Archive for category 価値・付加価値

Date: 10月 1st, 2016
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(その4)

オーディオ機器の付加価値にはどういうものがあるのだろうか。

ついこのあいだ話に聞いたのだが、
ハイエンドオーディオ機器を購入する人の中には、
このスピーカー(アンプ)は、日本に輸入された一号機なんです、
という人がいるそうだ。

「日本に輸入された一号機」には、自慢が込められている。
ハイエンドオーディオ機器だから、かなり高価である。
それだけのモノを、日本で最初に買えるということは、
それだけの財力があるわけだし、自分にはモノを見る目があって、
それも人よりもいち早く、そのモノの真価を見極められるからこそ、
一号機を購入できる、という自慢。

あとは輸入元、およびオーディオ店の人たちと懇意な間柄であることも、
自慢したいのかもしれない。

でも、自慢するようなことなのだろうか。
本人にとっては自慢であっても、
周りの人はどう思っているのかはわからない。

一号機だから、何か特別な価値が、そのオーディオ機器にあるのだろうか。
一号機ということは、オーディオ機器にとって付加価値といえるのだろうか。

Date: 12月 29th, 2015
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(ステレオサウンド 38号・その2)

私の手元にある二冊のステレオサウンド 38号のことを書いている。
一冊は岩崎先生が読まれていたもので、かなりボロボロの38号であり、
もう一冊はある方から譲ってもらったもので、キレイな38号である。

38号は1976年3月に出ているから、約40年前のステレオサウンドである。
これだけ経てば、雑誌は資料としての価値が出てきて古書店での買い取りも高くなる。

友人が10年程前だったか、大量にファッション雑誌を処分した。
買い取りに来ていた古書店のスタッフの話によれば、
雑誌はほとんど値がつかない、ということだった。

けれど20年以上前の雑誌となると、値が付いてくる。
もっと古くなるとさらに値がつく、ということだった。

雑誌は古くなればなるほど資料としての価値が出てくるために、そういうことになる、ということだった。
それは記事だけでなく、広告も資料としての価値が出てくる、ともつけ加えられた。

そうなると、ここでの資料としての価値は、
雑誌にとっては時代が経ったことによって生じた付加価値ということになるのだろうか。

その付加価値によって買い取り価格が高くなる。

Date: 5月 2nd, 2015
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(余談)

別項でふれたステレオサウンドのPDF
ファイル名がstereosound_mediaguide_140401となっているから、
これからはステレオサウンド・メディアガイド(PDF)と表記していく。

ステレオサウンド・メディアガイド(PDF)にも「付加価値」が登場している。
読者プロフィールの説明文に「高付加価値への千里眼」とある。

この読者プロフィールの説明文は、誰が書いたのだろうかとつい詮索したくなる文章である。
それにしても高付加価値とは、いったいなんなのだろうか。

説明文には、高付加価値のあとに、こう続いている。
《商品の歴史や伝統、デザイン、質感、実用性にもこだわりをもつ。》と。
ということは商品の歴史や伝統、デザインを、ここでは高付加価値と定義しているのか。
だとしたら、甚だしい認識不足とひどい勘違いとしかいいようがない。

いったい、いまのステレオサウンド編集部は、付加価値をどう捉えているのだろうか、と心配になってくる。

Date: 3月 17th, 2015
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(ステレオサウンド 38号・その1)

別項で、二冊のステレオサウンド 38号のことを書いた。
一冊は割とキレイな38号で、もう一冊はボロボロになった38号。

この二冊を古書店にもっていったら、キレイな38号は高く買い取ってくれるだろうし、
ボロボロになった38号の買取り価格はかなり安くなるであろう。

ではキレイな38号の方が価値が高いのか、ということになる。
買い取った本を売る商売であれば、キレイな38号の方が価値がある、ということになる。
高い値段で売れるから、高く買い取る。
古書店にとっては、商品価値はキレイな38号の方が高い。

そして買う方にとっても、ボロボロの38号よりも、キレイな38号の方が、
多少高くともこちらを手に取って買っていくであろう。

古書は誰が読んだ本なのかは、ほとんどの場合わからない。
だからこそボロボロの38号よりもキレイな38号の方がいい。

けれど、私がどちらか一冊を手離すとしたら、ためらうことなくキレイな38号のほうだ。
ボロボロの38号はずっと手元に置いておく。

それは私にとってキレイな38号よりも、ボロボロの38号の方が大事だからである。
大事ということは、私にとって価値が高いということになる。

すでに書いているように、ボロボロの38号は、
岩崎先生によってくり返し読まれることによってボロボロになった38号である。

だが古書店に、ボロボロの38号をもってきて、
これは岩崎千明が読んでボロボロになった38号だ、と説明しても、
買い取る側の古書店にとっては、それがどんな意味をもってくるのかといえば、
ほとんど無意味ということになるだろう。

まずどうやって岩崎先生が読んだ38号と証明するのかがある。
証明できなければ、古書店にとっては、単なるボロボロの38号でしかない。
そんな38号を、キレイな38号よりも高く買い取ることは絶対にない。

Date: 2月 1st, 2015
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(その3)

付加価値の付加とは、付け加えられる、付け加えられたという意味である。
ある製品が完成した後に付け加えられた価値が、付加価値ということになるのか。

さらには付け加えられた価値であるのならば、
その価値を不要とする使い手が取り除くことができる価値なのだろうか。

私にとって、(その2)で挙げたJBLのHarkness、トーレンスのTD224、そのほかの機種から、
岩崎先生が使われていたモノということは取り除くことはできない。

傍から見れば、岩崎先生が使われていたスピーカー、アナログプレーヤー、カートリッジといったことは、
付加価値であると思っていたとしても、私にとっては付加価値ではない、という気持が強いのはそのためである。
取り除けない価値は、付加価値ではないはずだ。

では、タンノイのオートグラフにとって、五味先生が鳴らされていたということは付加価値になるのか。
私には、ここがやや微妙になってくる。

毎月第一水曜日に行っているaudio sharing例会をはじめたばかりのころ、
来られた方がいわれた。
オートグラフは五味康祐氏が鳴らしていたから特別なスピーカーではない。
そういうこととは関係なしに特別なスピーカーなのだ、と。

これは至極まっとうな意見である。
そうわかっていても、私にとってタンノイ・オートグラフは、
どこまでいっても五味先生がもっとも愛用されたスピーカーということで、特別な存在なのである。

つまり私にそう言われた人にとって、
五味先生が鳴らされていたいたことはオートグラフにとっての付加価値ではない、ということであり、
私にとっては付加価値以上の意味をもつことになる。

そしてその人と私のあいだに、五味先生が愛用されていた、ということが付加価値となって、
オートグラフを見ている人もいるはずだ。

Date: 2月 1st, 2015
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(その2)

オーディオ機器にとっての付加価値とはどういものがあるのだろうか。

いま私のところにはJBLのHarknessがある。
トーレンスのTD224、パイオニアのExclusive F3、EMTのTSD15、デッカのMarkVなどがある。
これらはすでに書いてきたように、岩崎先生がお使いだったモノだ。

その意味では付加価値があるオーディオ機器といえるわけだが、
ここでの付加価値はあくまでも私にとって、ということに限られるし、
付加価値とはいいたくない気持も強い。

岩崎先生の文章を読んできた読み手の一部にとっても、それは意味のあることで、
そういう人にも、岩崎先生のモノだったオーディオ機器ということは付加価値となるだろうが、
それを一般的な付加価値とは呼べない。

これに関することでいえば、このモデルは以前○○さんが使われていた、といわれるモノが市場に出ることがある。
仮に本当だとしても、すでに誰かの手にわたり、その人からまた別の人に、ということもある。

こういう場合にも、私にとって付加価値と同じ意味での付加価値があるといえるだろうか。
これは人によって違ってくることだろう。

あいだに何人かの人がいようと、そこに付加価値を認める人もいれば、
直接本人から譲ってもらったものでなければ、付加価値は認められない、という人もいる。

誰かが使っている(いた)ということは、付加価値になり得るのだろうか。
タンノイのオートグラフは五味先生が鳴らされていたスピーカーシステムである。
JBLの4343は瀬川先生、マッキントッシュのXRT20は菅野先生、
JBLのパラゴンは岩崎先生、ジェンセンのG610Bは長島先生、ボザークは井上先生……、
スピーカーシステムに限らず、アンプ、プレーヤーを含めるといくつもあげていける。

これは付加価値になるのか。
つまりはタンノイのオートグラフにとって、五味先生が鳴らされていた、ということは付加価値となるのか。

Date: 1月 31st, 2015
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(その1)

デザインは付加価値といっている人は昔からいて、いまもいる。
オーディオの世界にもいる。

いつまで、こんなことがいわれつづけていくのか、と思うと、うんざりする。

それにしてもオーディオにおける付加価値というのはあるのだろうか。
昔から、そんなことを思っていた。
あるようには思えないのだが、
オーディオ機器の資産価値をけっこう気にする人がいるのを、
ステレオサウンドで働くようになって知った。

意外だった。
自分が所有しているオーディオ機器の資産価値など、
それまで一度も考えたことはなかったし、
資産価値を選択基準にしたこともなかったからだ。

なるほど、そういう考えをする人もいるのだ、ぐらいに思っていた。
けれど、はっきりと資産価値を口にするわけではないが、
オリジナル至上主義の人の中には、この資産価値をとにかく気にしての人がいることも知った。

オリジナルと違う部品を使うと、そのオーディオ機器の資産価値が下がる、とはっきりと口にした人もいた。

先日、ゴールドムンドの価格改定が発表になった。
いまは円安たし、ゴールドムンドはスイスの会社でありスイスフランの高騰を考えれば、
価格改定はしかたないこと。

どのくらい価格がアップするのか。
ゴールドムンドのパワーアンプのフラッグシップモデルであるTELOS 2500+。
現在の価格は16,500,000円。これでもすごい価格なのに、価格改定後は33,500,000円となる。
二倍になる。

購入を検討している人は、価格改定前になんとか手に入れるしかない。
けれどすでに所有している人にとって、この価格の上昇は資産価値の上昇でもある。
10%、20%くらいの価格上昇でも資産価値の上昇といえなくはないが、
そんなのはごくわずかである。

けれど一千六百万円が三千三百万円ともなれば、この資産価値の上昇は立派な付加価値といえるのではないか。