Archive for category 「スピーカー」論

第68回audio sharing例会のお知らせ(柔の追求・その4)

ハイルドライバーのオリジネーターといえるESSは、
1980年にフラッグシップモデルTransar Iを出した。

ステレオサウンド 57号の新製品紹介に登場している。
岡先生が記事を書かれている。
60号の特集にも登場している、この大型システムは3ウェイ+サブウーファーをとる。

サブウーファーは30cm口径のコーン型で、90Hz以下を受け持っている。
90Hz以上の帯域はすべてハイルドライバー(AMT)が受け持つ。

Transar I登場以前のESSのスピーカーシステムのクロスオーバー周波数は、
850Hzがもっとも低かった。
ハイルドライバーのサイズの小さなシステムでは、1.2kHz、1.5kHz、2.4kHzとなっている。

つまりTransar Iは、従来のハイルドライバーの受持帯域を3オクターヴ以上、低域側に拡大している。
1kHz以上、7kHz以上を受け持つハイルドライバーは従来の構造のままだが、
90Hzから1kHzを受け持つハイルドライバーの構造は、言葉だけでは説明しにくい。

57号の岡先生の記事によれば、中低域用ハイルドライバーの高さは実測で86cmとなっている。
かなり大型で、記事では5連ハイルドライバーとなっている。
詳細を知りたい方はステレオサウンド 57号か、インターネットで検索してほしい。

ハイルドライバーを使ったスピーカーシステムをあれこれ考えていた私は、
いったいどこまでハイルドライバー(AMT)に受け持たせられるのか、
インターネットで各社のAMTの資料をダウンロードしては特性を比較していた。

現在、大型のAMTを単売しているのは、ドイツのムンドルフである。
高さ12インチの製品までラインナップされている。
ここまで大きければ、かなり下までカバーしていると期待したものの、
実測データを見ると、がっかりしてしまう。

ESSのハイルドライバーがあのサイズで850Hzまで使えるのに……、と思ってしまうほどに、
ムンドルフのAMTはサイズの割には……、といいたくなる。

第68回audio sharing例会のお知らせ(柔の追求・その3)

無線と実験が創刊されたのは、1924年(大正13年)である。
無線と実験と誌名からわかるように、創刊時はオーディオの雑誌ではなかった。

私が読みはじめたのは1976年か’77年ごろからで、
そのころはすっかりオーディオの技術系、自作系の雑誌であった。

無線と実験と同じ類の誌名をもつものにラジオ技術がある。
こちらは1947年(昭和22年)の創刊である。
ラジオ技術も私が読みはじめたころはオーディオの技術系、自作系の雑誌だった。

無線と実験とラジオ技術は、オーディオ雑誌の、この分野のライバル誌でもあった。
ラジオ技術は1980年代にはいり、オーディオ・ヴィジュアルの方に力を入れるようになって、
面白い記事がなくなったわけではないが、全体的には無線と実験の方をおもしろく感じていた時期もある。

無線と実験はいまも書店で買えるが、
ラジオ技術は書店売りをやめてしまった。
ラジオ技術という会社名もなくなってしまった。
通信販売のみであり、ラジオ技術は廃刊してしまったと思っている人もいないわけではない。

いまは無線と実験よりもラジオ技術の方が面白い。
ラジオ技術の内容を禄に読みもしないで、馬鹿にする人も知っているが、
どうしてどうして、面白い記事が載っているものである。

もちろんすべての記事がそうだとはいわないけれど、
ラジオ技術は応援したくなる良さを見せてくれることがある。

無線と実験はラジオ技術とは違い、安定路線とでもいおうか、
ラジオ技術を読みもしないで馬鹿にするような人でも、
無線と実験に対してはそうでなかったりする記事づくりである。

ムラは少ない、ともいえる。
けれど、その分、面白いと感じることが少なくなってもいたところに、
2015年1月号から始まったハイルドライバーの自作記事は、
ひさびさに、いい意味で無線と実験らしい記事だと思わせた。

第68回audio sharing例会のお知らせ(柔の追求・その2)

ハイルドライバーの動作原理は、40年前のスピーカーの技術書に記述があった。
ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES 3でも、
トゥイーターの基礎知識として、ハイルドライバーについての記述があった。

ピストニックモーションではないハイルドライバーの動作原理は、
すぐに理解できていたかといえば、そうでもなかった。
それに当時ハイルドライバーのユニットを搭載していたシステムは、
ESS一社のみだった。しかもこの会社、JBL、アルテック、タンノイなどの著名ブランドと違い、
地方のオーディオ店に置いてなかった。

だから存在はしていたし知ってはいるけど……、というところにずっと留まっていた。
ESSもいつのころからか輸入されなくなってもいた。
ハイルドライバーについて語ることがあっても、昔話のように語っていた。

結局、私が聴くことができたハイルドライバー搭載のシステムは、
エラックのCL310が最初である。1990年代も終りに近いころだった。

知人宅で聴いた。
鳴った瞬間、驚いた。
この瞬間から、ハイルドライバーは昔話ではなくなった。

ハイルドライバーは固有名詞のようで、
エラックのトゥイーターはAMT(Air Motion Transformer)と呼ばれている。
ESSの時代から、Air Motion Transformerであり、ESSの型番はamtから始まっていた。
ただ日本ではハイルドライバーと呼ばれていたわけだ。

同じAMTでも、ESSのハイルドライバー、
つまり1970年代に技術書に載っていた構造と、エラックのAMTの構造は違うところもある。

現在AMTのユニットを採用するメーカーは増えてきている。
そうだろうな、と思う。
AMTのもつポテンシャルは高い。まだまだ良くなっていくと思うし、
現状のAMTにはやや気になる点がないわけではない。

AMTのユニット使ってスピーカーシステムを自作するならば……、
どのユニットを使おうかと、情報収集していた時期もあるし。
マッキントッシュのXRT20のトゥイーターコラムをAMTで構成したら……、
そんなことも夢想したりもした。

2015年、無線と実験を手に取って、驚いた記事があった。
ハイルドライバーの自作記事だった。
それもハイルドライバーを入手してのスピーカーの自作記事ではなく、
ハイルドライバーそのものの自作記事だった。

第68回audio sharing例会のお知らせ(柔の追求・その1)

40年前、私がオーディオに興味を持ち始めたころ、
スピーカーの振動板といえば、まず紙だった。
コーン型ユニットのほぼすべては紙の振動板だった。

ドーム型はソフトドームととハードドームがあったが、
硬い振動板(つまり金属)は、大半がアルミニウムだった。
ヤマハのNS1000Mがすでに登場して、ベリリウムもあったけれど、
金属振動板=アルミニウムだった。

コンプレッションドライバーの振動板も、チタンが登場するのはもう少し後。
こちらもエレクトロボイスやJBLの一部のドライバーに採用されていたフェノール系以外は、
アルミニウムが圧倒的に占めていた。

その数年後、平面振動板が国内各社から登場したころから、
振動板の材質はヴァラエティ豊かな時代へと突入していく。

ソニーの平面振動板のスピーカーシステムが、APMと型番につけていたことからもうかがえるように、
各社ピストニックモーションの追求ということでは一致していた。
APMとはaccurate pistonic motionの略である。

そのため振動板に求められるのは高剛性であること、内部音速の速さがまずあり、
物質固有音を出しにくいということで適度な内部損失も諸条件としてあった。

いわばこれらは剛の追求といえる。
さまざまな材質が振動板に採用され、処理方法も工夫され、振動板の構造も変っていった。
40年前の紙とアルミニウムが大半を占めていた時代からすれば、
剛の追求は、かなりの成果を収めているといえる。

ピストニックモーションの追求が間違っている、とまではいわないが、
ドイツからマンガー、ジャーマンフィジックスのベンディングウェーヴのスピーカーユニットの登場、
これらのユニットが聴かせる音の素晴らしさを体験してから、
剛の追求ばかりでなく柔の追求も、スピーカーの開発にあってしかるべきだと考えるようになった。

柔の追求ということで、各種のスピーカーユニットの原理をもう一度みることで、
ハイルドライバーの存在に気づく。

Date: 3月 27th, 2016
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(その16)

その15)で、「フロリダ」というダンスホールのことを書いた。
時代が違うとはいえ、すごいことだと思いながらも、
これはウェスターン・エレクトリックだからできたことなのか、とも考える。

トーキー用システムとしてアメリカにウェスターン・エレクトリックがあり、
ドイツにはシーメンス(クラングフィルム)があった時代だ。

「フロリダ」の経営者は、なぜウェスターン・エレクトリックの装置を選んだのだろうか。
前回引用した会話からわかるように、ウェスターン・エレクトリックのレンタル代金は高価だ。

昭和四年ごろでは、ウェスターン・エレクトリックしか選択肢がなかったのか。
シーメンスのトーキーはどうだったのだろうか。

仮にシーメンスのトーキーが日本にあったとして、
「フロリダ」の経営者はどちらを選んだのだろうか。

どちらのトーキーがいい音なのか、優れたシステムなのかではなく、
シーメンスのトーキーだったら、ダンスホールに大勢の人を呼べただろうか。

15銭の入場料で、毎月3000円のレンタル料をウェスターン・エレクトリックに払う。
それだけの人が「フロリダ」に集まって来ていたわけだ。
あくまでも想像でしかないのだが、シーメンスのトーキーだったら、
そこまでの人は集まらなかったようにも思う。

どちらも同じ目的で開発されたスピーカーであり、システムである。
スピーカーの構成も大きくは違わない。
けれど、出てくる音は、はっきりと違い、
その違いはトーキーとして映画館で鳴らされるよりも、
それ以外の場所、ダンスホールで鳴らされる時に、よりはっきりと出てくるのではないのか。

Date: 2月 3rd, 2016
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(トーキー映画以前)

トーキー映画の前は、サイレント映画である。
日本ではサイレント映画には活動弁士がいた。

同じ映画でも、上映する映画館によって活動弁士は違うことになる。
徳川夢声という人気弁士がいたというから、
弁士によって、同じ映画であっても印象が違ってきたはずだ。

うまい弁士もいればへたな弁士もいたはず。
よく話す弁士もいればそうでない弁士も、
それに弁士ひとりひとり声が違う。

徳川夢声の声は「カリガリ博士」にぴったり合っていた、とのこと。

東京においても、山の手の劇場と浅草の劇場とでは違っていたらしい。
山の手調と浅草調とがあったとのことで、浅草の劇場では弁士が歌うこともあり、
歌がうまいと観客も喜び掛け声をかけたりしていたそうだ。

けれど山の手の劇場、山の手調の弁士はぜんぜん違っていたらしい。
東京ですらこれだけ違うのだから、東京と関西とでは違う。
関西の弁士は東京の弁士よりも、よくしゃべる傾向にあった。

人気弁士は、地方の劇場を巡業していたから、
そういう弁士ならば、東京と関西でも同じになるかというと、そうでもないらしい。

徳川夢声はたいへんな飲んべえで、大阪に着くまでにえんえんと飲んでいて、
肝心なときに寝てしまっていた、というエピソードもある。

一本のサイレント映画を、どこで観るのか、どの弁士で観るのか。
そういう楽しみが、当時はあったわけだ。

それがトーキーになりスピーカーがスクリーン裏に設置され、音がついた。
音がついたことで映画の表現力は増し、そこでのトータルのクォリティは管理されることになる。
映画館の違い(弁士の違い)は、もうないわけだ。

サイレント映画における弁士の存在は、
オーディオとまったく関係ないこととは思えない。
なにかひっかかってくるところを感じている。

Date: 1月 29th, 2016
Cate: 「スピーカー」論

「スピーカー」論(いま読み返している)

ヤマハのNS5000のことを書くにあたって、
ダイヤトーンのDS10000のことを比較対象としている。

そのためステレオサウンド 77号、
ステレオサウンド創刊20周年記念別冊「魅力のオーディオブランド101」を読み返している。

77号には特集Components of The yearの、
JBLのDD55000とマッキントッシュXRT18のところも併せて読んでいる。

この年、ゴールデンサウンド賞として三機種のスピーカーシステムが選ばれている。
ひとつは大型ホーンを使ったフロアー型、そして高能率のスピーカーシステム、
ふたつめはソフトドーム型トゥイーターを複数使用したトゥイーターアレイが特徴であり、
能率は低めの、やや小さめのフロアー型。
みっつめは国産オーディオメーカー独自の3ウェイ・ブックシェルフという形態を、
最大限まで磨き上げたモノである。

まさに三者三様のスピーカーシステムが、
1985年のComponents of The yearのゴールデンサウンド賞になっている。
だからこそ、そこでの座談会がおもしろい。

77号にはダイヤトーンのDS10000の記事が9ページ載っている。
菅野先生が書かれている。

「魅力のオーディオブランド101」で、これらの記事と併せて読んでほしいのは、
ダイヤトーンのところである。

菅野先生と井上先生が郡山のダイヤトーンの試聴室を訪ねて、
2S305とDS10000を聴かれての座談会が載っている。

「魅力のオーディオブランド101」では、オーディオ評論家三氏が、
国内オーディオメーカーの試聴室を訊ねたものを中心に構成されている。

ただダイヤトーンでは、柳沢功力氏が都合が悪く参加できなかった、とある。
私のこのことが、ダイヤトーンの記事をより面白くしていると感じている。

聞き手としての柳沢氏がいい。
柳沢氏が参加されていたら、違うまとめになっていたはずだし、
もちろんその方がよりおもしろくなるかもしれないが、
少なくともダイヤトーンの訪問記は、読み手が知りたいと思っていることを、
柳沢氏が、菅野先生、井上先生にストレートにきかれている。

いまステレオサウンドでは、過去のバックナンバーから記事を集めたムックを出している。
私は、ステレオサウンド 77号のComponents of The yearの座談会、
菅野先生のDS10000の記事、
「魅力のオーディオブランド101」のダイヤトーンの記事。
この三つの記事をひとつにまとめてほしいと思う。

スピーカーというモノをどう捉えるのか。
そのためのヒントが、これら三つの記事をまとめて読むことで得られるからだ。

Date: 12月 7th, 2015
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(スピーカーの変換効率とは)

今月のaudio sharingのテーマは、スピーカーの変換効率についてだった。
世の中には高能率スピーカーと呼ばれるモノがある。

私が高能率スピーカーとして思い浮べるのは、ここで書いているトーキー用スピーカーのことである。
具体的にいえばウェスターン・エレクトリックのスピーカー、シーメンスのスピーカーであり、
これに続いてアルテックやジェンセン、ヴァイタヴォックスなどを思い浮べるわけだ。

なので、つい多くの人もそういうものだと思ってしまっていたことに気づかされた。
高能率スピーカーときいてPA用、楽器用のスピーカーを思い浮べる人もいる。

どちらが多いのかは知らないが、
世代によって、どちらを思い浮べるかは違ってきても不思議はない。
同じ世代であってもトーキー用スピーカーに関心をもつ人とそうでない人とでも違ってくる。
そのことに気づかされた。

それでも私にとって高能率スピーカーとは、やはりトーキー用スピーカーであり、
トーキー用スピーカーを源流とするスピーカーのことである。

優れたトーキー用スピーカーに共通する良さとして挙げられるのは、
音が静かなことだ。

意外に感じられる方もいよう。
このことについては、この項でこれから書いていく。

Date: 12月 5th, 2015
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(その15)

ステレオサウンド 1977年の別冊「世界のオーディオ」のALTEC号に、
アルテック昔話という、池田圭、伊藤喜多男、住吉舛一の三氏による座談会が載っている。
その中に、当時のウェスターン・エレクトリックがどういうレンタルをやっていたのかが話題になっている。

昭和四年頃の話のようだ。
     *
池田 その頃のウェスタンとの契約が15万円ですよ。貸してやるから15万円出せというわけで、いまのお金にしたら幾らになるんただろう。
伊藤 しかも映画館のサービスが毎月4千円から1万円ですよ。
住吉 だから、ちょっとした所では使えなかった……。
池田 その頃、「フロリダ」というダンスホールがあって、そこでは15Aホーンと555のユニット、それにアーム、プレーヤー、アンプ一式をウェスタンから借りて、毎月3千円はらっていた。あの「フロリダ」はわれわれの情熱をかきたてたね、3千円の電気蓄音機代というものをはらってね。
住吉 3千円あると、ちゃんとした家が建ちましたからね。最初にうんと取られて、その上3千円でしょう。それを15銭で躍らせて経営が成り立ったんだから……。
伊藤 とにかく、555をはじめとするウェスタンのシステムに、みんなおどろき、ほしがった時代ですよ。
     *
現代とは貨幣価値が大きく違った時代のことだからすぐにはピンとこないが、
毎月のサービスにかかる金額でちゃんとした家が建つということは、そうとうな金額である。

いまダンスホールの入場料がいくらなのか知らないが、15銭の時代の毎月三千円のサービスにかかる金額、
レンタル時に必要な十五万円は、とほうもない金額ということになる。

それでも、それだけの金額を払っても経営が成り立つということは、
音の価値が、いまとは違っていたということでもある。

それも貨幣価値のように物価が推移してきたから……、というようなものではなく、
なにか根本的に音の価値が、当時とそれ以降とでは違っているように感じる。

Date: 11月 2nd, 2015
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(その14)

ウェスターン・エレクトリックのスピーカーユニットやアンプ、それに真空管は中古で流通している。
法外な値段を支払えるのであれば、そして納期を決めなければ、
未使用のユニットの入手も決して不可能なわけではない。

けれどこれらはウェスターン・エレクトリックが販売してきたモノではない。
ウェスターン・エレクトリックは劇場に、スピーカーやアンプを売っていたわけではない。
あくまでもレンタルしていた会社である。

日本の劇場でもウェスターン・エレクトリックの音が聴けていた時代、
ウェスターン・エレクトリックのユニットや真空管が稀に入手できていたそうだが、
それらは補修部品がなんらかの理由で流出したものだときいている。

ここが、いわゆるオーディオメーカーとは、根本的に違う点である。
世の中のすべてのオーディオメーカーは、なんらかの製品を売っている。
アンプであったりスピーカーであったり、カートリッジであったりする。

けれどウェスターン・エレクトリックが売っていたのは、その音である。
アンプやスピーカーといったモノを売っていた会社ではなく、
その「音」を売るために、劇場にアンプやスピーカーをレンタルしていた。

音を売るのか、モノを売るのか。
その違いを、我々は忘却しているのではないだろうか。

Date: 11月 2nd, 2015
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(その13)

伊藤先生の「獄道物語」は最低でも一度は読んでいる。
それでも、いま読み返していると、以前読んだ時以上に興味深い。

まだまだ引用しておく。
     *
 家庭で聞いてバランスのとれた音のスピーカーもステージに置くと、それを何十個並べ立てても客席に到達するまでに聞くに堪えない消え入るばかりの音に痩せ細ってしまう。アンプの出力とは関係なく要はスピーカーの効率だけに絞られてしまう。舞台全面でなんとなくたち騒いでいる感じで画面にくローズアップされた大砲が煙を吐くと同時に耳をつんざく砲声を期待していると「さながら遠雷を聞くが如し」的音がしてしまうのである。哀しいことである。
     *
この項で以前書いた、音が飛ぶスピーカーとそうでないスピーカーがあるのは、そういうことではないのか。
つまり遠くで聴いても音が痩せ細らないスピーカーと痩せ細ってしまうスピーカーとがある。

測定上の音圧は同一であっても、
音が痩せ細ってしまっては、音が飛んでこない、と感じてしまう。

伊藤先生は続けて書かれている。
     *
音はステージから客席に訴えるものであって、シネラマやシネスコープの効果音的効用としての客席周囲の壁面のスピーカーの存在は認めるが、殊に音楽の鑑賞用としてのスピーカーは舞台(ステージ)が基本である。
 大きなホールで四チャンネルステレオを試聴する催が増えて来たが止むを得ぬ事情とは察するが昏迷の世界への勧誘であると思う。
 劇場ではステージから出る音のみに限られ(例外はアルが)、その音の聴衆に到達するまでのアル程度のリバービレーションを経た音を鑑賞している。
 一方あたかもその劇場に坐しているかのように現在狭い部屋にいる人に錯覚を起こさせるのが四チャンネル方式である。これを広いホールで演奏し鑑賞させた結果が如何なるものかを判別できないとしたならば無感覚も甚だしきものである。
 適当な広さ(狭さ)の部屋に小人数を招じ入れて最良の条件の位置に坐らせて聞かせるのが四チャンネル方式であり、「何処でもいい処に坐って下さい」といって聞かせるのが劇場である。
 こんな平凡なことが忘却されている処に目的を逸脱した昏迷がある。
     *
ここで伊藤先生が述べられている4チャンネル再生と、
現在のハイエンドオーディオと呼ばれているスピーカーの音場再現とを、
完全に同一視するわけではないし、できないことはわかっているが、
それでも「最良の条件の位置に坐らせて聞かせる」ところは共通するところである。

Date: 11月 1st, 2015
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(その12)

トーキー用スピーカーといえば、まずウェスターン・エレクトリックのスピーカーのことである。
その次にシーメンスのスピーカーが、私の場合は頭に浮ぶ。

ウェスターン・エレクトリック、シーメンスときいて、私はそれぞれのスピーカーの型番よりも、
まず先に思い出すのは伊藤先生のことだ。

伊藤先生はトーキーの仕事をされてきた方だ。
伊藤先生はトーキー用スピーカーのことをどう表現されているのか。

ステレオサウンド 24号掲載の「獄道物語(2)」で、
劇場用と家庭用の音のあり方、について書かれている。
     *
 映画の音に就いて甚だ感覚的な談をさせて頂くが、前号にも述べたように今まで自分が追求していた音のすべては自分の住居の広さ、つまり極めて狭い場所で鑑賞していたのに較べて映画の音は劇場のあの広さの中で聞くのである。しかも入場税までも払って鑑賞するのである。「新発売、当社のステレオ装置試聴会にご招待、粗品呈上」とはわけが違う。聴衆は貪欲に聴こうとする。
 とにかく金を払ったからには聞く方は必死であり、金を取ったからには聞かせる方も真剣である。スクリーンに画が映るというおまけがあるが私達には音の方が大切である。
 ウェスターンの再生装置を確認して入場するのである。勿論光学録音であるから自分の所有している再生装置と音を較べくもないが問題は休憩時間に演奏してくれるディスクである。一般に市販されているレコードをかけてくれるのである。
 ステージに据付けられた五五五型のレシーバーから流れ出るその音は、最早私に帰宅して自作のシステムを聞こうとする意欲を完全に喪失させてしまうほどの絶品であった。
 英国フェランティのスピーカーとトランス、そして英国マルコニのピックアップで組み上げた私の装置も顔色なく、よい音を出すには生やさしい金では不可能であるという諦めとも悲憤ともつかぬ、初恋の失恋でなく分別盛りの失恋に似たものを味わわされた。
 相当のパワーを出して、ある距離をおいて、ある拡がりを与えてから聞く目的のスピーカーは別格のものである。
     *
伊藤先生が映画館に、ウェスターン・エレクトリックの音を聴きに通われていたころは、
休憩時間にレコードがかけられていたことがわかる。
私が小さかったころ、いなかの映画館でも休憩時間には音楽が流れていた。
けれど、それはレコード(ディスク)ではなく、テープであったはずだ。

上京してからも、休憩時間には音楽が流れていたが、
あきらかに貧相な音で鳴っているのしか記憶にない。

休憩時間にウェスターン・エレクトリックのシステムでディスクが聴ける。
うらやましい時代である。

24号は1972年のステレオサウンドである。
ここで、伊藤先生は「休憩時間に演奏してくれるディスク」という表現されていることにも注目したい。

Date: 3月 2nd, 2015
Cate: 「スピーカー」論

「スピーカー」論(ピストニックモーションにまつわる幻想)

ソニーのマイクロフォンの広告からエレクトロボイスのことを思いだし、
エレクトロボイスといえば、フェノール系のダイアフラムのことを私は連想する。

アルテックにしろJBLにしろ、
ウェスターン・エレクトリック系のコンプレッションドライバーのダイアフラムは金属である。
JBLのドライバーにも、フェノール系のダイアフラムのモノはあった。
2470、2482などがそうである。
だがこれらのドライバーはPA用に使われることが多く、
スタジオモニター、家庭用のスピーカーでは使われていなかったし、
JBLのコンシューマー用ドライバーにはフェノール系のダイアフラムのモノはない。

そのため、どうしても金属系のダイアフラムの方が音のクォリティは上で、
フェノール系は下にみられることもある。

それにコンプレッションドライバーのダイアフラムとして使われ、
ピストニックモーションの範囲内でしか使わないのであれば、
ダイアフラムの材質固有の音はしない、という意見もある。

そう主張する人たちは、フェノール系よりも金属系のほうがピストニックモーション領域が広い、
なのでフェノール系のダイアフラムを使う意味はない、ということになるらしい。

だが、そう言い切っていいのだろうか。
ほんとうにピストニックモーションの帯域においては、
ダイアフラムの材質固有の音はしない、と言い切れるのか。

Date: 8月 11th, 2014
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(Dolby Atmos・その7)

2014年「ゴジラ」を観ていながら、つい1954年に「ゴジラ」を観た人たちは、
この2014年のハリウッド「ゴジラ」を観たら、どう感じるのだろうか──、ということをぼんふりと思っていた。

1954年の「ゴジラ」はモノクロ映画で、音声も映画と比較すると周波数レンジも狭く、
映画の音響としての効果もあまり期待できるものではなかったはず。

それにゴジラも着ぐるみによる演技で、ゴジラによって破壊される東京の街並もミニチュアである。
いまの映画の技術水準からすれば映像も音もずっと貧弱ということになるわけだが、
表現としては、必ずしも貧弱とはいえないところがあったからこそ、
60年後の現在、新たなゴジラが生み出されている。

2014年「ゴジラ」の咆哮に、感慨はなかった。
60年前、映画館でゴジラの咆哮を初めてきいた人たちは、どう感じていたのだろうか。

1954年と2014年は、何もかもが変っている。変りすぎているところもある。
1954年は1945年からまだ九年しか経っていない。
私は1963年生れだから、当時の雰囲気を肌で感じていたわけではない。
それでも、1945年から九年ということで、想像できることはある。

1954年の空気の中でのゴジラの咆哮は、何かを切り裂いていた、はずだと思う。
2014年の空気の中でのゴジラの咆哮は、何ものも切り裂いていなかった、切り裂けなかった。
私はそう感じている。

Date: 8月 7th, 2014
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(Dolby Atmos・その6)

なぜ体が反応しないのか。
反応しないことで、どう感じていたのか。

結局、「ゴジラ」のドルビーアトモスによる音響には、
「スタートレック イントゥ・ダークネス」、「アメイジング・スパイダーマン2」にあったものがなっかた。
それは、映画の音響としてのリアリティだと思う。

「スタートレック イントゥ・ダークネス」、「アメイジング・スパイダーマン2」もリアリティがあったからこそ、
臨場感があったように思える。
反対に臨場感があったからリアリティを感じていたのかもしれない。

どちらにしても絵空事の音と観客を冷静にさせてしまうような音ではなく、
何かを体験しに映画館に行った、というリアリティが、
「スタートレック イントゥ・ダークネス」、「アメイジング・スパイダーマン2」にはあったし、
「ゴジラ」には残念ながら、かなり稀薄だった。

私だけがそう感じたのか、とも思い、
私が観たTOHOシネマズ日本橋で、「アメイジング・スパイダーマン2」と「ゴジラ」を観た人にきいてみた。
私と同じ感想だった。

そして「ゴジラ」本編が始まる前のドルビーアトモスのデモ・ムービーの出来が良すぎた、ということも、
私とまったく同じだった。

このリアリティの稀薄さをもっとも嘆きたくなるのがゴジラの咆哮だ。