Archive for category ディスク/ブック

Date: 9月 25th, 2017
Cate: ディスク/ブック

オーヴェルニュの歌

カントルーブの「オーヴェルニュの歌」といえば、
ネタニア・ダヴラツの歌唱が有名であっても、
私が最初に聴いたのは、キリ・テ・カナワとフレデリカ・フォン・シュターデのどちらかだった。

ダヴラツの「オーヴェルニュの歌」を聴いたのは、CDになってからだった。
そのCDも、もう手元にはない。

聴きたくなることはある。
岡先生によるダヴラツの「オーヴェルニュの歌」のCDの紹介記事を読んでいたから、
無性に聴きたくなっていた。
その数日後、タワーレコードからのニュースで、
ダヴラツの「オーヴェルニュの歌」のリマスター盤が出ることを知った。

発売日は来月である。
少し待たねばならないが、このくらいならしんぼうできる。

Date: 8月 31st, 2017
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完全な真空

スタニスワフ・レムの「完全な真空」。
この本を手にしたのは、出版社が国書刊行会だったということも大きい。

1989年に翻訳が出た。
ステレオサウンドを辞めてしばらくしてのことだった。

当時編集顧問をされていた方から、国書刊行会の本は読んだほうがいいよ、と言われていた。
他に読みたい(買いたい)本もあったけれど、「完全な真空」を手にとってレジへ行った。

「完全な真空」は架空の書籍の書評集である。
いまも手に入る本だし、特にその内容について書くつもりも、この本の書評を書くつもりもない。

当時「完全な真空」に刺激されて、架空のオーディオ機器の批評を考えた。
その数年後に、サウンドステージの編集を手伝う機会があって、
実は一本だけ記事を作ったことがある。

架空の、海外のオーディオ雑誌を翻訳するというかたちでの、
架空のオーディオ機器の批評記事である。
三本ほど、どんなことを書くかも考えていた。

結局、サウンドステージの仕事から離れることになり、掲載されることはなかった。
この記事につけていたタイトルが「絶対零度下の音」である。

絶対零度かでは分子運動さえ止ってしまう。
つまり音は存在しない状態のはずだ。

完全な真空がありえないように、絶対零度下の音も存在しない。

この「絶対零度下の音」は、私にとって、のちに別の意味をもちはじめた。

Date: 8月 21st, 2017
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交響詩「わが祖国」

ラファエル・クーベリック指揮の「わが祖国」は六枚のディスクが残されている。
六枚すべてを聴いているわけではない。

自分で買ったディスクもあれば、
どこかで聴いたディスクもある。
じっくり六枚の「わが祖国」を比較試聴したわけではない。

そんな私にとって、クーベリックの「わが祖国」といえば、
1984年のライヴ録音が、もっとも心に深く残っている。

バイエルン放送交響楽団を指揮してのオルフェオ盤は、
スメタナ没後100年、クーベリック生誕70年を記念して行われた演奏会を録音したものだ。

もう「わが祖国」を通して聴きたい、と思うことはなくなった。
それでもクーベリックの、この盤の「モルダウ」だけは、
つよく聴きたくなる時が、ふいにおとずれる。

Date: 8月 11th, 2017
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ブラームス ヴァイオリン協奏曲(クライスラー盤)

 ステージで演奏するソナタや、協奏曲を、暗譜で弾いたフリッツ・クライスラーは、大変な近眼だったので、伴奏者への配慮で一応、譜面を前にしてはいるが譜などまるで見ていなかったと、ミヒャエル・ラウホアイゼンは語っている。ラウホアイゼンは一九一九年から十年余、クライスラーの伴奏をつとめたが、その回想で又こうも言っている。——「ステージで演奏の休止のとき、クライスラーはヴァイオリンの頭部をもって、ぶらさげ、けっして脇の下に抱えたりはしなかった。一度、わけをたずねたら、そんなことをすれば弦をあたため、音が変ってしまうと彼は嗤った。又、あごの下にクッションを当てるようなことも此の巨匠はしなかった。クッションを使用すると、ヴァイオリンの音がこもる、ほら、こんな具合に——と弾き較べてくれたのが……」クライスラー愛好家ばかりか、音キチなら快哉を叫びたい挿話だろう。
     *
五味先生の「音楽に在る死」からの引用だ。

クライスラーは1950年に引退している。
これ以降のヴァイオリニストも多くは、脇の下にヴァイオリンを抱えている。
顎の下にクッションも当てる人もけっこういる。

この人たち(ヴァイオリニストたち)にとって、音とはその程度のことなのか、と思ってしまう。

「音楽に在る死」には、こうも書いてある。
     *
 ジャック・ティボーは、どうしてもクライスラーの演奏した数々の協奏曲の中で、一つを選ばねばならないなら、躊躇なくブラームスのを採ると言ったそうである。なるほど、レオ・ブレッヒ指揮のベルリン国立オペラ管弦楽団とのそれは、ベートーヴェンやメンデルスゾーンの協奏曲とともに、SP時代、空前絶後の名演と讃えられ、クライスラーでなくば夜も明けぬ時期が私にはあったが、白状すると、メンデルスゾーンやベートーヴェンほど中学生には面白くなかった。私だけに限らぬようで、この協奏曲が、ヨアヒムとの親交なしに生まれなかったろうことは知られているが、そのヨアヒムが「自分のように指の大きな者でないと弾きにくかろう」と言い、それほど至難な技巧の要求されるわりに花やぎのないことをフォン・ビューローも指摘している。(ブルッフはヴァイオリンに味方する協奏曲を書いたが、ブラームスはヴァイオリンに敵対するそれを書いた——ハンス・フォン・ビューロー)要するに大変シンフォニックで難渋なこの曲が中学生に分るわけはなかった。門馬直美氏の解説で知ったのだが、この曲の完成後数年たって、当時早くも完璧な技巧の持主といわれたフーベルマンが十歳前後でこれを弾いたとき、天才とか神童をあまり好きでなかったブラームスも、次第に演奏に惹きつけられ、終ってから控室に出向いて、演奏途中で喝采が起って気分がそこなわれたと悲観していたこの少年を抱いて、接吻し、褒めたたえて言うのに「そんなに美しく弾くものじゃないよ。」——ブラームスの面目躍如たる挿話だ。且この曲がどんな種類の音楽かもこの挿話は明かしている。
 クライスラーは、申してみればフーベルマンの再来だろう。
     *
クライスラーは引退後、それまで蒐集した楽器や美術品を手放したそうだ。
けれどブラームスのヴァイオリン協奏曲の自筆譜とショーソンの「詩曲」の自筆譜は置いていた。

Date: 7月 19th, 2017
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没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート(2016/10/13)

2016年10月13日、没後20年 武満徹オーケストラ・コンサートに行ってきたことは、
その日のブログに書いている。

録音がなされていたことも書いた。
CDになって出るであろう、と思っていたが、なかなかリリースされなかった。

ようやくタワーレコード限定で、
没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート(2016/10/13)」が発売される。

聴きに行ったコンサートが収録されていることは、これまでもあった。
CDになって出ているものもある。

「没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート(2016/10/13)」も、
そういう一枚であるが、他の同種のディスク(録音)と少し違うのは、
曲目によって編成が変っていくのにあわせて、
マイクロフォン・セッティングも変っていた。

メインのマイクロフォンは、上から吊されているから変化はないが、
補助マイクロフォンは本数も位置も、曲に応じて変えられていた。

武満徹の作品をあまり聴かない私でも、
このディスクはその点でも興味深い。

Date: 7月 17th, 2017
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揺れるまなざし

1976年秋、テレビから流れてきた資生堂のコマーシャルには、
目を奪われた、と表現したらいいのか、
当時13歳だった私は、もう一度「ゆれる・まなざし」のコマーシャルを見たいと思った。

前年にソニーからベータマックスの家庭用ビデオデッキは発売されていたけれど、
普及しているわけではなかった。
ビデオデッキがあれば、何度も見れるのに……、と思ったし、
同じクラスだったT君もそうだったようで、
彼は化粧品店に頼んで、「ゆれる、まなざし」のポスターを貰っていた。

真行寺君枝という名を、このとき知った。

バックに流れていたのは、小椋佳の「揺れるまなざし」だった。
小椋佳のCDは一枚、「揺れるまなざし」が収められているのだけを持っている。

情景が浮んできそうな歌詞。
けれど「揺れるまなざし」だけは、はっきりとした情景として浮ぶことはなかった。
真行寺君枝は美しかった。

それでも真行寺君枝のまなざしが、「ゆれる、まなざし」とは感じられなかった。

「揺れるまなざし」の歌詞は、物語のようでもある。
冬も近くなった秋なのは、歌い出しの歌詞でわかる。

続く歌詞、
 めぐり逢ったのは
 言葉では尽くせぬ人 驚きにとまどう僕
 不思議な揺れるまなざし

こんなことが現実にあるのか、と思った。
あったらいいなぁ、とも中学二年の私は願ってもいた。

現実にはそんなことはなかった。
50年以上生きていれば、ハッとするほど美しい人とすれ違うことはある。

それでも「揺れるまなざし」が描く情景とは、違っていた。
《驚きにとまどう》ことはなかった。
《言葉では尽くせぬ人》ではなかった。

先日、横浜に朝から用事があった。
信号待ちをしていたときが、まさに「揺れるまなざし」だった。

近くに立っていた人のまなざしがそうだった。
驚きにとまどった。
言葉では尽くせぬまなざしだった。

「揺れるまなざし」から41年経って、
歌の世界だけではないことを知った。

すぐに「揺れるまなざし」を思い出していたわけではない。
しばらくして、すこし落ちついて「揺れるまなざし」を口ずさんでいた。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: ディスク/ブック

兵士の物語

ストラヴィンスキーの「兵士の物語」を知った(聴くようになった)きっかけは、
ステレオサウンドで当時連載されていた岡先生の「クラシック・ベスト・レコード」だった。

日本フォノグラムが、オーディオファイル・コレクターズ・シリーズとして発売した一枚だった。
「兵士の物語」という作品があるのはなんとなく知っていたけれど、まだ聴いていなかった。
それほど聴きたいと思っていたわけでもなかったが、
岡先生の、67号の文章を読んでいたら、すぐにでも聴きたくなったのを憶えている。

ジャン・コクトーが台本を書き直し、
コクトー自身が語りを担当したことでも知られるマルケヴィチ盤である。

この盤について詳しく書くこともないだろう。
録音は1962年、
オーケストラといっても編成は七人、
登場人物もわずか。
小さな規模の舞台音楽だけに、その音のリアリティに当時少なからず驚いた。
しばらくよく聴いていた一枚だ。

岡先生にとって、
《筆者のレコード棚の最良席を占めていて、ききたいときは即座に出せるようになっている》
一枚である。

過去のさまざまな名録音がいくつもSACDとなっている。
タワーレコードは独自の企画で、SACDを出している。
この「兵士の物語」も7月12日にタワーレコードからSACDとして発売される。

これはSACDで聴きたい、と思ったし、
劇場用スピーカーとしてのアルテックで聴きたい、とも思った。
うまく鳴ってくれそうな予感があるからだ。

喫茶茶会記でのaudio wednesdayで、一度鳴らしてみたい一枚でもある。
喫茶茶会記にはSACDプレーヤーがないので、まだ先の話だが……。

Date: 6月 17th, 2017
Cate: ディスク/ブック

THE DIALOGUE(その2)

別項で書いているように30年ぶりに「THE DIALOGUE」を聴いた。
それほど長くない時間で、しつこいくらいくり返し聴いた。
そのことを『30年ぶりの「THE DIALOGUE」』で書いた。
その8)まで書いて気づいた。

「THE DIALOGUE」はまさしく対話だ、と。
その1)で、あるジャズ好きの人から、
「音はいいけど、音楽的(ジャズ的)にはつまらない……」といわれた、と書いた。
そこには、ジャズではないというニュアンスも含まれていた。

30年前は、それに対して何もいえなかった。

30年ぶりに聴いて、楽器による対話だということを、実感した。
「THE DIALOGUE」というタイトルを忘れていたわけでもないし、
対話という意味があるのも知ってはいたが、それはあくまでも知識としてでしかなかった。

30年のあいだに、いくつもの「対話」をきいてきた。
それらがあったからこその、実感かもしれない。

「THE DIALOGUE」はまさしく対話だ、
だからこそジャズだ、といまならそういえる。

Date: 5月 17th, 2017
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ドン・ジョヴァンニ(カラヤン・その3)

浅里公三氏の「待った甲斐があった」の理由も、
まちがいなく黒田先生と同じ理由のはず。

ステレオサウンド 30号のモーツァルトの三大オペラのディスコグラフィをつくられたのは、
浅里公三氏なのだから。

評論家の書くものなど、読み価値がない、という意見もある。
評論家といってもさまざまだから、
そういいたくなる人がいるのは否定しない。

それでも真摯に評論という仕事を考えている人がいる。
そういう人が書くものは、何かに気づかせてくれる。

レコード(録音)の聴き手としての歴史を積み重ねてきた人と、
そうでない者との聴き方の差があるのは当然だ。

黒田先生、浅里公三氏が、
そういわれた理由に気づいたからといって──理由でもあり想いでもある──、
カラヤンのドン・ジョヴァンニを聴いての、私の中での評価が大きく違ってくるということはない。
そうなのだが、それでもその理由を知る前と後とでは、
カラヤンのドン・ジョヴァンニに対する聴き方だけでなく、
レコード(録音)された音楽に対する聴き方に変化が生じる。

このことは大事にしたい。
自分の耳への問いかけを忘れた聴き方はしないためにも。

Date: 5月 17th, 2017
Cate: ディスク/ブック

ドン・ジョヴァンニ(カラヤン・その2)

ステレオサウンドで働くということは、
仕事のあいまにステレオサウンドのバックナンバーを読める、ということでもある。
あくまでもあいまにだから、興味のある号から手にとることになる。

30号の特集は「最新プレーヤーシステム41機種のテストリポート」。
割りと早く読んだほうだが、記事のすべてをその時に読んでいたわけではなかった。
音楽ページは目を通しただけのところもあった。

しばらく見逃していた記事が、「ディスコグラフィへの招待」である。
30号ではモーツァルトの三大オペラで、
ここで黒田先生は「ディスコグラフィからみた三大オペラ」を担当されている。

そこに
《この曲に関して興味ぶかいのは、あのディスクエンサイクロペディストともいうべきカラヤンが、いまだにこの曲をレコードにしていないことだ》
とある。

モノーラル時代にフィガロの結婚、魔笛、コシ・ファン・トゥッテをEMIに録音している。
なのにドン・ジョヴァンニは録音していない。
黒田先生は、ベームも同じようなことがいえる、と書かれ、
ベームはフィガロの結婚、魔笛、コシ・ファン・トゥッテは二度ずつ録音している(1974年時点)のに、
ドン・ジョヴァンニは一回だけである、とも。

デッカがモーツァルト生誕二百年を記念しての全曲盤録音にしても、
フィガロの結婚はクライバー、コシ・ファン・トゥッテと魔笛はベーム、
ドン・ジョヴァンニはクリップスの起用に、《考えてみれば、おかしい》とされている。

確かにクリップスは、グレン・グールドはモーツァルト振りとして評価しているが、
世間一般には、クライバー、ベームと肩を並べる指揮者とはいえない。

なぜなのか。
黒田先生は、ドン・ジョヴァンニのレコード(録音)が少ないことの理由で、
ひとつだけわかっているのは、《歌い手をそろえにくいこと》と指摘されている。

詳しいことはステレオサウンド 30号を読んでいただくとして、
ここだけ引用しておこう。
     *
 大指揮者たちが、とかく「ドン・ジョヴァンニ」を敬遠しがちなのは、そういうことがあるからと思う。いかにカラヤンだろうと(いや、カラヤンだからこそ、といいなおすべきだろう)「ドン・ジョヴァンニ」に人をえなくては、「ドン・ジョヴァンニ」の全曲盤はつくらないだろうし、その理想的なドン・ジョヴァンニをえるのが、ひどくむずかしいとなれば、カラヤンとわずとも、二の足をふまざるをえないのかもしれぬ。
     *
ステレオサウンド 30号の黒田先生の文章を読んで、
カラヤンのドン・ジョヴァンニに、満を持して、と書かれた理由がやっとわかった。

Date: 5月 17th, 2017
Cate: ディスク/ブック

ドン・ジョヴァンニ(カラヤン・その1)

ステレオサウンド 75号から黒田先生の「ぼくのディスク日記」が始まった。
80号の「ぼくのディスク日記」は、それまでとは少し違う、と感じられる一文があった。
     *
 ディスク日記にカセットテープを登場させるのもどうかと思い、一瞬ためらったが、ディスクがないのであるから、やむをえない。しかも、このカセットテープは、「ノット・フォー・セール」である。これもまた、ハンブルクのポリドール・インターナショナルにいる友だちからの、もらいものである。なんだか、今回の「ディスク日記」はもらいものばかりでまかなっているようで、いささか気がひける。
 これは、「プレゼンテイション86」という、ドイツ・グラモフォンが宣伝用につくったカセットテープである(ドイツ・グラモフォン 419548・4)。ここには、近々ドイツ・グラモフォンやアルヒーフで発売になるはずのディスクに収録されている演奏の抜粋が、おさめられている。どのようなものがそこに入っているかというと、カラヤンの最初のレコーディング(!)である「ドン・ジョヴァンニ」の一部とか、バーンスタインの、ニューヨーク・フィルハーモニーを指揮してのマーラーの第七交響曲や、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮しての同じマーラーの第九交響曲の一部などである。
 書いておきたいのは、カラヤンの「ドン・ジョヴァンニ」についてである。そこでは、序曲と、「カタログの歌」の後の合唱のナンバー、それにドン・ジョヴァンニのセレナーデだけしかきけないが、期待をかりたてられずにいられないような演奏である。ようやくのことでカラヤンによって録音された「ドン・ジョヴァンニ」を、一刻も早くきいてみたいと、首を長くしている。
     *
カラヤンのドン・ジョヴァンニは1985年に録音され、
1986年に発売になった。

黒田先生は別のところで、「満を持して録音」といった表現を使われていた、と記憶している。
それまで黒田先生の書かれるものを読んできた者は、
黒田先生をが昂奮を抑えきれずにいられることを感じとれたはずだ。

1986年は私は23。
ドン・ジョヴァンニをそれほど聴いていたとはいえない。
持っていたのはフルトヴェングラーのだけだった。
ジュリーニ、クリップス、ベームは、部分的には聴いたことがあっても持っていなかった。

そんなところにいた聴き手だったから、
黒田先生のなぜそこまで昂奮されているのかを、よく理解できていたとはいえなかった。

浅里公三氏も、待った甲斐があった、といったことを書かれていた。
もちろん買った。聴いた。

でも黒田先生、浅里公三氏のようにいくつものドン・ジョヴァンニを聴いてきたわけではない。
そんな未熟な聴き手は、カラヤンのドン・ジョヴァンニのすごさを、
その時点でどこまで感じとれていたかははなはたあやしい。

だから「それにしても……」というところがかすかに残った。
それが消え去ったのは、もう少し先だった。

Date: 5月 16th, 2017
Cate: ディスク/ブック

フィガロの結婚(クライバー)

いまではクライバーと書けば、カルロス・クライバーを指す、といってもいい。
私も世代としてはカルロス・クライバーの方である。

カルロス・クライバーは、コンサートで聴くことができたが、
エーリッヒ・クライバーは1956年に亡くなっているから、
エーリッヒ・クライバーを聴く(聴いた)ということは、
1963年生れの私にとっては、残された録音を聴くということになる。

エーリッヒ・クライバーのレコードよりも、カルロス・クライバーのレコードを先に聴いていた。
ベートーヴェンの五番、七番、ブラームスの四番、
魔弾の射手、椿姫、こうもりなどは、
エーリッヒ・クライバーの演奏を聴く前にカルロス・クライバーの演奏(レコード)で聴いている。

それでも私のなかでは、エーリッヒ・クライバーの存在は大きい。

黒田先生が「音楽への礼状」で書かれている。
     *
 つい先頃、はじめて指揮をなさったメトロポリタン歌劇場でも、あなたは、ボエームをとりあげましたね。そしてこの秋の日本でも、「ボエーム」です。そのことについて、不満のあるはずもありません。あなたの「ボエーム」は絶品です。何度でもききたい。しかし、ききてのききたがる作品だけをくりかえし演奏していることによって、あなたは、あなたの意識しないところで、ブランド化している。その結果、あなたは、阿呆のグルーピーを育てています。
 あなたは、あなたのお父上、エーリッヒ・クライバーが、今から六十年以上も前の一九二五年に、ベルリン国立歌劇場で、ベルクのオペラ「ヴォツェック」を上演するために百二十八回ものリリハーサルをおこなったことを、どのようにお考えでしょうか? 一九二五年のききてにとって、あのベルクの「ヴォツェック」の音楽がどのようにきこえたか、これは想像にあまりあります。しかし、あなたのお父上は、聴衆の熱狂が期待できるはずもないことを、やってのけた。
     *
エーリッヒ・クライバーは、ブランド化することはなかった。
時代が違う、といえばそれまでだが、
たとえ時代が同じであったとしても、ブランド化したとは思えない。

そういうエーリッヒ・クライバーの残したフィガロの結婚が、
タワーレコードからSACDで出ている。

エーリッヒ・クライバーのフィガロの結婚は、1955年の録音にも関わらず、
ステレオで残っている。
ワンポイントマイクで録られている。

最初はモノーラルLPで登場した、と聴いている。
ステレオディスクの規格が45/45方式に正式に一本化され、
ステレオLPとして登場した。

再生機器の進歩が、この録音を色褪ない。
録音だけではない。
     *
 クライバーの演奏も軽みや弾みのあるものではないが、クレンペラーの演奏にきかれるような重みからは、遠い。これは世間でよくいわれるウィーン風な演奏の典型といってもいいものだ。音楽の流れは、大変にしなやかで、ソロをとる楽器のねいろはいとも芳しい。情緒ゆたかな演奏だが、クライバーはそれにおし流される一歩手前でふみとどまっている。そのクライバーの節度が、この決して新しいとはいえないレコードをふけこませないでいるようだ。
(ステレオサウンド 30号「ディスコグラフィからみた三大オペラ」より)
     *
録音もそうだ、節度あるからこそ、色褪ないでいられる。

Date: 5月 6th, 2017
Cate: ディスク/ブック

THE DIALOGUE(その1)

「THE DIALOGUE」は、オーディオラボからでていた菅野録音の中で、
最も多く聴いたLPである。

1978年に出ている。
録音は1977年、もう40年経っている。

当時のステレオサウンドの試聴レコードとしても、よく登場していた。
熊本のオーディオ店の招待で定期的に来られていた瀬川先生も、
「THE DIALOGUE」を試聴レコードとして持参されていた。

一度、その熊本のオーディオ店に菅野先生が来られた時も、
JBLの4350Aで「THE DIALOGUE」を鳴らされた。

私にとって「THE DIALOGUE」はJBLの4343と4350Aで聴いた音が、
ひとつのリファレンスとなっているともいえる。

スピーカーから、こういうドラムスの音が聴けるのか、とおそれいった。
同時期のチャック・マンジョーネの「サンチェスの子供たち」におけるドラムスの音にも、
4343で聴いて驚いたけれど、「THE DIALOGUE」はより生々しかった。

LPをすぐさま買った。
33 1/3回転盤だけでなく、UHQR仕様の78回転盤も、
アナログプレーヤーをトーレンスの101 Limitedにした機会に見つけて買った。

菅野録音のオーディオラボのレコードは、他にも何枚か買っていた。
買わなくとも、ステレオサウンドで働いていると、他のレコードを聴く機会はあった。

「THE DIALOGUE」を、あるジャズ好きの人は、
「音はいいけど、音楽的(ジャズ的)にはつまらない……」といっていた。

反論したかったけれど、当時はジャズをほとんど聴いていなかった私にはできなかった。
それに、「THE DIALOGUE」を音楽として聴いていたかどうかに自信ももてなかったこともある。
そのくらい、「THE DIALOGUE」のディスクから聴くことのできる音は、
オーディオマニアにとって、ひとつの快感でもあったのではないだろうか。

少なくとも、10代の終りからハタチごろの私にとっては、そういう面を否定できない。
そのためだろうか、ある時期からパタッと聴かなくなった。

CDが登場してからも聴くことはなかった。
SACDとして2001年に登場した時も、見送っていた。

オーディオラボのSACDは、他のディスクは聴く機会があった。
菅野先生のリスニングルームでも聴かせていただいた。
けれど「THE DIALOGUE」はずっと聴いていない。
もう30年ほど聴いていないのに、ここにきて無性に聴きたくなっている。

Date: 5月 4th, 2017
Cate: ディスク/ブック

ESSENCE

一週間ほど前に書いているように、
audio wednesdayをやっていると、喫茶茶会記へのお客さんが覗きに来られることがある。

昨晩もそうだった。
和田明さんという方が入って来られた。

いまの時代のジャズに関心をもっている人ならば、
和田明という名前に反応されることだろう。

ジャズにうとい私は、ちぐさ賞のことはなんとなく知っていても、
どんな人が受賞していたのかまでは知らない。
和田明さんは、昨年、第四回ちぐさ賞 最高賞を受賞されている。

喫茶茶会記の店主、福地さんが、その時手にしていたのは、「ESSENCE」。
和田明さんのCDである。

つまり和田明さん本人を前にして、「ESSENCE」を鳴らすことになった。
(今回はセッティングを手抜きしてなくてよかった)

和田明さんは、写真で見るより、がっしりとした体格。
日本人に多い薄い体つきではなく、前後に厚い。
「ESSENCE」で聴ける和田明さんの歌は、体格の良さをきちんと捉えている。

楽しい体験だった。

和田明さんのディスクは、ちぐさレコードから発売されている。
CDだけでなく限定ではあるがLPもある。

Date: 4月 24th, 2017
Cate: ディスク/ブック

The Unknown Kurt Weill

発売になったばかりのレコード芸術の5月号は創刊800号とある。
1952年3月号に創刊号であるから、65年である。

私が買うようになったときにはすでにレコード芸術だったが、
ずっとは以前はレコード藝術だった。

私が熱心に読んでいたのは1980年代の10年間だった。
オーディオ雑誌よりも発売日を楽しみにしていた時期でもあった。

1990年の半ばごろから、どこか惰性で読んでいる気がしてきた。
それでも毎号買っていたけれど、いつごろだったか、それもやめてしまった。

いまでは新譜情報はインターネットのほうが早いし便利でもある。
レコード芸術を書店でみかけても、手にとることすらしなくなっていた。

それでも「創刊800号」と表紙にあれば、手にとる。
「わたしと『レコード芸術』——思いでの1枚」という記事がある。

30人の筆者が、それぞれの一枚について書かれている。
増田良介氏が、
テレサ・ストラータスの「知られざるクルト・ワイル(The Unknown Kurt Weill)」を挙げられていた。

1983年に発売になっている。
CD登場後一年ということもあってだろうか、
録音レベルはかなり抑えめであった。

岡先生はワイル好きでもあった。
ステレオサウンド連載のクラシック・ペスト・レコードで取り上げられていた。
試聴ディスクとしても使われていた。

そうやって知った一枚だ。

ワイル好きの岡先生でも知らない曲が多い、ということだった。
それまでクルト・ワイルの曲をきちんとしたかたちで聴いてこなかった私にとっては、
ほとんど初めてのクルト・ワイルといえた。

それだけによけいに新鮮に感じた。
よく聴いた。
八曲目の「ユーカリ(Youkali: Tango Habanera)」は、口ずさむこともあった。

歌詞を憶えていたわけではない。
サビの部分だけを口ずさんでいた。
いまも思い出して、口ずさむことがある。