Archive for category 未分類

Date: 4月 18th, 2014
Cate: 未分類

勝見洋一氏のこと

いつのころからかB級グルメという言葉をあちこちで目にするようになっていた。
私の記憶に間違いがなければ、
「B級グルメ」を最初に使いはじめたのは文藝春秋社が1980年代後半ごろに出しはじめた文庫本のシリーズのはずだ。

何冊出たのかはわすれてしまっているが、
書店で新刊を見かけるたびに即購入していた。

私が勝見洋一氏の知ったのは、この文藝春秋のB級グルメの文庫本において、である。
勝見洋一氏という人がどういう人なのか知らなくとも、
勝見洋一氏の書くものを読めば、そうとうな食い道楽であることはわかる。
私も勝見洋一氏のことはそれまでまったく知らなかった。

B級グルメの文庫本では複数の人が書いていた。
勝見洋一氏が書かれるもの以外にも面白かったのはいくつもある。
本全体として面白かったからこそ、新刊が出るたびに買っていた。

けれど B級グルメの文庫本で目にした多くの書き手の名前を忘れてしまっている。
いまも憶えているのは勝見洋一氏だけである。

それは、とんかつについて書かれたものが強烈な印象として残っているからだ。

私もとんかつは好物である。
B級グルメが出ていたころは20代ということもあって、
飽きずにとんかつを食べていた。

そういう時に勝見洋一氏のとんかつについての文章を読んだ。
そこにあった一節が、慧眼というしかなかった。

もう手元にB級グルメの文庫本はないし、
もしあったとしても、その部分をここで引用するのは少し憚られる。

だからぼかして書くことになるが、つまりはとんかつを好物とする男はすけべだ、ということだ。
これで察してもらうか、図書館や古書店でB級グルメの文庫本を探して読んでいただくしかない。

ともかく、この一節とともに勝見洋一氏の名前をはっきりと憶えることとなった。

B級グルメの新刊もいつしか出なくなった。
そうしたら今度はステレオサウンドで勝見洋一氏が書かれるようになった。

その連載もあるとき突然に終ってしまった。
不可解な終り方であった。
何か編集部とあったのだなぁ、とわかる、そんな終り方だった。
実際そうだった、とある人からきいている。

そして今朝、もう勝見洋一氏の文章を読むことができなくなったことを知った。

Date: 3月 4th, 2014
Cate: 未分類

夢のなかで……

20代のころからずっと見続けている夢がある。年に数回見ている。

夢の中である場所に行こうとしている。
そこへはいくつかの道がある。けれどどの道を通っても、近くまでは行くことはできても、
その場所(目的地)へは一度もたどり着けなかった。
夢の中での話だが、その場所は、坂の下にある実際にある場所である。

今月の二日未明にも、そこへ行く夢を見ていた。
そこへ降りる階段、
それがなぜか鉄パイプの梯子であり、ひどく華奢で手摺をしっかりと握っても降りるのが困難だった。

なんという階段なんだろう……、と実感したことだけが記憶に残っている。
降りている途中で、なぜか違う場面に変ってしまった。

また今回もたどり着けなかった。
いつものことだから、くやしいとか残念という気持はない。

いつものことだと目が覚めて思っていた。

三日未明にも、そこへ行こうとしている夢をみた。
20代のころから見ている夢だから、もう30年近く見ているけれど、連続してみるのは初めてのことだった。

どの道を通ったのかは、不思議なことに憶えていない。
けれど、いままでそこへたどり着けなかったのがウソのようにすんなり行けた。
ただ着いただけでなく、予期せぬことも夢の中であった。

私が夢の中でずっと行こうとしていた場所とは、14歳のころと関係している。
きわめてプライヴェートなことだから、これ以上は書かないけれど、
ご想像におまかせするし、そういう場所である。

こんな夢をみて、その日なにをおもっていたのかというと、
結局のところ、私という人間は、13、14のころにであったもの・ことから離れずに生きていた、ということだった。

13の秋に「五味オーディオ教室」を読んだ。
14のときに……(想像におまかせします)。

起きているときはオーディオのことばかり、
夢のなかでは、その場所のこと。

13の秋から一年のあいだのことを忘れたくないのだろう、おそらく……。
オーディオをやっているかぎり、その場所のことも忘れない気がする。

Date: 9月 1st, 2013
Cate: 未分類

何もできない……

9月1日は、防災の日と制定されている。

20数年前、いきつけだったラーメン店で隣にすわっていた人から、
当時のことをきいたことがある。

直下型の地震を体験したことがなかったから、
いきなり下から突き上げてくる強い衝撃に何が起っているのかすぐには理解できず、
驚き、何もできなかった、ということだった。

その記憶も薄れがちになりはじめた2011年に、
関東大震災のような直下型の衝撃とは違っていたものの、
それまで体験したことのなかった、想像もしていなかった強い衝撃を、東京でも受けていた。

身の危険は感じなかったこともあるけれど、
「地震だ! そうとうに強い地震だ……」と思うだけで何かができたわけではなかった。
ただ、揺れがおさまるのを待つしかできなかった。

揺れの後に、今度は視覚的な強い衝撃をうけることになった。
目が、次々と表示される映像に釘づけになってしまっていた。

思っていた──、何ができるんだろうか。

馬鹿げたことを……、と思われそうだが、
この日、この時間に、非常に大規模な地震が発生し、原発の事故も起ることを前以て知っていたとしても、
何かができただろうか。

非現実的なことだが、それこそタイムスリップできたとして、何ができるのだろうか。

その時間の一時間前に戻れたとして、なにができるか。
せいぜいtwitterやfacebookやブログなどで、地震が来る、と訴えることしかできない。
だが、それを誰が信じてくれるだろうか。
誰も信じない、ならば何もできなかったのと同じことである。

その日の一週間前に戻れたら、もう少し時間の余裕はある。
けれど、結果は同じことにいきつく。
一ヵ月前ならば……、一年前ならば……。
けれど結果は同じになったはず。

未来に何が起るか知っていても、 何もできないことがある。
無力を実感するだけのこともある。

つまり何かをできるということは、何が起るのかまったくわからないからではないのだろうか。

Date: 8月 16th, 2013
Cate: 未分類

青空文庫のこと

audio sharingは、2000年の今日から始まった。

audio sharingよりも前に、青空文庫はあった。
青空文庫の存在は、私にとっていい刺戟だった。
著作権の壁は50年という長さにある。

青空文庫が公開している作品にとっての50年と、
オーディオ・音楽に関する文章にとっての50年は、
同じ50年とはいえないところがある。

青空文庫には多くのボランティアの人たちがいて、
実に多くの作品が公開されていて、増えている。

けれど青空文庫で、オーディオの書籍が公開されることがあったとしても、
ずっとずっと先のことだ。
そんな先まで、私は待てなかった。
だからaudio sharingをつくった。

audio sharingは今日から14年目を迎える。
もうすぐ14年目の最初の一日も終ろうとしている。

今日のブログも書いた。
これから風呂に入ろうと思い、その前にちょっとニュース系のサイトを、と思って、
ふとGIGAZINEのサイトにアクセスした。そんな気分でのアクセスだっただけに、
そのトップには、【訃報】「青空文庫」の創始者である富田倫生さんが死去、とあったのは、驚愕といえた。

記事には、8月16日、午後12時8分に死去された、とある。

富田氏が亡くなったことは驚きだ。
しかも、8月16日という、私にとってはきわめてプライヴェートな意味をもつ日に、だ。
それはたまたまの偶然でしかないことはわかっていても、
私にとっては、単なる偶然とはどうしても思えないところがある。

本当に突然すぎる……。

Date: 11月 9th, 2011
Cate: 未分類

ある写真(補足)

スティーブ・ジョブズがつかっていたコントロールアンプはスレッショルドのFET oneという可能性もある。
だとしたらパワーアンプもスレッショルドのモノとはいうことになるのか。
ペアとなるのはステレオ仕様のS/500かモノーラル仕様のS/1000のどちらかか。

アクースタットのModel 3に関してだが、
このスピーカーシステムの音の印象は、すべて東京で聴いたものによる。
つまり電源周波数が50Hzでの音である。

いうまでもなくアクースタットはアメリカのコンデンサー型スピーカーであり、
アメリカの電源周波数は60Hzである。

アクースタットのスピーカーシステムの優れているところは、当時聴いた人の多くは認めていても、
いざ購入する人となると、そう多くはなかった。
私も購入しなかったひとりである。
なぜか、といえば、その理由は人それぞれのはすだが、共通する理由もあったようくに思う。
そのことについて詳しく書くつもりはないが、なぜそうなったかといえば、
もしかすると50Hzのまま鳴らしていたからではないか、と思っている。

もし東京がアメリカと同じ60Hzの電源周波数であったら、
アクースタットの評価は少しではあっても、確実に変っていた可能性がある。

Date: 11月 8th, 2011
Cate: 未分類

ある写真

スティーブ・ジョブズがオーディオマニアであることは、けっこう前から知っていた。
とはいえ、ジョブズがどんなシステムで聴いていたのかは、すぐにはわからなかった。
それからしばらくして、なにかで読んだ記憶があるが、スピーカーシステムはマーティン・ローガン、
アンプはスペクトラムを使っている。1990年代半ばごろのことだったと思う。
でも、これもかなり曖昧な記憶で時期も機器についても違っている可能性もある。

2006年にAppleからiPod HiFiが出た。
この発表のときに、ジョブズはオーディオマニアだったことを語っている。
そして、それまで使ってきたオーディオ機器を、iPod HiFiに置き換えた、とも。

ジョブズが2006年までマーティン・ローガンのスピーカーシステムを使っていたのかどうかもわからない。
オーディオマニアということ以上の情報はほとんど得られなかった。

いま書店には、ジョブズに関する本が並んでいる。
自伝も出ている。Mac関係の雑誌でも、ジョブズを特集として組んでいるものがいくつもあった。
ムックもいくつか出ている。

AERAムックとして「スティーブ・ジョブズ 100人の証言」に、1982年12月当時のジョブズの写真がある。
自宅のリビングルームの床に直に坐っているジョブズのうしろには、オーディオ機器がある。
というよりも、そのリビングルームはまるで引越してきたばかりなのか、と思わせてしまうほどに、
オーディオ機器以外のモノはレコードだけしかない。
椅子もない。

このリビングルームで床の上に胡座をかいてジョブズは、スピーカーと向き合っていたのだろうか。

暗い部屋のなかでとられた、この写真は細部ははっきりしない。
スピーカーシステムはアクースタットのModel 3だということはすぐにわかる。
ネットの色は、日本で一般的だった黒ではなく白。
プレーヤーはジャイロデック。1982年12月の写真だから、CDは2ヵ月前に日本で発表されたばかり。
だからCDプレーヤーは、ジョブズの部屋にはない。

はっきりと判別できるのは、これだけだ。
ジャイロデックのとなりにアンプが置いてある。
ちなみにジャイロデックもアンプも、床に直置きのようだ。

アンプはいったいなんだろう、と1時間ほど記憶を掘り起こしていた。
こういうパネルフェイス、というよりもツマミの配置のアンプ、それもコントロールアンプとなると……。
スピーカーがアクースタットということからも、ほほ間違いなくビバリッジの管球式のRM1/RM2ではないかと思う。

この写真の頃、1955年生れのジョブズは27歳。
AppleでMacintoshの開発に取り組んでいたころ。