Archive for category 作曲家

Date: 7月 11th, 2018
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その11)

ストコフスキー/ロンドン交響楽団のマーラーの二番を聴いてみたい。
急に、そう思うようになった。

ストコフスキーの名を知らない人はいないだろう。
クラシックにさほど関心のない人でも、どこかで耳にしたり目にしたりしている、と思う。

名は知られていても、いまもストコフスキーの残した録音を、
熱心に聴いている人はどのくらいいるのだろうか。

クラシック音楽を聴いてきた時間の長い人ほど、
どこかストコフスキーを、巨匠と呼ばれる指揮者よりも低くみている。
私もそうだ。

ストコフスキーのレコードといって、すぐに浮ぶのは
グレン・グールドとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番ぐらいでしかない。

ほんとうにストコフスキーのレコード(録音)を、積極的に聴いてきたわけではない。
これから先も、ストコフスキーを熱心に聴いていこうとも思っていない。

なのにストコフスキーのマーラーの二番が、ひっかかっている。
1974年に録音している、ということは、
1882年生れだから、92歳でのマーラーの二番である。

CBSコロムビアと100歳までの録音契約を結んでいたことは、私だって知っている。
そういうストコフスキーだから、92歳という年齢をふつうの感覚ではかっても、
あまり意味のないことだろうが、それにしても一番や四番ではなく、
二番を録音しているということを、うまく言い表せずにいるもどかしさがある。

微にいり細にいり、という演奏ではないであろう。
多少の瑕疵もある演奏かもしれないが、少なくともレコード会社が発売にOKを出している。

タワーレコードが、ストコフスキーのマーラーの二番を復刻している。

Date: 7月 11th, 2018
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その10)

そういえば、私はテンシュテットのマーラーの九番を聴いていない。
六番を聴いたら、九番を聴いてみよう、といまごろ思っている。

テンシュテットのマーラーだけでなく、シノーポリのマーラーを、
ここに来てもう一度聴いておこう、とも思いはじめている。

私が20代のころ、シノーポリのマーラーの録音は始まった。
発売順に聴いていったが、途中でやめてしまった。
理由は、もうよく憶えていないが、感覚的についていけないと感じたことも大きい。

あのころはそう感じたたけれど、いまはどう感じるのか。
そういえばシノーポリの九番も、聴いていない。

なにもマーラーの九番の、私にとっての名盤を選びたいわけではない。
そんな気持はまったくない。

正直、ジュリーニ、カラヤン、バーンスタイン、それにアバド(1987年録音の方)があれば、
私には充分である。
あとあげるならばワルターの古い録音である。

熱心なマーラーの聴き手からすれば、ずぼらな聴き方をしてきている。
網羅的な聴き方をそれほどしてこなかった。
これからそんな聴き方をしようとも思っていない。

聴いてきたマーラーよりも聴いていないマーラーの方が多い。
いまCDは安い。
集めようと思えば、それほど負担なくけっこうな枚数になる。
でも、聴くのか。

持っておけばいつでせ聴ける。そんな安心感はある。
でも、心のどこかで、そんな聴き方とマーラーの九番の世界とはそぐわない。
なにか違う聴き方のようにも感じなくはない。

怠惰な聴き方のいいわけかもしれない──、
と思わないわけではないが、それで誰からに迷惑をかけるわけでもない。

それでも、これまで聴いてこなかったマーラーの録音に、
いまになって気になっている演奏がある。

Date: 7月 10th, 2018
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その9)

クラウス・テンシュテットの名を知ったのも、
テンシュテットのLPで最初に買ったのもマーラーだった。

東ドイツの指揮者だったテンシュテットは、1971年に西ドイツへ亡命している。
1925年生れのテンシュテットではあったが、そのためあまり名が知られているわけではなかった。

はっきりとは記憶していないが、
黒田先生は、テンシュテットを海中深く潜っていた潜水艦に喩えられていた。

EMIから出ていたロンドンフィルハーモニーとのマーラー。
その印象が強いだけに、潜水艦ということに妙に納得していた。

テンシュテットのマーラは、二番のLPを最初に買った。
次に、五番か四番を買ったはずだ。一番は買わなかった。
そういえば、いまだテンシュテットのマーラーの一番は聴いていない。

そして六番を、発売後すぐに買った。
(その6)で書いているように、
これが六番の、私にとって最初のLPだった。

テンシュテットのマーラーのなかで、六番はよく聴いていた。
テンシュテットの発売になっていたマーラーすべてを買ったわけでもないし、
聴いていたわけでもないから、六番がテンシュテットの演奏でもっとも素晴らしいとはいわないが、
集中的に聴いていた。

どこか、その行為には、
ステレオサウンドの試聴室でくり返しきいたレーグナーの六番を、
テンシュテットの六番によって消し去ろうとしていたところもあったのかもしれない。

それから、いくつもの六番を聴いている。
バーンスタインの再録も聴いているし、他の指揮者でも当然聴いている。

もういまでは六番を聴くことは、すっかりしなくなった。
六番を聴きたい、とおもうことがなくなっている。

でも、そろそろもう一度テンシュテットの六番を聴いてみようか、と思っているところだ。

Date: 4月 27th, 2018
Cate: ベートーヴェン

ベートーヴェンの「第九」(その19)

五味先生の「西方の音」を読んだのは、ハタチぐらいだったか。
「日本のベートーヴェン」が、最後に収められている。
そこに、こんなことが書いてあった。
     *
 私は『葬送』の第一主題に、勝手なその時その時の歌詞をつけ、歌うようになった。歌詞は口から出まかせでいい、あの葬送のメロディにのせて、いちど自分でうたってごらんなさい。万葉集の相聞でも応援歌でも童謡でもなんでもいいのだ。どんなに、それが口ずさむにふさわしい調べかを知ってもらえるとおもう。ベートーヴェンの歌曲など、本当に必要ないくらいだ。日本語訳のオペラは、しばしば聞くにたえない。歯の浮くような、それは言語のアクセントの差がもたらす滑稽感を伴っている。ところが『葬送』のあの主旋律には、意味のない出まかせな日本語を乗せても、実にすばらしい、荘重な音楽になる。これほど見事に、全人類のあらゆる国民が自分の国のことばで、つまり人間の声でうたえるシンフォニーをベートーヴェンは作った。こんな例は、ほかに『アイネ・クライネ』があるくらいだろう。とにかく、口から出まかせの歌詞をつけ、少々音程の狂った歌いざまで、『英雄』第二楽章を放吟する朴歯にマント姿の高校生を、想像してもらいたい。破れた帽子に(かならず白線が入っていた)寸のつまったマントを翻し、足駄を鳴らし、寒風の中を高声に友と朗吟して歩いた——それは、日本の学生が青春を生きた一つの姿勢ではなかったかと私はおもうのだ。そろそろ戦時色が濃くなっていて、われわれことに文科生には、次第にあの《暗い谷間》が見えていた。人生いかに生きるべきかは、どう巧妙に言い回したっていかに戦死に対処するかに他ならなかった。大きく言えば日本をどうするかだ。日本の国体に、目を注ぐか、目をつむるか、結局この二つの方向しかあの頃われわれのえらぶ道はなかったと思う。私自身を言えば、前者をえらんだ。大和路に仏像の美をさぐり、『国のまほろば』が象徴するものに、このいのちを賭けた。——そんな青春時代が、私にはあった。
     *
『葬送』とは、ベートーヴェンの交響曲第三番の葬送行進曲のことだ。
その第一主題に、《勝手なその時その時の歌詞》をつけて歌う。
真似をしたことがある。

けれど、すんなりいかなかった。
それには、少し気恥ずかしさもあったからだろう。

そんな私がいま何をやっているかというと、
ベートーヴェンの「第九」の四楽章で、同じことをやっている。
《勝手なその時その時の歌詞》をつけて歌っている。

意識して始めたことではない。
ふと戦慄が浮んできて口ずさんだ。
その時に、勝手な日本語をつけて歌っていた。

やってごらんなさい、というつもりはない。
第三番の葬送行進曲で、やっと歌えそうな気がしている。

Date: 3月 1st, 2018
Cate: ワーグナー

ワグナーとオーディオ(余談・UREI Model 813とイタリアオペラ)

(その5)を書こうとして、ステレオサウンド 47号を開いていたら、
ふと思った(というよりひらめいた)。

イタリアオペラ、それもやや古い録音、
つまり録音器材がまだ真空管全盛時代だったころのイタリアオペラを聴くのに、
UREIのModel 813は最高のスピーカーシステムなのかもしれない──、
そうひらめいた。

古いジャズもいいかもしれないが、
私にとってModel 813はイタリアオペラのためのスピーカーかもしれない。

Date: 2月 20th, 2018
Cate: ワーグナー, 瀬川冬樹

ワグナーとオーディオ(ワーグナーと瀬川冬樹)

ワーグナーの音楽と、瀬川先生が好まれて聴かれていた音楽とは、
少々印象が一致しない面があるようにも感じていた。

ワーグナーと瀬川先生ということで、
私が真っ先に思い出すのは、ステレオサウンド 38号の、黒田先生のこの文章だ。
     *
 普段、親しくおつきあいいただいていることに甘えてというべきでしょうか、そのきかせていただいたさわやかな音に満足しながら、もっとワイルドな音楽を求めるお気持はありませんか? などと申しあげてしまいました。そして瀬川さんは、ワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」の合唱曲をきかせてくださいましたが、それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない。
 たしかに、そういうことは、いえるような気がします。日本でこれほど多くの人にバロック音楽がきかれるようになった要因のひとつに、日本での、決してかんばしいとはいいがたい住宅環境があるというのが、ぼくの持論ですから、おっしゃることは、よくわかります。音に対しての、あるいは音楽に対しての好みは、環境によって左右されるということは、充分にありうることでしょう。ただ、どうなんでしょう。もし瀬川さんが、たとえばワーグナーの音楽の、うねるような響きをどうしてもききたいとお考えになっているとしたら、おすまいを、今のところではなく、すでにもう大音量を自由に出せるところにさだめられていたということはいえないでしょうか。
     *
ここにワーグナーが出てくる、「さまよえるオランダ人」も出てくる。
そして《それをかけて下さりながら、瀬川さんは、このようにおっしゃいました──さらに大きな音が隣近所を心配しないでだせるようなところにいれば、こういう大音量できいてはえるような音楽を好きになるのかもしれない》
と瀬川先生がいわれた──、
ここを読んでいたから、ワーグナーの音楽と瀬川先生の好まれる音楽が結びつきにくかった。

ついさっきまでKさんと電話で話していた。
彼によると、瀬川先生はNHK FMで放送されているバイロイトをエアチェックして聴かれていた、とのこと。

当時ラックスのショールームで定期的に行われていたなかでも、
常連の方とワーグナーについて熱心に語られていた、という話も聞いた。

聞いていて、意外だな、というおもいと、やっぱり、というおもいとが交錯していた。

瀬川先生は世田谷に建てられたリスニングルームでは、ワーグナーを聴かれていたのだろうか。

Date: 1月 1st, 2018
Cate: バッハ

待ち遠しい(2018年を迎えて)

昨年春「老いとオーディオ(齢を実感するとき・その5)」で、内田光子のバッハについて書いた。

内田光子は1948年12月20日生れだから、今年の終りに70になる。
70でバッハを、といっていたのだから、きっと録音してくれるだろう、と期待している。

2019年には、内田光子のバッハが聴けるようになる──、
そう信じている。

Date: 12月 16th, 2017
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その8)

12月6日のaudio wednesdayから10日経った。
今日も、気がつくとマーラーの二番の第一楽章を口ずさんでいる。

これまでだってマーラーの音楽は数え切れないほど聴いてきている。
聴いた直後はそういうこともあったが、10日経っても……、ということは今回が初めてだ。

口ずさみながら、いくつかのことを思い出す。
ステレオサウンドの試聴室で聴いたマーラーのことなどを思い出す。

最初にステレオサウンドの試聴室で聴いたマーラーは、
ハインツ・レーグナーの第六番だった。
ドイツ・シャルプラッテンから出ていた。

1981年録音で、1982年に聴いている。
まだベルリンの壁があった時代で、
ドイツ・シャルプラッテンは東ドイツのレコード会社だった。

デジタル録音だった。
まだCDが登場する数ヵ月の前のことだから、LPだった。

その数年後のインバルのマーラーほど回数を聴いたわけではなかったが、
一楽章の途中までとはいえ、くり返しくり返し何度も聴いたマーラーだった。

自分でもマーラーのディスクは、少しずつ買い始めたころだった。
まだ九曲すべてのレコードを持ってはいなかった。

六番はまだだった。
レーグナーのディスクは試聴室にあるわけだから、
聴きたければ、最後まで聴けたわけだが、
一楽章は最後まで聴いたことが一度あるが、
二楽章以降は聴いていない。

私が最初に買った六番は、テンシュテットのLPだった。

Date: 12月 11th, 2017
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その7)

五味先生が「マーラーの〝闇〟とフォーレ的夜」に、
マーラーの音楽について書かれている。
     *
よりよい音への貪欲さによることだが、貪らんで執拗な行為が、稚気を感じさせるには天性の童心がなくてはかなうまい。フォーレには、そういう童心はなかったとおもう。フォーレも執拗にパリ音楽院校長の職をはなれまいとし、きこえぬ耳で演奏会場に立った。だがマーラーとフォーレでは執念ぶかくとりついたその対象が、まるでちがう。マーラーの稚気はここに由来する。一皮剥けば、どろどろの血が奔き出してくる稚気だ。本来、執念深いユダヤ人がマーラーの中でいなくなることは、片時だってないのである。マーラーの交響曲をどれでもいい、聴いてみるといい。金管楽器の斉唱が必ずある。耳をつんざく咆哮で、どうしてそういつもむきに吹き鳴らすのかと言いたいほどだが、やがてつづく弦の旋律のこよない美しさは独特だ。時に耽美的で、悲痛で、全曲をそれは有機づけ、くさぐさなモチーフを敷衍させるうちにオーケストラが幾つかの動機でこれに絡みつく。動機はさまざまに変形され、響きわたると茫漠とした一つの世界がそこに展開される。そして突如、沈黙がおとずれヴァイオリンのソロが、トレモロで得もいえぬ甘美な、感傷的な調べをかなでる。それは木管に受けつがれ、絶妙な調和がそこにある、と、又もや冒頭の金管の動機がはげしく吹き鳴らされ、やや急しく弦楽器がこれにからみ、追いつき、さまざまな動機を飽和して曲は昂揚の頂点へのぼってゆく……そんなパタンのくり返しだ。本来淡泊な日本人のわれわれには、もうわかった、もう充分わかったと制したくなるほどだが、マーラーは止めない。執拗に執拗にパタンをくり返し、金管を咆哮させる。時には不協和音を殊更きかせるつもりかと怪しみたいくらい、弓ですべての弦を(それも強く!)こすらせる。マーラーならどの作品番号を取りあげてもこの執拗な——稚気などカケラもない〝闇〟が、ある。
     *
まさに、このとおりの音楽である、マーラーの交響曲は。
第二番の第一楽章もそうである。

マーラーは、くり返す。
くり返すから、長くなる。
二番の第一楽章も20分前後の時間を必要とする。

マーラーは苦手、マーラーは嫌い、
マーラーは聴きたくない、という人がいても、そうだろうと思うことだってある。

まして空気を揺らし、時には部屋をも揺らすような音量で鳴らすのだから、
マーラーを苦手とする人は、その部屋から逃げ出しても、そうだろうと思う。

それでも音量を下げようとは、微塵も思わない。

アルマ・マーラーは、もっと端的に語っている。
「形成を告知する混沌」だと。

だから、そこには尋常ならざるエネルギーが、どちらにも要求される。

Date: 12月 10th, 2017
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その6)

12月のaudio wednesdayの音を聴いたHさんが、
「今日の音、いつもより明るいですね?」といわれた。

別項で書いたように、今回はファインメットコアを使ったコモンモードノイズフィルターを、
CDプレーヤーの電源に挿入している。
それからスピーカーのまわりもちょっといつもと違うセッティングにしている。

アルテックのドライバーの下には角材をかましている。
その向きと位置を変えただけであるが、それだけであっても音の変化は小さくない。

細部まで、光が当るようになった音ということでは、
明るくなった、という表現はそのとおりである。

だからといって能天気な明るさであったり、
まぶしすぎたり、細部まであからさまにするような、そんな明るさではない。

これまでの音より明るくなることで、音楽の表情は豊かに出るようになった、といえる。
瑕疵のない音であっても、表情に乏しい音は、いくらでも聴いている。

細かい音まで聴けるスピーカー、
つまりそういう細かな音を出してくるスピーカーだからといって、
音楽の表情も豊かになるわけではない。

音が全体に明るくなった──、
マーラーの〝闇〟から遠ざかった──、
そう単純なものではない、音の世界というのは。

Date: 12月 9th, 2017
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その5)

12月のaudio wednesdayで、ショルティ/シカゴ交響楽団によるマーラーの二番を、
かなりの大音量で鳴らした。

瑕疵のまったくない音ではなかった。
人によっては、聴くに耐えぬ音と思うかもしれない。
それでもマーラーの音楽の本質は出していたと言い切れるし、
ショルティの演奏の本質についても、同じことをいう。

瑕疵がまったくない音を聴きたいわけではない。
私が心の中で描くマーラーの「音」を聴きたいのである。

二番は一楽章だけを鳴らした。
全楽章鳴らしたい気持はあったけれど、マーラーを聴くことがテーマだったわけでもないから、
一楽章だけでがまんした。

これが水曜日の夜のことだ。
それから今日まで、頭のなかで何度も、二番のフレーズがリフレインしている。
その度に、マーラーという男は、どこか狂っている、と思う。

この旋律から、なぜ、こういう展開になっていくのか。
何度も聴いている曲とはいえ、あらためてマーラーという男の頭の中は、
いったいどうなっているのか、覗けるものなら覗いてみたいと思うほどに、
強烈な展開をしていく。

聴き終って、五味先生の文章を思い出してもいた。
     *
 ところでマーラーの愛情にはウェーバー夫人も充分こたえた。知られていることだがウェーバーの未完の遺作『三つのピント』は、このときのマーラーと夫人との協力で完成された。(もっとも、どう見てもウェーバーのものではなく、マーラーの音楽で、なんといってもつぎはぎ細工の域を出ず、舞台にのせられる代物ではなかったと、アルマは書いている)この仕事にたずさわったことがしだいに二人を燃えあがらせ、ついに駆落ちを決意させる。アルマは書くのだ——「夫人に対するマーラーの愛はきわめて深かったが、最後の一歩をふみ出すことへの恐怖もそれにおとらず強かった。彼は一文無しだったし親兄弟を養わねばならぬ身だった、というわけで——彼の話によれば——マーラーと一緒に逃げるつもりでいた夫人を乗せずに汽車がすべり出したとき、彼は深い安堵の溜息をついたのだ!」——この記述がどれほど真実をつたえているかは怪しい。アルマと結婚するとき、「おれは年をとりすぎていないか?」とマーラーは自問し苦悩した。このときのマーラーは四十男だ。それが二十歳年下の女性と結婚して、思い出話に夫人との恋を語ったのである。四十男の述懐である、わずかにアルマの軽妙な筆致のおかげで、ユーモアの感じられるのがマーラーのためにも救いだろう。有体に言えば、二十八歳のそれも「禁欲者マーラー」(アルマ)が人妻と恋におち、駆落ちを決意した。その相手が駅に現われなくてホッとなどするわけがない。大袈裟に言えば絶望したにちがいない、おのれの人生に。貧しいということに。たいへん大胆な言い方をすれば、だが、そういう夫人との恋だったから〝巨人〟はあの程度の作品にとどまった。つまり大して傑作にはならなかった。真にマーラーの才能にふさわしい相手が夫人だったら、駆落ちは実行されたろう。〝巨人〟はもっと燃焼度の高い傑作になったろう。その代り、マーラーのその後の人生は変っていたろう。
〝巨人〟を聴くたびに私はそう思う。人生の出会いの重みを考える。天才に運命はない、というのが私の持論だが、マーラーほどの天才にしてウェーバー夫人との出会い、アルマとの結婚がその創作とわかちがたく結びついていること、個々の才能を超えた何ものかの摂理のもとに吾人はまだ在ることを、おもわざるを得ない。フルトヴェングラーを私は熱愛してやまないが、フルトヴェングラーの十七歳の写真がある、髭をはやし、長髪で、今のヒッピースタイルの若者と異らぬ風貌ながら、実にいい顔をした写真だ。(カルラ・ヘッカー女史の『フルトヴェングラーとの対話』—音楽之友社刊—に掲載されているから見た人も多いとおもう)私はこの写真を眺める度に、この若者ハインリッヒ・グスタフ・エルンスト・マルティーン・ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが、今世紀最大の指揮者となり、ぼくらのフルトヴェングラーとして死んでいった六十八年の歳月を考えるのだ。いろいろなことがフルトヴェングラーにはあったし、指揮者としての彼の偉大さは、とりもなおさず作曲家であることのおかげで、「もし作曲家の立場がなかったらフルトヴェングラーは、その指揮する傑作の深奥にまで入りきることはできなかったろう」とフランク・ティースがフルトヴェングラーの書翰集を編んだ序文で書いているが、生前フルトヴェングラーと親しかったある人に言わせると、あれほど厳粛な感動を味わせてくれたぼくらの指揮者も、女性問題には至ってだらしがなかったそうだ。
 いろいろなことが人にはあるのだ。歳月がそれを浄化し、時に消去してくれる。マーラーが人妻と何をしようと、結局、マーラーの人生を語るのは彼の作品で、〝巨人〟はマーラーのものとしてはつまらない、と私は言いきる。〝巨人〟の擱筆ののちでなければ〝闇〟ははじまらないと。
(「マーラーの〝闇〟とフォーレ的夜」より)
     *
第二番から、マーラーの〝闇〟は始まっている、と。

Date: 10月 31st, 2017
Cate: ワーグナー

ワグナーとオーディオ(その4)

ステレオサウンド 47号掲載「イタリア音楽の魅力」から、
ワグナーとヴェルディのオペラについて語られているところを引用しておく。
     *
河合 そういえますね。たとえばイタリアのカンツォーネでいうと、もちろん歌い手さんがうたう旋律もすばらしいんだけれど、その伴走にもすばらしい対旋律が、みごとなアレンジで聴かれるんです。そこで、これは歌ぬきでもいけるんじゃないかと思って、同じアレンジャーにインストルメントだけのアレンジを依頼すると、出来上ったものがひとつとしてよくない。という経験があるんですよ。
 結局 歌い手の旋律という主役をもりたてる、脇役としてのアレンジはとてもすばらしいのに、それを主役にしようとするととたんに輝きも魅力もなくなってしまうわけです。イタリアというのは、やっぱり歌の国だし、歌の国民だなと、つくづく思いましたね。
 それにひきかえ、お隣のフランスではあれだけすばらしいオーケストラのアレンジが生み出されているわけでしょう。
 ポール・モーリアに代表されるようにね。
河合 ええ。主役をオーケストラがとっても、あれだけすばらしいものになる。ところがイタリアでは、どうもうまくいかないんですよ。
黒田 そのことはポピュラーの分野だけにかぎらないんですよ。たとえばオペラでいえば、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の「前奏曲と愛の死」の「愛の死」の部分は、ほんらいはうたわれるんだけど、オーケストラだけで演奏されることも多いでしょう。ところがヴェルディのオペラでは、声をはずしてしまってオーケストラで演奏されるかといえば、まずそういうことはない。たとえば『オテロ』の、オテロとデスデモーナの二重唱は、歌のパートも、バックも、すばらしくよく書けていて、たいへん美しいけれど、そこから声をとってしまって、それでも十分にたんのうして聴けるかというと、そうじゃあないんですね。やっぱり声を聴きたくなるわけで、そのへんがワーグナーとはちがうんですよ。
 だから、レコードで『ワーグナー管弦楽曲集』というものが成り立つんだけど、ヴェルディのほうは『序曲/前奏曲集』というものしか成り立たないようなところがあるんです。いいかえると、ヴェルディの音楽の基本には、やはり〈歌〉があるということがいえるように思います。
     *
読んで気づいた、
たしかにワーグナーには管弦楽曲集のレコードがあるのに、
ヴェルディでは序曲/前奏曲集であって、ヴェルディの管弦楽曲集はないことに。

そしてイタリアオペラのハイライト盤は数多くつくられていても、
ワーグナーのハイライト盤は、ひじょうにつくりにくい、ということに語られていく。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: ワーグナー

Parsifal

ワーグナーのパルジファル。
本音をいうと、クナッパーツブッシュ(フィリップス盤)と、
カラヤン(ドイツグラモフォン盤)の二組があれば、私は充分である。

実をいうと、最初から最後までパルジファルを聴いたのは、この二組だけである。
他にもパルジファルのディスクは、いくつも出ている。
そのうちのいくつかは聴いている。
部分的に聴いているだけであり、最初から最後まで聴きたいと思わなかったから、
買うにはいたっていない。

聴いていないパルジファルのディスクの中に、
そこにはこれから発売されるパルジファルのディスクも含まれるわけだが、
いま20代くらいの若造だったら、新しい録音のパルジファルを聴いてやろう、と思うかもしれない。

でも、現実には50を過ぎている。
かといって、クナッパーツブッシュの演奏の中で、
最高のパルジファルを聴いて見つけ出す気力もない。

去年だったか、クナッパーツブッシュのバイロイトでの全録音(フィリップス盤は除く)が、
CDボックスで発売になった。
手頃な価格だった。
手を伸ばしそうに、少しはなった。
手に入れたとしても、それだけでお腹いっぱいになりそうだし、
結局はほとんど聴かずじまいになることは、わかっていた。

そういう態度(聴き方)で、パルジファルの何がわかるのか。
そう問われれば、答に窮するだろう。

何もわかっていないのかもしれない。
いいわけめくが、だからといって、積極的にパルジファルの録音のあれこれを聴いたところで、
いったい何がわかるのか、とも言葉に出して反論しなくとも、そうおもう。

むしろそういったことよりも、ショーペンハウアーを読むことのほうが、
パルジファルの理解には近いようにも感じている。

Date: 5月 21st, 2017
Cate: ワーグナー, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(カラヤンの「パルジファル」・その25)

その15)で黒田先生の、ステレオサウンド 59号の文章を引用している。

もう少し、別のところを引用したい。
     *
 なんといったらいいのでしょう。すくなくともぼくがきいた範囲でいうと、これまでマーク・レヴィンソンのコントロールアンプのきかせた音は、適度にナルシスト的に感じられました。自分がいい声だとわかっていて、そのことを意識しているアナウンサーの声に感じる嫌味のようなものが、これまでのマーク・レヴィンソンのコントロールアンプのきかせる音にはあるように思われました。針小棒大ないい方をしたらそういうことになるということでしかないのですが。
 アメリカの歴史学者クリストファー・ラッシュによれば、現代はナルシシズムの時代だそうですから、そうなると、マーク・レヴィンソンのアンプは、まさに時代の産物ということになるのかもしれません。
 それはともかく、これまでのマーク・レヴィンソンのコントロールアンプをぼくがよそよそしく感じていたことは、きみもしっての通りです。にもかかわらず、きみは、雨の中をわざわざもってきてくれたいくつかのコントロールアンプの中に、ML7Lをまぜていた。なぜですか? きみには読心術の心得があるとはしりませんでした。なぜきみが、ぼくのML7Lに対する興味を察知したのか、いまもってわかりません。そのことについてそれまでに誰にもいっていないのですから、理解に苦しみます。
(中略)
 ML7Lの音には、ぼくが「マーク・レヴィンソンの音」と思いこんでいた、あの、自分の姿を姿見にうつしてうっとりみとれている男の気配が、まるで感じられません。ひとことでいえば、すっきりしていて、さっぱりしていて、俗にいわれる男性的な音でした。それでいて、ひびきの微妙な色調の変化に対応できるしなやかさがありました。そのために、こだわりが解消され、満足を味ったということになります。
     *
黒田先生が、よそよそしく感じられたマークレビンソンのアンプとは、
LNP2やJC2のことである。

59号で聴かれているML7は、回路設計がジョン・カールからトム・コランジェロにかわっている。
JC2(ML1)とML7の外観はほぼ同じでも、
回路構成とともに内部も大きく変化している。

そこでの大きな変化は、とうぜん音への変化となっていあらわれている。
黒田先生が「マーク・レヴィンソンの音」と思いこまれていた
《自分の姿を姿見にうつしてうっとりみとれている男の気配》、
こういう音を出すアンプが、健康な心をもった聴き手に合うか(向いているか)といえば、
《すっきりしていて、さっぱりしていて、俗にいわれる男性的な音》のML7の方がぴったり合うし、
黒田先生がML7に惚れ込まれ購入されたのも、至極当然といえよう。

Date: 5月 20th, 2017
Cate: ワーグナー, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(カラヤンの「パルジファル」・その24)

小林利之氏の文章を読んですぐには、そうとは思えなかった。
カラヤン好きの知人がいて、彼を見ていると、どうにもそうは思えないことも関係していた。
数年後、1987年1月、ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤーコンサートにカラヤンが登場した。

それまではマゼールだった。
ボスコフスキーが1979年秋にニューイヤーコンサートを辞退してからの七年間、マゼールだった。
私がNHK中継で見るようになったのも、マゼールの時代だった。

いつまでマゼールなのだろうか、と思いながら見ていた。
そこにカラヤンの、いきなりの登場だった。

このころのカラヤンは相当に体調が悪かったともきいている。
それでもカラヤンは登場している。
カラヤンのニューイヤーは、これ一回きりである。

カラヤンもそうなるとわかっていたのかもしれないし、
ウィーン・フィルハーモニーのメンバーもそう思っていたのかもしれない。

1987年のニューイヤーコンサートから、録音も再開されるようになったし、
毎年リリースされるようになった。

カラヤンのニューイヤーコンサートを聴いて、
小林利之氏の文章を思い出してもいた。
確かに、カラヤンの演奏が、健康な心を持った聴き手のため、ということに、
完全ではないものの同意できるようになった。

カラヤン好きの知人は、そういえばクーベリックはほとんど聴いていなかったなぁ、と思い至った。
小林利之氏は、クーベリックの演奏もカラヤン同様に、と書かれていた。
カラヤンとクーベリックの演奏を、好んで聴く人は、健康な心を持っているのかもしれない。

ならば、ここでの組合せに選ぶアンプも、そういうアンプを持ってこよう。