Archive for category High Resolution

Date: 7月 2nd, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるバックハウスのベートーヴェン(その3)

バックハウスのベートーヴェンのピアノ・ソナタのMQAでの配信を、待っていた。
6月26日までに28番までが配信されている。

のこりの30番、31番、32番が、ぎりぎり7月1日に配信されれば、
当日のaudio wednesdayでかけることができる。

これまでの配信の間隔からいって間に合わないだろうな、と思っていた。
実際、まだである。

けれど8月のaudio wednesdayまでには、ほぼ確実に配信されるはずである。
8月のaudio wednesdayでも、コーネッタを鳴らすことはすでに書いている。

その理由のひとつは、バックハウスの30番、31番、32番を、
MQAで、コーネッタで聴きたいのと、聴いてもらいたいからである。

Date: 6月 26th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるバックハウスのベートーヴェン(その2)

5月下旬から、e-onkyoでバックハウスのMQAでの配信が始まっている。
今日(6月26日)現在、28番まで出ている。

今回の配信はステレオ録音だから、
モノーラル録音しか残されていない29番「ハンマークラヴィーア」は含まれない。

残りは、30番、31番、32番である。
近日中に配信されることだろう。

バックハウスのベートーヴェンのピアノ・ソナタは、配信だけでなく、
11月18日にMQA-CDでも発売になる。

こちらは28番(ステレオ)と29番(モノーラル)のカップリングで出る。
このMQA-CDは、ユニバーサルミュージックのことだから、
DSD(2.8MHz)を、352.8kHz、24ビットのMQAにしたものだろう。

e-onkyoの配信のほうは、96kHz、24ビットだから、
リマスタリングの過程は違う可能性が高い。

すべてを聴き較べしようとは考えていないが、
30番、31番、32番だけはe-onkyoとMQA-CDの両方購入するつもりでいる。

Date: 6月 21st, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるギレリスのベートーヴェン(その2)

今年は、何度も書いているようにベートーヴェン生誕250周年である。
ギレリスのベートーヴェンのピアノ・ソナタも、
今年の9月、MQA-CDが出る。

ギレリスのドイツ・グラモフォンでのベートーヴェンの録音は、1972年から始まっている。
十年以上かかっているけれど、五曲のソナタは録音されなかった。
そこに32番も含まれている。

30番と31番を聴いた人は、誰しも32番を聴きたかった──、と思うはず。
残されていない演奏は、どうやって聴けない。

これだけの時間をかけての全集録音なのだから、
もう少し早く終らせられなかったのか、と思ったりするが、
それでも30番と31番は聴ける。

30番と31番はデジタル録音になっている。
だから、9月発売のMQA-CDには含まれていない。
アナログ録音だけが、MQA-CDとして発売になる。

しかたないことなのだが、
だったらせめてUHQCDとして、30番と31番のディスクを出してくれないだろうか。

MQA-CDは、UHQCD仕様である。
これまでに、素材を変えたりした、いくつかの高音質を謳うCDが出てきた。

どちらかというと、それらに懐疑的な私でも、
UHQCDはかなりいいように感じている。

サンプリング周波数が44.1kHzのデジタル録音であっても、
MQAにするメリットはあることは確認している。

レコード会社にすれば、44.1kHzのデジタル録音まで……、という考えなのかもしれない。
ギレリスの30番と31番がMQAになることは期待できない。

それでもUHQCDとして出してほしい。

Date: 6月 21st, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるギレリスのベートーヴェン(その1)

エミール・ギレリスというピアニストの演奏を、
若いころ、なんとなくさけていた。

特に理由もなく、いそいで聴かなくてもいいや、なんて思っていた。
ギレリスよりも先に聴きたいピアニストがいた、ということは理由としてあったけれど、
それ以上の理由はなかった。

まったく聴いていなかったわけではなかったけれど、
聴いていなかった、といったほうがいいくらいの聴き方でしかなかった。

そんな私が、襟を正して聴く、というのは、
こういう演奏に対してなのか、とおもったのが、
ギレリスの最後の録音となったベートーヴェンの30番と31番をおさめたディスクだった。

たまたまステレオサウンド試聴室に、ギレリスのCDがあった。
なぜあったのかは、もうはっきりと思い出せない。

誰かが試聴のために持ってきて、
試聴は数日続くから試聴室に置いていかれたのか。

とにかくステレオサウンドの試聴室で聴いた。
このCDのジャケットのギレリスの表情をみれば、
聴かずにいられる人はいないだろう。

ギレリスの享年は68。
撮影の日時の正確なところは知らないが、録音と同時期なのだろう。
ぞっとする写真だ。

この写真を撮った人は、どう感じたのだろうか。

グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲のジャケットの写真と、
どこか共通するものを感じる。

グールドの写真は、49歳のもののはず。
グールドはなにを眺めていたのか、と、
演奏を聴いたあとでは、誰もがおもうのではないのか。

ギレリスも、なにを眺めていたのか。

吉田秀和氏は、「ギレリス/ピアノ・ソナタ第30番、31番」で、
《こちらを眺めている写真は、もう、これを眺める私たちを通りこして、「死を見つめている」ようなのだ。》
と書かれている。

Date: 6月 13th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたい三味線(その4)

食指が動かない、といってもしようがない。
まず、MQAで聴ける三味線で、しかも独奏のタイトルということで、
一枚購入したのは「はなわちえ 津軽三味線独奏集 Vol.1」である。

flac、WAV、MQAが192kHz、24ビット、
DSFが5.6MHzと11.2MHzが用意されている。

いうまでもなく私が購入したのは、MQAである。
元は11.2MHzのDSD録音とあるから、
そこが、MQAで聴きたい私としては、すこしばかりひっかかるところなのだが、
あまりこまかなことばかりいっていると、どれも買えなくなってしまう。

そうなってしまっては、オーディオマニアゆえの癇癪みたいなものである。

とにかくひさしぶりに聴く三味線である。
自分のシステムで聴いたのは、三十年以上前のことになる。

出している音も変っているので、記憶の上での比較も何にもならない。
はなわちえという人の演奏も初めて聴くわけだから、
とにかく、いまここで鳴っている音だけに耳を傾ける以外にない。

聴いていると、はなわちえの、この三味線をコーネッタで鳴らしたら、とやっぱり思ってしまった。
コーネッタはコーナー型だから、部屋のコーナーにそうやって設置すれば、
試聴位置はかぎられてしまうし、スピーカーに近いところにもなる。

まさに一人で聴くためのかたちになるわけで、
そうやって鳴ってくる三味線(独奏)を、どう感じるのかに興味がわいてくる。

7月1日のaudio wednesdayで、鳴らす。

Date: 6月 9th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたい三味線(その3)

シーメンスのコアキシャルで聴いた三味線は、
数枚だったが、すべてアナログディスクだった。

これを書きながら思い出したのは、CDになってから、
自分のシステムでは三味線の録音を聴いていないことだ。

正確にいえば、三味線単独の録音を聴いていない。
余所では数度聴いてはいる。

SACDが登場してからも、三味線の録音を聴きたい、とは思わなかった。
なので、三味線のSACDが出ているのかも知らない。

なのにMQAの音を継続して聴くようになってから、
三味線は、いったいどんなふうになるのだろうか、と思うようになった。

e-onkyoでは、純邦楽ということになる。
邦楽は、歌謡曲やJ-POPのことになっている。

e-onkyoで、純邦楽+MQAで検索すれば、いくつか表示される。
純邦楽のタイトル自体、e-onkyoにはそれほどない。

e-onkyoが特別少ないというのではなく、
レコード店でも扱いは小さい。

「コンポーネントステレオの世界 ’77」の記事中にもあるが、
1976年当時でも、邦楽のコーナーがないレコード店はあった。

MQAのタイトルは少ないが、
flac、WAVはそこそこある、といえなくもない。
そのなかには聴きたい、と思う録音があるが、
残念なことにMQAにはなっていない。

理由は、純邦楽を録音しているレコード会社が、
MQAに関心がない、というところだろうか。

ハイレゾリューションで三味線を聴きたいのではない。
MQAで聴いてみたいのだ。

そうなると,現在のところのe-onkyoのラインナップは、食指がなかなか動かない。

Date: 6月 8th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたい三味線(その2)

「コンポーネントステレオの世界 ’77」では、
上杉先生が邦楽のための組合せをつくられている。

スピーカーシステムは、ヤマハのNS1000(Mが付くタイプではない)、
プリメインアンプがラックスのL309V、
プレーヤーしてステムがビクターのQL7Rで、カートリッジがエラックのSTS455Eである。

高価なシステムではないが、カラー見開きのページで、
これらオーディオ機器の集合写真は、なんとも雰囲気がよかった。
いかにも三味線、箏などの邦楽を聴くのに、ぴったりという感じが伝わってくる。

「コンポーネントステレオの世界」は、架空の読者からの手紙から始まる記事で、
架空の読者とオーディオ評論家の狙いと試聴によって、組合せができあがっていく。

邦楽での組合せでのかくうどくしゃからの 手紙には、こうある。
     *
 邦楽のレコードをきくには、たとえばワーグナーの楽劇とか、すさまじいロックのレコードをきく時のような、オーディオ的な面での、むずかしさはないかもしれません。しかし、邦楽には、独特の〝静けさ〟がどうしても必要で、レンジはせまくとも、音に対しての反応がシャープでないといけないようです。
     *
「コンポーネントステレオの世界 ’77」を読んだ時は、そういうものなのか、とおもったくらいだった。
その後、伊藤先生が三味線をきちんと鳴らすスピーカーはきわめて少ない、
その少ないスピーカーの一つが、シーメンスのスピーカーであること──、
これらのことをいわれているのを知って、たしかにそうだ、とおもった。

シーメンスのオイロダインで、三味線を聴きたかったけれど、
もうその機会は訪れないだろう。

でもシーメンスのコアキシャルでは、平面バッフルで鳴らしていたから、
三味線のレコードは聴いている。
といっても数えるほどしか聴いていない。

でも、私のなかでは、そのときのコアキシャルでの三味線の音が、
いまも聴きたい三味線の音につながっている。

Date: 6月 7th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたい三味線(その1)

少しは飽きてくるのかな……、と、まったく思わないわけでもなかった。
けれど、メリディアンの218で聴いていると、MQAへの関心は増す一歩である。

MQAで聴いてみたい──、
そう思うものはかなりある。

そのうちの一つが、三味線である。
といっても、三味線の世界に詳しいわけではない。
まったく知らないわけではないが、ほとんど知らない、といったほうがいい。

それでもMQAで三味線は、どんなふうに鳴ってくれるのか、ということに、
ひじょうに関心と興味がある。

こんなふうに思うのは、伊藤(喜多男)先生が、
三味線がきちんと聴けるスピーカーは、世の中にほとんどない、といったことをいわれていたからだ。

いまでこそ、あまりいわれなくなったが、
スピーカーは、その国独自の音色をもつ。

だからヨーロッパサウンド、アメリカンサウンドがあり、
ヨーロッパのなかでも、イギリス、フランス、ドイツ、デンマークなどでは違ってくるし、
アメリカのなかでも、西海岸と東海岸の音ということが盛んにいわれていた。

そこには、その国独自の音楽文化との関連性も語られていた。
ならば三味線、つまり純邦楽の再生には、日本のスピーカーなのか、
そういうことになりそうだが、伊藤先生はそう思われていなかったはずだ。

三味線にかぎらず、箏、尺八、それから(歌ではなく)唄となると、
私が思い浮べるのは、「コンポーネントステレオの世界 ’77」での上杉先生の組合せである。

Date: 6月 2nd, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたいグルダのモーツァルトの協奏曲(その5)

CDで聴いていても、グルダとアバドのモーツァルトは素晴らしい、と感じていた。
それでも、バルトークやベルクに感じたすごさまでではなかった。

それがMQAで聴いて、己の聴き方の未熟さを感じた。
ハイレゾリューションになっているから(192kHz、24ビット)、
MQAだから……、
これらのことが、どれだけ音楽の、ここでの二人の演奏の本質に関ってくるのか。

ここで、そのことについて触れていくと、延々と書き続けることになりそうなので省くが、
とにかく、MQAで聴いて、協奏曲のおもしろさが、ほんとうにわかったような感じがした。

愛聴盤のなかに、いくつかの協奏曲はある。
それでも協奏曲は、それほど多い数ではない。

どこか、協奏曲に対して夢中になれない気質のようなものが、私にあるからなのか。
それでも、いくつかの協奏曲は愛聴盤になっているのは、
ほんとうにそれらの演奏が、とびぬけてすごいからである。

グルダとアバドのモーツァルトは、そこまでではなかった。
MQAで聴く前までは、そうではなかった。

グルダの、ここでのモーツァルトへの姿勢が、アバドの演奏をここまでにしているのか。
それともアバドのモーツァルトへの姿勢が、グルダをここまでむきにしているのか。

(その1)を書いたころは、
MQAで20番と21番は出ていなかった。

だから、MQAで聴きたい、とタイトルにつけているわけだが、
すでにリリースされているし、聴いているのだから、
聴ける、とか、聴いた、に変えた方がいいかな、と思うのだが、
変えるのであれば、聴ける、でも、聴いた、でもなく、
聴いてほしい、である。

「MQAで聴いてほしいグルダのモーツァルトの協奏曲」である。

Date: 6月 2nd, 2020
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MQAで聴きたいグルダのモーツァルトの協奏曲(その4)

グルダとアバドのモーツァルトのピアノ協奏曲 第20番、21番は、
すでにe-onkyoで購入してMQAで聴いている。

6月3日のaudio wednesdayにもっていく予定でいるから、
その日まで書かずにおこう、と思っていた。

来られた方に、何の先入観ももたずに、このモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いてもらいたい、
そう思っているからだ。

それでも昨晩、また聴いていて、やっぱりすごい、と思っていた。
あと二日待てないほどに、このことを伝えたい、と思うほどに、素晴らしい。

CDで初めてきいたとき以上で、
MQAで、メリディアンの218を通して聴いて、驚きを新たにしているだけでなく、
驚きと感動は深まっていく。

クラウディオ・アバドという指揮者を、好きか嫌いかでわければ、好きな方である。
でも、ものすごく好きな指揮者なわけではない。
なので熱心な聴き手ともいえない。

アバドの録音のすべてを聴きたい──、とは思っていない。
こんなことを書いていいのなら、アバドははずれのない指揮者である。
この人の録音で、ダメなものはないだろう。

というより、ほとんどが優れた演奏である。
それでも夢中になって聴きたい、とはあまり思わないのは、
私の音楽の聴き方の偏りゆえなのだろう、とは自覚はしている。

それでもアバドの録音をそれでも聴き続けているのは、
時に、すごい演奏があるからだ。

ポリーニとのバルトークのピアノ協奏曲を、真っ先に挙げる。
ここでの演奏を聴いているからこそ、
アバドの演奏(録音)に関心をもち続けている、ともいえる。

それからベルクの「ヴォツェック」。
これもほんとうに、すごい。

他にもいくつもあるけれど、こういう演奏にであえるから、アバドを聴く。

Date: 5月 22nd, 2020
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MQAで聴けるバックハウスのベートーヴェン(その1)

バックハウスのベートーヴェンは、SACD(ステレオ録音のほう)で出ている。
e-onkyoでもDSF(2.8MHz)で配信されている。

これで充分じゃないか、と思いつつも、
ケンプがMQAで出ている。
ケンプはDSF(2.8MHz)もある。

ならばバックハウスも、DSFだけでなく、MQAも出てくるのかもしれない、とひそかに期待していた。
今年になって、バックハウスのハイドン、モーツァルト、シューマン、バッハなどが出ている。
MQAとflacなのだが、44.1kHz、24ビットである。

44.1kHzであっても、MQAであることのメリットは充分あるとはいうものの、
ベートーヴェンがMQAで出たとしても44.1kHz、24ビットの可能性が高いかも……、
そんなふうに思っていた。

そんなだったら、DSFで買おうかな、と思っていたところ、
バックハウスのベートーヴェンのMQAが始まった。

いまのところ一番、二番、三番、四番のみであるが、
MQA(96kHz、24ビット)である。

ベートーヴェン生誕250年だからなのか。
とにかく嬉しい。
これから続けてリリースされる、と期待しているところ。

Date: 5月 17th, 2020
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MQAで聴けるベートーヴェン 交響曲全集(その5)

CDであろうと、ファイル配信であろうと、
クリュイタンスのベートーヴェン全集が売れているのは、嬉しいことである。

嬉しいのは確かなんだけれども、
MQAで聴いていると、以前との印象に違いあるような気がしてならない。

昔聴いたのは、随分前だし、四番と八番を聴いているだけだ。
今回はすべて聴いている。
システムも違っている。

違っているところが多すぎるうえに、
記憶のうえでの比較なのだからあてにならない、と自分でも思うのだが、
MQAで聴くクリュイタンスのベートーヴェンは、思っていた以上に聴き応えがある。

昔聴いた印象では、なぜベルリンフィルハーモニーが、
カラヤンではなくクリュイタンスを、初の全集録音の指揮者に指名したのか。
その理由が、聴いているだけでは掴めなかった。

今回聴いて、はっりきと掴めた、とまではいわないが、
わかるような気はしてくる。

昔とは、リマスターされているかどうかの違いが大きいのか。
別項で書いたカルロス・クライバーのシューベルトもそうなのだが、
MQAだと、音がいいとか、いままで聴きとれなかった音が聴こえるとか、
そういうことではなくて、音楽の表情が豊かになる。

ここは、こんな表情をしていたのか、という発見が、
さんざん聴いたレコードなのに、ある。

クリュイタンスのベートーヴェンに関しては、CDボックスを買ってきて、
極力試聴条件を等しくして聴いてみれば、もっとはっきりとしたことがいえるようになるはず。

それをやるのもいいけれど、いまはもっともっとMQAで、
ベートーヴェンを聴いていくほうを優先したい。

Date: 5月 17th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるベートーヴェン 交響曲全集(その4)

e-onkyoで購入できるクリュイタンス/ベルリンフィルハーモニーによるベートーヴェンは、
2,306円である。交響曲と序曲あわせて、この値段である。

十分安いわけだが、
これがCDで輸入盤で発売されているのだが、こちらはさらに安く千数百円で買える。
CDは、もちろん44.1kHz、16ビット。

e-onkyoでは、flac、MQAともに96kHz、24ビットである。
なので価格差があってもいいのだけど、
どちらを買う人が多いのだろうか、とふと思う。

クリュイタンスとベルリンフィルハーモニーによるベートーヴェンは、
いつかはすべて聴きたい、と思っていた。

メリディアンの218があるから、迷うことなMQAを購入したが、
218がなければ、満足のいくMQAの再生環境がなければ、CDを迷うことなく買っていたはずだ。

千円ちょっとなのだから、買う。
いずれMQAの再生環境が整ったら、その時にMQAを買えばいい。
配信では廃盤(配信中止)ということは、あまりないことだろうから、それでいい。

こんなふうに考える人はいるはずだ。

それにしてもCDの価格は、いったいどうなっているのか。
以前も書いているが、安いをこえて安すぎる、と思うことがしばしばある。

クリュイタンスのベートーヴェンは五枚組。
今回のCDは、20117年に発売されたCDボックスと同じマスターが使われている。
96kHz、24ビットである。

おそらくe-onkyoでの配信も同じマスターであろう。
だとすれば、CDのほうがコストはかかっている。

プレスしてパッケージして出荷するわけだし、
それが輸入され、日本の店頭に並ぶのだから。

クリュイタンスのベートーヴェンは、
e-onkyoでのアルバム ランキングで、最近でこそ落ちてきたものの、
ずっとかなり上位だった。

CDボックスも売れていたのだろうか。
そんな気がする。

Date: 5月 15th, 2020
Cate: High Resolution

MQAのこと、MQA-CDのこと(その11)

カルロス・クライバーのMQA-CDは、ベートーヴェンの第五番と七番のカップリング、
シューベルトの第三番と八番のカップリングの二枚がある。

どちらもアナログディスクでもCDでも、くり返し聴いてきた。
どちらもおすすめなのだが、
特にシューベルトは、こんなにすごかったのか、と認識を改めるほどである。

MQA-CDは、2.8MHzのDSDマスターを352.8kHz、24ビットのMQAに変換したものだ。
e-onkyoでも、クライバーのベートーヴェン、シューベルトともに配信されている。
こちらは96kHz、24ビットである。

単純に考えれば、MQA-CDのほうがいい、ということになる。
けれどここで考えたいのは、e-onkyoで配信されている音源は、
MQA-CDとは違うプロセスを経ているかもしれない、ということだ。

つまりアナログ録音を一度DSDにして、さらにPCM変換して、というプロセスではないはずだ。
e-onkyoのどこにも詳細な情報はないから推測にすぎないが、
おそらくe-onkyoの音源は、アナログ録音をPCM(96kHz、24ビット)に変換したものだ。

MQA-CDはアナログ録音→DSD(2.8MHZ)→PCM(352.8kHz、24ビット)→MQA、
e-onkyoの音源はアナログ録音→PCM(96kHz、24ビット)→MQA、
確証はないが、こうだと思っている。

もう一つ違いがあって、MQA-CDはMQA Studio、e-onkyoはMQAである。
メリディアンの218はフロントパネルの右端のMQAのLEDが、
青色のときはMQA Studioで、緑色のときはMQAである。

この違いはさほど気にすることはないが、
変換プロセスの違いは、少なからぬ音の違いになっているであろう。

クライバーに限らず、ユニバーサルミュージックのMQA-CDで、
DSDからのMQA化のものに関しても、同じことがいえるはずだし、
そのなかで私にとってクライバーのシューベルトはe-onkyoでも買うことになりそうだ。

Date: 5月 8th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたいグルダのモーツァルトの協奏曲(その3)

モーツァルトのピアノ協奏曲、第20番を初めて聴いたのは、
ハスキルとマルケヴィチ/コンセール・ラムルー管弦楽団だった。

名盤の誉れ高い一枚だった。
ひところ、モーツァルトの二短調のピアノ協奏曲といえば、こればかり聴いていた。
ほかのレコードを持っていなかった、ということもあった。

ハタチ前後のころは、他にも聴きたい(買いたい)レコードが山ほどあった。
同じ曲がダブるのはしかたないとしても、できるだけ多くの曲を聴きたいころでもあった。

それにお金もそれほどあったわけでもない。
そんな事情で、グルダとアバド/ウィーンフィルハーモニーも素晴らしいという評判なのは知っていても、
買う順番として後回しにしていた。

ハスキルとマルケヴィチの演奏の次に印象深かったのは、
内田光子とジェフリー・テイト/イギリス室内管弦楽団による演奏だった。
録音も素晴らしかったので、これまたくり返し聴いた。

そうなると、なんとなく私のなかにはモーツァルトの二短調のピアノ協奏曲は、
女性ピアニストがいい、というひとりよがりなイメージができあがりつつあったから、
よけいにグルダとアバドは後回しになっていった。

グルダとアバドによる録音は、1974年。
グルダは1930年、アバドは1933年の生れだから、
どちらも40代の演奏・録音ということになる。

内田光子とテイトによる演奏・録音とは、ずいぶん性格の違うものだった。
もっと早く聴いていれば──、そんなことも思いもしたが、
いい演奏は、結局いつ聴いてもいい。

あえていえば、ハスキルとマルケヴィチ、内田光子とテイトをくり返し聴いていたからこそ、
よけいにグルダとアバドのよさが感じとれたともいえるかもしれない。

25番と27番のカップリングも、だから期待して聴いた。
けれど20番と21番のカップリングだけでもいい、といいたくなるところも感じた。