Archive for category ディスク/ブック

Date: 12月 7th, 2017
Cate: ディスク/ブック

30年ぶりの「THE DIALOGUE」(余談)

ステレオサウンド 52号、
瀬川先生による「JBL♯4343研究」は、
プリメインアンプで4343をどこまで鳴らせるか、という企画である。

「THE DIALOGUE」も試聴レコードの一枚で、試聴記の中にも何度か出てくる。
ラックスのL58Aの試聴記にも出てくる。
     *
たとえば「ザ・ダイアログ」で、ドラムスとベースの対話の冒頭からほんの数小節のところで、シンバルが一定のリズムをきざむが、このシンバルがぶつかり合った時に、合わさったシンバルの中の空気が一瞬吐き出される、一種独得の音にならないような「ハフッ」というような音(この「ハフッ」という表現は、数年前菅野沖彦氏があるジャズ愛好家の使った実におもしろくしかも適確な表現だとして、わたくしに教えてくれたのだが、)この〈音にならない音〉というようなニュアンスがレコードには確かに録音されていて、しかしなかなかその部分をうまく鳴らしてくれるアンプがないのだが、L58Aはそこのところがかなりリアルに聴けた。
     *
《一種独得の音にならないような「ハフッ」というような音》、
たしかに、そういう音が「THE DIALOGUE」にはある。

この「ハフッ」という表現を使ったジャズ愛好家──、
一関ベイシーの菅原正二氏なのではないだろうか。

Date: 12月 7th, 2017
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マーラー 交響曲第二番

ショルティ/シカゴ交響楽団によるマーラーの交響曲第二番を、
ひさしぶりに聴いた。

「THE DIALOGUE」も約30年ぶりに今年聴いたけれど、
ショルティのマーラーの二番も、そうとうにひさしぶりである。

20代のころ聴いたCDは、
国内盤であっても、プレスは西ドイツの盤だった。
二枚組だった。

今回聴いた(昨晩のaudio wednesdayで鳴らした)CDは、
国内プレスの国内盤で、しかも一枚にまとめられている。

比較試聴すれば、音の違いはあるのだろうが、
とにかく鳴らしてみた。

第一楽章冒頭の低弦の鳴り方。
記憶に残っている鳴り方とは違うところもあるけれど、
大事なところで違っていたわけではなかった。

昨晩は、二回鳴らした。
一回目は、三枚目のディスクとして鳴らした。
二回目は終りごろに鳴らした(何枚目のディスクかは数えていない)。

時間としては三時間ほど経っている。
そのあいだにも、スピーカーのセッティングを少し変えている。

アンプも部屋も暖まっている。
スピーカーもほぼ鳴らし続けている。

一回目と二回目は、ずいぶんと違った。
一回目では、こういう録音を、この音量(けっこうな音量)だと、
いまのままではトゥイーターの075の鳴り方が厳しいなぁ、とも感じたが、
二回目では、そのあたりが随分と変化していた。

第一楽章を終りまで鳴らした。
「一本の映画を観ているようだった」という感想があった。

来年のaudio wednesdayでは、このディスクをかけることが増えそうであるし、
このショルティのマーラーの二番を、
喫茶茶会記の裏リファレンスディスクにしよう、と勝手に決めた。

Date: 11月 28th, 2017
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喫茶茶会記の本

12月18日ごろに、トランジスタ・プレスという出版社から、
喫茶茶会記の本が出る。

喫茶茶会記、10周年記念の本である。
本が出る(出す)ということは、店主の福地さんから夏ごろに聞いていた。

どんな本に仕上がっているのかは、まだ知らない。

Date: 11月 17th, 2017
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劇音楽「エグモント」

ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」といえば、
ジョージ・セル指揮ウィーンフィルハーモニー(デッカ盤)が真っ先に浮ぶし、
ジョージ・セルといえば、この「エグモント」が最初に浮ぶくらいに、
私の中では「エグモント」とジョージ・セルの結びつきは強すぎるくらいに固い。

このセルの「エグモント」は長島先生が、よく試聴用レコードとして持参されていた。
もちろんLPである。

この「エグモント」は、とあるジャズ喫茶の、いわばリファレンスレコードでもある。

それまで私が聴いてきたセルのレコードは、
ほとんどがクリーヴランド管弦楽団を指揮してのものだった。
セルとウィーンフィルハーモニー、
それに序曲だけは聴いたことのある「エグモント」の全曲盤でもある。

鳴り出してきた音は、
このレコードが、ジャズ喫茶のリファレンスレコードなのだ、ということが納得できるものである。
もっとも最初に聴いた時には、まだそのことは知らなかったけれど、
後にそうだ、と聞いて、納得したものである。

セルの「エグモント」は、なかなかCDにならなかった。
1980年代後半に、音楽之友社が独自にCD化したのが最初だった。

CD化されない名盤を独自に……、という企画を、当時の音楽之友社は行っていた。
解説は、確か黒田先生が書かれていた、と記憶している。

このCDもいまは手元にない。
手離して十年ほど経ってくらいに、無性に聴きたくなった。
けれどCDは入手できなかった。
CD化されていたけれど、すぐに廃盤になったのか、
それとも音楽之友社のCD以降、デッカからは出ていなかったのか、
そこまで調べていないけれど、「えっ、いまもないのか」と思ったことははっきりと憶えている。

音楽之友社のCDは、いま聴くと印象が多少は変るのかもしれないが、
当時の印象は、LPで聴いたほどには強烈なものではなかった。

悪いわけではない……、
けれど、何かが欠けている気がする……、
そんな印象がどうしても拭い去れなかった。

いまはユニバーサルミュージックからCDが出ている。
輸入盤はないみたいだ。

12月のaudio wednesdayで、久しぶりに聴いて(かけて)みたいとおもう。

Date: 9月 25th, 2017
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オーヴェルニュの歌

カントルーブの「オーヴェルニュの歌」といえば、
ネタニア・ダヴラツの歌唱が有名であっても、
私が最初に聴いたのは、キリ・テ・カナワとフレデリカ・フォン・シュターデのどちらかだった。

ダヴラツの「オーヴェルニュの歌」を聴いたのは、CDになってからだった。
そのCDも、もう手元にはない。

聴きたくなることはある。
岡先生によるダヴラツの「オーヴェルニュの歌」のCDの紹介記事を読んでいたから、
無性に聴きたくなっていた。
その数日後、タワーレコードからのニュースで、
ダヴラツの「オーヴェルニュの歌」のリマスター盤が出ることを知った。

発売日は来月である。
少し待たねばならないが、このくらいならしんぼうできる。

Date: 8月 31st, 2017
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完全な真空

スタニスワフ・レムの「完全な真空」。
この本を手にしたのは、出版社が国書刊行会だったということも大きい。

1989年に翻訳が出た。
ステレオサウンドを辞めてしばらくしてのことだった。

当時編集顧問をされていた方から、国書刊行会の本は読んだほうがいいよ、と言われていた。
他に読みたい(買いたい)本もあったけれど、「完全な真空」を手にとってレジへ行った。

「完全な真空」は架空の書籍の書評集である。
いまも手に入る本だし、特にその内容について書くつもりも、この本の書評を書くつもりもない。

当時「完全な真空」に刺激されて、架空のオーディオ機器の批評を考えた。
その数年後に、サウンドステージの編集を手伝う機会があって、
実は一本だけ記事を作ったことがある。

架空の、海外のオーディオ雑誌を翻訳するというかたちでの、
架空のオーディオ機器の批評記事である。
三本ほど、どんなことを書くかも考えていた。

結局、サウンドステージの仕事から離れることになり、掲載されることはなかった。
この記事につけていたタイトルが「絶対零度下の音」である。

絶対零度かでは分子運動さえ止ってしまう。
つまり音は存在しない状態のはずだ。

完全な真空がありえないように、絶対零度下の音も存在しない。

この「絶対零度下の音」は、私にとって、のちに別の意味をもちはじめた。

Date: 8月 21st, 2017
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交響詩「わが祖国」

ラファエル・クーベリック指揮の「わが祖国」は六枚のディスクが残されている。
六枚すべてを聴いているわけではない。

自分で買ったディスクもあれば、
どこかで聴いたディスクもある。
じっくり六枚の「わが祖国」を比較試聴したわけではない。

そんな私にとって、クーベリックの「わが祖国」といえば、
1984年のライヴ録音が、もっとも心に深く残っている。

バイエルン放送交響楽団を指揮してのオルフェオ盤は、
スメタナ没後100年、クーベリック生誕70年を記念して行われた演奏会を録音したものだ。

もう「わが祖国」を通して聴きたい、と思うことはなくなった。
それでもクーベリックの、この盤の「モルダウ」だけは、
つよく聴きたくなる時が、ふいにおとずれる。

Date: 8月 11th, 2017
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ブラームス ヴァイオリン協奏曲(クライスラー盤)

 ステージで演奏するソナタや、協奏曲を、暗譜で弾いたフリッツ・クライスラーは、大変な近眼だったので、伴奏者への配慮で一応、譜面を前にしてはいるが譜などまるで見ていなかったと、ミヒャエル・ラウホアイゼンは語っている。ラウホアイゼンは一九一九年から十年余、クライスラーの伴奏をつとめたが、その回想で又こうも言っている。——「ステージで演奏の休止のとき、クライスラーはヴァイオリンの頭部をもって、ぶらさげ、けっして脇の下に抱えたりはしなかった。一度、わけをたずねたら、そんなことをすれば弦をあたため、音が変ってしまうと彼は嗤った。又、あごの下にクッションを当てるようなことも此の巨匠はしなかった。クッションを使用すると、ヴァイオリンの音がこもる、ほら、こんな具合に——と弾き較べてくれたのが……」クライスラー愛好家ばかりか、音キチなら快哉を叫びたい挿話だろう。
     *
五味先生の「音楽に在る死」からの引用だ。

クライスラーは1950年に引退している。
これ以降のヴァイオリニストも多くは、脇の下にヴァイオリンを抱えている。
顎の下にクッションも当てる人もけっこういる。

この人たち(ヴァイオリニストたち)にとって、音とはその程度のことなのか、と思ってしまう。

「音楽に在る死」には、こうも書いてある。
     *
 ジャック・ティボーは、どうしてもクライスラーの演奏した数々の協奏曲の中で、一つを選ばねばならないなら、躊躇なくブラームスのを採ると言ったそうである。なるほど、レオ・ブレッヒ指揮のベルリン国立オペラ管弦楽団とのそれは、ベートーヴェンやメンデルスゾーンの協奏曲とともに、SP時代、空前絶後の名演と讃えられ、クライスラーでなくば夜も明けぬ時期が私にはあったが、白状すると、メンデルスゾーンやベートーヴェンほど中学生には面白くなかった。私だけに限らぬようで、この協奏曲が、ヨアヒムとの親交なしに生まれなかったろうことは知られているが、そのヨアヒムが「自分のように指の大きな者でないと弾きにくかろう」と言い、それほど至難な技巧の要求されるわりに花やぎのないことをフォン・ビューローも指摘している。(ブルッフはヴァイオリンに味方する協奏曲を書いたが、ブラームスはヴァイオリンに敵対するそれを書いた——ハンス・フォン・ビューロー)要するに大変シンフォニックで難渋なこの曲が中学生に分るわけはなかった。門馬直美氏の解説で知ったのだが、この曲の完成後数年たって、当時早くも完璧な技巧の持主といわれたフーベルマンが十歳前後でこれを弾いたとき、天才とか神童をあまり好きでなかったブラームスも、次第に演奏に惹きつけられ、終ってから控室に出向いて、演奏途中で喝采が起って気分がそこなわれたと悲観していたこの少年を抱いて、接吻し、褒めたたえて言うのに「そんなに美しく弾くものじゃないよ。」——ブラームスの面目躍如たる挿話だ。且この曲がどんな種類の音楽かもこの挿話は明かしている。
 クライスラーは、申してみればフーベルマンの再来だろう。
     *
クライスラーは引退後、それまで蒐集した楽器や美術品を手放したそうだ。
けれどブラームスのヴァイオリン協奏曲の自筆譜とショーソンの「詩曲」の自筆譜は置いていた。

Date: 7月 19th, 2017
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没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート(2016/10/13)

2016年10月13日、没後20年 武満徹オーケストラ・コンサートに行ってきたことは、
その日のブログに書いている。

録音がなされていたことも書いた。
CDになって出るであろう、と思っていたが、なかなかリリースされなかった。

ようやくタワーレコード限定で、
没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート(2016/10/13)」が発売される。

聴きに行ったコンサートが収録されていることは、これまでもあった。
CDになって出ているものもある。

「没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート(2016/10/13)」も、
そういう一枚であるが、他の同種のディスク(録音)と少し違うのは、
曲目によって編成が変っていくのにあわせて、
マイクロフォン・セッティングも変っていた。

メインのマイクロフォンは、上から吊されているから変化はないが、
補助マイクロフォンは本数も位置も、曲に応じて変えられていた。

武満徹の作品をあまり聴かない私でも、
このディスクはその点でも興味深い。

Date: 7月 17th, 2017
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揺れるまなざし

1976年秋、テレビから流れてきた資生堂のコマーシャルには、
目を奪われた、と表現したらいいのか、
当時13歳だった私は、もう一度「ゆれる・まなざし」のコマーシャルを見たいと思った。

前年にソニーからベータマックスの家庭用ビデオデッキは発売されていたけれど、
普及しているわけではなかった。
ビデオデッキがあれば、何度も見れるのに……、と思ったし、
同じクラスだったT君もそうだったようで、
彼は化粧品店に頼んで、「ゆれる、まなざし」のポスターを貰っていた。

真行寺君枝という名を、このとき知った。

バックに流れていたのは、小椋佳の「揺れるまなざし」だった。
小椋佳のCDは一枚、「揺れるまなざし」が収められているのだけを持っている。

情景が浮んできそうな歌詞。
けれど「揺れるまなざし」だけは、はっきりとした情景として浮ぶことはなかった。
真行寺君枝は美しかった。

それでも真行寺君枝のまなざしが、「ゆれる、まなざし」とは感じられなかった。

「揺れるまなざし」の歌詞は、物語のようでもある。
冬も近くなった秋なのは、歌い出しの歌詞でわかる。

続く歌詞、
 めぐり逢ったのは
 言葉では尽くせぬ人 驚きにとまどう僕
 不思議な揺れるまなざし

こんなことが現実にあるのか、と思った。
あったらいいなぁ、とも中学二年の私は願ってもいた。

現実にはそんなことはなかった。
50年以上生きていれば、ハッとするほど美しい人とすれ違うことはある。

それでも「揺れるまなざし」が描く情景とは、違っていた。
《驚きにとまどう》ことはなかった。
《言葉では尽くせぬ人》ではなかった。

先日、横浜に朝から用事があった。
信号待ちをしていたときが、まさに「揺れるまなざし」だった。

近くに立っていた人のまなざしがそうだった。
驚きにとまどった。
言葉では尽くせぬまなざしだった。

「揺れるまなざし」から41年経って、
歌の世界だけではないことを知った。

すぐに「揺れるまなざし」を思い出していたわけではない。
しばらくして、すこし落ちついて「揺れるまなざし」を口ずさんでいた。

Date: 7月 10th, 2017
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兵士の物語

ストラヴィンスキーの「兵士の物語」を知った(聴くようになった)きっかけは、
ステレオサウンドで当時連載されていた岡先生の「クラシック・ベスト・レコード」だった。

日本フォノグラムが、オーディオファイル・コレクターズ・シリーズとして発売した一枚だった。
「兵士の物語」という作品があるのはなんとなく知っていたけれど、まだ聴いていなかった。
それほど聴きたいと思っていたわけでもなかったが、
岡先生の、67号の文章を読んでいたら、すぐにでも聴きたくなったのを憶えている。

ジャン・コクトーが台本を書き直し、
コクトー自身が語りを担当したことでも知られるマルケヴィチ盤である。

この盤について詳しく書くこともないだろう。
録音は1962年、
オーケストラといっても編成は七人、
登場人物もわずか。
小さな規模の舞台音楽だけに、その音のリアリティに当時少なからず驚いた。
しばらくよく聴いていた一枚だ。

岡先生にとって、
《筆者のレコード棚の最良席を占めていて、ききたいときは即座に出せるようになっている》
一枚である。

過去のさまざまな名録音がいくつもSACDとなっている。
タワーレコードは独自の企画で、SACDを出している。
この「兵士の物語」も7月12日にタワーレコードからSACDとして発売される。

これはSACDで聴きたい、と思ったし、
劇場用スピーカーとしてのアルテックで聴きたい、とも思った。
うまく鳴ってくれそうな予感があるからだ。

喫茶茶会記でのaudio wednesdayで、一度鳴らしてみたい一枚でもある。
喫茶茶会記にはSACDプレーヤーがないので、まだ先の話だが……。

Date: 6月 17th, 2017
Cate: ディスク/ブック

THE DIALOGUE(その2)

別項で書いているように30年ぶりに「THE DIALOGUE」を聴いた。
それほど長くない時間で、しつこいくらいくり返し聴いた。
そのことを『30年ぶりの「THE DIALOGUE」』で書いた。
その8)まで書いて気づいた。

「THE DIALOGUE」はまさしく対話だ、と。
その1)で、あるジャズ好きの人から、
「音はいいけど、音楽的(ジャズ的)にはつまらない……」といわれた、と書いた。
そこには、ジャズではないというニュアンスも含まれていた。

30年前は、それに対して何もいえなかった。

30年ぶりに聴いて、楽器による対話だということを、実感した。
「THE DIALOGUE」というタイトルを忘れていたわけでもないし、
対話という意味があるのも知ってはいたが、それはあくまでも知識としてでしかなかった。

30年のあいだに、いくつもの「対話」をきいてきた。
それらがあったからこその、実感かもしれない。

「THE DIALOGUE」はまさしく対話だ、
だからこそジャズだ、といまならそういえる。

Date: 5月 17th, 2017
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ドン・ジョヴァンニ(カラヤン・その3)

浅里公三氏の「待った甲斐があった」の理由も、
まちがいなく黒田先生と同じ理由のはず。

ステレオサウンド 30号のモーツァルトの三大オペラのディスコグラフィをつくられたのは、
浅里公三氏なのだから。

評論家の書くものなど、読み価値がない、という意見もある。
評論家といってもさまざまだから、
そういいたくなる人がいるのは否定しない。

それでも真摯に評論という仕事を考えている人がいる。
そういう人が書くものは、何かに気づかせてくれる。

レコード(録音)の聴き手としての歴史を積み重ねてきた人と、
そうでない者との聴き方の差があるのは当然だ。

黒田先生、浅里公三氏が、
そういわれた理由に気づいたからといって──理由でもあり想いでもある──、
カラヤンのドン・ジョヴァンニを聴いての、私の中での評価が大きく違ってくるということはない。
そうなのだが、それでもその理由を知る前と後とでは、
カラヤンのドン・ジョヴァンニに対する聴き方だけでなく、
レコード(録音)された音楽に対する聴き方に変化が生じる。

このことは大事にしたい。
自分の耳への問いかけを忘れた聴き方はしないためにも。

Date: 5月 17th, 2017
Cate: ディスク/ブック

ドン・ジョヴァンニ(カラヤン・その2)

ステレオサウンドで働くということは、
仕事のあいまにステレオサウンドのバックナンバーを読める、ということでもある。
あくまでもあいまにだから、興味のある号から手にとることになる。

30号の特集は「最新プレーヤーシステム41機種のテストリポート」。
割りと早く読んだほうだが、記事のすべてをその時に読んでいたわけではなかった。
音楽ページは目を通しただけのところもあった。

しばらく見逃していた記事が、「ディスコグラフィへの招待」である。
30号ではモーツァルトの三大オペラで、
ここで黒田先生は「ディスコグラフィからみた三大オペラ」を担当されている。

そこに
《この曲に関して興味ぶかいのは、あのディスクエンサイクロペディストともいうべきカラヤンが、いまだにこの曲をレコードにしていないことだ》
とある。

モノーラル時代にフィガロの結婚、魔笛、コシ・ファン・トゥッテをEMIに録音している。
なのにドン・ジョヴァンニは録音していない。
黒田先生は、ベームも同じようなことがいえる、と書かれ、
ベームはフィガロの結婚、魔笛、コシ・ファン・トゥッテは二度ずつ録音している(1974年時点)のに、
ドン・ジョヴァンニは一回だけである、とも。

デッカがモーツァルト生誕二百年を記念しての全曲盤録音にしても、
フィガロの結婚はクライバー、コシ・ファン・トゥッテと魔笛はベーム、
ドン・ジョヴァンニはクリップスの起用に、《考えてみれば、おかしい》とされている。

確かにクリップスは、グレン・グールドはモーツァルト振りとして評価しているが、
世間一般には、クライバー、ベームと肩を並べる指揮者とはいえない。

なぜなのか。
黒田先生は、ドン・ジョヴァンニのレコード(録音)が少ないことの理由で、
ひとつだけわかっているのは、《歌い手をそろえにくいこと》と指摘されている。

詳しいことはステレオサウンド 30号を読んでいただくとして、
ここだけ引用しておこう。
     *
 大指揮者たちが、とかく「ドン・ジョヴァンニ」を敬遠しがちなのは、そういうことがあるからと思う。いかにカラヤンだろうと(いや、カラヤンだからこそ、といいなおすべきだろう)「ドン・ジョヴァンニ」に人をえなくては、「ドン・ジョヴァンニ」の全曲盤はつくらないだろうし、その理想的なドン・ジョヴァンニをえるのが、ひどくむずかしいとなれば、カラヤンとわずとも、二の足をふまざるをえないのかもしれぬ。
     *
ステレオサウンド 30号の黒田先生の文章を読んで、
カラヤンのドン・ジョヴァンニに、満を持して、と書かれた理由がやっとわかった。

Date: 5月 17th, 2017
Cate: ディスク/ブック

ドン・ジョヴァンニ(カラヤン・その1)

ステレオサウンド 75号から黒田先生の「ぼくのディスク日記」が始まった。
80号の「ぼくのディスク日記」は、それまでとは少し違う、と感じられる一文があった。
     *
 ディスク日記にカセットテープを登場させるのもどうかと思い、一瞬ためらったが、ディスクがないのであるから、やむをえない。しかも、このカセットテープは、「ノット・フォー・セール」である。これもまた、ハンブルクのポリドール・インターナショナルにいる友だちからの、もらいものである。なんだか、今回の「ディスク日記」はもらいものばかりでまかなっているようで、いささか気がひける。
 これは、「プレゼンテイション86」という、ドイツ・グラモフォンが宣伝用につくったカセットテープである(ドイツ・グラモフォン 419548・4)。ここには、近々ドイツ・グラモフォンやアルヒーフで発売になるはずのディスクに収録されている演奏の抜粋が、おさめられている。どのようなものがそこに入っているかというと、カラヤンの最初のレコーディング(!)である「ドン・ジョヴァンニ」の一部とか、バーンスタインの、ニューヨーク・フィルハーモニーを指揮してのマーラーの第七交響曲や、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮しての同じマーラーの第九交響曲の一部などである。
 書いておきたいのは、カラヤンの「ドン・ジョヴァンニ」についてである。そこでは、序曲と、「カタログの歌」の後の合唱のナンバー、それにドン・ジョヴァンニのセレナーデだけしかきけないが、期待をかりたてられずにいられないような演奏である。ようやくのことでカラヤンによって録音された「ドン・ジョヴァンニ」を、一刻も早くきいてみたいと、首を長くしている。
     *
カラヤンのドン・ジョヴァンニは1985年に録音され、
1986年に発売になった。

黒田先生は別のところで、「満を持して録音」といった表現を使われていた、と記憶している。
それまで黒田先生の書かれるものを読んできた者は、
黒田先生をが昂奮を抑えきれずにいられることを感じとれたはずだ。

1986年は私は23。
ドン・ジョヴァンニをそれほど聴いていたとはいえない。
持っていたのはフルトヴェングラーのだけだった。
ジュリーニ、クリップス、ベームは、部分的には聴いたことがあっても持っていなかった。

そんなところにいた聴き手だったから、
黒田先生のなぜそこまで昂奮されているのかを、よく理解できていたとはいえなかった。

浅里公三氏も、待った甲斐があった、といったことを書かれていた。
もちろん買った。聴いた。

でも黒田先生、浅里公三氏のようにいくつものドン・ジョヴァンニを聴いてきたわけではない。
そんな未熟な聴き手は、カラヤンのドン・ジョヴァンニのすごさを、
その時点でどこまで感じとれていたかははなはたあやしい。

だから「それにしても……」というところがかすかに残った。
それが消え去ったのは、もう少し先だった。