Archive for category バランス

Date: 6月 17th, 2024
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その10)

別項のテーマである純度と熟度。
ここでも、純度の高い音と熟度の高い音、
そして、純度の高い音と熟度の高い音のバランスということを考える。

Date: 2月 16th, 2023
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その9)

瀬川先生が「いま、いい音のアンプがほしい」で書かれていたこと、
ほんとうにそのとおりだと実感している。
     *
 そうであっても、若い鋭敏な聴感の作り出す音には、人生の深みや豊かさがもう一歩欠けている。その後のレヴィンソンのアンプの足跡を聴けばわかることだが、彼は結局発狂せずに、むしろ歳を重ねてやや練達の経営者の才能をあらわしはじめたようで、その意味でレヴィンソンのアンプの音には、狂気すれすれのきわどい音が影をひそめ、代って、ML7Lに代表されるような、欠落感のない、いわば物理特性完璧型の音に近づきはじめた。かつてのマランツの音を今日的に再現しはじめたのがレヴィンソンの意図の一端であってみれば、それは当然の帰結なのかもしれないが、しかし一方、私のように、どこか一歩踏み外しかけた微妙なバランスポイントに魅力を感じとるタイプの人間にとってみれば、全き完成に近づくことは、聴き手として安心できる反面、ゾクゾク、ワクワクするような魅力の薄れることが、何となくものたりない。いや、ゾクゾク、ワクワクは、録音の側の、ひいては音楽の演奏の側の問題で、それを、可及的に忠実に録音・再生できさえすれば、ワクワクは蘇る筈だ──という理屈はたしかにある。そうである筈だ、と自分に言い聞かせてみてもなお、しかし私はアンプに限らず、オーディオ機器の鳴らす音のどこか一ヵ所に、その製品でなくては聴けない魅力ないしは昂奮を、感じとりたいのだ。
 結局のところそれは、前述したように、音の質感やバランスを徹底的に追い込んでおいた上で、どこかほんの一ヵ所、絶妙に踏み外して作ることのできたときにのみ、聴くことのできる魅力、であるのかもしれず、そうだとしたら、いまのレヴィンソンはむろんのこと、現在の国産アンプメーカーの多くの、徹底的に物理特性を追い込んでゆく作り方を主流とする今後のアンプの音に、それが果して望めるものかどうか──。
 だがあえて言いたい。今のままのアンプの作り方を延長してゆけば、やがて各社のアンプの音は、もっと似てしまう。そうなったときに、あえて、このアンプでなくては、と人に選ばせるためには、アンプの音はいかにあるべきか。そう考えてみると、そこに、音で苦労し人生で苦労したヴェテランの鋭い感覚でのみ作り出すことのできる、ある絶妙の味わいこそ、必要なのではないかと思われる。
     *
音のバランスと音のアンバランス。
バランスのとれた音を出すのは、そう容易いことではない。
アンバランスな音を出すのは、簡単といっていい。

ここでの瀬川先生がゾクゾク、ワクワクするような魅力は、
全きバランスのとれた音ではなく、そこからちょっとだけアンバランスにした音。
《音の質感やバランスを徹底的に追い込んでおいた上で、どこかほんの一ヵ所、絶妙に踏み外して作ることのできた》音。

あくまでもバランスをとったうえでのアンバランスな音である。
バランスをとることができずに、ただのアンバランスな音であっては、
そこにほんとうの意味でのゾクゾクもワクワクもない。

同時に、未知の音と既知の音のバランスということもある。

Date: 5月 9th, 2022
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その8)

Xという文字を両天秤として捉えていると、
Xを描く線の一本は音の姿勢であり、
交叉するもう一本は音の姿静である──、
というのはいまの私の予感である。

Date: 4月 14th, 2022
Cate: バランス
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Xというオーディオの本質(その7)

両天秤の片方が急に重くなったとしたら、どうやってバランスをとるのか。
反対側を重たくすればバランスがとれるし、
重くなった方を軽くすれば、それでもバランスは元に戻るわけだが、
どちらもできなかったら、支点が重たい方にスライドしていくことになる。

支点という中点が移動する。

世の中は、つねに変化している。
急激に変化することがある。

現実に、いまがそうである。
2月24日に、ああいうことが起ったし、いまも続いている。

ここでも中立ということが問われているわけだが、
中立とは常に同じ位置にいることではないはずだ。

現実の変化に即して、正しく中立を維持できてこその中立のはずだ。
中庸もそうである。

音に関しても、中庸の音がいつの世も変わらぬわけではない。
中庸の音がいつの時代もずっと変わらぬと思えるのであれば、
それは聴き手の精神が凝り固まっているせいなのではないのか。

Date: 11月 27th, 2021
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その6)

Xという文字を両天秤として捉えていると、
Xを描く線の一本は無機物(デジタル、客観)であり、
交叉するもう一本は有機物(アナログ、主観)である。

Date: 6月 27th, 2021
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その5)

カルロ・マリア・ジュリーニは、積極的に聴いている。
TIDALがあるから、これまで聴いていなかった演奏(録音)も聴けるようになり、
この人の演奏をコンサートホールで直に聴いてみたかった──、とあらためて思っている。

ジュリーニの演奏で聴くと、これまで何度となく聴いてきた曲に、
こんな表情があったんだ、と気づかされることがある。

私の場合、こういう気づきは、ジュリーニの場合がいちばん多い。
その理由を考えると、結局バランスということにいきつく。

ジュリーニの演奏はバランスがいいからこそ、
ほかの音・響きに埋もれることなく聴こえてくる表情がある。

このことは、オーケストラの各楽器のバランスだけではなくて、
テンポをふくめてのバランスという意味において、である。

Date: 12月 16th, 2020
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その4)

本質と本質のあり方、
自由と自由のあり方、
いつの日か、本質について、これなんだ、とひらめくことがあるかもしれない。

そういう日がやってきたとしても、
本質を、自由を、的確な言葉で誰かに伝えられるかというと、どうなんだろうか。
無理なような気もする。

それでいても本質のあり方、自由のあり方は、
その時にきちんと言葉にして伝えられるかもしれない。

そしてあり方こそが、バランスなのかもしれない、と。

Date: 11月 23rd, 2020
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その3)

タイトルに「本質」を使っているからといって、
本質を捉えている、とまではいわない。

本質について書いている、とはいえても、
オーディオの本質とは、と問われて、スパッと答えられるわけではない。

巷には、若いのに、本質を忘れないようにしている、
そういったことを恥ずかしげもなく書いたり話したりする人が、意外にいる。

オーディオに限っても、(私の感覚では)けっこういるな、と感じている。
おそらく、その人たちは、私の何倍、いや何十倍ものオーディオの才能の持主なのか、
それともオーディオの才能から見放された人のどちらかだろう。

才能があるのは、決してしあわせなことではない。
むしろ、才能がないことのほうが、ずっとしあわせだったりする。

そのことに気づかずにオーディオをやっていける人は、しあわせだ。

Date: 9月 6th, 2020
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その2)

輪廻という線、相剋という線がクロスしているのが、
アルファベットのX(エックス)であると、(その1)で書いてからほぼ二年。

クロスしているからこそ、輪廻と相剋のバランスということを考えるし、
大事なのは、クロスしている箇所の位置であり、角度であり、
そして繊細さである。

二本の線は、ただクロスしているだけではないのだから。

Date: 8月 18th, 2018
Cate: バランス

違いがわかっても、違いしかわからなかったりする

オーディオにとって真の科学とは(コメントを読んで)」で、
細かな音の違いがわかっても……、といったことを書いた。
ずっと以前からいわれていることである。
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 と、さんざんうるさいことを書いておいて、最後にちょっと補足しておくが、違う違うといってもその音の差はきわめて微妙。その微妙な差を大きな問題に感じるが音のマニアなのであれば、反面、ヘッドシェルを交換して聴いてもその差がわからずにキョトンとする人も決して少なくない。ヘッドシェルといいリード線といい、それらを変えてその音の差を聴き分けるのが高級な耳だなどとは誤解しないほうがいい。そういう差をよく聴き分ける人が、装置全体の音楽的なバランスをひどくくずして、平気で聴いている例もまた少なくない。ヘッドシェルの類いといい、またシールド線やスピーカーコードの違いといい、それらの細かな音を比較してよりよい方向を探すことも大切だが、装置全体を、総合的に良い音に調整するには、もっと全体を大きく見とおすような、全体的な感覚が必要で、それは細かな音の差を聴き分ける能力とはまた別の感覚だという点は、忘れないでおきたい。
     *
瀬川先生の「続コンポーネントステレオのすすめ」に、そう書いてある。
同じことを五味先生も書かれている。
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一流のアンプ製作者を何人か知っているが、面白いことにそんな連中の自宅のサウンドが素晴らしかったためしがない。なまじ専門知識があるため、高音や低域をいじりまわして、精神分裂症みたいな音にしてしまうのだろうと思う。さもなくば測定値に頼りすぎる。(音楽美は測定器ではでないのだ。)
(「いい音いい音楽」より)
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細かなところにこだわりすぎると、全体のバランスを見失ってしまう。

ずっと以前にネスカフェのCMで「違いのわかる男」というのがあった。
そのことで思い出すのは、十数年前に音効の仕事をやっている人と話す機会があった。

その人いわく、いまの若いミキサーは音の違いはわかるけれど、
どちらがいい音なのか、自分で判断できない、といってくる。
どちらをとるかの判断を、こちらにまかせてくる──、
そんなことを聞いている。

たまたま、そういうミキサーと仕事をする機会があったのかもしれないし、
そういう人がそのころは現れはじめていたのかもしれないが、
違いがわかっても、それだけで、いい耳といってしまえるわけではない。

Date: 11月 5th, 2017
Cate: バランス

Xというオーディオの本質(その1)

別項「音のバランス(その4)」で、
X(エックス)というアルファベットを両天秤だと思っている、と書いた。

Xは二本の線によって描かれている。
一本は輪廻、もう一本は相剋。

Xが示しているのは、輪廻と相剋のバランスなのだろう。

Date: 10月 19th, 2017
Cate: バランス

音のバランス(その4)

川崎先生の今日(10月19日)のブログ「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」。

ちょうどいまは天秤座の時期である。
天秤座のシンボルマークは、もちろん天秤を表している。
その天秤とは片天秤ではなく、両天秤のはずだ。

X(エックス)というアルファベット。
このアルファベットこそ、両天秤だと最近思っている。

両天秤だからこそ、解でもある、と思っていたところに、
川崎先生の「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」だった。

Date: 6月 15th, 2015
Cate: バランス

音のバランス(色のこと)

文字通り、いろいろな色がある。
ざっと周りを見渡しても、いったいいくつの色があるのか数えるのが無理なくらいの数の色が見える。
外に出れば、部屋の中にはない色もある。

これだけ多くの色があるわけだから、好きな色もあれば嫌いな色もある。
嫌いな色というわけではなかったけれど、私はオレンジ色は好んではいなかった。
オレンジ色のモノをあえて選んだり、オレンジ色の服を身につけることはなかった。

そんな私が、別項「オーディオのロマン」で書いたオレンジ色のフレームの自転車を購入した。

それまでオレンジ色には、まったくといえるほど関心のなかった。
JBLのロゴのバックがオレンジ色なのも、どうして、この色なんだろう……ぐらいに感じていた。
オレンジ色の服を着るなんてことは絶対にないだろうぐらいに思っていた。

そんな私がオレンジ色のデ・ローザのフレームに出逢って一目惚れした。
それからオレンジ色の服(オレンジ色のジーンズも持っていた)を身につけるようにしていた。

10数年前だったか、川崎先生が何かで、嫌いな色のモノを身につけろ、といわれていた。
どうしても嫌いな色の服を着るのがいやだったら、下着でいいから嫌いな色を身につけろ、ということだった。

オレンジ色のフレームとの出逢いがあったことで、
オレンジ色が私の生活の中に入ってきた。

好きな色、関心のある色ばかりで身の回りを揃えてしまうよりも、
川崎先生の「嫌いな色を身につけろ」に倣うことで、バランスを身につけることができるのではないか。

Date: 6月 14th, 2015
Cate: バランス

音のバランス(その3)

トーンコントロールやグラフィックイコライザーのツマミをいっぱいに動かしてみる。
両極端にいっぱいに動かして音を聴く行為をくり返してつかめるのは、
周波数バランスの中点である。

音のバランスとは、そこだけにはとどまらない。

昔黒田先生からきいた話がある。
マイルス・デイヴィスに関する話だった。
マイルスはある時期、自宅のインテリアをすべて曲線で構成されたモノにしていたそうだ。
その次に鋭角で直線的なモノにすべて置き換えた(順序は逆だったかもしれない)。

マイルスはインテリアを両極端に振っている。
これはマネしようと思っても、なかなかマネできることではない。
でも、ここから学べることはある。

音のバランスも、そういうものだということだ。
マイルス・デイヴィスのように、シャープで鋭角的な音、エッジのきいた音を聴く時期があって、
その次にやわらかくあたたく丸みを帯びた音で聴く時期があって、
その中点をさぐることができるはずだ。

音を語っている表現はいくつもある。
太っている音と痩せている音。
この両極端の音をある程度意識的に出して聴く。

自分の好きな音、望む音ばかり鳴らしていると、
こういうふうに音を両極端に振ってみることはほとんどないのではないか。

そのやり方を否定はしたくない。
けれど音のバランスを追求していきたいのであれば、
思いつく限り音を両極端に、一度は振ってみる必要がある。

異相の音」を意識することになるはずだ。

Date: 1月 3rd, 2015
Cate: バランス

音のバランス(その2)

いまはトーンコントロールがないアンプがあたりまえになってきたため、
トーンコントロールの使いこなし的な記述もみかけなくなっている。

私がオーディオをはじめたころは、トーン・ディフィートスイッチがつきはじめたころではあったが、
トーンコントロールはたいていのアンプについていた。
そしてオーディオの入門書、入門記事にはトーンコントロールをうまく使うためとして、
まず大胆にツマミをまわしてみること、と書いてあった。

つまり低音調整用のツマミを右に左に、まずいっぱいまで廻す。
右(時計方向)にいっぱいまでまわせば、低音が増強され、
左(反時計方向)にいっぱいにすれば低音は減衰する。
どちらもあきらかにバランスがくずれた音であり、両極端に振った音である。

同じことを高音でもやってみる。
次にツマミを廻す角度を少しずつ減らしていく。
さらにもっと減らしていく。
これをくり返して、最適のバランスと感じられるところをさぐりあてる。

なれていない人ほど、最初はわずかしかツマミを動かさないことが多かった。
ちまちま動かしていたのではわからないことがある。
大胆に両極端に振ることで、中点がはっきりとしてくる。

これはなにも帯域バランスだけではない。
たとえば硬い音、柔らかい音に関してもそうだ。
熱い音・冷たい音、乾いた音・湿った音……。
最初からバランスのいい音を求めるよりも、
ある時期ある時期で、どちらにも極端に振ってみた音を出してみたほうがいい。

バランスをくずすまいと、ちまちま左右に揺れていては、
はっりきしたことは、なにも見つからない。