Archive for category 「空間」

Date: 6月 18th, 2013
Cate: 「空間」

この空間から……(その7)

例えばピアノと比較すれば、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとギターも同じ弦楽器ということになる。

ヴァイオリンやチェロの音とギターの音は聴けば、すぐにわかる違いがあるにしても、
ボディの形は大きくみればヴァイオリンとギターはくびれているところも同じだし、
ネックがありヘッドがあり、弦が複数本張ってある、ということても、
ピアノとの比較においては同種の楽器といえよう。

それでもヴァイオリン、チェロなどは弦とボディのあいだに駒があり、
弦の張り方にギターとの違いがあるし、
共鳴のためにボディにあけられている孔の形状、大きさ、数が違う。

ギターは丸でひとつ、ヴァイオリン、チェロなどはいわゆるf字孔でふたつ。
ギターでは弦のすぐ下にある孔は、ヴァイオリン、チェロなどでは真下にはない。

大きな括りではギターもヴァイオリンも弦楽器であっても、
孔という「窓」のあり方は違っている。

左右ふたつのスピーカーの間に形成されるもの、
これを「窓」とすれば、ヴァイオリン、ギターで孔が違うのは同じように、
人によって違ってきて当然のことのはず。

これが、別項「オプティマムレンジ」に関係してくるような気がしている。

Date: 6月 16th, 2013
Cate: 「空間」

この空間から……(その6)

空間にある「窓」。

左右ふたつのスピーカーの間に形成されるもの、ひとつめの「窓」といえよう。

Date: 8月 23rd, 2012
Cate: 「空間」

この空間から……(その5)

空洞と空間。

空洞には心はない、空間に心はある。
そう思っている。
すくなくとも音楽を感じる心は、この「空間」にある。

もうひとつ。
空洞にはなく空間にあるもの。
「窓」である。
弦楽器にf字孔が必要なように……。

Date: 8月 8th, 2012
Cate: 「空間」

この空間から……(その4)

好きな作曲家、演奏家の伝記、関連書籍を繙くのは楽しい。
グレン・グールドに関する本は、以前はかなり読んできた。
最近では、あまりにも数が多く出過ぎているのも理由のひとつなのだが、
以前のように、グールドに関する本は全て読もう、という気はずいぶん薄れてしまった。

それでもこの手の本を読むのは、おもしろいし楽しい。
それに読むことによって、好きな作曲家、演奏家に関する知識も増していく。

好きな演奏家のレコードを聴くのとは、また違うおもしろさ、たのしさが、ここにはある。

誰でもいい、好きな演奏家が見つかったら、
音楽好きとしては一枚でも多く、その演奏家のレコード(演奏)を聴きたいと思うし、
その演奏家のことを知りたい、とも思う。

耳と眼によって情報を得ていくことによって、
それまで聴き手側の中にあった空洞が少しずつ埋まっていくのではないだろうか。

より理解を深めようと、さらに聴き込み、読むことで、その空洞は埋まっていく。
やがて空洞は空洞でなくなってしまうかもしれない。
なくならないまでも空洞の大きさが、最初の頃よりもずっと小さくなってしまっては共鳴は起きにくくなる。

より共鳴したいがために理解を深めていく行為が、時には共鳴を抑え込んでしまうことにもつながりかねない。

だからといってあまり聴くな、あまり読むな、ではない。
空洞を空間にするためには、空洞を空洞のまま放っておいても、それは空洞でしかない。
いつまでたっても空間とはならないはず。

空間はみずからつくっていくものだからだ。

Date: 8月 8th, 2012
Cate: 「空間」

この空間から……(その3)

楽器が電気を使わずに、あれだけ豊かな音を発することができる理由は、いくつか考えられる。
ヴァイオリンにしろ、ヴィオラにしろ、チェロにしろ、それにコントラバスやギターなどは、
すべて内部が空洞になっている。この空洞(空間)が共鳴するからこそ、である。

もしヴァイオリンが、ヴィオラやチェロが、
この素晴らしく美しい空間をまったく持たないソリッドなボディになっていたら……、
と考えると、この項の(その2)でふれた川崎先生のコメントに実感として納得できる。

ヴァイオリンの空間、
ヴィオラの空間、チェロの空間……、
これらの空間は何と共鳴するのか、といえば、
それは人ということになる。

つまりは音楽を聴く、
その音楽に共鳴するには聴き手であるわれわれのなかにも空間を持たなければならないのではないだろうか。
しかも、それは単なる空洞ではなく、空間でなければならず、
しかもその空間は、川崎先生が表現された「空間」でなければならない、そういえる。

川崎先生のコメントを読むにはfacebookのアカウントが必要で、
audio sharingというfacebookグループにアクセスしてください。

Date: 3月 18th, 2012
Cate: 「空間」

この空間から……(その2)

(その2)以降からスピーカーのエンクロージュアに焦点を絞って書いていくつもりでいた。
(その2)を、2、3日うちにでも書こうかな、と思っていた金曜日に、
「この空間から……」に川崎先生からのコメントがあった(facebookのほうで)。

(その1)で紹介した写真を見たときから、この空間を、なんと表現しよう、と考えていた。
考え出す前に、(その1)を書いて公開したのは、
やはり、1日でもはやく、一人でも多くの人に、
これらの写真(ベルリンフィルハーモニー室内楽オーケストラのポスター)を見てもらいたかったからなのだが、
だからこそ、川崎先生の表現を目にしたとき、
正直、こういう言葉は出てこなかったことに気づかされ、
同時に、この項の(その2)以降の内容も変えていこうと触発もされた。

とはいっても、いまはまだ川崎先生の、コメントに書かれたその表現を頭のなかでくり返しているだけでだから、
いますこし時間がかかるけど、それでもわくわくするものを感じている。

川崎先生のコメントを読むにはfacebookのアカウントが必要で、
audio sharingというfacebookグループにアクセスしてください。

Date: 3月 14th, 2012
Cate: 「空間」

この空間から……(その1)

ヴァイオリンの内部は、これまでにも写真や図で知っていた。
ただ、それらはすべて製作途中で撮ったものだったり、内部を撮るために一部解体されたものであって、
ヴァイオリンという楽器の内部とは必ずしもいえないところがあった。
だから、気がつかなかった……、という言い訳ができるわけではないが、
ほんとうのヴァイオリンの内部がこんなにも美しい空間であることを、つい2日前に知った。

ここでの内部は、完全な楽器としてのヴァイオリンの内部である。

月曜日にtwitterを見ていて、知った。
ベルリンフィルハーモニー室内楽オーケストラのキャンペーンのポスターである。
リンク先に表示される写真を見たら、誰しも、息をのむはず。
f字孔からの差し込む光が神秘的にも思えて、なにか、この空間は祈りを捧げる場のような気さえしてくる。

ここがリスニングルームだったら、と思ってしまう。
そして、音楽となる音は、この空間だから生れてくるものだとも思える。

オーディオマニアとして、やはり思ってしまう。
スピーカーシステムの内部は、空間と呼べるものだろうか、
そこに美があるだろうか、と。

スピーカーから発せられる音は、音楽となっていく音でなければならない。
ただ単に音でしかない音を発するものであってはならないはずだ。

スピーカー・エンクロージュアの内部をこういうふうにしただけで、
音楽となる音が即出てくるわけではないことは充分すぎるほど承知している。

それでも、あえて、いくつか言いたいこと、書きたいことがいくつも出てくる。