Archive for category フルレンジユニット

Date: 1月 7th, 2018
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(次なるステップは……)

ステレオサウンド 35号。
そこで岩崎先生は、こんなことを書かれている。
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 これをフルレンジとしてまず使い、次なるステップでウーファーを追加し、最後に高音用を加えて3ウェイトして完成、という道を拓いてくれるのが何よりも大きな魅力だ。
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パイオニアのPM12Fについての文章である。
コーン型のスコーカーである。
いわば小口径フルレンジともいえるユニットである。

このユニットからスタートしたのであれば、次のステップとして、
大半の人がトゥイーターを足すことを考える。
私だってそうである。

その次のステップでウーファーとなるわけだが、
岩崎先生は違い、トゥイーターよりも先にウーファーを優先されている。

これを読んだ時は驚いた。
気持のいい驚きだった。

いつかはフルレンジに、まずウーファーを足した音を聴いてみたい、と思いつつも、
試すことなく、ずるずる今日まで経ってしまった。

今日、小口径(10cm)フルレンジに、サブウーファー(一基)を加えた音を聴いた。
サブウーファーはエンテック。
MFBを採用したサブウーファーである。

カットオフ周波数は、以前のスピーカーのままで、レベルだけ簡単に調整しての音。
とはいえ、10cmフルレンジにサブウーファーが加わった音は、悪くない。

悪くないどころか、確かにトゥイーターよりもウーファーかも……、と思わせるだけの鳴り方だ。

これがもう少し口径の大きなフルレンジだったら、
トゥイーターが先ということになるのだろうが、
小口径であれば、次なるステップはウーファーを考えてみたい。

Date: 12月 4th, 2017
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その11)

シングルボイスコイル、
つまり同軸型ではないフルレンジユニット。

代表的なユニットといえば、私の世代では、
JBLのLE8T、アルテックの755Eがダントツの存在といっていい。

それからダイヤトーンのP610、テクニクスのEAS20PW09(ゲンコツ)などが浮ぶ。
もちろん、この他にもいくつかのユニットを挙げられるが、
個々のユニットについて触れたいわけではなく、
その口径は中口径のモノばかりである。

JBLとアルテックとテクニクスは20cm口径、
ダイヤトーンは16cm口径。

20cmの口径があれば、エンクロージュア次第では、
低音もそこそこのレベルで出るし、高音もトゥイーターの必要性を感じさせながらも、
まとまった音を聴かせてくれるのだから、
いさぎよくフルレンジ一発という選択をしたくなる。

これが10cm口径、つまり小口径フルレンジとなると、
やや違ってくる。
どうしても口径の小ささゆえの低音再生の弱さは否めない。

けれど反面、10cmならばユニットを複数個使うという選択もできる。
ようするにジョーダン・ワッツのModule Unitの在り方そのものである。

瀬川先生はHIGH-TECHNIC SERIESの一冊目、
マルチアンプの号で、
フルレンジからスタートする、最終的な4ウェイシステムへのプランを書かれている。

そこに、こうある。
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 こうして、最低音と中低音のあいだと、中高音と高音のあいだをマルチアンプで、そして最高音域用のスーパートゥイーターだけはLCネットワークで、という4WAYのシステムができ上り、しばらくのあいだは、各帯域のユニットを少しずつ入れかえたりして楽しんでいた。このころ使ったユニットとしては、ウーファーにはパイオニアPW38A(のちにJBL LE15Aに交換)、ミッドバスには、ダイヤトーンP610A、ナショナル8PW1(現テクニクス20PW09)、フォスター103Σの2本並列駆動、最後のころはジョーダンワッツのA12システム(いまは製造中止になった美しい位相反転型エンクロージュア、現在のJUNOに相当?)を、一時は二本積み重ねてたりした。
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このプランでも、最初は16cmから25cm口径のフルレンジから、とある。
10cm口径とは書いていないが、10cm口径ならば複数個使用という手もある。

ステレオサウンド 61号の特集、STEREOLA DPS100の紹介欄には、
《故・瀬川冬樹氏がマルチチャンネルを試みておられていた時代に、中低域用に、発売直後の、このユニットを使われた。すばらしい音がしていたそうである》と。

もちろん16cmn、20cm口径の複数個使用も考えられるが、
フルレンジユニットの分割振動領域を考えると、
複数個使用においては、小口径フルレンジの優位性が際立ってくるのではないだろうか。

Date: 12月 3rd, 2017
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その10)

ステレオサウンド 12号(1969年秋号)の新製品紹介欄に、
STEREOLA DPS100は登場している。山中先生が担当されている。
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 とにかくこれまで接してきた各種のスピーカーシステムとはまったく異なる次元にあるシステムであることは確かで、しかもその再生音のもつ一種独特の強烈な魅力は忘れることのできないものであった。この音はちょっと表現しにくいのだがおなじみのこのユニットを使った小型システムとはまったく異なるやわらかでふくよかな品位の高い響きは中心部から放射状に部屋全体をくるうように拡がり、これまでのステレオサウンドとは、はっきり区別されるものだ。いわゆるシャープでリアルな音ではなく、まろやかにかもしだされたような音はレコードマニヤにとっては麻薬的な引力をもっているとでも言えばよいのだろうか、だいぶオーバーな表現となったがともかくグラモフォンマニヤには一聴をすすめたいスピーカーシステムである。
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聴いたことのない、おそらくこれから先も聴く機会はないであろうSTEREOLA DPS100。
どんな音なのかというのは、山中先生の書かれたもの、
61号特集での鼎談を読んでも、はっきりとはつかみにくいことこそが、
このスピーカーの特徴といえるのだろう。

STEREOLA DPS100のDPSは、
Delayed Phase Stereophonic の略である。

BOSEの901も、Delayed Phase Stereophonicといえるスピーカーである。

Date: 12月 3rd, 2017
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その9)

STEREOLA DPS100を聴く機会はないな、とあきらめていた。
一年後の冬(1981年12月)、ステレオサウンド 61号の特集に、
なんとSTEREOLA DPS100が登場している。

サウンドボーイの記事にジョーダン・ワッツが刺戟されて……、ということは考えにくいが、
輸入元の今井商事に、問合せがあったのだろうか。
それに応えての復刻だったのかもしれない。

復刻版のSTEREOLA DPS100は、スピーカーシステムとしての販売ではなかった。
エンクロージュア(ネットワーク込み)とModule Unitは別売であった。

なのですでにModule Unitを鳴らしている人は、
ユニットを追加購入し、STEREOLA DPS100を買えばシステムとして完成する。
トータル価格は、366,000円だった。
ちなみにエンクロージュアは国産である。

復刻されたとはいえ、どさだけ売れたのだろうか。
復刻版も実物を見たことはない。

61号の特集では、菅野先生が語られている。
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菅野 たしかに、非常によくできたミュージックボックスというイメージがありますね。先ほど岡先生がパラゴン的とおっしゃいましたが、また別の見方をしますと、使っているユニットの口径といい、ボーズの901的なところもありますね。あちらは9発使っていて、こちらは1個不足していて8発です。それせステレオですから、半分以下ということだけど、何となくパラゴン・ボーズという感じがします。いうなれば、ミニ・パラゴン・ボーズですね(笑い)。
 それは冗談としても、とにかくこの音というのは完全に自分の世界を持っていますね。とにかく出た音というのはすごく気持がいいです。レンジがどうのこうのという聴き方は全くナンセンスです。もちろん、ここから出てこない音とか、違って出てきてしまう音もあるんですが、とにかく聴いていてすごく気持がいい。本当にレコード音楽に真摯に取っ組んでというのなら別ですけれども、家庭の中に非常に趣味のいい音楽を流しておくというような目的には実にぴったりですね。
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やはりボーズ的という表現が出ている。
BOSEの901を、Module Unitで作ったら──、
そんな妄想をしたことのある人は私だけではない、と思う。

Date: 12月 3rd, 2017
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その8)

10cm口径のフルレンジユニットで、私が中学生のころ憧れていたのは、
ジョーダン・ワッツのModule Unitだった。

アルミ合金製の振動板、ベリリウム銅カンチレバーによるサスペンション機構、
そんな謳い文句もだけど、見た目が日本の同口径のユニットとはまったく違っていた。

繊細な音がしてきそうな印象の、小口径ユニットだった。

Moduleと型番につくことわかるように、複数個使用を前提としたユニット、
そんなふうな説明を、当時のオーディオ雑誌で読んだ。

けれどジョーダン・ワッツのスピーカーシステムは、1970年代後半、
Jumbo、Jumo、GT、Fragon、Qubique、Jupiter TLSなどがあったが、
Modele Unitを複数個(二発)使用しているのは、Jupiter TLSのみだった。

Fragonはよく知られていたし、オーディオ店で見たことはある。
けれどJupiter TLSの実物を見たのは、十数年前、それも中古で、である。

複数個用いてのModule Unitの音、それに使用例は……、と思っていたところに、
STEREOLA DPS100の製作記事が、サウンドボーイ(1980年10月号)に載った。

初めて聴く型番のスピーカーだった。
ステレオサウンド 12号で紹介されていた、と記事中にあった。
しかも輸入元の今井商事によれば、日本に正式に輸入されたのは一台だけ、とのこと。
知らなくて当然である。

STEREOLA DPS100は、左右一体型のスピーカーで、
両チャンネルあわせて八本のModule Unitを使っている。

Module Unitは、1977年は一本17,000円だった。
1980年にMKIIIになり、耐入力が12Wから20Wへ、ピーク入力は40Wへと高くなっている。
価格も21,000円となった。

サウンドボーイの記事を見て、自分で作ろうとすればユニット代だけで、
21,000円×8で168,000円。

当時高校生だった私には、それだげで無理だった。

Date: 12月 3rd, 2017
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その7)

BOSEの901というスピーカーは、私にとっては、
どこか心の隅にひっかかっている存在である。

欲しい、とまで強烈におもうことはなかったけれど、
いいスピーカーだな、とおもうことは度々あった。

それはきまって井上先生が鳴らされた901の音である。

それ以前も、一度901の音は聴いてはいた。
鳴っているのを聴いた──、ぐらいのものでしかなかった。

おもしろいスピーカーなのかもしれないけど……、その程度の感触しかなかった。
けれど井上先生が、ステレオサウンドの試聴室で鳴らされる901の音は、違った。

この音を聞いているかいないかは、
901という独得のスピーカーの存在を肯定するかどうか、と同じことだ、といいたくなるくらいに、
私の中では901の音は、井上先生が鳴らされた音である。

901に搭載されているユニットは10cm口径のフルレンジである。
それを前面に一発、後面に八発配置している。

901は、私がオーディオに興味をもったときにはすでにあった。
その構成ゆえ、日本では、カワリモノ的スピーカーという括りでもあった。

そういう見方をしうない人でも、
日本のそのころの住宅環境では鳴らしにくいタイプという認識であった。

それでも、なんとなくおもしろいスピーカーだな、と思いながらも、
ユニットが、こんなモノでなくて、
例えば同軸型だったら……、
具体的にいえば、タンノイのHPD295Aがついていたら……、とおもっていた。

小口径フルレンジの良さをわかっていなかったから、である。

Date: 8月 19th, 2014
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その6)

カセットテープの音には、どこかしら、ふわふわした感じを受ける。
この感じは、どんなに高級なデッキを用意したところで、多少は減りはするものの、なくなることはない。

このふわふわした、カセットテープにつきまっている不安定さは、
個人的にオーディオで、もっとも避けたい(取り除きたい)要素のひとつである。

私はカセットテープをそう感じしまう。
けれどこの点も、人さまざまで、カセットテープの音にふわふわした感じ、不安定さを感じない人もいる。
これは再生音に求めている優先順位が、それこそ人によって大きく違っているからであろう。

音の安定を求める私にはカセットテープのふわふわした感じは、
たまに聴く分には、カセットテープの音だな、というふうに受けとめられるが、
日常的に、メインのプログラムソースとなってくると、どうにも我慢できない要素となる。

だが再生音に、安定よりも他の要素をより強く求める人には、
カセットテープのふわふわした感じは、特にそうとは感じないようでもあり、
感じたとしても、そのことが音の不安定さということにはならないようだ。

カセットテープの音に、私と同意見の人もいれば、
そうかな、と首を傾げる人もいよう。

とにかく音は安定していほしい。
だからアナログプレーヤーにEMTの930st、927Dstを求めてきた、ともいえる。

Date: 10月 19th, 2013
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その5)

音像に関して、自分でも少し気にしすぎではないかと思うくらい気になる時はすごく気になる。
四六時中そうではなくて、あまり気にならなくなるときもある。
けれど、どちらかといえば、気になる(気にする)方だと思う。

なぜ気になるのか、と自問すれば、
これは別項「EMT 930stのこと」でも書いているように、
再生音に関して、できるだけ不安定さをなくしていきたいと思っていることと深く関係しているようだ。

とにかく音楽に没頭したい、
音のことを気にせずに没頭するために、まず私が求めているのは音の安定なのだ、と気がついた。
音の安定があるからこそ、こまやかな音の表現は可能になるし、
脆い、儚げとでも表現したくなるような音を、腫れ物に触るように愛でる趣味は、基本的には私にはない。
そんな音を、繊細な音だと曲解・誤解することも、もうない。

そんな音を愛でていくのもオーディオの趣味のありかたとして理解はできても、
そういう音では、私が聴きたい音楽を鳴らすことはできない、とわかっているし、
そんな音を愛でることと、繊細な音とすることとは同じことで決してない。

見せかけだけの、上っ面だけの繊細さは、私はいらない。
だから音の安定を求めてやまない。

Date: 9月 11th, 2013
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その4)

音像についての感じ方は、じつに人さまざまだ、ということに気がついたのは、
ステレオサウンドで働くようになってからだった。

感じ方もそうなのだが、それ以降思うようになったのは、
音像そのものの捉え方が人によって、これもさまざまだということである。

これについては、いずれ音場と音像をテーマにして書くつもりでいる。
だから、ここではこれ以上深くはふれないが、
音像について、私のように非常に気にする人もいれば、まったくそうでない人もいる。
その中間ぐらいの人もいる。

だから私のように気にする人のいうことは、
まったく、もしくはあまり気にしない人にとっては、
マルチウェイのスピーカーシステムの音像に対して、安定さを欠くようには思わないだろう。

それにスピーカーシステムだって、20年前、30年前のモノからすれば、
この点も改善されているのはわかっている。
それでも、よくできた小口径から中口径のフルレンジユニットを素直に鳴らしたときの、
音像の良さの安定感は、安心して聴ける、という点で、やはりはっきりとした違いをいまも感じてしまう。

聴く音楽によっても違ってくるのだが、
音像に不安定さを感じさせるスピーカーシステムで聴く場合、
あえてセンターから外れたところで聴きたくなるときもある。
センターに坐れば、それだけシビアに気になってしまう。
ならばいっそのことセンターからある程度外れたところで聴けば、
特にセンター定位の音像の不安定さに心を惑わされずに、気にすることなく聴けるということもある。

Date: 9月 5th, 2013
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その3)

最初はラジオだった、その次にラジカセで音楽を聴いてきた。
ラジオもラジカセも、私が子供のころにはモノーラルが当り前だった。

ステレオ仕様のラジカセはあったのか。
あったのかもしれないが、手が出せる価格ではなかっただろう。
とにかく小遣いを貯めて買える価格のラジオ、ラジカセは、どれもモノーラルで、
スピーカーはフルレンジユニットだった。

トゥイーターなんてものは、ついてなかった、そういう時代に音楽を聴き始めている。

そういえばテレビもそうだ。
音声多重放送が始る前からだから、モノーラル。
こちらもスピーカーはフルレンジである。
そんなテレビで歌番組を見て(聴いて)育ってきている。

そのためなのかどうかはなんともいえないが、
とにかくステレオ再生において、音像定位に不安定さを感じてしまうのが、どうしてもいやである。

オーディオには、人それぞれ優先順位といえるものがある。
すべてを完全に満足させられる音が得られるのであれば、
こんな優先樹医的なものはいらなくなるけれど、
現実には、この部分には目をつぶれるけど、こちらの部分はそうはいかない──、
それは人によって違っても、みな持っているはず。

私ももっている。
そのひとつが音像定位の良さの安定感である。
もちろん、これだけではないけれど、
いくつかの項目とともに、このことは絶対に譲れないところである。

Date: 9月 5th, 2013
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その2)

いま私はJBLのD130をC40エンクロージュアに入れて聴いている。
内蔵のネットワークN1200とドライバー175DLHを使えば2ウェイとしてもすぐに鳴らせるのだが、
D130をソロで鳴らす魅力に、いまのところぞっこんである。

とはいえ、15インチ(38cm)口径の、このD130をフルレンジユニットの代表として、
誰かにすすめられるかとなると、一般的なフルレンジユニットということでは、
別のユニットをすすめる。

ここでいう別のユニットとは、おもにD130よりも口径の小さなフルレンジユニットという意味合いが強い。

D130もフルレンジユニットとして認識されているけれど、
この項で私が触れたいフルレンジユニットということになると、
その下の12インチ(30cm)でも、まだ大きいと感じる。
ぎりぎり10インチ(25cm)より小さな口径から、一般的な、という意味でのフルレンジユニットになってくる。

つまり、もっと小口径のものもあるのは知っているが、
ここでは4インチ(10cm)、6.5インチ(16cm)、8インチ(20cm)口径のフルレンジユニット、
それも最初に書いたように同軸型構造ではなく、シングルコーンであってもダブルコーンであっても、
ボイスコイルがひとつ(シングルボイスコイル)のモノのことである。

シングルボイスコイルのフルレンジユニットの魅力は、
人によって異ってくるところもあれば共通するところもある。

私がフルレンジユニットの音を聴いて、改めて感じるのは音像定位の良さ、
というよりも、その安定感の良さである。
しかも、この安定感の良さは、口径が小さくなるほどに増してくるところを感じる。
口径が小さくなるにつれて、音のスケールは小さくなっていく傾向にあっても、
こと音像定位の安定感の良さとなると、小口径フルレンジユニットの魅力は増していく。

Date: 9月 5th, 2013
Cate: フルレンジユニット

シングルボイスコイル型フルレンジユニットのいまにおける魅力(その1)

別項「素朴な音、素朴な組合せ」で書いていることと重なることにもなるが、
フルレンジユニット(シングルボイスコイルのユニット)のことについて、いくつか書きたいことがある。

2013年のいま、フルレンジユニットの存在・価値を認めるか、認めないか、
これは、その人のオーディオに対する考え、概念、そして姿勢を現すことにもなる──、私はそう考えている。

ここでいうフルレンジユニットは、
一般的なコーン型のフルレンジユニットのことである。
ユニットの口径は8cm程度から38cmまで、いくつもサイズがある。
そういうユニットについてのことだ。

ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニット、マンガーのBWTユニット、コンデンサー型スピーカーなどは、
あえてここではフルレンジユニットには含めていない。

コーン型の、昔からある、
それこそ世界ではじめてつくられたライスとケロッグによるユニットから、ということになると、
百年弱の歴史をもつ、もっとも見慣れたユニットのことである。

小口径のものだと金属製の振動板も使われているが、
昔から現在にいたるまで、コーン型ユニットの振動板は、まず紙である。

この紙をコーン(円錐)状にし剛性を確保した振動板をもつ、この手のユニットは、
現代のスピーカーシステムの中におけば、周波数特性、歪率、リニアリティ、指向特性など、
測定できるすべての項目において、限界がそれほど高いところにあるわけではない。