Archive for category 「本」

Date: 2月 4th, 2020
Cate: 「本」

オーディオの「本」(あるムックを手にとって思ったこと)

オーディオ関係のムックを、先月手にとった。
昨年末ぐらいに出たムックのはずだ。

ムックのタイトルは書かない。
おもしろいムックなのかそうでないのかは、読んだ人が判断すればいいことだから。

ただ思ったのは、このムックは自費出版じゃないのか、ということだった。
ある出版社から出ている。

自費出版を主とする会社ではない。
でも手にとって眺めてみると、
タイトルのつけ方といい、全体の構成といい、自費出版としか思えなかった。

自費出版なのだ、と私はほぼ確信しているが、そうでないかもしれない。
どちらでもいい。
自費出版にしか思えないムックを出すのか──、ということに少なからぬ衝撃を感じている。

ここまで、この出版社は切羽詰っているのか。

自費出版、もしくはそれに近いかたちでの出版にしろ、
もう少し工夫のしようはあったはずだ。

なのに、こんなかたちで出してしまっている。
そうとうに厳しい状況なのか。

Date: 1月 21st, 2020
Cate: 「本」

Net Audioの休刊

音元出版のNet Audioが、いま書店に並んでいるvol.37で休刊になる。
表紙に、感謝! 定期刊最終号とあるし、
音元出版のウェブサイトにも「定期刊終了のご挨拶ならびに今後の展開についてのご案内」がある。

季刊誌で37号で休刊、十年足らずということになる。
少し意外な感じもしたし、むべなるかな、というおもいと半々でもあった。

Net Audioは、昨年ぐらいから書店で手にとるようになった。
昨年は一冊だけは買った。

今年も特集次第、内容次第では買うこともあるだろうな、と、
期待していたところもある。

とはいえ、あいかわらず音元出版的記事ばかりだな、とも感じていた。
音元出版の編集(営業)方針について書く気はない。

かなり否定的なことを書くことになりそうだから、ということもあるが、
一方で、そういう編集(営業)方針ゆえに、フットワークの軽さのようなものがあるとも感じていた。

それにNet Audioが取り組んでいることに関して、
ステレオサウンドはいまのところ、さほど積極的ではない。
やりようによって……、そんなことも思っていたけれど、突然の休刊の発表だった。

休刊の理由はいくつかあるのだろう。
勝手な想像でしかないが、Net Audioがやろうとしていたことは、
これからのびていくことが期待されている(はずだ)。

なのに休刊。
それは、日本ゆえ……、なのか。

Date: 12月 11th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その7)

10月の(その1)で、近所の書店で無線と実験が消えた、と書いた。
11月も取り扱っていなかった。
なので、私の見間違え、勘違いではない。

書店から一度消えてしまった雑誌は、再び扱われることはめったにない。
にも関らず、無線と実験の最新号が、書棚に戻ってきていた。

まさか、このブログを、近所の書店の方が読まれていることはないだろう。
この書店で無線と実験を定期的に購入していた人が、
店員に扱ってほしい、という要望を出したからだろう。

なんにせよ、無線と実験が再び取り扱われるようになったのは、
時々しか購入しない私にとっても嬉しいことだ。

Date: 11月 23rd, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その6)

別項「菅野沖彦のレコード演奏家訪問〈選集〉」へのfacebookでのコメントに、
県内最大の書店で、やっと見つけた、とあった。
別の方は、あてになりそうな書店がないとのことで、amazonに注文した、ともあった。

東京でも、規模がそれほど大きくない書店だと、
オーディオ関係の雑誌は置かれていないところが確実に増えてきている。

東京以外でも同じようである。
おそらく、私の実家がある熊本の田舎町も同じであろう。

「五味オーディオ教室」でオーディオの世界に出逢った私にとっては、
これから先、オーディオはどうなるんだろう……、と心配にダイレクトに結びついていく。

いまちょうどインターナショナルオーディオショウがやっている。
今年はどれだけの入場者があるのか、
例年と同じくらいてのか、増えているのか減っているのか。

いまのところなんともいえないが、増えたからといって喜べる状況だろうか。

本は、見知らぬ世界への入口となってくれる。
こんなことを書くと、amazonがあるだろう、と返ってくるかもしれない。

ここでは無線と実験が、近所の書店が置かれなくなった、ということから書き始めている。
書店になければ、amazonから買えばいいだろう、
わざわざ書くほどのことじゃない──、
ほんとうにそうだろうか。

ずっとオーディオをやってきて、無線と実験という雑誌があること、
これまで読んできた人ならば、それでいい。
でも、世の中には、無線と実験というオーディオ雑誌を知らない人の方が圧倒的に多い。

無線と実験の名をたまたま挙げているが、
ステレオサウンドに置き換えても同じだ。

ステレオサウンドで働きはじめたばかりのころ、いわれたことがある。
ステレオサウンドはオーディオの世界では有名だけど、
雑誌全体の世界から見れば無名に近い存在なんだ、と。

Date: 11月 21st, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その5)

SWITCHは、12月号はオーディオを特集するのが三年続いている。
12月号は、「いい音と暮らす QUALITY of SOUND LIFE」である。

今日書店に寄ったのは、SWITCHが目的でもあった。
ション手について、まずオーディオアクセサリーの最新号を、
それから「菅野沖彦著作集」、「菅野沖彦のレコード演奏家訪問〈選集〉」を手にした。

この数分のあいだに、これからの本を手にした人は誰もいなかった。
でも、SWITCH 12月号は三人が手にしていた。
三人とも買いはしなかったが、それでも迷わずSWITCHに手を伸ばしていたのだから、
12月号の特集の内容に興味を持ってのことなのだろう。

この人たちが、オーディオに関心があるのか、それとも村上春樹への興味からなのか、
それとも両方に関心があるのか──、私にはわからない。

それでも手にする人がこれだけいるのか、と思った。
わずか三人じゃないか、といわれそうだが、
上記のように、オーディオ雑誌を手にした人はいないのだから。

今日に限らない。
オーディオ雑誌に手を伸ばす人を見かけるのは、一年の間に二回あるかないかである。

Date: 11月 10th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その5)

「ステレオサウンドが一人勝ちすると、オーディオ界にとってはよくないことだ」、
井上先生から何度かきいている。

井上先生は2000年12月に亡くなられているから、
ステレオサウンドという固有名詞のことろは、別の固有名詞に置き換えられたかもしれない。

井上先生の、このことばを聞いたときは、
確かにステレオサウンドの一人勝ちも、ありえないことではなかった。

でも、現状はずいぶん変ってきた。
オーディオ雑誌の書店での取り扱いが冷たくあしらわれるようになってきて、
少しずつ、けれど確実にオーディオ雑誌が淘汰されるようになってくると、
最後にのこるのは、ステレオサウンドとはいえなくなってきている。

だからといって、このオーディオ雑誌が残る、とはいえない状況でもある。
淘汰の末に、どれか一誌が残ったとしても、
それは一人勝ちといえるのか、という疑問はあるが、
すべてのオーディオ雑誌が書店から消えてしまうことはない、はずだ。

そうなったときに、どうなるのか。
仮にステレオサウンドが生き残ったとしよう。

それを喜ぶ人もいよう。
やっぱりステレオサウンドが、No.1のオーディオ雑誌だ、と信じ込める人は、
そうであろう。

けれど考えてみてほしい。
そうなった時に、ステレオサウンドの編集方針は大きく変化していくはずだ──、
というよりも、変化せざるをえない。

オーディオ雑誌には役目があり、
それぞれのオーディオ雑誌には役割があるからだ。

Date: 11月 10th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その4)

無線と実験を取り扱わなくなった近所の書店は、
無線と実験だけが書棚から消えたわけではない。

「スピーカー技術の100年」が出たとき、この本を扱っていた。
発売後すぐにではなかったが、しばらくして背表紙だけが見える扱いではあったが、
書棚に並ぶようになった。

こういう書店でも扱われるようになったということは、
そこそこ売れているんだな、と思えたし、
売れていたからこそ「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」が今年出たわけだ。

けれど無線と実験扱わなくなった近所の書店の書棚には、
「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」はもう並んでいない。

「お前が住んでいるところの書店がたまたまそうなだけだろう」といわれるかもしれないが、
果してそうだろうか。

先月10日、近所の書店から無線と実験が消えてから、
個人経営と思われる書店の前をとおると、ちょっと寄ってみて、
無線と実験があるのかどうか確かめていた。

数日経っていたりしたから、売れてしまってなかったのかもしれないが、
無線と実験をみかけない書店のほうが多かった。

それに「スピーカー技術の100年」は、近所の書店だけでなく、
ここでも扱っている、といくつかの書店の書棚を見て思っていたが、
「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」は、
やっぱり扱っているところが減っているように感じる。

無線と実験のことばかり書いているが、
書店のオーディオ雑誌の扱いは、冷たくなりつつあるのを感じている人は、
私だけではないはずだ。

先日話した人も、そう感じていた。

オーディオ雑誌はずいぶん淘汰されてきた。
けれど、また淘汰されつつあるのが現状である。

Date: 10月 14th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その3)

無線と実験が書店から消えてしまう日が来ない、と誰がいえよう。
ラジオ技術は書店から消えてしまった。

秋葉原の書店には置かれていても、
一般の書店からは消えて、けっこう経つ。

図書館に行けば読めることもある。
とはいえ、ラジオ技術という誌名すら、知らないという人たちが増えてくることは間違いない。

無線と実験もラジオ技術と同じようになるのか。
休刊という名の廃刊にならずに、
一般書店からは消えて、定期購読か秋葉原の書店での販売に限定される可能性は、
決して低くない、と私は思っている。

そんなことにはならないよ、という人もいるだろうが、
楽観視はできない状況にすでになっているのではないか。

それに無線と実験がなくなっても、別に困らない──、
そういうオーディオマニアの方もいよう。

それこそステレオサウンドだけあればいいや、という人だろう。

けれど考えてみてほしい。
ステレオサウンド以外のオーディオ雑誌が、すべてなくなった状況を。

そうなると、ステレオサウンドが、
それまであったオーディオ雑誌の役割を担うことになろう。

Date: 10月 12th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その2)

昨晩は神楽坂にいた。
飯田橋駅から目的の店に向う途中、
時間の余裕があったので、書店に寄ろうとした。

(その1)で書いているように、
近所の書店が、今月号から無線と実験を置かなくなったからである。

飯田橋駅近くの書店はすでに廃業していた。
神楽坂に向って歩いて行き、個人経営の書店が見つかった。

オーディオ関係の雑誌はいくつかあったが、
無線と実験は、ここでも置かれてなかった。

無線と実験と同じ毎月10日発売のトランジスタ技術も、その書店にはなかった。
技術系の雑誌は扱わない書店なのだろうか。

初めて入った書店なので、そのへんのことはなんともいえない。
でも、無線と実験の11月号は、まだ見ることができないでいる。

大きな書店に行けばある。
それはわかっている。

でも小さな書店に置かれなくなる。
無線と実験以外のオーディオ雑誌は置いてあるからいいじゃないか、となるのか。

もうラジオ技術も一般の書店では扱わなくなってけっこう経つ。
そして無線と実験も、扱わなくなる書店が増えてきそうな感じである。

技術系というか自作系のオーディオ雑誌が、
大型書店以外では見つけることが大変になる時期が、意外にも早く訪れるのかもしれない。

これは憂慮すべきことだ、と思っている。

Date: 10月 11th, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その1)

オーディオのムックが書店に並んでいたり、
オーディオ雑誌ではない一般誌が、オーディオを特集していたりすると、
ここで取り上げている。

書店に行くと、オーディオはブームなのだろうか、と思うこともあれば、
反対のことを感じてたりもする。

昨日、つまり10日に、近所の書店に寄った。
ここは、無線と実験を置いている書店である。

最近、ここの書店を少しばかり模様替えを行っている。
音楽、オーディオ関係のコーナーは、以前と同じところにある。

なのに、毎月発売日にあるはずの無線と実験がない。
何人かの人が買ってしまい売り切れてしまった、とは見えない。
売り切れているのならば、無線と実験が置かれていたであろうスペースが空いているだろうから。

ということは、この書店も無線と実験を取り扱わなくなったのか。
ここよりももっと駅に近い書店(数年前に開店)では、無線と実験は取り扱っていない。

駅の反対側にある書店にはまだ行ってないが、どうなのだろうか。
売行きのよくない雑誌は、棚から消えていくことになる。

昔からわかっていることである。
その書店でも無線と実験の売行きがよくないことは、通っていればわかる。

いつかは扱われなくなる、とわかっていても、
その日が突然に訪れると、オーディオはブームなんかではない、と思うことになる。

音楽・オーディオの雑誌の向う側には、女性雑誌のコーナーがある。
ふと見たら、同じ表紙の雑誌のサイズ違いが平積みされていた。

判型の小さなほうには、トラベルサイズと英語で表記してある。
同じ内容の女性誌がサイズ違いで出版されている。

女性誌の多くは判型が大きく、旅行に持っていくには邪魔になりやすいのか。
トラベルサイズの方は、確かに旅行に持っていくにはちょうどいい大きさ。

売れているからこそ、こういうことができる。
置かれなくなった雑誌もあれば、こういう雑誌もある。

Date: 6月 24th, 2019
Cate: 「本」

雑誌の楽しみ方(最近感じていること・その4)

最寄りの駅にいく途中に書店がある。
この書店にはショーウィンドウがあって、
店内に入らずとも、この書店オススメの本がわかるようになっている。

もう数ヵ月以上だろうか、
一冊の本が、ずっとそこに飾られている。

雑誌に育てられた少年」である。
気になっているものの、手にとっていない。

でも、「雑誌に育てられた少年」、
これに共感する人は、けっこういると思う。
私もそうだ、と、少なからぬ人が頷いているのではないだろうか。

私も「雑誌に育てられた少年」の一人だ。
オーディオもそうだ。

「五味オーディオ教室」を読んで、
そのあとは、さまざまなオーディオ雑誌を読んできた。

周りにオーディオマニアはいなかった。
オーディオ専門店も、バスで一時間ほどかかるところにしかなかった。
そういうこともあって、オーディオ雑誌をとにかく読んだ。

でも、周りにオーディオマニアがいて、
近くにオーディオ専門店があっても、オーディオ雑誌を読みふけったであろう。

Macintosh(パソコンのMac)にしてもそうだった。
1992年ごろは、Mac関係の雑誌がいくつもあった。
MacPower、MacLife、MacJapan、MacWorldがあった。
すべて買って読んでいた。

自転車に関してもそうだった。
自転車雑誌を、書店に並んでいるものすべて買って読んでいた。

Macも自転車も東京に来てからのことである。
それでも、まずは雑誌からだった。

そしてどちらも1990年代のことである。

Date: 2月 17th, 2019
Cate: 「本」

雑誌の楽しみ方(最近感じていること・その3)

ほかの学校、ほかの地域がどうだったのかは知らないが、
私が通っていた学校、クラスでは小学一年生(続く二年生、三年生……)を、
かなり多くが読んでいた。

数えたわけではないが、読んでいない方が少なかったのではないだろうか。
しかもその多くは、小学校を卒業するまで読んでいたようにも思う。

ということは一人っ子でも小学一年生から六年生まで、
12×6で、72冊の小学館発行の雑誌を読んでいたわけだ。

兄弟(姉妹)がいれば、さらに増えよう。
私の場合、弟と妹がいたから、手元にある雑誌ということで読んでいた。
しかも小学生を対象とした雑誌は、その時代には少年マンガ誌くらいだった。

そのころは考えもしなかったことだが、これはすごいことのような気もする。

高校生のころ、星新一のショートショートに夢中になった。
題名も忘れたし、詳細もはっきりとは憶えていないが、こんな話があった。

あるメーカーが、万能幼児用ベッドなるモノを開発。
しかもそれを子供が生まれた家庭に無料で送る。
子供がむずかれば母親の手を煩わすことなくあやしてくれるし、
確かおむつの交換、その他、大変な育児の手間を代りにやってくれる。

それもただ機械的におこなうのではなく、やさしい声もついてくる。
こんな便利なモノだから、しかも無料なのだから普及する。

その万能ベッドに育てられた子供が大人になる。
するとベッドと同じ声で、コマーシャルが流れるようになる。
母親代りともいえる声が、これを買いましょう、あれを買いなさい、という。

それに抗えないのだ。
すんなり従ってしまう(つまり購入してしまう)。
このための万能ベッドだったのだ。

このショートショートを思い出したのは、
ステレオサウンドで働くようになってからだった。
小学館の小学○年生は、この万能ベッド的存在に近い存在に、
やり方によっては成りえたであろう──、とおもったことがある。

Date: 2月 16th, 2019
Cate: 「本」

雑誌の楽しみ方(最近感じていること・その2)

私が最初に手にした雑誌はなにかをふりかえってみると、
小学館発行の小学一年生だったことに気づく。

それに以前に、幼稚園だったころ、幼稚園児向けの雑誌があったような記憶もないわけではない。
読んでいたような記憶もあるようなないような……。

そんな曖昧すぎる記憶ではなく、
はっきりとしたところでは、やはり小学一年生である。
そして一年後には小学二年生、さらにもう一年後には小学三年生、
とそんなぐあいに小学6年生まで毎月買って読んでいた。

小学生のころは考えもしなかったことだが、
中学生か高校生ぐらいのときに、テレビで、
小学一年生のコマーシャルが流れるようになった。

私が小学生のころ、少なくとも熊本のテレビでは、
小学一年生のコマーシャルは流れていなかった。

とにかく小学一年生のコマーシャル、
それからランドセルのコマーシャルを見ていて、
そうか小学生になるということは、ランドセルを担いで学校に通うということであり、
小学一年生を読むことなんだなぁ、と気づいた。

私が小学生にあがるころ、熊本ではやっと民放のテレビ局が二局になった。
それまではRKKという民放一局しかなかった。
NKKが2チャンネル、民放が1チャンネルと、
チャンネルは12あるのは、受信できる(映る)のはたった3チャンネルだけだった。

新聞のテレビ・ラジオ欄には隣の福岡県の番組表も載っていた。

福岡は民放が四局くらいあった、と記憶している。
受信できない福岡のテレビ番組表を見ては、うらやましく思っていた。

私が小学生になるころは、そんな時代だったし、
そこにおける小学一年生という雑誌である。

Date: 2月 14th, 2019
Cate: 「本」

雑誌の楽しみ方(最近感じていること・その1)

趣味は読書です。
この場合の読書は、おもに文学作品を読むことであって、
雑誌ばかりを読んでいても、世の中はそれを読書、
それも趣味としての読書とは認めてくれないようにも感じている。

私だって、趣味は読書です、と誰かにいわれたら、
小説を読むのが好きな人なんだ、と、目の前の人のことをそう思う。

私だって、雑誌を読むことは好きだけれど、
それを誰かに、趣味です、といおうとは思っていない。

雑誌を読むことは趣味とはなりえないのか。
ここで書きたいのは、そういうことではなくて、
雑誌を読む楽しさを知っている人とそうでない人とがいる、ということである。

私は雑誌が好きなのだが、
いま、この雑誌が面白い、と感じることは少なくなってきている。
オーディオ雑誌のことだけをいっているのではない。

面白い特集をやっている雑誌は買っている。
けれど、それらの雑誌を定期購読しているかといえば、そうではない。
毎号買おう、とまでは思っていない自分に気づく。

最近、若い人たちと話して気づいたことも、雑誌に関することである。
「雑誌が好きなんだよ」という感覚が、ある世代より下にはなくなりつつあるのかもしれない。

私と同世代、上の世代の人たちであっても、雑誌を楽しんでいる人とそうでない人とがいる。
それでも、まだ雑誌を楽しんでいる人は多いように感じている。

Date: 10月 7th, 2018
Cate: 「本」, ジャーナリズム

オーディオ評論の本と呼ぶ理由(その2)

黒田先生の「レコード・トライアングル」は、本である。
magazineではなく、bookとしての単行本であるが、
そこに収められている文章は、すべてなんらかの雑誌に書かれたものをである。

「レコード・トライアングル」のあとがきにあるように、
《最近はあちこちに書きちらしたものをまとめただけの本》ともいえる。

つまり書き下しではない。

《最近はあちこちに書きちらしたものをまとめただけの本》は、
どこかで読んだことのある文章が、いくつも載っていたりする。
読み手にとって、初めての書き手の文章ならば、そうではないけれど、
興味・関心をもって読んできている書き手の文章ならば、
けっこうな数は、いつかどこかで読んできた文章でもある。

「レコード・トライアングル」のような本は、
いわば雑誌と本の中間にあるような存在なのか、といえそうだし、
そう受け止める人もいるんだろうけれど、
私にとっては、一冊の単行本である。

書き下しであろうがなかろうが、まったく関係ない。
それにすべての文章をすでになんらかの雑誌に掲載されていた時に読んでいたとしても、
一冊の本としてまとめられ、一気に読める(読む)ことの楽しさ、
それにともなう発見は、雑誌掲載時にはなかなかできないことでもある。

雑誌に掲載されているときは、他の書き手の文章といっしょに、である。
そして、つねに掲載時の「いま」を同時に読んでいる、ともいえよう。

《最近はあちこちに書きちらしたものをまとめただけの本》におさめられている文章は、
比較的最近に書かれたもの、数年前の文章、もっと以前の文章でもある。

一冊に本にまとめられるときに、手直しがまたくないわけではないが、
掲載時と大きく変っていたりはしない。

なにがいいたいかのだが、結局私にとって、雑誌も単行本も、
本として受け止めている。

私にとって書店で売られているのは、本であり。
雑誌には広告が入っているから信用できない、とか、
書き下しの本が、格上だとか、そんなことは考えたこともない。

そのうえで、ステレオサウンドは、
以前は確かにオーディオ評論の本だっことについて書いていきたい。