Archive for category オーディオ入門

Date: 5月 30th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その19)

ピュアオーディオという表現(「3月のライオン」を読んでいて・その1)」で、
「3月のライオン」からのセリフを引用した。

3月のライオン」の単行本、第九巻の166から169ページまでの四ページ。
そこに出てくるセリフだ。
     *
「これでどーだ!!」──ってくらい研究したのに
きわっきわまで行ったら
そこにまた見たコトのないドアがいっぱい出て来ちゃったんだ
     *
「見たコトのないドア」もまた門である。
「見たコトのないドア」が目の前にあらわれて、そのドアを開けて中に入る。
入門である。

オーディオの世界は広い・深い。
同じ浅さのところにもいくつものドアがある。
ドアをいくつも開けて、深く深く入っていく。
そこにも「見たコトのないドア」がある。

深く入っていくことでしか入門できないことがある。
つねに入門なのだと思うようになってきた。

Date: 5月 30th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その18)

いまははっきりと違うと言い切れるが、
ある時期のステレオサウンドは、オーディオの入門書ともいえた。

もちろん、ここでいうオーディオの入門書とは褒め言葉である。
それぞれの書き手の知性によって、広い・深いオーディオの世界を覗きこむことができたからだ。

五味康祐がいた。
それだけではない、岩崎千明、岡俊雄、瀬川冬樹、菅野沖彦、井上卓也、
長島達夫、山中敬三、上杉佳郎といった人たちの知性を介して、
オーディオの世界を覗きみていた。

ずっと前から、ステレオサウンドは、そういう意味でのオーディオの入門書ではなくなってしまった。
これから先もそうであろう。

Date: 5月 23rd, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その17)

オーディオに関する、さまざまな知識、
技術的な知識、オーディオの歴史についての知識、ブランドに関する知識など、
そういった知識をどれだけ多く身につけていたとしても、オーディオの入門書が書けるわけではない。

知識を体系化できていなければ、オーディオの入門書は書けない。
知識の量は少なくとも、体系化できている人と、
知識の量は多くとも、体系化できていない人とでは、
知性があるかないか、ということにつきる。

知識を体系化していくのに必要なのは、想像力である。
想像力がない人は、どれだけ知識を多く、それも正確に身につけようと体系化はできない。
解説書は書けよう、でも入門書は無理である。

書き手にだけいえることではなく、
つくり手側にいる者すべてにいえることで、編集者もそうである。
編集者に想像力が欠如していては、どんなに知識があっても(それもあやしいかったりするが)、
体系化は無理な話であり、入門書をつくることも無理である。

名ばかりの入門書だけが増えていく。
知性の感じられない入門書ばかりが世に出てくるようになった。

知性の感じられない入門書で、広い・深いオーディオの世界を覗きこむことができようか。

Date: 5月 23rd, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その16)

その人個人の説をつらぬいたオーディオの入門書は、主観的にならないのか。
オーディオの入門書ならば客観的であるべき──、と考える人はいると思う。

そういう人たちがつくり手側にいるから、あたりさわりのない入門書まがいの本が出てくる。

考えてほしいのは、オーディオの入門書はオーディオの解説書か、ということだ。
解説書であるならば、客観的なことが書けよう、解説書なのだから。

だが入門書は、解説書ではない。
同じ意味では、評論は解説ではない。
評論に客観性を求める人がいるが、
そういう人は評論を解説だと勘違いしているのではないのか。

オーディオ評論とオーディオ解説をいっしょくたに捉えて、
オーディオ評論に対して主観的すぎる、客観的でない、ということ自体がおかしい、と私は思っている。

オーディオのシクミについて分かりやすく解きました──、
それは解説書である。どこまでいっても解説書であって、入門書とはいえない。

入門書とは、オーディオの入門書とは、(その14)で引用している瀬川先生のあとがきにすでに書かれている。
その中の「第二に」のところを.もういちど読んでほしい。

これからオーディオの世界に入ってこようとしている者が、
オーディオという広い・深い趣味の世界を覗くことはまず無理である。
誰かの目を借りて、その広い・深い世界を覗きこむことしかできない。

誰の目を借りるのか。
これは読み手側にとって大事なことであり、
書き手側にとっては読み手の目となることをどれだけ意識しているのか、
そのために大事なことは、その人個人の説をつらぬくこと、それ以外になにがあるのか。

Date: 5月 22nd, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その15)

いま書店で購入できるオーディオの入門書で、
ひとりの筆者による本はあるのだろうか。
あったような気はするが、誰が書いていたのかを目を通していたはずなのに思い出せない。

思い出せないというのは、その入門書が「コンポーネントステレオのすすめ」とは、
根本的に違っているから、と私は思っている。

瀬川冬樹が書いていないから「コンポーネントステレオのすすめ」とは違う、とか、
「コンポーネントステレオのすすめ」的内容でないから──、そんな理由からではない。

あとがきにある
《「結局瀬川個人のものの見方しかないのだから当りさわりのない入門書ではなく、瀬川個人の説をつらぬきなさい」と強くはげましてくださった坂東清三氏》、
これにつきる。

当りさわりのない入門書だから、「コンポーネントステレオのすすめ」とは違うのである。
筆者個人の説をつらぬきとおしていないから「コンポーネントステレオのすすめ」とは違う。

この項で取り上げた岡先生の「レコードと音楽とオーディオと」も、まさしくそういう本である。
当りさわりのない入門書ではない。
岡俊雄個人の説をつらぬきとおしている入門書である。

「コンポーネントステレオのすすめ」のあとがきの最後に、
参考書として二冊を挙げられている。

一冊は、オーディオに関する全般的な知識の体系化に──、ということで、
オーム社から出ていた「オーディオ百科」(全四巻、荻昌弘篇)。

もう一冊は、レコードに関するユニークな解説書として──、ということで、
岡先生の「レコードと音楽とオーディオと」。

私をオーディオの世界に導いてくれた入門書も、
五味康祐個人の説がつらぬきとおされていた。

Date: 5月 18th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その14)

少し長い引用だが、まず読んでいただきたい。
     *
この本を書くきっかけは、音楽が好きで、レコードやテープやFM放送を少しでも良い音で再生したいと思うごくふつうのオーディオの愛好家のために、いままでのような『学問』ではなく、オーディオ装置の購入から運用までのほんとうの基本の部分を、広く浅く、しかも堅くるしくならないような、眺めて楽しい本を作ってみたいという、本誌編集長とわたくしの考えが一致したところから始まった。白状すればそれはいまから二年以上もまえのことだった。ところが生来怠けもののわたくしが、多忙にかまけて手をつけずにいるあいだに、どんどん月日が流れてゆき、編集長もついにしびれをきらして、ホテルにカンヅメという強行手段に出て、とうやら日の目をみることになったというのが実情である。
 この本の計画を立てるに際して心がけたことは、次の四つであった。
 第一に、この本はオーディオのマニアのための本にしないこと。言いかえれば、再生音楽を楽しむためにオーディオシステムを購入するが、そのための知識は最少限に止めたいと考えておられる音楽の愛好家に読んで頂くための本にすること。
 第二に、少なくともわたくし自身がこの道に30年近くも遊んでなお飽きないどころか、ますますオーディオの深さに魅入られているということが証拠であるように、オーディオの世界は際限のない広さ・深さを持っているのだから、たとえ手引書であっても、オーディオを単なる実用のものというとらえ方でなく、その気になりさえすればひとり人間が一生の伴侶とするに十分に応えてくれるほど楽しいものだということを、ぜひとも匂わせたかった。いまや大型電気メーカーをも十分に潤すほどの大きな産業にまで普及したオーディオだが、とうぜんのことながら、もはや趣味の世界とは無縁の、いわば家庭電化製品と同列にオーディオがとらえられ、そういう形で売られている。しかし本書はあくまでも、オーディオと音楽の接点から深い趣味の世界を覗いて頂きたいという意図で書いた。
 第三に、図や写真をできるだけ多く使って、視覚的に文章を補足すること。とうぜん、数式などは避けること。それは一般愛好家に理解して頂くため方法であるにしても、オーディオの魅力が単に音楽を良い音で鳴らすというにとどまらず、精密なメカニズムの美しさを十分に表現したかったためでもある。したがってカラー写真の仕上りにもできるだけ留意して頂いている。
 第四に、おそらくいままでの入門書と最もちがうところは、パーツの選び方の項目がある意味でひどく抽象的な表現にならざるをえなかったことかと思う。いろいろな機会に、パーツを選ぶための「カタログの数字の読み方」を教えてほしいという質問を受ける。しかしわたくしは、カタログ上の数値は、ものの質の良さを読みとるにはほとんど役に立たないという考え方をかたくなに守っている(実際、わたくし自身が自分のためのオーディオパーツを選ぼうとするとき、カタログのデータはほとんど無視して、ただ実物に触れ、音を鳴らしてみて、現物で納得して購入している)ので、もっともらしい解説を書く気にならなかったためである。データ上の数値は、むしろパーツを購入してからあと、接続や使いこなしの上で役に立つにすぎないものがほとんどなのだ。したがって本書で重点を置いたのは、購入前の考え方のまとめかたと、購入後の使いこなしの二点であって、パーツを選ぶ際には、眺め、触れ、聴くしかないというわたくしの主張から、むしろ聴きくらべの注意の方に主力をそそいだつもりである。

 この本の完成までには、いうまでもいことだが多く方々のお力添えを頂いている。ものを書き始めて25年にもなりながら生まれて初めて一冊ぜんぶ書き下ろしという体験で、途中で方向を見失いそうになっていたとき、「結局瀬川個人のものの見方しかないのだから当りさわりのない入門書ではなく、瀬川個人の説をつらぬきなさい」と強くはげましてくださった坂東清三氏には、ほんとうにお礼を言わなくてはならない。
     *
瀬川先生の「コンポーネントステレオのすすめ」のあとがきからである。
「コンポーネントステレオのすすめ」は1975年12月に出ている。
好評だったので、1977年に改訂版が、1979年に「続コンポーネントステレオのすすめ」が出ている。

「コンポーネントステレオのすすめ」は入門書である。
瀬川冬樹によるオーディオの入門書であり、
「コンポーネントステレオのすすめ」がどういう内容の本であるのかは、
あとがきを読めばわかる。

Date: 4月 27th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その13)

マッキントッシュ(パソコンの方)を使いはじめて一年くらい、
プログラミングに挑戦しようと思った。
まだ漢字Talk7がOSだった時代である。

プログラミングに必要なアプリケーションを買った。
書店に行き、プログラミングを勉強するための本も買った。

意気込みだけはあったけれど、すぐに挫折した。
それから数年後、また挑戦しようとした。
またアプリケーションを買った、そのための本も買った。

この時も挫折した。
それからはプログラミングの本も手にすることはなくなった。
最近のプログラミングの本が、どういう内容なのかは知らない。

20年ほど前のプログラミングの本は、
まずウィンドウに”Hello”の文字を表示させるためのプログラムを書くことから始まっていた。
いまはどうなんだろうか。

これは簡単にできる。
できるとはいえ、アプリケーションの構造が、わかるようになったわけではない。

私が、そのころのプログラミングの本に共通して感じていた不満は、ここにある。
私だったら、こういう構成の本はつくらないのに……、と思っていた。

私だったら、まずアプリケーションの大まかな構造をわかりやすく説明することから入る。
実際のワープロのアプリケーション、グラフィックのアプリケーションがどうなっているのか。
つまり、まず全体像を把握したうえで、それを分解しながら、
全体を構成する個々のパーツ(ディテール)を理解する──、
というやり方もあっていいのではないだろうか。

人にはやり方の向き不向きはある。
プログラミングを仕事としている人にとっては、
従来通りの本のつくり方が合っているのかもしれない。

けれど、いわゆる日曜プログラマーぐらいを目指している者にとっては、
そうではないやり方の方が合っている場合だってあろう。

Date: 3月 13th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(たまのテレビで感じること)

テレビは持っていない。
テレビなしの生活のほうが、テレビありの生活よりも倍ほど長くなった──、
と書くとテレビ嫌いのように思われるだろうが、
むしろ逆でテレビがあると、一日見ているからテレビを持たない生活にしているだけである。

友人宅に遊びに行った時にテレビがあって、何かの放送が流れていると、
かなり真剣に見ているようである。本人にその気はないのだが、
数人の友人から「なに、そんなに真剣にテレビを見てるんだ」といわれたこともある。

ほんとうにたまにしか見ないから、そんなふうに見えるのかもしれないし、
たまにしか見ないから、ついていけないことがある。

お笑い番組は、私にとってそうである。
30年以上テレビなしの生活を続けていると、まったく笑えない。

お笑い番組が好きな知人がお笑いしているのを見ても、こちらはクスッとも笑えない。
私がテレビを見る時間はわずかだし、その中でお笑い番組はさらに少ないのだから、
どの番組なのかは書かないし、どの芸人がそうなのかとも書かない。
他のお笑い番組ならば、笑えるのかもしれない、と思いつつも、
私がテレビを見なくなっているあいだに、
お笑い番組はテレビ(お笑い番組)を見続けていないと笑えないようになってしまったのかと思った。

一見さん、おことわり的なものを感じる。
芸人が笑いを追求して、マニアックな方向に行ってしまったようには感じない。

先日、茂木健一郎氏が、日本のお笑い芸人に対して否定的な発言をして話題になった。
その指摘が正しいのかどうかは、テレビを見ていない私にはなんともいえないが、
私がたまに見るお笑い番組に感じてしまうことと無関係でもないようだ。

オーディオにも、そういうところがないと言い切れるだろうか。

Date: 2月 12th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(ブームなのだろうか・その1)

モノ・マガジンの2017年2月16日号は、
レコードとハイレゾの仲間たち」がメインの特集となっている。

2月10日のKK適塾でも、川崎先生がモノ・マガジンについて話された。

こういうのを目にすると、オーディオは少しブームになりつつあるのだろうか、と考える。
その一方で、オーディオ雑誌の書店での取り扱いは、それほどいいといえないも感じている。

オーディオ雑誌が雑誌コーナーになくて、書籍コーナーに置いてあるところもある。
雑誌コーナーに置いているところでも、
すべてのオーディオ雑誌が置いてあるわけでなく、
いくつかのオーディオ雑誌は書籍コーナーにのみ置いてある。

以前は平積みされることの多かったステレオサウンドも、
最近では平積みしている書店は減ってきている。
管球王国に関しては、取り扱いをやめた書店が増えている。

この平積みに関しては、こっちが平積みで、これは違うのか、と思うことはあるが、
書店にとって平積みにする本は、私の基準とは違うところにあるのだから。

これは出版不況だけが理由でなく、
オーディオ雑誌は、書店にとって売れ筋ではなくなってきているからなのか。
雑誌コーナーの広さは決っているから、必然的にそこから追い出される本はあるわけだ。

こんな現状が続いているのを見ているだけに、
オーディオがブームとは思えない。
けれど今回のモノ・マガジンもそうだし、昨年もいくつかの雑誌でオーディオが取り上げられてもいた。

出版不況がいわれている時代に、
売れない企画を出版社はやらないだろうから、
オーディオを特集するということは、それなりの部数が捌けるということだろう。
となれば、オーディオはブームになりつつあるのか、とまた思う。

モノ・マガジンを手にする人は、
ステレオサウンドやオーディオアクセサリーなどのオーディオ雑誌を手にする人よりも、
そうとうに多いはずだ。

けれどそこからステレオサウンドやオーディオアクセサリーを読みはじめる人は、
どのくらいいるだろうか、を考えると、
ヘッドフォン、イヤフォンの世界から、
スピーカーの世界に来ない人がいるのと同じなのかもしれない。そんな気もする。

Date: 10月 10th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・その3)

瀬川先生の新しいリスニングルームが完成して、
しばらくしたころFM fanに傅信幸氏のオーディオ評論家訪問記事が二回に渡って載った。

長岡鉄男氏、上杉佳郎氏が一回目、
二回目が菅野沖彦氏、瀬川冬樹氏だった。

その記事だったと記憶しているが、
家を建てるのにお金がかかりすぎて、リスニングルーム内の家具が買えなかった。
最初のうちは床に直に坐っていた。
見兼ねた友人たちが新築祝いとして買ってくれたのが、この椅子(ニーチェア)、とあった。

ニーチェアはあのころ一万五千円ほどだった。
東京で独り暮しをするようになって、最初に買った椅子がニーチェアだった。
瀬川先生と同じ椅子ということが、いちばんの理由だった。

瀬川先生の新しいリスニングルームにあった数少ない家具で、
目を引いたのはテーブルだった。
ガラスの天板の、そのテーブルの脚部はEMT・930stの専用インシュレーター930-900だった。

ステレオサウンド 53号での、オール・レビンソンによる4343のバイアンプ駆動の記事。
ここでアナログプレーヤー、コントロールアンプなどの置き台になっているのは、
モノクロの、あまり鮮明でない写真なので断定できないが、
どうもブックシェルフ・サイズのスピーカーのようである。

あのころは、家を建てるのはほんとうにたいへんなことなんだぁ、
しかもあれだけの造りのリスニングルームなのだから、さらに大変なことだったんだなぁ、
とは思っていた。

これから、家具を揃えられるのだろう……、
どんな感じのリスニングルームになっていくのだろう……、
と思い、楽しみにしていた。

いまは、瀬川先生の大変さがわかる、実感としてわかる。

Date: 10月 9th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・その2)

(その2)を書くつもりはなかった。
Casa BRUTUSの紹介だけをしたかった。
できれば多くの人にCasa BRUTUS 200号を手にとってもらいたかっただけである。

なのに、こうやって(その2)を書き始めているのは、
facebookにもらったコメントを読んだからである。

読みながら思い出していたのは、瀬川先生のリスニングルームのことだった。
いま別項で「ステレオサウンドについて」を書いている。
53号について書き始めたところだ。
このころのステレオサウンドには「ひろがり溶け合う響きを求めて」の連載が載っている。
瀬川先生の新しいリスニングルームについての詳細である。

それまでの部屋とは大きく違う。
広さが違う。天井の高さも違う。
床の材質とつくり、壁は本漆喰と、
それまでのリスニングルームと、いわば箱の状態で比較すれば、
それは圧倒的に新しいリスニングルームが優っている。

ふたつの部屋のどちらを選ぶかと言われれば、誰だって新しいリスニングルームを選ぶ。
それでも新しいリスニングルームは、最後まで仕事場としての雰囲気が残っていた。
残っていた、というよりも、仕事場の雰囲気が支配していた。

ここがそれまでのリスニングルームと大きく違う。
それまでのリスニングルームも、仕事場を兼ねていたはずなのに、
そこは瀬川先生の、もっといえば大村一郎氏のプライベートな空間であり、
その雰囲気が色濃かった。

それが新しいリスニングルームからは、
そこに住まわれたのが三年ほどと短いことも関係してだとはわかっていても、
何か欠けている雰囲気が、払拭されずだった。

Date: 10月 9th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・その1)

いま書店にCasa BRUTUSが並んでいる。書店だけでなくコンビニエンスストアにもある。

Casa Brutusもステレオサウンドも、いま売られているのは創刊200号である。
Casa Brutus 200号の特集は「ライフスタイルの天才たちに学ぶ! 住まいの教科書」。

この特集の後半(117ページから)に、
「A ROOM WITH SOUND 音のいい部屋」という記事がある。

「心地いい音が部屋のアクセント。
オーディオが作り出すとっておきのクリエイターの空間を集めました。」
とも書いてある。

実は先ほど友人が、
「オーディオオーディオしていない、でも調和のきいた、オーナーの世界観が反映された見本のよう」
と教えてくれたばかり。

友人がいいたいことがわかる。
意外にも言っては登場されている方に失礼になるが、
そうはいっても大きくてもブックシェルフ型スピーカー、
多くは小型スピーカーなんたろうな、と高を括っていた。

Casa Brutus 200号を手にすれば、おっ、と思う人の方が多いはず。
JBLのパラゴンも登場している。
アルテックのA5とA7もあった。
もちろんブックシェルフ型、小型のモノも登場しているが、見ていて楽しい。

確かにオーディオオーディオしていない。
とてつもなく高価なオーディオ機器はないが、
だからこそというべきか、ステレオサウンドに登場するリスニングルームとは趣が異る。

オーディオマニアとして、どちらが参考になるかといえば、
見ていて楽しいかといえば、Casa BRUTUSである。

好きな音楽をいい音で聴きたいと思っている、
まだオーディオの世界に足を踏み入れていない人にとっては、どうだろうか。

そういう人が、ステレオサウンドに登場する(紹介されている)リスニングルームに、
どう反応するだろうか。
Casa BRUTUSの「音のいい部屋」には、どう反応するだろうか。

どちらがオーディオの世界に足を踏み入れるきっかけとなるだろうか。

Date: 5月 6th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その12)

オーディオの入門用として最適の組合せとは、どういうことなのか。

BBCモニター、復権か(その15)」で書いたことを、ここでも考えている。

菅野先生が、ステレオサウンド 70号の特集の座談会でいわれたことである。
特集・Components of the yearの座談会で、ダイヤトーンのDS1000について発言されている。

《スピーカーというのは、ものすごく未完成ではあるけれど、
ものすごく完結していなくては困るものだと思うんです。》

スピーカーをオーディオコンポーネント(組合せ)と置き換えてみる。
《組合せというのは、ものすごく未完成ではあるけれど、
ものすごく完結していなくては困るものだと思うんです。》

音の入口から出口まで、ひとつのブランドで統一することはできても、
オーディオマニアは、いわゆるワンブランドシステムに、どこかお仕着せ的なものを感じてしまうのかもしれない。

出てくる音が大事なのだから、誰かとまったく同じになるワンブランドシステムでも、
他の人には出せない音を出せれば、それが求める音であればけっこうなことのはずなのに、
そうは思えない人種がオーディオマニアだとすれば、私はまさにそうである。

ワンブランドシステムと、他社製品を組み合わせたシステムとであれば、
前者のほうが完成度は高い、といえることがある。
音だけでなく、アピアランスも揃うだけに視覚的なまとまりという点でも、
ワンブランドシステムには、そこにしかない良さを持っている。

この項で書いている瀬川先生が、ステレオサウンド 56号で提案された組合せ。
KEFのModel 303(スピーカーシステム)に、サンスイのAU-D607(プリメインアンプ)、
パイオニアのアナログプレーヤーにデンオンのカートリッジ。

組合せの価格は約30万円。
このクラスは、力のあるメーカーがワンブランドシステムをつくりあげれば、有利な価格帯のような気がする。
にもかかわらず、瀬川先生の組合せに感じた(いまも感じている)魅力は難しい、と思ってしまう。

《組合せというのは、ものすごく未完成ではあるけれど、
ものすごく完結していなくては困るものだと思うんです。》

瀬川先生の組合せは、まさにそうだと思う。

Date: 1月 14th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(続・レコードと音楽とオーディオと)

岡先生は、「レコードと音楽とオーディオと」のあとがきに、こうも書かれている。
     *
 ぼくの根本的なテーマは、まえにもいったように、レコードの音楽の正体というものがどういうところにあるか、それがオーディオ機器をとおして再生されたときにどんな風になるのかということである。しかし、音というものを言葉で表現するくらいむずかしいことはない。しかし、できるだけ具体化したいというところに、誰もやらなかったこと、という意図とむすびつく。
     *
「レコードと音楽とオーディオと」には、
岡先生の、そういう根本的なテーマがきちんとある。

「レコードと音楽とオーディオと」の実際の編集作業がどのように行われたのかはわからない。
けれど、岡先生が本全体の構成を考えられての一冊だと思って間違いないはず。

編集部主導の入門書がすべてダメだとはいわないけれど、
そういいたくなるオーディオ入門書が少なくないと感じるのも、偽らざる気持である。

良質のオーディオ入門書は、いつの時代でも必要である。

Date: 1月 13th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(レコードと音楽とオーディオと)

1974年冬にステレオサウンドから、「レコードと音楽とオーディオと」というムックが出た。
岡先生の書き下ろしによる本である。

この本のあとがきに、こう書いてある。
     *
《ステレオサウンド》とは創刊号からの長いおつきあいである。そのステレオサウンドの原田勲さんから、以前から、レコード愛好家のためのオーディオ入門みたいなものを一冊書け、といわれていた。《ステレオサウンド》のおかげで、ぼくはずいぶんオーディオの勉強をさせてもらったし、多分この雑誌のための仕事がなかったらそんな機会はなかったと思われるほど、たくさんのよいオーディオ機器をきく機会があったので、ぼくの体験はひじょうに広まったことも事実である。しかし、ぼくは依然としてオーディオの素人である。素人がもっともらしくオーディオ入門めいたことを書いたってろくなものができるわけはない。そんな考えで原田さんの注文にまるで自信がなかった。しかし、原田さんは一向にあきらめる気配がなく、時々そんなことをいう。そういうことが度重なると、なんだか自分にもそんな本ができそうな気がしてきて、ふとレコードとオーディオをむすびつけたテーマでならなにかやれそうに思ったのである。
     *
「レコードと音楽とオーディオと」は序章と十章からなる。
 序章:二枚のボレロ カラヤンとオーマンディ
 第一章:ハイ・ファイからオーディオへ
     レコードと音楽のかかわりあい
 第二章:エディスンから電気録音へ
     レコードその技術の歴史
 第三章:電気録音以後──ステレオまで
     レコードとその技術の歴史
 第四章:レコード再生のためのテクニック1
     プレイヤー・システム
 第五章:レコード再生のためのテクニック2
     アンプリファイヤー
 第六章:レコード再生のためのテクニック3
     スピーカー・システム
 間章:デシベル(dB)についての知識
 第七章:レコード再生のためのテクニック4
     音響再生の環境とリスニング・ルーム
 第八章:現代のレコード録音
 第九章:カッティング──プレス
     レコードができるまで
 第十章:再びレコードと音楽とオーディオと

「レコードと音楽とオーディオと」は岡先生でなければ書けない一冊である。
誰が書いたのかわからないような、
つまり誰が書いても同じような内容になってしまっているオーディオ入門書ではない。