Archive for category 伊藤喜多男

Date: 4月 30th, 2009
Cate: 伊藤喜多男, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その48)

「ステレオのすべて ’73」は、伊藤アンプに関心のある人にとっては、特別な号であるはず。

私が持っている「ステレオのすべて ’73」は伊藤先生からいただいたもの。
伊藤先生の「ステレオアンプ逸品料理論」が載っている。
シーメンスのオイロダイン用に製作されたウェスタン・エレクトリックの300Bのシングルアンプ、
それにコントロールアンプが発表された号だからだ。
(記事の扉には、伊藤先生のサインもいただいている。)

うれしくて、伊藤先生の記事は何度も読み返したのに、
我ながら不思議なのだが、他の記事はほとんど読んでなかった。

他のことで調べものをしたくてひっぱり出してきた「ステレオのすべて ’73」に、
瀬川先生のことで確認したかった発言が載っているとは、まったく思っていなかった。
だから本をぱっと開いたところに、引用した言葉を見つけたとき、
何がどこでどうつながっているのか、まったく予測できないと思った次第である。

「ステレオのすべて ’73」は、私のところにあるオーディオの雑誌のなかでは、いちばん古い。
まだ、マッキントッシュのC22とMC275が現役なのにも、すこし驚く。
記事によると、アメリカでは数年前に製造中止になっているが、日本からの要望で注文生産しているとある。

参考までに価格を書いておくと、C22が286000円、MC275が349000円。
すでにC28とMC2105も販売されていて、こちらは336000円と434000円となっている。
広告を見ていくと、タンノイの輸入元はシュリロ貿易だし、
クライスラー電気のページには、リビングオーディオの文字があり、
「リビングオーディオ」がクライスラーのブランド名だったこともわかった。

Date: 2月 14th, 2009
Cate: よもやま, 伊藤喜多男

さくら餅

サウンドボーイ編集長だったOさんには、いくつもの、とっておきの店を教えてもらった。
そのひとつが、人形町にあった和菓子屋の「三はし堂」だ。

とにかく、だまされたと思って、いまの季節、店頭に並んでいるさくら餅を、ぜひ味わってほしいと思う。
ピンクの半透明の皮のほうがこしあん、白で、やはり半透明のほうがつぶあん。
餡の好みもあろうが、ぜひふたつとも食べたい。

さくらの葉がついたまま食べるのも好き好きだろうが、
私は葉の香りがのっこているうちにいただく。

三はし堂は、実はいちどなくなっている。店じまいした。
理由はいくつかあったようだ。
料亭に和菓子を卸していたのが、バブル経済の破綻で、料亭の店じまいが相次いだためとも聞いているし、
地上げのせいだとも聞いてる。
元の場所には、巨大なオフィスビルが聳え立っている。

1997年ごろになくなった。
ちょうど、このころ人形町に出向き、三はし堂に向かったのに、
ラーメン店(それもチェーン店)に変わっていた。

「もう、あのさくら餅が食べられないのか……」と、喪失感が襲ってきた。
さくら餅ごときで、大袈裟な、と大半のひとは思われるだろうが、
一度でも、三はし堂のさくら餅を口にしたことのある人ならば、
このときの私の気持ちを、きっと理解してくるはずだ。

その年の暮れ、あれだけの店がなくなるのは、和菓子の世界だけでなく、
日本文化の損失であり、きっと同じように思っている人がいるはず。
その人たちの中には、三はし堂を支援してくれる人がきっといるはず。
復活するんじゃないか、と、なぜだか確信して、電話を掛けてみた。

つながらないはずの電話がつながった。
「ありがとうございます、三はし堂です」という声が聞こえてきた。
復活していたのだ。

新しい店の場所を聞き、すぐに向かった。
元の場所からすこし離れた、現在の、清洲橋の袂に移動していた。
製餡所の一角に間借りする形での営業再開だった。
つい最近再開したばかり、とのことだった。

話を聞いてわかったのは、三はし堂の餡は、自家製ではなく、
ここの製餡所のもので、いくつかの有名和菓子屋にも同じ餡を卸しているが、
不思議なことに、和菓子になったとき、三はし堂のがいちばん美味しい。
餡の味が美味しくなる。だから、この店をつぶしたままにしておくわけにはいかない。
自分のところの餡の宣伝にもなるということもあり、支援を決めたと言うことだった。

伊藤先生も、ここのさくら餅をたいへん気にいられていた、ときいている。

Date: 2月 10th, 2009
Cate: 伊藤喜多男, 岩崎千明

金声堂

岩崎先生の「オーディオ彷徨」におさめられている「オーディオ歴の根底をなす……」のなかに出てくる、
レコード店の金声堂。
神保町の九段寄りのところにあったとある。

ここに昭和26年から、ウェスターン東洋支社に入社される昭和28年まで働いておられたのが、伊藤先生だ。
「もみくちゃ人生」(ステレオサウンド刊)の「電蓄屋時代」の冒頭に書かれている。
     *
神田神保町二ノ四、当時の都電の停留場名でいえば専修大学前、いまはない銀映座という映画館の隣り角にあったレコード店、そこへ私が転がり込んだのが昭和二十六年の四十歳のときでした。
     *
このレコード店が、金声堂のはず。
当時レコードだけでなく、アルテックのユニットや、ウェスターンの728Bを取り扱っている店が、
そういくつもあるわけがないから、伊藤先生は店の名前を書かれていないが、まず間違いないだろう。

岩崎先生は、ちょうど、このころ金声堂に行かれている。
     *
神保町の九段よりのたしか金声堂というちっぽけだが、おそろしく高価なレコードをちょびちょびと並べてあった店で、正面レコード・ケースの上にデンと604がのせてあった。学生時代をやっと通り抜けた分際で、恐いもの知らずも手伝って、その値段を聴いたら「10万円」とひとこといってぐっと背の低いその老人ににらまれた。
     *
背の低い老人は、金声堂の主人であり、伊藤先生ではないだろう。

伊藤先生と岩崎先生、もしかしたら金声堂で出会われていたかもしれない。
言葉を交わされていた可能性もあるだろう。

Date: 1月 30th, 2009
Cate: 五味康祐, 伊藤喜多男

五味康祐氏のこと(その6)

ステレオサウンドの姉妹誌HiViに伊藤先生が、五味先生のことを書かれたことが、一度だけある。

五味康祐大人、と、そこには書かれていた。

五味先生は大正10年、伊藤先生は明治45年の生まれ。
だから、「五味康祐大人」の言葉のもつ重み、意味合いを想うにつれ、目頭が熱くなった。

伊藤先生も五味先生も、それぞれのモノに、心酔し惚れ抜いた人である、男である。
伊藤先生はシーメンスのスピーカーに、真空管(とくにウェスターン・エレクトリックの300Bに)。
五味先生はタンノイのオートグラフに。

惚れた、でも、惚れ込んだ、でもない。惚れ抜くことができた。

実現せずに終ってしまった、残念なことがあった、ときいている。
五味先生のお宅に、
伊藤先生製作のアンプ(コントロールアンプのRA1501と300Bシングルアンプの組合せ)を持ち込み、
聴いていただこうというものであった。
実現していれば、ステレオサウンドに載っていたであろう。
どういうふうに載っていただろうか。

もしかすると、オーディオ巡礼のなかで実現していたのかもしれない。
それまでのとは逆に、伊藤先生が五味先生のリスニングルームを訪ねられる、
という形でのオーディオ巡礼だったのではないか、と思ってしまう。

五味先生がなんと語られたのか、
伊藤先生と五味先生の語らい、それを五味先生は、どう言葉にされたのか……。

実現には、時間が足りなかった。

Date: 10月 28th, 2008
Cate: 伊藤喜多男, 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その5)

伊藤先生のアンプは、他の筆者の方の自作アンプとは、たたずまいがまるっきり異っていた。
それは、まだ自作の経験のない中学生にもはっきりとわかるくらいの違いであった。

真空管アンプを自分の手で作るなら、これだ、これしかない、と瞬間的に思い込んでしまった。

次に伊藤先生のアンプを見たのは、
ステレオサウンドで連載が始まった「スーパーマニア」という記事の1回目だった。
その方は、シーメンスのオイロダインとEMTの927Dstを使われていて、
アンプは伊藤先生製作のの300Bシングルアンプとコントロールアンプの純正の組合せ。
カラーではじめて見る伊藤アンプに、またも魅了された。

3回目は、ステレオサウンドの弟分にあたるサウンドボーイ誌に載った、
EL34のプッシュプルアンプの製作記事だ。
この記事がありがたかったのは、製作過程をカラー写真で細部まで明らかにしてくれたことだ。
この記事の写真をよく見るとわかるが、登場するEL34のアンプは1台ではない。
少なくとも2台のアンプを撮影しているのがわかる。
そんなことに気づくほど、写真を何度も見つづけた。

Date: 10月 27th, 2008
Cate: 伊藤喜多男, 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その4)

私がオーディオに興味をもったころ、
すでにマランツもマッキントッシュも真空管アンプの製造をやめていた。QUADもそうだ。
五味先生の著書に登場するアンプは、どれも現行製品では手に入らない。

自作という手もあるな、と中学生の私は思いはじめていた。
「初歩のラジオ」や「無線と実験」、「電波科学」も、ステレオサウンドと併読していた。
私が住んでいた田舎でも、大きい書店に行けば、真空管アンプの自作の本が並んでいた。
それらを読みながら、真空管の名前を憶え、なんとなく回路図を眺めていた時期、
衝撃的だったのが、無線と実験に載っていた伊藤喜多男氏の名前とシーメンスEdのプッシュプルアンプの写真だった。

伊藤先生の名前は、ステレオサウンドに「真贋物語」を書かれていたので知っていた。
その内容から、オーディオの大先輩だということはわかっていた。

それまで無線と実験誌で見てきた真空管アンプで、
「これだ、これをそのまま作ろう」と思えたものはひとつもなかった。

それぞれの記事は勉強にはなったが、どれもアンプとして見た時にカッコよくない。
そんな印象が強まりつつあるときに読んだ、伊藤先生の製作記事は文字通り別格だった。

Date: 9月 24th, 2008
Cate: 伊藤喜多男, 言葉

伊藤喜多男氏の言葉

21歳ぐらいのときか、西日暮里にあった伊藤(喜多男)先生の仕事場に伺ったとき言われたのが、
「アンプを自作するのなら、1時間自炊をしなさい」であり、肝に銘じてきた。

その1年ほど前に、
伊藤先生がつくられたウェスターン・エレクトリックの349Aプッシュプルアンプを聴いて、
当時使っていたロジャースのPM510に組み合せるのは、「このアンプだ」と思っていた時期であり、
自分でそっくりの349Aアンプをつくろうと思っていることを話したら、上の言葉をいただいた。

つまり人間の感覚のなかで、聴覚は、味覚に比べると目覚めるのが遅い。
味の好き嫌い、おいしい、まずいを判断できるようになる時期と比べると、
聴覚のその時期は人によって異るけど、たいていはかなり遅い。

目覚めの早い味覚、言い変えれば、つきあいの長い自分の味覚を、
自分のつくったもので満足させられない男が、
つきあいの比較的短い聴覚を満足させられるアンプをつくれるわけがないだろう、ということだ。

味覚も聴覚も視覚も、完全に独立しているわけでもない、と。

それにどんなに忙しくても1時間くらいはつくれるはずだし、
1時間の手間をかければ、そこそこの料理はつくれるものだ。
同時に、料理をつくる時間を捻出できない男に、
アンプを作る時間はつくれないだろう、と。

設計をする時間、パーツを買いに行く時間、選ぶ時間、アンプのレイアウトを考える時間、
そしてシャーシの加工をする時間、ハンダ付けの時間……、
それらの時間は料理に必要な時間よりも多くかかる。

納得できる。

1時間自炊はアンプの自作だけに限らない。
アンプやスピーカーを選択し、セッティングし、調整して、いい音を出すことにも、ぴたりあてはまる。