Archive for category High Resolution

Date: 4月 4th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるベートーヴェン 交響曲全集(その3)

バレンボイムは、カラヤンほどではないようだが、
日本にはアンチ派が少なからずいる、らしい。

私の周りにアンチ・バレンボイムといえる人はいないけれど、
そういわれてみると、バレンボイムの評価は、
海外でのそれと比較すれば、あまり高くないことは感じている。

私はアンチ・バレンボイムなわけではないが、
好きか嫌いかでいえば、嫌いな演奏家の一人だ。

嫌いだからといって、その演奏そのものが嫌いなわけではなく、
嫌いという感情が個人的なものであるのはいうまでもないことで、
私がバレンボイムが嫌いなのは、
ジャクリーヌ・デュ=プレと関係してのことだ。

バレンボイムのことが嫌いだ、
けれどバレンボイムの演奏を嫌いであったり、批判したりはしない。

積極的にバレンボイムの演奏を聴いてこなかったけれど、
それでも指揮者としても、ピアニストとしても、
特に優れた演奏家との共演者としてのバレンボイムの演奏はみごとだと感じているし、
バレンボイムが、フルトヴェングラーの信奉者であることも知っている。

そのバレンボイムが、
1999年にベートーヴェンの交響曲を短期間で録音したことは、
バレンボイム嫌いの私でも知っていた。
興味も少しはあった。

どれか一枚くらいは買ってみようかな、と思いつつも、
それでも買わなかったし、聴くこともなかった。
縁があれば、どこかで聴く機会があるだろう……、そのくらいの興味だった。

4月3日に、e-onkyoで、バレンボイムのベートーヴェンの配信が始まった。
各交響曲ごとの配信もあれば、全集もある。

全集は、クリュイタンスによる全集同様、かなり廉い価格設定である。
二枚(二曲)買うのであれば、全集のほうがお得である。

しかもMQAである。
こうなると、バレンボイム/シュターツカペレ・ベルリンのベートーヴェンへの興味が、
二十年前とは比較にならないくらい強くなってくる。

バレンボイムのベートーヴェンが、MQAでなかったら、
出たんだぁ……、ぐらいの興味のままだったかもしれない。

Date: 4月 4th, 2020
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MQAで聴けるベートーヴェン 交響曲全集(その2)

誰かからきいたのか、
それとも何かで読んだのか、
クリュイタンス/ベルリンフィルハーモニーのベートーヴェンは、
偶数番の曲がいい、という評判だった。

実をいうと、クリュイタンス/ベルリンフィルハーモニーのベートーヴェンを、
すべて聴いているわけではない。

四番と八番を聴いているだけだ。
六番も聴こうと思いつつも、
六番に関しては、ワルター/コロムビア交響楽団は、
昔から世評が高かった。

福永陽一郎氏だったはずだが、
ワルターを、ベートーヴェンの「田園」を指揮するために存在していた、とどこかで記していた。

そのことがどこかにあって、クリュイタンスの六番を外して、
四番と八番を聴いたものだった。

いま聴いても、いい演奏だ、とおもう。
節度ある、とか、粋な、とか、
そんな表現が使われそうなスタイルの演奏で、どこにも大仰なところを感じさせない。

その後のカラヤンとの録音とは、かなり対照的ともいえよう。

今回のリリースで、序曲をふくめて、一番から九番まですべて聴ける。
一番から順に聴いてもいけるし、
録音順に聴くことだってできる。

今日は帰宅が遅かったため、まだ聴き始めていない。
まずは四番と八番を改めて聴くことから始めようかとおもっている。

そして、今日リリースされたベートーヴェン全集は、
クリュイタンスだけではなく、
バレンボイム/シュターツカペレ・ベルリンも出ている

Date: 4月 3rd, 2020
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MQAで聴けるベートーヴェン 交響曲全集(その1)

今年(2020年)は、ベートーヴェン生誕250周年ということで、
各レコード会社から、ベートーヴェンの録音がけっこう数リリースされているし、
これからもかなりリリースされるであろう。

「MQAで聴けるベートーヴェン 交響曲全集」は、
いつか書けるかな……ぐらいには思っていた。

e-onkyoでは、
バーンスタイン/ウィーンフィルハーモニー、
カラヤン/ベルリンフィルハーモニー(二種)、
ネルソンズ/ウィーンフィルハーモニー、
クリップス/ロンドン交響楽団、
このくらいしかなかった。

なにもMQAにこだわらなければ、
flac、DSDであれば、もっと多くリリースされている。

3月下旬ごろから、クリュイタンス/ベルリンフィルハーモニーのベートーヴェンが、
ぽつぽつリリースされ始めた。
3月中にすべて(九枚)出た。

すべてを買うつもりはなかったけれど、いくつかは買おうと考えていた。
それで今日(4月3日)、日付が変ったばかりの0時すぎにe-onkyoにアクセスしてみると、
クリュイタンス/ベルリンフィルハーモニーによるベートーヴェンがまとめてリリースされていた。

単売されていたのが、すべてまとまって、かなりのお買い得な価格である。
もちろん即購入した。

いまはどうなのか知らないが、
私がクラシックに興味を持ち始めたころ、
クリュイタンスのベートーヴェンの交響曲は、
ベルリンフィルハーモニーによる初の全集録音であることはよく知られていた。

カラヤンではなく、クリュイタンスをベルリンフィルハーモニーが、
初の全集録音に選んだ理由は知らない。

いまは、この事実はどのくらい知られているのだろうか。

Date: 3月 10th, 2020
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MQAで聴けるピノックの平均律クラヴィーア曲集第一巻

トレヴァー・ピノックを、熱心に聴いていたとはいわないけれど、
周りに熱心に聴いている人がいたものだから、
その人のところに行くと、必ず、とはいわないものの、かなり頻繁にピノックの演奏は聴いていた。

指揮者でもあるし、鍵盤奏者でもあり、
ピノックがバッハのゴールドベルグ変奏曲、パルティータを録音していたのは知っていた。
知っていただけで聴いてはいない。

ピノックの熱心に聴いていた人のところでは、もっぱら指揮者ピノックの録音だった。

4月に、ピノックのチェンバロによるバッハの平均律クラヴィーア曲集が出る。
まだ録音していなかったのか、とまず思った。

そして思ったのは、MQAで配信されるのかな、だった。

平均律クラヴィーア曲集の録音を伝えるタワーレコードのサイトをスクロールしていくと、
国内盤はMQA-CDであることがわかる。
5月20日発売となっている。

自分のシステムでは、あまり熱心には、というよりも、
ほとんど聴いてこなかったピノックなのだが、
MQA-CDで、しかも平均律クラヴィーア曲集となると、
聴きたい、という気持がぐんと強くなる。

なんて単純な男だ、と思われてもかまわない。
MQAでチェンバロ、それもピノックの平均律クラヴィーアである。

わくわくした気持で、CDの発売を待つのもたのしい。

Date: 3月 5th, 2020
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MQAで聴きたいグルダのモーツァルトの協奏曲

e-onkyoでは、
フリードリヒ・グルダとクラウディオ・アバドによるモーツァルトのピアノ協奏曲は、
第25番と27番のカップリングが、MQAの96kHz、24ビットで聴ける。

これがあるのに、なぜ、20番と21番がないのか、と思っていた。
いつか出るのか、それとも出ないのか。

25番と27番は2018年に出ている。
約二年経っているのだから、出ない可能性が高いのか、
そんなことを思っていたら、
ドイツ・グラモフォンから、
20番、21番、25番、27番を、CD(二枚)+Blu-Ray Audio(一枚)で、5月に出る。

192kHz、24ビットでリマスターされており、
Blu-Ray Audioは192kHz、24ビットでの収録である。

このあたりは、さきごろ出たミケランジェリのドビュッシーと同じだ。
ということは、これもまたミケランジェリのドビュッシーと同じで、
グルダ、アバドによるモーツァルトのピアノ協奏曲も、192kHz、24ビットで出るのか。

出るとしたら、MQAも含まれる可能性はとても高い。

グルダとアバドのモーツァルトは、
25番、27番のカップリングよりも、20番、21番のカップリングのほうが、
実に素晴らしい演奏である。

だからこそ20番、21番をMQAで聴きたい。
それがようやく叶うかもしれない。

Date: 2月 25th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたいシゲティの無伴奏ソナタとパルティータ

シゲティの、バッハの無伴奏ソナタとパルティータが、
3月下旬にLPで復刻されるのを、タワーレコードのページで知った。

《VANGUARD社所蔵のオリジナル・マスターテープからの最新リマスタリング》とある。
さらにマスタリングエンジニア、マスタリングに使われた器材の表記もある。

これを見て気づくのは、一度デジタルに変換してのマスタリングである、ということだ。
これを批判する人も少なからずいるだろうが、
私はむしろ、同じマスターでMQAで配信、もしくはMQA-CDで出してくれないか、
そういうことを思ってしまう。

いまのところシゲティは、MQA-CDもないし、e-onkyoでも配信されていない。
今回のLP復刻を機に出てこないものか、とちょっぴり期待している。

Date: 2月 18th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるミケランジェリのドビュッシー(e-onkyoの価格)

ミケランジェリのドビュッシーが、e-onkyoで配信が始まったのが1月3日。
約一ヵ月後の2月7日には、ミケランジェリのドビュッシー集が、
CD(二枚)+Blu-Ray Audio(一枚)で、ドイツ・グラモフォンから発売になった。

CDとBlu-Ray Audioの組合せは、これまでもドイツ・グラモフォンは積極的だった。
すべてをチェックしたわけではないが、
Blu-Ray Audioはほぼすべて96kHz、24ビットである。

今回のミケランジェリのドビュッシーは192kHz、24ビットである。
しかも収録内容は、
「前奏曲集」の第一巻と第二巻、
「映像」第一集と第二集、
「子供の領分」である。

この内容で、タワーレコードなどでは三千円を切る価格になっている。

e-onkyoでの価格は、というと、
それぞれ分売で、四千円を超える。
「前奏曲集」は第一巻のみである。
二タイトル購入すれば、九千円近く、と、CD+Blu-Ray Audioの組合せの三倍。

それでも「前奏曲集」第二巻は含まれていない。

e-onkyoでの価格は、どうやって決定されるのかは知らない。
レコード会社の意向が強いのかもしれない。
それにしても……、とどうしても思ってしまう。

私の場合は、MQAで購入している。
Blu-Ray Audioは、MQAではない。
なのでしかたないといえばそうなのか、納得するしかないのか……、と思いつつも、
flacで購入する人は、CD+Blu-Ray Audioの組合せのほうが、お買い得である。

e-onkyoがMQAに積極的であるのは高く評価したい。
でも、一部のタイトルの価格には、納得できなかったりする。

Date: 2月 18th, 2020
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MQAで聴けるバルバラ(その4)

「コンポーネントステレオの世界 ’77」でのそれぞれの組合せの記事中には、
すべての組合せではないが、試聴風景の写真が使われている。

写真の下にはネーム(説明文)がある。
たとえば、
《少し古いレコードを聴くためにはタンノイのレベルコントロールも活用する。調整中の瀬川氏》、
《ソニー、タンノイ、ヤマハの3機種のスピーカーを慎重に試聴する岡氏》、
《アンプの音の違いを真剣に聴き入る菅野氏》、
たいていはこんな感じのネームである。

井上先生の組合せ、
山崎ハコ、ジャニス・イアン、絵夢などのレコードをしんみり聴くための組合せでは、
《山崎ハコなど人前で聴くとやはりテレるのです》とある。

あきらかに、ほかの組合せとは違う。

オーディオのことはまだ何もわかっていないといえた中学二年の私でも、
この写真のネームの違いにはすぐに気づいた。

それだけに、キャバスのBrigantinかロジャースのLS3/5Aの組合せには、
ほかの組合せとは違うなにかを感じたものだった。

そういうことがあったからこそ、
バルバラを、いまMQA-CDで聴いていると、LS3/5Aのこととか、
井上先生のこととかをおもい出すことになる。

Date: 2月 17th, 2020
Cate: High Resolution

MQAのこと、知名度と普及ということ

先日、ほぼ十年ぶりくらいに、ある人と電話で話した。
オーディオ好きの人である。
熱心にオーディオをやっている人である。

私より少し上の世代の人である。
もうステレオサウンドをはじめオーディオ雑誌は何も読んでいない人である。
インターネットはやっているけれど、それほど情報収集に熱心でもない人である。

そういう人と三十分ほど話していた。
以前はよく話していた。
久しぶりということもあって、
それにMQAのエヴァンジェリストを自認しているわけだから、
話の途中で「MQA、いいですよ」と切り出した。

その人は「MQA?」という感じだった。
MQAのことをまったく知らない様子だった。

私だって、MQAが登場したのと同時に知ってはいたけれど、
知ってはいた──、にとどまるレベルでしかなかった。

MQAの音を聴いたのは、2018年9月のaudio wednesdayにおいて、だ。
それに、いまのところメリディアンのULTRA DACと218でしか聴いていない。

オーディオ雑誌も読まず、インターネットも熱心でなければ、
「MQA?」という反応も当然かもしれない。

私が熱心に、audio wednesdayでMQAを鳴らすようになったから、
audio wednesdayに来てくれる人たちはMQAのことを知っているし、
その良さも感じとっているわけだが、
冷静にながめてみれば、MQAの知名度、普及はまだまだなのかもしれない。

Date: 2月 15th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるバルバラ(その3)

MQA-CDでバルバラを聴いていると、
ふとLS3/5Aで聴いたら、どんな雰囲気でバルバラが歌ってくれるのだろうか、と思った。

20代の一時期、ロジャースのLS3/5A(15Ω)を持っていた。
狭い部屋だったこともあって、メインとして鳴らしていたわけではなかったこともあって、
通常は部屋の片隅に置いていて、聴きたい時だけ設置してという聴き方だった。

譲ってくれ、という友人がいて、手離した。
なのでバルバラをLS3/5Aでは聴いていない。

MQA-CDで聴いていると、LS3/5Aだったら、
インティメイトな感じがより濃く鳴ってくれそうな気がする。

それは、きっとぞくぞくするような鳴り方のはずだ。

LS3/5Aといえば、私にとっては井上先生がまず思い浮ぶ。
1976年12月のステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’77」で、
井上先生がLS3/5Aの組合せをつくられている。

カートリッジはAKGのP8ES、
コントロールアンプはAGIの511、パワーアンプはQUADの405だった。

当時は、この組合せで聴いてみたい、と思うだけだった。
でも、いまはこの組合せの記事は、井上先生の素の部分か出たものだと思う。

井上先生に確認したわけではない。
でも、井上先生はLS3/5Aをもっておられたはずだ。

Date: 2月 12th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるバルバラ(その2)

昨年秋に発売予定だったバルバラのMQA-CDは延期になって、
今年1月15日にやっと発売になった。

このMQA-CDは、オリジナルマスターテープからのものではなく、
国内にあるマスターテープからによるものだ。

このへんのことも、発売が延期になったことと絡んでいるのだろうか。
国内のマスターテープということは、ちょっとかっかりでもあった。

それでも買って聴いた。
発売日が15日だったので、1月のaudio wednesdayには間に合わなかった。
間に合っていれば、持っていった。

私にとってバルバラのイメージは、
瀬川先生が熊本のオーディオ店に来られていたときの音によってつくられている。

バルバラのレコード(録音)は、LPで聴いたのが最初だ。
フランス盤で、何枚か聴いている。

そうやってつくられたバルバラのイメージ通りの音が、MQA-CDから鳴ってきた。
国内のマスターテープということで、色褪た印象になるのでは……、と危惧していた。
そんなことはなかった。

「孤独のスケッチ」に聴き惚れていた。
色香のある音がする。

日本にあるマスターテープよりも、
フランスにあるオリジナルのマスターテープの音が、ずっといいに決っている。

そう思い込んでいた。
事実、そうなのだろう。

それでもバルバラのMQA-CDを聴けば、
日本に送られてきたマスターテープも、かなり良質なコピーのような気さえする。

Date: 2月 11th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるポリーニのベートーヴェン

今月下旬に、ポリーニのベートーヴェンの新録音の第一弾が、
MQA-CDで発売になる。

ポリーニの旧録音に、五味先生は激怒されていた。
     *
 ポリーニは売れっ子のショパン弾きで、ショパンはまずまずだったし、来日リサイタルで彼の弾いたベートーヴェンをどこかの新聞批評で褒めていたのを読んだ記憶があり、それで買ったものらしいが、聴いて怒髪天を衝くイキドオリを覚えたねえ。近ごろこんなに腹の立った演奏はない。作品一一一は、いうまでもなくベートーヴェン最後のピアノ・ソナタで、もうピアノで語るべきことは語りつくした。ベートーヴェンはそういわんばかりに以後、バガテルのような小品や変奏曲しか書いていない。作品一〇六からこの一一一にいたるソナタ四曲を、バッハの平均律クラヴィーア曲が旧約聖書なら、これはまさに新約聖書だと絶賛した人がいるほどの名品。それをポリーニはまことに気障っぽく、いやらしいソナタにしている。たいがい下手くそな日本人ピアニストの作品一一一も私は聴いてきたが、このポリーニほど精神の堕落した演奏には出合ったことがない。ショパンをいかに無難に弾きこなそうと、断言する、ベートーヴェンをこんなに汚してしまうようではマウリッツォ・ポリーニは、駄目だ。こんなベートーヴェンを褒める批評家がよくいたものだ。
(「いい音いい音楽」より)
     *
別項で書いているように、ハタチぐらいのころ、
ポリーニのベートーヴェンを聴いた。
そこに感動はなかったけれど、五味先生がそこまで激怒される理由もはっきりとはつかめなかった。

それからずいぶん時間が経ち、
ポリーニの平均律クラヴィーア曲集を聴く機会があって、
音が濁っている、と感じた。

音が濁っている、といっても、オーディオ的な意味ではない。
ポリーニの平均律クラヴィーア曲集の録音は、2008年9月、2009年2月である。
優秀な録音といえる。

なのに濁っているように感じてしまった。
五味先生の《汚してしまう》とは違うのかもしれないが、
五味先生の激怒の理由は、こういうことなのかもしれない、とも感じていた。

そのポリーニがベートーヴェンを弾いている。
しかも第一弾は第30番、31番、32番だ。

ほんらいならば聴こうとは思わなかった。
それでもMQA-CDなのだ。

たったこれだけの理由で、聴いてみたい、に変ってしまった。

Date: 2月 6th, 2020
Cate: High Resolution

MQAのこと、オーディオのこと(その3)

○○だから、音がよい、
その反対に、○○だから、音が悪い──、
そんなことは私がオーディオに興味をもった以前からいわれ続けていることだ。

1980年ごろ、日本のオーディオメーカーは平面振動板のスピーカーの新製品を出してきた。
ステレオサウンド 54号の特集はスピーカーシステムで、
そこには平面振動板のモデルがいくつも登場していた。

特集の巻頭座談会で、瀬川先生は、
《試聴するときも、特に平面だからどうという意識は持っていない》、
《平面型を否定はしませんが、平面型にすればすべてが良くなるということはないと思う》、
他にも平面型について語られているが、
要約すれば、平面型だから──、ということをまったく意識しないで聴いている、ということだ。

たとえば真空管でいえば300Bが、音のよい真空管としてよく知られているが、
だからといって300Bを使ってさえいれば、すぐれた音のパワーアンプにすべてが仕上がるわけではない。

他にもいくつもある。
すべてを書いていくのは無理があるほどに、この「○○だから」というのはうんざりするくらいある。

最近の例では、ハイレゾだから、というのがあるといえよう。
ハイレゾだから、音がいい、とは必ずしもいえない。

それでも、これから先も、いろんな「○○だから──」というのは登場してくるはずだ。

まったくあてにならない「○○だから……」なのだが、
ここにきて、私のなかでは「MQAだから、音がよい」といえる、
そうおもえてきている。

ただし条件つきである。
私が「MQAだから、音がよい」とするのは、
これまで録音されてきたものについて、である。

つまりアナログ録音にしてもデジタル録音にしても、
これまでLPやCDで聴いてきて、よい音の録音と感じてきたものにかんしては、
MQAになることで、音はよくなっている。

MQAフォーマットだから、MQA-CDだから、といって、すべての録音がいい、とは思っていない。
MQAを前提にした録音のすべてを聴いているわけではない。
いいものもそうでないものもあろう。

それは録音というものがそうであるように、である。

だからくり返すが、名録音、優秀録音とこれまでいわれてきたものが、
MQA-CDになったり、MQAで配信されるようになって、
それらを聴いていると、いままでのところ、私の期待が裏切られたことはない。

Date: 1月 24th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたい“Charlin Disques”

2010年だったか、シャルラン レコードのCDがまとめて復刻された。
といってもマスターテープは破棄されているので、
サブマスターからの復刻であった。

この時は輸入盤であったが、2016年にエリック・ハイドシェックのCDが新たに発売になった。
この時は国内盤のみで、輸入盤の発売はない、とのことだった。

ハイドシェックのベートーヴェン(二枚)とブラームスは、
いまでも入手できる。

2010年に発売になったCDは、廃盤ではないようだが、いまのところ入手は難しいようだ。
2010年復刻のCDは、五枚ほど買った。

正直、幻の録音には感じなかった。
2010年の復刻は、シャルランの遺族によるレーベルからだった。
はっきりと確認したわけではないが、どうもLPからの復刻だったようだ。

マスターテープがこの世に存在していないのだから、
本来の音を聴くのは、難しいことなのだろう。

オリジナルのLPを探して出して聴くしかないのだろう。

遺族によるレーベルは、いまもある。
ウェブサイトもあり、CDだけでなくLPでも復刻されている。
さらにFLACの配信も始めている。

もっと丁寧な復刻であれば、LPからの復刻でもいい。
ハイドシェックのCD復刻のように、
良質のサブマスターを探し出しての復刻でもいい。

シャルランの録音を、MQAで聴きたい、と思う。

Date: 1月 21st, 2020
Cate: High Resolution

MQAのこと、オーディオのこと(その2)

「比較ではなく没頭を」──フルトヴェングラーの言葉である。

同じ書き出しで、しかも「比較ではなく没頭を」をタイトルにしたものを、
2008年9月に書いている。

オーディオには比較する楽しみが、はっきりとある。
いろんなモノを比較する。

スピーカーの比較もあれば、ほんのわずかな長さのケーブルの比較もある。
それからセッティングの違いの比較もある。

何かをかえれば音はかわるのだから、そこでどうしても比較という行為がいやおうなしにはいってくる。
それを面倒だ、と思うのか、楽しめるのかが、オーディオマニアかどうかなのかもしれない。

それでも「比較ではなく没頭を」を忘れてはならない。
比較することに没頭するのではなく、
没頭できるようになるための比較である。

MQAを、あいかわらず否定する人がいる。
MQAで音楽を聴いていて感じていることが、「比較ではなく没頭を」である。

いまでは、あるアルバムを複数のフォーマットで聴ける。
以前もそうだったけれど、いまの方が数は多くなってきている。

こっちがいい、あっちがいい。
そんなことが、いろんなところで書かれたり、いわれたりしている。

世評が高いのがどれでもいいじゃないか、となれないのだろうか。
自分で聴ける範囲で、もっとも没頭できるのを見つければいいだけである。