Archive for category 世代

Date: 10月 22nd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(若い世代とバックナンバー・その7)

オーディオ雑誌のバックナンバーを、十年分くらい揃える。
昔のオーディオ雑誌は、けっこう出ていた。
休刊(廃刊)になったオーディオ雑誌の数は、けっこうある。

それらを集めて、真剣に読むのであれば、
同時に、ステレオサウンドが年二回出していたHI-FI STEREO GUIDEも、
できるだけ手に入れてほしい。

あのころもそうだったけれど、
古書店でも、ステレオサウンドよりもHI-FI STEREO GUIDEのほうが高いことがけっこうある。

HI-FI STEREO GUIDEは、いわゆるカタログ誌だ。
だからこそ、オーディオ雑誌のバックナンバーとともに揃えたい。

HI-FI STEREO GUIDEには、その時代、市販されていたオーディオ機器が、
ほぼすべて掲載されている。
価格もスペックも載っている。
海外製品だと、どの国なのかも載っている。

その時代のオーディオを俯瞰したいときに、HI-FI STEREO GUIDEは役に立つ。

そんなこと、オーディオ雑誌を毎号買って読んでいれば、
HI-FI STEREO GUIDEなんて必要ないだろう、と思うかもしれないが、
私が中三のころ、はじめてHI-FI STEREO GUIDEを買って、
こんなにも多くの製品が市場に出ているのかと驚いた。

そしてHI-FI STEREO GUIDEが一冊ではなく、
二冊、三冊と増えてくると、
HI-FI STEREO GUIDEはオーディオの年表がわりでもあることに気づいた。

すべてを網羅するカタログ誌は、時間が経つことで、存在感を増してくる。

同じことはレコード関係の雑誌についてもいえる。
レコード関係の雑誌のバックナンバーを揃えるのであれば、
レコード・カタログ誌も集めて、いっしょに見ていくべきである。

Date: 10月 13th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(カタログ)

ヤフオク!にはカタログも出品されている。
中学、高校のころはカタログを大事に持っていた。

RFエンタープライゼス時代のマークレビンソンのカタログは、ほんとうにそうだった。
LNP2のカタログを手に入れたときは嬉しかったし、
いつかはLNP2……、という憧憬をいだいて眺めていた。

その時代のカタログも、ヤフオク!にはある。
落札しようとはおもわないけれど、こういうカタログだったな、と、
そこでの写真をみると、どういう内容だったのかも、ある程度は思い出せたりする。

あの時代気カタログのすべてそうだったわけではないが、
オーディオの憧れが募ってくる出来のものは、たしかにあった。

いまもカタログはある。
インターナショナルオーディオショウに行けば、各ブースの前で配布している。
それらのカタログをもらってくることはしない。

それでもブースに入り、気になった製品があった場合には、
カタログにも手を伸ばすことはある。
それでも持って帰ることをしないのは、そう思わせてくれないからだ。

安っぽい、とはいわない。
なかには、そういいたくなるカタログもあるけれども。

なんだろう、インターネットが普及して、各社ほとんどウェブサイトで公開している。
情報を得るだけならば、ウェブサイトでことたりる。

カタログは、それ以上のなにかを感じたいのだ。
それが、いまの時代のカタログには、ほぼない。

オーディオショウでは立派なカタログがあったりする。
けれど立派なカタログが、憧れと結びついていくわけでもない。

そういうカタログをつくる余裕が、もうどの会社も失っているかもしれない。

Date: 10月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その11)

その4)で、ミュージックバーの店員に、
オーディオマニアであることをバカにされた人のこと、
北海道の若いオーディオマニアが、周りの人に、オーディオマニアだ、というのは、
カミングアウトに近い感覚であることを書いた。

先日、ある量販店のオーディオコーナーに寄ってみた。
30前後か、もう少し若いのだろうか、二人の男性がいた。
友人同士のようだった。

一人はオーディオマニアで、もう一人はオーディオに関心がない人だということが、
話している内容からわかる。

オーディオマニアのほうが、スピーカーにこれだけ使った、アンプにはこれだけ、という、
自慢話をしていた。
オーディオに関心のない人は、一言「ダッセー!」と返していた。

仲のいい二人のようで、それで険悪な雰囲気になることなく、
話をしながら別のコーナーに移っていった。

オーディオマニアの彼が使った金額というのは、
関心のない人からすれば、けっこう金額であるだろうが、
そのくらいじゃ……、というオーディオマニアの方が、世の中には多い。

びっくりするような金額ではないけれど、
それでもオーディオにそれだけ注ぎ込んでいることを、「ダッセー!」の一言で否定される。

オーディオだからなのだろうか、
それとも趣味にのめりこみ、けっこうな金額のお金を使う、
そのことすべてが「ダッセー!」なのか。

Date: 9月 15th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その10)

2019年のOTOTENは、(その1)で書いているように、
日本オーディオ協会の理事長が、
「今月末のOTOTENでは、今までのオーディオマニアの方だけでなく、若い人達にも参加して欲しい」
と発言していた。

2020年のOTOTENは、コロナ禍で中止になった。
例年通り開催されていたら、
今年も若い人たちに参加してほしい、ということになったであろう。

昔は、若い人も読んでいたステレオサウンドは、
いまでは若い人は読まなくなった、といってもいいだろう。
そのことは、別項で書いているように、ステレオサウンド・メディアガイドでもわかる。

若い人がオーディオに関心を持たなくなった理由については、
これまでもいろいろいわれている。
どれが大きな理由なのか、はっりきとわかっている人は誰もいないようだ。

ただ、それらの理由の一つに、老害がある、という人たちがいる。
そういう人たちは、たいてい若い人たち、
若いオーディオマニアの人のようである。

若いといっても、10代ではなく、
おそらく20代後半以上のように感じている。

老害がない、とはいわない。
けれど、老害だけでなく、
実のところ、若いオーディオマニアの人たちの存在も、
オーディオに関心を持たない人たちをつくり出しているように思っている。

すべての若いオーディオマニアがそうだというわけでなはいないが、
一部の人たち(どのくらいの割合かはなんともいえない)のふるまいをみていて、
オーディオに少しでも興味を持ち始めていた人たちを、
遠ざけてしまっていることだってある、と確信している。

Date: 9月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(若い世代とバックナンバー・その6)

その2)で書いている若い人が、雑誌の古いバックナンバーを読む、という行為は、
ますます彼自身の視野を狭くしていくことのようにも思えてならない。

雑誌のバックナンバーを読むことは、
すでに書いているが、決して悪いことではない。
基本的にはいいことだ、と思うけれど、それにはいくつかの条件がつく、と私は思っている。

一冊、二冊……、その程度のバックナンバーを読んで、
わかったようなツラをする人がいるけれど、
ほんとうに、その時代の空気を、バックナンバーからきちんと読みとりたければ、
一年分とはいわない、もっともっと読むべきである。

十年分ぐらいのバックナンバーをきちんと読むべきである。
完全にバックナンバーを揃えておくべき、とはいわない。
数冊程度欠けていてもいいから、十年分くらいのバックナンバーには目を通すべきだし、
それは一つの雑誌だけでなく、
オーディオマニアであるならば、
オーディオ雑誌、それからレコード雑誌をそれぞれ数冊を十年分くらい、である。

視野の狭い若い人が、わずかな冊数のバックナンバーを読んで、
わかった気になっている。
趣味の世界だから、それでもいいじゃないか──、
そういえなくもないわけだが、
不思議なことに、そんな人に限って、わかったようなツラをして、老成ぶっている。

そして、なにかいっぱしのことをSNSとかに公開しているから、
なんだろうな……、と思ってしまうわけだ。

本人は視野を広くしているつもりなんだろうが、
この人は、自分の視野の狭さ(偏り・依怙地さなど)をますます確固たるものにしたいのか、
そんなふうに見えてしまう。

それにしても、なぜ老成ぶるのか。
自分より上の世代に認められたいからなのか。
他になにか理由があるのか。

もしかすると、その若い人は、老成ぶることが目的、
もしくは趣味なのかもしれない。

そのための手段としてのオーディオという趣味というふうに捉えると、合点がいく。
これも、趣味としてのオーディオのありかたの一つなのか。

Date: 8月 17th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その15)

オーディオ機器は、工業製品である。
好感度な工業製品について考えると、iMacが挙げられるだろう。
現行製品のiMacではなく、1998年に登場した、いわゆる初代iMacである。

1998年5月に、AppleからiMacが発表になった。
翌日には、個人のウェブサイトでも、あちこちで取りあげられていた。
まだSNSはなかった時代だったが、SNSがあれば、その盛り上りはさらにすごかっただろう。
私がみたかぎりでは、すべて絶賛といってもよかった。

G3プロセッサーを搭載して、USBの、はじめての採用と同時に、SCSIやADBなどを廃止。
内容のわりには、価格は抑えられていた。

このことも高く評価されていた(反対の意見もあった)が、
それ以上に、絶賛されていたのはiMacのデザインについてだった。

私は、発表された写真をみてもピンとこなかった。
360度回転して見ることができるQuickTime VRのファイルをダウンロードして、
いろんな角度からどう見ても、変なデザインにしか見えなかった。
なぜ、多くの人が、これを褒めるのか、まったく理解できなかった。

実物を見れば、印象も変るのかもと思い、8月の発売前に、新宿の高島屋に、実物が展示されたを見に行った。
ガラスケースに収められたiMacを見て、やっぱり変なデザインと確信した私は、
iMacの発売日前日に、PowerBook 2400Cを購入した。

私が行った日がたまたまだったのか、それとも毎日そうだったのかはわからないが、
iMacを見に来ていた人は、けっこう多かった。

注目を集めているから、展示するだけで人を呼べるからこそなのだろう。

iMacの登場のころから、
工業製品にたいしても「かわいい」ということばが使われはじめたような気もする。

そして、この「かわいい」が工業製品での好感度と関係しているように思える。

初代iMacは、売れた。
パソコンの専門家ほど、iMacなんて、売れるはずがない、という意見をもっていたと記憶している。
けれど、そんな専門家は「かわいい」と表現されることに無関心だったではないのか。

好感度ということについても、そうだったのだろう。

Date: 8月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・余談)

この一年くらいで、すごく気になっているのは、
「オーディオのプロが自腹で購入」といったいいまわしが増えてきたことだ。

記事の意図としては、オーディオのプロが購入するくらいだから、
この製品はほんとうにいいんですよ、ということなのだろうが、
それ以前に、私がひっかかるのは、「自腹で購入」のところだ。

オーディオのプロだろうが、そうでなかろうが、
オーディオ機器を買う、ということは、自分のお金で買う、ということ以外、
なにがあるのだろうか。

誰かに買ってもらった、としよう。
それは買う、とはいわない。買ってもらった、である。
オーディオメーカーから提供してもらって使っているのも、買う、とはいわない。

買う、ということ自体が、くり返すが自分のお金で、ということが前提としてあるわけだ。
にも関らず「自腹で購入」なんてことを見出し、タイトルに使う。

自腹で購入ではなく、自家用として購入、とかだったら、なにもいわない。
けれど「自腹で購入」なのだ。

「自腹で購入」で使われるのは、私が目にした範囲では、
ほぼすべてインターネットで公開されている記事だった。
これらの記事をつくっている人たちの正確な年齢はしらないけれど、
ほかの記事の内容(レベル)からいっても、私よりけっこう若い世代のように感じている。

その世代の人たちには「自腹で購入」といういいまわし、
違和感をおぼえないのだろうか。

Date: 7月 30th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その14)

好感度、という。
オーディオの場合だと、好感度よりも高感度が使われるわけだが、
芸能の業界では、好感度のほうであり、好感度の順位が発表されてたりする。

好感度タレントと呼ばれている人たちがいる。
テレビのない生活を送っていると、
誰が好感度タレントと呼ばれているのかは、なんとなく知っているけれど、
その好感度タレントがテレビに出ているのを見ているわけではない。

好感度タレントが出ているテレビ番組をみて、
なるほど、この人が好感度タレントなのか、と感心するのかどうかはなんともいえないが、
オーディオの世界で、好感度ということについて考えてみると、
たとえば1980年代後半から1990年前半ぐらいまでのBOSEのスピーカーは、
好感度スピーカーといえたのではないだろうか、とちょっと思っている。

好感度タレントの上位にいた人が、ある不祥事で好感度が下ってしまった──、
みたいなことをインターネットで目にすると、
好感度の基準の曖昧さみたいなものを感じるわけだが、
あの時代のBOSEのスピーカーは、いわゆるカフェバーと呼ばれる店には取り付けられていた。

多くは101MMだったし、301MMもあった。
この二つのBOSEのスピーカーは、当時、好感度な存在だったのだろうか。

誰も当時、そんなことはいっていなかったけれど、
多くの人から嫌われていたスピーカーならば、あれだけの多くの店舗で使われることはなかったはずだ。

101MMは大きさ・価格からしてまさにそうだが、
301MMにしても、その用途はBGMを店内に流すためのスピーカーであった。

BOSEのスピーカーの音が好きかと問われれば、嫌いじゃないけれど……、と答えるところがある。
井上先生が鳴らす901の音は、ほんとうによかった。
その音を聴いていたから、いまでも901は、欲しいな、という気持が少しだけ残っている。

でも、あくまでも901に関してだけであって、
他のBOSEのスピーカーを欲しい、と思ったことはない。

それでも、あの当時、オーディオに関心のない人(二人)から、
BOSEのスピーカーを買おうと思っているけれど、どう? と訊かれたことがある。

ずいぶん以前のことだから、はっきりとどんなふうに答えたのかは記憶にないが、
否定することはしなかったはずだ。

Date: 7月 22nd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その13)

そのオーディオ機器のなかにある趣味性と実用性、そのバランス。
そんなことを書いているけれど、若いころは、そんなことを意識していたわけではない。

それでも何かを選ぶとき、そんなことをんとなく思うようになってきたのは、
40を超えたころからだろうか。

(その12)で挙げている例にしても、
同時代の製品を比較しているのではない。

4311は4311Aになり、4311Bとなり、4312へと大きくモデルチェンジした。
その4312も型番の末尾にアルファベットがつくようになって、4312Gで何代目なのだろうか。

それに4311がよく知られているから、4311の名を挙げたのであって、
この一連のシリーズで私が、いま欲しいのは4310である。

4310のアピアランスが、いちばん気に入っているからが、その理由である。

マッキントッシュのMC2300とMC2600のあいだには、
MC2500、MC2500(ブラックパネル)がいるから、世代の違うモノの比較である。

どちらがいいか、ではなくて、どちらが欲しいか、である。
どちらが好きか、ともちょっと違う。

ほかの人は、そこところどうなのだろうか。
新品しか買わないという人は、ここでは関係ないが、
何か買う時に、新品も中古も選択肢となる人にとって、
時代・世代の違いを、どう受けとっているのだろうか。

単純に、どちらが音がいいのか、だけで判断しているのか。
それとも、私のようなことを考えてのことなのか。

こんなことを考えていたら、
私にとってメリディアンの218は、どういう存在なのか。

Date: 7月 22nd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その12)

この項は、どちらかといえば思いつきで書き始めた。
コーネッタを、中古とはいえペアで八万円ほどで入手できたことから始まっている。

いまペアで八万円前後で購入できるスピーカーシステム(当然新品)と、
中古のコーネッタを比較して、どちらが音がいい、といいたいのではなく、
どちらを人は選ぶのだろうか、それも私のような50代と、
オーディオを始めたばかりの若い世代の人とでは、どう違ってくるのだろうか。

そんなことを考えながら書き始めた。
書き始めてエアパルスのA80の存在を知った。
そのことで、自分でも、これから先、どんなことを書いていくのかほとんど考えていない、
というかわかっていないところがある。

それでもスピーカーシステム(スピーカーに限ったことではないが)の趣味性と実用性、
そのことでいえば、(その5)と(その6)でのJBLの4311と4312のこと。

4311の存在を初めて知った30代くらいの人は、4311をかっこいいと言っていた。
4312よりも4311を欲しい、と言っていたわけだが、
この人は4311のほうに、趣味性を感じたのではないのか。

実用性の高さということでは、4311よりも4312である。
4312の最新モデルの4312Gは、120,000円(一本、税抜き)である。

1977年、4311は193,800円していた。
その後円高が進んで安くなったこともあるとはいえ、
40年間の物価の上昇を考えると、4312の価格はいささか驚くところがある。

もちろん4312をとりまくいろんな状況が変ってきているからこその、この価格ともいえる。
(その6)で書いているが、私ならばどちらを選ぶか。

他にスピーカーを持てないのであれば4312Gであり、
他にスピーカーを持っているのであれば4311であるのは、
他にスピーカーを持てないのであれは実用性を重視するし、
他にスピーカーを持っているのであれば趣味性をとるから、である。

このことは以前別項でふれたマッキントッシュのMC2300とMC2600にも、
そっくりそのまま当てはまる。
他にパワーアンプを持てないのであればMC2600なのだが、
他にパワーアンプを持っているのであればMC2300を、私は選ぶ。

だからといって、4312G、MC2600に趣味性がない、といっているのではない。
趣味性と実用性のバランスを、その製品にどう見ているか、ということだ。

Date: 7月 20th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その11)

フィル・ジョーンズのデビュー作といえるアコースティック・エナジーのスピーカーシステム。
私が聴いたのは知人宅で、だった。

50〜60畳はあるかなり広い空間、
しかも弧を描く天井は、いちばん高いところでは6mほどはあろう。

そういう空間でアコースティック・エナジーのAE2を聴いた。
9cm口径のアルミ合金を芯材としたウーファーが二発、トゥイーターはハードドーム型。

イギリスのスピーカーらしく、エンクロージュアのプロポーションは奥に深い。
なのに、このスピーカーのエネルギーは、半端なものではなかった。

ソリッドな音とは、まさにこのこと。
どれほどボリュウムを上げていっても、不安感はない。

フロントバッフルにあるバスレフポートからの空気の放射が顔に当るのがわかるほどに、
そこまでボリュウムを上げても、まだまだ上げられそうな余裕を感じさせる。

オーディオ的快感が、はっきりとあったし、
スピーカー技術の進歩を感じとれもした。

オーディオマニアならば、AE2のポテンシャルを十分に発揮できる環境で、
その音を聴いたならば、誰もがオーディオ的快感に惹かれることだろう。

それは好きな音楽がどうとかではなく、ソリッドな音は音量をあげていっても崩れることなく、
ひたすら音が気持よく、そのことが快感なのだ。

最初は、AE2の音に興奮していたところがある。
あれこれ鳴らしていくと、興奮は増していった。

なのに、あるところまで達すると、そこから先は興奮は薄れていった。

いまおもうと、AE2は、趣味性の高いスピーカーシステムだったのだろうか。
確かに、あのころ、驚くほどのオーディオ的快感をあじわえた。
それが大型のスピーカーではなく、小型スピーカーゆえに音源が小さいということも、
オーディオ的快感を増していったのだが、だからといって、趣味性が高いといえるのか。

実用性の高いスピーカーではあったのではないだろうか。
AE2から、ほぼ30年後のA80ほどの実用性ではなかったのかもしれないし、
まだ趣味性も多少は感じていたのかもしれない。

それでも実用性に傾いていたスピーカーだったように思っている。

Date: 7月 19th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その10)

40年以上前の中古のスピーカーシステム、コーネッタ、
今年の新製品のエアパルスのA80。

中古と新品の価格を一緒くたに考えることの無理は承知で、どちらもほぼ同じ価格である。
どちらを購入するだろうか、と自問すれば、私はやはりコーネッタである。

以前から自分の手で鳴らしてみたかった、という理由がいちばん大きいけれど、
趣味性ということを考えても、やはりコーネッタである。

この趣味性、オーディオにおける音楽性と同じくらいに曖昧なところがある。
あまり使いたくないのだが、コーネッタとA80を並べて考えてみたときに、
趣味性と実用性ということが、まず浮んできた。

A80は、かなり実用性の高いスピーカーシステムであろう。
音を聴けば、断言することもできるけれど、いまの時点では聴いていないのだから、
想像で書くしかない。

ここで趣味性、実用性といっているが、
あくまでも私がそう感じているだけであって、
ある人は、A80に高い趣味性を感じているのかもしれない。

そう思いながら、私はA80にどうしても趣味性のようなものを感じとることはない。
フィル・ジョーンズが開発している──、そのことにも特に趣味性は感じない。

40年前ならば、リボントゥイーターというだけで、
ある意味、趣味性を感じさせるところはあった。
当時、リボントゥイーターといえば、パイオニアのPT-R7、それにデッカの製品、
純然たるリボン型とはいえないがテクニクスの10TH1000くらいで、
そのあとにピラミッドのT1が登場したくらいだ。

当時リボン型トゥイーターは、高価で扱いもデリケートなところがあったし、
その独得の繊細さゆえに、趣味性が高い、と感じた人は少なからずいた。

けれど、いまはずいぶん違ってきた。
ドーム型と同じくらい、とまではいわないけれど、リボン型の種類、製品数は増えてきた。
安価にもなってきた。

当時、特別なトゥイーターという印象をもっていたけれど、いまはそんなことはない。
そんなこともあって、A80に、私は趣味性を感じない。

Date: 7月 18th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その9)

(その8)で書いたエアパルスのA80。
(その8)を公開したあとで、もう一度、その価格を確認したほどである。

ペアで、私がコーネッタを買った金額と同じくらいと書いたけれど、
実は一本の価格だったのではないか、間違ってしまったのではないか、と思うほどに、
キャリアのながいオーディオマニアほど、A80の価格はにわかに信じられない安さである。

音を聴いていないのだから、聴いてしまうと、
やっぱり、この価格の音だな、と思う可能性もあるだろうが、
なんとなくでしかないが、そんなことはないようにも思っている。

A80の価格と仕様であれば、
これまでヘッドフォン・イヤフォンのみで音楽を聴いてきた人が、
スピーカーでも聴いてみようと考えた場合に、候補の上位になるだろう。

ヘッドフォンで聴いている人ならば、D/Aコンバーターをもっているだろうし、
いわゆるハイレゾ再生環境があるだろう。

A80ならば、そのシステムに接続するだけでいい。
パワーアンプを別途用意する必要はない。

これから新たにシステムを組もうとしている人であっても、
USBのデジタル入力もそなえているから、パソコンとの接続だけでいい。

いままで、この価格(もっと安価な価格)で、こういう仕様の製品がなかったわけではない。
それらの製品のすべてを把握しているわけではないが、聴いてみたいと思うモノはまずなかった。

A80が40年前に登場していたら、いくらだっただろうか。
テクニクスのSE-C01は65,000円だった。
このころLS3/5Aは一本75,000円だった。

この組合せだと、ペアで280,000円である。

この40年間のインフレ率はどのていどなのだろうか。
当時のステレオサウンドは1,600円だった。

Date: 7月 17th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その8)

私がコーネッタを購入したのと、ほぼ同じ金額でいま何が買えるのか。
いくつか調べてみた。

たとえばエアパルスのA80というスピーカーシステムがある。

製品の詳細はリンク先を見てほしいが、小型2ウェイのアクティヴ型である。
オープン価格となっているが、ペアでコーネッタとほぼ同じ金額である。

A80を見ていると、いい意味で時代は変ったな、と感じる。
確かにA80は、コーネッタよりもずっと小さい。
それでもアンプ内蔵で、しかもバイアンプドライヴである。

このスピーカーシステムの設計は、フィル・ジョーンズである。
A80の音を聴いているわけではないが、ひどい製品なわけはない、といえる。

1978年ごろ、小型アンプが各メーカーから現れ始めた。

最初はパイオニアだった。
続いてテクニクスが、コンサイスコンポという名称で、さらに小型のアンプを出してきた。
さらにオーレックス、ソニー、ビクター、アイワ、ダイヤトーンも続いた。

テクニクスはスイッチング電源を搭載していた。
そのおかげで、各社の小型パワーアンプのなかで、テクニクスのSE-C01は薄型ながら、
42W+42Wの出力を、W29.7×H4.9×D25.0cmのサイズで実現していた。

いまでは驚くほどのスペックではないが、当時としてはなかなか驚かされた。
いまではスイッチング電源も当り前になって、D級アンプも進歩してきた。
それにともないパワーアンプは、ずっと高効率化している。

体積的には、昔のパワーアンプの何分の一になったのだろうか。
ヒートシンクも、ほとんど不要になっている。

そういう進歩があって、小型スピーカーのアクティヴ化は、
より積極的に行われているといえる側面がある。

コーネッタのころの技術では、A80のようなスピーカーの開発は難しかったし、
かなり高価になっていたはずだし、エンクロージュアの寸法も奥行きがかなり長くなったはずだ。

A80があれば、メリディアンの218とiPhoneがあれば、
そうとうにコンパクトなシステムが、意外にも安価で実現できる。
おそらく、けっこういい音が聴ける、と思っている。

Date: 7月 16th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その7)

瀬川先生が、レコード芸術の「良い音とは何か?」で書かれていた。
     *
 いや、なにも悠久といったテンポでやろうなどという話ではないのだ。オーディオ機器を、せめて、日本の四季に馴染ませる時間が最低限度、必要じゃないか、と言っているのだ。それをもういちどくりかえす、つまり二年を過ぎたころ、あなたの機器たちは日本の気候、風土にようやく馴染む。それと共に、あなたの好むレパートリーも、二年かかればひととおり鳴らせる。機器たちはあなたの好きな音楽を充分に理解する。それを、あなた好みの音で鳴らそうと努力する。
 ……こういう擬人法的な言い方を、ひどく嫌う人もあるらしいが、別に冗談を言おうとしているのではない。あなたの好きな曲、好きなブランドのレコード、好みの音量、鳴らしかたのクセ、一日のうちに鳴らす時間……そうした個人個人のクセが、機械に充分に刻み込まれるためには、少なくみても一年以上の年月がどうしても必要なのだ。だいいち、あなた自身、四季おりおりに、聴きたい曲や鳴らしかたの好みが少しずつ変化するだろう。だとすれば、そうした四季の変化に対する聴き手の変化は四季を二度以上くりかえさなくては、機械に伝わらない。
 けれど二年のあいだ、どういう調整をし、鳴らし込みをするのか? 何もしなくていい。何の気負いもなくして、いつものように、いま聴きたい曲(レコード)をとり出して、いま聴きたい音量で、自然に鳴らせばいい。そして、ときたま——たとえば二週間から一ヶ月に一度、スピーカーの位置を直してみたりする。レヴェルコントロールを合わせ直してみたりする。どこまでも悠長に、のんびりと、あせらずに……。
 あきれた話をしよう。ある販売店の特別室に、JBLのパラゴンがあった。大きなメモが乗っていて、これは当店のお客様がすでに購入された品ですが、ご依頼によってただいま鳴らし込み中、と書いてある。
 スピーカーの「鳴らしこみ」というのが強調されている。このことについても、改めてくわしく書かなくては意が尽くせないが、簡単にいえば、前述のように毎日ふつうに自分の好きなレコードをふつうに鳴らして、二年も経てば、結果として「鳴らし込まれて」いるものなので、わざわざ「鳴らし込み」しようというのは、スピーカーをダメにするようなものだ。
 下世話な例え話のほうが理解しやすいかもしれない。
 ある男、今どき珍しい正真正銘の処女(おぼこ)をめとった。さる人ねたんでいわく、
「おぼこもよいが、ほんとうの女の味が出るまでには、ずいぶんと男に馴染まさねば」
 男、これを聞き早速、わが妻を吉原(トルコ)に住み込ませ、女の味とやらの出るのをひとりじっと待っていた……とサ。
 教訓、封を切ったスピーカーは、最初から自分の流儀で無理なく自然に鳴らすべし。同様の理由から、スピーカーばかりは中古品(セコハン)買うべからず。
     *
これは、そのとおりだ、と、オーディオをながくやるほどにそう思う。
《スピーカーばかりは中古品(セコハン)買うべからず》、
これはそのとおりである。
同感である。

けれど、この文章は1981年夏のものだ。
その当時のオーディオ機器のラインナップは、すごかった。
各社から、ほぼすべての価格帯に製品が出ていた。

当時は、ここまで多くなくてもいいだろう、と思うこともあったし、
新製品の登場のサイクルも早すぎる、と感じていた。

いまも、そう思うのだが、それでもどの価格帯にも選択肢があった、といえる。
いまは価格帯によっては、何を選んだらいいのだろうか、となる。

1981年は、《スピーカーばかりは中古品(セコハン)買うべからず》が通用した。
いまも、そういいたいのが本音だが、
では、何を買えばいいのかと訊ねられたら、迷う。

コーネッタを、つい最近中古で買ったばかりだ。
けれど、1981年当時、私は18だった。
いまは57である。そのぶんオーディオのキャリアが違う。