲をもっていた。
カザルスはCDでも聴いていた。

なのにフルニエはCDでは買わなかった。
LPでも聴くことがなかったからだ。

フルニエの演奏が、つまらない、とか、聴くにたえない、とか、
そんなふうに感じていたわけでもなかったのに、いつしか聴かなくなっていた。

いま思うと、なぜなのか、われながら不思議でしかないのだが、
20代のころの私はそうだった。

その1)を書いた四年前、もういちどフルニエを聴いてみようか、と思った。
瀬川先生の、ステレオサウンド 56号でPM510の記事中に出てくるバッハの無伴奏は誰だったか。
フルニエかもしれない、と思いつつも、
フルニエならば、アルヒーフ盤だったのか、それともフィリップス盤(こちらが新しい)なのか。

なんとなくフィリップス盤のような気がした。
フィリップス盤のフルニエは聴いていない。
聴いていないのに、何となくそんな気がしたから、探してみた。

アルヒーフ盤は、いまでも買える。
SACDも出ていたし、CD+Blu-Ray Audioでも出ている。
e-onkyoではMQAでも出ている(192kHz、24ビット)。

なのにフィリップス盤は、デッカ盤としても出ていなかった。
そんなに熱心に探したわけではなかったので、見つけられなかった。

先日のaudio wednesdayで、フルニエの無伴奏をかけた。
アルヒーフ盤(盤といっても、MQAなのだが)のほうだ。

コーネッタで聴いてみたかったから、当日の午前中に購入した。
聴いていて、フルニエだとしたらフィリップス盤だったのか、とおもっていた。

Date: 7月 9th, 2020
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代(その11)

都内の大きな書店に行くと、
いまでもオーディオコーナーの書棚に「良い音とは 良いスピーカーとは?」が並んでいる。
たしか2013年に出ているから、それでも売れているわけなのだろう。
けっこうなことだと思う。

思うとともに、「続・良い音とは 良いスピーカーとは?」は出ないのか、と思う。

「良い音とは 良いスピーカーとは?」には、
「コンポーネントステレオの世界 ’75」の鼎談が載っている。
岡俊雄、黒田恭一、瀬川冬樹の三氏で、
「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」というテーマで語られたものだ。

この鼎談について、岡先生がステレオサウンド 61号に書かれている。
     *
 白状すると、瀬川さんとぼくとは音楽の好みも音の好みも全くちがっている。お互いにそれを承知しながら相手を理解しあっていたといえる。だから、あえて、挑発的な発言をすると、瀬川さんはにやりと笑って、「お言葉をかえすようですが……」と反論をはじめる。それで、ひと頃、〝お言葉をかえす〟が大はやりしたことがあった。
 瀬川さんとそういう議論をはじめると、平行線をたどって、いつまでたってもケリがつかない。しかし、喧嘩と論争はちがうということを読みとっていただけない読者の方には、二人はまったく仲が悪い、と思われてしまうようだ。
 とくに一九七五年の「コンポーネントステレオの世界」で黒田恭一さんを交えた座談会では、徹底的に意見が合わなかった。近来あんなおもしろい座談会はなかったといってくれた人が何人かいたけれど、そういうのは、瀬川冬樹と岡俊雄をよく知っているひとたちだった。
     *
この鼎談が゛いまも読めるわけだから、これもけっこうなことだと思っている。
けれど、この鼎談を読んだ上で、読んでほしいと思う記事は、ステレオサウンドにはいくつもある。

たとえばステレオサウンド 44号と45号のスピーカーシステムの総テスト。
この試聴は、単独試聴であり、一人一人が試聴記を書かれている。
それぞれの試聴記を比較しながら読んでいく、という行為。

私は44号、45号の試聴記を読んで数年後に、
「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」を読んでいる。
順序が逆になってしまったけれど、ここでもう一度試聴記を読み返す面白さがあった。

それからHIGH-TECHNIC SERIES-3のトゥイーターの総試聴。
ここでも岡、黒田、瀬川の三氏による合同試聴で、
書き原稿による試聴記ではなく鼎談による試聴記になっている。

これが、まためっぽうおもしろい。
「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」を読んでいれば、
ここでも、そのおもしろさは増してくる。

それだけではない、
「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」のおもしろさも増す。
「続・良い音とは 良いスピーカーとは?」は出ないのか。

Date: 7月 1st, 2020
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

カラヤンと4343と日本人(その9)

アルテックというスピーカーの音の魅力とは──、
そのことで思い出すのは、ステレオサウンド 16号でのオーディオ巡礼である。
五味先生が、瀬川先生、山中先生と菅野先生のリスニングルームを訪問されている。

このころの山中先生はアルテックのA5に、
プレーヤーはEMTの930st、アンプはマッキントッシュのMC275を組み合わされていた。
     *
そこで私はマーラーの交響曲を聴かせてほしいといった。挫折感や痛哭を劇場向けにアレンジすればどうなるのか、そんな意味でも聴いてみたかったのである。ショルティの〝二番〟だった所為もあろうが、私の知っているマーラーのあの厭世感、仏教的諦念はついにきこえてはこなかった。はじめから〝復活〟している音楽になっていた。そのかわり、同じスケールの巨きさでもオイゲン・ヨッフムのブルックナーは私の聴いたブルックナーの交響曲での圧巻だった。ブルックナーは芳醇な美酒であるが時々、水がまじっている。その水っ気をこれほど見事に酒にしてしまった響きを私は他に知らない。拙宅のオートグラフではこうはいかない。水は水っ気のまま出てくる。さすがはアルテックである。
     *
《さすがはアルテック》とある。
ブルックナーの音楽にまじっている水を、見事に酒にしてしまう響き、だからだ。

タンノイ、ここでのタンノイとは五味先生のオートグラフのことと捉えた方がいい。
そのタンノイでは《水は水っ気のまま出てくる》。

これは五味先生の聴き方である。
ブルックナーの音楽を熱心な聴き手は、
ブルックナーの音楽に水なんてまじっていない、というかもしれない。

そういうブルックナーの聴き手からみれば、
アルテックこそブルックナーの音楽をきちんと鳴らしてくれるスピーカーであって、
タンノイは酒なのに、時々水にしてしまう──、
そういう捉え方になるかもしれない。

Date: 6月 29th, 2020
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

カラヤンと4343と日本人(その8)

JBLが積極的に、
それも振幅特性のみワイドレンジではなく、
多方面からみてもワイドレンジ指向をすすめていたのに対して、
同時代のアルテックは、2ウェイという枠組みのなかでのワイドレンジ化にとどまっていた。

それがアルテックらしい、といえばそうともいえるたわけだが、
そのことによってプロフェッショナル、コンシューマーの両方の市場でシェアを失っていった──、
ともいえるわけだ。

JBLは、常に、その時点での技術の粋をきわめようとする姿勢だった。
スピーカーシステムに求められる物理特性を、できるかぎりすべてをベストに整えることを目指していた。
だが、このやり方は、常に前身を続けていくことでもある。

もっともそれが科学技術の産物といえるオーディオ機器なのだから、当然ともいえる。

終点がない。
つまりいつかは古くなる、ということだ。
技術は進歩していく。
必ずしも、すべての面で進歩していくとはいえないところもある。
合理性という面では進歩していても、
性能的にはなんらかわりなくても、音を聴いてみると……、というのは実際にある。

それがオーディオだ、といえるわけだが、それでも技術は進歩していくのだから、
古くなっていくことからは逃れられない。

アルテックは、どうだろうか。
6343の成功に刺戟され,6041という4ウェイ・システムを出してからは、
マルチウェイ化に積極的(濫造)になっていったが、それ以前は、あくまでも2ウェイが基本だった。

2ウェイという枠組みのなかで、個性をつくりあげていた、ともいえる。
だからとおもうのは、(その7)で書いた三人のオーディオマニアは、
若いころアルテックを聴いていたら、はたしてアルテックの魅力に気づいていただろうか、だ。

Date: 5月 31st, 2020
Cate: 瀬川冬樹

たおやか(あらためてそうおもう・その2)

「たおやか」なだけではない。
そこに狂気が潜んでいなければならない。

だからといって、狂気が剥き出しになっていてもだめである。

私がイメージする瀬川先生の音を、いまもそうである。

Date: 5月 2nd, 2020
Cate: 瀬川冬樹

虚構を継ぐ者(その2)

赤井商事が輸入していたころのインフィニティの広告に、
 アーノルド・ヌーデルは語る
 「生の音楽に到底かなわないのは
 分っている。
 要は、科学でどれだけ接近できるかだ。
 だから、無限=インフィニティ。」
とあった。

おそらくだが、ヌーデルには、
瀬川先生のような「ナマ以上にさえ妖しく美しい音」という捉え方はなかったはずだ。

アーノルド・ヌーデルは物理学者である。
メーカーの人間であり、オーディオ機器を開発する側にいるわけだから、
これでいいわけだ。

われわれはオーディオマニアである。
どちら側にいるのか。

Date: 4月 28th, 2020
Cate: 瀬川冬樹

虚構を継ぐ者(その1)

別項で後継者について書いていて、
ふと思いついたのが「虚構を継ぐ者」だ。

思いついただけであるのだが、
虚構を継ぐ者→「虚構」を継ぐ者、とも考えた。

さらに者は、ものであるから、もの、モノ、物、というふうにもなるから、
虚構を継ぐ「もの」か。

継ぐもそうだ。
つぐは、嗣ぐもあるし、接ぐ、注ぐ、告ぐ、などがある。

そんなことをぼんやり考えながらの「虚構を継ぐ者」を考えていると、
瀬川先生がいわれていた、「ナマ以上にさえ妖しく美しい音」というふうに虚構を捉えれば、
瀬川先生も「後継者」であるのか──。

Date: 4月 20th, 2020
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代(その4)

岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代に、終りはやってこない。
これから先、どれだけ趣味としてのオーディオが、
それからオーディオ評論というものが続いていくのかはわからないが、
その最後まで、岩崎千明と瀬川冬樹のいない時代は続くわけだ。

長島先生が、サプリームNo.144(瀬川先生の追悼号)に書かれたこと。
     *
オーディオ評論という仕事は、彼が始めたといっても過言ではない。彼は、それまでおこなわれていた単なる装置の解説や単なる印象記から離れ、オーディオを、「音楽」を再生する手段として捉え、文化として捉えることによってオーディオ評論を成立させていったのである。
     *
私もそう思っている。
そうだとすれば、オーディオ評論はステレオサウンドの創刊とともに始まった、ともいえる。
それ以前からあった、といえば確かにあった。
けれど、長島先生がいわれるところの「オーディオ評論」は、
その場が生じてはじめて可能になるわけで、そういう意味でも、
私は1966年、ステレオサウンドの創刊からと捉えている。

1966年から2020年。
もう五十年以上が経っている。

岩崎先生は1977年、
瀬川先生は1981年だから、
岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代よりも、
岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代のほうが、はるかにながい。

この「ながい」は、
いまオーディオ評論家としてなにかを書いている人たちもキャリアもいえることだ。

それだけでなく、オーディオを趣味としてきている人たちも、
オーディオのキャリアは、岩崎先生、瀬川先生よりもながい人が少なくない。

岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代に、われわれはオーディオをやっている。
そのことを意識しなければならない──、
そういいたいわけではない。

意識していなくて当然であろうし、それが多数であろうし、
意識していない人に意識しよう、という気もない。

けれど私は、どうしても「岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代」ということを、
強く意識してしまうときがある。

Date: 3月 19th, 2020
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

カラヤンと4343と日本人(その7)

私と同世代、近い世代のオーディオマニアで、
若いころJBLに憧れていた──、そしてJBLのスピーカーを鳴らしている。

けれど、アルテックのスピーカーを、四十代、五十代になって聴いて、
JBLに憧れてはいたけれど、自分が求めていた音は、
JBLよりもアルテックだったのではないか──、
そういう人を、いまのところ三人知っている。

三人が多いのか少ないのかは、なんともいえないが、
この三人のオーディオマニアの気持はわかる、というか、
わかるところがある。

JBLがほんとうに輝いていた時代がある。
その時代を十代のころ、もしくはハタチ前後のころに体験していた人にとって、
アルテックはライバルなのはわかっていても、
輝きは乏しかっただけでなく、輝きを失い始めているような感じさえしていた。

だからこそ、いつかはJBL、と思っていたはずだ。
私もそうだった。

それに、そのころ、少なくとも私が住んでいた熊本では、
JBLを聴く機会は当り前のようにあったけれど、
アルテックのスピーカーとなると、熊本で聴いたことは一度だけだった。

三人のうちの一人は、私よりも少し上だが、
若いころアルテックを聴く機会はなかった、といっていた。
そして、JBLを鳴らしている。

JBLの輝きが強すぎた時代には、
アルテックはくすんでしまったように見えてしまっていた。

聴く機会がなかった、少なかった、ということは、
オーディオ業界全体も、そんなふうに見ていたのかもしれない。

けれど四十代、五十代になって、何かの機会でアルテックの音を聴く。
そこで、もしかすると……、と思ってしまった人を、三人知っているわけだ。

Date: 3月 19th, 2020
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

カラヤンと4343と日本人(その6)

私と同世代のオーディオマニアにとって、
JBLというスピーカーは、輝いて見えていた。

もちろんアンチJBLの人が少なからずいるのは、
アンチ・カラヤンの人が少なからずいるのと同じかもしれない。

1970年代後半、中学生、高校生だった私の目には、
JBLのスタジオモニターだけでなく、
パラゴンも、過去のモデルとはなっていたがハーツフィールドも、
なにか特別な存在のように映っていた。

JBLのライバル的スピーカーメーカーといえるのが、
アルテックとタンノイだった。

同じアメリカのスピーカーメーカー、それも西海岸のメーカーであり、
その成り立ちをたどっていくと、どちらも同じウェスターン・エレクトリックにたどりつく。

JBLとアルテックは、確かに、あの当時ライバル同士だった。
JBLが4343、4350などのスタジオモニターを出していたころ、
アルテックはどうだったかというと、プロ用としてはA5、A7が現役モデルであったし、
604-8Gを搭載した620、612などだった。

輝いて見える、という点では、
JBLがアルテックよりもはるかに上だった。

私と同じようにそう見ていた人は少なくない、はずだ。

アルテックは、4343の成功に刺激されてだろう、
604-8Hを中心とした4ウェイのスタジオモニター6041を出してきた。

アルテックらしい、といえるし、おもしろい製品ではあったが、
4343ほどの完成度というか、洗練されていたスピーカーではなかった。

4343には4341というモデルがその前にあったし、
上級機として4350があったのだから、6041とはベースが違う。

6041はII型になったが、
4341が4343になったような変更ではなかった。