Archive for category 歌

Date: 7月 31st, 2017
Cate:

おもいだした文章

7月22日の川崎先生のブログ「知人、友人、親友、いや話相手としての別感覚の友」、
読んでいてふと思い出した文章がある。

黒田先生が1970年の終りに書かれたもの、
レコード藝術別冊「ステレオのすべて──1971」に載っている文章を、
読んでいて思い出していた。
     *
 悲しいのは誰だって同じだ。肝心なのはその悲しみをうたえるかどうかではないのか。ビリー・ストレイホーンがデューク・エリントンにとっていかにかけがえのない男だったかは、少しでもエリントンの仕事ぶりを見てきた人なら判るはずだ。協力者などという安っぽい、計算のかった間柄ではなかった。デューク・エリントンはビリー・ストレイホーンによってデューク・エリントンたりえていた部分があった。誰にもましてエリントンが、それを知っていたにちがいない。ストレイホーンにめぐりあえた幸せと、彼を失った悲しみを、エリントンが、このアルバムでうたっている。
 かけがえのない人を失うというのは、きっと誰にでもあることだろう。すくなくともひとりきりで生きられる強い人をのぞいては。ぼくにもあった。なにをはなしあったというのではない。なにか人にできないようなことをしたというものでもない。でも、ある時、なんの前ぶれもなくこの世の人間でなくなってしまったぼくの友人は、いなくなるということで、ぼくの中での彼の存在の大きさをぼくに教えた。
 A面の六曲、B面の5極がビッグ・バンドで演奏された後、人びとのざわめきをバックに、エリントンがピアノをひきはじめる。ストレイホーンの作品「蓮の花」だ。ざわめきはしずまり、エリントンのピアノがつづく。これは、エリントンだけにうたえた、ストレイホーンへの告別の歌ではないのか。
 悲しみをうたえることへのねたましさを、その時ほど感じたことはなかった。ぼくは、ぼくをおきざりにした友人に、なにがうたえたというのだ。心の中にできた空洞をもてあましているときにきいた、エリントンの、ストレイホーンへの告別の歌は、その切実さによって、たえがたかった。
 少しもしめっていない。あるとすればそれは、青い空のさびしさだ。男から男にだけ通じる抒情。しかしエリントンはその伝達の手段をもっていた。彼は音楽家だった。ピアノでうたうことができた。おそらくこの「蓮の花」、レコードにおさめることを意識して演奏されたのではないだろう。つまり、エリントンのつぶやき。つぶやきが歌になり、その歌には、なつかしい人を見やるやさしい目が感じられる。
     *
どのレコードなのかは、書く必要はないだろう。

Date: 7月 21st, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その21)

こうやってオーディオのことを毎日書いていると、いろいろなことを思い出す。
直接関係のあること、直接の関係はないけれど、間接的に関係していること、
それにまったく無関係に思えることまでも思い出す。

この項を書いていて思い出したのは、井上先生が、
1993年のステレオサウンド別冊「JBLのすべて」に書かれていたことだった。
     *
 奇しくもJBLのC34を聴いたのは、飛行館スタジオにちかい当時のコロムビア・大蔵スタジオのモニタールームであった。作曲家の古賀先生を拝見したのも記憶に新しいが、そのときの録音は、もっとも嫌いな歌謡曲、それも島倉千代子であった。しかしマイクを通しJBLから聴かれた音は、得も言われぬ見事なもので、嫌いな歌手の声が天の声にも増して素晴らしかったことに驚歎したのである。
     *
美空ひばりは《鳥肌の立つほど嫌いな存在》、
《若さのポーズもあって》、バロックと現代音楽ばかりを聴いていた時期の若い瀬川先生は、
《歌謡曲そのものさえバカにして》いた。

ステレオサウンド 60号で、アルテックのA4について語られる瀬川先生は、
美空ひばりの体験をあげられている。
     *
 たまたま中2階の売場に、輸入クラシック・レコードを買いにいってたところですから、ギョッとしたわけですが、しかし、ギョッとしながらも、いまだに耳のなかにあのとき店内いっぱいにひびきわたった、このA4の音というのは、忘れがたく、焼きついているんですよ。
 ぼくの耳のなかでは、やっぱり、突如、鳴った美空ひばりの声が、印象的にのこっているわけですよ。時とともに非常に美化されてのこっている。あれだけリッチな朗々とした、なんとも言えないひびきのいい音というのは、ぼくはあとにも先にも聴いたことがなかった。
     *
井上先生にとっての島倉千代子とJBL、
瀬川先生にとっての美空ひばりとアルテック、
おそらく時期もそう離れていないはずだ。

毛嫌いしているといえる歌謡曲と歌手の歌を、
JBLとアルテックは、驚歎するほどの音で聴かせてくれている。

井上先生は、続けてこう書かれている。
     *
 しかし自らのJBLへの道は夜空の星よりもはるかに遠く、かなりの歳月を経て、175DLH、130A、N1200、国産C36で音を出したのが、私にとって最初のJBLであった。しかし、かつてのあの感激は再現せず、音そのものが一期一会であることを思い知らされたものである。
     *
瀬川先生も《あとにも先にも聴いたことがなかった》といわれている。

Date: 6月 18th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その20)

グラシェラ・スサーナの日本語の歌と出逢ったのは1976年秋だった。
「五味オーディオ教室」とほぼ同じころに出逢っている。

そのころも歌のうまい歌手はいた。
テレビから流れてくる日本人の歌手の歌唱を聴いて、うまいと思ったことはある。
いい歌だ、と思ったこともある。

でもグラシェラ・スサーナの日本語の歌を聴いたとき、
これが歌なのか、とまいってしまった。
たった一枚のシングル盤を、その日を何度も何度も聴いた。

それから夢中になって聴いてきた。
聴けば聴くほど、不思議に思うことがあった。

グラシェラ・スサーナは1953年生れで、
1971年に初来日している。つまり18最で日本に来ている。
翌’72年に最初のアルバム「愛の音」が出ている。

よく知られる「アドロ・サバの女王」は’73年のアルバムだ。
グラシェラ・スサーナが18、19のころの録音である。

1970年代の終りごろ、テレビにもグラシェラ・スサーナは出ていた。
初来日から八年くらい経っていたはずなのに、日本語はたどたどしかった。

「愛の音」「アドロ・サバの女王」のころのスサーナは、
日本語はまったく話せなかったはずである。
なのに、グラシェラ・スサーナの日本語の歌に、
他のどんな歌手による日本語の歌よりも、私は感動した。

感動しながらも、なぜ? と疑問があった。
日本語が話せないのに……、という疑問である。

スサーナは、日本語の歌の「色」を感じとっていたのだろう。
最初に聴いてから40年が経っての結論である。

同時にアルテックでの日本語の歌が素晴らしかったのは、
アルテックのスピーカーが、”The Voice of the Theatre System”だから、
といってしまうと、あまりにも当り前すぎるが、
”The Voice of the Theatre System”の優れているのは、
声の明瞭度だけでなく、言葉の「色」の再現にあるのだろう。

Date: 6月 16th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その19)

日本語を全く解さぬ者、と書いた。

日本語の歌を録音するには日本人でなければならない、という意味ではない。
日本で生まれ、日本で育ってきた日本人でなければ、
日本語の歌を録音することはできない、などとは思っていない。

日本語が話せなくとも、見事な日本語の歌を録れる人はいるはずだ。
一方で、どんなに日本語を流暢に話せる日本人であっても、
日本語の歌を見事に録れるとはかぎらない。

ここでも、内田光子の、言葉と「色」は深く結びついている、と語っていたことが頭に浮ぶ。
言葉と「心」も切り離せない、ともいっていたことも浮ぶ。

結局、そこなのだ、と思う。
日本語の「色」を録れる人とそうでない人とがいる。
それは、日本語の「色」を感じとれない人には、日本語の「色」は録れない、ということだ。
その意味での、日本語を全く解せぬ者、である。

「音楽 オーディオ 人々」という本がある。
トリオ(現ケンウッド)の創業者である中野英男氏の著書である。
この本に「日本人の作るレコード」という章がある。
そこにアンドレ・シャルランのことが書かれてある。
     *
シャルランから筆が逸れたが、彼と最も強烈な出会いを経験した人として若林駿介さんを挙げないわけにはいかない。十数年前だったと思うが、若林さんが岩城宏之——N響のコンビで〝第五・未完成〟のレコードを作られたことがあった。戦後初めての試みで、日本のオーケストラの到達したひとつの水準を見事に録音した素晴しいレコードであった。若くて美しい奥様と渡欧の計画を練っておられた氏は、シャルラン訪問をそのスケジュールに加え、私の紹介状を携えてパリのシャンゼリゼ劇場のうしろにあるシャルランのスタジオを訪れたのである。両氏の話題は当然のことながら録音、特に若林さんのお持ちになったレコードに集中した。シャルランは、東の国から来た若いミキサーがひどく気に入ったらしく、半日がかりでこのレコードのミキシング技術の批評と指導を試みたという。当時シャルラン六十歳、若林さんはまだ三十四、五歳だったと思う。SP時代より数えて、制作レコードでディスク大賞に輝くもの一〇〇を超える西欧の老巨匠と東洋の新鋭エンジニアのパリでの語らいは、正に一幅の画を思わせる風景であったと想像される。
 事件はその後に起こった。語らいを終えて礼を言う若林さんに、シャルランは「それはそうと、あなた方は何故ベートーヴェンやシューベルトのレコードなんか作るのですか」と尋ねたのである。録音の技術上の問題は別として、シャルランはあのレコードの存在価値を全く認めていなかったのである。若林さんが受けた衝撃は大きかった。それを伝え聞いた私の衝撃もまた大きかった。
     *
ここに出てくる
「あなた方は何故ベートーヴェンやシューベルトのレコードなんか作るのですか」
というアンドレ・シャルランの言葉は、日本語の歌にもいえることのはずだ。

Date: 6月 15th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その18)

6月のaudio wednesdayで聴いた八代亜紀のCD「VOICE」は、
グラシェラ・スサーナ、藤圭子、美空ひばりの日本語の歌とは、はっきりと異質だった。

八代亜紀も昔の録音のCDならば、そんなことはなかったはずである。
今回聴いた八代亜紀のCDに関してのみなのか、それとも最近の録音がそうなのか。
そのへんははっきりとしないが、ふたつのスピーカーの中央から聴こえてくる八代亜紀の声には、
いわゆる肉体がなかった。

グラシェラ・スサーナ、藤圭子、美空ひばりにおいて、
十全な肉体の再現ができていた、とはいわないが、
少なくとも肉体を感じたし、その気配ははっきりとあった。

そこにグラシェラ・スサーナなり、藤圭子なり、美空ひばりがいるという、
ある種のリアリティがあった鳴り方だった。

ところがグラシェラ・スサーナ、藤圭子、美空ひばりよりも新しい録音の八代亜紀では、
リアリティが感じられなかった。
左右のスピーカーの中央から八代亜紀の声がしている、ただそれだけである。
しかもその日本語が不鮮明である。

音として不鮮明なのではない。
日本語ということばとしての不鮮明さがあった。

日本語を全く解さぬ者による、
しかも人の声も楽器の音も、明確な区別のないままの録音──、
そんなこと想像してしまうほど、日本語の歌を聴きたいと思っている者をがっかりさせる。

今回、八代亜紀のCDに感じたことは、J-POPと呼ばれる曲でも、
ここ最近何度か感じていた。
でも、それは、初めて聴く歌手の歌ということもあって、
そういう歌い方なのかもしれない……、と思っていた。

でも八代亜紀は、ずっと以前はテレビから流れる歌を聴いていたし、
「舟歌」はあるところでじっくり聴く機会もあった。

八代亜紀は、そういう歌い方をする歌い手ではない。
それとも八代亜紀の歌い方が変ってしまったのか……。
私はそうとは思えず、原因は録音側にあるよう気がしている。

Date: 6月 11th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その17)

5月のOTOTENでのCSポートのブースての美空ひばりのことについては、
別項『30年ぶりの「THE DIALOGUE」(その5)』でも触れている。

音量は大きかった。
大きかったこと自体は、それはそれでいいと思っている。

あの音量で美空ひばりを聴いていて、
何かで見た美空ひばりの東京ドームでのコンサートの模様を思い出していた。

何も東京ドームでなくてもいい、地方のホールでもいいわけだが、
美空ひばりの熱心な聴き手の多くは、オーディオを介して、ではなく、
美空ひばりのコンサートに足を運んで、という人が多いのかもしれない──、
ああっ、これはコンサートホールで聴く美空ひばりの音量に近いのではないか、
そんなことを思っていた。

CSポートのブースでの美空ひばりの「川の流れのように」に感じた不満は、
音量の大きさではなく、別のところにある。

全体に明るいのだ。
音量の大きさから明るさもあったと思うが、
それ以上に、ここで美空ひばりの歌を鳴らしているシステム全体の傾向が、
美空ひばりの歌には少しばかり明るすぎるように、私の耳には聴こえた。

アナログプレーヤーとパワーアンプはCSポートの製品だったが、
他はTADの製品でかためられていた。

そのへんも関係してのことかもしれない。
美空ひばりが堂々と目の前で歌っていても、どこか他人事のようにしか感じられなかった。

2015年のインターナショナルオーディオショウでのヤマハNS5000の試作機で、
同じ音量で、同じアンプとプレーヤーで美空ひばりを聴いたら、
ニュアンスの違いはあっても、同じようにしか感じられなかったかもしれない。

6月のaudio wednesdayで、八代亜紀のCDを聴いた。
割りと新しい録音のようだった。
このCDでの八代亜紀の日本語には、首を傾げざるをえなかった。
最初、耳が急に悪くなったのか、と思ったほど、歌詞がうまく聴きとれない。

八代亜紀のCDの前に、グラシェラ・スサーナ、
藤圭子、美空ひばりの歌においては、なんの問題もなく日本語の歌詞が聴きとれるのに、
これらのCDの中では、新しい録音のCDにも関わらず八代亜紀の歌が聴き取りにくい。

この後にグラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」をかけたのは、
そのことを確認する意味もあった。
これはもう、そういう録音だと思わざるをえない。

なんだろう、この日本語の歌の扱いのぞんざいさは……、とおもうことが、
この八代亜紀のCDだけでなく、いくつか感じてしまうことが続いている。

Date: 6月 4th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その16)

喫茶茶会記のアルテックでグラシェラ・スサーナを、
特に聴きたいと思わなかったのは、それまで鳴らしてきた女性ヴォーカル、
それらの日本語の歌に聴き惚れることがなかったためでもある。

宇多田ヒカルはまるで鳴らない、と感じている。
宇多田ヒカルのディスクをもっていないから、自分のシステムで聴くことはない。
あくまでも喫茶茶会記で鳴っている音でしか判断できないのだが、
そこでの日本語に何ら魅力を感じない、というから、感じられないのである。

グラシェラ・スサーナによる日本語の歌を聴くのとは違う態度で、
宇多田ヒカルの音楽に接するのであれば、魅力を感じないわけではないが、
日本語の歌とのひとつとして聴こうとすると、私はダメである。

5月のaudio wednesdayでは竹内まりやも、よく鳴らなかった。
松田聖子は、というと、ほぼ毎回聴いているけれど、魅力を感じているわけでもない。

何が違うのだろうか、とやはり思う。
どれも日本語の歌にも関わらず、
日本語の歌としては、多少キズのあるといえるグラシェラ・スサーナの歌が、
いちばん私の心に響くのはなぜなのか。

おそらく美空ひばりをかけたら、聴き惚れるであろう。
そう思えるのは、そこでの声(歌)が、陰翳を求めているのか、
必要としていないのかの違いからかもしれない。

グラシェラ・スサーナも美空ひばりも、その声(歌)は陰翳を求めている。
宇多田ヒカルがそうとは思えない。
松田聖子にしても、そうであろう。

ここで、そうだ、と思い出すのは5月のOTOTENでの、
あるブースで鳴っていた美空ひばりの声(歌)である。

Date: 6月 4th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その15)

(その13)で引用しているように、
H氏はCH191にリボン型トゥイーターを加えることを考えられていた。

このリボン型トゥイーターはパイオニアのPT-R7ではなく、
おそらくピラミッドのT1のはずだ。
CN191は100dBをこえる能率のスピーカーだから、T1も、より高能率のT1Hであろう。

T1ならば、CN191とうまくつながるかもしれない、と当時読みながらそう思っていた。
T1の音もCN191の音も聴いてはいなかった。
それでも、そんなふうに思っていた。

56号で瀬川先生が挙げられていたのは、アルテックのA7ではなくA7Xである。
A7XとはA7にホーン型トゥイーターを加えたモノで、
アルテックからトゥイーターといえば3000Hくらいしかなかったころで、
A7Xのトゥイーターも、ほぼ間違いなく日本製のはすだ。

604-8Hを中心とした4ウェイの6041のトゥイーターはコーラル製だった。
ということは、A7Xのそれもコーラル製の可能性は高い。

A7Xの音はどうだったのだろうか。
聴く機会はなかった。
喫茶茶会記のアルテックも、グッドマンのドーム型トゥイーターが加えられている。
これは、渋谷にあったジャズ喫茶・音楽館のシステムを譲り受けてだからである。

このグッドマンのトゥイーター、お世辞にも優れているとはいえない。
それでもあるとなしの音を聴くと、3ウェイにしたことのメリットは感じられる。
ただいかせんトゥイーターの質があまりよくないから、
あのトゥイーターだったら……、と考えたりもする。

つまりはBiton Majorにトゥイーターを加えるなら……、
ということを考えているわけだが、
その一方で、日本語の歌すべてが喫茶茶会記のアルテックでうまく鳴っていたわけではない、
そのことについても考えている。

Date: 6月 4th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その14)

Biton Majorのオリジナルを聴く機会は、ほとんどないだろう。
そんな気がしている。

ヴァイタヴォックスは復活している。
そのことは別項に書いている。
とはいえ、価格は相当なものである。
CN191はあるが、Biton Majorはない。

そうだろうな、とは思える。
Biton Majorは、やはりあまり売れなかった(人気もなかった)のだろう。

Biton Majorを手に入れた人にとっては、そんなことはどうでもいい。
ヴァイタヴォックスでなければ聴けぬ陰翳ある音色に惚れ込んでいれば、
手離すこともないのだろう。

ヴァイタヴォックスの音は、ますます貴重となっていくのではないか。
往年のアルテックの音もそうだ。

そういう音が、いま私の心をとらえている。
しかも日本語の歌を聴きたいがために、である。

復刻されたヴァイタヴォックスは高価だが、
ユニットも単体で販売されているし、スペアパーツの提供もなされている。
ウーファーのコーン紙、ドライバーのダイアフラムも新品が入手できる。
ならば……、とあれこれ妄想してしまう。

Date: 6月 4th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その13)

ステレオサウンド 51号の「オーディオ巡礼」の最後には、こうある。
     *
 大事なことなので言っておきたいが、H邸のクリプッシュホーンも拙宅のオートグラフも、オリジナル・エンクロージァなので、そうでなければ断じて出ないソノリティというものがある。ハーモニィの陰翳とでも言うほかないこの音のニュアンスは、かなり使いこまねば出てこない。金にあかせ、名器の評判の大型スピーカーやアンプを揃えたところで、それだけでは音楽でなく、特性のいい音しか聴こえないだろう。特性のいい音は、たとえば弦のユニゾンがシンセサイザーの音に化す。周波数レンジがのびるほどシンセサイザー的にきこえる。だが弦のユニゾンはあの飴色をしたヴァイオリンを馬の尻尾で鳴らした音の総合なので、断じてシンセサイザーの響かせる音ではない。その辺のちがいのわからぬ手合いが、大金を投じて馬鹿でかいアンプやスピーカーを購入して足れりとしたり、物理特性がよければそれで音がいいと思っている。そういう人には多分、クリプッシュホーンはレンジのせまい音としか聴こえないだろう。だが何という調和のとれた、私には美しい音だったろう。
 H氏は、じつはまだ音が不満で、何故なら古い録音のレコードなら良いのだが、多チャンネルで収録した最新録音盤では、高域の輝きに欠けるし、測定データをとってみてもクリプッシュホーンは340ヘルツあたりで10デシベルちかく落ちこんでいる。このためチェロが玲瓏たる音をきかせてくれないので、高域にはリボン・トゥイーターを加え、340ヘルツあたりも何とか工夫したいと言う。このオーディオの道ばかりは際限のない、どうかするとドロ沼におち込む世界だ、それは私も知っているが、特性を追いすぎるとシンセサイザーになるのを危惧して、夫人に「いじらせないように」と言ったわけである。もっとも、私を送ってくれる車中で彼はこう言った。「どれほど優秀なシステムでも、今は、オリジナルにどこかユーザーが手を加えねば、マルチ・チャンネル方式で録音される現在のオーディオサウンドを十全には再生できない。どこにどう手を加えるかがリスナーの勝負どころだろうと思うんです。オリジナルをいじるというのは邪道かもしれないし、本当はたいへんむつかしいことでしょう、しかしうまくそれがなし得たとき、はじめて、その装置は自分のものになったといえるんじゃないですか」そうかも知れない、私もそれは感じていることだが、まあそういうものが完成したら又きかせてもらいましょう、と言った。内心では、家庭で音楽を鑑賞するためのオーディオなら、今の音で十分ではないか、とやっぱり思っていた。
     *
五味先生が訪問されたH氏(ステレオサウンドの原田勲氏)は、
このときヴァイタヴォックスのCN191 Corner Hornを鳴らされていた。

いまもそうだが当時も輸入元は今井商事で、
CN191もそうだがBiton Majorも国産エンクロージュアのモデルも併売していた。

CN191は796,000円だったが、国産エンクロージュア仕様だと606,000円、
Biton Majorは536,000円が、国産エンクロージュア仕様だと400,000円になる。
その他にも、インペリアルからBiton Majorのエンクロージュアが125,000円、
CN191のエンクロージュアが350,000円で発売されていた。

ヴァイタヴォックスのオリジナル・エンクロージュアも単体で販売されていた。
CN191が540,000円、Biton Majorが144,000円である(価格はいずれも一本)。

CN191の中古を何度かみかけたことがある。
国産エンクロージュアだったことが二度あった。
Biton Majorはみかけたことがない。

CN191の陰にかくれて人気がなかったのだろうか。
記憶に間違いなければ、三井啓氏がBiton Majorだったはずだ。

Date: 6月 2nd, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その12)

ヴァイタヴォックスのスピーカーシステムといえば、
わが国ではCN191 Corner Hornがもっとも知られる存在である。

CN191の上にBass Binというモデルもあったが、こちらは完全な劇場用であり、
家庭でこのモデルを鳴らしている人は、ほとんどいないと思われる。

CN191の他に、もうひとつBiton Majorがあった。
CN191の陰にかくれがちなこのスピーカーは、
アルテックのMagnificentと同じ構成である。

Magnificentには、もうひとつ型番があってA7-500W-1ともいう。
A7がついていることからもわかるように、基本的には劇場用のA7をベースに、
家庭用に仕上げ直したモデルである。

エンクロージュアの基本は、828である。
フロントショートホーン付きのエンクロージュアを、A7の使用方法とは上下逆に使う。
フロントショートホーンが下部にくる。
エンクロージュアの上部に乗っていたホーンとドライバーを、開口部に持ってくる。
仕上げも素っ気ないA7とは対照的にウォールナット仕上げで、格子グリルを備える。

Biton Majorもそうである。
こちらには格子グリルはつかないが、エンクロージュアの構成、使い方もMagnificentと同じである。

ステレオサウンド 43号で、このスピーカーの存在を知った。
     *
ヴァイタヴォックスの音をひと口でいえば、アルテックの英国版。要するにアルテックの朗々と響きの豊かで暖かい、しかしアメリカ流にやや身振りの大きな音を、イギリス風に渋く地味に包み込んだという感じ。A7−500−8のレンジをもう少し広げて、繊細感と渋味の加わった音がバイトーン・メイジャー。
     *
でも、このころはCN191のほうに目が行ってしまっていた。

Date: 6月 2nd, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その11)

こういうふうに鳴ってくれるのであれば、アルテックで聴く日本語の歌はいい──、
そう思いながらも、欲深いのか、これがヴァイタヴォックスならば……、と思ってしまう。

日本語の歌といっても、
私の場合、グラシェラ・スサーナによる日本語の歌といいかえてもいいくらいに、
他の歌手による日本語の歌のディスクはそれほど持っていない。
しかも男性歌手よりも女性歌手の方が多く、
いうまでもなくグラシェラ・スサーナも女性である。

だから、ヴァイタヴォックスならば……、と思ってしまうわけだ。
久しく聴いていない、英国のアルテック的スピーカーともいえるヴァイタヴォックスのことをおもう。

ヴァイタヴォックスならば、もっとしんみりと鳴ってくれるのではないか、
ヴァイタヴォックスならば、もっと気品ある声で鳴ってくれそうである、とか、
ヴァイタヴォックスならば……、そんなことをつい思ってしまう。

ヴァイタヴォックスの音は、何度か聴く機会があった。
いいスピーカーである。
でも、一度も日本語の歌をヴァイタヴォックスで聴きたいと思ったことはなかった。
それは、どこかアルテックで聴きたいと思わなかったことと近いのかもしれない。

それが、いま無性にヴァイタヴォックスでグラシェラ・スサーナの歌を聴いてみたい、と思っている。
アルテックで聴いたからである。

Date: 6月 2nd, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その10)

もうひとつ思い出していたことがある。
美空ひばりとアルテックについて、である。

ナロウレンジ考(その16)」と(その15)に書いていることである。

瀬川先生が、銀座の日本楽器でアルテックのA4から突如として鳴ってきた美空ひばりの歌、
その音について書かれているのが(その16)、
美空ひばり自身が、アルテックのA7から鳴ってきた自身の歌をきいて、
「このスピーカーから私の声がしている」がいったというエピソード。

美空ひばりを演歌歌手という人もいるのには少々驚くが、
歌謡曲といってしまうのも少々抵抗感があるし、
そういうことに拘らずに、日本語の歌をうたってきた歌手という認識でいいとおもう。

美空ひばりの日本語の歌は、多くのJ-POPでうたわれる日本語の歌とは違う。
昔からの日本語の歌をきかせてくれる。

その美空ひばりをアルテックが、うまく鳴らすという事実。
ずっと以前から、その事実はある。

たった二例をもってして、事実と言い切るのか、と問われれば、
そうだ、と答えたくなるほど、
アルテックで聴くグラシェラ・スサーナの日本語の歌はよかった。

この時のシステムのセッティングにかけた時間は30分ほどであるから、
まだまだこまかな不備は感じられたけれど、大事なところはきちんと鳴っていた。
おそらく日本のスピーカーで聴くよりも、
ずっと日本人の気持を歌にのせて聴き手に伝えてくれる音であった。

このことをオーディオ的にとらえれば、
ヤマハNS5000の試作機が日本語の歌をまったく鳴らせられなかったことの裏返しでもあろう。

Date: 5月 28th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その9)

アルテックがまだ健在だった時代、
JBLのライバルでもあった時代、
いいかげんに鳴らした場合、JBLはじゃじゃ馬的になることが多々あったのに比べ、
そんな鳴らし方でもアルテックのスピーカーは、聴き手を困惑させるような音を出すことはなかった。

でも、そういう性格のためか、
たまたま私の周りがそうだっただけなのか、
アルテックを真剣に鳴らしている人(ところ)の音には縁がなかった。

不思議と縁はなかった。
けれど喫茶茶会記で音を出すようになってからは、
アルテック(トゥイーターはグッドマンのドーム型の3ウェイ)を、
毎月第一水曜日に鳴らしている。

そうしていれば、アルテックに対する、こちらの意識も少しずつ変化してきたようだ。
5月のaudio wednesdayへ行く前に、タワーレコードに寄った。
最近あまり寄らなくなったフロアー(J-POP、歌謡曲)を見ていた。

グラシェラ・スサーナの新譜が出ているわけではないが、ふと見たら、
ベスト盤が期間限定で通常の約半額で並んでいた。

LP時代のアルバムをそのままCDにしてほしいと思っていても、
発売されるのはベスト盤がほとんどで、そうなると収録曲の大半はダブってくる。

半額になっていたベスト盤は、そんな理由でもっていなかった。
ほんの数曲、初CD化なのだけれど手を出しはしなかった。
でも半額なら……、と買ってしまった。

audio wednesdayでも鳴らすつもりはなかった。
でも、なんとなく、その日はグラシェラ・スサーナがうまく鳴ってくれそうな気がした。
これまでにも日本語の歌の女性ヴォーカルは鳴らしてきている。

松田聖子、荒井由実、竹内まりや、宇多田ヒカルなどは鳴らしていた。
そこでの鳴り方を聴いても、グラシェラ・スサーナを鳴らしたい、
つまりは聴きたいとは思わなかったのに、この日は違った。

違っていたのは聴き手のこちら側の気持ちだけではなく、
アルテックの鳴り方違っていたようだ。

軽い気持だった、うまく鳴らなかったら、途中で鳴らすのをやめようくらいでいたにも関わらず、
鳴ってきた音は、グラシェラ・スサーナの声(「色」)だった。
違和感はまったくなかっただけでなく、
こんなに雰囲気よく日本語の歌を鳴らしてくれるのか、という驚きもあった。

不思議な気持ちになった。
瀬川先生がステレオサウンド 56号に書かれていることを頭のなかで反芻していた。

Date: 5月 27th, 2017
Cate:

日本の歌、日本語の歌(アルテックで聴く・その8)

ヤマハNS5000の試作機が、日本語の歌をてんでうまく鳴らせなかった原因については、
私なりの仮説がある。
その分野に関して、まだまだ知識がたりないので断言はできないが、
最終的には日本語の「色」に関係してくることでもある。

つまりは日本語の「色」について考えた上での仮説である。
少なくとも私にとって試作機のNS5000は、
日本語の歌を聴きたいとは思わせない「色」のスピーカーだったし、
正式モデルになってからのNS5000は、特に聴きたいとは思えなくなってしまったスピーカーだ。

美しい日本語の歌を、日本のスピーカーはうまく鳴らしてくれないのか、と思う。
ダイヤトーンの2S350はうまく鳴らしてくれそうだが、
その後に登場した数多くのスピーカーのどれだけが日本語の歌を、
私が聴きたい音(「色」)で鳴らしてくれるであろうか。

私が聴きたいのはJ-POPと呼ばれる日本語の歌ではない。
歌謡曲といわれる日本語の歌を聴きたい。

もっといえば、もっと狭めていえば、
グラシェラ・スサーナによる日本語の歌を聴きたい。

ステレオサウンドにいたころ、数多くの日本製のスピーカーを聴いてきた。
一度として、グラシェラ・スサーナを、このスピーカーで! と思ったことはなかった。

そのころは、そのことに関して疑問も抱かなかったし、
深く考えることもしていなかった。

アルテックのスピーカーは、別の意味で日本語の歌を積極的に聴きたいとは思っていなかった。
604ならば、瀬川先生がエリカ・ケートについて書かれているのを読んでいるだけに、
いつの日か……とは思っているけれど、
A5、A7といった劇場用のスピーカーは、
しんみりと独りで聴きたいという雰囲気から遠く離れているふうに感じていたからだ。

それにいくつか聴いてきた、A7、A5と同じユニットによる自作スピーカーの音が、
いっそうそう思わせていたからだ。