Archive for category High Resolution

Date: 7月 30th, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(SM−SX300のこと)

オプトニカというブランドが以前あった。
シャープのオーディオ用のブランドだった。
たしか光電型カートリッジから始まったから、このブランド名になった、と聞いている。

私がオーディオに興味を持ち始めた1970年代後半、
オプトニカの製品といえば普及クラスのスピーカーシステムとプリメインアンプくらいだった。
型番もすぐには思い出せないほど、印象は薄い。

オプトニカがのブランドを意識するようになるのは、ガウスを扱いはじめてからだ。
オプトニカ・ガウス、
ガウスのユニットに、オプトニカ製のエンクロージュアの組合せ。
JBLの牙城を崩すにはいたらなかった。

いつしかシャープはオーディオから徹底していた。
けれど1999年、SM-SX100というプリメインアンプで、
今度はシャープ・ブランドで、オーディオに復活した。

SX-SM100のフロントパネルには、「ΔΣ」のロゴがあり、
その下に、1BIT AMPLIFIER SM-SX100とある。

SACDと同じ2.8MHzのスイッチング周波数のDクラスのアンプである。
価格は100万円だった。
オプトニカ時代とは違っている、と感じさせるものがあった。

SM-SX100はスイッチ周波数を5.6MHzにアップしたSM-SX200、
さらに11.2MHzまでアップしたSM-SX300にまで発展した。

SM-SX100には1BITのDSD信号用の端子が用意されていた。
もちろんアナログ入力もあったが、SM-SX100の本領を発揮するのは、
DSD信号を入力しての増幅器、つまりPower DACとして、である。

DSD Power DACとしてみた場合、SM-SX300はいまこそ魅力的に映る。
入力端子にUSBがあれば──、とオーディオマニアなら、思うはずだ。

その後シャープという会社がどうなったのかは、ご存知の通り。
SM-SX300をいまの技術で復活させてくれる可能性は低い、というより、ないに等しい。

それに技術は残されているのか、とも思ってしまう。
残されているのなら、シャープがやる予定がないのなら、
どこかが引き継いでくれないのだろうか。

Date: 7月 13th, 2018
Cate: High Resolution,

MQAで聴けるグラシェラ・スサーナ

ハイレゾリューションのフォーマットのひとつであるMQA
まだ聴く機会はないが、すでに聴いている友人の話では、そうとうに期待がもてそうである。

ユニバーサルミュージックからMQAを採用したハイレゾCD名盤シリーズが出ている。
9月19日から邦楽30タイトルが新たに発売になる。

ラインナップを見ていた。
そこに期待していなかった名前があった。
グラシェラ・スサーナの「アドロ・サバの女王」が30タイトルの中に入っている。

おぉっ、と声が出そうになった。
まったく期待していなかっただけに、よけいに嬉しい。

すぐに聴ける環境はないし、すぐに整えられるわけでもないが、
ディスクだけは購入しておきたい。

それにしても、私にとっては微妙な時期に出してくれるな、というところ。
なぜ微妙な時期なのかは、いまのところまだ書けない。
一ヵ月後くらいには、はっきりしてくるし、書けるようになるはずだ。

二週間ほど、グラシェラ・スサーナの一枚だけでも発売を早めてほしいところ。

Date: 4月 8th, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その13)

日本オーディオ協会によるハイレゾオーディオの定義は、
アナログ領域では、次のようになっている。

 録音マイクの高域周波数性能:40kHz以上が可能であること。
 アンプ高域再生性能:40kHz以上が可能であること。
 スピーカー・ヘッドホン高域再生性能:40kHz以上が可能であること。

わかりやすいといえば、そうである。
でも、ここでも思い出すのは、瀬川先生がずっと以前に書かれたことだ。
     *
 昼間ぼんやりとテレビをみていたら、どこかのチャンネルの料理教室で辻嘉一氏が鰯料理というのをやっていた。アナウンサーが鰯の見分け方選び方等どうすればよいかと質問すると、辻氏は一瞬、言葉につまったようだったが「──つまり……。いちばん鰯らしい鰯を選ぶんですね」と言ったものだ。これは実におもしろい表現で、禅問答風の趣きさえあるが、わたくしはスピーカーについてこのらしさという表現がぴったりだとそのとき感じた。たとえば、スピーカーを手にとって仔細に眺める。いかにもスピーカーらしい、ウーファーらしいトゥイーターらしいユニット。わたしくはの経験では、こうした直観に大きな過ちはなかった。わたくしは面喰いを自認しているが、しかし(単なるみせかけでなく本質的な)形の良いものに悪い音のパーツはひとつもないと断言できる。音は必ず、形ににじみ出ている。らしい形をしているのだ。
 次には音を聴いてみる。ピアノがピアノらしく、バイオリンはいかにもバイオリンらしく聴こえることが大切である。そんなことは当り前といわれるかもしれないが、ところが、ピアノがピアノに聴こえないスピーカーは、そう少なくはないとわたくしは思う。マルチ・ウェイとしたときも、聴こえてくる楽器の音を、それらしくなるように調整する。いくら調整してもらしくならなければ゛それはユニットの選定のどこかがおかしい。またはアンプが、カートリッジがおかしい。
 もっと具体的に書かなくてはいけないだろうか?。たとえば多くの方は、マルチ・スピーカーを組み立てたとき、まず、どれだけレンジが延びたか、ハイが延びたか、ローが延びたか……というように、出る出ないという聴き方をしていないだろうか。しかし、いままで書いてきたことからもご理解頂けるようにマルチスピーカーは、決してレンジを広くする目的で作るのではない。帯域を拡げるのが目的ではなく、帯域の中で音のクォリティを(品位)を上げることが目的なのだ。楽器の音が最も楽器らしい、人の声が人の声らしい、ということが、クォリティのよい証明である。高音の出かた、低音の出かたに気をとられてしまうと、かえって、このらしさに注意がゆかないものだ。(音を受けとる古人によって、らしさの感じ方はすべて違う。受けとり方が違うからこそ、その人にとってらしいということが大切なのだ)
(ステレオサウンド 5号「スピーカーシステム・ユニットのすべて」より)
     *
ステレオサウンド 5号は1967年12月に出ている。
50年前に書かれているわけだ。

いまさら、といわれるかもしれないが、
ほんとうに「いまさら」だろうか。

日本オーディオ協会のハイレゾオーディオの定義と運用には、
「聴感に関わること」の項目があるのはわかったうえで、これを書いている。

同時に「らしさ」ということで、
少し前に書いた「Hi-Resについて(山下達郎と中島みゆき)」とも関係してくる。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その12)

岡先生の文章を書き写していて、
ここに関しては、いまはどうなんだろう……、と思うところがある。
《中・低域がのびていると、高域はおとなしくきこえるし、低域が貧弱だと高域が目立つということはだれもが体験しているはずである》

1981年の時点でも、
プリメインアンプ、コントロールアンプからトーンコントロールが省略されつつあった。
いまはそれ以上といっていい。

それにそのころは、スピーカーを自作する人がまだまだいたし、
市販のスピーカーシステムにもレベルコントロールがついているのが多かった。

トーンコントロール、レベルコントロールなどを積極的にいじってきた人ならば、
帯域バランスに起因することは体験しているであろう。

けれどスピーカーシステムからレベルコントロールもなくなってきている。
スピーカーを自作する人も減ってきている。

そうなると帯域バランスの変化による音の違いを、
もう共通体験として語れなくなってきているのかもしれない──、
そんなことを思いながら書き写していた。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その11)

デジタル録音のサンプリング周波数を高くしていくことの弊害について、
直接的ではないものの、早い時期から指摘されていたのは岡先生である。

ステレオサウンド 58号(1981年)で、こんなことを書かれている。
     *
 デジタル・マスターのレコードがふえるにしたがって、アナログ録音にくらべてものをいうひとがふえてきた。いちばんよくきかれる声は、高域の帯域制限によって生ずる情報量のすくなさ、ということを指摘する声である。音楽再生における情報量の大小をいう場合、その物理量をとっきり測定した、という例はほとんどなく、大体が聴感でこうかわったという表現を情報量という言葉におきかえられている。線材やパーツをかえると音がかわるということがさかんにいわれていたことがあったとき、この問題を好んで論ずるひとの合言葉みたいに情報量がつかわれていた。つまり、帯域の広さと情報量の多さが相関をもち、それがよりハイ・フィデリティであるという表現である。
 しかし、はたして実際にそのとおりかということになると、客観的データはすこぶるあいまいである。むしろ、録音・再生系の帯域を可聴帯域外までひろげることによって生ずる、超高域の近接IMがビートとなって可聴帯域の音にかかわりあうとか、TIMによる信号の欠落、あるいは非直線性の変調歪などが、聴感上情報量がふえるような感覚できこえるのではないかと考えたくなる。
 一昨年、ビクターの音響研究所がおもしろいデータを発表したことがある。プログラムをさまざまな帯域制限を行ったソースを用いて、数多くのブラインドのヒアリング・テストをした場合では、信号系の上限が15kHz以上の変化はほとんど検知されなかったという。音楽再生でハイ・エンドがよくきこえたとか欠落したとかをいう場合、むしろ帯域バランスに起因することが多い。中・低域がのびていると、高域はおとなしくきこえるし、低域が貧弱だと高域が目立つということはだれもが体験しているはずである。性能のよいグラフィック・イコライザーをつかって実験してみると、部分的なバランスを2dBぐらいかえてもがらっと音のイメージがかわることがある。デジタル・システムはアナログ(テープ)にくらべて、低域の利得とリニアリティが断然よく、かつ変調歪によって生ずる高域のキャラクターがより自然であるという点で、聴感上、ハイ・エンドがおとなしくなる、といったことになるのではないかと考えられる。高域の利得が目立っておちていると思えないことは、シンバル、トライアングルなとばの高音打楽器が、アナログより解像力がよく、しかも自然にきこえる例でも明らかである。
     *
CD登場の約一年前に書かれたことだから、
デジタル録音もアナログディスクで再生してのことである。

岡先生もハイサンプリング、ハイビットのデジタル録音・再生の音を、
それもうまくいっているものを聴かれれば、否定されることはないし、
歓迎されるであろう。

それでも安易なハイサンプリング化には、ひとことあったような気がする。

ハイビット、ハイサンプリングは可聴帯域内の音の解像度を向上させることであって、
可聴帯域外の高域再生において、弊害も生じる可能性が高いと心していた方がいい。

Date: 3月 17th, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(山下達郎と中島みゆき)

「山下達郎 ハイレゾ」で検索すれば、
DSD、SACDには興味がない、という発言をFM放送でした、という記述が見つかる。
ロックンロールは、48kHz、24ビットで十分で、ハイサンプリングにすれば、
ロックンロールの疾走感が失われる、とのこと。

だから山下達郎のSACDがないのはわかる。
けれど中島みゆきがないのはどうしてだろうか。

CDの保護層の新素材が出ると、中島みゆきのCDは採用が早い。
ガラスCDまで出している。
3月にはHQCDも発売である。
にも関らずSACDは、ライヴ盤一枚だけである。
これもマルチチャンネル再生のためのSACDのようである。

SACDを出さないのはヤマハミュージックの方針なのか、
それとも中島みゆきも、山下達郎と同じように感じているのか、
それとも別の理由があるからなのか。

Date: 1月 4th, 2018
Cate: audio wednesday, High Resolution

30年ぶりの「THE DIALOGUE」(その14)

昨晩のaudio wednesdayは、「THE DIALOGUE」のSACD再生をやった。
実をいうと昨年12月でも、「THE DIALOGUE」のSACDを鳴らしたといえば、鳴らした。

喫茶茶会記に、ソニーの安価なSACDプレーヤーが置いてあった。
鳴らしてみましょうよ、ということになって、試しに接いでみた。
そのことについて前回なにも触れなかったのは、SACDで鳴った、というレベルでしかなかったからだ。

安価なプレーヤーとはいえ、SACDの良さがまったく感じられなかった、というと、
そんなことはない。

オーディオは正直である。
基本性能が高ければ、それだけのポテンシャルはいちおうは持っている。
ただ物量を投入したモノとそうでないモノとの差も、はっきりと出る。

別項で書いている598のスピーカーシステムも、
きちんと鳴らすことができれば、価格を無視したといえる物量投入がなされているだけに、
そのことが音にもきちんと反映されるところがある。
とはいえ、そうたやすく、そんなふうに鳴ってくれるものではないが。

ソニーの安価なSACDプレーヤーは、
持った瞬間に、このくらいの価格の製品だな、と感じられる造りだった。
多少、そのことを補うような使い方をすれば、いくぶんマシになってくるものの、
こちらもそれほど気合いが入っているわけでもない(入らなかった)。

今回はパイオニアのPD-D9があった。
ほとんど使った感じのしない、新品同様のPD-D9があった。

最初は、以前からのCDプレーヤー、ラックスのD38uで聴いていた。
「THE DIALOGUE」とカンターテ・ドミノはSACDレイヤーをもつ。

PD-D9はもった感じも、ソニーの安価なSACDプレーヤーとは、大きく違う。
リモコンはそうとうに貧弱といえるが、本体はしっかり作ってある──、そんな印象を受ける。

結論を先に書けば、「THE DIALOGUE」のSACDの音は、圧倒的だった。

Date: 12月 29th, 2017
Cate: 1年の終りに……, High Resolution

2017年をふりかえって(その10)

今年の1月に「オーディオがオーディオでなくなるとき(その5)」の中で、
ハイレゾ(High Resolution)は、
ハイアーレゾ(Higher Resolution)、さらにはハイエストレゾ(Highest Resolution)、
ハイレゾに留まらないのかもしれない、と書いた。

昨年よりも今年はHigher Resolutionといえなくもない。
今年のインターナショナルオーディオショウでも、
Higher Resolutionといえる録音ソースが鳴らされてもいた。

Higher Resolutionといえるソースを、じっくり聴いているわけではないが、
なんとなく、そこに感じるのはドキュメンタリー的な色をつよく受けてしまう。

録音はスタジオプロダクツだ、と私は考えている。
Higher Resolutionといえるソースで、
スペックをつよくうち出しているもののなかには、
スタジオプロダクツなのか、と思いたくなる感じのものがあった。

Date: 11月 19th, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(ヴァン・ヘイレン)

昨晩、友人宅でヴァン・ヘイレンの、いわゆるハイレゾ音源を聴いた。

ヴァン・ヘイレンのディスクは、LPもCDも一枚も買ったことはない。
とはいえ、聴いたことがないわけでもない。
ヴォン・ヘイレンが、ハードロックなのか、ヘヴィメタル、
どちらのバンドなのかもよくわかっていない私が聴いた感想である。

ヘッドフォンで聴いた。
そのことによってよけいにそう感じたのが、
ひじょうにクリアーで、きちんと録音されている、ということだった。
そのことが意外だったし、きわめて冷静に聴いていることも意外だった。

音が塊として、こちらに迫ってくる──、
ヴァン・ヘイレンの音楽をきちんときいたことがほとんどない私にとって、
ハードロック、ヘヴィメタルと呼ばれる音楽は、そういうものだと認識していた。

なのに、なんと分離のいい音なのだろう。
分離のいいままで、すべての音がひとつの塊として鳴ってくれれば……、と思っていた。

聴かせてくれた友人も、同じに感じていると話してくれた。

ここでも、別項「Jazz Spirit Audio(audio wednesdayでの音量と音・その2)」で書いたこと、
現象なのか心象なのかについて考えさせられるし、
心象としての再現で、私がつよく求めるエネルギーの再現において、
今回のヴァン・ヘイレンは、違うベクトルなのかもしれない。

Date: 9月 23rd, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その9・補足)

その9)で、ステレオサウンドのインピーダンス測定も、
可聴帯域、つまり20kHzどまりだった、と書いた。

書いた後で気づいた、というか憶い出した。
ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIESの三冊目、
トゥイーターの号で、200kHzまでのインピーダンスを測定している。

トゥイーターユニット単体のインピーダンスということもあって、
10kHzあたりからインピーダンスは上昇していく。
200kHzまで上昇していくものがほとんどである。

インピーダンス特性のグラフの縦軸の目盛は32Ωまでしか振ってないが、
目盛はその上まである。

上昇の傾斜が急なものは60Ωを超えて、100Ωくらいまでいくようである。
100kHzあたりが32Ωくらいになるのが多い。

そのなかにあって驚異的なのは、テクニクスの10TH1000である。
50kHzまで8Ωフラット、その上では多少上昇するが、200kHzでも10Ω程度である。
その次に優秀なのがフォステクスのFT5RPである。
200kHzで14Ω程度である。
このふたつのトゥイーターはポリイミドフィルムにボイスコイルパターンをエッチングしている。

Date: 9月 1st, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その10)

ステレオサウンド 50号の巻頭座談会で、
ステレオサウンドが36号でスピーカーシステムのリアル・インピーダンス測定を始めたことが、
やや自画自賛的に語られている。
     *
 長島達夫さんが、リアル・インピーダンスを計測するようになったのは、何号からでしたかね。
長島 第36号からです。
 これは日本では、それまでいわれていなかったことですね。メーカーでさえいっていなかったんですよ。
山中 「ステレオサウンド」のテクニカルなテストというのは、つねにメーカーをリードしていたといっても、ぼくはそれほどいいすぎではないと思う。さまざまなジャンルで、それまでまったくやっていなテストを試みて、メーカーや読者を驚かせてきたわけでしょう。しかも、ふつうのテクニカル・リポート的なことは、いっさいやらない。そんなものは興味がない、といったような顔をしてほ(笑い)。この面の「ステレオサウンド」の貢献はずいぶん大きいと思う。
井上 たとえばそのころには、インピーダンスカーブがどこかで落ちこんでいるスピーカーが、ずいぶんあったけれど、いまはすっかり是正されているんですね。
山中 少なくとも、そういったカーブではぐあいがわるいということが、スピーカーの新しい製品を開発する際に、メーカー側の関係者の頭に浮かんだのはたしかでしょう。
井上 そして、物理特性としても、しかるべくギャランティするという風潮がでてきたことは、事実ですよね。
山中 しかも、音がよくなくてはいけないという姿勢も、厳然としてある。
     *
50号のころは、41号から読みはじめた私にとって、
36号の測定がどういう影響を与えたのかはわからなかった。

それでもインピーダンスカーヴは、基本的手測定項目のひとつであっても、
重要な項目のひとつであることは、なんとなく感じていた。

つい先日、あるところでヘッドフォンアンプを聴く機会があった。
ヘッドフォンも四種類用意されていた。

音を聴き、そのヘッドフォンアンプ・メーカーの社長の話をきいて思っていたのは、
ヘッドフォン、イヤフォンのインピーダンスカーヴのことだった。

「ヘッドフォン インピーダンスカーブ」で検索すると、
いくつかの製品のインピーダンスカーヴがグラフで表されているのがいくつも出てくる。
最初に見たいくつかは、割合にフラットだった。
優秀だな、と思って、他のいくつかのサイトをみてみると、
驚くほどうねっている製品があるのがわかる。

それうねりかたは、36号以前のスピーカーのインピーダンスカーヴのひどいのよりもひどい。

インピーダンスカーヴがひどい機種には共通していることがある。
同じ構成の物がすべてそうなのかはサンプル数が少ないので、これ以上は書かないが、
やはりそうなのか、と思うところはある。

Date: 7月 30th, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その9)

静特性は音質との関係性は薄い。
そんなことがずっといわれている。
確かに正弦波で測定するわけで、
しかもアンプの場合、負荷には抵抗器が使われ、
実際の入力信号、実際の負荷(スピーカー)とは大きく違う条件下での静特性である。

人間でいえば基本的な健康チェック的ともいえる。
それでもハイサンプリング化が上へ上へと高くなっていくと、
可聴帯域外の静特性の測定は、重要になっていると考える。

歪率やクロストーク、最大出力といったアンプに関係する項目だけでなく、
スピーカーのインピーダンス特性も、可聴帯域まで測定してみる必要が出てきているのではないのか。

スピーカーの教科書をめくると、フルレンジユニットのインピーダンス特性の説明が載っている。
f0でインピーダンスは最大になり、中高域ではほぼフラット、
それ以上の周波数になるとボイスコイルのインダクタンスによって上昇する。

そんな図と説明が、たいていの場合あった。
ただそれらはすべて可聴帯域内での特性である。
上限は20kHzまでであった。
ステレオサウンドの測定でもその点は同じだった。

あのころはそれでもよかった。
でも、現在はそうもいかない。
スピーカーのインピーダンス特性にしても、
最低でも100kHz、200kHzくらいまで測定してみる必要はあろう。
さらにはMHzの帯域まで測定してみることも必要となってこよう。

ボイスコイルはコイルゆえに高域にかけてインダクタンスは上昇していくが、
コイルには浮遊容量が並列に存在している。
周波数は高くなればなるほど、その影響は顕在化していく。

フルレンジスピーカーの場合は、ある程度の周波数まではどういう変化になるのかは想像がつく。
けれど実際のスピーカーシステムとなると、ネットワークや内部配線だけでなく、
アンプからのスピーカーケーブルを含めてまでが、アンプの負荷となるわけで、
実際の使用条件に等しい長さと種類のスピーカーケーブルを含めての、
200kHz、できればそれ以上の周波数におけるインピーダンス特性は、いまひじょうに興味がある。

Date: 3月 4th, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その8)

別項「オプティマムレンジ考」で少し触れたが、
現在のオーディオ機器のセパレーション特性はどの程度確保されているのだろうか。

昔のステレオサウンドではアンプの特集であれば測定結果があって、
そこには歪率とともにセパレーション特性もあったりした(ないこともあったけれど)。

大半のアンプが高域にいくにしたがってセパレーション特性は悪くなる。
クロストークが増えるわけである。

クロストークをなくすにはシャーシーから完全に分離したモノーラル構成にするしかない。
デュアルモノーラルコンストラクションを謳っていても、
ひとつのシャーシーに2チャンネル分のアンプ(回路)がおさまっている以上、
完全なセパレーション特性を得ることはできない。

ハイレゾリューションそのものはけっこうなことである。
でも安易にサンプリング周波数を上げて、再生周波数の上限を拡げていくことは、
デメリットもついてくるということを考えなければならない。

現在のアンプのセパレーション特性はどうなっているのだろうか。
20kHzまでフラットなセパレーションが確保されているのか。
それから20kHz以上になると、どうなっているのか。
なぜオーディオ雑誌では、ハイレゾ特集を行うときに、アンプの測定を行わないのか。
20kHz以上の特性についての綿密な測定は、これから重要になるのではないか。

20kHz以上の信号とノイズが、アンプの動作にどう影響を与えるのか。
セパレーション特性だけでなくTIMも含めて検証してみるべきである。

Date: 1月 30th, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(マスターテープとは?・その2)

エソテリックは、別タイトルのSACDでも同じことをやっている。
ただ、こちらの場合は、聴いた人の多くがすぐにわかるような欠落だったため、
しかも発売後すぐに、そのことがわかったこともあって、全数回収され、
きちんとした盤が発売になっているので、それがどのタイトルなのかは書かない。

ギレリスのベートーヴェンは、
購入した人から欠落個所があるという指摘があったのは、
発売後しばらくしてのことだったらしい。
それもあってか、エソテリックはギレリスのSACDは回収していない。

この種のミスは、どのレコード会社でも昔からあった。
出版の世界でいえば、誤植のようなものだろう。
どんなに注意深く編集作業を行っても、
本ができ上がってから気づく誤植がある。

しかもすぐに見つかるような誤植が、
どうしてなのか編集作業の過程で、何人もの人が見落しているわけだ。

レコード会社のミスも、そういうものなのかもしれない。
でも、それは録音を行い、編集を行い、
最終的な形(LPなりCD)で発売するレコード会社だからのミスであり、
エソテリックのギレリスSACDに関しては、
レコード会社のそれと同じに捉えていいのだろうか、と思う。

エソテリックをはじめ、リマスター盤を専門に堕している会社は、録音は行っていない。
エソテリックでいえば、録音は、ギレリスならばドイツ・グラモフォン、
コリン・デイヴィスならばソニー・クラシカル、
その他にデッカやEMIが録音したもののマスターテープを使ってのリマスターなわけだ。

つまり見本となる盤がすでに存在しているわけだ。
ギレリスのベートーヴェンならば、ドイツ・グラモフォンからLPとCDが出ている。

Date: 1月 30th, 2017
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(マスターテープとは?・その1)

菅野先生のリファレンスディスクといえるコリン・デイヴィスのベートーヴェンの序曲集。
エソテリックからSACDの第一弾として発売された時は、購入した。

好評だった、と聞いている。
採算ベースにのったのだろう。
その後、第二弾、第三弾……、といまも続いている。

コリン・デイヴィスのベートーヴェンの序曲集に関しては、
なぜかマスターテープが紛失していたそうだ。
その後は、マスターテープからのリマスターを謳っている(はず)。

その後のエソテリックのSACDは何枚か聴く機会があったが、
少しずつエソテリック色とでもいいたくなる独自の音色がついてくるように感じ、
購入したものはない。

それでもショルティのリングはかなり心が動いたけれど、
あの価格に手が出せなかった。

エソテリックのリマスターの評価は人によって違うようだ。
私と同じように感じている人もいれば、
どんどん良くなっていると高く評価している人もいるみたいだ。

ここで書くのはリマスターの音についてではない。
エソテリックから出たギレリスのベートーヴェンのディスクに関することだ。

このSACDは、1トラック目、エロイカ変奏曲の最後の方で、四小節分が欠落している。
そんな噂を聞いていた。
このあいだも、その話を聞いた。

そのSACDを持っていないので確認はできないが、
インターネットで検索してみると、抜けがあるのは事実である。

これは編集ミスなのだろうか。