Archive for category 現代スピーカー

Date: 3月 19th, 2024
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その9)

(その8)で、以前のステレオサウンドのベストバイでは、
価格帯という区分けはなかった、と書いた。
47号まで、価格帯は設けられていなかった。

なぜ、設けるようになったのか。
そして、いまもそのままなのか。

もちろん時代の変化によって価格帯の分け方に変化はあるが、価格帯は以前として残っている。
価格帯は設けた方がいいのか。

ないほうがいい、と私は考えている。
なのに、価格帯をいまも続けているのは、
一番の数(機種)を増やすためであろう、と思っている。

価格帯を分けなければ、
たとえばスピーカーシステムでもっとも点数(星)を集めたモデルは一機種となる。
同じ星の数ならば、二機種になったりするが、基本的には一機種しかない。

それが価格帯を設けることで、スピーカーシステムの一番が、
価格帯の数だけ増えることになる。
そうなれば、喜ぶメーカー、輸入元が増える。

ウチのスピーカーシステムが、ベストバイで一番になった、と。

Date: 9月 26th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その8)

数日前も、あるアクティヴ型スピーカーシステムを聴いた。
今回は、ある程度、自分でセッティングしての機会だった。

どのブランドの、どの製品なのかは、いまのところ触れないが、
ペアで百万円以上する、とのこと。

スピーカーの部類としては、2ウェイの小型スピーカーということになる。
百万円を超える価格を、どう捉えるのか。

いまでは百万円超えの同じくらいのサイズのスピーカーシステムは珍しくない。
とはいえ──、とおもう気持もある。

けれど、その時、目の前で鳴っていたスピーカーは、アクティヴ型である。

瀬川先生は、K+HのOL10について、
ステレオサウンド 47号の特集ベストバイでは、
《ほとんど完璧に近いバランス。3chパワーアンプ内蔵なら高価ではない。》
と高く評価されていた。

今回聴いたモデルも、3ウェイではないが、
2ウェイで2チャンネル分のパワーアンプを搭載。
それだけでなく、いまどきのアクティヴ型スピーカーなのだからD/Aコンバーターも内蔵している。

高価ではない、と、このスピーカーシステムにもいえるわけだが、
いまこの種のアクティヴ型スピーカーシステムは、ステレオサウンドのベストバイでは、
どういう扱いになるのだろうか。

パワーアンプを搭載しないパッシヴ型スピーカーシステムと同じに扱うのか。
だとしたら、価格帯別ということを考え直さなければならない。

ベストバイという企画が始まったころは、すでに別項で書いているように、
価格帯で分けてはいなかった。

47号では、価格帯はなかった。

Date: 9月 23rd, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その7)

これまでに二度引用している瀬川先生の文章がある。
スイングジャーナルの企画で、
JBLの4350Aを、オール・レヴィンソンで鳴らされた組合せの記事がある。
     *
 本誌試聴室で鳴ったこの夜の音を、いったいなんと形容したら良いのだろうか。それは、もはや、生々しい、とか、凄味のある、などという範疇を越えた、そう……劇的なひとつの体験とでもしか、いいようのない、怖ろしいような音、だった。
 急いでお断りしておくが、怖ろしい、といっても決して、耳をふさぎたくなるような大きな音がしたわけではない。もちろん、あとでくわしく書くように、マークレビンソンのAクラス・アンプの25Wという出力にしては、信じられないような大きな音量を出すこともできた。しかしその反面、ピアニシモでまさに消え入るほどの小さな音量に絞ったときでさえ、音のあくまでくっきりと、ディテールでも輪郭を失わずにしかも空間の隅々までひろがって溶け合う響きの見事なこと。やはりそれは、繰り返すが劇的な体験、にほかならなかった。
 JBL#4350は、発表当初からみると、ずいぶん音の傾向が、以前よりよく揃っているし、バランスも向上している。
 初期の製品は、中高域を受け持つホーンのエイジングが進むまでは、ホーンの中に多少の吸音材をつめ込んだりして、この帯域を抑えなくては少々やかましい感じがあったのだが、最近のWXAでは、そのままでほとんどバランスが整っていると思う。
 JBLのこの43……ではじまるモニター・スピーカーのうち、4333A、4343のシリーズは、入力端子部の切換えによって低・高2chのマルチ・アンプ(バイ・アンプリファイアー)ドライブができるようになっているが、いうまでもなく4350は、最初からバイ・アンプ・オンリーの設計になっている。だが、この下手をすると手ひどい音を出すジャジャ馬は、いいかげんなアンプで鳴らしたのでは、とうていその真価を発揮しない。250Hzを境にして、それ以下の低音は、ともすれば量感ばかりオーバーで、ダブダブの締りのない音になりがちだ。また中〜高音域は、えてしてキンキンと不自然に金属的なやかましい音がする。菅野沖彦氏は、かってこの中〜高音用にはExclusiveのM−4(旧型)が良いと主張され、実際、彼がM−4で鳴らした4350の中高域は絶妙な音がした。しかし今回は、M−4と同じく純Aクラスの、マークレビンソンML−2Lを使ってみた。問題は低域だが、これは、少し前に、サンスイのショールームで公開実験したときの音に味をしめて、同じML−2Lを2台、ブリッジ接続して使うことにきめた。こうすると、1台のとき25Wの出力がいっきょに100Wに増大する。ことに4350の低音域は4Ωなので、出力はさらに倍の200Wまでとれる。ブリッジ接続したML−2Lは、高音域では持ち前のAクラス特有のおそろしく滑らかな質の良さはやや損なわれる。が、250Hz以下で鳴らす場合の、低域の締りの良いことはちょっと例えようのない素晴らしさだ。ブリッジ接続による十分に余裕ある大出力と、4350をふつうに鳴らした低音を聴き馴れた人にはウソのように思えるおそろしく引き締った、しかし実体感の豊かなというより、もはやナマの楽器の実体感を越えさえする、緻密で質の高い低音は、これ以外のアンプではちょっと考えられない。なおことのついでにつけ加えておくと、ML−2L自体が発表当初にくらべて最近の製品ではまた一段と質感が改良されている。
 低音にくらべて高音の25Wが、あまりにも出力が少なすぎるように思われるかもしれないが、4350の中〜高音域は、すべてきわめて能率の高いユニットで構成されているので、並みのブックシェルフを100Wアンプで鳴らした以上の実力のあることを申し添えておく。実際に、「サンチェスの子供たち/チャック・マンジョーネ」の序曲を耳がしびれるほどのパワーで鳴らしてみたが、アンプもスピーカーも全くビクともせず聴き手を圧倒した。
 ここまでやるのだから、入口以後のすべてをマークレビンソンの最高のシステムでまとめてしまう。ここで特筆したいのは、プリアンプの新型ML−6Lの音の透明感の素晴らしさと質の高さ。完全モノーラル構成で、入力切換とボリュームの二つのツマミだけ。それがしかも独立して、音量調整に2個のツマミを同時にぴったり合わせなくてはならないという操作上では論外といいたいわずらしさだが、それをガマンしても、この音なら仕方ないと思わせるだけのものを持っている。
 もうひとつ、こんなバカげたことは本当のマニアにしかすすめられないが、ヘッドアンプのJC−1ACを、片側を遊ばせてモノーラルで使うというやりかた。結局、2台のヘッドアンプが必要になるのだが、音像のしっかりすること、音の実体感の増すこと、やはりやるだけのことはある。こうなると、今回は試みなかったがエレクトロニック・クロスオーバーLNC−2Lも、本当ならモノーラルで2台使うのがいいだろう。
 プレーヤーはマイクロ精機が新しく発表した糸ドライブ・システムを使う。ある機会に試聴して以来、このターンテーブルとオーディオクラフトのトーンアームの組み合せに、私はもうしびれっ放しのありさまだ。完全に調整したときの音像のクリアーなこと、レコードという枠を一歩踏み越えたドキュメンタルな凄絶さは、こんにちのプレーヤー・システムの頂点といえる。最近になって、これにトリオのターンテーブル・シートを乗せるのがもっと良いことに気づいた。また、もしもオルトフォン系のロー・インピーダンス・カートリッジに限るのなら、アームの出力ケーブルを、サエクのCX5006TYPEBに交換するといっそう良い。この組み合せを聴いて以来いままで愛用してきたEMTのプレーヤーのスイッチを入れる回数が極端に減りはじめた。
 ただし、こういう組み合せになると、パーツを揃えただけではどうしようもない。各コンポーネントの設置の良否、相互関係、そして正しい接続。これだけでも容易ではない。また、パワーアンプだけでも消費電力が常時2.4kW時にのぼるから、AC電源の確保も一般的といえない。そして、これだけの組み合せとなると、ACプラグの差し込みの向き(極性)を変えても音の変るのがはっきりとわかり、全システムを通じて正しい極性に揃えるだけでも相当な時間と狂いのない聴感が要求される。
     *
ステレオサウンドの企画では、4343を同じ規模で鳴らされている。
どちらの音も聴くことはかなわなかった。

それでも、その音は何度も何度も想像してきた。
いくつかの衝撃的な音を聴くごとに、
その想像の音はリアリティを、私の裡では増していくのだが、
それでも、現実に、こういう音こそ、瀬川先生が鳴らされた音に近い──、
そうおもうことはなかった。

それだけに、この想像の音が、私にとって、もっとも狂気を感じさせる音そのものとなっている。

この時の組合せは、以下のとおり。
カートリッジ オルトフォン MC30 ¥99,000
トーンアーム オーディオクラフト AC-4000MC ¥67,000
ターンテーブル マイクロ RX-5000/RY-5500 ¥430,000
ヘッドアンプ マーク・レビンソン JC1AC ¥145,000×2
チャンネル・デバイダー マーク・レビンソン LNC2L ¥630,000
プリアンプ マーク・レビンソン ML6L ¥980,000
パワーアンプ マーク・レビンソン ML2L ¥800,000×6
スピーカー JBL 4350WXA ¥850,000×2
計¥8,996,000

いまから四十年以上前の価格であり、
ここにはケーブル類の価格は含まれていない。

瀬川先生は、最後の方に書かれている。
《ただし、こういう組み合せになると、パーツを揃えただけではどうしようもない。各コンポーネントの設置の良否、相互関係、そして正しい接続。これだけでも容易ではない。また、パワーアンプだけでも消費電力が常時2.4kW時にのぼるから、AC電源の確保も一般的といえない。そして、これだけの組み合せとなると、ACプラグの差し込みの向き(極性)を変えても音の変るのがはっきりとわかり、全システムを通じて正しい極性に揃えるだけでも相当な時間と狂いのない聴感が要求される。》

これだけのシステムを揃えるだけでも容易ではないのだが、
揃えてからも容易ではない。

Date: 9月 20th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その6)

リンは聴いていないので除外するが、
B&OのBeolab 90かメリディアンのDSP8000 XE、
どちらかを置ける空間と買えるだけの余裕があれば、欲しいのか、と問われれば、
欲しいと即答するが、
それでも、それだけで満足できるのか、とさらに問われれば、
1970年代後半にオーディオに目覚め、その世界に踏み込んでいった者としては、
即答はできなかったりする。

少なくとも私にとって、あの時代のオーディオは、一つの核となっている。
1970年代後半からの数年間のオーディオは、やはり狂気を感じさせる時代だった。

いまのハイエンドオーディオもそうじゃないか、と捉えている人もいるだろうが、
あの時代を体験してきた者にとっては、
違う、というしかない。

どちらの時代の音がいい、ということではない。
狂気を感じさせてくれる。

なにもあからさまに感じさせてくれるのではなくてもいい、
どこか狂気を秘めた音であってほしい。

Beolab 90もDSP8000 XEも、
そしてまだ聴いていない360 EXAKTにしても、そういう世界とは無縁のような気がする。

それはそれでいいことであって、
これらのアクティヴ型スピーカーシステムに、狂気を求めようとは思っていない。

思っていないからこそ、これらのスピーカーシステムだけでは満足できないところが、
私にははっきりとある。

Date: 9月 20th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その5)

B&O、メリディアン、リン、
それぞれのフラッグシップのアクティヴ型スピーカーシステムへの関心は、
私のなかでは急に高まっている。

一千万円を超える金額は、高い。
けれど中身をじっくりみていくと、ほんとうに高い買物なのだろうか。

いうまでもなくアクティヴ型なので、
パワーアンプが複数台搭載されている。
それからアクティヴ型のクロスオーバーネットワーク、
そしてデジタル信号処理のための回路なども含めての一千万円を超える金額である。

しかもメリディアンのDSP8000 XEは、ほぼポン置きといえる状態であっても、
あれだけの音を聴かせてくれた。
パワーアンプを含めて一千万円の予算で、スピーカーシステムをなにか選んだとして、
ポン置きの状態で、ここまでのバランスのよい音を聴かせてくれるだろうか。

聴かせてくれないだろうから、そこにオーディオの面白さがある──、
という主張は、たしかにそうである。

でも、好きな音楽をいい音で聴きたい、と思っている人すべてが、
そういう面白さを楽しめるわけではないし、求めてもいない。

セッティングを詰めていって、チューニングをしていく。
その過程(時間)をお金に換算してみてほしい。

そこのところを、
すべてとはいわないまでもばっさりとかなり省けるアクティヴ型スピーカーシステムは、
トータルで捉えてみると、かなりお買い得ともいえる。

Date: 9月 20th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その4)

メリディアンのDSP8000 XEを聴いていて、思い出したスピーカーがある。
8月に、伊勢丹新宿店 本館五階には、B&Oショップで聴いたBeolab 90のことだ。

Beolab 90も、DSP8000 XE同様、アクティヴ型スピーカーシステムで、
価格は一千万円を超える。

Beolab 90を聴いた時間は短い。
じっくり聴いたとはいえないのだが、それでもBeolab 90の良さは感じとれた。
いいスピーカーシステムだな、と思いながら聴いていた。

このことはDSP8000 XEと同じである。
DSP8000 XEに関しても、じっくりと聴くことはできたけれど、
DSP8000 XEそのものセッティングを自分でどうにかできたわけではなく、
DSP8000 XEクラスのスピーカーシステムには、空間的に狭いこともあって、
個人的にはもっと左右の間隔をぐっと拡げたい、
その音を聴いてみたいとも思っていた。

DSP8000 XE、Beolab 90、
どちらもバランスがよい。

Beolab 90で、DSP8000 XEの時のように、聴きたい音楽を好きなだけ聴くことができたら、
《ほとんど完璧に近いバランス》と感じたことだろう。

一千万円を超えるアクティヴ型スピーカーシステムは、この二つの他に、
リンの360 EXAKTがある。

360 EXAKTはまだ聴いたことがない。
それほど関心も持っていなかったけれど、
Beolab 90、DSP8000 XEと聴いて、360 EXAKTはどうなのか。

ステレオサウンドあたりが、一千万円を超える、
これらのアクティヴ型スピーカーシステムの特集記事を企画しないものだろうか。

とはいっても、通り一遍の比較試聴では、たいしておもしろい記事にはならないけれど。

Date: 9月 13th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その3)

メリディアンのDSP8000 XEで聴いた音楽のほとんどはTIDALを使ってだった。
CDは最初の一枚だけで、それからのほぼ四時間はすべてTIDALにあるアルバムを、
それもMQAで配信されているアルバムをメインに聴いていた。

ひとつのスピーカーを、じっくり聴ける機会にTIDALは、実にいい。
以前のようにCDもアナログディスクの持参となると、枚数が限られてしまう。
短い時間の試聴ならば、限られた枚数でもかまわないけれど、
じっくり聴けるのであれば、それだけの枚数を運ぶのは、楽なことではない。

それに、あるディスクも持ってくればよかった──、そう思うことも必ずある。
TIDALならば、ほぼそういうことはない。

いい感じで鳴ってくれているのであればあるほど、あのアルバムは、とか、
このアルバムのあそこのところは、という興味が次々とわいてきて、
聴いている時間は長くなっていくばかり。

TIDALとDSP8000 XEとの四時間は楽しかった。
あれこれ聴きたいとおもったアルバムを聴いての四時間が終ったあとに思っていたのは、
瀬川先生がK+HのOL10について書かれていることだった。

《ほとんど完璧に近いバランス》、
私はOL10を聴くことはできなかったけれど、
もし瀬川先生が生きておられて、DSP8000 XEの音を聴かれたら、
やはり《ほとんど完璧に近いバランス》にいわれたのではないだろうか。

私の場合、クラシックが主になるけれど、それでもさまざまな曲、
さまざまな録音を鳴らして、破綻を感じることはなかった。

ただ単に破綻を感じさせないだけの音ならば、
少しの時間、聴いていると飽きてしまうことがある。
次から次と聴きたいアルバムが浮んでくる、ということはまずない。

DSP8000 XEはそうではなかった。
音楽を聴くのが、ほんとうに楽しい。
そういう時間をおくれるスピーカーシステムである。

Date: 9月 13th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その2)

パワーアンプを搭載したスピーカーシステム、
アクティブ型と分類されるスピーカーシステムは以前からある。

私がオーディオに興味を持ち始めた1976年にも、
数は少なかったけれど、もちろんあった。

当時、中学生だった私の目には、
アクティブ型スピーカーはそれほど魅力的なモノとはうつらなかった。

私だけではなかったはずだ。
いまでもそうだけれども、
オーディオマニアはアンプの選択肢がまったくないアクティヴ型スピーカーに対し、
あまり関心がない、もしくはまったくない、という人がいる。

アンプが選べないことを、大きな制約として受けとめているからだろう。
中学生だった私は、そうだった。

その意識が変化したのは、
ステレオサウンド 46号の特集「世界のモニタースピーカー そのサウンドと特質を探る」だった。

ドイツのK+HのOL10というモデルが登場している。
     *
 ひとランク下のO92を聴いたあとで、O92をたいへん良いスピーカーだと思いながらも二~三感じられた不満が、OL10ではすっかり払拭されて、単なるモニターという域を越えてレコード鑑賞用としても優れたスピーカーだと思った。たとえば冒頭のブラームス(P協)。中~低域の充実した支えの上に、オーケストラのハーモニィの魅力がとても素晴らしい響きで転展開する。内声がしっかりしている上に、音に何ともいえない温かさと艶があって、それが全体をとても魅力的に仕上げて聴かせる。ブラームスのベルリン・フィル、ドヴォルザークNo.8のチェロ・フィル、ラヴェルのコンセルヴァトワル、バッハのザルツブルク……これらのオーケストラの固有のハーモニィと音色と特徴を、それぞれにほどよく鳴らし分ける。この意味では今回聴いた17機種中の白眉といえるかしれない。
 こうして比較してみると、O92で音の艶の不足と感じた部分は、言いかえればプログラムソースの音色をやや強引に一色に塗る傾向があって、音色の微妙さをいまひとつ鳴らし分けなかったのではないかと思える。言いかえると、OL10のほうがプログラムソースに対してしなやかに反応する。ブラームスのクラリネット五重奏や「サイド・バイ・サイド3」や、バルバラの「孤独のスケッチ」のように、いわばアトモスフィアを大切にしたレコード場合に、OL10では、とても暖い雰囲気がかもし出される。アルゲリチのスタインウェイと、八城一夫のベーゼンドルファーが、O92ではそれぞれ特徴を少しばかり一色に塗ってしまうところがあったが、OL10になるとそれぞれ音色が十分とはいえないまでもここまで聴ければ不満はない。とくにロス=アンヘレスのラヴェルで、O92ではその声のなまめかしさが少ないと書いたように、オーケストラの音色まで含めてフランス的というよりもむしろ北ドイツふうの音色で表現するようにさえ感じられたが、OL10になると、音がきらめきはじめ、空間に散りばめられ、それでいて派手やかになりすぎず節度を保っていて、あのキャバスのようなフランスそのものといいたい音とは違うが、それでもフランスのオーケストラの音色は一応聴かせて楽しませる。またバッハのヴァイオリン協奏曲の場合にも、独奏ヴァイオリンの音色の良さはもちろんだが、バックの室内オーケストラとの対比もきわめてバランスがよく、オーケストラがとても自然に展開してディテールがよく聴き分けられる。
 ただ、完全無欠のスピーカーというものはない道理で、ポップス系では、JBLの鳴らすあの聴き手をハッとさせる凄さはこれでは出ない。だがパワーを上げてもO92同様に腰のしっかりして、すべての音を立派に鳴らし分けるところは相当の水準といえる。私がもしいま急に録音をとるはめになったら、このOL10を、信頼のおけるモニターとして選ぶかもしれない。
     *
瀬川先生の、この試聴記を読んでからだった。
この試聴記は、それこそ何度も読み返した。

47号の特集、ベストバイでは、
《ほとんど完璧に近いバランス。3chパワーアンプ内蔵なら高価ではない。》
と、瀬川先生は書かれていた。

完璧なバランスをもつ信頼のおけるモニター、
OL10というモニタースピーカーは、聴いておくべき存在として捉えるようになっていた。

Date: 9月 13th, 2023
Cate: 現代スピーカー

アクティヴ型スピーカーシステム考(その1)

昨日(9月12日)、
メリディアンのDSP8000 XEを聴く機会があった。

DSP8000は2000年頃に登場していて、その後、SEに改良され、
今回聴いたモデルは三代目にあたる。

正確に書けば、今回聴いたモデルは、
DSP8000をXEにヴァージョンアップしていて、
トゥイーターがベリリウム振動板になり、
内蔵のエレクトロニクスがまるごと交換されている。

日本には輸入されていないモデルで、
現在の為替相場ではペアで一千万円を超えることになるそうだ。

別項で何度も書いているように、
私はメリディアンのM20というモデルが好きだ。

LS3/5Aをスケールアップしたかのような印象を受ける、その音を聴いていると、
もうこれで充分じゃないか、と自分にいいきかせたくなるものの、
同時に、これだけでは満足できない自分を意識することにもなる。

欲しい、と思いながらも手に入れなかったM20。
いまでも欲しいと思い続けているM20。

DSP8000 XEは、M20から数えると何世代目にあたるのだろうか。
M20とはずいぶん違う。
違っていて当然である。

価格も大きさも、大きく違っている。
技術的な内容も違う。
M20の面影はまったく感じられない。

そういうDSP8000 XEを、昨日はほぼ四時間、じっくりと聴くことができた。

Date: 7月 24th, 2018
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(その37)

ステレオサウンド 207号の特集に登場する49機種のスピーカーシステム。
いま世の中に、この49機種のスピーカーシステムしか選択肢がない、という場合、
私が選ぶのは、フランコ・セルブリンのKtêmaである。

ペアで400万円を超えるから、いまの私には買えないけれども、
予算を無視した選択ということであれば、Ktêmaを、迷うことなく選ぶ。

このスピーカーならば、こちらがくたばるまでつきあっていけそうな予感がある。

49機種のスピーカーシステムで実際に、その音を聴いているのは半分もない。
Ktêmaは聴いている。

仮に聴いていなかったとしても、207号の試聴記だけでの判断でもKtêmaである。

207号の特集では四つの価格帯に分けられている。
それぞれの価格帯から選ぶとしたら、
80万円以下のところでは、ハーベスのSuper HL5 PlusかタンノイのEaton。
130万円以下のところでは、フランコ・セルブリンのAccordo。
280万円以下のところでは、JBLの4367WXかマンガーのp1、それにボーニック・オーディオのW11SE。
280万円超のところでは、Ktêmaの他にはJBLのProject K2 S9500。

8/49である。
これら八機種のうちで、現代スピーカーと考えられるモノは……、というと、
まずKtêmaは真っ先に外れる。
同じフランコ・セルブリンのAccordoも、外れる。

ハーベスも現代的BBCモニターとはいえても、現代スピーカーなのか、となると、
やはり外すことになる。Eatonも旧Eatonと比較すれば部分的に現代的ではあっても、
トータルでみた場合には、現代スピーカーとはいえない。

マンガーのユニットそのものは非常に興味深いものを感じるが、
だからといってシステムとしてとらえた場合は、やはりこれも外すことになる。

ボーニック・オーディオは数ヵ月前に、とある販売店で鳴っているのを偶然耳にした。
それまで気にも留めなかったけれど、
そこで鳴っていた音は、自分の手で鳴らしてみたらどんなふうに変るのか、
それをやってみたくなるくらいの音がしていた。

JBLを二機種選んだが、現代スピーカーということでは4367WXのほうだし、
ドライバーとホーンは現代スピーカーのモノといえるかも、ぐらいには感じている。
それでも、システムとしてどうなのか、といえば、やはり外す。

となると、八機種の中で、これが現代スピーカーだ、といえるモノはない。
では、残りの41機種の中にあるのか。

Date: 7月 22nd, 2018
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(その36)

この項は、このブログを書き始めたころは熱心に書いていたのに、
その35)を書いたのは、三年半ほど前。

ふと思いだし、また書き始めたのは、
ステレオサウンド 207号の特集が「ベストバイ・スピーカー上位49モデルの音質テスト」だからだ。

ステレオサウンドでの前回のスピーカーシステムの総テストは187号で、五年前。
ひさびさのスピーカーシステムの総テストであるし、
私もひさびさに買ったステレオサウンドだった。

49機種のスピーカーシステムの、もっとも安いモノはエラックのFS267で、
420,000円(価格はいずれもペア)。
もっとも高いモノは、YGアコースティクスのHailey 1.2の5,900,000円である。

どことなく似ているな、と感じるスピーカーシステムもあれば、
はっきりと個性的なスピーカーシステムもある。

使用ユニットもコーン型は当然として、ドーム型、リボン型、ホーン型、
コンデンサー型などがあるし、
ピストニックモーションが主流だが、ベンディングウェーブのスピーカーもある。

これら49機種のスピーカーシステムは、
いずれも半年前のステレオサウンドの特集ベストバイの上位機種ということだから、
人気も評価も高いスピーカーシステムといえる。

その意味では、すべてが現代スピーカーといえるのか、と思うわけだ。

いったい現代スピーカーとは、どういうものなのか。
それをこの項では書こうとしていたわけだが、過去のスピーカーシステムをふり返って、
あの時代、あのスピーカーは確かに現代スピーカーだった、といえても、
現行製品を眺めて、さぁ、どれが現代スピーカーで、そうでないのか、ということになると、
なかなか難しいと感じている。

Date: 3月 25th, 2018
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(余談・その5)

104の次は105だ。
そう思っていたわけではないが、
下北沢の次の日、お茶の水のオーディオユニオンにたまたま行った。

なんと偶然にも、Model 105 SeriesII(105.2)が、そこにあった。
すこしくたびれた感じもしていたが、
Model 105も、ずいぶんとひさしぶりに見た。

そして、こんなに小さかったっけ、と思っていた。
Model 105は決して大型のフロアー型ではないが、
30cm口径のウーファーをもつ中型フロアー型である。

高校生のとき、瀬川先生がセッティングされた105を聴いたとき、
もっと大きく感じていただけに、少々、そのサイズの感覚的な違いにとまどいもあった。

105の登場から40年が経ち、かなり大型のスピーカーシステムがけっこうな数あらわれてきている。
それらの大きさに、こちらが慣れてしまっているからなのか、
それとも毎日、Model 107を見ているからなのか。

どちらにしろ、Model 105.2をひさしぶりに見て、
かわいらしいサイズ、と感じていたし、どことなく犬みたいだな、とも思っていた。

Date: 3月 24th, 2018
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(余談・その4)

その2)で書いているように、
予想しない場所で、予想しないスピーカーと出合えると、意外と思うとともに、嬉しいものである。

(その2)ではレコード店にあったKEFのModel 303だった。
数日前の火曜日、十数年ぶりに下北沢に行った。
夜の下北沢は、さらにひさしぶりである。

下北沢にあるライヴハウスに行ってきた。
ライヴハウスに前回行ったのはいつだったか、もう正確に思い出せないほど以前、
というより昔のことだ。
友人に連れられて行った記憶が、ぼんやりとあるくらいだ。

今回の下北沢のライヴハウスも、だからひとりではなく誘われてのことだった。
THE SUZANのライヴに行ってきた。

ライヴが始まるのは20時過ぎ、その前に腹ごしらえをしようということで、カレー屋に入った。
店の外からもわかるように、マッキントッシュのプリメインアンプとJBLのスピーカー4312SEがある。
そのことが意外だったわけではない。

店に入って気がついたのは、カウンター席の上にある棚にも、
ブックシェルフ型スピーカーが置いてあった。
私が坐った席からは、スピーカーのわずかなところしか見えないけれど、
それがすぐにKEFのModel 104であることはわかる。

立ち上って確かめたら、104aBだった。
ほんとうにひさしぶりに見た(対面した)104aBである。

最初は意外な感じもしたけれど、しばらくすると4312SEよりも、
104aBのほうがしっくりくるような感じもしてきた。
残念ながら音は鳴っていなかった。

アンプに接がれているのかどうかもはっりきしない。
それでも、意外なところで予期しないタイミングで出合えるのは、
104aBにも憧れをもっていた中学生時代を思い出させてくれて嬉しくなっていた。

ひさしぶりがいくつも重なっての、104aBとの再会だった。

Date: 1月 30th, 2015
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(その35)

江川三郎氏がどこまでハイイナーシャプレーヤーを追求されたのかは、私は知らない。
想像するに、ハイイナーシャに関してはやればやるほど音は変化していき、
どこまでもエスカレートしていくことを感じとられていたのではないだろうか。

つまり飽和点が存在しないのではないか、ということ。

静粛な回転のためにターンテーブルプラッターの重量を増す傾向はいまもある。
10kgほどの重量は珍しくなくなっている。
もっと重いものも製品化されている。

どこまでターンテーブルプラッターは重くしていけば、
これ以上重くしても音は変化しなくなる、という飽和点があるのだろうか。

10kgを20kgにして、40kg、100kg……としていく。
アナログディスクの重量は、重量盤といわれるもので約180g。
この一万倍が1800kgとなる。
このへんで飽和点となるのか。

それにターンテーブルプラッターを重くしていけば、それを支える周辺の重量も同時に増していく。
1.8tのターンテーブルプラッターであれば、プレーヤーシステムの総重量は10tほどになるのだろうか。

だれも試せないのだから、ここまでやれば飽和点となるとはいえない。
飽和点に限りなく近づいていることはいえるが、それでも飽和点といえるだろうか。

江川三郎氏も、飽和点について書かれていたように記憶している。
ようするに、きりがないのである。

Date: 1月 30th, 2015
Cate: 現代スピーカー

現代スピーカー考(その34)

柔よく剛を制す、と昔からいわれている。
これがスピーカーの世界にも完全に当てはまるとまでは私だっていわないけれど、
柔よく剛を制すの考え方は、これからのスピーカーの進化にとって必要なことではないか。

これに関連して思い出すのは、江川三郎氏が一時期やられていたハイイナーシャプレーヤーのことだ。
ステレオかオーディオアクセサリーに発表されていた。
慣性モーメントを高めるために、中心から放射状にのびた複数の棒の先に重りがつけられている。
重りの重量がどのくらいだったのか、放射状の棒の長さがどれだけだったのかはよく憶えていない。
それでもガラス製のターンテーブルとこれらの組合せは、写真からでも独特の迫力を伝えていた。

ターンテーブルの直径も30cmではなく、もっと大きかったように記憶している。
トーンアームもスタックスのロングアーム(それも特註)だったような気がする。

慣性モーメントを大きくするという実験のひとつの記録かもしれない。
メーカーも同じようにハイイナーシャのプレーヤーの実験は行っていただろう。
だからこそターンテーブルプラッター重量が6kgから10kgのダイレクトドライヴ型がいくつか登場した。

慣性モーメントを高めるには、同じ重量であれば、中心部よりも外周部に重量が寄っていた方が有利だし、
直径の大きさも効果的である。
その意味で江川三郎氏のハイイナーシャプレーヤーは理に適っていた、ともいえる。

そのころの私は、江川三郎氏はさらにハイイナーシャを追求されるだろうと思っていた。
けれど、いつのころなのかはもう憶えていないが、ハイイナーシャプレーヤーは処分されたようであるし、
ハイイナーシャを追求されることもなくなった。

なぜなのか。