Archive for category 世代

Date: 3月 30th, 2021
Cate: 世代

世代とオーディオ(朝日新聞の記事・その3)

アナログディスクのスクラッチノイズを、どう表現するか。

パチパチ、プチプチ、プツプツ、ブチブチ、ブツブツなどがある。
スクラッチノイズをどう表現するかで、
ある程度は、その人のアナログディスク再生の技倆を推し量ることができるといえば、そうだ。

私の感覚では、ブツブツは問題外である。
そうとうにひどいスクラッチノイズである。

プチプチ、プツプツあたりは、それよりはまだまともだ。
きちんと再生できていれば、プツプツはプップッぐらいになり、
さらにプ、プ、ぐらいにまで変っていく。

なので、朝日新聞の記事中にあったパチパチは、ブチブチほどではないけれど、
けっこう大きなスクラッチノイズという印象だ。

記事に登場する高校生は、かなり大きめのスクラッチノイズがしている状態で聴いているのか。

でも実際のところ、この高校生が《パチパチという音で》と、スクラッチノイズを表現したのは、
焚き火効果と関連してのことなのかもしれない。

焚き火効果とはまったく関係ないのかもしれない。
記事だけでは、そのへんのことはまったくわからない。

いまどきの高校生だから、いい状態でのアナログディスクの音を聴いたことがないのかもしれない。
どう再生するかで、同じディスクのスクラッチノイズが変化していくとは、思ってもいないだろう。

仮にそのことを知っても、《パチパチという音で心が温かくなる》のであれば、
スクラッチノイズを減らそうとは考えないのかもしれない。

Date: 2月 25th, 2021
Cate: 世代

世代とオーディオ(朝日新聞の記事・その2)

続きを書くつもりは全くなかった。
コメントがあった。
そこには「焚き火効果」とあった。

この場合の焚き火効果は、
アナログディスクのパチパチというスクラッチノイズが焚き火を連想させる、ということのようだ。
焚き火を連想するから、心が温かくなるのか。

朝日新聞の記事で紹介されている永井公さんは16歳である。
焚き火をしたことはないのかもしれない。

私の世代、しかも田舎育ちだと焚き火はよくやっていた。
家の庭でもやっていたし、学校の中庭でもやった記憶がある。
それこそ焚き火の中にサツマイモをくべて焼き芋にしたことも何度かある。

日常的であった焚き火も、私が高校生になったころには、
火事と間違えられるということもあって、やらなくなっていったし、周りもそうだった。

東京に住むようになって、今年の春でちょうど四十年になるが、
東京で焚き火をしたことは一度もない。

16歳の高校生、横浜市に住んでいる若者は焚き火をやったことがあるのだろうか。

こんなことを書いているのは、彼のなかにある焚き火のイメージは、
実際の焚き火によってつくられたものではなく、
マンガでの焚き火のパチパチと表現される効果音や、
テレビドラマやアニメーションでの効果音などによって形成されたのではないのか。

私も焚き火を最後にやったのはそうとうに昔のことだ。
しかも日常的なことだけに記憶に強く残っているわけでもない。
そんな私は、アナログディスクのスクラッチノイズのパチパチによって、
焚き火を連想することはない。

朝日新聞の記事に登場する高校生が、心が温かくなるのは、
焚き火効果によるものかどうかは、記事だけでは判断できない。
それでも、パチパチという音で、とあるくらいなのだから、焚き火効果なのだろう。

そうだとして、そのアナログディスクにおさめられている音楽、音が、
温かさとは無縁のものであっても、パチパチという音で心が温かくなるのか。

仮にそうだとしたら、音への感受性はそうとうに違うところがあるように思える。
少なくとも私とは、はっきりと違うわけだ。

Date: 2月 12th, 2021
Cate: 世代

世代とオーディオ(朝日新聞の記事・その1)

twitterを眺めていたら、
今日(2月12日)の朝日新聞の記事が話題になっていた。
「レコードのぬくもり 若者とりこに」という記事のことだ。

その記事に、こうある。
     *
 横浜市の高校1年生、永井公さん(16)は、宇多田ヒカルを手始めにレコードを買うようになった。2004年生まれで、音楽配信サービスが当たり前の世代。定額の音楽配信サービスに入っているが「盤に針を落としたときのパチパチという音で心が温かくなるし、部屋に置くだけで気分が上がる」と話す。
     *
どんな人が書いたのだろうか。
スクラッチノイズを聴いて、心が温かくなるのか、いまの10代は。

この人だけのことなのかもしれないが、そうではないのかもしれない。
いろんな人がいるのはわかっているつもりだった。

それでも、スクラッチノイズを聴いて心が温かくなる人がいるとは、まったく思わなかった。
スクラッチノイズでそうなる人もいれば、
カセットテープのヒスノイズで、同じように心が温かくなる人もいて不思議ではない。

LPのスクラッチノイズで心が温かくなるのならば、
SPのスクラッチノイズだったら、心が燃えてしまうのだろうか。

Date: 2月 3rd, 2021
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その17)

(その16)が、(その15)の続きではなかったと同じく、
今回も(その15)の続きではなく、(その16)の補足のような内容だ。

ラジオ技術2月号に
「これからオーディオを始める方へ筆者からのメッセージ」が載っている。
3月号にも載る。

そこに五十嵐一郎氏の名前があった。

これだけである。
なんだ、と思われる人もいるだろう。
そうなんだ、と思う人も、いまでは少なくなったけれど、いる。

これだけでラジオ技術3月号を読みたくなる。

Date: 12月 28th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その16)

(その15)の続きとしての(その16)ではなく、
2021年1月12日発売のラジオ技術2月号に掲載される、
「これからオーディオを始める方へ筆者からのメッセージ」という記事について、である。

ラジオ技術の筆者、九氏によるアンケート形式の記事である。
ラジオ技術は、この形式の記事を以前から不定期でやっている。
私は、楽しみにしている記事の形式でもある。

1月発売なのだから、どんなことが載っているのかはまったく知らない。
それでも、企画として、他のオーディオ雑誌もぜひやってほしい、と思う。

こういう企画は、一つのオーディオ雑誌だけでなく、
同時にすべてのオーディオ雑誌でやってくれれば、非常に面白い記事となるはずだ。

それぞれのオーディオ雑誌の色が明確になるはずだし、
そこに書いている人たちの色も、ほかの記事よりも濃く出るであろう。

年末には、どのオーディオ雑誌も賞をやる。
申し合わせたようにやる。
賞ばかりでなく、こういう記事(アンケート)もやってほしい、というより、
やったほうがいい、ともいいたいし、やるべきだ、とも思っている。

「これからオーディオを始める方」を、どう捉えるのか。
10代の世代なのか、社会人になったばかりの世代なのか、
それとも子育てが一段落して自分の時間が持てるようになった世代、
仕事を退職して、という世代、
どの世代にも、これからオーディオを始める人はいるはずだ。

このへんのことも含めて、それぞれの筆者がどう答えるのか。
そのことを含めて楽しみにしている記事である。

Date: 11月 14th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(「三島由紀夫の死」から50年)

昨晩『「三島由紀夫の死」から50年』を公開したあとで、
気づいたことがある。

いまごろなのか、と自分でも呆れ気味ではあったが、
それでも気づいたことがある。

マンガもそうだった。
私がマンガに夢中になっていたころ第一線で活躍していたマンガ家たち、
手塚治虫を筆頭に、石森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、水島新司、
ここで名を挙げた人たちはみな戦争を体験している。

戦後生れのマンガ家ももちろん大勢いて、活躍していた。
戦前生れのマンガ家も第一線にいた、というより、
この人たちがまさしく第一線だった。

オーディオ評論家も、私にとってはそうである。
私がオーディオ評論に夢中になっていたころ第一線で活躍していたオーディオ評論家たち、
みな戦争を体験している。

いまのオーディオ評論家はどうだろう。
柳沢功力氏は戦前の生れなのだが、ほかの人たちとなると、
みな戦後の生れである。

読み手側はどうだろうか。
ステレオサウンドの読者は高齢化していることは、
ステレオサウンドが発表している資料からもわかる。

今年(2020年)は、戦後75年。
75歳以上の読者となると、高齢化しているとはいえそう多くはないはず。
ステレオサウンドの読者ですら、戦後生れが大半となっている。

こういうことを書いている私も戦後生れだ。
ただ戦後生れでも、親が戦後生れなのかどうかは、どこかで関係しているのではないだろうか。

私の父と母は戦前生れだから、戦争を体験している。
私の場合、戦前生れの両親をもち、戦争を体験してきた人たちの書いてきたものを、
熱心に読んでいたわけだ。

戦後生れの両親のもとで、
戦後生れの人たちの書いてきているものをリアルタイムに読んできた世代も、
いまではけっこういるであろう。

世代の分断とは、こういうところが意外なところで関係しているような気がしてきている。

Date: 10月 22nd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(若い世代とバックナンバー・その7)

オーディオ雑誌のバックナンバーを、十年分くらい揃える。
昔のオーディオ雑誌は、けっこう出ていた。
休刊(廃刊)になったオーディオ雑誌の数は、けっこうある。

それらを集めて、真剣に読むのであれば、
同時に、ステレオサウンドが年二回出していたHI-FI STEREO GUIDEも、
できるだけ手に入れてほしい。

あのころもそうだったけれど、
古書店でも、ステレオサウンドよりもHI-FI STEREO GUIDEのほうが高いことがけっこうある。

HI-FI STEREO GUIDEは、いわゆるカタログ誌だ。
だからこそ、オーディオ雑誌のバックナンバーとともに揃えたい。

HI-FI STEREO GUIDEには、その時代、市販されていたオーディオ機器が、
ほぼすべて掲載されている。
価格もスペックも載っている。
海外製品だと、どの国なのかも載っている。

その時代のオーディオを俯瞰したいときに、HI-FI STEREO GUIDEは役に立つ。

そんなこと、オーディオ雑誌を毎号買って読んでいれば、
HI-FI STEREO GUIDEなんて必要ないだろう、と思うかもしれないが、
私が中三のころ、はじめてHI-FI STEREO GUIDEを買って、
こんなにも多くの製品が市場に出ているのかと驚いた。

そしてHI-FI STEREO GUIDEが一冊ではなく、
二冊、三冊と増えてくると、
HI-FI STEREO GUIDEはオーディオの年表がわりでもあることに気づいた。

すべてを網羅するカタログ誌は、時間が経つことで、存在感を増してくる。

同じことはレコード関係の雑誌についてもいえる。
レコード関係の雑誌のバックナンバーを揃えるのであれば、
レコード・カタログ誌も集めて、いっしょに見ていくべきである。

Date: 10月 13th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(カタログ)

ヤフオク!にはカタログも出品されている。
中学、高校のころはカタログを大事に持っていた。

RFエンタープライゼス時代のマークレビンソンのカタログは、ほんとうにそうだった。
LNP2のカタログを手に入れたときは嬉しかったし、
いつかはLNP2……、という憧憬をいだいて眺めていた。

その時代のカタログも、ヤフオク!にはある。
落札しようとはおもわないけれど、こういうカタログだったな、と、
そこでの写真をみると、どういう内容だったのかも、ある程度は思い出せたりする。

あの時代気カタログのすべてそうだったわけではないが、
オーディオの憧れが募ってくる出来のものは、たしかにあった。

いまもカタログはある。
インターナショナルオーディオショウに行けば、各ブースの前で配布している。
それらのカタログをもらってくることはしない。

それでもブースに入り、気になった製品があった場合には、
カタログにも手を伸ばすことはある。
それでも持って帰ることをしないのは、そう思わせてくれないからだ。

安っぽい、とはいわない。
なかには、そういいたくなるカタログもあるけれども。

なんだろう、インターネットが普及して、各社ほとんどウェブサイトで公開している。
情報を得るだけならば、ウェブサイトでことたりる。

カタログは、それ以上のなにかを感じたいのだ。
それが、いまの時代のカタログには、ほぼない。

オーディオショウでは立派なカタログがあったりする。
けれど立派なカタログが、憧れと結びついていくわけでもない。

そういうカタログをつくる余裕が、もうどの会社も失っているかもしれない。

Date: 10月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その11)

その4)で、ミュージックバーの店員に、
オーディオマニアであることをバカにされた人のこと、
北海道の若いオーディオマニアが、周りの人に、オーディオマニアだ、というのは、
カミングアウトに近い感覚であることを書いた。

先日、ある量販店のオーディオコーナーに寄ってみた。
30前後か、もう少し若いのだろうか、二人の男性がいた。
友人同士のようだった。

一人はオーディオマニアで、もう一人はオーディオに関心がない人だということが、
話している内容からわかる。

オーディオマニアのほうが、スピーカーにこれだけ使った、アンプにはこれだけ、という、
自慢話をしていた。
オーディオに関心のない人は、一言「ダッセー!」と返していた。

仲のいい二人のようで、それで険悪な雰囲気になることなく、
話をしながら別のコーナーに移っていった。

オーディオマニアの彼が使った金額というのは、
関心のない人からすれば、けっこう金額であるだろうが、
そのくらいじゃ……、というオーディオマニアの方が、世の中には多い。

びっくりするような金額ではないけれど、
それでもオーディオにそれだけ注ぎ込んでいることを、「ダッセー!」の一言で否定される。

オーディオだからなのだろうか、
それとも趣味にのめりこみ、けっこうな金額のお金を使う、
そのことすべてが「ダッセー!」なのか。

Date: 9月 15th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その10)

2019年のOTOTENは、(その1)で書いているように、
日本オーディオ協会の理事長が、
「今月末のOTOTENでは、今までのオーディオマニアの方だけでなく、若い人達にも参加して欲しい」
と発言していた。

2020年のOTOTENは、コロナ禍で中止になった。
例年通り開催されていたら、
今年も若い人たちに参加してほしい、ということになったであろう。

昔は、若い人も読んでいたステレオサウンドは、
いまでは若い人は読まなくなった、といってもいいだろう。
そのことは、別項で書いているように、ステレオサウンド・メディアガイドでもわかる。

若い人がオーディオに関心を持たなくなった理由については、
これまでもいろいろいわれている。
どれが大きな理由なのか、はっりきとわかっている人は誰もいないようだ。

ただ、それらの理由の一つに、老害がある、という人たちがいる。
そういう人たちは、たいてい若い人たち、
若いオーディオマニアの人のようである。

若いといっても、10代ではなく、
おそらく20代後半以上のように感じている。

老害がない、とはいわない。
けれど、老害だけでなく、
実のところ、若いオーディオマニアの人たちの存在も、
オーディオに関心を持たない人たちをつくり出しているように思っている。

すべての若いオーディオマニアがそうだというわけでなはいないが、
一部の人たち(どのくらいの割合かはなんともいえない)のふるまいをみていて、
オーディオに少しでも興味を持ち始めていた人たちを、
遠ざけてしまっていることだってある、と確信している。

Date: 9月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(若い世代とバックナンバー・その6)

その2)で書いている若い人が、雑誌の古いバックナンバーを読む、という行為は、
ますます彼自身の視野を狭くしていくことのようにも思えてならない。

雑誌のバックナンバーを読むことは、
すでに書いているが、決して悪いことではない。
基本的にはいいことだ、と思うけれど、それにはいくつかの条件がつく、と私は思っている。

一冊、二冊……、その程度のバックナンバーを読んで、
わかったようなツラをする人がいるけれど、
ほんとうに、その時代の空気を、バックナンバーからきちんと読みとりたければ、
一年分とはいわない、もっともっと読むべきである。

十年分ぐらいのバックナンバーをきちんと読むべきである。
完全にバックナンバーを揃えておくべき、とはいわない。
数冊程度欠けていてもいいから、十年分くらいのバックナンバーには目を通すべきだし、
それは一つの雑誌だけでなく、
オーディオマニアであるならば、
オーディオ雑誌、それからレコード雑誌をそれぞれ数冊を十年分くらい、である。

視野の狭い若い人が、わずかな冊数のバックナンバーを読んで、
わかった気になっている。
趣味の世界だから、それでもいいじゃないか──、
そういえなくもないわけだが、
不思議なことに、そんな人に限って、わかったようなツラをして、老成ぶっている。

そして、なにかいっぱしのことをSNSとかに公開しているから、
なんだろうな……、と思ってしまうわけだ。

本人は視野を広くしているつもりなんだろうが、
この人は、自分の視野の狭さ(偏り・依怙地さなど)をますます確固たるものにしたいのか、
そんなふうに見えてしまう。

それにしても、なぜ老成ぶるのか。
自分より上の世代に認められたいからなのか。
他になにか理由があるのか。

もしかすると、その若い人は、老成ぶることが目的、
もしくは趣味なのかもしれない。

そのための手段としてのオーディオという趣味というふうに捉えると、合点がいく。
これも、趣味としてのオーディオのありかたの一つなのか。

Date: 8月 17th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その15)

オーディオ機器は、工業製品である。
好感度な工業製品について考えると、iMacが挙げられるだろう。
現行製品のiMacではなく、1998年に登場した、いわゆる初代iMacである。

1998年5月に、AppleからiMacが発表になった。
翌日には、個人のウェブサイトでも、あちこちで取りあげられていた。
まだSNSはなかった時代だったが、SNSがあれば、その盛り上りはさらにすごかっただろう。
私がみたかぎりでは、すべて絶賛といってもよかった。

G3プロセッサーを搭載して、USBの、はじめての採用と同時に、SCSIやADBなどを廃止。
内容のわりには、価格は抑えられていた。

このことも高く評価されていた(反対の意見もあった)が、
それ以上に、絶賛されていたのはiMacのデザインについてだった。

私は、発表された写真をみてもピンとこなかった。
360度回転して見ることができるQuickTime VRのファイルをダウンロードして、
いろんな角度からどう見ても、変なデザインにしか見えなかった。
なぜ、多くの人が、これを褒めるのか、まったく理解できなかった。

実物を見れば、印象も変るのかもと思い、8月の発売前に、新宿の高島屋に、実物が展示されたを見に行った。
ガラスケースに収められたiMacを見て、やっぱり変なデザインと確信した私は、
iMacの発売日前日に、PowerBook 2400Cを購入した。

私が行った日がたまたまだったのか、それとも毎日そうだったのかはわからないが、
iMacを見に来ていた人は、けっこう多かった。

注目を集めているから、展示するだけで人を呼べるからこそなのだろう。

iMacの登場のころから、
工業製品にたいしても「かわいい」ということばが使われはじめたような気もする。

そして、この「かわいい」が工業製品での好感度と関係しているように思える。

初代iMacは、売れた。
パソコンの専門家ほど、iMacなんて、売れるはずがない、という意見をもっていたと記憶している。
けれど、そんな専門家は「かわいい」と表現されることに無関心だったではないのか。

好感度ということについても、そうだったのだろう。

Date: 8月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・余談)

この一年くらいで、すごく気になっているのは、
「オーディオのプロが自腹で購入」といったいいまわしが増えてきたことだ。

記事の意図としては、オーディオのプロが購入するくらいだから、
この製品はほんとうにいいんですよ、ということなのだろうが、
それ以前に、私がひっかかるのは、「自腹で購入」のところだ。

オーディオのプロだろうが、そうでなかろうが、
オーディオ機器を買う、ということは、自分のお金で買う、ということ以外、
なにがあるのだろうか。

誰かに買ってもらった、としよう。
それは買う、とはいわない。買ってもらった、である。
オーディオメーカーから提供してもらって使っているのも、買う、とはいわない。

買う、ということ自体が、くり返すが自分のお金で、ということが前提としてあるわけだ。
にも関らず「自腹で購入」なんてことを見出し、タイトルに使う。

自腹で購入ではなく、自家用として購入、とかだったら、なにもいわない。
けれど「自腹で購入」なのだ。

「自腹で購入」で使われるのは、私が目にした範囲では、
ほぼすべてインターネットで公開されている記事だった。
これらの記事をつくっている人たちの正確な年齢はしらないけれど、
ほかの記事の内容(レベル)からいっても、私よりけっこう若い世代のように感じている。

その世代の人たちには「自腹で購入」といういいまわし、
違和感をおぼえないのだろうか。

Date: 7月 30th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その14)

好感度、という。
オーディオの場合だと、好感度よりも高感度が使われるわけだが、
芸能の業界では、好感度のほうであり、好感度の順位が発表されてたりする。

好感度タレントと呼ばれている人たちがいる。
テレビのない生活を送っていると、
誰が好感度タレントと呼ばれているのかは、なんとなく知っているけれど、
その好感度タレントがテレビに出ているのを見ているわけではない。

好感度タレントが出ているテレビ番組をみて、
なるほど、この人が好感度タレントなのか、と感心するのかどうかはなんともいえないが、
オーディオの世界で、好感度ということについて考えてみると、
たとえば1980年代後半から1990年前半ぐらいまでのBOSEのスピーカーは、
好感度スピーカーといえたのではないだろうか、とちょっと思っている。

好感度タレントの上位にいた人が、ある不祥事で好感度が下ってしまった──、
みたいなことをインターネットで目にすると、
好感度の基準の曖昧さみたいなものを感じるわけだが、
あの時代のBOSEのスピーカーは、いわゆるカフェバーと呼ばれる店には取り付けられていた。

多くは101MMだったし、301MMもあった。
この二つのBOSEのスピーカーは、当時、好感度な存在だったのだろうか。

誰も当時、そんなことはいっていなかったけれど、
多くの人から嫌われていたスピーカーならば、あれだけの多くの店舗で使われることはなかったはずだ。

101MMは大きさ・価格からしてまさにそうだが、
301MMにしても、その用途はBGMを店内に流すためのスピーカーであった。

BOSEのスピーカーの音が好きかと問われれば、嫌いじゃないけれど……、と答えるところがある。
井上先生が鳴らす901の音は、ほんとうによかった。
その音を聴いていたから、いまでも901は、欲しいな、という気持が少しだけ残っている。

でも、あくまでも901に関してだけであって、
他のBOSEのスピーカーを欲しい、と思ったことはない。

それでも、あの当時、オーディオに関心のない人(二人)から、
BOSEのスピーカーを買おうと思っているけれど、どう? と訊かれたことがある。

ずいぶん以前のことだから、はっきりとどんなふうに答えたのかは記憶にないが、
否定することはしなかったはずだ。

Date: 7月 22nd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その13)

そのオーディオ機器のなかにある趣味性と実用性、そのバランス。
そんなことを書いているけれど、若いころは、そんなことを意識していたわけではない。

それでも何かを選ぶとき、そんなことをんとなく思うようになってきたのは、
40を超えたころからだろうか。

(その12)で挙げている例にしても、
同時代の製品を比較しているのではない。

4311は4311Aになり、4311Bとなり、4312へと大きくモデルチェンジした。
その4312も型番の末尾にアルファベットがつくようになって、4312Gで何代目なのだろうか。

それに4311がよく知られているから、4311の名を挙げたのであって、
この一連のシリーズで私が、いま欲しいのは4310である。

4310のアピアランスが、いちばん気に入っているからが、その理由である。

マッキントッシュのMC2300とMC2600のあいだには、
MC2500、MC2500(ブラックパネル)がいるから、世代の違うモノの比較である。

どちらがいいか、ではなくて、どちらが欲しいか、である。
どちらが好きか、ともちょっと違う。

ほかの人は、そこところのどうなのだろうか。
新品しか買わないという人は、ここでは関係ないが、
何か買う時に、新品も中古も選択肢となる人にとって、
時代・世代の違いを、どう受けとっているのだろうか。

単純に、どちらが音がいいのか、だけで判断しているのか。
それとも、私のようなことを考えてのことなのか。

こんなことを考えていたら、
私にとってメリディアンの218は、どういう存在なのか。