Archive for category LS3/5A

Date: 1月 9th, 2014
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その29)

演奏会で前の方で聴きたいから、ということで、
タンノイからジェンセンのG610Bにスピーカーを替えられた長島先生にとって、
ESLのトリプルスタックもまた、演奏会での前の方で聴く音だった。

長島先生は前の方で、山中先生の聴き方もそうだと思っている。
だが、クラシックを聴く人のすべてが前の方で聴きたい、と想っているわけではなく、
中ほどの席で聴きたい人もいるし、天井桟敷と呼ばれるところで聴きたい、という人もいる。

いわば音源との距離をどうとるのか。
ここでの音源とは、スピーカーと聴き手の距離のことではないし、
スピーカーのどの位置に音像を結ぶのか、その音像と聴き手との距離のことでもなく、
そういった物理的な距離とは異る、
スピーカーそのものが本来的に持つ鳴り方に起因するところの、音源との距離感ということになる。

1980年ごろまでのイギリスのスピーカーは、概ね、やや距離を置いた鳴り方をする傾向が強かった。
BBCモニター系のスペンドール、ロジャース、KEFなど、
アメリカや日本のスピーカーほど音量を上げられないということも関係して、
ひっそりと鳴る感じを特徴としており、そのひっそりと鳴るということは、
眼前で楽器が鳴っているという感じとは結びつかない。

このことは録音の場における、楽器とマイクロフォンとの位置関係にも関係してくることであり、
ピアノの録音にしてもオンマイクで録るのかオフマイクで録るのか、で、
楽器との距離感には違いが出るのと同じである。

Date: 1月 8th, 2014
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その28)

ステレオサウンドにいたころ、ESLを買ったことを長島先生に話した時、
スイングジャーナルでのトリプルスタックの音について話してくださった。
そして、こういわれた。

「スイングジャーナルに、まだあの時のフレームがあるはずだよ」

あの時のフレームとは、 QUAD・ESLのトリプルスタック用のフレーム(スタンド)のことを指している。
つまり、私にESLのトリプルスタックをやってみなよ、ということであった。

あのころであれば、まだESLの程度のいいモノをあと二組手に入れるのは、そう難しいことでもなかったし、
費用もそれほどかからなかった。
その面では特に障害はなかったけれど、
さすがにトリプルスタックをいれるだけの天井高のある部屋に住んでいたわけではなかったから、
住居探しをまずやらなければならなくなる。

音は、長島先生が熱く語られていたことからも、良かったことはわかる。
かなりいい結果が期待できる──、とはいうものの、
背の高いスピーカーに対する強い拒否反応はないというものの、
トリプルスタックのESLの高さとなると、話は違ってくる。

天井高が十分にあり、広さも十分にとれる部屋にいたとしても、
トリプルスタックに挑戦したか、というと、なんともいえない、というのが正直なところである。

それでもトリプルスタックの音だけは、一度聴いてみたかった。

Date: 9月 28th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その27)

ステレオサウンド 61号には、長島先生による登場したばかりのQUAD・ESL63の詳細な記事が載っている。
1機種のスピーカーシステムに、16ページを割いている。

当然、記事の中でESL63の、ディレイによる球面波の効果についてふれられている。
     *
中域以上で球面波を作りだし、音像定位を明確にする全く新しい独創的な手法がとられていることだ。
いままで一般的に、ESLがつくりだす音像定位とステレオ感には独特のものがあるといわれてきた。これのひとつの原因としては、結果的に広い面積の振動板が一様な動きをするため、つくりだされる音の波面が平面波に近くなることが考えられる。これに対して、ふつうに使われるコーン型のダイナミック・スピーカーでは、波面はあくまでも球面波なのである。
このふたつの波面の違いは、実際に音を聴いたとき、音源までの距離感の違いとなってあらわれる。
点音源を考えたとき、発生する音の波面は球面波になる。この音をリスニングポイントで聴いたとき、音源の位置をどこに感じるかというと、波面と直角に引いた線の交点に音源位置を感じるのである。したがってESLの場合、つくり出される波面の曲率が非常に大きく平面波に近いため、球面波を発生する一般的なスピーカーよりずっと遠くに音源位置を感じてしまうのである。これがESLと普通のスピーカーの大きな違いになっている。
     *
タンノイですら、長島先生は「ずうっと後の席で聴く音」と評され、
前の席で聴きたくてG610Bにされているのだから、ESLはタンノイよりも「後の席で聴く音」になる。

長島先生はスイングジャーナルの別冊の「モダン・ジャズ読本」でESLの組合せを、
’76年度版と’77年度版、2回つくられている。
スイングジャーナルだから、当然、この組合せで鳴らされるのはジャズのレコードだ。
何も奇を衒って、長島先生はESLを使われているわけではない。
ESLの良さを十分認めておられるのは記事を読めばわかる。
だからこそ、ESLで、前のほうで聴けるようになれば、
長島先生にとってESLは理想に近いスピーカーだったのかもしれない。

Date: 9月 26th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その26)

長島先生の音楽の聴き方として、前のめりで聴かれる。
それに長島先生はオルトフォンのSPUをずっと愛用されてきた。
ただし晩年はリンのカートリッジをお使いだったが。

そのSPUのコンシューマー用のGタイプではなく、プロフェッショナル用のAタイプのSPU-A/Eだった。
これは、Aタイプのほうが、Gタイプよりも、音の形が鮮明だから、ということが大きな理由である。

ジェンセンのG610Bを、タンノイのあとにいれられたのも、
このことがやはり関係しているはずである。

ステレオサウンド 61号で、こんなふうに語られている。
     *
(G610Bの)怪鳥の叫びのような、耳から血がでるような、それだけのエネルギーがでる。そんなスピーカーって聴いたことがなかった。そのエネルギーがすばらしいなって、ぼくはひそかに思ったわけです。〈これはつかっていけばなんとかなる!〉と考えました。それまではタンノイでした。タンノイのやさしさもいいんですが、ぼくにはもの足りなかった。あれは演奏会のずうっと後の席で聴く音でしょう。ところが、ぼくは前のほうで聴きたかった。それはもうタンノイじゃない。そこへ、このものすごいラッパを聴いたってわけです。
     *
そんなG610Bにつないで鳴らされたパワーアンプは、マッキントッシュのMC2105だった。
このMC2105に対して、61号では、「やさしいアンプ」と語られている。
だから力量不足がはっきりしてきて、次に同じマッキントッシュの管球式のMC275にされている。
このMC275についても、G610Bのエージングがすすんでいくにつれて、
甘さが耳についてきて、「その甘さはぼくには必要じゃない」ということで、もっと辛口のアンプということで、
マランツModel 2を導入され、続いてコントロールアンプをマッキントッシュのC26からModel 7にされている。

これらのことからわかるように、長島先生は、そういう音楽の聴き方をされてきた。
だからESLを、
「ナチュラルな音場空間が得られる製品。使いこなしには工夫が必要」(ステレオサウンド 47号)と、
評価されながらも、ESLはスピーカーとして理想に近い動作が期待できる、とされながらも、
もうひとつもの足りなさを感じられたことは、容易に想像がつくことだ。

Date: 9月 25th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 長島達夫

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その25)

誤解のないようにもう一度書いておくが、
瀬川先生はQUADのESLを購入されている。シングルで鳴らすときのESLの音の世界に惚れ込まれていたことは、
それまで書かれてきたことからも、はっきりとわかる。
ただそれがダブルスタックになると、「きつい」と感じられる、ということだ。

おそらくESLは、ごく小音量で鳴らされていたのだろう。
そういう鳴らし方をしたときに、真価を発揮するESLが、ダブルスタックにすると一変する、というのは、
ダブルスタックの音に対して肯定的に受けとめられる人たちだ。

山中先生もそのひとりで、長島先生もそうだ。
長島先生はスイングジャーナルで、ダブルスタックの上をいくトリプルスタックを実現されている。

ESLのダブルスタックは香港のマニアの間ではじまった、といわれている。
その香港のマニアの人たちも、トリプルスタックをやった人はいないかもしれない。

しかも長島先生のトリプルスタックは、ただ単に3段重ねにしたわけではなく、
もともとの発想は平面波のESLから疑似的であっても球面波をつくり出したい、ということ。
そのため真横からみると3枚のESLは凹レンズ上に配置されている。

下部のESLは、ESLの通常のセッティングよりもぐっと傾斜をつけて斜め上を向き、
中央のESLはやや前屈みになり、下側のESLとで「く」の字を形成していて、
上部のESLは下部のESLよりさらに倒しこんで斜め下を向くように特註のスタンドは工夫されている。

聴取位置に対して、それぞれのESLの中心が等距離になるように、という意図もそこにはあったと考えられるが、
長島先生の意図は、疑似的球面波をつくり出すことによって、
平面波特有の音に対する長島先生が不満を感じていたところをなんとかしたい、という考えからであって、
このESLのトリプルスタックを実際に試された長島先生だからこそ、ESL63への評価がある、といえる。

Date: 9月 23rd, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その24)

直径が大きく異る円をふたつ描いてみる。
たとえば10倍くらいの差がある円を描いて、その円周を同じ長さだけきりとる。
たとえば2cmだけ切り取ったとする。

そのふたつの円周を比較すると、直径の小さな円から切り取った円周は同じ2cmでも弧を描いている。
直径が10倍大きい円から切り取った円周は、もちろん弧を描いてはいるものの、
小さな円の円周よりもずっと直線に近くなっていく。

ある音源から球面波が放射された。
楽器もしくは音源から近いところで球面波であったものが、
距離が離れるにしたがって、平面波に近くなってくる。

だから平面波の音は距離感の遠い音だ、という人もいるくらいだ。

平面波が仮にそういうものだと仮定した場合、
目の前にあるスピーカーシステムから平面波の音がかなりの音圧で鳴ってくることは、
それはオーディオの世界だから成立する音の独特の世界だといえなくもない。

しかもアクースティックな楽器がピストニックモーションで音を出すものがないにも関わらず、
ほほすべてのスピーカー(ベンディングウェーヴ以外のスピーカー)はピストニックモーションで音を出し、
より正確なピストニックモーションを追求している。

そういう世界のなかのひとつとして、大きな振動板面積をもつ平面振動板の音がある、ということ。
それを好む人もいれば、そうでない人もいる、ということだ。

瀬川先生の時代には、アポジーは存在しなかった。
もし瀬川先生がアポジーのオール・リボン型の音を聴かれていたら、どう評価されただろうか。
大型のディーヴァよりも、小型のカリパーのほうを評価されたかもしれない。
そんな気がする……。

Date: 9月 23rd, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その23)

じつは井上先生も、振動板面積の大きい平面型スピーカーの音に対して、
瀬川先生と同じような反応をされていた。
「くわっと耳にくる音がきついんだよね、平面スピーカーは」といったことをいわれていた。

といってもスコーカーやトゥイーターに平面振動板のユニットが搭載されているスピーカーシステムに対しては、
そういったことをいわれたことはまず記憶にない。
もしかするとすこしは「きつい」と感じておられたのかもしれないが、
少なくとも口に出されることは、私がステレオサウンドにいたころはなかった。

けれどもコンデンサー型やアポジーのようなリボン型で、低域まで平面振動板で構成されていて、
しかも振動板の面積がかなり大きいものを聴かれているときは、
「きついんだよなぁ」とか「くわっとくるんだよね、平面型は」といわれていた。

でもアポジーのカリパーをステレオサウンドの試聴室で、マッキントッシュのMC275で鳴らしたときは、
そんな感想はもらされていなかった(これは記事にはなっていない)。
だから私の勝手な推測ではあるけれども、
ステレオサウンドの試聴室(いまの試聴室ではなく旧試聴室)の空間では、
アポジーのカリパーぐらいの振動板面積が井上先生にとっては、
きつさを感じさせない、意識させない上限だったのかもしれない。

それにMC275の出力は75Wだから、それほど大きな音量を得られるわけでもない。
これが低負荷につよい大出力のパワーアンプであったならば、
ピークの音の伸びで「きつい」といわれた可能性もあったのかもしれない。

井上先生が「きつい」と表現されているのも、音色的なきつさではない。
これも推測になってしまうのだが、瀬川先生と同じように鼓膜を圧迫するようなところを感じとって、
それを「きつい」と表現されていた、と私は解釈している。

ただ、この「きつさ」は、人によって感じ方が違う。
あまり感じられない方もおられる。
いっておくが、これは耳の良し悪しとはまだ別のことである。
そして、圧迫感を感じる人の中には、この圧迫感を「きつい」ではなく、好ましい、と感じる人もいる。
だから、瀬川先生、井上先生が「きつい」と感じられたことを、理解しにくい人もおられるだろうが、
これはひとりひとり耳の性質に違いによって生じるものなのだろうから。

Date: 9月 16th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その22)

瀬川先生の「ずいぶんきつくて耐えられなかった」ということを、
オーディオの一般的な「きつい音」ということで捉えていては、なかなか理解できないことだと思う。

ダブルスタックとはいえQUADのESLから、いわゆる「きつい音」が出るとは思えない。
そう考えられる方は多いと思う。

私も、「ステレオのすべて ’81」を読んだときには、
「ずいぶんきつくて耐えられなかった」の真の意味を理解できなかった。
これに関しては、オーディオのキャリアが長いだけでは理解しにくい面をもつ。
私がこれから書くことを理解できたのは、ステレオサウンドで働いてきたおかげである。

コンデンサー型、リボン型といった駆動方式には関係なく、
ある面積をもつ平面振動板のスピーカーシステムの音は、聴く人によっては「きつい音」である。
それは鳴らし方が悪くてそういう「きつい音」が出てしまう、ということではなく、
振動板が平面であること、そしてある一定の面積をもっていることによって生じる「きつい音」なのだが、
これがやっかいなことに同じ場所で同じ時に、同じ音を聴いても「きつい音」と感じる人もいれば、
まったく気にされない方もいるということだ。

そして、一定の面積と書いたが、これも絶対値があるわけではない。
部屋の容積との関係があって、
容積が小さければ振動板の面積はそれほど大きくなくても「きつい音」を感じさせてしまうし、
かなり振動板の面積が大きくとも、部屋の容積が、広さも天井高も十分確保されている環境であれば、
「きつい音」と感じさせないこともある。

瀬川先生に直接「ずいぶんきつくて耐えられなかった」音が
どういうものか訊ねたわけではないから断言こそできないが、
おそらくこの「きつい音」は鼓膜を圧迫するような音のことのはずである。

私がそのことに気づけたのは、井上先生の試聴のときだった。

Date: 9月 16th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その21)

ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’78」の巻末には、
「新西洋音響事情」というタイトルのインタヴュー記事が載っている。
「全日本オーディオフェアに来日の、オーディオ評論家、メーカー首脳に聞く」という副題がついているとおり、
レオナルド・フェルドマン(アメリカ・オーディオ評論家)、エド・メイ(マランツ副社長)、
レイモンド・E・クック(KEF社長)、コリン・J・アルドリッジ(ローラ・セレッション社長)、
ピーター・D・ガスカース(ローラ・セレッション マーケティング・ディレクター)、
ウィリアム・J・コックス(B&Oエクスポートマネージャー)、S・K・プラマニック(B&Oチーフエンジニア)、
マルコ・ヴィフィアン(ルボックス エクスポートマネージャー)、エド・ウェナーストランド(ADC社長)、
そしてQUAD(この時代は正式にはThe Acoustical Manufacturing Co.Ltd.,社長)のロス・ウォーカーらが、
山中敬三、長島達夫、両氏のインタヴュー、編集部のインタヴューに答えている。

ロス・ウォーカーのインタヴュアーは、長島・山中の両氏。
ここにダブル・クォードについて、たずねられている。
ロス・ウォーカーの答えはつぎのとおりだ。
     *
ダブルにしますと、音は大きくなるけれども、ミュージックのインフォメーションに関しては一台と変わらないはずです。ほとんどの人にとってはシングルに使っていただいて十分なパワーがあります。二台にすると、4.5dB音圧が増えます。そしてベースがよく鳴る感じはします。ただ、チェンバー・ミュージックとか、ソロを聴く場合には、少しリアリスティックな感じが落ちる感じがします。ですから、大編成のオーケストラを聴く場合にはダブルにして、小さい感じのミュージックを聴く場合には、シングルにした方がよろしいのではないかと思います。世の中のたくさんの方がダブルにして使って喜んでいらっしゃるのをよく存じていますし、感謝していますけれども、私どもの会社の中におきましては二台使っている人間は誰もおりません。いずれにしても、それは個人のチョイスによるものだと思いますから、わたくしがどうこう申しあげることはできない気がします。
     *
「ステレオのすべて ’81」の特集には「誰もできなかったオーケストラ再生」とつけられているし、
「コンポーネントステレオの世界 ’78」の読者の方の要望もオーケストラ再生について、であった。

オーケストラ再生への山中先生の回答が、ESLのダブルスタックであることは、
この時代(1970年代後半から80年にかけて)の現役のスピーカーシステムからの選択としては、
他に候補はなかなか思い浮ばない。

なぜ、そのESLのダブルスタックの音が瀬川先生にとっては「ずいぶんきつくて耐えられなかった」のか。

Date: 9月 15th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その20)

音楽之友社の試聴室がどのくらいの広さなのか、「ステレオのすべて ’81」からは正確にはかわらない。
けれど50畳もあるような広さではないことはわかる。20畳から30畳程度だろうか。
そこに、「ステレオのすべて ’81」の取材では、
瀬川、山中、貝山の三氏プラス読者の方が三名、さらに編集部も三名にカメラマンが一人、計10人が入っている。
そう広くない部屋に、これだけの人が入っていては条件は悪くなる。
そんなこともあってESLのダブルスタックは、本調子が出なかったのか、うまく鳴らなかったことは読み取れる。
けれど瀬川先生にしても山中先生にしても、そこで鳴った音だけで語られるわけではない。
ESLのダブルスタックは、この本の出る3年前にステレオサウンドの「コンポーネントステレオの世界 ’78」にいて、
手応えのある音を出されているわけで、そういったことを踏まえたうえで語られている。

もちろん話されたことすべてが活字になっているわけではない。
ページ数という物理的な制約があるため削られている言葉もある。
まとめる人のいろいろな要素が、こういう座談会のまとめには色濃く出てくる。

つまり「コンポーネントステレオの世界 ’78」では瀬川先生のESLのダブルスタックに対する発言は、
削られてしまっている、とみていいだろう。
なぜ、削られたのか。しかもひと言も活字にはなっていない。
このことと、「ステレオのすべて ’81」の瀬川先生の音の印象を重ねると、
瀬川先生はESLのダブルスタックに対して、ほぼ全面的に肯定されている山中先生とは反対に、
否定的、とまではいわないもの、むしろ、どこか苦手とされているのではないか、と思えてくる。

「ぼくにはずいぶんきつくて耐えられなかった」と語られている、
この部分に、それが読みとれる、ともいえる。

Date: 9月 14th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その19)

音楽之友社別冊「ステレオのすべて ’81」を書店で手にとってパラパラめくったときは、うれしかった。
ここにもESLのダブルスタックの記事が載っていて、その記事には瀬川先生と山中先生が登場されているからだ。

じっくり読むのは家に帰ってからの楽しみにとっておきたかったので、ほとんど内容は確認させずに買った。
そして帰宅、読みはじめる。

誌面構成としては、まず貝山さんがレポーター(司会者)となって、瀬川・山中対談がはじまる。
そして囲み記事として、
瀬川先生の組合せ試案(これはロジャースPM510とマークレビンソンのアンプの組合せ)があり、
そのあとにいよいよ山中先生によるESLのダブルスタックの試案が、これも囲み記事で出てくる。
3000文字弱の内容で、瀬川・山中、両氏の対談を中心に、参加されている読者の方の意見も含まれている。

まず、瀬川先生は、
「やっぱり、クォード・ダブルスタックを山中流に料理しちゃってるよ。
これ、完全に山中サウンドですよ、よくも悪くもね。」と発言されている。

このあとに山中先生によるダブルスタックの説明が続く。
そして、ふたたび瀬川先生の発言。
「さっき山中流に料理しちゃったというのは、ぼくがこのスピーカーを鳴らすとこういう音にならないね。具体的にいうと、ほくにはずいぶんきつくて耐えられなかったし、低音の量感が足りない。だからかなわんなと思いながらやっぱり彼が鳴らすと、本当にこういう音に仕上げちゃうんだなと思いながら、すごい山中サウンドだと思って聴いていたの。」

ただ「低音の量感が足りない」と感じられていたのは、山中先生も同じで、
ステレオサウンドでの試聴のことを引き合いに出しながら、「低域がもっと出なくちゃいけない」と言われている。
音楽之友社での試聴では、低域の鳴り方が拡散型の方向に向ってしまい集中してこない、とも指摘されている。
その理由は2枚のESLの角度の調整にあり、
できればESLの前面の空気を抱きかかえるような形にしたい、とも言われている。

山中先生としても、今回のESLのダブルスタックの音は、不満、改善の余地が多いものだった、と読める。

Date: 9月 12th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その18)

私が知るかぎり、瀬川先生がダブルスタックのESLの音について語られているのは、
音楽之友社からでていた「ステレオのすべて」の’81年版だけである。

この年の「ステレオのすべて」の特集は、
「音楽再生とオーディオ装置 誰もできなかったオーケストラ再生」であり、
瀬川冬樹、山中敬三、両氏を中心に読者の方が3人、それにリポーターとして貝山知弘氏によるもの。

ここでも組合せがつくられている。
瀬川先生による組合せが3つ、山中先生による組合せが2つ、
そして読者の方による組合せがそれぞれつくられ、
それぞれの音について討論がすすめられている、という企画である。

ここで山中先生の組合せに、ダブルスタックのESLが登場している。
アンプはコントロールアンプにマークレビンソンのML7L、パワーアンプにスレッショルドのSTASIS2。
アナログプレーヤーは、トーレンスのTD126MKIIIC、となっている。

ESL用のスタンドは、ステレオサウンドでの試聴のものとは異り、
マークレビンソンのHQDシステムで使われているスタンドと近い形に仕上がっている。
ただしHQDシステムのものよりも背は多少低くなっているけれど、
ステレオサウンドのスタンドと較べると、下側のESLと床の間に空間がある分だけ背は高い。

2枚のESLの角度は、
ステレオサウンドでの試聴では、下側のESLのカーヴと上側のESLのカーヴが連続するようになっているため、
横から見ると、とくに上側のESLが弓なりに後ろにそっている感じになっている。
音楽之友社(ステレオのすべて)の試聴では、
2枚のESLができるだけ垂直になるように配置されている(ように写真では見える)。

実験はしたことないものの、2枚のESLをどう配置するか、
その調整によってダブルスタックのESLの音が想像以上に変化するであろうことは予測できる。

だから同じダブルスタックといっても、ステレオサウンドでのモノと音楽之友社のモノとでは、
かなり違うといえばたしかにそうであろうし、
それでも同じダブルスタックのESLであることに違いはない、ともいえる。

Date: 9月 12th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その17)

瀬川先生は、ステレオサウンド 43号「ベストバイ」の記事中にこう書かれている。
     *
いまところは置き場所がないから考えないが、もし製造中止になるというような噂をチラとでも耳にしたら、すぐにでもひと組購入するぞ、と宣言してある。部屋や置き方や組み合わせなど条件を整えて聴くときのQUAD・ESLのみずみずしい音質は実にチャーミングだ。最適位置にぴたりと坐ったが最後、眼前に展開する一種独特のクリアーな音像の魅力から抜け出すことが難しくなる。このデザインの似合う部屋が欲しい!
     *
そして、購入されている。
ステレオサウンドだけを読んでいては気がつかないが、当時の別冊FM fanの記事中、
瀬川先生の世田谷・砧のリスニングルームの写真に、ESLが置かれているのが写っている。
ESLは、瀬川先生のお気に入りのスピーカーシステムのひとつであったはずだ。

山中先生は、「コンポーネントステレオの世界 ’78」では、次のように語られている。
     *
シングルで使っても、このスピーカーには、音のつながりのよさ、バランスのよさといった魅力があって、そうえにオーケストラ演奏を聴けるだけの迫力さえでれば、現在の数多いスピーカーシステムの中でもとびぬけた存在になると思うんですよ。そこでこれをダブルで使うと、とくに低域の音圧が比較にならないほど上昇しますし、音の全体の厚みというか、レスポンス的にも、さらに濃密な音になる。むしろ高域なんかは、レスポンス的には少し下がり気味のような感じに聴こえます。いずれにしても、2倍といようりも4倍ぐらいになった感じまで音圧が上げられる。そういった魅力が生じるわけで、そこをかってESLのダブル使用という方式を選びました。
     *
しかも、この数ページ後に、こんなことも言われている。
     *
このスピーカーはごらんのようにパネルみたいな形で、ひじょうに薄いので、壁にぴったりつけて使いたくなるんですけれど、反対に、いま置いてあるように、壁からできるだけ離す必要があります。少なくとも1・5メートルぐらい、理想をいえば部屋の三分の一ぐらいのところまでってきてほしいと、QUADでは説明しているのです。ただ、ダブル方式で使った場合には、それほど離さなくてよさそうです。そのことも、ダブルにして使うことのメリットといえるでしょう。
     *
ここまで読んできて、ダブルスタックのESLへの期待はいやがおうでも高まり、
瀬川先生の発言を期待してページをめくっていた……。

Date: 9月 12th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その16)

「コンポーネントステレオの世界 ’78」を読んでいた14歳の私が強い関心をよせていたスピーカーシステムは、
JBLの4343だったり、ロジャースのLS3/5Aだったり、キャバスのブリガンタンであったり、
そしてQUADのESLだった。
他にもいくつかあるけれど、ここでは直接関係してこないので省かせていただく。

当時なんとなく考えていたのは、4343をしっとり鳴らすのと、
ESLから余裕のある音を鳴らすのはどちらが大変か、であって、
ESLにはダブルスタックという手法があることを知り、
ESLの秘めた可能性についてあれこれ思っていた時期でもあるから、
よけいにダブルスタックのESLの音を、どう瀬川先生が評価されているのかが、とにかく知りたかった。

たとえばほかのスピーカーシステムであれば、オーディオ店でいつか聴くことができるだろう。
それが決していい調子で鳴っていなかったとしても、ほんとうに出合うべくして出合うスピーカーシステムであれば、
多少うまく鳴っていないところがあったとしても、そこからなんらかの魅力を感じとることができるはず。
だから聴く機会に積極的でありたい、と思っていたけれど、
ダブルスタックのESLは、それそのものがメーカーの既製のスピーカーシステムではないため、
そのオーディオ店が独自にスタンドを工夫・製作しないことには、聴くことが無理、ということがわかっていたため、
だからこそ瀬川先生がどう、その音を表現されるのかが、読みたくてたまらなかった。

「コンポーネントステレオの世界 ’78」は、数少ないその機会を与えてくれるはずだったのに……。
山中先生のダブルスタックのESLの記事は12ページある。
けれど、また書くけれど、そこには瀬川先生の発言はなかった。

いまなら、なぜないのかは理解できる。
けれど、当時14歳の私には、ないことは、とにかく不思議なこと、でしかなかった。

Date: 9月 11th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A, 瀬川冬樹

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その15)

「コンポーネントステレオの世界 ’78」でつくられた井上先生の組合せは、
それで鳴らされる音楽も、その音量も、その音自体も、
瀬川先生が好んで聴かれている音楽、音量、音質とは大きく違ったものである。

けれど、というべきか、ここには瀬川先生の印象が語られている。
     *
お二人といっしょに聴いていて、この装置に関しては、アドバイザーとかオブザーバーなんていう立場は、いっさいご辞退申し上げたいわけでして(笑い)、これはまことに恐るべき装置ですよ(笑い)。千葉さん(読者の方)のお手紙に対して、こういう回答をだされた井上さんという人は、ものすごいことをなさる人だと、あらためて敬服かつたまげているわけ(笑い)。
ぼくは楽器をなにひとついじらないし、いまここで鳴らされた音楽も、ふだん自宅で楽しんで聴いている音楽とは違うものですから、どのくらいの音量がふさわしいのかちょっと分かりかねるところがあるんだけれど、それにしても、いま聴いた音量というのは、正直いって、ぼくの理解とか判断力の範囲を超えたものなんですね。ただ誤解のないようにいっておくと、それだからといって箸にも棒にもかからないというような、否定的な意味ではありません。ことばどおり、理解とか判断力の範囲を超えたところのものだ、ということなんです。しかし、いま聴いた音というのは、自分の知らない、ひじょうに面白い世界をのぞかせてくれたことも、またたしかです。ただ重ねていいますけれど、こういう音はぼくは好まないし、ぼく自身は絶対にやりませんね。ある意味では拒否したい音だといっていいかもしれません。
ほくは、自分の現在の条件もあるでしょうが、性格的にもあまり大音量で聴くのは好きではありません。どちらかというと、小さめで、ひっそりと聴くほうを好みます。しかし、いま聴いていて、この装置が出した、むしろ井上さんがお出しになったというべきかもしれませんがともかくここで鳴ったすさまじい音は、けっして不愉快ではない。一種の快感さえ感じたほどです。井上さんはよく、音のエネルギー感ということをいわれますが、それが具体的に出てきた、エネルギー感の魅力が十分に感じられたわけで、ぼく自身ただただ聴きほれていたわけですよ。
     *
この井上先生の組合せよりも、山中先生のESLのダブルスタックの組合せがめざした「世界」が、
瀬川先生がふだん接していられた世界と共通するものは多い。
にもかかわらず、ESLダブルスタックの音に関しては、なにもひとつ活字にはなっていない。