Archive for 7月, 2019

Date: 7月 31st, 2019
Cate: 五味康祐

「音による自画像」(その9)

代表曲、十八番(おはこ)といえる歌をもつ歌手もいる。
たとえばサラ・ブライトマン。

私は、サラ・ブライトマンの名をきくと、
反射的に“Amazing Grace”を思い出す。

サラ・ブライトマンの代表曲は、他にもいくつかあるだろう。
他の曲(歌)でもかまわないが、
“Amazing Grace”が、サラ・ブライトマンの自画像であるとは、まったく思っていない。

それは曲、歌の出来や素晴らしさ、そういったこととは違うところで、
そう思えない。

私がそう思えないだけなのかもしれない。
私以外の人は、サラ・ブライトマンの“Amazing Grace”は、
彼女の自画像そのものといえる曲(歌唱)だということだってあろう。

いやいや、“Amazing Grace”ではなくて……、といって、
他の曲をサラ・ブライトマンの自画像だ、と挙げる人もいるであろう。

サラ・ブライトマンの“Amazing Grace”は、
マリア・カラスの“Casta Diva”よりもずっと多くの人が聴いていることだろう。

マリア・カラスの“Casta Diva”は聴いたことがなくても、
サラ・ブライトマンの“Amazing Grace”は聴いたことがある、
口ずさめる、という人の方が多いはずだ。

ジュディ・ガーランドの“Over The Rainbow”を聴いたことがなくても、
サラ・ブライトマンの“Amazing Grace”は知っている、という人は多いはずだ。

だからこそ、“Amazing Grace”はサラ・ブライトマンの代表曲といえる。
けれど、だからといって自画像とは必ずしもいえない。

結局、世の中には、自画像といえる歌をもつ歌い手とそうでない歌い手とがいる。

Date: 7月 31st, 2019
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(KEF Model 303・その8)

ステレオサウンド 57号のプリメインアンプの総テストには、
ビクターのA-X7Dの上級機A-X9も登場している。

瀬川先生はA-X9の試聴記の最後に
《音の重量感、安定感という点で、さすがに10万円台の半ばのアンプだけのことはある。ただし、X7Dと比較してみると、5万円の差をどうとるかはむずかしいところ。遠からずX9D、に改良されることを期待したい》
と書かれている。

私も、A-X9Dにはとても期待していた。
A-X5、A-X7が、型番末尾にDがついて、文字通り改良されている。
A-X7Dを、瀬川先生は超特選にしたい、と高く評価されていた。

A-X9Dが登場したら、
サンスイのAU-D907 Limitedと少し安いけれど、
ほぼ同価格帯のアンプといえる。

PM510には、A-X7DよりもA-X9Dのほうが、よりふさわしい──、
未だ登場していないアンプに一方的で過大な期待を抱いては、
PM510とA-X9Dとの組合せの音を夢想していた。

結局、A-X9Dはいくら待っても登場しなかった。
A-X5DhA-X55に、A-X7DはA-X77へとさらにモデルチェンジしたが、
A-X9はA-X9DにもA-X99にもモデルチェンジすることなく消えていった。

瀬川先生の、ステレオサウンド 56号で始まった組合せの記事も、
57号は休載で、それっきりになってしまった。

連載が続いていたら、KEFのModel 303の組合せは、どうなっただろうか。
57号の時点ではサンスイのAU-D607は製造中止になり、AU-D607Fになっていた。

音だけならば、303にもA-X7Dだった、と思う。
A-X7DはAU-D607よりも四万円ほど高いから、
56号の組合せのトータル価格が三十万円を超えることになる。

予算の制約をどう捉えるかによるが、
それまでの瀬川先生の組合せは、予算を少しばかりオーバーすることはけっこうあった。
だからAU-D607とA-X7Dの価格差は、勘弁してもらおう、ということになったはず。

ただそれでも、AU-D607がそのまま現行製品であったならば、
やっぱりAU-D607だったような気もする。

スピーカーがKEFの303、アンプがサンスイのAU-D607、カートリッジがデンオンのDL103D。
型番に共通するのは、いずれも三桁の数字が真ん中が0であること。

Date: 7月 30th, 2019
Cate: 五味康祐

「音による自画像」(その8)

マリア・カラスによる「清らかな女神よ」(Casta Diva, カスタ・ディーヴァ)が、
マリア・カラスの自画像そのものだ、ということにはっきりと気づいたのには、
ひとつのきっかけがある。

5月のaudio wednesdayで、“Over The Rainbow”を聴いた。
ジュディ・ガーランドの“Over The Rainbow”を筆頭に、いくつかの“Over The Rainbow”を聴いた。

“JUDY AT CARNEGIE HALL”での、“Over The Rainbow”は見事だった。
この晩、何度かけたことか。
最初にかけた。
それからアンプがあたたまってきた、といって、またかけた。

音が良くなってきたな、と感じたら、かけた。
最後に、またかけた。

いくつか聴いた“Over The Rainbow”のなかに、手嶌葵が歌う“Over The Rainbow”もあった。
手嶌葵の“Over The Rainbow”を聴いて、
“JUDY AT CARNEGIE HALL”でのジュディ・ガーランドによる“Over The Rainbow”のすごみを、
いっそう感じた。

手嶌葵のCDを持ってきたHさんは、これかける、やめましょう、といわれていたのを、
少々無理矢理かけた。

Hさんが、やめましょう、といった理由も、聴けばわかる。

表現という、表現力という。
これらのことばは、安易に使われがちのようにも感じることが多くなった。

手嶌葵の“Over The Rainbow”は、
手嶌葵なりの表現である──、
手嶌葵のファンからそういわれれば、そうですね、というしかないが、
それでは手嶌葵なりの表現とは何ですか──、
もしそんなふうにいってくる人がいたら、そう聞き返したくなる。

その晩は、ジュディ・ガーランドのカーネギーホールでの“Over The Rainbow”に圧倒された。
圧倒されたから、その時には気づかなかったが、
ここでの“Over The Rainbow”も、ジュディ・ガーランドの自画像そのものである。

Date: 7月 30th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その35)

デジタルフィルターが発生するプリエコーについて知った時にまず考えたのは、
スピーカーが発するプリエコーのことである。

スピーカーユニットのボイスコイルにプラスの信号が加われば、
ボイスコイルは前に動こうとする。
その際に発生する反動を、磁気回路を含むフレームが受け止める。

この反動は、フレームがすべて吸収してくれるのであればなんら問題はないが、
現実はそうではなく、フレームを伝わって、
振動板外周のフレームから輻射される。

この現象は、ダイヤトーンが、DS1000の開発時に測定し、
カタログなどで発表している。
目にした人もけっこう多いはずだ。

フレームはほとんどが金属であり、
振動が伝わる内部音速はかなり速い。
そのため、振動板外周のフレームから輻射される音は、
振動板が発する音よりも先である。

つまり、これも一種のプリエコーである。
ただし、ボイスコイルが前に動こうとする際に発生する反動故に、
ここでの輻射は逆相である。

デジタルフィルターのプリエコーが同相であるのは、この点が違うが、
プリエコーであることにはかわりない。

同相と逆相のプリエコーならば、打ち消し合いが起るかも……、
そんなバカなことも考えてみたりしたが、
プリエコーが音に影響を与えていることは、
スピーカーで実験してみれば、すぐにわかることである。

ダイヤトーンのように測定して対策を講じているメーカーもあれば、
そうでないメーカーのスピーカーも数多くあった。

そういうスピーカーで、われわれはCDの音を聴いているわけだ。
そこでプリエコーの発生が、元の信号にないのは理解しても、
それがどの程度、どんなふうに音に影響を与えるのか──、
知りたいのはそこであったけれど、答はどこにもなかった。

Date: 7月 29th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その34)

初期のCDプレーヤーに、ほぼ共通していえたのは、
音の伸びやかさに欠ける、というか、窮屈さを感じてしまうことである。

その原因についてあれこれいわれていた。
そのひとつがアナログフィルターの存在である。

デジタルフィルターを搭載していないCDプレーヤーでは、
かなり高次のハイカットフィルターが必要となる。

ソニーでいえば、CDP101は9次で、CDP701ESは、
ソニーのプロ用CDプレーヤーCDP5000と同じ11次のフィルターになっている。
そうとうに急峻なフィルターである。

高次になればなるほと部品点数は増えるし、
精度の高いフィルターを実現するには、細かな配慮も必要となる。

コストも当然かかるようになる。

デジタルフィルターを採用すれば、アナログフィルターはもっと低次のもので済む。
設計も楽になるし、部品点数も少なくなる。

なにより高次のフィルターよりも、低次のフィルターのほうが、音への影響は少なくなる。
デジタルフィルターとアナログフィルターとの併用で、
高次のアナログフィルターだけと同等か、それ以上のフィルター特性を実現できれば、
メーカーがどちらを選択するかは明らかだ。

それにアナログフィルターを構成する部品は、
量産したからといってさほどコストダウンは狙えない。

デジタルフィルターはLSI化されているから、量産効果ははっきりと出る。

1988年、デジタルフィルターを搭載していないCDプレーヤーはなかったはずだ。

Date: 7月 29th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その33)

1982年10月に登場したCDプレーヤーのなかで、
デジタルフィルターを搭載していたのはマランツ(フィリップス)のCD63だけだったはずだ。

ソニーにしてもオーレックス、Lo-D、デンオン、ケンウッド、パイオニア、テクニクス、ヤマハ、
どのモデルもデジタルフィルターは搭載していなかった、と記憶している。

ソニーがデジタルフィルターを搭載した最初のモデルは、CDP502ESである。
その前に出たCDP701ESも、一号機のCDP101もデジタルフィルターはなかった。

CD63だけが、4倍オーバーサンプリングのデジタルフィルターを搭載していたわけだが、
それすらも登場当時は、ほとんどの人が知らなかったはずである。

そのころすでにステレオサウンドで働いていたけれど、
私だけでなく、他の編集者も、デジタルフィルターを知っていた者はいなかった。

ただCD63に搭載されていたD/AコンバーターのTDA1540は、
14ビットだということはみな知っていた。
どうやって16ビットに対応しているんだろうか、
そのことにみな疑問をもっていても、そこにデジタルフィルターが関与していることは、
まったく知らなかった。

国産CDプレーヤーでデジタルフィルターを搭載した最初のモデルは、
NECのCD803である。
とはいえ、CD803の登場と同時に、
デジタルフィルターがどういうものなのか理解したわけでもなかった。

マランツの二号機CD73(1983年)の解説で、デジタルフィルターが搭載されている、と書いていても、
ではデジタルフィルターがどういう動作をするのかをわかっていたわけではない。

このころはデジタルフィルターありなし、そんなこと関係なしにCDプレーヤーの音を聴いていたわけだ。
1983年登場の、各社の第二世代機では、ソニーのCDP701ESは良くできていた。

CDP701ESは、半年ほど使っていたことがある。
知人が購入したCDP701ESを借りていた時期である。
1984年ごろのことだ。

CDプレーヤーの進歩は早かった。
1983年登場のトップモデルとはいえ、CDP701ESは、過去のモデルになりつつあった。
それでも自分の部屋で聴いていると、意外に音がいいことに気づいた。

ステレオサウンドの試聴室で聴いた印象よりも、ずっといい。
そのころは気づかなかったけれど、
デジタルフィルターを搭載していなかったこともあったのかもしれない。

Date: 7月 28th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その32)

ラックスのDA7と同じ1988年、
無線と実験の読者投稿欄に、ユニークなD/Aコンバーターの自作記事が載った。

楠亮平氏という方によるNOS DAC(Non Over Sampling D/A converter)である。

記事に掲載されていた回路図は、
こんなに少ない素子数でD/Aコンバーターが自作できるのか、というくらいだった。

デジタルフィルターを排除したD/Aコンバーターだった。
詳細までは記憶していないが、
デジタルフィルターの問題点を指摘してのものだったようにも記憶している。

NOS DACは、この記事だけで終りはしなかった。
自作派の人たちのあいだでも、さまざまなNOS DACが作られていったのは、
Googleで検索してみればすぐにわかることだし、
メーカーからも製品化されたこともあるし、現行製品でもある。

デジタルフィルターとの組合せが前提設計のD/Aコンバーターでは、
デジタルフィルターを省いてしまうと、技術的な問題点が発生する──、
そういう指摘の記事も読んだことがある。

それはそうだろう、と思いながらも、NOS DACはプリエコー、ポストエコーが発生しない。
そのことに(そのことだけではないだろうが)音質的メリットを感じる人がいる。

そうでなければ、単なるキワモノ的な記事で終っていただろう。
少なくとも1988年には、プリエコー、ポストエコーの問題を指摘する流れが生れていた。

もっとも現在では、FIR型デジタルフィルターでも、
対称型ではなく非対称型の設計にすることでプリエコーを抑えている。

プリエコーとポストエコーとでは、プリエコーの方が音質上影響が大きい、といわれている。

Date: 7月 28th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その31)

CDプレーヤーに搭載されているデジタルフィルターの問題点、
プリエコー、ポストエコーの発生についてメーカーが指摘したのは、
ラックスが最初ではないだろうか。

1988年にラックスが出してきたD/AコンバーターのDA07は、
フルエンシー理論によるD/A変換を実現している。
この時、DA07のカタログや資料で、一般的なデジタルフィルターが、
プリエコー、ポストエコーを発生させてしまうことが指摘されていた。

原信号には存在しないプリエコーとポストエコー。
これらが問題となってきたのは、DA7の登場より後のことである。

確か、この時点ではフルエンシーD/AコンバーターはLSI化されていなかった。
その後、フルエンシーD/Aコンバーターは、
新潟精密がLSI化している。
FN1242Aである。

十年くらい前までは入手可能だったが、
いまでは新潟精密もなくなっているし、FN1242Aの入手も難しいだろう。

DA07は意欲作だった。
200W+200Wクラスのパワーアンプ並の筐体のD/Aコンバーターだった。

ペアとなるトランスポートDP07と組み合わせた音は、
ここでも意欲作ということばを使いたくなるものだった。

聴いていてすごい、と感じるところもあった、
欲しいという気持は起きてきた。

それでもDP07の大きさと恰好、
DP07とDA07を二つ並べたときに受ける印象は、
欲しい、という気持を萎えさせてしまうところも、私は感じてしまった。

いまになって、ラックスのDA07を思い出すのは、
メリディアンの ULTRA DACを聴いてしまったからでもある。

Date: 7月 27th, 2019
Cate: きく

カセットテープとラジカセ、その音と聴き方(余談・その20)

ヤマハのTC800GLの、乾電池込みの重量は5.4kgである。
この重量を重いと思うか、そうでないか。

TC800GLと同時代の可搬型のカセットデッキ、
ソニーのTC3000SDは4.6kg、TC550SDは5.2kg、
ティアックのPC10は5.0kg、テクニクスRS646Dは5.7kg、RS686Dは3.0kg、
ビクターのKD2は3.85kgであった。

海外製のウーヘルのCR210は2.0kgと、可搬型と呼べるほどの軽さであるが、
国産の、この時代の可搬型カセットデッキは、
TC800GLよりもやや軽いか、ほほ同じくらいの重さである。

ソニーが1980年に発表したTC-D5Mは、さすがに軽い。1.7kgである。

こうやって重量をみていくと、TC800GLは、
据置型カセットデッキなのか、可搬型カセットデッキなのか。

上記した国産各社の可搬型カセットデッキは、
外観からして可搬型らしい。
据置型と認識する人はまずいない。

可搬型カセットデッキとしての場合にも、
ヤマハのTC800GLは類型的になりがちなモデルばかりのなかで、
ここでも光っていた。

据置型カセットデッキとしても、可搬型カセットデッキとしても、
決して類型的でなく、光っている存在、
それがヤマハのTC800GLである。

Date: 7月 26th, 2019
Cate: audio wednesday

第103回audio wednesdayのお知らせ(Walls)

8月のaudio wednesdayは、7日。
二週間を切っているけれど、いまのところ、これといったテーマを考えついていない。

ただひとつ、持っていくCDの一枚だけは決めている。
バーブラ・ストライサンドの「Walls」である。
もう新譜とはいえないだろう。
昨年のアルバムなのだから。

でも、今回は、はっきりとした理由はなにもないけれど、
この「Walls」をかけたい──、それだけは思っている。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時からです。

Date: 7月 26th, 2019
Cate: きく

カセットテープとラジカセ、その音と聴き方(余談・その19)

ヤマハのオーディオ機器の型番は、アルファベット二文字から始まっていた。
プリメインアンプのCA、チューナーのCT、カセットデッキのTC、
アナログプレーヤーのYP、スピーカーシステムのNS、ヘッドフォンのHPがそうである。

セパレートアンプだけは、コントロールアンプがC、パワーアンプがBというように、
アルファベット一文字だったけれど、
アルファベット二文字から始まる型番が、ヤマハのオーディオ機器といえた。

それが変りはじめたのが、プリメインアンプのA1から、である。
アルファベットが一文字になった。
チューナーもT、カセットデッキもK、というふうに変っていった。

アルファベット二文字時代のヤマハのプリメインアンプといえば、
CA2000、CA1000IIIがある。

これらと比較すると、A1は製品コンセプトからして時代が変ったといえる面がある。
同じことは、TC800GLとK1を比較してみても、ずいぶん違ってきた、といえる。

それは形態的なことだけではなく、録音機としてのコンセプトが、
TC800GLとK1はずいぶん違う。

K1は据置型カセットデッキとしか使えない。
そんなことTC800GLも同じじゃないか、と思われるかもしれないが、
TC800GLは可搬型カセットデッキなのである。

K1の電源はAC100Vのみだが、
TC800GLは、AC100V、乾電池とカーバッテリーのDC12Vにも対応している。

さらにオプションで専用のケースKS800も用意されていた。

このことはカセットデッキとしてよりも、
録音機としてTC800GLとK1を比較した場合に、際立ってくる。

Date: 7月 25th, 2019
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(KEF Model 303・その7)

あのころ、ロジャースのPM510は一本440,000円していた。
ペアで880,000円。

高校生にとっては、はっきりと手の届かない金額であり、
いつの日かPM510を、と、ステレオサウンド 56号を読んだ直後から、
そう思いはじめていたけれど、いつの日になるのかは見通しが立たなかった。

そういう価格のスピーカーをなんとか自分のモノに出来た。
けれど、プレーヤー、アンプにまわす予算は、ない。
それまで使っていたプレーヤーとアンプで鳴らすことになるわけだが、
ここで一つ考え込んでしまう、というか、悩むのは、
そこまで惚れ込んだスピーカーを、いいかげんなアンプで鳴らしたくない、というおもいである。

そのころはサンスイのAU-D907 Limitedを使っていた。
高校二年の修学旅行を行かずに、戻ってきた積立金とバイトで貯めた分とをあわせることで、
なんとか175,000円のプリメインアンプを自分のモノにできた。

AU-D907 Limitedは、いいアンプだった。
いまでも、そう思っている。

それでも、PM510と組み合わせるアンプではない、と直感的に思った。
PM510をひどい音で鳴らしたりはしないだろうが、
PM510の良さを積極的に鳴らしてくれるとは、到底おもえなかった。

175,000円の、しかも限定販売のアンプのよりも、
108,000のA-X7Dのほうが、いい音がする、とは普通は考えない。
誰だってそうだろう。

私もそうだった。
けれど、PM510というスピーカーを鳴らすのであれば、
AU-D907 LimitedからA-X7Dにするのもありだ、と決めてしまっていた。

傍からみればバカな考えでしかないだろう。
でも、あのころは真剣だった。

大切なスピーカーを穢したくない、というおもいが強すぎた。
穢してしまうかも……、とおもいながら、鳴らしたくはない。

もちろん、一日でも早く、その音を聴きたい、鳴らしたい、というおもいも強い。
どちらも同じくらい強かった。

そんなA-X7DとModel 303は、どんな音を響かせてくれたのだろうか。

Date: 7月 25th, 2019
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(KEF Model 303・その6)

KEF Model 303の組合せについて書かれたのが56号、
三ヵ月後の57号の特集は、プリメインアンプだった。

この特集で、瀬川先生はビクターのA-X7Dを非常に高く評価されていた。
《もし特選の上の超特選というのがあればそうしたいアンプ》とまで書かれている。

A-X7Dは、108,000円の、いわば中級クラスのプリメインアンプである。
型番からわかるようにA-X7の改良モデルでもある。

A-X7も世評はそこそこあったように記憶しているが、
A-X7Dはそうとうに良くなっているようだ(このアンプ、聴く機会がなかった)。

57号の試聴記で、
《テスト機中、ロジャースを積極的に鳴らすことのできた数少ないアンプだった》
とあるのが、特に印象的というか、強く惹かれた。

56号で、瀬川先生はロジャースの新製品PM510についても書かれていた。
その瀬川先生の文章を難度読み返したことか。

JBLの4343にも強い憧れがあった。
けれど、まだ聴いていないPM510の音を、瀬川先生の文章から想像しては、
もう、このスピーカーしかない、とまで思い込んでいた。

その PM510を十万円ほどのプリメインアンプが、積極的に鳴らしてくれる──、
このことは、当時高校生だった私にとって、どれだけ心強かった、とでもいおうか、
希望を与えてくれた、とでもいおうか、
とにかくPM510を手に入れて、A-X7Dを揃えれば、
PM510から積極的な良さを抽き出してくれるはず──、
そう信じていた。

A-X7Dでまず鳴らして、次のステップでセパレートアンプへ──、
そんな先のことまで見据えてのA-X7Dだった。

だから、A-X7Dがもう少し早く登場していれば、
56号では、KEFのModel 303には、AU-D607ではなく、
もしかするとA-X7Dを選ばれていたかも……、そんな想像もしていた。

Date: 7月 24th, 2019
Cate: 老い

老いとオーディオ(余談・その9)

グラシェラ・スサーナの歌う「抱きしめて」のオリジナルは、
フリオ・イグレシアスの“ABRAZAME”である。

フリオ・イグレシアスは作詞も手がけている。
確か西城秀樹も日本語で「抱きしめて」を歌っていた。

グラシェラ・スサーナの「抱きしめて」は、なかにし礼作詞で、
西城秀樹の「抱きしめて」は、誰なのかは忘れてしまったが、なかにし礼ではない。

なので日本語の歌詞は、微妙なニュアンスのところで少なからぬ違いがある。
グラシェラ・スサーナの「抱きしめて」の歌詞は、次のとおり。
     *
抱きしめて
何も云わずに 抱きしめて
初めて抱いた時のように この私を
抱きしめて
昨日のように 私を
今日も愛してほしいの 心こめて
     *
西城秀樹の「抱きしめて」は、
歌い出しの「抱きしめて」は同じでも、
続く歌詞はもう違っている。

グラシェラ・スサーナの「抱きしめて」は、
もう最初の「抱きしめて」にすべての情感が込められている、と感じる。
そうでなければ、続く歌詞の意味すら失せてしまう。

グラシェラ・スサーナの「抱きしめて」は、完全に女性の歌手が歌う歌詞である。
西城秀樹が、この歌詞で「抱きしめて」を歌ったら……、
あまり想像したくない。

フリオ・イグレシアスのスペイン語の歌詞の意味は知らない。
おそらく西城秀樹の「抱きしめて」のほうが、オリジナルの歌詞に近いのかもしれない。
だから、なかにし礼訳詩ではなく、なかにし礼作詞とあるのだろう。

私が聴きたいのは、なかにし礼作詞の、
そしてグラシェラ・スサーナが歌う「抱きしめて」である。

そういう歌だから、「抱きしめて」は、独りで聴きたい。

Date: 7月 23rd, 2019
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(KEF Model 303・その5)

ステレオサウンド 56号で、瀬川先生はこう書かれている。
     *
 いまもしも、ふつうに音楽が好きで、レコードが好きで、好きなレコードが、程々の良い音で鳴ってくれればいい。というのであれば、ちょっと注意深くパーツを選び、組合わせれば、せいぜい二~三十万円で、十二分に美しい音が聴ける。最新の録音のレコードから、旧い名盤レコードまでを、歪の少ない澄んだ音質で満喫できる。たとえば、プレーヤーにパイオニアPL30L、カートリッジは(一例として)デンオンDL103D、アンプはサンスイAU-D607(Fのほうではない)、スピーカーはKEF303。これで、定価で計算しても288600円。この組合せで、きちんとセッティング・調整してごらんなさい。最近のオーディオ製品が、手頃な価格でいかに本格的な音を鳴らすかがわかる。
     *
KEFのModel 303は聴いたことがある。
サンスイのAU-D607も聴いたことがある。
デンオンのDL103Dも聴いている。

パイオニアのPL30Lは聴いたことはないが、
上級機のPL70LIIは聴いたことがある。

この組合せの音が想像できないわけではない。

それでも、KEFの303をAU-D607で鳴らした音は聴いていない。

《十二分に美しい音が聴ける》とある。
けれど56号は1980年に出たステレオサウンドである。
もう四十年ほど前のことである。

《十二分に美しい音》は、四十年前だからだったのか、
いまでも《十二分に美しい音が聴ける》のか。

なんともいえない。
それでもKEFのModel 303を手に入れてから、
瀬川先生にとっての、この時の《十二分に美しい音》を聴きたくなった、
というか出したくなった。

PL30L、DL103Dは、いまのところめどが立っていないが、
AU-D607は揃えられるようになった。

この組合せの中核である303とAU-D607は、なんとか揃う。

いま住んでいるところから、
喫茶茶会記のある四谷三丁目まで運ぶ手段がなんとかなったら、
audio wednesdayで鳴らす予定である。
(なんともならないだろうから、実現の可能性は低いけれど……)