Archive for category 瀬川冬樹

Date: 8月 24th, 2018
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その30)

ステレオサウンド 59号で《まして、鳴らし込んだ音の良さ、欲しいなあ》と、
瀬川先生が吐露するような書き方をされていた。

瀬川先生がJBLのパラゴンを自分のモノとされていたら、
どんな組合せで、どんな音で鳴らされただろうか。

リスニングルームがどうであったかによっても音量は変ってくるのはわかっている。
音量を気にせずに鳴らされる環境であっても、
瀬川先生はパラゴンを鳴らされる時、じつにひっそりした音量だったのではないか、と思う。

LS3/5Aが鳴らす世界を、ガリバーが小人の国のオーケストラを聴いている、と表現されたように。

パラゴンとLS3/5Aとでは、スピーカーシステムとしての規模がまるで違う。
搭載されているユニットを比較しても明らかである。

それでもパラゴンにぐっと近づいての、ひっそりした音量で聴く──。
椅子に坐ってであれば、斜め上から小人のオーケストラを眺めるような感じで、
床にじかに坐ってならば、小人のオーケストラのステージに顎を乗せて向き合う感じで。

そんな聴き方をされた、と思う。
だからアンプは精緻な音を出してくれなければならない。

そういえば瀬川先生はパラゴンの組合せとして、
マークレビンソンのLNP2とスレッショルドの800Aというのが、
「コンポーネントステレオのすすめ・改訂版」にあったのを思い出す。

Date: 8月 23rd, 2018
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代(その10)

1978年の終り近くに「オーディオ彷徨」が出た。
ステレオサウンド 49号に黒田先生による書評が載っている。

そこに、こう書いてある。
     *
 目次の前に、「愛聴盤リスト」がのっています。これは、この本を編集を担当した細谷信二さんに個人的にたのんで、のせてもらったものです。岩崎さんの書き残されたものを読みたいと思うんなら、岩崎さんがどんなレコードを日頃おききになっていたのかを知りたいにちがいないと考えたからです。かくいうぼく自身が、それを知りたいと思いました。ですから、まずそれを、じっくりながめました。
     *
五年前に「良い音とは 良いスピーカーとは?」が出た。
いまも書店に並んでいたりする。
一年ほど前に手にとって奥付をみたら、三刷とあった。
売れているのだろう。

けれど、「良い音とは 良いスピーカーとは?」には瀬川先生の「愛聴盤リスト」は載ってない。

Date: 8月 7th, 2018
Cate: 瀬川冬樹

8月7日

体感気温が40度を超える日が続いていた。
今日は過しやすかった。
今日は8月7日である。

ステレオサウンド 61号に岡先生が書かれている。
     *
 八月七日、本誌第六十号のアメリカ・スピーカー特集のヒアリングの二日目、その日の夕刻から急にくたびれた様子が目立っていた彼の夕食も満足にできないという痛痛しい様子に、早く寝た方がいいよと思わずいってしまった。翌朝、彼は必死の気力をふりしぼって病院にかけつけ、そのまま入院した。それから、一進一退の病状が次第に悪化して、ちょうど三ヵ月目に亡くなった。
     *
37年前の8月7日はどうだったのだろうか。
こんなには暑くなかったはずだ。

以前は11月7日に、おもうことがあった。
ここ数年は、8月7日に、おもうことがあるようになっている。

Date: 8月 1st, 2018
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その16)

AXIOM 80には毒がある、と書いてきている。
その毒はどこから来ているのか。

ひとつには独自の構造から来ているとも書いている。
AXIOM 80は通常のエッジではないし、通常のダンパーではない。
それの実現のために、独自の構造、
つまりフレームの同軸構造ともいえる形態をもつ。

メインフレームから三本のアームが伸び、サブフレームを支えている。
このサブフレームからはベークライトのカンチレバーが外周を向って伸び、
メインコーンの外周三点を支持している。

AXIOM 80の写真を見るたびに、
このユニットほど、どちらを上にしてバッフルに取り付けるかによる音の変化は大きい、と思う。
そんなのはユニット背面のAXIOM 80のロゴで決めればいい、悩むことではない、
そんなふうに割り切れればいいのだが、オーディオはそんなものじゃない。

独自のフレームとカンチレバー。
この部分の面積は意外にあるし、この部分からの不要輻射こそ毒のうちのひとつであり、
同じ構造を気現在の技術で現在の素材でつくるとなると、
サブフレーム、三本のアームの形状は断面が四角ではなく、違う形状になるはずだ。

少なくともコーンからの音の邪魔にならないように設計しなおされる。

でも、それだけでは根本的な解決にはいたらない。
AXIOM 80の現代版は、フレームの同軸構造を内側から外側へと反転させる。
サブフレームはメインフレームよりも小さいのを、メインフレームよりも大きくして、
メインフレームの外側に位置するようにしてしまう。

そのためユニット全体の口径は振動板の大きさからすれば、ひとまわり大きくなるが、
そうすればカンチレバーもメインフレーム外側にもってくることができ、
バッフルに取り付けた正面は、一般的なダブルコーンである。

サブフレームとカンチレバーは、バッフルに取り付けた際に、
バッフルに隠れるし、この部分からの不要輻射はバッフルが抑える。

Date: 7月 11th, 2018
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

カラヤンと4343と日本人(その1)

昨年12月に別項で、このタイトル「カラヤンと4343と日本人」で書き始めたい、とした。
タイトル先行で、どんなことを書くのかはその時点ではほとんど考えてなかった。
半年経っても、そこは変らない。

でも何にも書いていかないと、書こうと決めたことすら忘れがちになるので、
思いついたことから書き始める。

五味先生と瀬川先生は、本質的に近い、と私は感じている。
それでもカラヤンに対する評価は、違っていた。

五味先生のカラヤン嫌いはよく知られていた。
瀬川先生はカラヤンをよく聴かれていた。

ここがスタートである。
カラヤンといえば、黒田先生が浮ぶ。
音楽之友社から「カラヤン・カタログ303」を出されている。

瀬川先生も黒田先生もJBLの4343を鳴らされていた。
この二人は、朝日新聞が出していたレコードジャケットサイズのオーディオムック「世界のステレオ」で、
カラヤンのベートーヴェンの交響曲全集の録音について対談されている。

JBLの4343という、フロアー型の4ウェイ、しかもペアで100万円を超えるスピーカーシステムが、
驚くほど売れたのは日本であり、
カラヤンのレコード(録音物)の売行きでも、おそらく日本が一番なのではないか。

こう書いてしまうと、日本人はブランドに弱いから、としたり顔で、
わかったようなことをいう人がいる。
そんな単純なことだろうか。

ステレオサウンドに書かれていた人では、岡先生もカラヤンを高く評価されていた。
1970年代、岡先生はARのスピーカーを鳴らされていた。

岡俊雄、黒田恭一、瀬川冬樹。
この三人の名前を並べると、ステレオサウンド別冊「コンポーネントの世界」での鼎談である。
「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」である。

この鼎談は、瀬川冬樹著作集「良い音とは 良いスピーカーとは?」で読める。

Date: 2月 20th, 2018
Cate: ワーグナー, 瀬川冬樹

ワグナーとオーディオ(ワーグナーと瀬川冬樹)

ワーグナーの音楽と、瀬川先生が好まれて聴かれていた音楽とは、
少々印象が一致しない面があるようにも感じていた。

ワーグナーと瀬川先生ということで、
私が真っ先に思い出すのは、ステレオサウンド 38号の、黒田先生のこの文章だ。
     *
 普段、親しくおつきあいいただいていることに甘えてというべきでしょうか、そのきかせていただいたさわやかな音に満足しながら、もっとワイルドな音楽を求めるお気持はありませんか? などと申しあげてしまいました。そして瀬川さんは、ワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」の合唱曲をきかせてくださいましたが、それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない。
 たしかに、そういうことは、いえるような気がします。日本でこれほど多くの人にバロック音楽がきかれるようになった要因のひとつに、日本での、決してかんばしいとはいいがたい住宅環境があるというのが、ぼくの持論ですから、おっしゃることは、よくわかります。音に対しての、あるいは音楽に対しての好みは、環境によって左右されるということは、充分にありうることでしょう。ただ、どうなんでしょう。もし瀬川さんが、たとえばワーグナーの音楽の、うねるような響きをどうしてもききたいとお考えになっているとしたら、おすまいを、今のところではなく、すでにもう大音量を自由に出せるところにさだめられていたということはいえないでしょうか。
     *
ここにワーグナーが出てくる、「さまよえるオランダ人」も出てくる。
そして《それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない》
と瀬川先生がいわれた──、
ここを読んでいたから、ワーグナーの音楽と瀬川先生の好まれる音楽が結びつきにくかった。

ついさっきまでKさんと電話で話していた。
彼によると、瀬川先生はNHK FMで放送されているバイロイトをエアチェックして聴かれていた、とのこと。

当時ラックスのショールームで定期的に行われていたなかでも、
常連の方とワーグナーについて熱心に語られていた、という話も聞いた。

聞いていて、意外だな、というおもいと、やっぱり、というおもいとが交錯していた。

瀬川先生は世田谷に建てられたリスニングルームでは、ワーグナーを聴かれていたのだろうか。

Date: 12月 17th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その28)

ステレオサウンドで働くようになって、
ウェスターン・エレクトリックの真空管の音にふれる機会があったし、
特別なことでもなくなってきていた。

ウェスターン・エレクトリックの300Bよりも、
シーメンスのEdに魅力を感じていた私でも、音を聴けばウェスターン・エレクトリックの300Bだった。

オーディオのベテランほど、ウェスターン・エレクトリックの真空管を高く評価していた。
サウンドボーイの編集長のOさんも、そのひとりだった。

Oさんが話してくれた。

ウェスターン・エレクトリックの真空管の音は、ボケている。
トランジスターアンプのほうが、音の輪郭はボケずに鮮明である。
けれど、ウェスターン・エレクトリックの音は、芯がきちんとあるし、
そこはボケていない。
トランジスターアンプの音とは正反対である、と。

マイク野上さんの、ライカのレンズの話とまったく同じことだ。

ライカで撮った写真にシャープネスをかけると同じことを、
ウェスターン・エレクトリックの真空管のアンプに対してはできないが、
パソコンでのシャープネスという処理を、音の世界では耳(聴き手の頭)で行っているとしたら……。

そしてライカのレンズのボケとは、グラデーションをきちんと捉えている、ということのはず。
だからこそ情報量が多いのではないのか。

「音楽・オーディオ・人びと」の巻頭の瀬川先生撮影の写真、
元の写真をスキャンしてシャープネスをかけたら、どう仕上がるのか。

Date: 12月 17th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その27)

サプリーム No.144で、岡先生が書かれている。
     *
 最近、トリオの前会長中野英男さんの「音楽・オーディオ・人びと」という、とてもおもしろい本が出たが、その莞島にのっている中野さんの写真は瀬川冬樹撮影となっている。中野さんの懇望をきいて、最初の手術で退院してやや元気を恢復したばかりの瀬川さんは、しばらくライカを手にしていないから、シャッターの感触をとりもどしたいので、しばらく時間がほしいといい、実際にトレーニングをやったそうである。しかし、むかしのような感触がもどらぬままに撮影しなければならぬことになり、御当人は不本意な出来ばえだといっていたという。仕事についていいかげんなことのできない、またそれを自分に許せなかった瀬川さんらしいエピソードだったと改めておもうのである。
     *
瀬川先生撮影の写真は、もちろん見ている。
岡先生の、この文章を読む前に見ている。

不思議な感じがしたのを憶えている。
瀬川先生にとっては不本意な出来ばえだっただろうが、
それでも、たった一枚の写真であっても、そこから感じられることがあったのも事実だ。

文章も写真も、どちらも視覚情報であっても、伝えてくるものは同じではない。

なんとなくではあっても、瀬川先生が求められていた音は、
こういう音だったんだな、と納得できるものを感じていた。

ライカのレンジは、ボケ味が特長だと、以前からいわれている。
実際にライカのカメラとレンズを使ったことのない私は、
そういうものなんだ、という程度の認識であった。

日本のレンズのほうが、全体的にシャープだということもきいてはいる。

ライカのレンズと日本の優秀なレンズ、
どちらがカメラのレンズとして優れているのかは、私には判断できないが、
先日、マイク野上さんからきいた話は、ひじょうに興味深かった。

ライカのレンズで撮った写真を、Photoshopなどのアプリケーションでシャープネスをかけると、
ものすごく鮮明な写真に仕上がる、とのこと。
その情報量の多さにも、驚くそうだ。

そしてライカのレンズで撮った写真には、芯がある、と。
まったく同じことを、30数年前にきいている。

Date: 12月 7th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その26)

音楽之友社から1976年末に出た「ステレオのすべて」に、
黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹、三氏による記事
「リアリティまたはリアリスティックとプレゼンスの世界から いま音楽は装置に何を望むか」。

この鼎談は、瀬川先生の音について考えていく上で読んでおきたい記事であり、
同時に菅野先生の音について考える上でも読んでおきたい。

しかもこの年の春に出ているステレオサウンド 38号の、
いわば続きといえる内容だけに、
38号の特集「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」の後に読むべき記事である。
     *
菅野 僕は瀬川さんといつもよく話すことなんだけど、瀬川さんもJBLが好きで、僕もJBLが好きで、何年か前に瀬川さんのところへ行ってJBLを聴かせていただいた時にものすごくすばらしい音だと思った。だけどそこで聴いた音はね、僕からするとまったく今我々の申し上げたプレゼンスの傾向としてすはらしい音だと思ってしびれたわけです。それで僕が鳴らしているJBLというのは今度は今いったリアルの傾向で鳴らしているわけですね。それでよくお互いに同じスピーカーを使ってまあ鳴らし方がちがうなというふうに言っているわけで、つまりこれは鳴らし方にも今製品で言ったけどね、鳴らし方にもそういう差が出てくるというね、そこまで含められてくるでしょうね。
黒田 それで今回のこの企画のことを話された時に、菅野さんのそのリアリスティックで聴くっていう話しを聞いて、僕はやっぱり以前その聴かせていただいた音がピンときている。なるほどあれはリアリスティックという言葉を好んで使いそうな男の音だと、それで瀬川さんはプレゼンスだと。全くそうだと。それはその両者がそういう言葉を頻繁にお使いになるのは当然だと僕は思ったんです。で、ただその煮つめていけばどっかで同じになっちゃうことなんで、それを何かここではっきりさせようというのがどうもその編集部の意図らしいんです。
     *
リアリスティックとプレゼンス。

ステレオサウンド50号から連載が始まった瀬川先生のリスニングルームの記事。
そのタイトルは「ひろがり溶けあう響きを求めて」であり、
これらのことを抜きにして、たんなる音のバランスだけで、
瀬川先生の音を、活字(誌面)から読みとろうとしても、無駄というよりも、
知人のように間違った方向にいくことだってある。

4年前に「4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その14)」を書いたことを、もう一度書いておく。

それでは瀬川先生の音のバランスの特長は、どこにあるのかといえば、
それは、基音(ファンダメンタル)と倍音(ハーモニクス)とのバランスにある、と推断する。

これを理解できずに、瀬川先生の出されていた「音」を、周波数スペクトラム的な観点から、や、
使用されていたオーディオ機器への観点から追い求めても、まったく似ても似つかぬ(ただの)音になってしまう。

残念なのは、基音と倍音のバランスの観点(感覚)から、
実際に瀬川先生の「音」を聴かれた人の、瀬川先生の「音」について語られているのが、ない、ということだ。

Date: 12月 1st, 2017
Cate: 五味康祐, 瀬川冬樹

生命線上の「島」

週刊新潮 1980年4月17日号の特集2は、五味先生のことだった。
そこに、こうある。
     *
 帰国後、八月に東京逓信病院に入院。二週間にわたる検査の後、千鶴子夫人は担当医師の口から、夫が肺ガンであることを告げられた。
 むろん、この時、本人にはそのことは伏せられ、「肺にカビが生える病気です」と説明することにした。肺真菌症も同様の症状を呈するからである。
 もっとも、かねてから、手相の生命線上に円形の「島」が現われるときはガンにかかる運命にあり、これからガンは予知できるのだ、といっていた当人は、自分の掌を見つめて「ガンの相が出ている」とはいっていた。
 しかし、やはり事が自分自身の問題となると、そう頭から自分の予知能力を信じることは出来なかったらしい。
 九月に手術。十一月に退院。そして、友人たちが全快祝いの宴を開いてくれたが、その二次会の席から、〝全快〟した本人が顔色を変えて帰ってきた。友人の一人であったさる医師が、酔っぱらったあげく、「お前はガンだったんだぞ」と口をすべらしてしまったのである。
「どうなんだ」
 と奥さんを問いつめる。
「冗談じゃありませんよ。なんなら今から先生に確かめてみましょうか」
 奥さんがこう開きなおると、
「いらんことをするな」
 と、プイと横を向いてしまった。
 もともと、入院していた当時からも、見舞に訪れる知人には「肺にカビが生えた」と説明しながら、「ガンらしいと思うんだがな」といって、相手の表情をうかがい、さぐりを入れる、というようなことを繰り返していた。この観相の達人にして、やはり、正面から宣告を受けるのは恐ろしく、さりとて不安で不安でたまらない、という毎日だったのだろう。
     *
五味先生の手相の本は、私も持っていた。
生命線上に円形の「島」ができると……、というところは憶えている。
自分の掌をすぐさま見て、ほっとしたものだった。

週刊新潮の、この記事を六年前に読んで、やはり「島」が現れるのか、と思ったし、
瀬川先生の掌はどうだったのたろう、とおもった。

「島」が現れていたのか、
瀬川先生は五味先生の「西方の音」、「天の聲」などは読まれていても、
手相の本は読まれていなかったのか……、
おもったところで、どうなるわけでもないのはわかっていても、
どうしてもおもってしまう。

Date: 11月 29th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その25)

ステレオサウンド「世界のオーディオ」のタンノイ号、
瀬川先生の「私とタンノイ」にこう書かれている
     *
 はじめてタンノイの音に感激したときのことはよく憶えている。それは、五味康祐氏の「西方の音」の中にもたびたび出てくる(だから私も五味氏にならって頭文字で書くが)S氏のお宅で聴かせて頂いたタンノイだ。
 昭和28年か29年か、季節の記憶もないが、当時の私は夜間高校に通いながら、昼間は、雑誌「ラジオ技術」の編集の仕事をしていた。垢で光った学生服を着ていたか、それとも、一着しかなかったボロのジャンパーを着て行ったのか、いずれにしても、二人の先輩のお供をする形でついて行ったのだか、S氏はとても怖い方だと聞かされていて、リスニングルームに通されても私は隅の方で小さくなっていた。ビールのつまみに厚く切ったチーズが出たのをはっきり憶えているのは、そんなものが当時の私には珍しく、しかもひと口齧ったその味が、まるで天国の食べもののように美味で、いちどに食べてしまうのがもったいなくて、少しずつ少しずつ、半分も口にしないうちに、女中さんがさっと下げてしまったので、しまった! と腹の中でひどく口惜しんだが後の祭り。だがそれほどの美味を、一瞬に忘れさせたほど、鳴りはじめたタンノイは私を驚嘆させるに十分だった。
 そのときのS氏のタンノイは、コーナー型の相当に大きなフロントロードホーン・バッフルで、さらに低音を補うためにワーフェデイルの15インチ・ウーファーがパラレルに収められていた。そのどっしりと重厚な響きは、私がそれまで一度も耳にしたことのない渋い美しさだった。雑誌の編集という仕事の性質上、一般の愛好家よりもはるかに多く、有名、無名の人たちの装置を聴く機会はあった。それでなくとも、若さゆえの世間知らずともちまえの厚かましさで、少しでも音のよい装置があると聞けば、押しかけて行って聴かせて頂く毎日だったから、それまでにも相当数の再生装置の音は耳にしていた筈だが、S氏邸のタンノイの音は、それらの体験とは全く隔絶した本ものの音がした。それまで聴いた装置のすべては、高音がいかにもはっきりと耳につく反面、低音の支えがまるで無に等しい。S家のタンノイでそのことを教えられた。一聴すると、まるで高音が出ていないかのようにやわらかい。だがそれは、十分に厚みと力のある、だが決してその持てる力をあからさまに誇示しない渋い、だが堂々とした響きの中に、高音はしっかりと包まれて、高音自体がむき出しにシャリシャリ鳴るようなことが全くない。いわゆるピラミッド型の音のバランス、というのは誰が言い出したのか、うまい形容だと思うが、ほんとうにそれは美しく堂々とした、そしてわずかにほの暗い、つまり陽をまともに受けてギラギラと輝くのではなく、夕闇の迫る空にどっしりとシルエットで浮かび上がって見る者を圧倒するピラミッドだった。部屋の明りがとても暗かったことや、鳴っていたレコードがシベリウスのシンフォニイ(第二番)であったことも、そういう印象をいっそう強めているのかもしれない。
 こうして私は、ほとんど生まれて初めて聴いたといえる本もののレコード音楽の凄さにすっかり打ちのめされて、S氏邸を辞して大泉学園の駅まで、星の光る畑道を歩きながらすっかり考え込んでいた。その私の耳に、前を歩いてゆく二人の先輩の会話がきこえてきた。
「やっぱりタンノイでもコロムビアの高音はキンキンするんだね」
「どうもありゃ、レンジが狭いような気がするな。やっぱり毛唐のスピーカーはダメなんじゃないかな」
 二人の先輩も、タンノイを初めて聴いた筈だ。私の耳にも、シベリウスの最終楽章の金管は、たしかにキンキンと聴こえた。だがそんなことはほんの僅かの庇にすぎないと私には思えた。少なくともその全体の美しさとバランスのよさは、先輩たちにもわかっているだろうに、それを措いて欠点を話題にしながら歩く二人に、私は何となく抵抗をおぼえて、下を向いてふくれっ面をしながら、暗いあぜ道を、できるだけ遅れてついて歩いた。

 古い記憶は、いつしか美化される。S家の音を聴かせて頂いたのは、後にも先にもそれ一度きりだから、かえってその音のイメージが神格化されている――のかもしれない。だが反面、数えきれないほどの音を聴いた中で、いまでもはっきり印象に残っている音というものは、やはり只者ではないと言える。こうして記憶をたどりながら書いているたった今、S家に匹敵する音としてすぐに思い浮かぶ音といったら、画家の岡鹿之介氏の広いアトリエで鳴ったフォーレのレクイエムだけといえる。少しばかり分析的な言い方をするなら、S氏邸の音はタンノイそのものに、そして岡邸の場合は部屋の響きに、それぞれびっくりしたと言えようか。
 そう思い返してみて、たしかに私のレコード体験はタンノイから本当の意味ではじまった、と言えそうだ。とはいうものの、S氏のタンノイの充実した響きの美しさには及ばないにしても、あのピラミッド型のバランスのよい音を、私はどうもまだ物心つく以前に、いつも耳にしていたような気がしてならない。そのことは、S氏邸で音を聴いている最中にも、もやもやとはっきりした形をとらなかったものの何か漠然と心の隅で感じていて、どこか懐かしさの混じった気持にとらわれていたように思う。そしていまとなって考えてみると、やはりあれは、まだ幼い頃、母の実家であった深川・木場のあの大きな陽当りの良い二階の部屋で、叔父たちが鳴らしていた電気蓄音器の音と共通の響きであったように思えてならない。だとすると、結局のところタンノイは、私の記憶の底に眠っていた幼い日の感覚を呼び覚ましたということになるのか。
     *
瀬川先生の音とピラミッド型の音のバランスとが、イメージとして重ならないという人は、
瀬川先生が愛用されたオーディオ機器を思い出してほしい。

アナログプレーヤーならば、EMTの930st、927Dst、
それに購入されたわけではないが、とても気に入られていたトーレンスのReference。

音の入口にあたるアナログプレーヤーにおいて、
瀬川先生はまさしくピラミッド型の音のバランスのモノをつねに選ばれていた。

EMTのカートリッジ単体の音を聴いても、あまり意味がない。
やはりEMTのプレーヤーシステム込みでの音、
最低でも930st、その上の927Dst、
EMTの純正プレーヤーとはひと味ちがう魅力を抽き出したReference、
これらのプレーヤーの音を聴いても、
ピラミッド型の音のバランスがとういうものかわからない人には、
何を言っても無駄だし、瀬川先生の音をイメージすることはできない。

Date: 11月 29th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その24)

ピラミッド型の音のバランス。

昔からいわれ続けている。
でも、いまはどうなんだろう……。

10年ほど前だったか、
ピラミッド型の音のバランスは、低音のいちばん低いところがピークで、
高域にいくに従ってダラ下がりのレスポンスのことだ──、
そんな理解をしている人がいるのを知って、愕然としたことがある。

フラットレスポンスが理想であって、
それはピラミッド型ではなく、上(高域)にいくに従ってとがっていく形ではなく、
低域から高域まで幅が一定の形でなければならない──、
そんな主張があった。

個人サイトだったし、どんな人が書いているのかははっきりとはわからなかったが、
どうも私よりも少し上の世代の人のようだった。

世代的にピラミッド型の音のバランスは、いわば常識として理解されているものだと、
私などは勝手に思っていたけれど、どうもそうではないようだ。

ピラミッド型の音のバランスを、そんなふうに理解する(される)のか、
表現の難しさを感じる──、とは思っていない。

ピラミッド型の音のバランスがどういうことなのか、わからない人はそのままで、もういい。

瀬川先生の音を考えるうえで、忘れてはならないのは、
絶対に忘れてはならないのが、ピラミッド型の音のバランスである。

この大事なことを、
「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」と、私にヌケヌケといってきた知人は、
忘れていたのか、それとも気づいてすらいなかったのか。

もしかするとピラミッド型の音のバランスがどういうことなのかを、
誤解した人であったのか。

Date: 11月 27th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その23)

「’81世界のセパレートアンプ総テスト」は、
ステレオサウンド 59号の少し前に発売になっている別冊だ。

59号の新製品紹介で、瀬川先生はルボックスのカセットデッキB710について書かれている。
     *
 たとえば、カートリッジを比較の例にあげてみると、一方にオルトフォンMC30又はMC20MKII、他方にデンオンDL303又はテクニクス100CMK3を対比させてみると、オルトフォンをしばらく聴いたあとで国産に切換えると、肉食が菜食になったような、油絵が水彩になったような、そういう何か根元的な違いを誰もが感じる。もう少し具体的にいえば、同じ一枚のレコードの音が、オルトフォンではこってりと肉付きあるいは厚みを感じさせる。色彩があざやかになる。音が立体的になる。あるいは西欧人の身体つきのように、起伏がはっきりしていて、一見やせているようにみえても厚みがある、というような。
 反面、西欧人の肌が日本人のキメ細かい肌にかなわないように、滑らかな肌ざわり、キメの細かさ、という点では絶対に国産が強い。日本人の細やかな神経を反映して、音がどこまでも細かく分解されてゆく。歪が少ない。一旦それを聴くと、オルトフォンはいかにも大掴みに聴こえる。しかし大掴みに全体のバランスを整える。国産品は、概して部分の細やかさに気をとられて、全体としてみると、どうも細い。弱々しい。本当のエネルギーが弱い。
     *
ここでも西欧人と日本人の身体つき、肌ざわりについて触れられている。
《そういう何か根元的な違いを誰もが感じる》と書かれている。

この根源的な違いを理解しないままに、細身の音を自分勝手に描いていったのが、
知人の「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」だった。

オーディオに興味を持ち始めたころ、
オーディオ雑誌を読みはじめたころは、
そこに登場するオーディオ評論家の中から、自分と合いそうな人を探そうとするものだ。

時として、というより、読み手によっては、
そのオーディオ評論家は憧れとなったり、目標となったりすることもある。

知人にとっては、それは瀬川先生だった。
私もそうだった。

知人や私と同じ、という人は、この時代のオーディオを体験してきた人の中には多いはずだ。
それでも、瀬川先生とまったく同じという人は、おそらく一人もいない。

瀬川先生の指向される音と基本的に同じであっても、
重なり合うところはあっても、それでも一人ひとりみな違う。

読み手はそのことに気づく。
同じところ、似ているところもあれば、違うところもある。

同じになりたい、と仮に願っても決してそうはなれない。
けれど、知人はそこが違っていたように思う。

知人は、自分自身に瀬川先生を重ね合わせていたのではないだろうか。
多くの読み手は、瀬川先生に、自分自身を重ね合わせていたはずだ。

Date: 11月 26th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その22)

こう書かれている。
     *
 どこまでも細かく切れ込んでゆく解像力の高さ、いわばピントの鋭さ。澄み切った秋空のような一点の曇りもない透明感。そして、一音一音をゆるがせにしない厳格さ。それでありながら、音のひと粒ひと粒が、生き生きと躍動するような,血の通った生命感……。そうした音が、かつてのJBLの持っていた魅力であり、個性でもあった。一聴すると細い感じの音でありながら、低音の音域は十分に低いところまで──当時の管球の高級機の鳴らす低音よりもさらに1オクターヴも低い音まで鳴らし切るかのように──聴こえる。そのためか、音の支えがいかにも確としてゆるぎがない。細いかと思っていると案外に肉づきがしっかりしている。それは恰も、欧米人の女性が、一見細いようなのに、意外に肉づきが豊かでびっくりさせられるというのに似ている。要するにJBLの音は、欧米人の体格という枠の中で比較的に細い、のである。
     *
日本人の女性でも、スタイルのいい人はいる。
けれど、欧米人の女性のスタイルのいい人と違うのは、体の厚みである。

正面から見るとウエストが細く見えても、欧米人の女性は厚みがある。
日本人の女性は、正面からは同じように細くて、横からみると薄い。

ウエストのサイズを測れば、当然欧米人の女性の方が数値としては大きくなる。
何もウエストまわりのことだけではない。

全体として日本人の体格は薄い。
同じように細身であっても、ここが違う。

JBLのアンプの音。
SA600、SG520、SE400Sの音は、細身の音である。
けれど、その細身の音は《欧米人の体格という枠の中で比較的に細い》のであって、
それはボディの厚みをもった細さである。

この大事なことを知人の頭からはまるごと抜け落ちていた。
知人は、細身の女性が好きだった。

その細身の女性とは《欧米人の体格という枠の中》での細いではなく、
日本人の体格という枠の中での細いであった。

知人の好みだから、それでいいのだが、
それをそのまま瀬川先生の音に当てはめてしまっていた。

Date: 11月 26th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その21)

その20)を書いたのが、2011年11月。
さすがに間を空けすぎた。

(その20)の続きとして書こうと思ったが、
別項「音を表現するということ(間違っている音)」で、
そこで、「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」といった知人のことを書いているから、
瀬川先生の音について、書きたい。

私も瀬川先生のリスニングルームでの音は聴いていない。
熊本のオーディオ店に来られたときに鳴らされていた音を、何度か聴いているだけである。
あとは、ほとんどの人と同じで、瀬川先生の書かれた文章を読んでの想像である。

よく瀬川先生音は、細身で柳腰、
そんなふうに語られることがある。

「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」といって、間違った音を出していた知人も、
そう思っていた。

けれど、彼の場合、瀬川先生の文章をほんとうに読んでいたのか、
甚だ疑問である。

知人は「読んでいた」という。
けれど、彼の頭の中には、何が残っていたのか。

たとえば細身の音にしても、知人の認識は、
ただ一般的な意味での細身の音でしかない。

瀬川先生の書かれたものを丹念に読んでいれば、そうでないことはわかっているはすである。
何も瀬川先生が、ずっと以前に書かれていたことを持ち出そうとするわけではない。

知人も、何度も読み返した、といっていて、
その原稿のコピーを、彼はリスニングルームに飾っていた。

そこに書かれていることですら、彼の頭の中にはなかった。

ステレオサウンド別冊「’81世界のセパレートアンプ総テスト」の巻頭、
「いま、いい音のアンプがほしい」に書いてあることだ。