Archive for 6月, 2012

Date: 6月 30th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十七・原音→げんおん→減音)

音楽信号は、確かに正弦波と違い上下(プラス・マイナス)では非対称である。
けれど、この非対称波形の音楽を信号を正しく増幅するには、
アンプそのものの動作が非対称のほうがいい、という理屈は無理がある。
入力された非対称波形の電気信号を正確に増幅し出力するには理想的な対称動作のほうが理に適っている。

けれどパスが考えたのは、その先のことではないだろうか。
アンプが鳴らすのはスピーカーであり、そのスピーカーが鳴らすのはある限られた空間の中の空気である。
そしてその空気が振動させているのは鼓膜。
これらは対称動作をしているのだろうか。

たとえばスピーカー。
一般的なコーン型ユニットをエンクロージュアに取り付けて鳴らすのであれば、
コーン紙の前面にある空気と後面にある空気の量には大きな違いがあり、これは圧力の違いでもあるはず。
平面バッフルに取り付けたとしても、
コーン型ユニットのフレームの構造、それにコーン型という振動板の形状が前後で非対称であるから、
ここでも対称性はくずれている。
ドーム型ユニット、アルテックA5に搭載されているコンプレッションドライバーになると、
この非対称性はより大きくなる。
しかもA5はコーン型ユニットの515の前面にはフロントショートホーンをつけている。
コンプレッションドライバーにもホーンを取り付けている。

ここがパスが以前使っていたコンデンサー型のマーチンローガンと大きく違いところのひとつである。

コンデンサー型はコーン型やコンプレッションドライバーにくらべると、
ずっと前後の条件は対称性をもっている、といえる。

マーチンローガンの振動膜は指向性改善のためカーヴを描いているけれど、
それ以外は振動膜の前後で異る要素は見つけられない。
いわば対称性の高い発音方式であり、スピーカーである。

こういうスピーカーシステムを部屋のほぼ中央におけば、対称性はより高くなる。
アルテックのA5はもともと非対称性の高いスピーカーシステムであるだけに、
部屋の中央に設置して鳴らしたところで、部屋の空気に対する対称性にはあまり影響はないだろう。

Date: 6月 30th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十六・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスがいつごろからアルテックのA5を使い出したのか、その正確な時期については知らない。
パスのスピーカー遍歴についても、ほとんど知らない、といっていい。
けれど、おそらくパス・ラボラトリーズからALEPHを出す、
つまりALEPHを開発している時からA5を鳴らしはじめただろう、と私は思っている。

つまりアルテックのA5というスピーカーシステムがあったからこそ、
ALEPHという、スレッショルド時代とは大きく方向性の違うパワーアンプを生み出せたのではないだろうか。

ネルソン・パスが800Aを開発していたころのデイトンライトのXG8、
1980年代にパスが自宅で使っていたマーチンローガンのコンデンサー型などが、
対象とするスピーカーシステムであったなら、ALEPHは生れてこなかったか、
もしくは相当に規模の異ったパワーアンプとなっていたと思う。

A5は低音域にはオーバーダンピングの515をフロントショートホーンのエンクロージュアと組み合わせ、
中高音域には288-16Gコンプレッションドライバーと大型ホーンとの組合せ。
お世辞にもワイドレンジとはいえない、ナローレンジの高能率のスピーカーシステムである。

パスがなぜA5にしたのか、そのきっかけがなんなのか、については知らない。
どういう心境の変化がパスにあったのかはわからない。
とにかくパスが、それまでとはまったく異るスピーカーシステムに変えた、という事実だけがはっきりとしている。

ALEPHについて、パスは非対称動作をうたっている。
この非対称動作については、パスが書いた詳細なものがあればぜひ読んでみたいと思っている。
非対称動作についての是非は判断が難しいところだし、対称がいいという理屈もわかるし、
パスが言いたいこともわかる。結局、出てくる音が良ければ、それで良しとするしかない。

だから私は非対称動作か対称動作、どちらが正しいか、ということよりも、
なぜパスが非対称動作という考えに到ったのか、その過程にこそ興味がある。

そのひとつがアルテックのA5の存在でないか、と思うのである。

Date: 6月 29th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その17)

ダンピングファクター可変機能を搭載したアンプとして、
しかもここではタイトルに「D130」とつけているのだから、
絶対に忘れてはならないアンプにはJBLのパワーアンプがある。

ここでいうJBLのアンプとはいうまでもなく1960年代に登場した
SE401、SE400S、SE460といった一連のシリーズのことである。

これらのアンプにはイコライザーカードが用意されていた。
SE401用は左右チャンネルを1枚にまとめていた。
SE400Sからは左右チャンネルが分けられるようになって、
カードの型番はM11からM25までとF65の計16枚が用意されていた。

これらイコライザーカードを挿し込むことで、
スピーカーシステムに応じた周波数特性、ダンピングファクターが設定される、というものである。
具体的には、どの程度特性が変化するのか、
そのへんに関する資料を私は持っていないので詳しいことは書けないけれど、
これらのアンプと一緒に出ていたプリメインアンプのSA600の出力インピーダンスは0.35Ω、
そのパワーアップ版のSA660が025Ωだから、SE401、SE400Sの出力インピーダンスもこの値といっていいはず。

ということは0.35Ωで8Ω負荷だとダンピングファクターは22.8になる。
16Ω負荷だと、その倍の45.6になる。

このころのJBLのスピーカーシステムは推奨ダンピングファクターが発表されていて、
その値は意外に低いものだったと記憶している。
ただ手元に資料がないし、旧い記憶ゆえ間違っている可能性もあるけれど、
たしかパラゴンは1から4(もしくは1から8ぐらい)だったはずだ。

ただし、このパラゴンがどの時代のパラゴンかははっきりしない。
最初の150-4Cをウーファーとしたパラゴンなのか、途中からのLE15に変更されたパラゴンなのか。

もっとも、この推奨ダンピングファクターが、すべてのアンプに対してあてはまるというわけではなく、
やはり当時のアンプに対しての値であるものだし、
さらにはJBLのパワーアンプを使って、ということとみることもできる。

あくまでも目安のひとつでしかない、と受け止めるべき、この推奨ダンピングファクターではあるけれど、
D130が生れた当時のアンプのダンピングファクターは、決して高い値ではなく、
むしろ低い値、おそらく1から4ぐらいまでだった、と推測できる。

となると、D130をマランツの管球式パワーアンプ、JBLのパワーアンプとイコライザーカードの組合せ、
ヤマハB4といったアンプで鳴らしてみたら、どういう変化をみせるのか──、そんなことを考えているわけだ。

Date: 6月 28th, 2012
Cate: 「本」

オーディオの「本」(Retinaディスプレイ)

facebookページ機能を利用して「オーディオ彷徨」となづけた岩崎先生のページを公開していることは、
ここで何度か書いているとおりで、その「オーディオ彷徨」では岩崎先生の文章だけでなく写真も公開している。

主にスイングジャーナルでの試聴風景の写真で、カラー写真はほんのわずかでほぼすべてモノクロといっていい。
しかも紙質のよくないモノクロページに掲載された写真をスキャンして、というものだから、
最初からクォリティは期待できないことはわかっていた。

紙が薄いので裏側の写真や文字が透けてスキャンされることもあるし、粒子も粗い。
それでも写真が伝えてくれるものが、ある。
だから、公開している。

ステレオサウンド編集部にいたころは、実は試聴風景の写真は、
私が担当しているページには、あまり載せたくない、というのが本音だった。
正直、試聴風景の写真の必要性をほとんど感じていなかった。

それがいまではスイングジャーナルの試聴風景の写真が(それが粗い、クォリティの高くない写真であっても)、
伝えてくれるものに、試聴風景の写真の必要性を強く感じている次第である。

試聴風景の写真も形だけでは面白くない。
ほんとうに試聴中のワンショットであれば、そこから読み取れることは意外にも多い。
だからせっせとスイングジャーナルに掲載された写真をスキャンしているところである。

とはいえ、やはり写真が粗い。お世辞にも美しい写真とはいえない。
せめて元の紙焼き写真をスキャンできればずっとクォリティは高くなるけれど、それは無理。
それにスキャンすれば、どんなに注意深く、その作業を行っても、
スイングジャーナルに載っている写真のクォリティよりも良くなることはない、と思っていた。

そう思い込んでいたから、パソコンのディスプレイで「オーディオ彷徨」の写真を見ていた。
iPhoneで見ることは、実はつい先日までしてこなかった。

iPhone 4SのディスプレイはAppleがRetinaディスプレイと呼ぶ、高い解像度をもつものだ。
「オーディオ彷徨」で公開している写真は、一応300dpiでスキャンし、そのまま公開している。
そうやって公開している写真をretinaディスプレイで見ると、
元の、スイングジャーナルに掲載された写真を見るよりも、美しく感じられる。
意外だったけれど、嬉しい驚きでもあった。

Retinaディスプレイの解像度の高さと、液晶ディスプレイのバックライトの存在によるものだろう。
iPhoneだからディスプレイそのものは大きくない、けれどRetimaディスプレイによって、
「オーディオ彷徨」の写真を見るのが楽しくなった。

いま発売されているiPadもRetinaディスプレイになっている。
まだ、新しいiPadで「オーディオ彷徨」の写真を見てはいない。
けれど期待通りの美しさだ、と思っている。

新しいiPadのディスプレイ品質でもう充分というわけではないが、
やっとここまで液晶ディスプレイが来た、という感じがしている。
それも片手でもてるiPadで、この高解像度を実現している。

今年の暮までには、また電子書籍の形で公開を予定している本がある。
いままではePUB形式で公開してきたけれど、次からはiPadのみに、あえて絞っていく。

プラットホームを限定するなんて、時代に逆行している、と思われる人のほうが多いだろう。
でも、電子書籍をよりよいものにしていくには、プラットホームを限定していく必要性を、
私はいまのところ強く感じている。
(といいながらも、私自身、まだ新しいiPadにはしていない……)

Date: 6月 27th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その16)

ヤマハのB4の出力インピーダンス可変機能に、
真空管アンプ時代のときのダンピングファクター可変機能と同じようにプラスしていくだけでなく、
-1Ωという、マイナスしていくようにしたのは、スピーカーケーブルの抵抗成分を打ち消すためである。

B4は1978年の新製品である。
このころはスピーカーケーブルで音が変ることがすでにひろく常識となりつつあったころである。
そしてケーブルによって音が変化するというのであれば、
ケーブルの理想はケーブルが、つまりは存在しないこと、長さ0mということであり、
それに近づけるためにオーレックスとトリオはリモートセンシング技術を応用して、
スピーカーケーブルまでもNFBループに含めてしまった。

オーレックスの方式はクリーンドライブ、トリオはシグマドライブと名付けていた。
これらの技術はB4よりも約2年あとに登場している。
たしかフィデリックスもリモートセンシングは採用していた、と記憶している。

クリーンドライブは通常のスピーカーケーブルのほかに1本ケーブルを追加、
シグマドライブは2本追加することになる。

スピーカーケーブルまでがNFBループに含まれるということは、
NFBループが長くなってしまう、ということでもある。
アンプの中だけの済んでいたNFBループがアンプの外にまで拡がってしまい、
そのためループの大きさはスピーカーケーブルの長さによっては、
アンプ内だけのときと比較すると何倍にもなってしまう。

クリーンドライブは聴く機会がなかったけれど、シグマドライブは何度か聴く機会はあった。
確かに、その効果はあるといえばある。理屈としては間違っていない、と思う。
ただ、スピーカーケーブルの種類、その長さ、引回し方、それとスピーカーケーブルをとりまくノイズ環境、
これらによって、ときとしてシグマドライブにしてもクリーンドライブにしても不安定になることも考えられる。

その点、ヤマハのB4はスピーカーケーブルの抵抗成分だけを、
アンプの出力インピーダンスをマイナスにすることで打ち消し、
ケーブルの長さ0mに疑似的に近づけようとしているだけに不安定要素は少ない。

もっとも抵抗成分を打ち消しても、ケーブルのパラメータとしてはほかの要素がいくつも絡み合っていて、
それらに対してはクリーンドライブやシグマドライブのほうが有効といえる。

ヤマハにしてもオーレックス、トリオにしても、
このとき、これらのメーカーはスピーカーケーブルをアンプ側に属するものとして捉えていた、ともいえる。
別項「境界線」で書いていることとも関係している。

Date: 6月 27th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その80)

タンノイのウェストミンスターを300Bのシングルアンプ(それも伊藤先生製作のアンプ)で鳴らしたい、
ということは、この項の追補でもある「ワイドレンジ考(ウェストミンスターとブラームス)」に書いたとおりだ。

ではKingdomを鳴らすアンプとして300Bシングルを持ってくるかといえば、
いちどは興味本位で試してみたい気持はあるけれど、ここで使いたいアンプは新しいパワーアンプである。
それも出力もある程度以上のものであってほしい。

Kingdomの出力音圧レベルは92dB/W/mと発表されている。
オートグラフやウェストミンスターと比較するとけっこう低い値だ。
聴く音楽をかなり限定し、音量もそうとうに控え目であれば300Bシングルでも鳴る、といえても、
その限定された枠内でKingdomがもつ能力が十二分に発揮できるかといえば、
実際に試してみないことにはもちろん言い切れないことではあっても、やはり無理だと思う。

五味先生はオートグラフを鳴らすアンプに、さまざまなアンプを試された上でマッキントッシュのMC275を選ばれ、
カンノアンプの300Bシングルもそうとうに気に入られていた。
オートグラフであれば、ウェストミンスターと組み合わせるのとはすこし違う意味で、
私だって300Bシングルをもってきたい。これはもう興味本位の組合せではない。

けれどKingdomは、私の中ではタンノイにおけるオートグラフの後継機種ではあっても、
スピーカーとしての性格がオートグラフ、ウェストミンスターはラッパと呼びたくなるものであるに対し、
Kingdomはラッパと呼ぶことは、ない。
そういう違いがはっきりとオートグラフとKingdomにはあり、
その違いが組み合わせるアンプの選択に直接関係してくる。

Kingdomのウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数は100Hz。
JBLの4343では300Hzだった。
LCネットワーク式のスピーカーシステムで100Hzという値はそうとうに低い周波数であり、
組み合わせるアンプの範囲の狭さと難しさを、このスピーカーを使おうと思っている者に意識させてしまう。

Date: 6月 26th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十五・原音→げんおん→減音)

そういえば山中先生もアルテックのA5をメインスピーカーにされていた時期がある。
ステレオサウンド 16号の五味先生のオーディオ巡礼に載っている。
写真でみるかぎりは決して狭い部屋ではない山中先生のリスニングルームではあるけれど、
アルテックのA5には狭い空間のように、その写真はみえる。

五味先生も書かれている。
     *
私は辞去するとき山中さんに言ったのだ。あなたにはもっと広いリスニング・ルームを造ってあげたいなあと。心から私はそう言った。
     *
だからといって、山中先生は「劇場ふうな音楽」を鳴らされていたわけではなかった。
五味先生に、最初にかけられたレコードは「かえって哀愁のある四重唱」で、
次にかけられたのは「ピアノを伴う独唱」である。

そして五味先生はマーラーの交響曲を聴かせてほしい、といわれている。
ショルティによる「二番」のあとにヨッフムによるブルックナーの交響曲を聴かれている。
     *
同じスケールの巨きさでもオイゲン・ヨッフムの棒によるブルックナーは私の聴いたブルックナーの交響曲での圧巻だった。ブルックナーは芳醇な美酒であるが時々、水がまじっている。その水っ気をこれほど見事に酒にしてしまった響きを私は知らない。拙宅のオートグラフではこうはいかない。水は水っ気のまま出てくる。さすがはアルテックである。
     *
こういうブルックナーの交響曲が響いたのはアルテックのA5だからでもあるのだが、
山中先生の鳴らし方によるところもまた大きいのはいうまでもない。
けれど、それでもアルテックのA5だから、こういう芳醇な美酒として響かせるのである。

そういうアルテックのA5をネルソン・パスは選んでいるのである。
マーチンローガンのコンデンサー型は、
水っ気を、どちらかといえば水っ気ではなく水(それも少し味気ない水)にして出すスピーカーといえよう。
そういう性格のスピーカーから正反対ともいえる性格のA5を使っている。

この水っ気を芳醇な酒として響かせる性格は、ラッシュモアにも引き継がれている、と私は思っている。

Date: 6月 25th, 2012
Cate: 「オーディオ」考

「虚」の純粋培養器としてのオーディオ(その2)

こうやって書いていくという行為は、何かを掘り起している──、
書いている本人はそう思っている。
そして、「何か」とは事実、真実、そういったものであるはずだとも思っている。

けれど本人はそう思っている行為でも、もしかすると何かを埋めている行為でもあるかもしれない。
そんなことを思うことがないわけではない。

見当違いのところを掘り起していれば、
掘り起すことで出た土をどこかに盛ることで、そこにある「何か」を埋めている……、
そういうことがない、と果していえるだろうか。

書くという行為と音を良くしていくという行為に似ているところ、同じところがある、と感じている。
音を良くしていこうと思い、あれこれ試行錯誤しながら音は良くなっていく──。

ここで、けれども……、とおもう。

Date: 6月 25th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十四・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスがスレッショルドを創立したときからのパートナーでありデザイナーでもあるルネ・ベズネも、
同時期パスと同じマーチンローガンのコンデンサー型スピーカーを使っている。

その後パスとベズネのスピーカー遍歴がどうなっていったのか、その詳細は知らない。
パス・ラボラトリーズからは数年前に4ウェイのアンプ内蔵型のスピーカーシステム”Rushmore”が登場した。

15インチ口径のウーファー、10インチ口径のミッドバス、6インチ口径のミッドハイ(ここまではすべてコーン型)、
スーパートゥイーターのみリボン型を採用したラッシュモアは、
80Wのアンプを1台、20W出力のアンプを3五台搭載したマルチアンプ駆動でもある。
これら4台のアンプの回路は、低域を受け持つ80WのアンプのみXAシリーズと同じ構成で、
3台の20WのアンプはALEPHシリーズとなっている。

ラッシュモアの資料には各ユニットの出力音圧レベルが記載されている。
ウーファーが97dB/W/m、ミッドバスとミッドハイ、スーパートゥイーターは98dB/W/mと、
ユニットそのものの能率がかなり高いものが選ばれている。
これらのユニットをラッシュモアでは-6dB/oct.というゆるやかなカーヴでクロスさせている。
(スーパートゥイーターのローカットのみ12dB)

ラッシュモアが登場したとき、紹介記事の多くにはネルソン・パスがラッシュモアを開発するきっかけにもなり、
パス自身が愛用していたスピーカーとしてアルテックのA5の名があげられていた。

A5について改めてここで書く必要もないだろう。
古典的な高能率の、極端に広くない劇場であれば、
このスピーカーだけで十分通用するだけの朗々とした音を楽しませてくれるスピーカーシステムである。

1970年代、日本のオーディオマニアはこのA5や弟分にあたるA7を家庭に持ち込む人は少なくなかった。
むしろジャズの熱心な聴き手のあいだでは、それが当然のことように受け止められていた。

A5はもちろん、A7も日本の住宅環境では大きすぎるスピーカーシステムであり、
A5、A7にとって日本の住宅環境は極端に狭すぎる音響空間でもある。
それにA5、A7の仕上げは家庭内という近距離で眺めるスピーカーシステムでもない。
あくまでも業務用の仕上げである。
それでもA5、A7を導入する人はいた、少なからぬ人が、あの時代にはいた。

Date: 6月 24th, 2012
Cate: 「オーディオ」考

「虚」の純粋培養器としてのオーディオ(その1)

書くことが幾つもある時に限って、なにか新しいテーマで書きたくなる。
やめとけばいいのに、と自分でも思いながらも、とにかく新しいテーマを考え出すために、
以前書いたものをランダムに拾い読みすることもある。

そんなことをせずに、いま書いているテーマの先をさっさと書けばいいのに……、とは思っても、
テーマを増やしたいときは、ときに無理してでも増やしてきた。

自然に、というか、ふいに新しいテーマが浮ぶときもある。
こうやってなかば無理矢理に新しいテーマを考え出すときもある。

今日のタイトルは、「虚」の純粋培養器としてのオーディオ。
そうやってつけたタイトルである。

2010年12月に、「虚」の純粋培養ということばを使っている。
1年半前に、そうおもった。いまもそうおもっている。

だから、タイトルを、「虚」の純粋培養器としてのオーディオ、としたわけだが、
いざタイトルにしてみて気がつくことがある。

本当にオーディオが「虚」の純粋培養器であるとすれば、
オーディオを追求するということは、どういうことなのかを、もう一度考え直さなければならないことになる。

「音は人なり」とこの、「虚」の純粋培養器としてのオーディオは相反することになりはしないだろうか。
そうも考えられるわけだが、それでも、いまはまだ直感でしかないし、おぼろげながらでしかないが、
決して、このふたつのことは矛盾しないはずだ。

Date: 6月 23rd, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その15)

何度か書いているようにfacebookでaudio sharingという非公開のグループをやっている。
現在94人(私も含めて)の方が参加されていて、
このブログへのコメントはfacebookにてもらうことが多くなっている。

今朝、昨夜書いた「D130とアンプのこと」の(その14)へのコメントがあった。
ヤマハのB4の出力インピーダンス(ダンピングファクター)の連続可変についての記事のことだった。
ステレオサウンドでは47号の新製品紹介でB4は登場しているけれど、
この機能についての音の変化にはふれられてなかった。
その後もB4の、この機能についての記述はステレオサウンドにはなかった。

コメントには長岡鉄男氏のダイナミックテストからの引用があった。
1978年のFM fanからの引用ということになる。
     *
出力インピーダンスのツマミを動かすと、かなりの音色変化があり、右へ動かせばゆったり、おっとり、左へ動かせばしゃっきり、がっちりとなる
     *
ということはスライドコントロールを右へ動かせばB4の出力インピーダンスは高くなり、
つまりダンピングファクターは小さくなり、
中央よりも左へ動かせば出力インピーダンスはマイナスへと変化していったことがわかる。

コメントしてくださったMさんはJBLの4343をお持ちで、B4も所有されている。
ご自身の音の印象も長岡氏の印象と同じとのこと。

B4は、この出力インピーダンス可変機能の他に、出力段のA級/B級の動作切替えもできる。
A級動作時は30W、B級動作時は120Wの出力をもっている。

同じ回路構成の同じアンプでもA級動作とB級動作の音は基本的なクォリティは同一であっても、
動作を切替えれば微妙な音のニュアンスにおいては差がある。
A級動作の音とB級動作の音とどちらがいいかをではなく、B4はひとつのアンプで、
出力段の動作切替え、出力インピーダンスの可変機能、
このふたつの機能をうまく利用することで、音の変化はかなり広く調整が利き、
積極的な使い方が可能といえば、そういえるアンプである。

こういう機能は不要だ、こんな機能にお金をかけるくらいならば、
その分の費用を音質向上に向けてほしい、とか、
それらの機能を省いて価格を安くしてほしい、という意見もあると思う。

でも、使い手がその気になれば、B4のように一台でそうとうに楽しめるアンプという存在は、
やはりいつの時代にも存在してほしい、と私は思っている。

楽しむことは学ぶことでもあるからだ。

Date: 6月 22nd, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その14)

管球式アンプではいくつか搭載されているモデルがあったダンピングファクターの可変機能だが、
トランジスターアンプとなると、あまり多くないのではないか。
私が知らないだけなのだろうが、
私が思い出せるダンピングファクターを可変できるトランジスター式のパワーアンプは、
ヤマハのB4とマークレビンソンのML3、ML9ぐらいである。

マークレビンソンの2機種は連続可変ではなくスイッチによる3段階(HIGH、MID、LOW)切替えである。
具体的に、どの程度ダンピングファクターを変化させているのかは発表されていない。
ML9は聴いたことがない。
ML3はステレオサウンドの試聴室で一度か二度聴いているけれど、
ダンピングファクターを切替えてみることをしてなかったように記憶している。
いま思えばもったいないことをしたと思う。

ただステレオサウンドのバックナンバーを読み返しても、
ML9、ML3でダンピングファクターを変えての試聴記は載っていない。

あくまでも推測にすぎないが、ML9、ML3のダンピングファクターの変化幅はそれほど大きくないような気がする。
そのためあまり効果がみられず、誰もふれなかったのかもしれない。

ヤマハのB4はダンピングファクターは発表されている。
正確には発表されているのは出力インピーダンスで、1Ωから-1Ωまで連続可変となっている。

出力インピーダンスがもっとも高い値(1Ω時)にはダンピングファクターは8、
フロントパネルにあるスライドコントロールを中央にもってくれば、
出力インピーダンスは下りダンピングファクターの値は高くなる。
そして中央をこえてさらにツマミを動かすと出力インピーダンスはマイナスになっていく。
いわゆる負性インピーダンス駆動となる。

1988年にヤマハはAST(Active Servo Technology)方式を発表した。
このASTは別の会社が商標登録しており、すぐにYST(Yamaha Active Servo Technology)と変更されたが、
このAST方式はバスレフ型スピーカーと負性インピーダンス駆動を組み合わせたものだ。

ヤマハB4の、この機能による音の変化はどうだったのだろうか。
機会があれば、いまこそ試してみたいと思っている。
それもネットワークを内蔵した一般的なスピーカーシステムだけでなく、
フルレンジユニットを、ネットワークを介することなくB4と直接結線して、
ダンピングファクターを変えた音を聴きたい。

Date: 6月 21st, 2012
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(その5)

1970年代にくらべるといまのケーブルの品種は、いったい何倍程度に増えたのだろうか。
ケーブルの会社もずいぶん増えたし、まだ増え続けている。

昔はオーディオ店に行ってはカタログを集めてきていたし、
オーディオ雑誌に載る広告も、いまとはずいぶん違ってスペックをきちんと表示してあった。

ケーブルは基本的に2つの導体から構成される。
つまりそこには静電容量が存在することになる。
だから1970年代のスピーカーケーブルのカタログには1mあたりの静電容量を載せているものが多かった。
いまは、どうなのだろうか。静電容量を表示しているケーブルは全体の何%なのだろうか。

静電容量はケーブルを長くすればするほど増えてくる。
静電容量という言葉からわかるようにコンデンサーと同じなのだから、
平行する金属の面積が増えれば増えるほど容量は増えるし、
その距離が近くなればなるほど、また容量は増えていく。

だから1mのケーブルと2mケーブルとでは、
同じケーブルであれば2mだと1m時の倍の静電容量になる。

30mになれば1mのときの値の30倍になる。
この静電容量はパワーアンプの出力に対して並列に、負荷としてはいることになる。
コンデンサーの性質として高域にいくにしたがってインピーダンスは低下していく。
静電容量が大きいほどパワーアンプにとっては負荷として厳しいものとなってくる場合もある。

30mもスピーカーケーブルを延ばすということは、こういうことも考えられるわけだが、
おそらく30mのスピーカーケーブルを提案した本田一郎氏も、
それを受け入れて試した中野英男氏も、スピーカーケーブルのこういう性質はわかっていたはず。

ここで思い出してほしいのは、本田氏は太いケーブルを30m引き延ばしたわけではない。
中野氏が書かれているように細いケーブル、ということだ。

Date: 6月 21st, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十三・原音→げんおん→減音)

スレッショルドの800Aが登場したころ、
カナダのデイトンライトがガス入りのコンデンサー型スピーカーシステムを作っていた。
このガスのおかげで従来のコンデンサー型スピーカーよりも高圧をかけることが可能になったとかで、
コンデンサー型としては異例なほどのエネルギー感の再現が可能であった、らしい。

ただデイトンライトのXG8はパワーアンプをそうとうにより好みするスピーカーだったようで、
XG8を満足にドライヴできるアンプは、当時はほとんどなかった、ともきいている。

スレッショルドの800Aの開発時のエピソードして、ネルソン・パスが語っている。
パワーアンプにとって厳しい負荷であったXG8をパラレル接続にしている人を紹介されたパスは、
800Aの試作機を携えてサクラメントからサンフランシスコまで車で向ったそうだ。

800Aの試作機の保護回路の電流制限値は15Aに設定していたところ小音量時でもすぐに保護回路が働いてしまう。
それで一旦サクラメントにもどり、25Aに設定しなおしてもうまくいかない。
そうやって改良を800Aの試作機にくわえていくことで、最終的には保護回路を外すことが可能になり、
XG8のパラレル接続を問題なくドライヴできるだけでなく、
音質的にもそれまでのアンプでは得られなかったレベルに達することができた、そうだ。

こういうこともあって800Aはアメリカではデイトンライトの使い手から評価を寄せられたそうで、
またデイトンライトのXG8のために800Aは開発されたという人もいたそうだ。

このことと、STASIS1がカッティング用のアンプとして使われたこと、
さらにSTASISシリーズの1984年ごろのS/500IIは核磁気共鳴を測定するための機器として、
ある大学の研究室に20台納められた実績をもつこと、
これらのことからいえるのは、パスがいたころのスレッショルドのアンプは、
条件の厳しい負荷を問題なくドライヴできる性能を持っていた、ともいえる。

ネルソン・パスがどんなシステムを使っていたのか。
スレッショルド時代は、マーチンローガンのコンデンサー型に、
10インチ口径のウーファーを8本を使ったサブウーファーを足し、しかもこのウーファーにはMFBをかけている。

これが1984年ごろのことだ。

Date: 6月 21st, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十二・原音→げんおん→減音)

スレッショルドのSTASIS1の出力段に使われている出力トランジスターの数は72個だ、とすでに書いた。
電圧増幅段に使われているトランジスター、FETの数をあわせると増幅部だけで85個になる。
STASIS1はモノーラル仕様で、1台の重量は48kg。
この規模で、200Wの出力を実現し、当時テラーク(と記憶している)のカッティング用アンプにも採用されている。

くり返しになってしまうが、
STASIS1はスレッショルド時代におけるネルソン・パスの傑作であり頂点でもあった。

このSTASIS1をつくった男が、ほぼ30年後に発表したSIT1は、STASIS1と同じモノーラル仕様であっても、
ずいぶんと規模は異るパワーアンプである。

輸入元のエレクトリのサイト、ステレオサウンド 182号の小野寺弘滋氏による記事を読めばわかるように、
SIT1に使われているトランジスターの数はわずか1。1石アンプである。
STASIS1の1/80以下である。
重量は13.1kgと、STASIS1の1/3以下である。

これらのことから想像がつくようにSIT1の出力は8Ω負荷で10Wと、STASIS1の1/20。
ちなみにダンピングファクターはSTASIS1は100以上(DC〜20kHz)となっている。
可聴帯域においてほぼフラットということは、トランジスターアンプではそれほど多くはない。
ダンピングファクター100ということは出力インピーダンスは0.08Ωということになる。
SIT1は出力インピーダンス:4Ωと発表されているから、ダンピングファクターは8Ω負荷時において2。
4Ω負荷だと、STASIS1は50以上、SIT1は1である。

こうやってスペックだけを比較していくと、
STASIS1は物量を投入したトランジスターアンプそのもの、
SIT1は直熱三極管のシングルアンプ、それも無帰還のそれ、とも思えてくる。

このふたつのアンプを、ネルソン・パスは設計している。