Archive for category 人

Date: 3月 21st, 2017
Cate: 川崎和男

KK塾(続々DNPのこと)

その昔、東日本にある米軍基地では60Hzで動かす必要のある機器のために、
モーターで発電機をまわしていた、という話をきいたことがある。

同じ理屈の電源を、1980年代後半に製品化したメーカーもあった。
商用電源でモーターをまわす。
そのモーターが60Hzの発電機をまわす。

ACをいったん回転エネルギーに変換したうえで発電する、というものだ。
パワーアンプにまで使えるようにするために、
かなり大型で重量も100kg前後あった。

パワーアンプまで、と考えなければ、もっと小容量でいいわけで、
小型・軽量にできる。
そう考えて発電機を、当時探してみたければ、インターネットもなかった時代、
ちょうどいい発電機とモーターを探すことはできなかった。

いまは、というと、なかなかぴったりくる発電機を見つけられずにいる。
探し方がまずいのだろうか。

ACをいったん別のエネルギーに変換して、
AC電源の悪さを排除するという考えは、
たとえばデンセンのフォノイコライザーアンプにもみることができる。

輸入元の今井商事のサイトをみると、取り扱い中止になっているDP4 Driveがそうである。
MCカートリッジ用ヘッドアンプの電源が、
青色LEDと太陽電池との組合せで、ACをいったん光エネルギーに変換して発電するという考え。
おもしろいアイディアである。

こんなことを、この項で書いているのは、ついさっきペロブスカイト太陽電池のことを知ったからだ。
ペロブスカイトとは、チタン酸カルシウムのこと。
これまでのシリコンを使用した太陽電池の製造方法とは異り、
印刷技術によって製造が可能であり、発電効率も2016年には20%を超えている、とのこと。

デンセンのDP4 Driveのような、
青色LEDとペロブスカイト太陽電池を組み合わせた電源がDNPから登場してきても不思議ではない。
青色LEDのところも、別の発光体に置き換えられるであろう。

Date: 3月 15th, 2017
Cate: 五味康祐

続・無題(その8)

カザルスによるモーツァルトのト短調交響曲は素晴らしい。
キズの無い演奏ではないけれど、
なまぬるく感じられたト短調交響曲をきいたあとは、
カザルスの演奏を聴きたくなることが多い。

澱の溜まったようなト短調をきいたあとは、ブリテンのト短調を聴くことがある。

人によって、そんな時に聴くト短調は、私と同じ選択もあれば違う選択もある。
これまでにどれだけのト短調の録音がなされたのか知らない。
かなりの数なことは確かだ。

カラヤンの演奏も含まれる。
カラヤンといえば、五味先生はモノーラル時代のカラヤンは認められていても、
帝王と呼ばれはじめたあとのカラヤンについては、厳しいことを書かれている。

瀬川先生はカラヤンの演奏を好まれていた、と書かれたものから読みとれる。

五味先生はステレオサウンド 16号のオーディオ巡礼で瀬川先生のリスニングルームを訪問されている。
     *
 瀬川氏へも、その文章などで、私は大へん好意を寄せていた。ジムランを私は採らないだけに、瀬川君ならどんなふうに鳴らすのかと余計興味をもったのである。その部屋に招じられて、だが、オヤと思った。一言でいうと、ジムランを聴く人のたたずまいではなかった。どちらかといえばむしろ私と共通な音楽の聴き方をしている人の住居である。部屋そのものは六疂で、狭い。私もむかし同じようにせまい部屋で、生活をきりつめ音楽を聴いたことがあった。私もむかし同じようにせまい部屋で、生活をきりつめ音楽を聴いたことがあった。いまの私は経済的にめぐまれているが、貧富は音楽の観照とは無関係だ。むかしの貧困時代に、どんなに沁みて私は音楽を聴いたろう。思いすごしかもわからないが、そういう私の若い日を瀬川氏の部屋に見出したような気がした。貧乏人はジムランを聴くなというのではない。そんなアホウなことは言っていない。あくまで音楽の聴き方の上で、ジムランでは出せぬ音色というものがあり、たとえて言えばフュリートはフランス人でなければ吹けぬ音色があり、弦ではユダヤ人でなければどうしてもひき出せぬひびきがある、そういうい身でカルフォルニア製の、年数回しか雨の降らないような土地で生まれたJ・B・ランシングには、絶対、ひびかぬ音色がある。クラシックを聴くジムランを私にはそれが不満である。愛用する瀬川さんはだから、ジャズを好んで聴く人かと思っていた。
 ところが違った。彼のコレクションは一瞥すればわかる、彼はクラシックを聴いている。むかしの小生のように。
     *
瀬川先生はステレオサウンド 39号で「天の聲」の書評を書かれている。
その中に、こうある。
     *
 五味康祐氏とお会いしたのは数えるほどに少ない。ずっと以前、本誌11号(69年夏号)のチューナーの取材で、本誌の試聴室で同席させて預いたが、殆んど口を利かず、部屋の隅で憮然とひとりだけ坐っておられた姿が印象的で、次は同じく16号(70年秋号)で六畳住まいの拙宅にお越し頂いたとき、わずかに言素をかわした、その程度である。どこか気難しい、というより怖い人、という印象が強くて、こちらから気楽に話しかけられない雰囲気になってしまう。しかしそれでいて私自身は、個人的には非常な親近感を抱いている。それはおそらく「西方の音」の中のレコードや音楽の話の書かれてある時代(LP初期)に、偶然のことにS氏という音楽評論家を通じて、ここに書かれてあるレコードの中の大半を、私も同じように貧しい暮しをしながら一心に聴いていたという共通の音楽体験を持っているからだと思う。ちなみにこのS氏というのは、「西方の音」にしばしば登場するS氏とは別人だがしかし「西方の音」のS氏や五味氏はよくご存知の筈だ。この人から私は、ティボー、コルトオ、ランドフスカを教えられ、あるいはLP初期のガザドウシュやフランチェスカフティを、マルセル・メイエルやモーリス・エヴィットを、ローラ・ボベスコやジャック・ジャンティを教えられた。これ以外にも「西方の音」に出てくるレコードの大半を私は一応は耳にしているし、その何枚かは持っている。そういう共通の体験が、会えば怖い五味氏に親近感を抱かせる。
     *
けれどふたりのカラヤンに対する評価は違う。

Date: 3月 12th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その6)

ステレオサウンド 62号と63号の「音を描く詩人の死 故・瀬川冬樹氏を偲ぶ」。
そこに、ある。
     *
〝二カ月ほど前から、都内のある高層マンションの10階に部屋を借りて住んでいる。すぐ下には公園があって、テニスコートやプールがある。いまはまだ水の季節ではないが、桜の花が満開の暖い日には、テニスコートは若い人たちでいっぱいになる。10階から見下ろしたのでは、人の顔はマッチ棒の頭よりも小さくみえて、表情などはとてもわからないが、思い思いのテニスウェアに身を包んだ若い女性が集まったりしていると、ニコンの8×24の双眼鏡を持出して、美人かな? などと眺めてみたりする。
 公園の向うの河の水は澱んでいて、暖さの急に増したこのところ、そばを歩くとぷうんと溝泥の匂いが鼻をつくが、10階まではさすがに上ってこない。河の向うはビル街になり、車の往来の音は四六時中にぎやかだ。
 そうした街のあちこちに、双眼鏡を向けていると、そのたびに、思わぬ発見がある。あんな建物があったのだろうか。見馴れたビルのあんなところに、あんな看板がついていたのだっけ……。仕事の手を休めた折に、何となく街を眺め、眺めるたびに何かを発見をして、私は少しも飽きない。
 高いところから街を眺めるのは昔から好きだった。そして私は都会のゴミゴミした街並みを眺めるのが好きだ。ビルとビルの谷間を歩いている人の姿。立話をしている人と人。あんなところを犬が歩いてゆく。とんかつ屋の看板を双眼鏡で拡大してみると電話番号が読める。あの電話にかけたら、出前をしてくれるのだろうかな、などと考える。考えながら、このゴミゴミした街が、それ全体としてみればどことなくやはりこの街自体のひとつの色に統一されて、いわば不協和音で作られた交響曲のような魅力をさえ感じる。そうした全体を感じながら、再び私の双眼鏡は、目についた何かを拡大し、ディテールを発見しにゆく。
 高いところから風景を展望する楽しさは、なにも私ひとりの趣味ではないと思うが、しかし、全体を見通しながらそれと同じ比重で、あるいはときとして全体以上に、部分の、ディテールの一層細かく鮮明に見えることを求めるのは、もしかしたら私個人の特性のひとつであるかもしれない。〟
 昨年の春、こういう書きだしではじまる先生のお原稿をいただいてきた。これはその6月に発刊された特別増刊号の巻頭にお願いしたものであった。実は、正直のところ、私たちは当惑した。編集部の意図は、最新の世界のセパレートアンプについての展望を書いていただこうというものであった。このことをよくご承知の先生が、あえて、ちがうトーンで、ご自身のオーディオ遍歴と、そのおりふしに出会われた感動について描かれたのだった。
 その夏のさかり、先生が入院され、その病状についてうかがった。そのころから、すこしずつ、この先生の文章が気になりはじめてきたのだった。
 担当編集者のMによる、先生は私たちのこの主題のために3本の原稿をほとんど書きあげられていて、そのうちの1本をMに度したあと、あとの2本はひきだしにしまってしまわれたという。
 先生はたしかに『ステレオサウンド』の読者をことさらに大切にしておられた。しかし先生のような、ながいキャリアのある筆者がひとつの依頼された主題のために3本のながい原稿を書かれるというのは異例のことである。
 先生は事実としてはご自分の病気についてはご存じではなかった、という。しかしなんらかの予感はあったのではないだろうか?
 そう考えなければ、この文章のなかにただよっている、ふしぎな諦感と焦燥、熱気と静寂、明快なものと曖昧なもの、その向う側から瀬川先生が、私たちに語り遺そうとしているもののおびただしさの謎をときぼくしいくことはできないだろう。
 思えばあれは先生の遺書だったのだ。
 それはあからさまにそういうかたちで書かれているものではないから、私たちは「謎」を解かなければならない。
 その謎は解くことができるかどうか? わからない。しかし努力してみよう。いや、そうしなければならないのではないだろうか?
     *
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の「いま、いい音のアンプがほしい」は、
約一万四千字の長さだ。
ひきだしにしまわれたのこり二本も、同じくらいの長さだったのか。

おそらくそのうちの一本は、
編集部からの依頼「最新の世界のセパレートアンプについての展望」を書かれたのだろう。
それは「コンポーネントステレオの世界」の’79年度販、’80年度販の巻頭の記事、
これに近いものだったはずだ。

しまわれてしまった、もう一本の内容は、わからない。

Date: 3月 6th, 2017
Cate: 五味康祐

「三島由紀夫の死」(とんかつのこと)

夕方、友人のAさんから食事の誘いがあった。
水道橋辺りでとんかつを食べませんか、ということだった。

ふたりともとんかつは好物である。
水道橋辺りではあまり食事をしたことがないので、
そこがどんな店なのか興味もあるし出掛けていった。

水道橋東口から徒歩数分のところにあるかつ吉である。
古くからある店とのこと。

あれこれ楽しい話をして店を出ようとして気づいた。
レジのところに、この店が紹介された記事の切り抜きが貼ってあった。

文人が愛した店ということで紹介されていた。
そこには川端康成と三島由紀夫の写真があった。

Aさんに、このふたりが来てたんですね、といったら、
Aさんのお父さんが以前、この店に来たところ三島由紀夫も来ていた、とのこと。

これだけだったら、ここで書くことはないのだが、
それが「三島由紀夫の死」の二日前のことである。

その日に思い立っての切腹ではなかろう。
ならば最期の日を前にして、好きなものを食べに来ていたのだろうか。

Date: 3月 2nd, 2017
Cate: ディスク, 岩崎千明

Leroy Walks!(二度目の「20年」)

締めの一曲としてかけた「Leroy Walks!」を聴いていた喫茶茶会記の店主・福地さんがいった。
「(この音なら)岩崎千明さんも喜ぶはず」と。

福地さんは私よりも和解から、岩崎先生の文章にリアルタイムで触れてきたわけではない。
喫茶茶会記をジャズ喫茶だと思っていない人の方が多くとも、
喫茶茶会記はジャズ喫茶である。

私が鳴らした「Leroy Walks!」を、どういわれるか。
わからない、というのが本音だ。

私だって、岩崎先生の文章をリアルタイムで読んだのは、わずか数ヵ月。
岩崎先生に、私は会えなかった。

岩崎先生も「Leroy Walks!」も聴かれていたであろう。
どんなふうに鳴らされただろうか。

岩崎先生はLPで聴かれていた(はず)。
私はCDで「Leroy Walks!」を聴いた。
それだけ月日が経っている。
ずいぶんと経っている。

1977年3月に亡くなられた。
昨晩から3月である。

二度目の「20年」が、ここにもある。

Date: 2月 21st, 2017
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その13)

森本雅樹氏の記事のタイトルは、
「中高音6V6-S 低音カソ・ホロ・ドライブ6BQ5-PPの定電圧電源つき2チャンネル・アンプ」。
     *
 グッドマンのAXIOM 80というのはおそるべきスピーカです。エッジもセンタもベークの板で上手にとめてあって、f0が非常に低くなっています。ボイス・コイルが長いので、コーンの振幅はかなり大きくとれるでしょう。まん中に高音用のコーンがついています。ところが、エッジはベーク板でとめてあるだけなので、まったくダンプされていませんから、中音以上での特性のアバレが当然予想されます。さらにまたエッジをとめるベークをとりつけるフレームがスピーカの前面にあるのですが、それがカーンカーンとよくひびいた音を出して共鳴します。一本で全音域をと考えたスピーカでしょうが、どうしても高域はまったくお話になりません。ただクロスオーバを低くとれば、ウーファーとしては優秀です。
     *
1958年の記事ということもあって、森本雅樹氏のシステムはモノーラルである。
このころ日本でステレオ再生に取り組まれていた人はいたのだろうか。

森本雅樹氏のスピーカーシステムは、
ウーファーがAXIOM 80とナショナルの10PW1(ダブルコーンを外されている)のパラレルで300Hzまで、
スコーカーはパイオニアのPIM6(二発)を300Hzから2500Hzまで、
トゥイーターはスタックスのCS6-1で1500Hz以上を受け持たせるという3ウェイ。

森本雅樹氏はAXIOM 80を300Hz以下だけに、
しかもナショナルののユニットといっしょに鳴らされている。

高域はお話になりません、と書かれているくらいだし、
ウーファーとしては優秀とも書かれているわけだから、
こういう使い方をされるのかもしれないが、
瀬川先生にとっては、認め難い、というより認められないことだったはず。

一昨晩のOさんのやりとりの中でも出たことだが、
森本雅樹氏も、室蘭工大の三浦助教授も、学者もしくは学者肌の人であり、
エンジニア(それもオーディオエンジニア)とは思えない。

AXIOM 80の実測データについては(その4)で書いている。
高域はあばれているといえる特性である。
それにAXIOM 80の独特な構造上、一般的なスピーカーよりも共振物がコーンの前面にあるのも確かだ。

その意味でAXIOM 80を毒をもつユニットともいえる。
その毒の要素を、どう鳴らすか、鳴らさないようにするか。

森本雅樹氏は鳴らさないようにする手法を選択されている。
瀬川先生とは反対の手法である。

Date: 2月 20th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その12)

AXIOM 80について書きながら、また写経のことを考えていた。

川崎先生が2月5日に『とうとうその時期「写経」で自分の書を晒します』、
2月20日に『書そして運筆なら空海がお手本になる』、
書と写経についてブログに書かれている。

だからことさらにオーディオにおける写経について考えている。
昨晩、友人のOさんから連絡があった。
森本雅樹氏の記事を見つけた、という連絡だった。

森本雅樹氏については、天文学(特に電波天文学)に関心のある方ならご存知のはずである。
私は天文学にはほとんど興味はないが、森本雅樹氏の名前は、瀬川先生の文章に出てきているから、
なんとなくではあるが記憶にある。

ラジオ技術 1961年1月号掲載の「私のリスニング・ルーム」に、
瀬川先生が登場されている。タイトルは「ハイファイざんげ録」。

ここに森本雅樹氏の名前が出てくる。
     *
 それまでの私は、海外のオーディオ・パーツ、特にスピーカにはほとんど関心を示さず、かって、白い眼さえ向けさえ下。それは多分にラ技の影響でもあった。その私を〝改宗〟させたのが、いまだ愛聴しているGoodmansのAXIOM-80である。しかし私は、このAX’-80についてラ技誌上で多くを語ることをためらわずにいられない。かえって58年8月号に、森本雅樹氏がこのスピーカについてふれられた際〝……どうして、高域はまったくお話になりません〟ウンヌンと極言されておられ、さらにまたその年の2月のこの欄では、室蘭工大の三浦助教授が、AX’-80をやめて〝P社の12インチにとりかえた〟と書かれている。私自身はこのスピーカを、〝鳴らす〟ことがきわめてむずかしいスピーカだとつくづく感じているが、森本氏や三浦氏のようなベテランがこのスピーカごときを使い誤るようなことはあり得ようはずがない。とすれば、その〝お話にならない〟高音を、たいへん美しい、生々しさをともなったみごとな音だ、と感じる私の耳は異常なのだろうか、と私はたいそう心細くなるのである。
     *
ラジオ技術 1958年8月号の森本雅樹氏のアンプ製作記事のコピーを、
Oさんは送ってくれた。

Date: 2月 20th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その11)

AXIOM 80を鳴らすパワーアンプのことに話を戻そう。
真空管の格からいえば、45よりもウェスターン・エレクトリックの300Bが上である。
300Bのシングルアンプということも考えないわけではないが、
まずは45のシングルアンプである。

満足できる45のシングルアンプを作ったあとでの300Bシングルアンプ。
私にとってはあくまでのこの順番は崩せない。

既製品でも鳴らしてみたいパワーアンプはある。
First WattのSIT1、SIT2は一度鳴らしてみたいし、
別項「シンプルであるために(ミニマルなシステム・その16)」で触れていように、
CHORDのHUGO、もしくはHUGO TTで直接鳴らしてもみたい。

でもその前に、とにかく45のシングルアンプである。
45のシングルアンプにこだわる理由はある。

17年前、audio sharingの公開に向けてあれこれやっていた。
五味先生の文章は1996年から、瀬川先生の文章、岩崎先生の文章をこの時から入力していた。

入力しながら、これは写経のようなことなのだろうか、と自問していた。

手書きで書き写していたわけではない。
親指シフトキーボードでの入力作業は、写経に近いといえるのだろうか。

オーディオにとって写経とは、どういうことだろうか。
オーディオにとっての写経は、意味のあることなのだろうか。
そんなことを考えながら、入力作業を続けていた。

私がAXIOM 80、それに45のシングルアンプにここまでこだわるのは、
写経のように感じているからかもしれない。

Date: 2月 19th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(余談)

グルンディッヒのProfessional BOX 2500というスピーカーシステムは、
ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’80」で、
瀬川先生の組合せ(予算50万円)で登場している。

続いてステレオサウンド 54号(1980年春号)の特集にも登場し、
瀬川先生は特選機種にされている。

Professional BOX 2500は4ウェイ。
ウーファーとミッドバスはどちらも19cm口径。
密閉のブックシェルフ型で、
4ウェイということがイメージする本格的なスピーカーシステムというイメージからはほど遠い。
価格もJBL4343の約1/6の10万円である。

あまり注目されることのなかったスピーカーともいえる。
グルンディッヒには、このProfessional BOX 2500のアクティヴ型があった。
Akitiv Box 40というモデルで、4つのユニットにそれぞれ独立したパワーアンプを備えている。

4ウェイのマルチアンプ・ドライヴのシステムである。
価格は16万円。
Professional BOX 2500よりも6万円高いだけで、
4チャンネル分のパワーアンプとエレクトリッククロスオーバーを内蔵している。

Professional BOX 2500の価格もそうだが、
Aktiv Box 40もかなり安いと感じる。

Aktiv Box 40は、いったいどんな音だったのか。
瀬川先生は聴かれていないのか、
それとも聴かれたけれど芳しくなくて……、ということだったのか。

瀬川先生は、Professional BOX 2500の音を、
《ハイファイのいわば主流の、陽の当る場所を歩いていないスピーカーのせいか、最近の音の流れ、流行、
そういったものを超越したところで、わが道を歩いているといった感じがある》
と評価されていた。

4ウェイのマルチアンプ・ドライヴになっても、そういうところはそのままのはずである。
むしろマルチアンプ・ドライヴということから受けるイメージとは、
かなり遠いところで鳴っている音なのかもしれない。

「確信していること」の(その20)を書こうとしていて、
Akitv Box 40のことを思い出した次第。

Date: 2月 17th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その10)

それにしてもいつごろからオーディオ雑誌で、
技術用語が正しく使われなくなってきたのだろうか。

チョークコイルをチョークトランスともいう。
出力管の前段をドライバー段ともいう。

メーカーや輸入商社からの資料にそう書いてあるから、そのまま使う(写す)。
ひどいのになると、整流コンデンサーなるものを新発明している文章もあった。

誰しも間違える。
でも誰も気付かないというのは問題にしたい。

オーディオ評論家と呼ばれている人たちは、その間違いを指摘しないのだろう。
指摘しないのは、間違いだということに気づいていないからであるはずだ。

オーディオ評論家と呼ばれている人たちにも得手不得手があっていい。
すべてを知っているわけではない。

オーディオ評論家と呼ばれている人たちが、
チョークトランスとか整流コンデンサーとかを、原稿に書いてきたら、
編集者が朱を入れればいいのだが、ここでも気づかれずに活字になってしまう。

一度活字になってしまうと、チョークトランスが当り前になってしまう。
出力管の前段をすべてドライバー段(管)とするのが当然になってしまう。

いまの時代のオーディオ評論家と呼ばれている人たちや、
オーディオ雑誌の編集者たちは、そんなこまかいことどうでもいい、と思っているのかもしれない。

ならば、細部に神は宿る、といったことも口にしないでほしい。
ディテールが大切だ、ともいわないでいただきたい。

そんな感性では、AXIOM 80は鳴らせない、と断言しておく。

Date: 2月 16th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

AXIOM 80について書いておきたい(その9)

AXIOM80を、私ならどう鳴らすか。
そんなことを妄想している。

まず考えるのはパワーアンプである。
ここは絶対に疎かに、いいかげんに決めることはできない。

まず浮ぶのは瀬川先生がAXIOM 80を鳴らされていたように45のシングルアンプ。
既製品では、そういうアンプはないから自分でつくるしかない。
瀬川先生は定電圧放電管による電源部、無帰還の増幅部で構成されている。

同じ構成にする手が、まずある。
45のフィラメントを、どうするか、とも考える。

シングルアンプだから、それにAXIOM 80の能率の高さと、
ハイコンプライアンスという構造上の問題からすれば、
ハムは絶対に抑えておきたいから、必然的に直流点火となる。

整流回路、平滑回路による非安定化電源か定電圧電源か。
ここは定電流点火としたい。

前段はどうするか。
最近のオーディオ雑誌では出力管の前段を、ドライバー段と表記しているのが目立つ。
前段の真空管をドライバー管ともいっている。

だが真空管アンプのベテランからすれば、わかっていないな、と指摘される。

トランジスターアンプと真空管アンプは、同じではないし、同じように語れるところもあれば、
そうでないところもある。
そのことがオーディオ雑誌の編集者も、
オーディオ評論家と呼ばれている人たちもわかっていないようだ。

無線と実験の別冊として以前出版されていた淺野勇氏のムック。
この本の巻末には、座談会が載っている。
ここでの伊藤先生の発言を読んだことのある人ならば、
出力管の前段をドライバー段とか、ドライバー管とはいわない。

もちろん正しくドライバー段と呼ぶ場合もあるが、
たいていの場合、ドライバー段と呼ぶのは間違いである。

私も、淺野勇氏のムックを呼ぶまでは(10代のおわりごろまでは)、
ドライバー段などといっていた。

Date: 2月 11th, 2017
Cate: 川崎和男

KK適塾(オーディオのこと)

KK塾のときは司会はいなかった。KK適塾にはいる。
毎回そうなのだが、KK適塾が始まる前に司会者からの注意事項がある。

そこにはSNSやブログに、内容について書くな、ということがある。
だからKK適塾になってからは、内容については書かないようにしている。

書きたいことはあっても、そういうことである。

1月のときは少し、今回のKK適塾でも、
川崎先生がオーディオについて語られている。
そのことについて書きたいのだが、書くな、という司会者のお達しだから、
このことについても書けない。

Date: 2月 10th, 2017
Cate: 川崎和男

KK適塾(四回目)

KK適塾四回目の講師は、河北秀也氏と北川原温氏。

今回、もっとも記憶残っている言葉は「文化」である。

十数年前、菅野先生が話してくださったことがある。
日本が失われたのは、明治維新によってであり、
第二次世界大戦の敗戦でさらに失われた──、
そんなことを趣旨のことだった。

このことを、ますます実感する世の中になってきている。
今日も明治維新という言葉が出てきた。

なるほど、と思うより、やはり、と思ってしまう。

十数年まえよりも、世の中にほころびが目立つ始めたようにも感じている。
文化が失われることによって、文明にほころびが生じてしまう。

今日の話を聞いていて、そのことを考えていた。

Date: 1月 25th, 2017
Cate: 菅野沖彦

菅野沖彦氏のスピーカーのこと(その16)

この項の(その1)を書いたのは、2008年9月だから、
このブログを始めたばかりのころである。
少し時間をかけすぎた、と反省している。

「菅野沖彦氏のスピーカーのこと」というタイトルで書こうと思ったのは、
そのころよく「菅野先生の音は、どういう音なんですか」と訊かれていたからだ。

できるかぎりの説明はするものの、それだけで伝わっているとは思っていない。
菅野先生の音を想像する、それも正しく想像するのに、何かきっかけとなる音、
それも聴こうと思えば、多くの人が聴ける音として、何があるだろうか、と考えた。

浮んだのは、B&OのスピーカーシステムBeolab 5である。
2008年の段階で XRT20は製造中止になって久しいし、
マッキントッシュのラインナップからXRT20の後継機といえるモデルはなかった。

JBLの375を中心としたシステムは、
JBLのスピーカーシステムのラインナップに近いモノはない。

ジャーマン・フィジックスのDDD型を中心としたシステムに関しても、同じだ。

でも、これら三組のスピーカーに共通する要素を考え、抽出し、
その要素を備えているスピーカーシステムとなると、Beolab 5ということになる。

だから、「菅野先生の音は、どういう音なんですか」と訊ねてきた人に対して、
全員ではないけれど、何人かにはBeolab 5を聴いてみることをすすめた。

Date: 1月 25th, 2017
Cate: 岩崎千明

想像つかないこともある、ということ(その9)

井上先生も2000年12月に亡くなられているから、もう確かめようはないが、
1977年以降のステレオサウンド別冊での組合せ例は、
岩崎先生の不在によって、大きくあいてしまった「空間」を、なんとかしようとされていたようにも、
いまになって思うのだ。

もっと早くに気づいていれば、直接井上先生に訊けたけれど、
でも井上先生のことだから、そうであったとしても、「そうだよ」とは言われなかっただろう。

若いうちは、こんなことはまったく想像できなかった。
けれど、いまはそうかもしれない、と気づく。

だから、あとどのくらいなのかはわからないが、
生きていれば、岩崎先生の音量についても、想像できるようになるかもしれない。

ステレオサウンド 130号の「レコード演奏家訪問」で、
菅野先生は上杉先生のリスニングルームを訪問されている。
記事の終りにある「訪問を終えて」に、こうある。

たとえば、いまは亡き岩崎千明君の音に、僕はうまれてはじめて目から火が出る体験をいたしました。しかし、あの凄まじい大音量再生の攻撃的世界からも、デリカシーとしなやかさはじゅうぶんに感じとれたわけですね。世界には、森も草原も砂漠も海もあります。上杉さんは、おだやかな草原に、岩崎君は、嵐の海に生きられても、それぞれの世界に、優しさもあれば荒々しさもあることを汲み取っていただき、訪問記を読んでほしいものだと思います。

「訪問を終えて」は菅野先生の書き原稿ではなく、話されたことを編集部の誰かかがまとめたものだろう。
些細なことだが、ひっかるところがある。
岩崎千明君、となっているところだ。

上杉先生のことはさん付けで呼ばれている。
なのに岩崎先生のことは君付けである。

菅野先生より上杉先生は若い。
岩崎先生は菅野先生よりも四つ上である。

菅野先生から岩崎先生の話は何度か聞いている。
菅野先生は岩崎さん、とたいていはそう呼ばれていたし、
時折、千明さん、でもあった。

千明さんは、ちあきさん、ではなく、せんめいさんである。

補足しておく。
岩崎千明は「いわさきちあき」である。
千明を「せんめい」と読んでいたのは、
岩崎先生と親しかった方たちである。