Archive for category ディスク/ブック

Date: 5月 12th, 2019
Cate: ディスク/ブック

音の表現辞典

音の表現辞典」(中村明 著・東京堂出版)を今日、書店で見つけた。
ほとんど行くことのない辞典コーナーで、目に留った一冊だった。

ちょうど別項で「タンノイはいぶし銀か」を書いている。
帯には、
《さまざまな音声・音響をどう語り、微妙なニュアンスの差をどう表現してきたのか? 素のはそうやオノマトペ、比喩表現を中心とする数々の工夫の跡をたどる。》
とある。

読みはじめたところで、読み終ったわけではない。
いぶし銀という表現が出てきそうなところに、さっと目を通しただけだが、
残念ながら、いぶし銀と出てこないようだ。

それでも関連しそうなところがいくつある。

「音の表現辞典」を読んだからといって、
優れたオーディオ評論が書けるようになるわけではないが、
読まないのと読んだのとでは、違ってこよう。

「音の表現辞典」には、【透】と【澄】の項目がある。
このブログでは、瀬川先生が、透明よりも澄明をよく使われいてることを取り上げている。

ステレオサウンド 210号を見ていたら、
山本浩司氏によるメリディアンの218の新製品紹介文のなかに、
この澄明が使われている。

《プライスタグが信じられない切れ味のよい澄明なサウンドを聴くことができ》
とある。

ここでの試聴ディスクは、MQA-CDのようであり、
MQA-CDの音は、確かに透明と書くよりも、澄明と表現したくなるよさがある。

「音の表現辞典」の【澄】のところには、こうある。
     *
 三島由紀夫の『金閣寺』には、「金閣、この不均整な繊細な建築は、濁水を清水に変えてゆくような濾過器のような作用をしていた」と、金閣という建築を「濾過装置」に見立てた奇妙な比喩表現が現れ、次いで、「人々の死後のぞめきは、金閣から拒まれはせずに、吹き抜けのやさしい柱のあいだへしみ入って、やがて一つの静寂、一つの澄明にまで濾過された」と展開する。
     *
【透】のところからも引用したくなるが、
興味のある方は、ぜひ「音の表現辞典」を手にとってほしい。

Date: 4月 23rd, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス ヴァイオリン協奏曲二長調 Op.77(その2)

今年はジネット・ヌヴー生誕100周年である。
ヌヴーのリマスターが出るかもしれないぁ──ぐらいの期待はもっていた。

今日タワーレコードからのクラシック新着メールを見ていたら、
GINETTE NEVEU THE COMPLETE RECORDINGS”がある。

EMI録音の、2019年リマスターということである。

ワーナーからは、いまのところMQA-CDは登場していないが、
e-onkyoのサイトをみれば、ワーナー(旧EMI)録音は、MQAでも配信されている。

ということは今回の“GINETTE NEVEU THE COMPLETE RECORDINGS”も、
e-onkyoでのMQAでの配信が行われる可能性が、十分考えられる。

CD四枚組の発売は6月21日である。

Date: 4月 19th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その8)

目標を立てて、そこを目指していく。
しかもいつまでに実現するかという期限を決めて目標に向っていく。
実現したら、次の目標……、
それが成功の秘訣らしい。

菅野先生からも同じ話をきいたことがある。
菅野先生の友人で、アメリカ人がまさにそうだった、ときいている。

目標を立てて、しかもいつまでに実現する、ということも一緒に決めての行動なのだそうだ。
実際、その友人はとんでもなく成功している人だそうだ。

M君もT君も、目標をそれぞれ立てていた。
しかもどちらも期限つきである。

A君は、M君やT君のような具体的な目標は持っていなかった(はずだ)。
A君は、信ずる道を歩んでいっているように、私の目には映る。

20代のころ、A君と会った時に、きこうとしたことがある。
別の道を選ぼうとは考えなかったのか、と。

立ち居振る舞いの物静かなA君である。
そんなことをストレートにきいていたら、どんな表情をしたのか。
表情を変えることなく答えてくれたかもしれない。

私は「五味オーディオ教室」と出逢うまでは、
中学の理科の先生になろうと、思っていた。
中学のころは喘息の発作もほとんどなかったから、こんなことを考えるようになってもいた。
父が中学の英語の教師だったことも影響していた。

「五味オーディオ教室」と出逢ってからも、
一年くらいは、中学の先生っていいなぁ、とけっこう真剣に思っていた。
とはいっても、具体的な目標だったわけではなかった。

Date: 4月 17th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その7)

M君は東大に、
T君は航空自衛隊に、
それぞれ明確な目標を持っていた。

この二人とは違うけれど、忘れられない友人にA君がいる。
彼は東京から、小学五年のときに転校してきた。

20代まで私はガリガリだった。
A君もまた痩せていた。
二人とも、青瓢箪といわれてもいた。

それだからなのか、不思議と仲がよかった。
A君とは中学一年まで、約三年間同じクラスだった。

A君が東京から、熊本の片田舎に引っ越してきた理由は、
布教活動だった。

A君の一家はみなエホバの証人の信者だった。
だからといって、私にエホバの証人のことをすすめたりはしなかった。

けれど中学に入ると、体育の授業で柔道の時間がある。
A君は、エホバの証人の教えに反するという理由で、柔道のときには見学していた。

A君は、いろんなことに真面目だった。
勉強もよくできた。

けれどA君は高校進学をしなかった。
仕事に就き、布教活動に専念していた。

中学二年からは別々のクラスだったし、
そういうわけでA君は高校にいかなかったけれど、つき合いは続いた。
私が上京してからも、手紙のやりとりを何度かしていた。

当時はインターネットもスマートフォンもなかったし、
電話代も、東京と熊本とでは高かった。

A君はわりと早くに結婚した。
エホバの証人の女性と、である。

A君ならば、いい高校に行けたはずだし、大学もかなりのところに合格したと思う。
エホバの証人の信者でなければ、
信者であっても、不真面目な信者であったならば、
就職先にしても条件のいいところに入れただろうし、
ずっと裕福な生活を送っていただろうに……、と思ったことがある。

そんなことは彼に言ったことはないし、
もう会わなくなってけっこう経つ(単に私が帰省していないだけなのだが)。

以前は成人してからも、帰省したときに会っていた。

T君もM君も、自らの夢(目標)に向っていた。
A君は、そうではない(と私の目には映っていた)。

親が決めた、もしくはエホバの証人が決めた道を歩んでいる。
でもA君の口から、愚痴めいたことはいままで聞いたことがないし、
A君は幸せそうである。

Date: 4月 13th, 2019
Cate: ディスク/ブック

Hallelujah

不意打ちのような出逢いがある。
ケイト・ブッシュとの出逢いが、
まさにそうだったことは、以前「チューナー・デザイン考(ラジオのこと)」で書いている。

FMエアチェックしたカセットテープから聴こえてきたケイト・ブッシュに、
まさしく背中に電気が走った──、という感覚を味わった。

ケイト・ブッシュのことは知っていたけれど、
歌謡音楽祭でケイト・ブッシュの歌っている写真をみて、
こういうタイプは苦手だなぁ……、と思っていたくらいだった。

そんな偏見をもっていたにもかかわらず、である。

音楽との不意打ち的な出逢いは、他にもある。

テレビは持っていないので、
日本のテレビドラマを見ることはほとんどないけれど、
海外のテレビドラマは、MacやiPadで見ている。けっこう見ている。

アメリカのドラマ、
クリミナル・マインド FBI行動分析課(原題:Criminal Mind)、
FBI失踪者を追え(原題:Without a Trace)などを見ていると、
毎回ではないが、事件は解決するものの、そこでは人が死に、
決してハッピーエンドでははなく、エピソードによっては、重い後味を残す。

そういう時に流れるのが、“Hallelujah”だ。

レナード・コーエンの曲である。
けれどドラマで使われていたのはレナード・コーエンによるものではなく、
ジェフ・バックリィによる“Hallelujah”だ。

“Hallelujah”との出逢いも、不意打ち的だった。
しみいる、とは、こういう時に使うといえばいいのか。
そういう感じの不意打ちだった。

“Hallelujah”は、ジェフ・バックリィだけでなく、
ジョン・ケイルもカバーしていることを、その後知った。

ジェフ・バックリィの“Hallelujah”は、“GRACE”で、
じょん・ケイルの“Hallelujah”は、“I’M YOUR FAN the songs of Leonard Cohen by…”で、
それぞれ聴ける。

ケイト・ブッシュにしても、
“Hallelujah”にしても、
カセットテープにFMを録音した音(しかもチューナーもデッキも普及クラス)、
パソコンからの音であったりして、たいした音で出逢ったわけではない。

それだから、よけいに不意打ちと感じるのだろうか。

Date: 4月 10th, 2019
Cate: ディスク/ブック

FAIRYTALES(その4)

ラドカ・トネフの“FAIRYTALES”は、
通常のCDでもあり、MQA-CDでもあり、SACDでもある。
ハイブリッド盤であり、一枚で三つの音が楽しめる。

その3)で、
AIRYTALESが、MQA-CDとSACDのハイブリッド盤であるということは、
自信のあらわれであろう、と書いた。

3月のaudio wednesdayで、“FAIRYTALES”をかけた。
このときはマッキントッシュのMCD350でかけた。
SACDとして鳴らした。

この時の音もなかなかよかった。
アルテックのスピーカーとは思えないほどしっとりした感じで鳴ってくれた。
その鳴り方に、少し驚きもした。

4月のaudio wednesdayで、ULTRA DACでMQA-CDとして鳴らした。
ラドカ・トネフの声が聴こえてきた瞬間、
アルテックって、こんなふうに鳴ってくれるのか? と心底驚いた。

別項「メリディアン ULTRA DACを聴いた(その17)」で引用した瀬川先生の文章を、
今回もまた強く意識していた。

アルテックのスピーカーに、こういう面があったのか、
認識不足といわれようと、ラドカ・トネフが、こんなふうにしっとりと鳴ってくれるとは予想できなかった。

SACDで聴いた音を、しっとりと表現しているけれど、
MQA-CDとULTRA DACで「しっとり」は、虚と実といいたくなるほどの違いがある。

もちろんMCD350とULTRA DACとでは、製品の価格帯が大きく違う。
同列に比較できないのはわかっている。

わかっているけれど、ここでの音の違い、
それもしっとりと表現したくなる音の違いは、そんなことを超えている。

3月のaudio wednesdayでのSACDのラドカ・トネフの歌(声)は、よかった。
よかったけれど、ステレオサウンドの試聴室で、
山中先生が持ってこられたときに聴いているラドカ・トネフの印象とは、やや違っていた。

その違いは、いろいろなところに要因があるから、そういうものだろう、という、
ある種の諦め的な受け止め方もしていた。

けれど、どうもそうではないようだ、と気づかされた。

Date: 4月 2nd, 2019
Cate: ディスク/ブック

THE DREAMING(青春の一枚)

私が明日(4月3日)のaudio wednesdayに持っていく「青春の一枚」は、
ケイト・ブッシュの“THE DREAMING”である。

Date: 3月 27th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その6)

M君が「東大に行くんだ」と語ってくれたとき、私はそんな具体的な夢は持っていなかった。
現実味のない妄想はよくしていたし、それ以上に喘息の発作から解放されたい、
このことがいちばんの夢のようなものだった。

喘息といえば治療のため、小学生のころは、
毎週一回、学校を早退してバスに一時間ほどのり、熊本大学病院に通っていた。

そんなふうに早退した次の日、教室の後方の壁には、鱒の絵が貼られていた。
前日午後の音楽の授業で、
シューベルトの「鱒」を聴いて、心に浮んだことを描くという内容だったようだ。

早退してよかった、と思った。
なんてバカらしい授業なんだ、と思った。
そのころの私は、音楽の授業が嫌いだった。

まして「鱒」を聴いて、鱒の絵を描く。
シューベルトも、そんな授業が行われるようになるとは夢にも思っていなかっただろう。

音楽の授業が、さらに嫌いになった。
音楽も嫌いになっていた。

小学生だった私は、そんなだった。
「五味オーディオ教室」と出逢う数年前の話だ。

T君が視力回復センターに通っていることを知ったときも、
まだ「五味オーディオ教室」に出逢ってない。

中学生にもなると、喘息の発作はかなり治まっていた。
それでも夏、蚊取り線香の煙で発作がおきたことがあった。
その時はT君も一緒で、彼も喘息の発作をおこしていた。

T君とは喘息という共通のことがあった仲でもある。

Date: 3月 27th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その5)

もう一人はT君だ。

T君は、義務教育の九年で、六年は同じクラスだった。
よく互いの家に遊びに行く仲だった。

T君は、中学のころ、視力回復センターに通うようになった。
理由をきくと、航空自衛隊に、戦闘機のパイロットになりたいから、ということだった。

T君の飛行機好きなのは、小学校のころから知っていた。
飛行機に詳しかったし、プラモデルもよく作っていた。

戦闘機のパイロットになるには、裸眼視力がT君の場合、足りなかった。
視力だけではなく、身長も少し足りなかったようだ。

別に小柄というわけではなかった。
私より少し背が低いだけだったけれど、規定の身長には足りなかった。
T君は、だから中学の部活動はバスケットを選んだ。

特にバスケットが好きなわけではなかった。
それでも身長が少しでも伸びる可能性があるのならば、という理由でのバスケットだった。

T君のことを笑う人もいるかもしれない。
そんなことで視力が回復したり、身長が伸びたりするわけないのに、と。
香ばしい青春だこと、と揶揄することだろう。

そうかもしれない。
けれど、T君は夢に向って真剣だった。
T君は賢かった。

そのT君が、わずかな可能性に賭けていた。
本人が、ほんのわずかしか可能性がないことはよくわかっていたのかもしれない。

T君は、中学そつぎょうのころには諦めていたようだった。
高校ではバスケットはやらなかったし、視力回復センターにも通わなくなっていた。

M君とT君のふたりのことを、
この項を書き始めたころから、どこかで書こうと思い始めていた。

どこで書こうか、もそうだが、ここで書くようなことだろうか、とも思っていた。

Date: 3月 26th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その4)

その1)を書いてしばらくして、小学校時代同じクラスだった二人のことを、
なぜだか思い出していた。

一人はM君という。
小学校三、四年のとき、同じクラスだった。
家が近くだったこともあって、帰りは一緒だったこともあるし、M君の家に遊びに行ったこともある。
とはいえ、特に仲がよかった、というほどではない。

おそらくM君は私のことなど憶えていないだろう。

そんなM君が、ある日、「ラサールを中学受験して東大に行くんだ」と話してきた。
M君が、そういうことを話してきたきっかけがなんだったか憶えていないし、
こちらとしても、ラサール中学・高校が有名な進学校というぐらいは知っていたけれど、
まさか同じ学校に通っている同級生が、中学受験をするなんて、驚き以外のなにものでもなかった。

当時の私の感覚としては、
同級生はみな小学校のすぐ近くにある中学校に進学するものだと思い込んでいた。
中学までは義務教育だから、わざわざ私立の学校に受験して入学するなんて、
東京とか大阪の都会の話だという認識しかなかった。

M君は、たしかに成績は良かった。

でも同級生にはNさんという、学年一の優秀な女の子がいた。
同じクラスになったことはないけれど、それでもNさんの優秀さは伝わってきていたことも、
驚きにつながっていた。

M君は宣言通り、ラサールに入学した。
中学、高校と首席かそれに近い成績だというウワサが聞こえてきた。
模試でも東大合格間違いなし、という成績だった、らしい。

けれどM君は東大受験に失敗した。
一浪して再び受験した。けれどダメだった、らしい。

本番に弱かったのだろうか。
M君は、有名私大に入学した。

ここまではウワサで聞いて知っていた。

いまになってM君のことを思い出して、そういえば、M君の夢はなんだったのか、と考える。
東大に合格することが夢だったのか。
それとも東大に合格して東大で学び卒業して、そこから先がM君の夢だったのか。

小学四年だった私は、M君に「夢は東大に合格すること?」と訊くことはなかった。
そんなこと考えもしなかったからだ。

M君の夢はなんだったのか、
東大には入れなかったけれど、夢は実現しているのかもしれない。

Date: 3月 26th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その3)

むせかえるような濃密な芳香。

ラルキブデッリによるブラームスの弦楽六重奏曲を聴いた同時に感じたのが、
これだった。

濃密なだけではなかった。
むせかえるような、とつけたくなるほどな芳香の強さだった。

もちろんイヤな芳香だったわけではない。

でも、なせか、私はそういう芳香に、怖れをなすところがあるというだけだ。

聴いていて、ラルキブデッリのブラームスを、もし20代のころ聴いていたら、
さらには10代のころだったら……、そんなことを想像もしていた。

もしかすると、むせかえるような濃密な芳香とは感じなかったかもしれない。
香りたつ、そのぐらいの感じ方だったかもしれない。

少なくとも、怖れをなす──、そんなふうには感じなかったはずだ。

それだけではなかった、感じたことは。
これまでをふり返って、こういう時代が私にはあっただろうか……、
そんなことすらおもっていた。

むせかえるような濃密な芳香といえる時期。
それを、青春と呼ぶのかもしれない。

でも、そうは呼びたくない、という気持も聴いていて感じていた。

菅野先生はよく「若さはバカさ」といわれていた。
「若さはバカさ」といえることは、誰にでもあろう。
思い出して、恥ずかしさでいっぱいになって、音楽を聴いていてひとり赤面するような。

それもラルキブデッリのブラームスを聴いていて、あったことだ。

Date: 3月 22nd, 2019
Cate: ディスク/ブック

La Voix humaine

フランシス・プーランクのオペラ“La Voix humaine”。
オペラといっても歌手は一人。

先日、対訳に気になってGoogleで検索していたら、
いま日本では「人間の声」と訳されているのを知った。

私が“La Voix humaine”を知ったのは、CDが登場したからだった。
この曲の名盤として知られているジョルジュ・プレートル/パリオペラ・コミーク管弦楽団、
ドゥニーズ・デュヴァル(ソプラノ)による演奏が、CD化された。

このころ、“La Voix humaine”は「声」と訳されていた。
1980年代後半の話だ。

フランス語はまったくな私でも、“La Voix humaine”をみれば、
「声」ではなく「人間の声」が正確な訳だということはわかる。

それでもずっと「声」で日本では通じるものと思い込んできた。
30年以上そうだった。

それがいつのころからなのかはわからないが、「人間の声」が一般的になっているようだ。

“La Voix humaine”では電話がなくてはならない存在である。
なので、当時出たCDも電話がジャケットに描かれていたし、
昨年廉価盤で登場したワーナークラシック版も、ジャケットは電話である。

「声」に馴染んでいた私には、
なんとも生々しい印象を受けてしまう。

もちろん“La Voix humaine”では、
電話の受話器を手にしての背の語りは進んでいくわけで、
デュヴァルの声は電話を通した声ではない。

だからこその“La Voix humaine”なのかもしれないし、
「人間の声」のほうが、より“La Voix humaine”という作品のことを正確に表わしている──、
そうなのかもしれないとわかっていても、やっぱり私には「声」のほうがしっくりくるし、
「声」だけのほうが、電話の存在を「人間の声」とあるよりも感じてしまう。

このへんになると、感じ方の違いなのであって、
「人間の声」のほうがいいと感じる人のほうが多いのだろうから、
いまでは「人間の声」が一般的なのだろう。

些細なことである。
些細なことついでに書けば、“La Voix humaine”では、
最後に受話器のコードを首に巻きつけて……、という場面がある。

注釈つきでなければ、通用しない時代になるんだろうな、と思う。

Date: 3月 20th, 2019
Cate: ディスク/ブック

BRITTEN conducts MOZART Symphonies 25 & 29

CDも、登場後数年したころから廉価盤があらわれた。
クラシックでいえば、初CD化が廉価盤というのもけっこうある。

ベンジャミン・ブリテン指揮のもーつLとの交響曲との出逢いは、
そんな廉価盤によってだった。

いかにも廉価盤といったジャケット、
少なくともジャケットだけでは買う気になれない、そういう感じのものだった。

けれどブリテン指揮のモーツァルトか、
こんなに安いのか、ということで、手を伸ばした。

廉価盤だからといって、そこに納められている音楽までがそうであるわけがない。
そんなことは承知とはいえ、
ここまで廉価盤的なCDだと、こちらの態度も緩んでしまう。

それでも鳴ってきた音は、すぐにそんな緩んだ、こちらの態度を引き締める。
実を言うと、ブリテンの演奏(指揮)を聴いたのは、これが最初だった。

名盤の誉れ高いカーゾンとのモーツァルトのピアノ協奏曲は、聴いていなかった。
聴いていなかった理由は、以前書いていることのくり返しになるが、五味先生の影響によるものだ。

五味先生の「わがタンノイの歴史」にこうある。
     *
この応接間で聴いた Decola の、カーゾンの弾く『皇帝』のピアノの音の美しさを忘れないだろう。カーゾンごときはピアニストとしてしょせんは二流とわたくしは思っていたが、この音色できけるなら演奏なぞどうでもいいと思ったくらいである。
     *
なので、カーゾンとのピアノ協奏曲は、交響曲よりも早くにCD化されていたが、
手を伸ばすことはなかった。

けれど、カーゾンとのピアノ協奏曲を早くに聴かなかったことを後悔はしなかった。
むしろブリテン指揮のモーツァルトの交響曲を先に(最初に)聴いてよかった、とさえいまは思っている。

だから五味先生には感謝している。

ブリテンのモーツァルトの交響曲は美しい。
廉価盤のCDで聴いても、これだけ美しいのであれば、LPで聴けば……、と考える。

そのころLPを探した。
イギリスのレコード店から定期的に中古盤のリストを送ってもらい、
こまめにチェックしていた時期もある。

結局、見つけられなかったか、LPの入手はあきらめた。
それでも、もっと美しい音なのではないのか、というおもいが消えたわけではなかった。

SACDが出ないのか、と思いつづけていた。
ブリテンのモーツァルトのSACDが、まさかステレオサウンドから発売になるとは思っていなかった。

1月にすでに発売になっていたことを知ったのは、2月も終ろうとしていたころだった。
今回発売になったのは25番と29番である。

私は40番も聴きたい。
ステレオサウンドの、このブリテンのSACDが売れれば第二弾として、40番も発売になるかもしれない──、
そんな期待から、これを書いている。

Date: 3月 17th, 2019
Cate: ディスク/ブック

THE DREAMING(その5)

早とちりしないでほしいのだが、
ケイト・ブッシュの“THE DREAMING”を聴くのに、アルテックのスピーカーが最適だとは思っていない。

3月6日のaudio wednesdayでの“THE DREAMING”に点数をつけるとすれば、
60点くらいだと自分では思っている。

厳しい点数をつけようとは思っていないし、
“THE DREAMING”をこれまで鳴らしてきての感覚からいえば、
まだまだ、というのが本音である。

アルテックのスピーカーの特質と、
“THE DREAMING”の世界(私が勝手に求めている世界)とには、ズレを感じなくもない。

それでも60点の“THE DREAMING”は、聴いていて楽しかった。
最初から最後の曲まで、数曲飛ばしたけれど、かけていた。

うんざりしたり、退屈する人も出てくるかもしれない、と思いつつも、
鳴らしたいディスクは、こんなふうに鳴らしたい。

鳴らし終って、誰かがぼそっと「かっこよかった」といってくれた。
嬉しい一言である。

ケイト・ブッシュの“THE DREAMING”はを、そういうふうに受け止めてくれたのが嬉しいし、
結局、自慢話、自惚れやろうかよ、といわれても、
3月6日の“THE DREAMING”の音(つまり私が鳴らした音)も、ある程度はかっこよかった、と思っている。

久しぶりに“THE DREAMING”を、ほぼ通しで聴いた。
“THE DREAMING”は愛聴盤だったのかは、いまでもなんともいえないが、
“THE DREAMING”は、私にとって(こんな表現は使いたくないが)青春の一枚だった。

Date: 3月 16th, 2019
Cate: ディスク/ブック

un pugno di stelle

オルネッラ・ヴァノーニ(Ornella Vanoni)というイタリアの女性歌手を知ったのは、
ステレオサウンド 47号掲載の「イタリア音楽の魅力」であった。
黒田恭一、坂清也、河合秀朋(キングレコード第二制作室プロデューサー)三氏の座談会で、
この記事がきっかけで、オルネッラ・ヴァノーニを聴くようになった。
(オルネラ・ヴァノーニが、日本では一般的な表記だが、
黒田先生はオルネッラ・ヴァノーニとされていたので、ここてもそれに倣う。)

といっても熱心に聴いていたとは、とうていいえない聴き方だった。
気まぐれに、レコード店で、ふとオルネッラ・ヴァノーニの名前を思い出しては探し、
その店にたまたまオルネッラ・ヴァノーニのレコードがあったならば手にして、
買おうかどうか迷って買うこともあったし、そうでないこともあった。

2000年をこえたころに、数枚まとめてCDを買ったこともある。
オルネッラ・ヴァノーニは、1934年生れ。

黒田先生はオルネッラ・ヴァノーニがお好きだった。
ステレオサウンド別冊High-Technic Seriesの三冊目、
トゥイーターの号でも、巻末にオルネッラ・ヴァノーニのレコードを、
トゥイーターの比較試聴に向いている、ということで、
それもあくまでもオルネッラ・ヴァノーニが好きだから、ということで挙げられていた。

黒田先生によると、オルネッラ・ヴァノーニは一度も来日していない。
黒田先生はオルネッラ・ヴァノーニのコンサートを聴いてみたい、とも書かれていた。

一度NHKでオルネッラ・ヴァノーニのイタリアでのコンサートを録画したものが放送された。
私は見ていないのだが、そこではオルネッラ・ヴァノーニの歌のところでは、
字幕が省かれていた、そうだ。

そんな NHKのやり方を、黒田先生は、無謀で投げやりで、愛情のない所業とまで、
何かか書かれていたのを読んだ記憶がある。

大好きなオルネッラ・ヴァノーニが、粗雑に扱われていたように感じ、腹が立った、とも。

私は黒田先生ほど、オルネッラ・ヴァノーニの歌を好きにはなれなかった。
それでもふと聴きたくなることはある。

さきほど、特にきっかけらしいことはなかったのに、
そういえばオルネッラ・ヴァノーニは? と思った。
もう亡くなっているのかも……、と思いながら検索してみたら、
なんといまだ現役の歌手である。

2018年2月には新譜も出ている。
“un pugno di stelle“である。
直訳すれば、一握りの星である。

聴いてみたい。
同じイタリアの歌手でも、ミルバとオルネッラ・ヴァノーニとでは歌い方が大きく違う。
ミルバのように熱唱することは、オルネッラ・ヴァノーニはない。
かといって情感を込めて、という歌い方でもない。

だから、私はのめり込んで聴くようにはならなかったともいえるのだが、
それでも聴いてみたい、とおもわせるオルネッラ・ヴァノーニである。