Archive for category 「ネットワーク」

Date: 9月 8th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その15)

毎月第一水曜日に四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記で行っているaudio wednesdayでは、
ネットワークは、私が作った直列型6dBスロープである。
この日以外は、コイズミ無線製の12dBスロープ(並列型)で鳴っている。

ここ数回、この自作ネットワークで鳴らしてきて、いい感じだと思っている。
それでも、9月のaudio wednesdayは、まったく不安がないわけでもなかった。

メリディアンのULTRA DACを持ってきたら、どうなるのか。
たぶん、自作ネットワークがいいとは思っていても、
音ばかりは実際に聴いてみないことにはわからないところがある。

ULTRA DACを組み込んだシステムは、一点豪華主義となる。
ULTRA DACの価格と、喫茶茶会記のシステムのトータル価格は、前者の方が高い。

いわゆる情報量において、ULTRA DACは優れている。
メリディアンはDSP内蔵のアクティヴ型スピーカーシステムの開発にも積極的である。

そこにホーン型、直列型ネットワークといった組合せのスピーカーである。
予測できないことが起きても不思議ではない。

こればかりは、最初の音が鳴ってくるまで、内心ドキドキしている。
結果は別項「メリディアン ULTRA DACを聴いた」で書いている。
(その13)で書いているように、一部を銀線にしていることもよかったのかもしれない。
少なくとも、入力機器を最新のモノとしても、直列型ネットワークの良さは活きている。

むしろULTRA DACの前に、直列型にしておいてよかった、とさえ思いはじめている。

Date: 8月 5th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その14)

かなり以前からいわれているノウハウ的なことので、
古くからスピーカーユニットを組み合わせてシステムの自作に苦労してきた方ならば、
それもコーン型ウーファーとホーン型のトゥイーター、スコーカーという組合せならば、
私が書くことは、いわば常識といえることである。

それでも、いまでは知らない方も少なくないようだから書いておく。
このことはステレオサウンドでも、菅野先生、井上先生が発言されたり書かれている。

例えばウーファーもスコーカーもトゥイーター、すべてコーン型で、
振動板の素材も同じというのであれば、
ネットワークの苦労はかなり減る、といえる。

ところがコーン型とホーン型とでは、そうはいかない。
それぞれのユニットからの音色に違いがありすぎる。

結局、クロスオーバー付近の音を、いかにうまく抜くか、である。
つまりウーファーのカットオフ周波数と、
トゥイーター(スコーカー)のカットオフ周波数を、離すわけだ。

うまく抜くことで、それぞれのユニットの音色がうまく混じり合ってくれることがある。

以前試した直列型ネットワークでは、このことはやっていなかった。
まずは喫茶茶会記のシステムでの直列型ネットワークの音を確かめたかったからで、
コイズミ無線製のネットワークとの比較、
さらにコイズミ無線製のネットワークに手を加えた音との比較を元に、
今回(というか今年になって)の直列型ネットワークは、あいだを抜いている。

抜く(離す)といっても、どのくらいにするのかは、音を聴いて判断することであり、
一概にこのくらいとはいえない。

それにスロープ特性も関係してくることだし、その他の要因も無視できない。
無責任のようだが、カット&トライしかない。

今回は直観で決めている。
うまくいっているようだ。

もちろん、もっといいコイルの値、コンデンサーの値はあろう。
でも、いまはそれを追求する前に、いくつかやっておくことがある。

Date: 8月 5th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その13)

その8)で書いたことを、先日のaudio wednesdayでは試した。
audio wednesdayでは、6dBスロープの直列型ネットワークを使っている。
audio wednesday以外では、コイズミ無線製の12dBスロープのネットワークである。

スロープ特性も違うし、並列型と直列型の違いもあり、パーツも違う。
それに直列型であっても、スピーカーの教科書に載っている結線とは、また少し違う。

これだけ違うのだから、二つのネットワークの音はずいぶん違う。
audio wednesdayでは、もうコイズミ無線のネットワークに戻すことはない。
いま使っている直列型ネットワークには、それだけの手応えを感じている。

自宅のシステムなら、音を聴いて駒かな変更も加えていけるが、
なにしろ自分のシステムではなく、月一回だけの音出しだから、
いわば一発勝負で、コイル、コンデンサーの値は決定している。

これらパーツの配置にしても、これでいこう、という感じで決めている。
ほんとうは、これらを含めて、音を聴きながらじっくり検討を加えたいところだが、
一発決めにしては、まぁ、うまく鳴っている、と感じている。

それでもあれこれいじりたいわけで、
8月のaudio wednesdayで、少し変更を加えた。
直列型ネットワークではトゥイーターとウーファーを一本のワイヤーで結ぶ。

具体的にいえばアルテックのドライバーのマイナス端子とウーファーのプラス端子を結線する。
ユニットを、このように直列接続するから直列型ネットワークである。

ここを銀の単線に変更したのが、先日のaudio wednesdayでの音である。

Date: 7月 31st, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その16)

この二人が主宰するメーカーは、どちらも規模は小さい。
社員が大勢いる大企業ではなく、それぞれの人のいうことが、
そのメーカーの主張するところである。

この二人のメーカーの人は、オーディオ評論家を、
自分たちの代弁者であってほしい、と思っているのではないか。
だから、あれほど喜んだとしか思えない。

その意味で、そのオーディオ評論家はオーディオ評論家(商売屋)としてプロであった、ともいえる。
けれど読者が求めているオーディオ評論家は、
オーディオ評論家(職能家)ではないのか。
少なくとも私はオーディオ評論家(職能家)がいてほしい、と常々思っている。

けれど、オーディオ評論家(商売屋)のほうかわかりやすいと思っている読み手もいるようだし、
メーカー側の人たちが、少なくともこの二人はそうである。

メーカーにとってオーディオ評論家(商売屋)はそれでいいが、
オーディオ評論家(職能家)は、
メーカーの人たちが気づいていないところを指摘するのも仕事である。

それは欠点でもあるし、製品がメーカーの試聴室から市場に出た時に生じる魅力、
メーカーの人が気づいていない価値を指摘するのも仕事だ、と私は考えている。
そこに気づいたメーカーの製品だけが商品となっていくのではないのか。

二人のメーカーの人は、自分の賛同者、代弁者が欲しかった。
それはオーディオ評論家(商売屋)こそが得意とするところでもある。

今回のモニター機に関するいざこざは、個人ブロガー(オーディオマニア)に、
そんなオーディオ評論家(商売屋)と同じことをメーカー側が求めていたことも、
原因のひとつなのではないか。

メーカーと個人ブロガー、どちらか一方にだけ非があるようには思えない。
自分にとって都合のいいことしか求めなくなっている──、
そんな空気が、いまのオーディオ界の現状のような気もする。

Date: 7月 30th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その15)

モニター機の評価に関するいざこざは、メーカー側の求めることにもあったのではないだろうか。
今回のメーカーが、どういうことを個人ブロガーに求めていたのかははっきりしないが、
個人ブロガーをふくめてオーディオマニアを、
自社の広報マンの代理として考えていた可能性はあるように感じている。

もう十年近く前になるが、
あるメーカーのある製品が、オーディオ雑誌に取り上げられた。
あまりこのメーカーの製品は雑誌で扱われることはない。
高い評価を得ていた。

その後で、そのメーカーの人と話す機会があった。
彼はすごく喜んでいた。
そうだろう、と思ったけれど、そのあとに彼の口から出た言葉を聞いて、
少し考えさせられた。

これと同じことがfacebookでもあった。
別のメーカーの、ある製品を、とあるオーディオ評論家が評価していた。
そのことをこのメーカーの人も喜んでいた。
二人の喜び方は、同じに見えた。

つまり彼らが伝えたいことを、すべてオーディオ評論家が伝えてくれたからである。
だから、彼らは、○○さんはいい評論家だ、といっていた。
最初のメーカーを評した人(二人)とあとのメーカーを評した人(一人)は、
一人だけが同じ人である。

二人のメーカーの人が喜んでいるのは、そういうこと(レベル)なのか、と思った。
そのぐらいのこと、オーディオ業界で飯を食っている人にとっては、
さほど難しいことではない。

そういう評論家は、メーカーにとってはありがたい人であろうが、
読者にとっては、いい評論家といえるだろうか。
もっといえばメーカーにとっても、いい評論家とはいえないはずだ。

そこに、二人のメーカーの人は気づいていないようだった。

Date: 7月 30th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その14)

モニター器の評価を巡る個人ブロガーとメーカーのあいだでの意見の対立は、
それほど大事にならずに収束したようだが、
場合によってはメーカー側が、もっと強気にでることだって十分考えられる。

別項『「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(試聴における再現性の重要性)』と同じになるかもしれない。

メーカー側の人たちが、
個人のリスニングルームに来る可能性がまったくない、と言い切れるだろうか。
よほどのことがないかぎり、そんなことはありえないだろう。

それでもモニターしたオーディオマニアの言動が、
モニター機を貸し出したメーカー側からすれば、限度を超えていれば、
そういう可能性だって、これからは出てこよう。

そこで問題になるというか、オーディオマニアに絶対的に求められるのが、
再現性である。
くり返しになるから、簡単に書いておくが、実験の再現性である。

モニター機を聴いたときと同じ状況を再現できなければ、
メーカー側の人たちを納得させられるわけがない。

前回、聴いた時はこんな音ではなかった、
ほんとうにブログに書いた通りの音がしていた、と口で説明したところで、
そこには説得力はまったくない。

そういう評価に至った音をきちんと再現して、メーカー側の人に聴いてもらう。
そんなこと簡単だよ、と思っているような人は、やらないようが賢明だ。

この再現性の難しさをわかっている人ならば、モニター機の評価をやるのもいいだろう。
そして、どの程度の再現性なのか、それがその人のその時点での実力であり、
その実力の範囲内での評価に留めておくべきだ。

モニター機を借りて、試聴してその感想をメーカー側だけに伝えるのと、
インターネットで不特定多数の人に向けて公開するのとでは、
まるで違うということをわかっておく必要がある。

Date: 7月 25th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その13)

私は基本的にインターネットにあふれている試聴記は、まったく信じていない。
というよりも、ほとんど読まない。

それは匿名で書かれたものはもちろんのこと、本名で書かれたものに関してもだ。
インターネットだから本名とこちらが思っているだけで、偽名の可能性だってある。

だからといって、オーディオ雑誌に掲載されている試聴記を信じているわけでもない。
こちらも、もうまったく読まなくなった。

それは私がそうであるだけで、他の人がそうであるわけではない。
だからこそメーカーはモニター機をオーディオマニアに貸し出して、
その試聴記を書いてもらおうとするのではないのか。

ようするにインターネット、SNSによる口コミを販売促進に役立てたいからなのだと思う。
その9)で紹介している個人ブロガーとアクセサリーメーカーとの、いわゆるトラブル(ゴタゴタ)は、
そういうところから起ったことのようにも思える。

個人ブロガー、アクセサリーメーカー、どちらの側につくことはしないが、
私がメーカー側の人間だったら、少なくともtwitter、ブログを匿名でやっている人には、
モニター機を貸し出さない。

モニター機を貸し出す際には、相手の名前、住所、電話番号は聞いている。
匿名でなくとも、偽名でブログやSNSをやっているのかどうかも、そこでチェックできる。

他社製品との比較は困る、とか、株価が下がったら……、そんなことをいうのであれば、
最初から匿名でやっている人には貸し出さないのがいいように思う。

匿名でやっている人すべてが信用できない人とはいわないが、
モニター機に関しては、本名で試聴記を書くのが最低限のルールというかマナーだと思う。
そう思うのは、もう古い考えなのか。

モニター機を借りて、気になる点を感じたり見つけたりしたら、
それは直接メーカー側に伝えればいいことだ。
それが致命的な欠点だとしたら、試聴記を書かない、という選択肢もある。
そして、なぜ書かなかったか、という理由も含めてメーカー側に伝えればいい。

それではブログやSNSを読んでくれている人に、
正確なことを伝えられない、と、そんな人はいうかもしれない。

でも、それはその人が感じた欠点でしかなく、
実際のところ、ほんとうに欠点といえるのか甚だアヤシイ。

使い方、使っているシステムとの相性、
それにその人の聴き方など、そんなことが綯交ぜになっての結果としての音。
それを聴いての欠点と感じただけであって、
別の人が聴いたら、そうでないことがあるのは、オーディオマニアなら経験しているはず。

Date: 7月 25th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その12)

いくつかのオーディオ雑誌で、本業を他にもっている人がオーディオ機器の試聴をやっている。
この人たちは、自身のことをオーディオ評論家と思っているのか、そうでないのか。
オーディオライターという認識なのか、そのへんはどうなのだろうか。

耳がいい人、ある程度の文章が書ける人ならば、
そういう仕事をやれる。

別項『「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(わかりやすさの弊害)』で、
書き始めたこと、書こうとしていることと関係してくるのだが、
耳がよくて、そのディスクのある部分がどういうふうに鳴ったのかを文章にできても、
それが優れた試聴記なわけではないし、オーディオ評論ともいえない。

けれど、実際にはそういう試聴記が増えている、というか、主流になっているように、
昔からのオーディオ評論、試聴記を読んできた私は、そう感じている。

そんなふうに感じると同時に、インターネットの普及で、
それならば、オレにだってできる、と思う人が、
自ら発信するようになってきたことと連動しているようにも感じている。

以前はウェブサイトを作るのも、多少面倒だった。
サイトを作っても日々更新していくのも、面倒といえば面倒なところがあった。
それをブログはほとんど解消してくれる。

私がこうやって毎日更新していけるのも、ブログだから、というところは大きい。
基本、文章を書くだけでいいのだから、楽である。

だからこそ多くの人が発信するようになってきたのだろう。
そこに、オレにだってできる、が加わっているのが、現状のような気もする。

聴いて書く。
そこに、聴くことの難しさ、書くことの難しさがあるのだろうか。
さらには聴くための難しさ、書くための難しさはあるのだろうか。

Date: 7月 25th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その11)

それまでの専業オーディオ評論家から兼業オーディオ評論家への移行。
当時、早瀬文雄氏と何度か話している。

早瀬文雄氏は、兼業オーディオ評論家を増やしていくべきだ、と強く主張していた。
それがオーディオ界を健全にする、というのは同意するけれど、
実際にすべてのオーディオ評論家が兼業評論家となったらどうなるか。

1980年代後半は、CDプレーヤーが登場して数年、DATも登場していた。
デジタル技術はオーディオの世界に、それまで以上に入ってくることは誰の目にも明らかだった。

オーディオに関する技術は、デジタルの信号処理だけでなく、
他の技術においても、ますます高度に、複雑になっていくであろう。

それにオーディオ評論家が対応しているには、兼業では難しい──、
というのが私の意見だった。

兼業オーディオ評論家が増えていくのはいい。
けれど専業オーディオ評論家がいなくなったら、
専業オーディオ評論家が担当していたところまで兼業オーディオ評論家がやることになる。
そうなってしまうと本業がおろそかになってしまう。

兼業だったつもりが、いつのまにかオーディオ評論が本業になってしまうことだって考えられる。

兼業オーディオ評論家は、専業オーディオ評論家がきちんと役割を果してくれることで成り立つ。
なのに専業オーディオ評論家のレベルは、一部で低下しつつあった。

そこまでひどいレベルの低下ではなくとも、ステレオサウンドに書いている人でも、
次の世代と呼ばれていた人たちは、その上の世代と比較すれば……、
という点は否定できなかった。

Date: 7月 25th, 2018
Cate: 「ネットワーク」
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オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その10)

ずっと以前のオーディオブームのころは、
なりたい職業のひとつにオーディオ評論家も入っていた、らしい。

オーディオ機器の音を聴いて、試聴記を書いたり話したりすることで収入を得ることができる。
おもしろそうな仕事だと思った人も、
楽そうな仕事、自分にも出来そうな仕事と思った人もいるんだろう。

いまはどうなんだろうか。
何かの仕事についている人が、
副業のようなかたちでオーディオ雑誌に試聴記を書いてたりする。
これも、一般的にはオーディオ評論家となろう。

私がステレオサウンドにいた1980年代も、
専業オーディオ評論家よりも、
兼業オーディオ評論家を積極的に育てるべきではないか、という意見があったし、
編集部内で話題になったこともある。

すでにオーディオは斜陽産業といわれていたことも関係している。
1986年ごろからステレオサウンドに登場した早瀬文雄氏は、このケースにあたる。
眼科医という仕事をもった上でのオーディオ評論という仕事をする。

うまくいくかのように思えた。
結果がどうなったのか、このころのステレオサウンド、
それからCDジャーナルの音楽出版が出したリッスン・ヴュー(のちのサウンドステージ)、
それから2000年代のステレオサウンドを読んできた人ならば知っていよう。

そうなってしまった理由はひとつではない。
こまかな理由までひとつひとつ取り上げることはしない。

ただいえるのは、専業オーディオ評論家がいるから、
兼業オーディオ評論家が成り立つことである。

Date: 7月 25th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その9)

一ヵ月ほど前の別項『「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その20)』で、
あるブログを紹介している。

「フリーライター、書く人」というブログで、
5月23日の記事が、オーディオとインターネットに関係する内容である。
タイトルには、
「他社製品と性能比較してSNSに結果を流すのは営業妨害です。株価が下がったら責任取れますか?」と公開やり取りで炎上事件
とある。

リンク先を読んでもらればいいのだが、
実際のところ、リンクにアクセスする人は一割に満たない。
なので、もう一度くり返すことになる。

そのブログの冒頭には、こう書いてある。
     *
 個人ブロガーがオーディオ用インシュレーター製品Aと製品Bの性能を比較するとツイートしたところ、製品Aをブロガーに貸し出した株式会社金井製作所が「他社製品と性能比較してSNSに結果を流すのは営業妨害です」とツイート。「個人のレビューに対して営業妨害呼ばわりはどうなんだ?」と炎上しました。
     *
インターネットがこれほど普及して、ブログ、SNSがスマートフォン一台あれば、
どこからでもアクセスできて更新できてしまう時代ならではの事例だな、と思う。

しかも、この個人ブロガーは匿名である。
個人ブロガーのtwitterを見ても、ブログを見ても名前はわからなかった。

そのかわりなのか、使用オーディオ機器については細かく書いてある。
もうこのあたりは、私とは感覚がまるで正反対だな、と思うしかない。

自分で購入したオーディオ機器について、匿名であれこれ書くのはまだ許容範囲ではあるが、
モニター機について、批判的なことを含めて書くのに、匿名というのは、
どこかに大切なことを忘れてきてしまっている、とかしかいいようがない。

匿名でいいたいことを書く。
しかもメーカーから借りたモニター機について、である。
そんな試聴記を、誰が参考にするのだろうか、と私はまず思う。

Date: 7月 24th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その8)

オーディオ業界で仕事をしている人がハンドルネームでツイートする。
本名を明すことはない。

それを私は情けない、と書いた。
おそらく、ハンドルネームの、そんな人のいいわけはどうでもいい。
ようするに、本名がバレたら、自分の商売に影響が出るのを避けたいがためでしかない。

批判・否定的なことを本名で書けば、なにがしかの反動はある。
それを怖れてなのだろう。

ならば、一生、口を噤んでいろ、といいたい。

オーディオの世界を良くするための発言であっても、
批判・否定的な発言であれば、
それがオーディオ機器についてのものであっても、
誰かを不愉快にしたり不快にしたりする。

ゼロにはできない。
必ず、そういう人が出てくる。

何も、そういう人に謝罪すべきだ、といいたいのではない。
誰か不愉快にしたり不快にしたりする批判・否定的なことを発言するのであれば、
本名でやるべきである、それをいいたいだけである。

本音をいえば、
これに関してはオーディオのアマチュア、プロフェッショナルは関係ない。
どちらであっても匿名に逃げるのではなく、本名で発言すべきである。

こんなことを書くと、
本名で発言して、こちらに何かトラブルを生じたら、どうしてくれる……、
そんなことをいう者には、一生、口を噤んでいろ、とくり返すだけだ。

Date: 7月 24th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その7)

déjà vuがいつ閉鎖したのか正確には記憶していないが、
déjà vuの閉鎖と、日本ならではのSNSであるmixiが登場、話題になったころは、
重なっていたか、そんなに違わないのではないか。

招待制だったmixiも、多くの人が参加するようになっていった。
一つの遊び場がなくなってたら、次の遊び場が生れ、そこへと移動していく。

mixiは私もやっていた。
でも三年ほどでやめてしまった。
やめると同時に、このブログを始めた。

mixiは招待制だったら、いわば非公開のような場である。
そこで好き勝手なことを書いていくのを楽しい、と思う人は、
déjà vuを終らせた人たちのようなものかもしれないし、
オーディオについて書いていく以上は、非公開という閉じた場所ではなく、
きちんと名前を出して、自由にやっていける場がいいと判断して、
このブログを始めた。

ブログを始めるから、mixiをやめたわけだ。

いい年した大人が、本名ではなく、ハンドルネームで好き勝手なことを言い放つ。
しかもハンドルネームには、拘りがあるようでもある。
そんな掲示板の雰囲気に、ほとほと嫌気がさしていた。

このブログを始めて、一年と数ヵ月経ったころに、誘われてtwitterをやるようになった。
その後facebookも始めた。

twitterは、アカウントは残しているが、あまりアクセスしなくなった。
ここでも本名でやっている人とハンドルネーム(匿名)でやっている人とがいる。

アマチュアのオーディオマニアが、ハンドルネームなのは本人の勝手だと思えるが、
オーディオ業界で仕事をしている人の中に、ハンドルネームの人がいるのを知っている。

その人たちは、本名では言えない、書けないことを書くためのハンドルネームだ、
と、そんないいわけをしてくるだろうが、情けないと思わないのだろうか。

Date: 7月 24th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その6)

déjà vuの終りをはっきりと記憶しているわけではない。
私は、ある時からほとんどアクセスしなくなっていた。

友人から、déjà vuが閉鎖したことをきいた。
私がアクセスしなくなったころ、déjà vuを利用しようとする人たちが現れた、と感じていた。

ようするにオーディオ業界の人(もっとはっきりといえばメーカーの人)が、
déjà vuのMさんを取り込もう(利用しよう)としていたふうに、私の目には見えた。

どのメーカー(大手メーカーではない)なのかははっきりと憶えている。
このメーカーの製品にとっては、いわゆる口コミは大きな影響力をもつ、といえる。

多くの人が集まることで掲示板が荒れることが出てきた。
でも、そのことでもっとも人が集まってきたように見えた。

そうなるとオーディオマニアだけが集まってくるわけではなくなるようだ。
このころにはdéjà vuにはまったくアクセスしなくなっていた。

だからどんなふうに事が大きくなっていったのかは詳細は知らない。
déjà vuが閉鎖したあとに、友人から聞いて知っているくらいである。

déjà vuを公開していたMさんも、少し浮れていたのかもしれない。
自分のサイトがこれだけの注目を浴び、ステレオサウンドにも登場して、
メーカーの人からのコンタクトもある。

浮れるな、というのは、無理だったのかもしれない。
déjà vuの掲示板の常連の人たちの中には、Mさんと面識のある人も何人かいたのは知っている。

その人たちは、Mさんよりも年上である。
彼らはMさんに、何の助言もしなかったのか。

そんな人たちが、déjà vuがなくなって残念だね、と言っていたのを知っている。
中には、déjà vuを利用しようとしたメーカーとの関係を、
あからさまに批判する人もいたようだ。

どちらにしろ、結局、他人事なのだったのだ。

Date: 7月 17th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その12)

直列型ネットワークについての記述例は、
昔の技術書をめくっていっても、ほとんどみかけない。

一昨日、OさんのところにBeymaの12GA50を聴きに行っていた。
このことについては別項で書こうと思っているが、
Oさんは私よりも若いのに、昔のことをよく調べられている。

1960年代前半のラジオ技術が、彼の書棚にはあったりする。
その中の一冊をめくっていた。

1957年10月に、「30年来のレコード愛好家のために……」という記事がある。
瀬川先生が書かれているものだ。
     *
 本誌のレコード表に毎月健筆をふるっておられる西条卓夫氏から、氏の旧い盤友である松村夫人のために、LP装置を作るようにとのご依頼を受けたのは、また北風の残っている季節でした。お話を聴いて、私は少々ためらいました。夫人は遠く福岡にお住まいですが、その感覚の鋭さ、耳の良さには、〝盤鬼〟をもって自他ともに許す西条氏でさえ、一目おいておられるのだそうで、LPの貧弱な演奏に耐えきれず、未だに戦前のHMVの名盤を、クレデンザーで愛聴しておられるというのです。〝懐古趣味〟と笑ってはきけません。同じレコードを愛する私には、そのお気持が良く判るのでした。
 とにかく、限られた予算と、短かい期日の中で、全力を尽くしてみようと思いました。
     *
この記事のことは、ステレオサウンド 62号、63号掲載の瀬川先生の追悼記事にも出ている。

スピーカーシステムも自作である。
3ウェイのスピーカーシステムのネットワークが直列型なのである。
スロープは6dB/oct.。

この記事は、かなり以前に読んでいる。
その時は直列型ネットワークにさほど興味がなかったこともあって、
ネットワークの回路図も見ていたにも関らず、そのことを見落していた。

瀬川先生も本文には、直列型であることに触れられていない。
おそらく並列型も試されたうえでの直列型の選択なのだろう、と思っている。

松村夫人の装置のネットワークは直列型。