Archive for category ディスク/ブック

Date: 11月 14th, 2019
Cate: ディスク/ブック

宿題としての一枚(その2)

宿題としての一枚。
気づくといえば、若かった自分からの宿題といえる一枚もあるといえる。

あのころは、あんなふうに鳴らせていたのに……、
なぜか、いまはさほど魅力的に鳴らせないディスクがあるといえばある。

若かった自分からの宿題なのだろう。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: ディスク/ブック

宿題としての一枚(その1)

児玉麻里とケント・ナガノのベートーヴェンのピアノ協奏曲を、
菅野先生からの宿題のような一枚だ、とおもっている。

宿題としての一枚は、これだけではない。
菅野先生からの宿題だけではなく、
瀬川先生からの宿題のように、こちらが勝手に受けとっている一枚もある。

数は多くはない。
愛聴盤とは、少し違う意味あいの、存在の大きなディスクでもある。

宿題としての一枚。
けれど、宿題として出してくれた人たちは、もういない。

宿題としての一枚。
持っているほうが幸せなのか、持っていない方がそうなのか。

宿題としての一枚。
持っていないのか、それともあることに気づいていないだけなのか。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集(その3)

ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、あまり聴かない。
それでも児玉麻里とケント・ナガノのベートーヴェンのピアノ協奏曲集は、
あと一ヵ月、入荷すれば買うに決っている。

audio wednesdayで、このディスクを鳴らせば、
そこそこの音では鳴ってくれる、と思っている。

聴いている人は、けっこういい音じゃないですか、といってくれるかもしれない。
そうであっても、私の耳に、菅野先生の鳴らされた音がはっきりといまも残っているから、
誰かが褒めてくれたとしても、埋められない何かを、強く感じとってしまうことになるはずだ。

菅野先生のところで聴いていなければ、
このディスクは、優秀録音盤で終っていたであろう。

でも、聴いているのだから、
聴かない(鳴らさない)わけにはいかないディスクでもある。

どこか、このディスクは、菅野先生からの宿題のようにもおもえてくる。

Date: 11月 13th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集(その2)

ケント・ナガノ指揮、児玉麻里のピアノによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第一番を聴いたのは、
2008年のことだった。

別項「ベートーヴェン(その3)」で書いていることのくり返しになるが、
「これ、聴いたことあるか?」と言いながら、菅野先生はCDを手渡された。
ケント・ナガノと児玉麻里……、彼らによるベートーヴェン……、と思った。

菅野先生は、熱い口調で「まさしくベートーヴェンなんだよ」と語られた。
菅野先生の言葉を疑うつもりはまったくなかったけど、
それでも素直には信じてはいなかった。

音が鳴ってきた。
「まさしくベートーヴェン」だった。

一楽章が終る。
いつもなら、そこで終る。
けれど、もっと聴いていたい。
そう思っていた。

ほんとうにすばらしい演奏であり、その演奏にふさわしい音だったのだから。
菅野先生も、この時の音には満足されていたのか、
「続けて聴くか」といわれた。

首肯いた。
最後まで聴いた。

このベートーヴェンが、菅野先生のリスニングルームで聴いた最後のディスクである。

Date: 11月 13th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集(その1)

キングインターナショナルから、
児玉麻里(ピアノ)、ケント・ナガノ/ベルリン・ドイツ交響楽団による
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集が、SACDの四枚組で発売になる。

児玉麻里/ケント・ナガノによるベートーヴェンは、
菅野先生のリスニングルームで聴いている。
別項「マイクロフォンとデジタルの関係(その2)」で書いている。

第一番と第二番のカップリング(2006年録音)のCDである。
ノイマンが開発したデジタルマイクロフォンのデモンストレーションの意味あいもあっての録音だった。

菅野先生のところで聴いた音は、
まさしくベートーヴェンの音楽は、動的平衡の音による建造物だった。

すぐには入手できなかったCDだが、数年後には入手できた。
いまでも発売されている。

もちろん買った。
とうぜんだが、菅野先生の音のようには鳴らない。

こんなふうに書くと、音だけ優れた録音と思われそうだが、
演奏も素晴らしい。
素晴らしいからこそ、動的平衡の音による建造物と感じたのだ。

この録音も、今回のSACD全集に含まれている。

Date: 11月 9th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その10)

A君は、エホバの証人の信者だったことはすでに書いた。
彼の家族もそうだった。

つまりA君は、一世信者ではなく、二世信者ということになる。
一世信者は、自ら信ずる宗教の道を選んだことになる。

けれど一世信者の子供たちは、どうなのか。
熱心な一世信者の親の元で生れ育ってきた彼らは、どうなのか。

エホバの証人について、あれこれ書きたいわけではなく、
二世信者(つまりA君)に、宗教選択の自由はあったのだろうか。

そんなことを考えると、自由とはなんだろうか、についてもおもう。
一世信者には自由があった。

自由があったからこそ、信ずる宗教の道に進んだわけである。
そのことで、不自由な生活を送ることになろうとも、
選択の自由ははっきりとあった。

二世信者であるA君は、不幸せか、というと、少なくとも私の目にはそうとは映らなかった。
その7)でも書いているが、
親が決めた、もしくはエホバの証人が決めた道を歩んでいるA君の口から、
愚痴めいたことはいままで聞いたことがないし、A君は幸せそうである。

不幸せだと感じている人が、A君のような穏やかな表情ができるだろうか。

M君もT君も、自らの将来を自分で決める自由は持っていた。
その道へ、二人とも進んだ。
けれど、結果として二人とも諦めなければならなかった。

Date: 11月 7th, 2019
Cate: ディスク/ブック

FAIRYTALES(その5)

ラドカ・トネフの“FAIRYTALES”を、audio wednesdayでかけるのは何回目か。

最初はMCD350でかけてSACDとして聴いた。
次はメリディアンのULTRA DACでMQA-CDとして聴いた。

聴くたびに、デジタル初期の録音とは思えない、と感じる。
昨晩のaudio wednesdayでは、
メリディアンの218でMQA-CDとして聴いた。

218では、その前にも鳴らしている。
だから、昨晩のaudio wednesdayでどういうふうに鳴るのかは予想できたともいえるし、
実はあることをやっての音出しであったため、予想できないところもあった。

ULTRA DCと218の力量の違いは、どうしても存在する。
違いがあって当然ともいえるし、
一方でデジタル機器だからこそ、価格、それに投入された物量に関係なく、
D/Aコンバーターとしての基本スペックに変りはない。

だからこそ、デジタルならではのおもしろいところがある。
具体的に何をやったのかはまだ明かさないが、
昨晩の218でのラドカ・トネフの歌には聴き惚れていた。

私だけではないことは、聴いていても、その場で雰囲気で伝わってきていた。
来ていた人(聴いていた人)、みな聴き惚れていた(はずだ)。

昨晩のaudio wednesday開始後、一時間くらいでのことだ。
もう、この曲で終りにしてもいいくらいの鳴り方だった。

前回の218での鳴り方とは、大きく違っていた。

Date: 10月 30th, 2019
Cate: ディスク/ブック

スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦(その2)

ステレオサウンド 54号の特集の座談会のなかで、
ブリランテという固有名詞が出てくる。
     *
瀬川 黒田さんの言葉にのっていえば、良いスピーカーは耳を尾骶骨より前にして聴きたくなると同時に、尾骶骨より後ろにして聴いても聴き手を楽しませてくれる。それが良いスピーカーの一つの条件ではないかと思います。現実の製品には非常に少ないですけれど……。
 そのことで思い出すのは、日本のスピーカーエンジニアで、本当に能力のある人が二人も死んでしまっているのです。三菱電機の藤木一さんとブリランテをつくった坂本節登さんで、昭和20年代の終わりには素晴らしいスピーカーをつくっていました。しかし藤木さんは交通事故、坂本さんは原爆症で亡くなってしまった。あの二人が生きていて下さったら、日本のスピーカーはもっと変っていたのではないかとという気がします。
菅野 そういう偉大な人の能力が受け継がれていないということが、非常に残念ですね。
瀬川 日本では、スピーカーをつくっているエンジニアが過去の伝統を受け継いでいないですね。今の若いエンジニアに「ブリランテのスピーカーは」などといっても、キョトンとする人が多い。古い文献を読んでいないのでしょうね。製品を開発する現場の人は、文献で知っているだけでなく、現物を草の根分けても探してきて、実際に音を聴いてほしい。その上で、より以上のものをつくってほしいと思うのです。
 故事を本当に生きた形で自分の血となり肉として、そこから自分が発展していくから伝統が生まれてくるので、今は伝統がとぎれてしまっていると思います。
黒田 たとえば、シルヴィア・シャシュが、コベントガーデンで「トスカ」を歌うとすると、おそらく客席にはカラスの「トスカ」も聴いている人がいるわけで、シャシュもそれを知っていると思うのです。聴く方はカラスと比べるぞという顔をしているだろうし、シャシュもカラスに負けるかと歌うでしょう。その結果、シャシュは大きく成長すると思うのです。
 そういったことさえなく、次から次へ新製品では、伝統も生まれてこないでしょう。
     *
これを読んでから、ずっとブリランテが気になっていたし、
ブリランテのことを少しでも知りたい、と思っていた。

1997年にインターネットをやるようになってから、
これまでに何度か「ブリランテ」で検索したことがある。

けれど何もヒットしなかった。
ブリランテのスピーカーが、いったいどういうモノだったのか、
ユニットの口径以外は、ほとんど知りようがなかった。

「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」には、ブリランテのことが載っている。
初めて写真を見た。しかもカラー写真である。

「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」も売れてほしい。
「スピーカー技術の100年III」が出てほしいからである。

Date: 10月 29th, 2019
Cate: ディスク/ブック

静寂から音楽が生まれる

静寂から音楽が生まれる」は、
アンドラーシュ・シフのインタヴューとエッセー集である。

アンドラーシュ・シフは、素晴らしいピアニストだと想っている。
デッカ時代に録音したバッハを聴いて、そう思った。

20代のある時期、シフのディスクをよく聴いていた。
なのにある時からスパッと聴かなくなってしまった。

1990年代は、まったく聴かなくなっていた。
シフを再び聴くようになったのは、
ある人から、誕生日プレゼントといわれ、
シフのゴールドベルグ変奏曲のCDをもらったからだ。

レーベルはECMになっていた。ジャケットもデッカ時代とはまるで違う。
十数年ぶりに聴いたシフは、やはり素晴らしいピアニストだった。

それからしばらくはシフの、ECMでのライヴ録音のディスクが出るのが楽しみだった。
パルティータもよかった。
ベートーヴェンのピアノソナタがはじまった。

後期のソナタが出るのが、ほんとうに待ち遠しかった。

「静寂から音楽が生まれる」。
ECMの録音で聴けるアンドラーシュ・シフの演奏は、
まさにそういいたくなる。

そうなのだが、シフのディスクをパタッと聴かなくなってしまっている。
また20代のころと同じことになっている。

なぜなのか、自分でもよくわからない。
「静寂から音楽が生れる」を読めば、なにかつかめるのだろうか。

Date: 10月 18th, 2019
Cate: ディスク/ブック

小林秀雄 最後の音楽会

小林秀雄 最後の音楽会」を見つけた。

最近、音楽関係のコーナーに行かなくなっていた。
今日は、歯の治療で東京駅近くにいた。

たまには丸善に行こう、と思い立った。
八重洲ブックセンターは、やっぱり歯の治療で来た時(二週間ほど前)に寄っている。

いつも行く書店とは違い、たまに行く書店は新鮮である。
なので音楽関係のコーナーものぞいていた。

平積みになっていたのが、「小林秀雄 最後の音楽会」だった。
とにかく、この本が最初に目に飛び込んできた。

メニューインの写真が使われている。
扉には、フラームスの交響曲第一番の直筆譜である。

いい感じが伝わってくる本である。

まだ読み終っていない、どころか、
読み始めてもいない。

ぱらぱらとめくってみただけである。
五味康祐という名前が出てくるのかどうかを、まず知りたかったからだ。

出てくる。
ステレオサウンドという名称も出てくるし、
ステレオサウンド 2号の「音楽談義」も出てくる。

著者の杉本圭司氏は、
ステレオサウンド創刊20周年記念に出た「音楽談義」のカセットテープも聴かれていることがわかる。

そうやって眺めているだけでも、いい本だな、と思う。
だから、とにかく少しでも早く知ってほしかったので、
読まずに書いた次第。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: ディスク/ブック

スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦(その1)

別項で、無線と実験のことについて書いた。
いくつもの書店をみてまわると、無線と実験が書店から消えてなくなる日は、
そう遠くない──、と感じるからだ。

無線と実験に対して、冷たい奴、と思われたかもしれない。
たしかにそういうところは持っていると自覚しながらも、
無線と実験が消えてしまうと……、と思うところがある。

佐伯多門氏が無線と実験に長期連載されていた「スピーカー技術の100年」が、
昨年夏に一冊にまとめられて出版された。

この手の本を出してくれるところは、いまでは無線と実験ぐらいしかない。
こういう本は、売れてほしい。
だから、ここでも紹介した。

昨年の「スピーカー技術の100年」は、連載のすべてを収めたものではなかったから、
続編を出してほしい、そのためにも売れてほしいからである。

先日、「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」が出た。
待望の二冊目である。

これも売れてほしい、と思う。

Date: 10月 12th, 2019
Cate: ディスク/ブック

ブラームス 弦楽六重奏曲第一番 第二番(その9)

「五味オーディオ教室」との出逢いのあと、
ステレオサウンドの存在を知ることになる。
そして、いくつものオーディオ雑誌を読むようになって、
中学の理科の先生になるっていいなぁ、と思っていたのが、
オーディオの世界に入りたい、と変化していった。

中学のころ、成績は良かった方だった。
高校も一年まではそうだった。
でも、それからはオーディオにめり込み過ぎて、どんどん落ちていった。

教科書を持っていくのを忘れても、
カバンにはステレオサウンドが入っていたくらいなのだから、そうなるのは当然である。

高校三年の時、担任の先生から職員室に呼ばれた。
ほかの生徒には見せないのだけど、とことわって、
知能テストの結果を見せてくれた。

けっこう上位だった。
なのに、なぜしっかりと勉強しないのか、と説教された。

それでもオーディオにのめり込んでいった。
オーディオの世界で仕事をしたい、と思うようになっていたけれど、
だからといって具体的にどんなことがしたいのかが決めていたわけでもなかった。

ただただ漠然とオーディオの世界に進みたい──、
それだけだった。

M君やT君だったら、
オーディオの世界に──、ということでも、
きっと具体的な目標を見つけ、そこへの計画を立てて向っていったことだろう。

私は違っていた。
具体的な目標はなく、ただひたすらオーディオに詳しくなりたい、
誰よりも詳しくなりたい、それだけが、そのころの目標だった。

Date: 7月 4th, 2019
Cate: ディスク/ブック

Musical Illusions and Phantom Words(補足)

“Musical Illusions and Phantom Words”に関係してくる内容のサイトがある。
Illusory sound texture reveals multi-second statistical completion in auditory scene analysis”である。

聴覚の錯覚のデモが、いくつも公開されている。

Date: 7月 4th, 2019
Cate: ディスク/ブック

Musical Illusions and Phantom Words

Musical Illusions and Phantom Words”。
火曜日の夜に見つけた本である。

翻訳版は出ていない。
今後、出版されるのかどうかはわからない。

著者のDiana Deutsch(ダイアナ・ドイチュ)について、私は何も知らないが、
聴覚の錯覚について半世紀ほど研究・追求されている人らしい。

書名からして、興味深い。
おそらく読めば、ほんとうに興味深い内容なのだろう。
それに出版社がオックスフォードだから、いいかげんな内容ではないはずだ。

火曜日夜に、facebookでシェアした。
私自身は、まだ買うかどうか決めかねていた。

昨晩のaudio wednesdayで、常連のHさんが、
「あの本、Kindle版を買いました」といわれた。

早い! と思った。
Kindleは、知らない単語をクリックすると訳が表示される。
英語に堪能な人ならば、そんな機能は必要としないだろうが、
確かにkindleの、この機能はありかだい。

それに紙の本よりも安い。

Hさんによると、まだ序文のところでも、非常に興味深い内容らしい。

Date: 6月 29th, 2019
Cate: ディスク/ブック

SPIRIT RISING

“Summer Time”がかかっていた。
今日のOTOTENで、光城精工のデモが行われているときに、ちょうどブースに入った。

鳴っていたのは、アンジェリーク・キジョー(Angélique Kidjo)の歌う“Summer Time”だった。
“Summer Time”だということは、聴けば誰でもわかることだけど、
誰が歌っているのか、まったく見当がつかなかった。

iPhoneにインストールしているShazamで調べると、
アンジェリーク・キジョーと表示された。

私が好んで聴く音楽の範囲は、偏っていて狭い。
アンジェリーク・キジョーがどういう人なのか、まったく知らなかった。

知らなくてもiPhoneで、すぐに調べられる。
“Summer Time”は、2012年発売の“SPIRIT RISING”に収められている。

アンジェリーク・キジョーの“Summer Time”、
今日のOTOTENで強く惹かれた一曲である。