Archive for 10月, 2010

Date: 10月 31st, 2010
Cate: 使いこなし

使いこなしのこと(その31)

オーディオは──それもステレオになってからは──、「和」の世界だとつくづく思う。
この「和」については、別項の「ハイ・フィデリティ再考」でいずれ語る。

なのに、比較試聴では、どうしても意識は「差」にとらわれがちになる。
使いこなしの過程で、何かを変更する。
そのとき、前の状態の音と変更後の音を比較して、どちらがいい音なのかを判断して選択する。

このとき耳は、「差」に強く向いてしまう。これは仕方のないことだ。
だが、「差」ばかりに向いてしまっていては、結局判断を誤ることにつながるだろう。
だからこそ、つねに「和」をこころがけておくこと。
音の「和」からオーディオの美は生まれてくる、と思っている。

Date: 10月 30th, 2010
Cate: トーラス

同軸型はトーラスなのか(その24)

私が昔読んでいたアンプの設計の基礎について書かれた本には、
NFBをかける前のアンプのゲイン(オープンループゲイン)は、無限大が理想だとあった。

アンプの仕上りゲイン(つまりNFBをかけた状態、クローズドループゲイン)が30dBが必要だったとしたら、
オープンループゲインがほんとうに無限大であれば、無限大のNFBをかけることができ、
そのことによる性能の改善の度合ははかりしれないものがあり、NFBアンプとしては理想的な姿となる。

ではオープンループゲインを無限大は無理としても、できるだけゲインをかせぐために、
増幅率の高い素子を使い、増幅段数を増やしていけば増やせないわけではないが、
そこにはやはり無理が生じて、回路の複雑化にともない高域の位相特性の悪化、
それにTIM歪も発生し、動作そのものが不安定になりやすくなる。

そんな状態でNFBをかけたところで、優れたアンプにはほどとおい状態にしか仕上らない。

一般的な素子を使い、増幅段数も十分安定した範囲までおさえて、
つまり言いかえれば、これまで培ってきたアンプの回路をそのままいかしながら、
オープンループゲインを飛躍的にあげる手法が、テクニクスの開発したリニアフィードバック回路である。

リニアフィードバック回路は、簡単に説明するならポジティヴフィードバック(PFB)を併用した回路である。
真空管アンプ時代からPFBとNFBを組み合わせた技術はあった。
実際の製品にもとり入れられている。
ダイナコの真空管アンプもそうだし、スチューダーのオープンリールデッキのC37の再生アンプもそうだ。
ただ、その使い方はテクニクスのリニアフィードバック回路とは異なる。

Date: 10月 29th, 2010
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その33)

パイオニアのExclusive M4は、1979年ごろに改良されてM4aになっている。
いちどふたつを聴きくらべる機会があった。
M4aはほぼ新品にちかいモノ、M4はずいぶん試聴用として使われていたモノ。
そういうモノでの比較ではあったが、当時の私の耳に魅力的に聴こえたのはM4のほうだった。

あのころいわれていたAクラス・アンプの音──、
やわらかくなめらかで、しっとりしたところのある音(Aクラス・アンプすべてがこういう音ではないけれども)、
そんなイメージをそのまま聴かせてくれたのがM4のほうだった。

そのときより以前に聴いた時も、そんなよさは感じていた。
とにかく、しっとりした鳴り方は、M4aと聴きくらべると、M4特有のものだといいたくなるところがある。

M4aへの改良は’80年ごろだけにDCアンプ化されてたのかと思ったけれど、
どうもそうではないようで、回路面では大きな変更はなされてなかったと記憶している。
いわゆる細部の再検討による改良(変更)だった。

他の国産アンプはマークIIになるとき、回路面でも変更が加えられることからすると、
だからM4とM4aの違いは小さいものかもしれないけれど、
M4のしっとりしたまろやかな、とくに中音域における特有の魅力に惹かれた者にとっては、
M4aの音は、そのいちばんおいしく感じられたところが薄くなっている、と感じた。

いま思うと、M4の魅力は中音域の魅力だった。
非常に質の良いフルレンジスピーカーユニットに通じるところもあって、
聴いているときには意識しないけれども、ややナロウレンジ的な音のよさだったのかもしれない。
そのへん、M4aになると変っている。ワイドレンジ的になったといおうか。

だからといって中音域が薄くなったわけではないが、高域においても低音域においても、
M4よりは音の密度が増しているためなのか、中音域の魅力は相対的に薄れてしまったのかもしれない。

パワーアンプとして、どちらが完成度が高いかととわれれば、M4aだと思う。
でも記憶に残る音の魅力に関しては、M4のほうが上だと、私は感じている。

Date: 10月 28th, 2010
Cate: 選択

オーディオ機器を選ぶということ(その12)

オーディオのシステムは、ひとつのモノだけでは成りたたない。
どんなに優秀なスピーカーシステムを手にいれたとしても、それだけでは音は出ない。

あたりまえすぎる話だが、アンプが必要になり、CDプレーヤーなりアナログプレーヤーも要る。
すくなくともこの3点が揃わなければ、音は出ない。

いま日本で入手できるそれぞれの数はいったいどのくらいあるのだろうか。
オーディオマニアを対象にしたモノにかぎっても、かなりの数となり、
それらの組合せとなると、たいへんな数だ。

それに実際のオーディオマニアは、なにも現行製品ばかりでシステムを組んでいるわけではない。
ずっと愛用してきた、すでに製造中止になって久しいモノもある。
それに自作のモノもある。
そうなると、この日本だけに限っても、そのシステムの多彩さは、いったいどれだけの幅があるのだろうか。
そして、そこに部屋(リスニングルーム)が加わる。

同じ装置、同じ部屋が存在していてとしても、鳴らす人が同じでなければ、同じ音は出ないのが、オーディオである。

システムが違い、部屋が違い、人も違う。
人の数だけ、同じレコードが、それぞれの音で鳴っている。

この事実は、つまり万人のための音はありえない、ということでもあるはずだ。

「万人のための音」を英訳しろといわれたら、
多くの人が、おそらくユニバーサルサウンド(universal sound)と答えるだろう。
だが、ユニバーサルサウンドを、万人のための音、と訳していいのだろうか。

Date: 10月 27th, 2010
Cate: 言葉

ふと思ったこと……

「音は人なり」となんども書いてきた。
「人は音なり」ということも書いた。

いまふと思ったのは、「音は人なり」にはすこし違う側面もある、ということ。
「音は人なり」は説明は要らないだろうが、その人が出す音には、その人となりが出てくる。
「音は人なり」を否定している人の音であろうと、それははっきりと出ている。

今日思ったのは、その「音」ではなく、その人が出会う「音」について、である。

オーディオの音、つまりスピーカーが鳴らす音だけに限定しても、自分の音だけでなく、
他の人の音を聴く機会は、積極的に機会をつくらなくても自然と訪れる。

自分の音以外の「音」──、
どういった音とめぐり会えるのかも「音は人なり」だと思う。そして「人は音なり」だともおもう。

オーディオの魔力にとりつかれるような音とめぐり会えたのかどうか、という面においてそうである。
そういう音に出会えなかったのは不幸なのか、は人によってちがってくるだろう。
出会わなかったことによって、オーディオなんて……、という気持がどこかに残ったまま、
オーディオを介して音を聴いている、オーディオを調整しているほうが、
じつは、オーディオに対しては気楽に生きられるのかもしれない。

だけど、なぜ、そういう魔力を持った音とめぐり会えないのか、その理由は「音は人なり」にある。

Date: 10月 26th, 2010
Cate: 選択

オーディオ機器を選ぶということ(その11)

われわれの言おうとする事がたとえ何であっても、それを現わすためには一つの言葉しかない。それを生かすためには、ひとつの動詞しかない。それを形容するためには、一つの形容詞しかない。さればわれわれはその言葉を、その動詞を、その形容詞を見つけるまでは捜さなければならない。決して困難を避けるために良い加減なもので満足したり、たとえ巧みに行ってもごまかしたり、言葉の手品を使ってすりかえたりしはならぬ。
     *
フローベルの有名なことばを引用して、瀬川先生は、「言葉」を「パーツ」、「動詞」を「組合せ」に、
「形容詞」を「使いこなし」に置き換えれば、オーディオの本質をいい現わすことばになる、と
「コンポーネントステレオの楽しみ」のなかに書かれている。

つまり「われわれはそのパーツ、その組合せ、その使いこなしを見つけるまでは捜さなければならない」わけだ。

パーツ(つまりオーディオ機器)、組合せ、使いこなし、これらのなかで、
他人(ひと)とは絶対に同じにならないのが、「使いこなし」である。

パーツも組合せも、だれかとまったく同じになることは確率的にはごくまれともいえる反面、
ずっと以前は、たとえばタンノイのIIILZにラックスのSQ38Fは、黄金の組合せ、と呼ばれていたことがある。
黄金の組合せとは言われなかったけれど、JBLの4343とマークレビンソンLNP2、
それにSAEのMark2500の組合せ、という方は、当時は少なくなかったと思う。
それからQUADのシステムに代表される、いわゆるワンブランドシステムならば、まったく同じシステムが、
世の中にはいくつも存在している(はず)。

それでも、まったく同じシステムでも、同じ音は、この世には存在しない。
それはなにもそれぞれのコンポーネントを接続するケーブルが違う、とか、電源事情が異る、だとか、
もうすこし大きいところでは部屋が違う、からなのではない。

いうまでもないことだが、人が違う、からだ。
絶対に同じになることはないもの、それは人、つまりは「自分」である。

その人にとって、絶対的に特別なのは、結局その人自身のみ、でなければならない。
なのに人とは違う、なにか特別なモノを求めようとする人がいる……。

Date: 10月 25th, 2010
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その32)

パラゴンを愛用されていた岩崎先生、
その岩崎先生の音を聴かれて、感銘を受けられた井上先生──
すこし話は脱線するが、ステレオサウンド 38号をお持ちの方はぜひ読みなおしてもらいたい。
井上先生が、それぞれの評論家のかたのシステムについての紹介文を書かれている。
もちろん音についても書かれている。
そのなかで、もっとも音について多く書かれていたのが岩崎先生について、だった。なぜなのかは、書かない──、
そしてパラゴンではないけれど、菅野、瀬川のおふたかたも、4350を鳴らすのにM4はいいといわれる。

結局のところは、これはドライバー──、つまり375であり、そのプロフェッショナル版の2440に対して、
M4は相性がいい、といわれているようにも受けとれる。

そういえば、M4は瀬川先生も、SAEのMark2500を導入されるまでは、4341を鳴らすのに使っておられたはず。

たしかにパラゴンの構造上、低音の鳴らしかたが難しいのは予想できる。
ただそこにばかり目が向きすぎがちにもなるのではなかろうか。

意外にも中音域(375)をうまく鳴らせば、
鳴らすのが難しいといわれているパラゴンの低音もすんなり鳴ってくれるのかもしれない。

別項にも書いているように、音に境界線は存在しない。
中音域がうまくなってくれれば、自然と低音域もよくなってくれるもの。

もちろん、組み合わせるパワーアンプだけですべて解決するわけではないとわかってはいても、
パラゴンにどんなパワーアンプをもってくるか、そのことについてM4から空想を拡げてみたい。

Date: 10月 25th, 2010
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その2)

なぜなんだろう……、と考えてまず浮んだのは、
High Technic シリーズVol. 1にも書かれていること。

フルレンジからはじまる4ウェイシステムでは、最終的に混成部隊となり、音色の統一感においては、
たとえばJBLの純正スピーカーユニットによる3ウェイにはかなわない。

だから帯域の広さではすこし不満を感じながらも、JBL(LE15A+375+537-500+075)でまとめられている。

だが、そのころとSOUND SPACEの発売時とでは、かなり状況が異る。
JBLからはプロフェッショナル・シリーズのユニットも多数用意され、
すでにJBLから4343、4350という4ウェイシステムまで出ている。

ウーファー(2231A)を2本並列使用であれば、4350と同じユニット構成で4ウェイが組める。
なのに、なぜミッドバスがないのだろうか。

しかも、もうひとつの疑問がある。ドライバーが2440ではなく2420だったことだ。

3ウェイで、ウーファーとのクロスオーバーが800Hz、しかもウーファーはダブル。
それに瀬川先生が使われていた3ウェイも375である。
それまでの4ウェイシステムでは、High Technic シリーズVol. 1に書かれているように175DLHを使われていた。

当時のステレオサウンドに載っている瀬川先生のリスニングルームの写真には、
ウーファー用のエンクロージュアのうえに、名残なのか、175DLHが下向きに立っているのが写っている。

ステレオサウンド 27号(1973年)掲載の「良い音は、良いスピーカーとは?」の第4回で、
このJBLの3ウェイシステムについてすこしふれられている。

ウーファーとドライバーのクロスオーバー周波数は700Hz、ドライバーとトゥイーターのあいだは8kHzである。

Date: 10月 24th, 2010
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(その30)

切り離されていくことで、「純化」される、と書いた。

人という「濾過」をかさねていくから、だとも書いた。

もうひとつ、視覚情報が欠落しているから、だとも思う。
「録音」という言葉があらわしているように、
マイクロフォンがとらえテープに磁気変化として記録されるのは、音のみである。

磁気テープが登場する前、エジソンがシリンダーに溝として刻んだものも「音」のみである。
録音された時点で、というよりもマイクロフォン(エジソンの時代ではラッパか)が収録した時点で、
視覚情報と完全に切り離される。

それが1980年代にはいり、レーザーディスクやVHDディスクの開発・登場、
それにビデオデッキのステレオ化などによって、
AV(オーディオ・ヴィジュアル)時代の幕開け、だと騒がれはじめた。
そして、映像をともなった音楽の鑑賞こそ、本来のありかただと、AV関係の雑誌ではさかんにいっていた。
いまも同じなのだろうか……。

こんなことを書くまでもないと思うが、彼らの言い分は、演奏会場では視覚情報もある、である。
音のみの、従来の音楽鑑賞は、ひじょうに不自然だ、とさわいでいた。

けれど、「純化」というところに目を向けてみれば、視覚情報がないからこそ自然なあり方だ、といえよう。

Date: 10月 23rd, 2010
Cate: 音楽性

AAとGGに通底するもの(その11)

音は空気の振動(疎密波)である。

そんな物理現象のひとつに「肉体」などなくて当然。
その音を発しているスピーカーも、電気の力によって振動しているのであって、
そこになんらかの手の力が加わっているわけではない。
アンプにしても、オーディオ機器すべて、音を鳴らしているときに、人は直接介在していない。

だから「肉体のない音」こそ、純然たる音、と定義づけもできる。

だが、ときとして、物理現象のである空気の振動に、演奏者の息吹を感じることがある。
それはもう、肉体の存在を感じるときでもある。
それは虚構の肉体、事実そうであろうが、少なくともそう感じられたとき、
音は「音楽」になっている、と思う。

音楽を構成しているのは、音。
では、音と音楽をわけるものは、いったいなんなのか。
結局のところ、それが「肉体」だと、いまは思えるようになった。

Date: 10月 22nd, 2010
Cate: 現代スピーカー, 言葉

現代スピーカー考(ことばについて)

“straight wire with gain”──、
アンプの理想は、増幅度を持ったワイアー(導線)だ、というこの表現は、
アメリカのオーディオ評論家、ジュリアン・ハーシュによるもの。
1970年代の後半ごろステレオ・レヴューに登場した、この言いまわしはなかなか巧みだと思う。

そのころも、ケーブルによる音の違いはすでに認識されていたけれど、いまほどではなかった。
いまでは、ケーブルでも音が変化するのだから……、と反論めいたことを言う人もいるかもしれないし、
そんな揚げ足とり的な反論ではなく、正面から、この表現には賛同できないという人もいるだろうけど、
でも、そういう人でも、この表現のうまさは認めるところだろう。

では、スピーカーについて、どうだろうか。
“straight wire with gain” 的な表現はあっただろうか。

あなたのめざしているスピーカー(音)は? という問いに、ほぼすべてのスピーカーエンジニアは、
「non coloration(色づけのない)」という答えがかえってくると、瀬川先生が以前書かれていた。

non coloration は理想にちがいない。ただ、それはスピーカーにかぎらない。
“straight wire with gain” のように、アンプのありかたを的確に表現した言葉とは、ニュアンスが異る。

スピーカーのありかたを、同じくらい、できればそれ以上に的確に表現したことばがうまれたら、
スピーカーの理想とはいったいどういうものなのか、スピーカーとはいったいどういうものなのか、
そういったことがらが明確になってくるはず。

Date: 10月 22nd, 2010
Cate: よもやま

Western Electric の表記について(おまけ)

瀬川先生も、ウェスタンではなく「ウェスターン・エレクトリック」と、伸ばされている。

Date: 10月 21st, 2010
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(その29)

ハイ・フィデリティ再生──、英語で表記するとどうなるか。
ハイ・フィデリティはそのまま High Fidelity、再生は play back だったりreplay。

High Fidelity ということばが生れたのはモノーラル時代で、ただしくは High Fidelity Reproduction と表記する。
このとき対することばとして、Good Reproduction もつくられている。
どちらにも reproduction が使われている。

reduction の意味は、複製、模造、再生、再現、再生産があり、
re(リ) をはずせば、production(プロダクション)だ。

別項の「音を表現するということ」で書いてるが、
リモデリング、リレンダリングと同じように、リプロダクションにも、「リ(Re )」が頭についている。

ハイ・フィデリティ・リプロダクションとグッド・リプロダクション。

ふたつのことばが生れたときと現在とでは、その関係に変化が生じているところもあると感じているし、
モノーラルからステレオへの変化にともなって High Fidelity Reproduction も変化している。
その変化に対しての受けとめ方、とらえ方の相異が、五味先生と高城重躬氏の相異であり、
のちの訣別へと関係していくように、思えてならない。

そして、高城氏にとってのハイ・フィデリティ再生は、High Fidelity Play backであり、
五味先生にとっては、High Fidelity Reproduction だったように思えてならない。

Date: 10月 20th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その73)

人それぞれの考え方がある。
だから真空管のヒーターの点火についても、定電流方式はよくない、という人もいる。

ただ、不思議な理由づけで、定電流点火を否定されているのを、数年前、みかけた。
オーディオ関係の会社のサイトに掲載されていたもので、現在は削除されている。
だから、そこがどの会社なのか、そういったことの詳細についてはふれないが、
そこに定電流点火は真空管の寿命を短くする、とあり、そのことが否定の大きな理由だった、と記憶している。

真空管のヒーターの定格は、6.3V / 300mA、といったぐあいに規格表に載っている。
この規格の真空管だとヒーターの抵抗値は、オームの法則から6.3(V)÷0.3(A)=21(Ω) だ。

導線の直流抵抗は、その温度によって変化する。温度が増せば抵抗値も増える。
だから、定電流点火に否定的な人は、21Ωの抵抗値が、ヒーターがあたたまってくると抵抗値が増す。
21Ωよりも高くなる。そこに定電流点火で300mAの電流を流し込んだら、仮に25Ωになっているなら、
25(Ω)×0.3(A)=7.5(V)で、ヒーターにかかる電圧が7.5Vになってしまい、
定格を超えてしまうから絶対に定電流点火を行なってはいけない、とあった。

だから、この人は、真空管の寿命のためにも定電圧点火がいいということだった。
定電圧点火なら、ヒーターにかかる電圧はつねに6.3V。ヒーターの抵抗値が増してもそれは変らない。
ヒーターに流れる電流が減るだけ、だから、という。

真空管を扱い馴れている人には不要な説明だろうが、真空管の規格表に載っている定格値は、
ヒーターが十分に暖まった状態でのものだ、ということ。

少なくとも真空管の全盛時代に製造されていたモノに関しては、そうだ。
暖まってヒーターの抵抗値が増した状態において、6.3V / 300mAとなる。
言いかえれば、暖まったヒーターの抵抗値が、上記の規格の真空管であれば21Ωということだ。

冷たい状態ならば21Ωよりも低い値になっている。

仮に19Ωになっているとしよう。
定電流点火ならば、ヒーターの抵抗値に関係なく300mAの電流を流す。
つまりこのときヒーター電圧は、19(Ω)×0.3(A)=5.7(V)。
定電圧点火ならば、ヒーターの抵抗値に関係なく6.3Vの電圧をかける。
つまりこのときヒーター電流は、6.3(V)÷19(Ω)=0.33157…(A)。

ヒーター電力でみると、定電流点火は5.7(V)×0.3(A)=1.71(W)。定電圧点火は6.3(V)×0.33(A)=2.079(W)。
定格値で計算すると、6.3(V)×0.3(A)=1.89(W)。

定電圧点火では、ヒーターが冷たい状態では定格値を超える電流(パワー)が加わることになる。
定電流点火では、定格値よりも小さな電力(パワー)だ。

どちらが真空管のヒーターが長持ちするかは、すぐにわかることだ。

Date: 10月 19th, 2010
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その1)

High Technic シリーズVol. 1は1977年に発売された。
2年後にSOUND SPACEが出た。

1979年ごろは、ステレオサウンドに「ひろがり溶け合う響きを求めて」が連載されていた。
50号から54号に載っている(52号休載)。

SOUND SPACEという本のタイトルからも想像がつくように、
この本で紹介されている組合せは、
すべて部屋(リスニングルームであったり、リビングルーム、書斎、寝室など)とのかかわり合いを示している。

「華麗なる4ウェイシステムの音世界」とつけられた瀬川先生の組合せは、10畳の洋室──、
これは自らのリスニングルームのあり方をベースにしたもので、
壁は瀬川先生のリスニングルームと同じ漆喰塗り。床はイタリアタイル、天井も漆喰塗りと、いうもの。
そこにアルフレックスのソファをL字型に配置し、
スピーカーとパワーアンプを収めたラックは、部屋の長手の壁に置かれる。

肝心のスピーカーだが、JBLのユニットを中心に組んだもの。
低音域は2231Aをダブルで使用。中音域は2420ドライバーと2397ホーンの組合せ。
高音域は、やはり2405。そしてその上にテクニクスのリーフトゥイーター、10TH1000をつけ加えられている。

これらのユニットをすべて専用のパワーアンプでドライブするマルチアンプ構成という、
そうとうに大がかりなシステムだ。

アンプはすべてマークレビンソン。
コントロールアンプはML6。
パワーアンプは2231A、2420用にML2L、2405、10TH1000用にML3Lとなっている。
これについては、好みに応じて帯域分担を交換させてもいいと書かれている。

エレクトロニッククロスオーバーネットワークはLNC2Lで、クロスオーバー周波数は800Hzと8kHz。
これだけで2台のLNC2Lを使う(LNC2Lは2ウェイ専用なので)。

となると10TH1000はどうなるかというと、LCネットワークで分割するか、
LNC2LにOSCモジュールを使いすれば、3ウェイ仕様にできる。ただしスロープ特性は本来18dB/oct.だが、
追加分のクロスオーバーのみ6dB/oct.になる。

とにかく4ウェイではあるが、High Technic シリーズVol. 1のフルレンジからはじまる構想とは、あきらかに違う。
だから、正直、この記事を読んだとき、驚いた。なぜだろう? という疑問もわいた。
この組合せに関する詳細をもっと知りたい、と思った……。