Archive for category オーディオ入門

Date: 12月 9th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(SWITCH Vol.36)

iPhoneのGoogleアプリは、私が検索したキーワードから、
私が関心をもちそうなニュースをカード型式で表示してくれる。

今日の午後、表示されたのが「SWITCH Vol.36 No.1 特集:良い音の鳴る場所 福山雅治」だった。
12月20日発売の雑誌SWITCH Vol.36の特集は、オーディオである。

まだ書店に並んでいない本(読んでいない本)の内容について、
あれこれ書くことはできないが、リンク先の内容(コンテンツ)を眺めると、
メーカー、輸入元とのタイアップ的な記事が目につく、といえばそうである。

それでもおもしろければ……、と思うが、
そのへんは20日になってみないと、なんともいえない。

個人的には、
STEREO SOUND [PLAY and REPLAY]
半世紀以上にわたりオーディオ専門誌「ステレオサウンド」が読者に伝えてきたこと、
この記事がどんな仕上がりになっているのかが、いちばんの楽しみだ。

Date: 11月 21st, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUSを買った理由)

音のいい部屋。A ROOM WITH SOUND」を書店に手にとられた方はいると思う。
そのうちどれだけの人が購入したのかはわからない。

この程度の内容なのか……、と思った人もいるはずだし、
意外とおもしろいじゃないか、と思った人もいるだろう。

もう少し……、と思うところは多々あるが、それでも買ったのは、
今後に期待したいからである。

つまり応援したい気持があるから買ったし、
ここでも紹介したわけである。

売れなければ、次は出ない可能性が高くなる。
売れれば、次が出る可能性が高くなる。

次が出る可能性だけでなく、もっとおもしろい、充実した内容になる可能性もある。
つまらなくなる可能性も、もちろんあるわけだが、
そうなったとしたら、その時買わなければいい。

なんらかの良さを感じて、さらに期待したいのであれば、
買うのが、いちばんの意思表示である。

Date: 11月 19th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・その5)

いい音で、好きな音楽を聴きたい──、と思う人は意外に多いのではないか。
けれど、そのほとんどの人たちが、
オーディオを、何かとてもめんどうなことのように思っているのかもしれないし、
とてつもない金額を出さなければいい音で聴けない、と思っているのかもしれない、
住宅環境を考えたら、家で大きな音量は出せない……、
そう思って、最初から関心をもたないようにしているのか。

いい音を聴きたい、とは思っているだろうし、
いい音を聴く快感も知っている人は少なからずいる、とも思う。

けれど家で聴くことを諦めてしまっている──、
私にはそんなふうに見えてしまう。

いい音を聴きたければ、いい音で鳴っている、と巷でいわれているところへ出掛けて聴く。
家ではスマートフォンにイヤフォン(ヘッドフォン)で聴く。

いわば諦めから生じた機能的な音楽の聴き方を選択した。
この捉え方が正しいのかははっきりしないが、
こういう捉え方ができるということは事実である。

Date: 11月 18th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・余談)

音のいい部屋。A ROOM WITH SOUND」で、私が「おやっ」と思ったのは、
40〜41ページに登場するカスタムオーディオアーティストのデヴォン・ターンブルの部屋である。

レコードラックの上に、オーディオ雑誌が置かれている。
そこにはステレオサウンドが数冊と管球王国も数冊。
それ以上に目に入ってくるのは、無線と実験が並んでいることだった。

写真は部屋のすべてを捉えてはいないから、
無線と実験がどれだけあるのか、数えることはできないが、25冊以上はある。

記事中には、
日本とパリで、ウェスターン・エレクトリックなどの古い機器と出合って、とある。
秋葉原にも通っていた、ともある。

無線と実験は、そのころのものなのか。
おもしろいと素直に思う。
オーディオはほんとうにおもしろい。
オーディオマニアも、実におもしろい。

Date: 11月 17th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・その4)

昨年の10月に(その1)を書いている。
Casa BRUTUS 200号に「A ROOM WITH SOUND 音のいい部屋」という記事が載っていることを書いた。

今日書店に行ったら、Casa BRUTUS特別編集ムック
音のいい部屋。A ROOM WITH SOUND」が平積みされていた。

手にとってみると、既視感のある写真がいくつかあったので、
思わず奥付の発行日を確かめてしまった。
つい最近出たムックである。

ほぼ一年前のCasa BRUTUSの記事のタイトル、ほぼそのままのムックである。
ということは「A ROOM WITH SOUND 音のいい部屋」は評判が良かったのだろう。

このムック「音のいい部屋。A ROOM WITH SOUND」の売行きがよければ、
もしかすると来年のいまごろまたムックとして企画されるかもしれない。

それにしても書店に行くと、「音のいい部屋。A ROOM WITH SOUND」だけでなく、
オーディオ関係のムックは意外と出ている。
ということは、いい音で聴きたい、という関心が少しずつ拡がりつつあるのか。

そういえば立川にあるシネコンCINEMA CITYでは、極上爆音上映を行っている。
つい最近、シン・ゴジラの極上爆音上映があった。
行きたいと思っていたら、いい席はほぼすべて予約で埋まっていた。
端っこの席ぐらいしか残っていなかったため、結局行かなかったのだが、
極上爆音上映は人気があるようだ(もちろん上映する映画によるだろうが)。

ここでも、いい音への関心が高まりつつあるのか、と思う。

そう思うけれど、機能的な音楽の聴き方ゆえかとも考える。

Date: 5月 30th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その19)

ピュアオーディオという表現(「3月のライオン」を読んでいて・その1)」で、
「3月のライオン」からのセリフを引用した。

3月のライオン」の単行本、第九巻の166から169ページまでの四ページ。
そこに出てくるセリフだ。
     *
「これでどーだ!!」──ってくらい研究したのに
きわっきわまで行ったら
そこにまた見たコトのないドアがいっぱい出て来ちゃったんだ
     *
「見たコトのないドア」もまた門である。
「見たコトのないドア」が目の前にあらわれて、そのドアを開けて中に入る。
入門である。

オーディオの世界は広い・深い。
同じ浅さのところにもいくつものドアがある。
ドアをいくつも開けて、深く深く入っていく。
そこにも「見たコトのないドア」がある。

深く入っていくことでしか入門できないことがある。
つねに入門なのだと思うようになってきた。

Date: 5月 30th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その18)

いまははっきりと違うと言い切れるが、
ある時期のステレオサウンドは、オーディオの入門書ともいえた。

もちろん、ここでいうオーディオの入門書とは褒め言葉である。
それぞれの書き手の知性によって、広い・深いオーディオの世界を覗きこむことができたからだ。

五味康祐がいた。
それだけではない、岩崎千明、岡俊雄、瀬川冬樹、菅野沖彦、井上卓也、
長島達夫、山中敬三、上杉佳郎といった人たちの知性を介して、
オーディオの世界を覗きみていた。

ずっと前から、ステレオサウンドは、そういう意味でのオーディオの入門書ではなくなってしまった。
これから先もそうであろう。

Date: 5月 23rd, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その17)

オーディオに関する、さまざまな知識、
技術的な知識、オーディオの歴史についての知識、ブランドに関する知識など、
そういった知識をどれだけ多く身につけていたとしても、オーディオの入門書が書けるわけではない。

知識を体系化できていなければ、オーディオの入門書は書けない。
知識の量は少なくとも、体系化できている人と、
知識の量は多くとも、体系化できていない人とでは、
知性があるかないか、ということにつきる。

知識を体系化していくのに必要なのは、想像力である。
想像力がない人は、どれだけ知識を多く、それも正確に身につけようと体系化はできない。
解説書は書けよう、でも入門書は無理である。

書き手にだけいえることではなく、
つくり手側にいる者すべてにいえることで、編集者もそうである。
編集者に想像力が欠如していては、どんなに知識があっても(それもあやしいかったりするが)、
体系化は無理な話であり、入門書をつくることも無理である。

名ばかりの入門書だけが増えていく。
知性の感じられない入門書ばかりが世に出てくるようになった。

知性の感じられない入門書で、広い・深いオーディオの世界を覗きこむことができようか。

Date: 5月 23rd, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その16)

その人個人の説をつらぬいたオーディオの入門書は、主観的にならないのか。
オーディオの入門書ならば客観的であるべき──、と考える人はいると思う。

そういう人たちがつくり手側にいるから、あたりさわりのない入門書まがいの本が出てくる。

考えてほしいのは、オーディオの入門書はオーディオの解説書か、ということだ。
解説書であるならば、客観的なことが書けよう、解説書なのだから。

だが入門書は、解説書ではない。
同じ意味では、評論は解説ではない。
評論に客観性を求める人がいるが、
そういう人は評論を解説だと勘違いしているのではないのか。

オーディオ評論とオーディオ解説をいっしょくたに捉えて、
オーディオ評論に対して主観的すぎる、客観的でない、ということ自体がおかしい、と私は思っている。

オーディオのシクミについて分かりやすく解きました──、
それは解説書である。どこまでいっても解説書であって、入門書とはいえない。

入門書とは、オーディオの入門書とは、(その14)で引用している瀬川先生のあとがきにすでに書かれている。
その中の「第二に」のところを.もういちど読んでほしい。

これからオーディオの世界に入ってこようとしている者が、
オーディオという広い・深い趣味の世界を覗くことはまず無理である。
誰かの目を借りて、その広い・深い世界を覗きこむことしかできない。

誰の目を借りるのか。
これは読み手側にとって大事なことであり、
書き手側にとっては読み手の目となることをどれだけ意識しているのか、
そのために大事なことは、その人個人の説をつらぬくこと、それ以外になにがあるのか。

Date: 5月 22nd, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その15)

いま書店で購入できるオーディオの入門書で、
ひとりの筆者による本はあるのだろうか。
あったような気はするが、誰が書いていたのかを目を通していたはずなのに思い出せない。

思い出せないというのは、その入門書が「コンポーネントステレオのすすめ」とは、
根本的に違っているから、と私は思っている。

瀬川冬樹が書いていないから「コンポーネントステレオのすすめ」とは違う、とか、
「コンポーネントステレオのすすめ」的内容でないから──、そんな理由からではない。

あとがきにある
《「結局瀬川個人のものの見方しかないのだから当りさわりのない入門書ではなく、瀬川個人の説をつらぬきなさい」と強くはげましてくださった坂東清三氏》、
これにつきる。

当りさわりのない入門書だから、「コンポーネントステレオのすすめ」とは違うのである。
筆者個人の説をつらぬきとおしていないから「コンポーネントステレオのすすめ」とは違う。

この項で取り上げた岡先生の「レコードと音楽とオーディオと」も、まさしくそういう本である。
当りさわりのない入門書ではない。
岡俊雄個人の説をつらぬきとおしている入門書である。

「コンポーネントステレオのすすめ」のあとがきの最後に、
参考書として二冊を挙げられている。

一冊は、オーディオに関する全般的な知識の体系化に──、ということで、
オーム社から出ていた「オーディオ百科」(全四巻、荻昌弘篇)。

もう一冊は、レコードに関するユニークな解説書として──、ということで、
岡先生の「レコードと音楽とオーディオと」。

私をオーディオの世界に導いてくれた入門書も、
五味康祐個人の説がつらぬきとおされていた。

Date: 5月 18th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その14)

少し長い引用だが、まず読んでいただきたい。
     *
この本を書くきっかけは、音楽が好きで、レコードやテープやFM放送を少しでも良い音で再生したいと思うごくふつうのオーディオの愛好家のために、いままでのような『学問』ではなく、オーディオ装置の購入から運用までのほんとうの基本の部分を、広く浅く、しかも堅くるしくならないような、眺めて楽しい本を作ってみたいという、本誌編集長とわたくしの考えが一致したところから始まった。白状すればそれはいまから二年以上もまえのことだった。ところが生来怠けもののわたくしが、多忙にかまけて手をつけずにいるあいだに、どんどん月日が流れてゆき、編集長もついにしびれをきらして、ホテルにカンヅメという強行手段に出て、とうやら日の目をみることになったというのが実情である。
 この本の計画を立てるに際して心がけたことは、次の四つであった。
 第一に、この本はオーディオのマニアのための本にしないこと。言いかえれば、再生音楽を楽しむためにオーディオシステムを購入するが、そのための知識は最少限に止めたいと考えておられる音楽の愛好家に読んで頂くための本にすること。
 第二に、少なくともわたくし自身がこの道に30年近くも遊んでなお飽きないどころか、ますますオーディオの深さに魅入られているということが証拠であるように、オーディオの世界は際限のない広さ・深さを持っているのだから、たとえ手引書であっても、オーディオを単なる実用のものというとらえ方でなく、その気になりさえすればひとり人間が一生の伴侶とするに十分に応えてくれるほど楽しいものだということを、ぜひとも匂わせたかった。いまや大型電気メーカーをも十分に潤すほどの大きな産業にまで普及したオーディオだが、とうぜんのことながら、もはや趣味の世界とは無縁の、いわば家庭電化製品と同列にオーディオがとらえられ、そういう形で売られている。しかし本書はあくまでも、オーディオと音楽の接点から深い趣味の世界を覗いて頂きたいという意図で書いた。
 第三に、図や写真をできるだけ多く使って、視覚的に文章を補足すること。とうぜん、数式などは避けること。それは一般愛好家に理解して頂くため方法であるにしても、オーディオの魅力が単に音楽を良い音で鳴らすというにとどまらず、精密なメカニズムの美しさを十分に表現したかったためでもある。したがってカラー写真の仕上りにもできるだけ留意して頂いている。
 第四に、おそらくいままでの入門書と最もちがうところは、パーツの選び方の項目がある意味でひどく抽象的な表現にならざるをえなかったことかと思う。いろいろな機会に、パーツを選ぶための「カタログの数字の読み方」を教えてほしいという質問を受ける。しかしわたくしは、カタログ上の数値は、ものの質の良さを読みとるにはほとんど役に立たないという考え方をかたくなに守っている(実際、わたくし自身が自分のためのオーディオパーツを選ぼうとするとき、カタログのデータはほとんど無視して、ただ実物に触れ、音を鳴らしてみて、現物で納得して購入している)ので、もっともらしい解説を書く気にならなかったためである。データ上の数値は、むしろパーツを購入してからあと、接続や使いこなしの上で役に立つにすぎないものがほとんどなのだ。したがって本書で重点を置いたのは、購入前の考え方のまとめかたと、購入後の使いこなしの二点であって、パーツを選ぶ際には、眺め、触れ、聴くしかないというわたくしの主張から、むしろ聴きくらべの注意の方に主力をそそいだつもりである。

 この本の完成までには、いうまでもいことだが多く方々のお力添えを頂いている。ものを書き始めて25年にもなりながら生まれて初めて一冊ぜんぶ書き下ろしという体験で、途中で方向を見失いそうになっていたとき、「結局瀬川個人のものの見方しかないのだから当りさわりのない入門書ではなく、瀬川個人の説をつらぬきなさい」と強くはげましてくださった坂東清三氏には、ほんとうにお礼を言わなくてはならない。
     *
瀬川先生の「コンポーネントステレオのすすめ」のあとがきからである。
「コンポーネントステレオのすすめ」は1975年12月に出ている。
好評だったので、1977年に改訂版が、1979年に「続コンポーネントステレオのすすめ」が出ている。

「コンポーネントステレオのすすめ」は入門書である。
瀬川冬樹によるオーディオの入門書であり、
「コンポーネントステレオのすすめ」がどういう内容の本であるのかは、
あとがきを読めばわかる。

Date: 4月 27th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その13)

マッキントッシュ(パソコンの方)を使いはじめて一年くらい、
プログラミングに挑戦しようと思った。
まだ漢字Talk7がOSだった時代である。

プログラミングに必要なアプリケーションを買った。
書店に行き、プログラミングを勉強するための本も買った。

意気込みだけはあったけれど、すぐに挫折した。
それから数年後、また挑戦しようとした。
またアプリケーションを買った、そのための本も買った。

この時も挫折した。
それからはプログラミングの本も手にすることはなくなった。
最近のプログラミングの本が、どういう内容なのかは知らない。

20年ほど前のプログラミングの本は、
まずウィンドウに”Hello”の文字を表示させるためのプログラムを書くことから始まっていた。
いまはどうなんだろうか。

これは簡単にできる。
できるとはいえ、アプリケーションの構造が、わかるようになったわけではない。

私が、そのころのプログラミングの本に共通して感じていた不満は、ここにある。
私だったら、こういう構成の本はつくらないのに……、と思っていた。

私だったら、まずアプリケーションの大まかな構造をわかりやすく説明することから入る。
実際のワープロのアプリケーション、グラフィックのアプリケーションがどうなっているのか。
つまり、まず全体像を把握したうえで、それを分解しながら、
全体を構成する個々のパーツ(ディテール)を理解する──、
というやり方もあっていいのではないだろうか。

人にはやり方の向き不向きはある。
プログラミングを仕事としている人にとっては、
従来通りの本のつくり方が合っているのかもしれない。

けれど、いわゆる日曜プログラマーぐらいを目指している者にとっては、
そうではないやり方の方が合っている場合だってあろう。

Date: 3月 13th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(たまのテレビで感じること)

テレビは持っていない。
テレビなしの生活のほうが、テレビありの生活よりも倍ほど長くなった──、
と書くとテレビ嫌いのように思われるだろうが、
むしろ逆でテレビがあると、一日見ているからテレビを持たない生活にしているだけである。

友人宅に遊びに行った時にテレビがあって、何かの放送が流れていると、
かなり真剣に見ているようである。本人にその気はないのだが、
数人の友人から「なに、そんなに真剣にテレビを見てるんだ」といわれたこともある。

ほんとうにたまにしか見ないから、そんなふうに見えるのかもしれないし、
たまにしか見ないから、ついていけないことがある。

お笑い番組は、私にとってそうである。
30年以上テレビなしの生活を続けていると、まったく笑えない。

お笑い番組が好きな知人がお笑いしているのを見ても、こちらはクスッとも笑えない。
私がテレビを見る時間はわずかだし、その中でお笑い番組はさらに少ないのだから、
どの番組なのかは書かないし、どの芸人がそうなのかとも書かない。
他のお笑い番組ならば、笑えるのかもしれない、と思いつつも、
私がテレビを見なくなっているあいだに、
お笑い番組はテレビ(お笑い番組)を見続けていないと笑えないようになってしまったのかと思った。

一見さん、おことわり的なものを感じる。
芸人が笑いを追求して、マニアックな方向に行ってしまったようには感じない。

先日、茂木健一郎氏が、日本のお笑い芸人に対して否定的な発言をして話題になった。
その指摘が正しいのかどうかは、テレビを見ていない私にはなんともいえないが、
私がたまに見るお笑い番組に感じてしまうことと無関係でもないようだ。

オーディオにも、そういうところがないと言い切れるだろうか。

Date: 2月 12th, 2017
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(ブームなのだろうか・その1)

モノ・マガジンの2017年2月16日号は、
レコードとハイレゾの仲間たち」がメインの特集となっている。

2月10日のKK適塾でも、川崎先生がモノ・マガジンについて話された。

こういうのを目にすると、オーディオは少しブームになりつつあるのだろうか、と考える。
その一方で、オーディオ雑誌の書店での取り扱いは、それほどいいといえないも感じている。

オーディオ雑誌が雑誌コーナーになくて、書籍コーナーに置いてあるところもある。
雑誌コーナーに置いているところでも、
すべてのオーディオ雑誌が置いてあるわけでなく、
いくつかのオーディオ雑誌は書籍コーナーにのみ置いてある。

以前は平積みされることの多かったステレオサウンドも、
最近では平積みしている書店は減ってきている。
管球王国に関しては、取り扱いをやめた書店が増えている。

この平積みに関しては、こっちが平積みで、これは違うのか、と思うことはあるが、
書店にとって平積みにする本は、私の基準とは違うところにあるのだから。

これは出版不況だけが理由でなく、
オーディオ雑誌は、書店にとって売れ筋ではなくなってきているからなのか。
雑誌コーナーの広さは決っているから、必然的にそこから追い出される本はあるわけだ。

こんな現状が続いているのを見ているだけに、
オーディオがブームとは思えない。
けれど今回のモノ・マガジンもそうだし、昨年もいくつかの雑誌でオーディオが取り上げられてもいた。

出版不況がいわれている時代に、
売れない企画を出版社はやらないだろうから、
オーディオを特集するということは、それなりの部数が捌けるということだろう。
となれば、オーディオはブームになりつつあるのか、とまた思う。

モノ・マガジンを手にする人は、
ステレオサウンドやオーディオアクセサリーなどのオーディオ雑誌を手にする人よりも、
そうとうに多いはずだ。

けれどそこからステレオサウンドやオーディオアクセサリーを読みはじめる人は、
どのくらいいるだろうか、を考えると、
ヘッドフォン、イヤフォンの世界から、
スピーカーの世界に来ない人がいるのと同じなのかもしれない。そんな気もする。

Date: 10月 10th, 2016
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Casa BRUTUS・その3)

瀬川先生の新しいリスニングルームが完成して、
しばらくしたころFM fanに傅信幸氏のオーディオ評論家訪問記事が二回に渡って載った。

長岡鉄男氏、上杉佳郎氏が一回目、
二回目が菅野沖彦氏、瀬川冬樹氏だった。

その記事だったと記憶しているが、
家を建てるのにお金がかかりすぎて、リスニングルーム内の家具が買えなかった。
最初のうちは床に直に坐っていた。
見兼ねた友人たちが新築祝いとして買ってくれたのが、この椅子(ニーチェア)、とあった。

ニーチェアはあのころ一万五千円ほどだった。
東京で独り暮しをするようになって、最初に買った椅子がニーチェアだった。
瀬川先生と同じ椅子ということが、いちばんの理由だった。

瀬川先生の新しいリスニングルームにあった数少ない家具で、
目を引いたのはテーブルだった。
ガラスの天板の、そのテーブルの脚部はEMT・930stの専用インシュレーター930-900だった。

ステレオサウンド 53号での、オール・レビンソンによる4343のバイアンプ駆動の記事。
ここでアナログプレーヤー、コントロールアンプなどの置き台になっているのは、
モノクロの、あまり鮮明でない写真なので断定できないが、
どうもブックシェルフ・サイズのスピーカーのようである。

あのころは、家を建てるのはほんとうにたいへんなことなんだぁ、
しかもあれだけの造りのリスニングルームなのだから、さらに大変なことだったんだなぁ、
とは思っていた。

これから、家具を揃えられるのだろう……、
どんな感じのリスニングルームになっていくのだろう……、
と思い、楽しみにしていた。

いまは、瀬川先生の大変さがわかる、実感としてわかる。