Archive for category 4343

Date: 11月 12th, 2024
Cate: 4343, audio wednesday, JBL

audio wednesday (next decade) –第十夜(43年目の4343・余談)

11月6日のaudio wednesdayで鳴らしたJBLの4343は、
宇都宮から運んでくる必要があった。
当初は、私がクルマと運転手を手配して、という手筈だったのが、
頼んでいた人が、ストレスで短期間ではあったけれど引きこもりになってしまった。
いまは元気になっているけれど、
前もって運搬・搬入しようとしていた時は、
頼めそうな感じではなかった。

もう一人、声をかけていた人もいたが、
この人は心筋梗塞で入院してしまった。

4343のオーナーのHさんは、クルマへの積み込みと移動は、
レンタカーを手配して、一人で大丈夫という方だったので、お願いすることになった。

これで安心と思っていたら、
11月2日に、彼が予約していたレンタカーが事故にあって、
借りれなくなった、代車が用意されるようだ──、
という連絡があった。

3日の夜になってもレンタカー会社からの連絡がないので、
最悪運べないかもしれない可能性も出てきた。

4日に連絡があって、代車が用意された、とのこと。

これでほんとうに安心できる、と思った。

4343は無事届いた。
けれど、すでに書いているように、予想しない不具合が発生。
4343に原因があるのではなく、
他のところによる不具合なのだが、どこなのかがなかなかはっきりとせず、
けっこうな時間を費やしながら、
少しだけ、何かに邪魔されているのか……、そんなことも思ったりした。

しかもトラブルはもう一つあって、
前日夜にHさんが4343をチェックしたところ、2405が鳴らなかったそうだ。
深夜まで時間をかけて、鳴るようになった、という話を、
準備している時に聞いていたものだから、
いったいなんなんだろう──、と思うしかなかった。

そんなことがあったけれど、4343はよく鳴ってくれた。

Date: 11月 8th, 2024
Cate: 4343, audio wednesday, JBL

audio wednesday (next decade) –第十夜(43年目の4343・その5)

2012年12月に、別項にこう書いた。

ステレオサウンド 61号の編集後記に、こうある。
     *
今にして想えば、逝去された日の明け方近く、ちょうど取材中だったJBL4345の組合せからえもいわれぬ音が流れ出した。この音が先生を彷彿とさせ、話題の中心となったのは自然な成り行きだろう。この取材が図らずもレクイエムになってしまったことは、偶然とはいえあまりにも不思議な符号であった。
     *
この取材とは、ステレオサウンド 61号とほぼ同時期に発刊された「コンポーネントステレオの世界 ’82」で、
井上先生による4345の組合せのことである。
この組合せが、この本の最初に出てくる記事にもなっている。

ここで井上先生は、アンプを2組選ばれている。
ひとつはマランツのSc1000とSm700のペア、もうひとつはクレルのPAM2とKSA100のペアである。

えもいわれぬ音が流れ出したのは、クレルのペアが4345に接がれたときだった、ときいている。

このときの音については、編集後記を書かれたSさんにも話をきいた。
そして井上先生にも直接きいている。
「ほんとうにいい音だったよ。」とどこかうれしそうな表情で語ってくれた。

もしかすると私の記憶違いの可能性もなきにしもあらずだが、
井上先生は、こうつけ加えられた。
「瀬川さんがいたのかもな」とも。

このことがあったから、今回、パワーアンプはクレルのKSA100にした。

Hさんは、クレルのパワーアンプを他にも持っている。
KMA200とKMA100である。
その中でKSA100を持ってきてもらったのは、上記の引用が理由だ。

しかも井上先生の4345の組合せの試聴は1981年の11月6日。
このころの井上先生のことだから、試聴がはじまったのは、
早くても夕方から、大抵は夜になってからで、
4345からえも《いわれぬ音》が鳴ってきたのは、
翌7日の朝早い時間のはず。

今回のaudio wednesdayも11月6日。
無理なこととはわかっていても、できれば朝方まで鳴らしたかった。

Date: 11月 8th, 2024
Cate: 4343, audio wednesday, JBL

audio wednesday (next decade) –第十夜(43年目の4343・その4)

11月6日のaudio wednesdayで鳴らしたJBLの4343は、
宇都宮に住むHさんのモノである。

彼は四谷三丁目の喫茶茶会期からの常連で、当時は名古屋、兵庫から来てくれていた。
audio wednesdayが終ったあと、新宿から深夜バスで帰り、
翌日は、もちろん朝から仕事。若いなぁ──、と思っていた。
彼はまだ30代。今は宇都宮なので、アンプやスピーカーを、
audio wednesdayに持ってきてくれる。

クレルのKMA200、アポジーのDuetta Signatureも、
彼の私物である。

彼が4343を一人でクルマに積み、運んできてくれた。
クルマの後ろの扉を開ける。

横置きで積まれた4343の底板が見える。
4343は1976年登場で、1981年くらいまで製造されていた。
四十年から五十年近く経っているわけだから、
新品同様ということはまずない。
底板は、調整の際、動かすわけだから、多少なりとも傷が残る。

そんな底板を見た時は、それだけの年月が経っていることを感じていた。

それでも運び込み設置。
アンプやその他の器材もセットして結線して──、
けれどすでに書いたように予想外の不具合が発生して、
4343からやっと音が鳴ってきたのは、けっこう時間が経っていた。

やっと落ち着いてソファーに座り、音をきちんと聴く。
その時改めて、4343はスーパースターだ、と、感じていた。

佇まいが、そうだった。
お互い歳をとったけれど、4343はやはりスーパースターのままだった。
様になるスピーカーのままだった。

Date: 10月 27th, 2024
Cate: 4343, audio wednesday, JBL

audio wednesday (next decade) –第十夜(43年目の4343・その3)

ながいことオーディオという趣味に熱中してきたのであれば、
特別な存在のスピーカーというものが、一つはあるはずだ。
それは世代によっても、どういうオーディオ機器に出合ってきたのか、
さまざまなことが関係しているから、
特別なスピーカーが、みな同じわけではない。

JBLの4343。
1970年代後半におけるオーディオ界のスーパースターだった。
そこでの憧れがあった。
けれど、それだけでなく、
4343は私にとっての「特別なスピーカー」だ。

なぜ特別なのかについて、
すべて書いていくと、どれだけでも書けてしまう。
なぜ特別なのか、
それは瀬川冬樹というひとりのオーディオ評論家と、
私の中では分かち難く結びついているからだ。

瀬川先生がいたからこそ──、そういえる。

Date: 11月 30th, 2022
Cate: 4343, JBL, 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 4343・その2)

私がステレオサウンド働きはじめた1982年1月、
そのころのリファレンススピーカーは、まだ、というか、
ぎりぎりとでもいおうか、JBLの4343だった。

ちょうど4344が出た頃でもあった。
だからといって、すぐにリファレンススピーカーが4343から4344に切り替ったわけでもなかった。
なので、ステレオサウンドの試聴室でも、4343を聴いた時間はたっぷりあった。

4343の後継機といわれる4344は、当然だけど、もっと長い時間、
さまざまなアンプやCDプレーヤー、アナログプレーヤー(カートリッジ)などで聴いている。

まぁ、でも4344は、別項で書いているように、
4343の改良モデル(後継機)というよりも、
18インチ・ウーファーの4345の15インチ版といえる。

私は4343の後継機は、JBLのラインナップにはない、と思っているし、
それでも一つ挙げるとしたら、4348なのだが、これは音的にはそうであっても、
デザイン的にはそうとはいえない(それでも4344よりはいいと思っている)。

そんなことがあったから、4343を終のスピーカーとして意識したことがなかったのか、
というと、そういうことではない。

何度も書いているように、コンディションのよい4343があったら欲しい。
そういう4343を、もし手に入れることができたら、手離すことなく、ずっと鳴らしていくことだろう。

ならば、4343も終のスピーカーとなるのではないか。
そうなのだが、自分でもうまく説明できないのだが、
それでも4343を、終のスピーカーとはいえない私がいる。

Date: 11月 27th, 2022
Cate: 4343, JBL, 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 4343・その1)

「終のスピーカーがやって来る」を書き始めた頃、
これを読まれた方のなかには、終のスピーカーは何なのだろうか、
と予想された人も何人かいる。

JBLの4343ではないだろうか、と予想された人もいる。
4343については、これまでもかなりの数書いてきている。

4343は1976年に登場している。
4343の登場と同じくして、私はオーディオの世界に興味をもった。

私にとっての初めてのステレオサウンドは、41号。
4343が表紙の号だ。

当時、熊本の片田舎に住んでいた私でも、4343を聴く機会には比較的恵まれていた。
それだけ4343は売れていた。
当時としてはかなり高価なスピーカーシステムなのに、
それが聴ける、ということは、すごいことだ。

当時、熱心に読んでいたステレオサウンドにも、ほぼ毎号4343は登場していた、といえる。
4343が完璧なスピーカーではないことはわかっていても、それでも輝いて見えたし、
4343はスターであった、といまでもおもう。

4343が製造中止になってけっこうな時が経っても、4343を聴く機会はけっこうあった。
私と同じ1963年生れの友人のAさんとは、2006年に、二人の年齢を合せると4343だ、
そんなことをいっていたくらいである。

いまでも4343のコンディションのいいモノがあれば、欲しい。
置き場所がないけれど、それでも欲しい、とおもっている。

それでも、4343は私にとって終のスピーカーとなるだろうか(なっただろうか)、
そんなことをおもう。

Date: 6月 25th, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その6)

将棋は駒の動かし方をかろうじて知っているだけなので、
別項で触れている「3月のライオン」を読むまでは、
対局の後に感想戦があることも知らなかった。

対局に勝った(負けた)だけでなく、その後の感想戦。
本づくりにおいて感想戦的なことはあっただろうか……、とその時おもっていた。

私がいたころは、そういうことはなかった。
一冊のステレオサウンドの編集を終えて、見本誌があがってくる。
それを手にして、編集部全員で感想戦的なことをやる──、
そういうことはなかった。

いまの編集部がやっているのかどうかは知らないけれど、
できあがった書店に並ぶステレオサウンドをみる限り、やっているようには思えない。

やらなければならないことなのか。
自分が担当した記事について自分の意見をいう。
他の編集者の意見、感想をきく。

すべての記事に対して、感想戦的なことをやっていく。
必要なことのようにおもう。

Date: 6月 7th, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その5)

黒田先生が「音楽への礼状」でカザルスについて書かれている。
     *
大切なことを大切だといいきり、しかも、その大切なことをいつまでも大切にしつづける、という、ごくあたりまえの、しかし、現実には実行が容易でないことを、身をもっておこないつづけて一生を終えられたあなたのきかせて下さる音楽に、ぼくは、とてもたくさんのことを学んでまいりました。
     *
大切なことを大切だといいきる、こと。
どれだけの人が実行しているのだろうか。

大切だ、と口にするのは誰にでもできる。
でも、この人は、それをほんとうに大切にしているのだろうか──、
そう疑いたくなることもないわけではない。

ないわけではない──、と書いたけれども、そうでもないと感じてもいる。

大切なことに新しいも古いもない。
そんなことさえ、いまでは忘れられているような気さえする。

だから、それを読み手に思い出させるというのが、
ステレオサウンド 223号の「オーディオの殿堂」ではないのだろうか。

私は「オーディオの殿堂」に対して、どちらかといえば否定的な考えを持っているが゛
それでも肯定的に捉えようとするならば、
大切なことを再確認するための企画だともいえる。

けれど、実際はどうなのだろうか。
私は、この項で書いているように、
三浦孝仁氏の4343についての文章だけを立読みしているだけだから、
他の人の文章については、なにもいえないのだが、
少なくとも三浦孝仁氏の4343の文章は、そうとは思えなかったし、
4343は殿堂入りしているとはいえ、ステレオサウンド編集部には、
そういう意識はないんだな、ともいえる人選である。

大切なことを大切だといいきることのできない「オーディオの殿堂」は、
なんなのだろうか。

ステレオサウンド編集部に望むのは、
自らの企画を検証する記事である。

Date: 6月 4th, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その4)

ステレオサウンド 223号「オーディオの殿堂」の4343の件に関して、
三浦孝仁氏を責めようとは思っていない。

三浦孝仁氏の4343の文章は、
三浦孝仁氏ならば、こんなことを書くだろうという予想通りのものだった。
それはいい悪いということではなく、
ステレオサウンドの編集部も予想していたことであろうし、
その予想通りの出来(どう評価するかは個人の自由)なのだからだ。

なので責めたいのは、なぜ三浦孝仁氏にしたのか、である。
消去的選択で三浦孝仁氏になったわけではないはずだ。
その1)で書いているように、黛 健司氏がいる。

4341、4343と鳴らしてきた黛 健司氏がいるにも関わらず、
あえて三浦孝仁氏にしなければならなかったのか、その理由がわからない。

黛 健司氏よりも三浦孝仁氏のほうが、
4343についてより面白い、よりよい原稿が書けるという判断だったのか。
それはおかしい、というか間違っている、といいたい。

それとも「名作4343を現代に甦らせる」で、
あの無様な、そして無惨な姿に変り果てた4343もどきの試聴記を書いた人だからなのか。

私は、223号の4343のところだけを立読みしただけなのだが、
きちんと買って読んだ友人によれば、「オーディオの殿堂」での黛 健司氏の文章は、
よかった、とのこと。

黒田先生が亡くなられた時も、そうだった。
なぜ、あの時、黛 健司氏にも追悼文を依頼しなかったのか。

4343のことだけでも、おもうところはある。
おそらく223号をきちんと読めば、もっとおもうところが多々あるだろう。

facebookにコメントをくれた方は、
223号を買ったけれど、これを餞別(香典代り)にして、
終りにします、ということだった。

(その3)で、和田博巳氏のことに触れた。
facebookへのコメント、メールが数人の方からあった。
編集後記に、体調を崩されている、とあるとのこと。

Date: 6月 3rd, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その3)

今回、三浦孝仁氏に4343について書いてもらおう、と決めたのは、
誰なのだろうか。

編集会議で、この機種はこの人に、というふうに決めていったのだろうか。
それとも編集長が一人で決めたことなのだろうか。

どちらにしても4343については、最悪の選択と言い切ってしまう。
それに4343は1ページの掲載だった。

なんだろう、4343の扱いの雑さは。

「オーディオの殿堂」巻頭の座談会の見出しには、
読者が選んだこと、読者の思い、そんなことが書いてあった。

1970年代後半、そのころのステレオサウンドの読者の想いは無視なのか。
そういえば、223号には「読者の思い」とあった。「読者の想い」ではなかった。

そういうところのズレから生れてきたことなのだろうか。

「オーディオの殿堂」での4343の三浦孝仁氏は最悪の選択なのだが、
すべての機種について、そうなのではない。

4343以外に関してはパラッと眺めただけなのだが、
EMTの927Dstとトーレンスのリファレンス、
この二機種を黛 健司氏に担当させているのは、いい選択である。

どちらか片方だけではなく、二機種とも黛 健司氏であるから、いい。
こういう選択もできるのに、4343に関しては違う。
だから、雑な扱いをしている、といいたくなる。

4343とは関係ないのだが、
特集をパラッと眺めただけなので、私が見落しているのかもしれないが、
和田博巳氏が登場されていなかった。

あれっ? と思い、Kindle UnlimitedでHiViのベストバイの号を見てみた。
そこにも和田博巳は登場されていない。

体調を崩されているのだろうか。

Date: 6月 3rd, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その2)

昨晩、友人が教えてくれた。
ステレオサウンド 223号の特集「オーディオの殿堂」で、
4343を担当しているのは三浦孝仁氏だ、と。

105機種が、オーディオの殿堂入りを果たしている、とのこと。
それぞれのモデルについて、誰かが担当しているわけなのだが、
まさか4343のことを三浦孝仁氏に書かせるとは、
ステレオサウンド編集部は「名作4343を現代に甦らせる」をどう捉えているのだろうか、
と詰問したくなる。

あの記事で無様に変容してしまった4343を、
ステレオサウンド編集部は、4343だと認めているのか。
そうだとしたら、呆れるとはるかにとおりこして、すごい、としかいいようがない。

でも認めているのだろう。
だからこそ三浦孝仁氏に4343を担当させたのだろう。

他に適任がいないというのならば、わからなくもないが、
黛 健司氏がいるにもかかわらず三浦孝仁氏である。

それでも、4343についてどういうことを書いているのか、
肝心なのはその内容である。
それが素晴らしければ、それでいい、とも思っているのだが、
残念なことに、当り障りない内容でしかなかった。

今日、三浦孝仁氏の4343のところだけ立読みしてきた。
素晴らしければ、ひさしぶりにステレオサウンドを買おう、ぐらいには思っていたのだが、
失望ではなく、やっぱりな……、というのが、私の本音だ。

失望はこちらが期待するから起ることなのだが、
期待もしていなければ失望はないわけで、やっぱりな……、ということになる。

Date: 6月 2nd, 2022
Cate: 4343, JBL, ジャーナリズム

40年目の4343(オーディオの殿堂・その1)

その8)を書いたのは、2015年2月。
ひさしぶりに書こうと思ったのは、今日がステレオサウンド 223号の発売日だからだ。

223号の特集は、「オーディオの殿堂」。
今日は一歩も外出していないので、
「オーディオの殿堂」で、どんなモデルが選ばれているのかはまったく知らないが、
それでもJBLの4343は、きっと殿堂入りしているはずだ。

4343に関しては、殿堂入りしているかどうかではなく、
4343について、誰が担当しているのかに興味がある。

私がステレオサウンドの編集者だったら、
黛 健司氏に依頼する。

間違っても三浦孝仁氏には依頼しない。

十数年前のステレオサウンドに、「名作4343を現代に甦らせる」という連載があった。
佐伯多門氏が担当された記事である。
別項で触れているから、ここでこの記事について、どう思ったのかはくり返さないが、
「名作4343を現代に甦らせる」の最後、
無様になってしまった4343の試聴記を担当したのが、三浦孝仁氏であるからだ。

この人は、4343というスピーカーシステムをまったく理解していない──、
私はそう感じた。いまもそう思っているからだ。

Date: 1月 11th, 2018
Cate: 4343, JBL

4343とB310(その27)

フルレンジからスタートする瀬川先生の4ウェイへのプラン。
このプランで、見落してはいけないのは基本的にマルチアンプドライヴである、ということ。

LCネットワークはミッドハイのハイカットとトゥイーターのローカットのみだ。
フルレンジからスタートするのはいい。
けれど、この瀬川先生のプランはアンプの数が増えるし、それだけシステムの規模は大きくなる。

そういいながらも、瀬川先生がLCネットワークを極力使われない、というのも理解できる。
フルレンジからスタートするプランであるからこそ、LCネットワークの排除とも考えられる。

フルレンジを一発で鳴らしたときの音の良さは、
ユニットが最少限ということもあるが、アンプとフルレンジユニットの間に、
コイルもコンデンサーも、抵抗も介在しないことによる良さがある。

LCネットワークでシステムを組むのであれば、
フルレンジユニットに対して、ローカットとハイカットのフィルターが入ることになる。

その26)で、4ウェイになると、ユニットは四つだが、フィルターの数は六つになり、
フィルターの数で考えれば、4ウェイは六次方程式を解くようなものだ、と書いた。

六次方程式なのは、LCネットワークであろうとマルチアンプであろうと変りはしないが、
どちらがより難しい六次方程式かといえば、LCネットワークのはずだ。

しかもネットワークの次数が高次になればなるほど、さらに難しくなっていく。
そうやって考えると、ボザークがスコーカーに16cm口径のフルレンジ的ユニットをもってきて、
ネットワークを、もっともシンプルな6dB/oct.のネットワークとしたのは、
位相重視の設計もあっただろうが、
フルレンジの音質的メリットを活かす意味合いも大きかったのではないか。

そういう視点から、
別項で書いているSICAのフルレンジユニットを中心としたマルチウェイのシステムを考え直すと、
違うシステムの構築の仕方が求められてくる。

Date: 10月 24th, 2016
Cate: 4343, JBL

4343と1976年(13年後)

ジョージ・ワシントンが初代大統領に就任し、議会政治が発足したのは1789年。

この年をアメリカの真の国家成立だとすれば、
200年後の1989年のオーディオを眺めてみると……。
13年後とは思えぬほど新製品の数は増え、ブランドも増えている。

でもここでもJBLからProject K2 S9500が登場している。
無機的な素材が印象的なデザインのS9500が、象徴的に感じられる。

Date: 10月 24th, 2016
Cate: 4343, JBL

4343と1976年

アメリカは1776年に独立宣言をしている。
1976年、建国200年と、日本でも騒がしかった。
雑誌でもアメリカ建国200年に結びつけの企画がいくつもあった、ように記憶している。

JBLの4343は1976年に登場している。

4343にことさら関心のない人にはどうでもいいことだし、
無理にこじつけようとしたいわけでもないが、
1976年のステレオサウンド四冊をめくっていて、
アメリカからの新製品の中で、象徴的なモノを探していたけれど、
コレ! というモノはなかった。
強いてあげれば、アルテックのModel 19、AGIの511くらいだった。

JBLは建国200年ということを意識しての製品開発ではなかっただろうが、
それでも4343は建国200年の1976年を象徴するアメリカ製品のひとつだと感じる。