Archive for category ジャーナリズム

Date: 2月 23rd, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(オーディオアクセサリー 176号)

オーディオアクセサリーの最新号が書店に並んでいる。
176号のページによれば、《編集部入魂の1冊》だそうだ。

この号で興味を惹くのは、巻頭企画②「新春座談会2020年 これからのオーディオを語る」である。
記事の紹介文を引用しておく。
     *
2020年最初の刊行となる176号では、本誌で健筆をふるう評論家陣が大集合。福田雅光氏がオーディオ界でいまもっとも勢いのあるオピニオンリーダー達を自宅の新試聴室に招集。もともとは福田氏が単に新年会を企画していただけのことだったのですが、この錚々たるメンバーが一堂に会する機会などめったにない。そこで編集部はこの機会を逃すまいと、この新年会に潜入。新春座談会という形で、しばしの間(!?)、オーディオの未来や、アナログ再生の現状、オーディオ雑誌の問題点等々のお話をしていただいた。編集部からの要望はひとつだけ。「立派な話はしないでくださいね」。これを受けて“正論”無しのバトルが火を噴いた。掲載できるギリギリの内容までつめた、評論家陣のぶっちゃけトークをぜひともお楽しみください。
     *
福田雅光氏監修とある。
これだけを読んでいると、期待できそうな感じもしないではない。
とはいってもオーディオアクセサリーだから……、
それほど期待はしていなかったが本音でもある。

おもしろければ、つまりほんとうに紹介文通りの内容であれば買うつもりだった。
これだけ、いわば煽っているのだから、
ボリュウム的にも最低でも8ページくらいあるんだろうな、とも勝手に想像していた。

書店に手にとって、がっかりした。
わずか4ページしかない。

《掲載できるギリギリの内容までつめた、評論家陣のぶっちゃけトーク》が、
ほんとうに読めるのであれば、それでもかまわない。

でもページをめくって4ページ目にある見出しを見て、
もう期待できない、と確信した。

福田雅光氏の発言が見出しになっていた。
買わなかったので、正確な引用ではないが、こんなことだった。

書き方を変えた、
持論を加えるようになった

そんなことだった。
これをどう受け止めるのだろうか。
ほとんどの人が、それではいままで持論を語ってこなかったのか、と驚くのではないのか。

Date: 2月 16th, 2020
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その22)

スピーカーシステムの試聴、
それも数十機種集めての試聴ともなると、難しい面が出てくる。

スピーカーシステムが一本(一組)であれば、
じっくりと時間をかけて、スピーカーの設置位置、設置方法をあれこれ試してみて、
さらにアンプやスピーカーケーブルも交換して、という聴き方が可能だ。

だがスピーカーの数が増えていけば、そんなことをやる時間的余裕は、
スピーカーの数に比例して削られていく。

結局、ステレオサウンドにおけるスピーカーシステムの総テストでは、
リファレンススピーカーの設置位置が、すべてのスピーカーの設置場所になる。

スピーカーによって、もう少し後の壁に近づけたり、逆に離したりした方が、
それから左右との壁との距離も変えてみたほうが、いい結果が得られるのは十分考えられる。

それでも時間が問題となり、
その試聴室において、これまで、さまざまな試聴をしているオーディオ評論家の、
それまでの経験の積み重ねを信じての、スピーカーの設置位置となる。

ステレオサウンド 54号のスピーカーシステムの総テストでは、
黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹、三氏による試聴が行われている。

しかも合同試聴ではなく、三人別々の試聴であり、
さらに瀬川先生はスピーカーのセッティングをそうとう試されているのが、
試聴の方法、試聴後記、試聴記からもわかる。

以前のステレオサウンドがやれていたことを、なぜできないのか。
このことは、また別項で考えていきたい。

87号のスピーカーシステムの総テストでは、
マッキントッシュのXRT18を、そうそうセッティングで聴くことをやってしまったら、
試聴の方法そのものが間違っている、ということになる。

けれど、一方では、XRT18だけ特別扱いになるのか、という意見もある。
ただXRT20、XRT18にしても、マッキントッシュ側から、
こういうふうに設置しろ、という条件が最初からある。
それに従ったまで、という考えもある。

他社製のスピーカーシステムにも、そんなふうにセッティングについて条件が出されていたら、
それに従っての試聴となるはずだ。

なので87号において、XRT18を特別扱いしたのかどうかは、微妙なところでもあるし、
特別扱いをしたということになるならば、
それは編集見習いのKHさんに、ボイシングに立ち合ってもらったところにある。

くり返しになるが、KHさんはXRT20ユーザーであり、
マッキントッシュにつよい思い入れをもっている人であり、
KHさんには、XRT18をよく鳴らしたい、という善意の気持があったのではないのか。

この善意の気持が強いほど、それに見合う実力が伴わなければ、
結果として悪意となってしまうことだってあるではないのか。

Date: 1月 31st, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(番外)

音元出版のPHILE WEBが、
ハイファイオーディオ 総合ランキングを毎月公開していたのは知っていた。

知っているだけで、パッと見るだけに終っていた。
でも今回、2019年12月のランキングに、見出しを見て最後まで読んだ。

そこには、『アキュフェーズ創立50周年記念超弩級機「E-800」が堂々首位 』とあったからだ。
これまで眺めていただけであったが、それでもなんとなくの傾向は掴んでいた。
だからこそアキュフェーズのE800が、
セパレートアンプ、プリメインアンプの部門で首位というのは意外だった。

E800は980,000円で、税込みだと1,000,000円をこえる。
ランキングに入ってくる機種のほとんどは中級機クラスが多い。
そこにポツンとE800が、初登場で首位である。

売れている、という話はまだきいてなかったけれど、
かなり注目されている、とはきいていた。

別項でE800のプロポーションに関しては、ボロクソに書いている私でも、
E800の音は、かなりの実力だ、と、
じっくり聴いたわけではないが、感じている。

E800の首位を見て、そういえば──、と思い出して、過去のランキングを見てみた。
探していたのは、
デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONである。

垂れ流し状態のタイアップ記事の、この二機種はどうなのか。
入っていなかった。

E800が首位になっても、デノンはそうではなかった。

音元出版のハイファイオーディオ 総合ランキングは、
全国すべてのオーディオ店の集計ではないし、
《各商品ジャンルにおける台数別の売れ筋ランキングのデータを、1位5ポイント、2位4ポイント、以下、5位1ポイントの要領で得点化》したものでもある。

これだけですべてを語れるわけではないにしても、参考にはなる。

私はデノンの、この二機種は聴いていない。
どの程度の実力なのかは、まったく知らない。
それに、タイアップ記事垂れ流しの音を聴きたいとも思っていない。

デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONは、780,000円(税抜き)である。
E800よりも少し安い価格だが、プリメインアンプのなかでは、同クラスといえる。

E800の購入を考えている(いた)人は、デノンとの比較も行っているような気がする。

売れているほうが音がいい──、
そう単純なことではないのだが、E800は首位であり、
PMA-SX1 LIMITED EDITIONは五位までに入っていないことだけは事実であり。
この事実をどう受け止めるかは人それぞれのところもあるだろうが、そうでないところもある。

Date: 1月 27th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その12)

別項「オーディオと「ネットワーク」(SNS = SESか・その3)」で書いたことをもう一度くり返す。

十数年前にインターナショナルオーディオショウの会場で聞いたことだ。

人を待っていたので、国際フォーラムのB1Fにある喫茶店にいた。
近くのテーブルから、はっきりと聞き取れる声で、
ショウに出展していたオーディオ関係者の会話が聞こえてきた。

誰なのかは、どこのブースの人なのかは書かない。
この二人は、インターネットはクズだね、ということを話していた。
オーディオ雑誌には志があるけれど、インターネットのオーディオ関係のサイトには志がない、
そんな趣旨の会話だった。

ここでのインターネットのオーディオ関係のサイトとは、
個人サイトのことを指している。

オーディオ雑誌社のウェブサイトは、少なかった時代であり、
ステレオサウンドも、まだウェブサイトを持っていなかった時代である。

確かにインターネットの世界には、クズだとしか思えない部分がある。
このことはいまも昔も変っていない、といえる。

だからといってインターネット全体を十把一絡げに捉えてしまうのには、異を唱えたくなる。

それにオーディオ雑誌に志があった、という過去形の表現ならまだ同意できるけど、
志がある、にも異を唱えたくなる。

過去に戻れるのならば、いまのオーディオ雑誌のウェブサイトを見てご覧なさい、と、
この時の二人にいいたくなる。

デノンのタイアップ記事が、オーディオ雑誌だけでなく、
ウェブサイトにおいて垂れ流し状態になっているのを、
この時の二人は、なんというだろうか。

オーディオ雑誌には志がある、と、まだいうのだろうか。

Date: 1月 17th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その11)

(その8)へのfacebookへのコメントには、後日、補足があった。
崩壊についての補足だった。

そのコメントについてはこれからふれる予定だが、
読んでいて、これまで思っていたことをふりかえって浮んできたのは、
「陽だまりの樹」である。

「陽だまりの樹」については、
別項「オーディオにおけるジャーナリズム」の(その25)と(その26)で書いている。

「陽だまりの樹」とは手塚治虫自身のルーツをさぐる作品のタイトルであり、
徳川幕府のことを比喩する言葉でもある。

「陽だまりの樹」は、陽だまりという、恵まれた環境でぬくぬくと大きく茂っていくうちに、
幹は白蟻によって蝕まれ、堂々とした見た目とは対照的に、中は、すでにぼろぼろの木のことである。

オーディオの世界において、なにが「陽だまりの樹」なのか、
その幹を蝕んだ白蟻とはなんなのか。

Date: 1月 14th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その10)

facebookへのコメントには続きがある。

デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONの例のようなタイアップ記事は、
「崩壊」のさらに次の段階(崩壊を前提としたマーケティング)のような気がする、とある。

こんなふうには考えたことがなかった。
全面的には、いまのところは賛同できないものの、
デノンのようなあからさまなタイアップ記事を、
何本も、あちこちで展開するやり方は、
タイアップ記事をつくっている側の人間は、
オーディオ評論、オーディオ・ジャーナリズムなんてものをはなからないものとしている、
そうなのかもしれないどころか、そうなのだろう。

だとするとタイアップ記事に加担しているオーディオ評論家(商売屋)たちも、
オーディオ評論家となっていても、
オーディオ評論、オーディオ・ジャーナリズムなんて……、という人たちなのか。

崩壊を前提としたマーケティングが生れてこようとしている(すでに生れている?)のであれば、
崩壊を前提とした雑誌づくりを、各出版社は目指しているのか。

Date: 1月 14th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その9)

(その8)にfacebookにコメントがあった。

オーディオ評論、オーディオ・ジャーナリズムをいま信じている人はいるのでしょうか、
とあった。

私自身、菅野先生が亡くなられて、
オーディオ評論家(職能家)はいなくなった、と以前書いている。
オーディオ評論家(商売屋)ばかりになってしまった、と思っている。

私の周りの人たちも、そう思っている(感じている)人ばかり、ともいえる。
それでも、信じている人たちがいるのも知っている。

東京および近郊の人たちという限定された範囲ではあっても、
そういう人たちはいる。

これも私が知っている範囲のことでしかないが、
信じている人たちのほとんどは、いまオーディオ評論家を名乗っている人たちと、
SNSでつながっていたり、その人のリスニングルームに訪問したり、
なんらかのつながりがある人だ。

だからなのか、○○さんは違う、と彼らはいうことがある。
その○○さんのことは私だって直接知っていたりする。

○○さんは違う、という人たちが知らなくてもいいことを知っていたりする。

信じている、とは、だまされている、ということでもある。
だまされている、とは、あえて見ないようにしている、ということでもある。

私は、というと、信じていない側にいる、といえる。
それでもずっと昔に、ステレオサウンドを熱く読んでいた者として、
ひとかけらぐらいは残っていてほしい、とおもいを捨てきれずにいる。

Date: 1月 12th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その8)

デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONに関する記事を、
純粋な記事だと信じて読んでいる読者は、どれだけいるのか。

タイアップ記事をやる側が思っているほど多くはないのではないか。
少なくない人たちが、とっくに気づいている、と私は感じている。

気づいている人たちの多くが、口に出していわないだけだったりするのではないか。
そのことに気づかずに、タイアップ記事をやる。

一回くらいなら、「やっているな」で受け流すことはあっても、
デノンのタイアップ記事のように、ここまでやられるとうんざりする人も出でこよう。

うんざりするだけなら、まだいい。
うんざりの先には、誰もオーディオ評論と、かつていわれたものを誰も信じなくなる日がくる。

デノンは、自社の製品が売れれば、そのためにはなんでもやる──、
そんなふうに見える。

売れなければ……、それまでである。
とはいえ、自分のところだけよければ、それでいいのか、
いまさえよければ、それでいいのか。

タイアップ記事のやりすぎ、氾濫は、
オーディオ・ジャーナリズムの崩壊そのものである。

Date: 1月 11th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その7)

デノンは、これほどまでにタイアップ記事に熱心なのか。
ここまであからさますぎるタイアップ記事は、もう逆効果としか私には思えないのだが、
そうではない、と本気で思っているのだろうか。

デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONが、ほんとうに自信作であり、
優れた音を聴かせてくれる製品であれば、ここまでやる必要はないのではないか。

いや優れた製品だからこそ、
いろんな人(オーディオ評論家)に聴いてもらい、
その試聴記を多くの人に読んでもらいたい──、という考えなのか。

ステレオサウンドを熱心に読んでいた遠い昔、
この製品の試聴記を、この人が書いてくれたらなぁ、と思うことは数えきれないほどあった。
誌面という部へ釣的な制約があるかぎり、
すべてのオーディオ評論家に聴いてもらい、書いてもらうということはまず無理である。

そんなことはわかっていても、
やはり、この人(私の場合は瀬川先生だった)の試聴記が読みたい──、
そう思い続けてきた。

インターネットには、誌面という制約はない。
だから、一つの機種を多くの人に聴いてもらい、
多くの試聴記を公開することが容易である。

デノンの意図は、そういうところにあるのかもしれない、と一定の理解を示しながらも、
結局のところに、誰に聴いてもらい、誰に書いてもらうか、ということは、とても重要なことである。

人選をあやまってしまうと、やりすぎたタイアップ記事という印象を、
幾重にも重ねてしまうことになってしまう。
もうすでにそうなっている。

タイアップ記事をやりたがる会社、
その依頼をほいほいと受けてしまう書き手、
本人たちは、そんなことはない、と口を揃えていうのかもしれないが、
これではオーディオ評論家(商売屋)といわれてもしかたないのではないか。

Date: 1月 11th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その6)

昨年末の(その5)で、
デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事は、
年が明けても続くのか──、と書いた。

まだ続いている。
音元出版のサイト、ステレオサウンドのサイトで、
交互に登場するようにしているのか、と思うほどに、いまもやっている。

facebookでオーディオ協会をフォローしている。
すると、デノンを取り上げた記事が表示され、
それによって一つ一つそれぞれのサイトにアクセスすることなく知ることができる。

こんなあからさまなタイアップ記事を次々に見せられると、
ステレオサウンドも音元出版となんら変わりない──、
そうとしかいえなくなる。

ステレオサウンドのサイト、ステレオサウンド・オンラインの編集部と、
季刊誌ステレオサウンドの編集部とは、どうも別なようである。

それでも、どちらにもステレオサウンドとついている。
会社名がステレオサウンドだから、ということなのだろうが、
この点に関しては、音元出版のほうがよく考えているのではないか。

音元出版は、音元WEBとか、オーディオアクセサリー・オンラインといった名称にはしていない。
新たな名称をつけている。

ステレオサウンドは、どちらにもステレオサウンドとつけている。
季刊誌ステレオサウンドとステレオサウンド・オンライン、
どちらも見ている人のどれだけが、それぞれ別の編集部だということをわかっているのだろうか。

そう思わせるように、あかてしているのだろうか。
だとしたら、ステレオサウンド・オンラインでのデノンのあからさまなタイアップ記事は、
季刊誌ステレオサウンドも、そうなんだろうなぁ……、と読者に思わせてしまう──、
そんなふうに編集部は考えたことがないのか。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(あわせて読んでほしい記事)

別の件で検索していて見つけた記事。
タイトルは『21世紀に音楽を評論・批評する ~「主観偏重」と「提灯持ち」から脱するために』。
小室敬幸氏の記事である。

この記事だけでなく、ほかの記事も興味深い。
検索のきっかけは、
【ネタバレ解説】レイ出生の秘密は、エピソードⅦの時点で「レイのテーマ」に隠されていた!』。

こういう見方(聴き方)があったのか、と思わずにいられない。

Date: 12月 29th, 2019
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その5)

ケンウッドのK’sシリーズの時も、
デノンの山内慎一氏が登場されているのと同じで、
E氏が各誌に登場されていた。

どれだけの雑誌に登場されたのかまでは数えていないが、
ここにもあそこにも、と感じていた。

ただなんとなくではあるが、これだけ雑誌に短期間に登場されると、
誌面には、結局同じことが載っているだけ、というふうにもなっていく。

おそらくだが、ケンウッドのE氏の頭のなかでは、
もう完全に話すことができあがっていたのではなかろうか。

最初のころはそうでもなかったのだろうが、
二回目、三回目……と取材が続いていけば、
前回の反省点を修正していく、それに練習もしていけば、
インタヴュアーがどんな人であっても、いいたいことをきちんと話していける。

それも無駄を極力省いて、
それこそ話したことがそのまま記事になってしまうことを目指すこともできる。
そんなふうにして、一回目よりも二回目、
二回目よりも三回目、三回目よりも……、と取材をこなしていくことで、
自分自身のしゃべりにうっとりしてしまうということも出てくるのではないだろうか。

ケンウッドのE氏、デノンの山内氏がそうだ、と決めつけるわけではないが、
そうならないともいえない、と感じている。

それにしてもデノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事は、
まだ続いている。
どの記事が、ということは、ここではリンクしないが、
このまま年が明けても続くのか。

Date: 12月 17th, 2019
Cate: オーディオ評論, ジャーナリズム

オーディオ評論家は読者の代表なのか(その19)

ステレオサウンド 50号といえば、1979年春号。
もう40年前のステレオサウンドということになる。

50号を記念しての巻頭座談会、
この最後に出てくる瀬川先生の発言は、別項でも引用している。
     *
瀬川 「ステレオサウンド」のこの十三年の歩みの、いわば評価ということで、プラス面ではいまお二方がおっしゃったことに、ぼくはほとんどつけたすことはないと思うんです。ただ、同時に、多少の反省が、そこにはあると思う。というのは「ステレオサウンド」をとおして、メーカーの製品作りの姿勢にわれわれなりの提示を行なってきたし、それをメーカー側が受け入れたということはいえるでしょう。ただし、それをあまり過大に考えてはいけないようにも想うんですよ。それほど直接的な影響は及ぼしていないのではないのか。
 それからもうひとつ、新製品をはじめとするオーディオの最新情報が、創刊号当時にくらべて、一般のオーディオファンのごく身近に氾濫していて、だれもがかんたんに入手できる時代になったということも、これからのオーディオ・ジャーナリズムのありかたを考えるうえで、忘れてはならないと思うんです。つまり初期の時代、あるいは、少し前までは、海外の新製品、そして国産の高級品などは、東京とか大阪のごく一部の場所でしか一般のユーザーは手にふれることができなかったわけで、したがって「ステレオサウンド」のテストリポートは、現実の製品知識を仕入れるニュースソースでもありえたわけです。
 ところが現在では、そういった新製品を置いている販売店が、各地に急激にふえたので、ほとんどだれもが、かんたんに目にしたり、手にふれてみたりすることができます。「ステレオサウンド」に紹介されるよりも前に、ユーザーが実際の音を耳にしているということは、けっして珍しくはないわですね。
 そういう状況になっているから、もちろんこれからは「ステレオサウンド」だけの問題ではなくて、オーディオ・ジャーナリズム全体の問題ですけれども、これからの試聴テスト、それから新製品紹介といったものは、より詳細な、より深い内容のものにしないと、読者つまりユーザーから、ソッポを向かれることになりかねないと思うんですよ。その意味で、今後の「ステレオサウンド」のテストは、いままでの実績にとどまらず、ますます内容を濃くしていってほしい、そう思います。
 オーディオ界は、ここ数年、予想ほどの伸長をみせていません。そのことを、いま業界は深刻に受け止めているわけだけれど、オーディオ・ジャーナリズムの世界にも、そろそろ同じような傾向がみられるのではないかという気がするんです。それだけに、ユーザーにもういちど「ステレオサウンド」を熱っぽく読んでもらうためには、これを機に、われわれを含めて、関係者は考えてみる必要があるのではないでしょうか。
     *
41号から読みはじめた私にとって、50号はちょうど10冊目のステレオサウンドにあたる。
二年半読んできて、熱っぽく読んでいた時期でもある。

だから瀬川先生の《ユーザーにもういちど「ステレオサウンド」を熱っぽく読んでもらうためには》に、
完全に同意できなかったことを憶えている。

《熱っぽく読んでもらう》とは、どういうことなのか。
なぜ、それまでのステレオサウンドを、読者は《熱っぽく読んで》いたのか。

いくつかの理由らしきことが考えられる。
その一つとして、不器用ゆえの熱があったからだ、と、いまは思っている。

Date: 11月 28th, 2019
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その4)

デノンのプリメインアンプのPMA-SX1 LIMITED EDITIONと、
SACDプレーヤーのDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事には、
必ずといっていいほど、デノンの山内慎一氏が登場している。

開発に携わった人が誌面、ウェブサイトに登場するのは、
昔からよくあることだし、開発者ならではの話は興味深いこともある(そうでないこともある)。

それにしても、よく登場されるな、と思いながら見ていた。
今月発売のステレオの表紙にも登場されている。

デノンが、PMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONにかける意気込みが、
よくわかるといえばそうだけど、もう聴く前からお腹いっぱい、そんな感じがしてくる。

インターナショナルオーディオショウのデノンのブースでは、
この二機種が鳴っていたはずである。

私はデノンのブースには寄らなかった。
もうお腹いっぱい、という感じだったからだ。

ここまでくると逆効果と感じる人も出てきているのではないだろうか。

「音は人なり」とずっと以前からいわれてきているし、
私自身も、ここでしつこいぐらいち書いてきている。

なので開発者という「人」が誌面に登場するのはいいことだと思っているが、
ここまでくると、どうだろうか、と何かいいたくなる。

同じようなことが二十年くらい前にもあった。
ケンウッドからミニコンポの高級版といえるK’sシリーズが出た。

この時も、オーディオ各誌に、開発を主導した人がよく登場していた。
たしかEさんだった、と記憶している。

Date: 11月 17th, 2019
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その61)

オーディオの想像力の欠如した耳は、必要とされる音がわからないのかもしれない。