Archive for category ジャーナリズム

Date: 4月 18th, 2021
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その24)

編集者の悪意とは、その編集者が自覚的なときもあれば、まったくそうでないときもある。

これまで書いてきたステレオサウンド 87号でのKHさんの場合、
自覚的ではないにしろ、直接的でもないにしろ、
マッキントッシュのXRT18という特定のスピーカーを、
ほかのブランドの、ほかのスピーカーよりもよく鳴らしたい、という気持は、
無自覚で間接的な悪意、
それも反転しての皮肉な事象になってしまったように、いまはおもう。

公平に扱う、という気持をどこかに置き忘れてしまった。
ただそれだけのことであるのだろう。
でも、このことは本人がどう思っていようと、編集者の悪意である。
(もっともKHさん本人は否定されるだろうが……。)

KHさんのそれにくらべて、いまのステレオサウンド編集部の黛 健司氏の扱いには、
陰湿っぽい悪意を、私は感じとっている。

別項「オーディオ評論をどう読むか」の(その8)と(その9)で指摘したように、
いまのステレオサウンド編集部(編集長といったほうがいいのか)の黛 健司氏の扱いは、
はっきりとおかしさを感じる。

悪意か、それに近いものを感じている。

編集部は、そんなことはない、と否定するはずだ。
だが私を含めて一部の読者は、そうは思っていない。

私一人ならば、私がステレオサウンドに対して悪意をもって読んでいるから──、
という指摘もされよう。
けれど実際はそうではない。

一ヵ月ほど前の「オーディオ評論をどう読むか」を公開したあと、
そんなふうに感じています、という声が数人からあった。

Date: 4月 14th, 2021
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その67)

オーディオの想像力の欠如した耳は、感心できる音、感激できる音どまりだ。
そこから先、感動できる音、感謝できる音、感服できる音にはたどり着けない。

Date: 4月 4th, 2021
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その66)

オーディオの想像力の欠如のままでは、
High Fidelity ReproductionとHigh Fidelity Play backとを、
一緒くたに考えてしまうのかもしれない。

Date: 4月 3rd, 2021
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その65)

オーディオの想像力の欠如とは、
原音再生という考えを捨て去れない、ということだ。

Date: 3月 31st, 2021
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その64)

オーディオの想像力の欠如のままでは、
いつまでたっても自己模倣から逃れられないだけでなく、
自己模倣に陥っていることにすら気づかない。

Date: 10月 24th, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その63)

オーディオの想像力の欠如のままでいて、
「古人の求めたる所を求め」ることのできない人が、「老害」を口にする。

Date: 10月 21st, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その62)

オーディオの想像力の欠如のままでは、
「古人の求めたる所を求め」ることはとうていできない。

Date: 8月 14th, 2020
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その23)

編集者も人の子であるから、好き嫌いはあって当然。
しかもオーディオという趣味の世界の編集者なのだから、
すべてのブランド、すべてのモデルに公平な意識をもっていられる人は、いるのだろうか。

もちろん試聴においては、公平に扱う。
これはオーディオ雑誌の編集者として、絶対なことだ。

たとえばアンプの試聴で、
好きなブランド、好きなモデルの場合は、ACの極性を合せ、接点もきちんとクリーニングする。
嫌いなブランド、モデルの場合には、ACの極性をわざと反対にする、接点もクリーニングしない。
そんなことは、絶対にしない。

どちらであっても、ACの極性は合せ、接点もクリーニングしておく。
試聴条件は公平でなければならない。

ステレオサウンド 87号のスピーカーシステムの総テストは、
その意味で公平であったのだろうか。

マッキントッシュのXRT18のボイシングのことはすでに書いている。
ここでのボイシングは、編集見習いのKHさん立会いのもと、
エレクトリのスタッフの方に来てもらい、午前中じっくりと時間をかけてやってもらった。

このボイシング、そのことを公平でない、と考えない。
XRTシリーズのスピーカーの形態上、必要なことである。
けれど、もう少し突っ込んで考えると、
KHさんは、マッキントッシュへの思い入れが、そうとうに強い。

それは別にかまわないのだが、
KHさんの心の中には、XRT18だけが特別にうまく鳴ってくれればいい──、
という気持があったのかもしれない。

それは、ほかのスピーカーシステムに対しての間接的な悪意といえる。
そう考えることもできるし、そうでないとしても、
その時点で、KHさんの心の中では公平のバランスが大きく崩れてしまったようにも思う。

ほかのスピーカーシステムを悪く鳴らそうとは、KHさんも考えていなかったはずだ。
けれど、XRT18だけが特別に鳴ってくれれば、という気持は多少なりともあった、と私はみている。

Date: 8月 1st, 2020
Cate: ジャーナリズム, ディスク/ブック

自転車道 総集編 vol.01(その2)

(その2)を書くつもりはなかったけれど、
facebookでのコメントを読んで書くことにした。

コメントには、総集編はブームの終りに出しやすいですね、とあった。
自転車ブームが終りを迎えているのかどうかは、いまのところなんともいえないが、
少なくともピークは過ぎてしまったようには感じている。

私が「自転車道 総集編 vol.01」を高く評価するのは、
オーディオ雑誌というよりも、
ステレオサウンドが出す総集編、選集とは根本的なところで違うからである。

「自転車道 総集編 vol.01」の序文に、こうある。
     *
安井 僕は自転車道の連載の中で、ことあるごとに、しつこいくらいに書いているんです。「この記事を読んでも速くなったり楽になったりペダリングが上達したりはしないぞ」って。今までの自転車雑誌はそういう記事ばっかりでしたよね。「どのホイールが速いのか」とか「こうすれば速くなる」とか「これでラクに走れるようになる」とか。そういうシンプルでイージーな記事ばっかりだった。もちろんそういう記事も必要なんですけど、「自転車という乗り物を深く理解してみよう」という記事はなかった。だから、「速くもラクにもなれないけど、読めばもしかしたら自転車乗りとして内面から進歩できるかもしれない」という記事をずっと作りたいとも思ってました。
吉本 自分はいち自転車好きとして「こういう記事が読みたい」と思ってたんですが、編集者として、雑誌屋として、「こういう記事を作りたい」という想いも強かったですね。ありがちなインプレとかノウハウ記事とは違う、エンターテイメントとして成立する読み物があるべきだとずっと思ってました。
安井 でも最初は怖かったですよ、ホントに。「フレームにかかる力を知る」なんて企画をバーンとやったはいいものの、全員から「そんなことどうだっていいんだよ」っていわれたらどうしようって。
     *
「自転車道」は2014年から始まった記事である。
そのころに、こういう記事をはじめたところが、オーディオ雑誌とは違う。

そして自転車ブームのピークが過ぎ去ったといえるころに、
「自転車道 総集編 vol.01」を出してきた。

「どのホイールが速いのか」とか「こうすれば速くなる」とか「これでラクに走れるようになる」とか、
そういった記事の総集編ではない。

Date: 7月 31st, 2020
Cate: ジャーナリズム, ディスク/ブック

自転車道 総集編 vol.01(その1)

オーディオ好きには自転車好きも多い、と聞いている。
どのくらいいるのかは知らない。

だから昨日(7月30日)に発売になった「自転車道」を手にしている人もいることだろう。
自転車の雑誌といえば、私が読み始めたころから、
いまもそうなのだが、サイクルスポーツとバイシクルクラブがよく知られている。

ほかの自転車関係の雑誌を置いていない書店でも、
この二冊は、ほぼ置いてあるほどに自転車の雑誌といえば、この二冊である。

どちらがおもしろいかは、年代によって違っていた。
ここ数年はサイクルスポーツのほうが断然おもしろく感じていた。

その理由の一つが、2014年から始まった「自転車道」という企画である。
残念なことに、2019年8月号で終ってしまったけれど、この記事を読みながら、
一冊の本にまとめてほしい、と思っていたし、
きっとまとめてくれるだろうな、とも期待していた。

連載終了から約一年、総集編 vol.01である。
この総集編のムックの冒頭には、序文がある。

この序文は、このムックでしか読めない。
「自転車道」では、安井行生と吉本司という二人の自転車ライターによる記事だ。

この二人の、連載をふりかえっての短い対談が、序文になっていて、
そこの見出しには、こうある。
《自転車選びが短絡的になってしまった弦駄句へのアンチテーゼとして》

この序文は、自転車をオーディオに置き換えてもそのまま読める内容だ。

自転車は、つい最近までブームだった。
いまでもブームが続いているとみえるかもしれないが、
都内の自転車店は減少している、ともきいている。

自転車の雑誌、ムックも、以前ほどにはみかけなくなってきている。
そういう時期をむかえているときに、「自転車道」が始まって、総集編が出た。

それにしても、いまのオーディオ雑誌は、こういう記事をどうしてつくれなくなったのだろうか。
つくれるさ、という編集者もいるかもしれない。

続けて、その編集者は、こういうのかもしれない。
「つくれるさ、でも、そんな記事を読者は望んでいない」と。

はたしてそうだろうか。

Date: 6月 25th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 組合せ

組合せという試聴(その12)

組合せのための試聴は、
アンプやスピーカーの試聴が受動的試聴とすれば、能動的試聴だと、
これまで書いてきた。

それから組合せという試聴は、思考の可視化とも書いた。

ここまで書いてきて、別項「正しいもの」のなかで、
「ベートーヴェンの音」について書き始めたところである。

だから思うのは、いまオーディオ評論家を名乗っている人たちに、
ぜひとも「ベートーヴェンの音」というテーマで組合せをつくってもらいたい、ということだ。

そこで使うディスクも、編集部から指定されたものではなく、
自身で「ベートーヴェンの音」が録音されているものと感じるディスクを数枚選んでもらうところから始める。

もちろん、ここでの録音とは、つねに演奏と切り離せないものであることはいうまでもない。

そしてスピーカーを選び、アンプを選び……、というふうに組合せをつくりあげてゆく。

いまオーディオ評論家と名乗っている人たちの、さまざまなことが顕になるはずだ。

Date: 5月 21st, 2020
Cate: ジャーナリズム, 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(コロナ禍ではっきりすること・その2)

新型コロナの影響で、自動車の売行きが悪い、ときいている。

友人から教えてもらったのだが、日本自動車販売協会連合会のサイトで、
ブランド別新車販売台数確報が公開されているのを知った。

2020年4月の販売台数をみていくと、確かに前年比はよくない。
乗用車だけをみても、ホンダが60.1%、三菱が35.2%、日産が42.9%、トヨタが66.8%で、
海外ブランドをみても、売行きはよくないことがわかる。

それでもフェラーリは126.8%、ランボルギーニは133.8%、ポルシェは164.1%と、
コロナ禍の影響はみられないといえる売行きである。

海外ブランドだからなのか、と思うと、メルセデス・ベンツは62.8%、
マクラーレンは37.5%、マセラッティは43.1%、ジャガーは37.8%、アストン・マーチンは56.0%だ。

自動車の専門家ではないから、これらの数字について専門的なことは何もいえないが、
フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェの売行きの伸びはすごいと思うし、
このことをどう捉えたらいいのだろうか。

高級外車は景気に左右されないわけではないだろう。
売行きが鈍っている海外ブランドもあるのだから。

ハイエンドオーディオと呼ばれるモノのなかには、
フェラーリやランボルギーニ、ポルシェ並の価格が珍しくなかったりする。

それらのオーディオ機器の売行きも、これらのクルマ同様に売行きは前年比で伸びているのか。
自動車業界と違い、オーディオ業界では、
ブランド別販売台数が、こんなふうに発表されているわけではない。

ウワサをきくことはあるけれど、実態はわからない。
かなり高額のオーディオ機器が、オーディオマニアのリスニングルームにある。
Aさんのところにあり、Bさんのところにもある……。

こんなにも高価なオーディオ機器が、けっこう売れているのか。
そう思いがちになるのだが、
意外にもAさんが使っていて手放したモノがBさんのところに行き、
Bさんもしばらく使って、次はCさんのところに……、という例があるともきいている。

Aさんのところにあった、Bさんのところにもあった、Cさんのところにもあった、
と書くのがより正しいわけで、実際に売れたのはごくわずかな台数であっても、
一年二年というスパンでみると、いろんな人のリスニングルームにあるというふうになる。

日本のオーディオ、これから(コロナ禍ではっきりすること・その1)

サプリーム No.144(瀬川冬樹追悼号)の巻末に、
弔詞が載っている。

ジャーナリズム代表としては原田勲氏、
友人代表として柳沢功力氏、
メーカー代表として中野雄氏、
三氏の弔詞が載っている。

柳沢功力氏の弔詞の最後に、こうある。
     *
君にしても志半ば その無念さを想う時 言葉がありません しかし音楽とオーディオに托した君の志は津々浦々に根付き 萠芽は幹となり花を付けて実を結びつつあります
残された私達は必ずこれを大樹に育み 大地に大きな根をはらせます 疲れた者はその木陰に休み 渇いた者はその果実で潤い 繁茂する枝に小鳥達が宿る日も遠からずおとずれるでしょう
     *
瀬川先生の志は大樹になったといえるだろうか。
そういう人も、オーディオ業界には大勢いるような気がする。

見た目は大樹かもしれない。
でも、何度か書いているように、一見すると大樹のような、その木は、
実のところ「陽だまりの樹」なのではないか。

「陽だまりの樹」は、陽だまりという、恵まれた環境でぬくぬくと大きく茂っていくうちに、
幹は白蟻によって蝕まれ、堂々とした見た目とは対照的に、中は、すでにぼろぼろの木のことである。

真に大樹であるならば、コロナ禍の影響ははね返せるだろう。
「陽だまりの樹」だったならば……。

Date: 3月 25th, 2020
Cate: オーディオ評論, ジャーナリズム

青雲の志

あまり目にすることも耳にすることもなくなってきている「青雲の志」。

オーディオ評論家(職能家)とオーディオ評論家(商売屋)をわけるのは、
青雲の志をもっているかどうかだろうし、
オーディオ評論家(商売屋)にしかみえない人も、
以前は青雲の志をもっていたのかもしれない。

Date: 2月 23rd, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(オーディオアクセサリー 176号)

オーディオアクセサリーの最新号が書店に並んでいる。
176号のページによれば、《編集部入魂の1冊》だそうだ。

この号で興味を惹くのは、巻頭企画②「新春座談会2020年 これからのオーディオを語る」である。
記事の紹介文を引用しておく。
     *
2020年最初の刊行となる176号では、本誌で健筆をふるう評論家陣が大集合。福田雅光氏がオーディオ界でいまもっとも勢いのあるオピニオンリーダー達を自宅の新試聴室に招集。もともとは福田氏が単に新年会を企画していただけのことだったのですが、この錚々たるメンバーが一堂に会する機会などめったにない。そこで編集部はこの機会を逃すまいと、この新年会に潜入。新春座談会という形で、しばしの間(!?)、オーディオの未来や、アナログ再生の現状、オーディオ雑誌の問題点等々のお話をしていただいた。編集部からの要望はひとつだけ。「立派な話はしないでくださいね」。これを受けて“正論”無しのバトルが火を噴いた。掲載できるギリギリの内容までつめた、評論家陣のぶっちゃけトークをぜひともお楽しみください。
     *
福田雅光氏監修とある。
これだけを読んでいると、期待できそうな感じもしないでもない。
とはいってもオーディオアクセサリーだから……、
それほど期待はしていなかったが本音でもある。

おもしろければ、つまりほんとうに紹介文通りの内容であれば買うつもりだった。
これだけ、いわば煽っているのだから、
ボリュウム的にも最低でも8ページくらいあるんだろうな、とも勝手に想像していた。

書店に手にとって、がっかりした。
わずか4ページしかない。

《掲載できるギリギリの内容までつめた、評論家陣のぶっちゃけトーク》が、
ほんとうに読めるのであれば、それでもかまわない。

でもページをめくって4ページ目にある見出しを見て、
もう期待できない、と確信した。

福田雅光氏の発言が見出しになっていた。
買わなかったので、正確な引用ではないが、こんなことだった。

書き方を変えた、
持論を加えるようになった

そんなことだった。
これをどう受け止めるのだろうか。
ほとんどの人が、それではいままで持論を語ってこなかったのか、と驚くのではないのか。