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Date: 7月 29th, 2018
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(ダンラップ・クラークのこと・その3)

ダンラップ・クラークのパワーアンプのこと、というより、
そのヒートシンクについては、ずっと以前に、
別項「Mark Levinsonというブランドの特異性(その18)」で触れている。

マークレビンソンML2が登場する以前から、
あの星型のヒートシンクを採用していたパワーアンプのひとつだった。
このことも含めて、なんとなくダンラップ・クラークのアンプのことは忘れることはなかった。
あとひとつ、電源コードがカール式だったのも記憶に残っている。

インターネットがありがたいと感じるのは、
いまさら検索してみて、わかることがあるからだ。

「DUNLAP CLARKE」で検索すると、画像もけっこうな数がヒットする。
内部写真もある。
Dreadnaught 500の内部写真をみると、ML2に近い。
ステレオアンプとモノーラルアンプの違い、
電源トランスの位置の違いなどはあるけれど、似ているといえば似ている。

今回いくつかの写真を見て、少々驚いたのはパワーアンプに関してではなく、
コントロールアンプに関してである。

Model 10の内部写真もあった。
パッとみて、電源トランスは? と思った。
Model 10は外部電源ではなかったはずなのに、電源トランスが見当たらない、と、
最初にみた写真ではそう思った。

よーく見ると、電源トランスはある。
かなり小さなサイズの電源トランスが端っこのほうに取り付けてある。

こんなに小さいのか、と思うほどのサイズだ。
同時代のAGIの511の電源トランスも、同じくらいに小さい。

けれどダンラップ・クラークのModel 10は、
独特の重みをもったエネルギー感十分の音であり、
黒っぽい音楽にぴったりマッチングのとれる音ということで、
電源部は充実しているはず、という思い込みがこちらにあったから、
よけいに小さく見え、最初は見逃していた。

ダンラップ・クラークのアンプを聴くことはおそらくないであろう。
なので、エレクトロボイスのSentry Vとの組合せの音を勝手に想像しする楽しみがある。

Date: 7月 29th, 2018
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(ダンラップ・クラークのこと・その2)

「コンポーネントステレオの世界 ’77」は、
読者からオーディオ評論家にあてた手紙から始まる組合せの試聴である。

読者は愛聴盤を手紙に書いている。
どんな音、どういうふうにオーディオとつきあっていきたいのかも含めて、
指名されたオーディオ評論家が読者といっしょに試聴して組合せをつくっていく。

「コンポーネントステレオの世界 ’77」ではクラシックが主だが、
ジャズもあれば歌謡曲もあったし、邦楽、そしてブラック・ミュージックもあった。

岩崎先生が、その組合せを担当されている。
(架空の)読者は22歳の学生。
「黒っぽい音楽」「黒っぽい音」が好きだと、手紙にはある。
ジェームス・ブラウン、ウィリー・ディクソン、ジミ・ヘンドリックス、
マーヴィン・ゲイ、エスター・フィリップス、ジョー・リー・ウィルソンのレコードが挙げられていた。

岩崎先生による最終的な組合せは、
スピーカーがエレクトロボイスのSentry V、
コントロールアンプがラックスのCL32、パワーアンプがダイナコのMark Viと、
どちらも管球式で、新製品として登場してそれほど経っていない。

アナログプレーヤーは、ビクターのTT71を専用キャビネットCL-P1におさめ、
トーンアームはビクターのUA5045、カートリッジはピカリングのXSV/3000である。

スピーカーもパワーアンプも、カートリッジも黒っぽい組合せで、
音もきっと黒っぽいサウンドを響かせたのだろう。

この組合せは、見た目からして、私がもとめる世界ではないけれど、
それだけに強烈だったし、
こういう音楽を聴くのに、最適な組合せにも感じられた。

その印象が残ったままで、ダンラップ・クラークの記事を読んだのだった。
読みながら、もう少し早くダンラップ・クラークが登場していれば、
「コンポーネントステレオの世界 ’77」の組合せに登場していたはずだし、
岩崎先生はダンラップ・クラークのアンプの音を、どう評価されただろうか、と思ったから、
このあまり知られていないブランドのアンプのことが、いまも気になっている。

Date: 7月 29th, 2018
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(ダンラップ・クラークのこと・その1)

ダンラップ・クラーク(DUNLAP CLARKE)というアンプメーカーが、アメリカにあった。
ステレオサウンド 
42号の新製品紹介で、パワーアンプのModel 500とModel 1000が、
43号でコントロールアンプのModel 10が取り上げられている。
当時の輸入元は、オーディオファイルだった。

型番は、正しくはDreadnaught 1000、Dreadnaught 500なのだが、
輸入元がそうしたのか、42号ではDreadnaughtのところがModelに置き換えられていた。

これ以降、ダンラップ・クラークのアンプがステレオサウンドだけでなく、
他のオーディオ雑誌で取り上げられていたことはないはずだ。

私は実機も見ていない。
ステレオサウンドの新製品の記事以上のことは知らなかったのだが、
不思議と印象に残っているアンプだった。

だから、いつかダンラップ・クラークのことは書こうと思っていたが,
ついつい他のことを書いていて、置き去りにしたままだった。

42号では、井上先生と山中先生の音について語られていることが興味深い。
日本の300Wのクラスのアンプのパンチ力にくらべると、
鈍くて重い重量級のパンチだ、と表現されている。

黒っぽいロックなどを鳴らしたら素晴らしい、ともあるし、
異色のアンプともある。

同じ傾向は43号のModel 10でも語られている。
ここでも、ロックやソウルなどを鳴らすには、これほどピッタリとマッチングのとれるアンプはない、と。
コントロールアンプも、パワーアンプと同じ性格で、
独特の重みをもったエネルギー感を十分に感じさせる、と。

だから、私が聴く音楽とも、私がもとめる音とも離れたところにある音のアンプにも関らず、
いまもこうやって書くほど印象に残っているのは、
42号の三ヵ月に前に出ている「コンポーネントステレオの世界 ’77」の影響である。

Date: 1月 17th, 2017
Cate: the Reviewの入力

電子制御の夢(カセットデッキの場合)

the re:View (in the past)の更新を再開している。
といってもiMacは故障したままなのでテキストでの更新である。

昨日は井上先生のナカミチの1000ZXLの記事を入力していた。
ステレオサウンド 57号(1980年)の記事である。

このころからオーディオ機器の広告、記事に、マイコン搭載という文字が登場するようになった。
たいていは8ビット・マイコンだった。

1000ZXLにも8ビット・マイコンが搭載されていて、
各部の調整が電子制御となっているのが特徴である。

この時代の8ビット・マイコンを、現在の家電に搭載されているCPUに置き換えたら……、
そんなことを入力しながら考えていた。

ナカミチという名前だけはまだ残っているようだが、
当時のナカミチという会社は、すでにない。
1000ZXLのようなカセットデッキを開発できるところは、いまではないだろう。
カセットテープに関しても、TDKのMA-Rレベルのものを製造できるところもないだろう。

だから単なる妄想にすぎないのだが、
いまも当時のナカミチに匹敵する会社があって、
そこが本気になって1000ZXLを超えるカセットデッキの開発を行ったら……。
そこに搭載するマイコン(いまではこんな表記は使わないけれど)は、
1000ZXLのそれとは比較にならないほど処理能力は高い。

いまなら、どこまでカセットテープの性能を引き出せるだろうか、と思うのだ。
あのころのナカミチの技術者が目指していながら実現できなかったところはあるはずだ。
いまの電子制御の技術があれば到達できるレベルがあったはずだ。

片方の技術が進歩すると、もう片方の技術の進歩は止ってしまうどころか、
退歩してしまうこともある。
ふたつの異る技術が融合することで素晴らしいモノがうまれるところにおいても、
そうであったりする。

Date: 5月 24th, 2016
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(オーディオテクニカの広告)

スイングジャーナル 1972年7月号(6月発売)のオーディオテクニカの広告
トーンアームのAT1009の広告であり、これだけならば、ここで取り上げることはしなかった。

広告右側の欄外に、《沖縄の皆様へ》とある。
続けて沖縄のオーディオ店名と住所が書かれている。

このオーディオ店を通じて、オーディオテクニカの全製品が沖縄で購入できるようになった、という報せだ。

沖縄返還は、1972年(昭和47年)5月15日であったことを思い出させてくれた。

Date: 5月 20th, 2015
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×十五・作業しながら思っていること)

ダイナコの管球式パワーアンプといえば、Stereo 70、Mark IIIがよく知られている。
これらはオーソドックスな真空管アンプのスタイルで、
シャーシの上に、真空管、トランスが配置されている。

Mark VIは120Wの出力をもつモノーラルアンプ。
8417のパラレルプッシュプルである。
Mark VIが他のダイナコのアンプと少しだけ違うのは、フロントパネルを持っていることだ。

三段の感度切り替えのメーターが中央上部にぽつんとついていて、
あとは両サイドのハンドルが目立つ程度のフロントパネルである。
割と素っ気ないつくりは、いかにもダイナコらしいといえばそういえるつくりだ。

同時代のソリッドステートのパワーアンプにもハンドルつきはなかった。
なぜMark Viにだけハンドルをつけたのか、その理由はわからないが、
このハンドルは木を使っている。

Mark VIの重量は25kgとなっているから、
おそらく金属製のハンドルで、表だけ木なのか、木の中に補強として金属が使われているのか、
なにしろMark VIは写真だけで、実物を見たことがないので、そのへんのことは確認できていない。

この木のハンドルが、いいアクセントになっている。
このハンドルがなかったら、Mark VIへの興味はもたなかったかもしれない、
そう思えるほど、このハンドルはいい。

なぜMark VIは金属製のハンドルにしなかったのか。
木を使わない方がコスト的には抑えられたはずた。
ダイナコはキットも販売していたことからもわかるように、
コストパフォーマンスを大事にしていたメーカーである。

そのダイナコがしゃれっ気をみせている。

Date: 5月 19th, 2015
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×十四・作業しながら思っていること)

オーディオアンプは、金属のかたまりといえる。
鉄であったりアルミであったりする。
そこに木が加わることがある。
ウッドケースやサイドのウッドパネルである。

なぜ木を使うのか。
金属からなるアンプの質感を少しでもやわらげるためなのか。
部屋とのインテリアを考慮してのことなのか。
それにしては少々安易すぎる気が、ずっと以前からしていた。

そういえば昔のエアコンは木目のモノが多かった。
もちろん木を使っていたわけではなく、いわゆる木目シートだった。

まだエアコンではなくクーラーと呼ばれていた時代のことだ。
この時代は暖房機能はなく冷房機能だけだったように記憶している。

なぜ、あの頃のクーラーは木目にしていたのだろうか。
たとえば、それがラックスのアナログプレーヤーのPD121のように、
木目の美しさを活かしながらも、実際に使われたのは天然木ではなくプリントであった例のように、
天然木を使わずとも木目の美しさを活かす外観にはできたはずである。

けれど実際のクーラーは、木目にしておけばいいでしょう的なところが、
誰の目にも明らかだった。

オーディオ機器の場合、クーラーほどひどくはないと思っているが、
それでも安易だな、と感じる例の方が残念ながら多い。

そんな私だったけれど、当時、いいな、と思ったモノのひとつに、
ダイナコのパワーアンプMark VIがある。

Date: 8月 12th, 2014
Cate: the Reviewの入力

お知らせ

the Review (in the past)の名称を、
the re:View (in the past)と変更しました。
URLは同じです。

Date: 4月 11th, 2014
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×十三・作業しながら思っていること)

ラックスの管球式プリメインアンプのSQ38FDIIはウッドケースにおさまっている。
私は、どうもこのウッドケースが好きになれなくて、
ウッドケースが別売になったLX38のほうが、すっきりしていて好感がもてる。

マークレビンソンのJC2を使っていたときもウッドケースを手に入れようとはまったく思わなかった。

ウッドケースが似合うアンプは、ほんとうに少ない。
ウッドケースがほんとうにデザインとして消化されているアンプはあまりない。

サンスイのAU-D907 Limitedウッドパネルの使い方は、
サンスイの、このシリーズのデザインの野暮ったさを結果として強調しているふうに感じる。

むしろAU607、AU707のデザインを、
ほぼそのままAU-D907にも採用してしまった無理がはっきりとしてきたようにも思う。

AU607の、あの価格だと、あのデザインが好ましく感じられもする。
それが高級プリメインアンプとされるAU-D907にもってきてしまうと、
洗練されていないことが気になってしまう。

AU607では愛矯として映っていても、AU-D907クラスとなると愛矯ではすまされなくなる面が出てくる。

Date: 4月 10th, 2014
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×十二・作業しながら思っていること)

サンスイのアンプは、AU-D907 Limitedを使っていた。
写真で見た印象も、実際に使ってみての印象も、デザインに関しては変ることはなかった。

サンスイのアンプのデザインは、洗練されているとは感じない。
どこか野暮ったさが残っているような気がする。

AU607、707、907の一連のアンプのデザインも洗練されてはいない。
でも、愛着を感じるところがある。

その愛着は、いちばん安い607に強く感じる。

音だけでいえばAU-D907 Limitedはなかなかいい音のアンプだった。
でも、というか、だからこそ、というべきか、
音をこのレベルまでもってきたのに、アンプのデザインはそのままなのか、と感じていた。

しかもLimitedは、通常モデルのAU-D907と外観的にも違いをはっきりさせるためと、
音質追求の両面で、サイドにウッドパネルを採用し、天板の一部も木目仕上げとしている。

私にとって最初のウッドのサイドパネルのアンプだった。
高校生だった私は、サイドがウッドパネルになっているだけで、いいアンプを自分のモノとした気分になっていた。

サイドのウッドが高級機の証しのようにも思えていた。

だが実は、私はウッドのサイドパネルはあまり好きじゃない。
そのことに気づいたのはAU-D907 Limitedを使っていたときだった。

Date: 8月 2nd, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×十一・作業しながら思っていること)

L07C、L07Mは型番にL07がついているにもかかわらず、
発売時期がやや早かったためなのか、アナログプレーヤーのL07Dがケンウッド・ブランドであるのに、
トリオ・ブランドだった。
セパレートアンプのケンウッド・ブランドになるのはL08C、L08Mから、
というより正確にいえば、その後ケンウッド・ブランドのセパレートアンプは登場していないと記憶している。

プリメインアンプに関してはL01A、L02Aときて、
L02Aでやりたいことを実現したためなのか、次に登場したL03Aの印象は、前の2機種と比較すると薄い。
しばらくケンウッド・ブランドにふさわしい内容をもつアンプは、
セパレートアンプにしてもプリメインアンプにしても登場していなかった(はず)。
L03Aから約10年後L-A1を発表している。

ケンウッド・ブランドにおいても、トリオはセパレートアンプよりもプリメインアンプに積極的であった。

他の国内メーカーをみても、トリオのようにプリメインアンプのほうに積極的なメーカーは、そうはない。
テクニクスにしてもパイオニアにしても、プリメインアンプにもセパレートアンプにも積極的だったし、
ヤマハもラックスも、やはりどちらにも積極的であった。

国内メーカーでトリオと同じくらいプリメインアンプに積極的であったのは、サンスイぐらいではなかろうか。
サンスイもセパレートアンプはいくつか出している。
トリオと比較するとその数は多い。
多いけれども、他の国内メーカーと比較した時には、プリメインアンプの方に積極的であったように、
私にとってそう見えるのは、
私がオーディオをやりはじた時期にAU607、AU707、AU-D907が登場したことが重なっているせいもあろうが、
607クラスの普及機から、
AU-X1からはじまったX11、X111、X1111とつづくプリメインアンプの限界に挑むかのようなところまで、
サンスイのラインナップはきっちりとうまっていたことのほうが、やはり大きい。

だからサンスイの全製品の中から、いまでも手に入れたと、ふと思ってしまうのも、
プリメインアンプとなってしまう。
トリオではKA7300Dを選んだように、ここではAU-D607である。
そのあとのD607Fでもないし、D607F Extra、D607X、α607でもなく、
二番目に古いAU-D607が、いい。

Date: 7月 26th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×十・作業しながら思っていること)

KA7300とKA7500だけでなく、この時代のトリオのプリメインアンプは、
それぞれに個性がはっきりしていた、と思う。
だからこそKA7500を強く支持する人が少なくとはいえ、いた。

それにくらべるとトリオのセパレートアンプの印象は、正直薄い(あくまでも私にとって、ではあるが)。
私にとってのトリオのセパレートアンプといえば、
瀬川先生が、そのパネルデザインを酷評されたコントロールアンプL07C以降から、である。
パワーアンプはL07M、L05Mからだ。

L07シリーズはセパレート型という形態のメリットを活かして、
コントロールアンプの出力インピーダンスを当時としてはかなり低い値を実現して、
パワーアンプはモノーラル型にすることで、
コントロールアンプ・パワーアンプ間の接続ケーブルを従来よりも延ばし、
パワーアンプをスピーカーシステムの近くに設置することでスピーカーケーブルを極力短くする。
このことを推奨していた。

おそらくトリオの考えとしては、
ラインケーブルよりもスピーカーケーブルによる音への影響が大きいと判断していたように思える。
とくにケーブルの長さが音に与える影響についてのトリオの技術陣の考えた答なのだろう。
だからこそ形態的にスピーカーのすぐ近くに設置できないプリメインアンプのためにも、
そして、できるだけ短くしても残るスピーカーケーブルの影響をさらに少なくするための答が、Σドライブがある。

L07Cが登場した時期は、各社から比較的ローコストのセパレートアンプが登場しはじめた時期でもある。
セパレートアンプがブームになっていた。

だから国内メーカー各社から登場したセパレートアンプの中には、
そのブームに乗るためにプリメインアンプを形態的に分離しただけの、
セパレートアンプとしての存在意義を感じさせない製品が少なからずあらわれていた。

そんななか、L07Cは10万円とけっして高価なアンプではないものの、
セパレートアンプという形態をとることのメリットを感じさせてくれるアンプであることは間違いなかったし、
L07Cはデザインについてつねに否定的であった瀬川先生だが、音に関しては高い評価をされていた。

Date: 7月 22nd, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(TVA1のこと)

マイケルソン&オースチンのTVA1という管球式のパワーアンプがある。
1979年に登場したイギリス生れの、KT88のプッシュプルで、70Wの出力をもつ。
シャーシーはクロームメッキが施されていることからも、
マッキントッシュのMC275の再来的なとらえ方もされていたアンプである。

TVA1の評価は、ステレオサウンドでも高かった。
MC275はすでに製造中止になってひさしかったから、
KT88のプッシュプルアンプとなると、
しかもステレオ仕様で70W程度の出力の得られるアンプとなると、TVA1しかなかった。

コントロールアンプは1年ほどおくれて登場したこともあって、
TVA1には他社製のコントロールアンプが組み合わされる。

瀬川先生はステレオサウンド 52号にも書かれているように、
アキュフェーズのC240を、TVA1にもっともよく合うコントロールアンプとして、その後も組合せで使われている。
マークレビンソンやその他のコントロールアンプとの組合せをいくつか試みても、
偶然にも最初にTVA1と組み合わせたC240が、
「水分をたっぷり含んで十分に熟した果実のような、香り高い」音を鳴らしてくれたわけだ。

菅野先生もTVA1への評価は高かった。
菅野先生はマッキントッシュのC29との組合せで、高く評価されている。

おそらく瀬川先生もC29との組合せを試みられたのではないか、と思っている。
ステレオサウンド 52号はアンプの特集号で、
その中にはマッキントッシュのC29とMC2205が登場しているし、
瀬川先生も特集の巻頭言「最新セパレートアンプの魅力をたずねて」で、
C29、MC2205の組合せについてふれられている。

そこには「認識を新たにした」と書かれている。
すこし引用しておく。
     *
C28の時代のあのいくぶん反応の鈍さとひきかえに持っていた豊かさ、あるいはC32で鳴りはじめた絢爛豪華で享楽的なこってりした味わい。そうした明らかな個性の強さ、というよりアクの強さが、ほどほどに抑制されて、しかもおとに 繊細な味わいと、ひずみの十分に取り除かれた滑らかさが生かされはじめて、適度に鮮度の高くそして円満な美しさ、暖かさが感じられるようになってきた。
     *
C32はあまり高く評価されていなかったけれど、C29への評価はなかなかいい。
だからTVA1とC29の組合せも、おそらく試されたはず、と思ったわけだ。

試されていたと仮定しよう。
それでも瀬川先生は、好みからしてC240を選択されたわけで、
コントロールアンプの選択に菅野先生と瀬川先生の音の好みの違いがはっきりとあらわれていて興味深いのだが、
ここで私が思ったのは、それではマッキントッシュのC27は、どうなのだろうか、ということ。

C29、C27が登場する以前、つまりC28、C26時代、
瀬川先生はC28よりもC26を好ましい、とされていた。
ならばC29よりもC27を、より好ましい、と思われても不思議ではない。

井上先生はステレオサウンド 47号で、C27について、
「現代アンプの純度とは異なった、井戸水の自然さを感じさせる音だ」と書かれている。

こういう音こそTVA1の音の魅力を増してくれそうな気がする。
マッキントッシュC27とマイケルソン&オースチンTVA1の組合せ、
いますごく聴いてみたい組合せとなってしまった。

Date: 7月 21st, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×九・作業しながら思っていること)

測定データを、なによりも重視する人たちは、昔からいた。
試聴記よりも測定データを載せろ、という人たちである。

ずっと昔には、メーカーがカタログに載せている測定データにはいいかげんなものもあった、ときいている。
だから、その時代においてはオーディオ雑誌が測定データを載せる意味合いは大きかった。
それが基本的な項目、周波数特性、歪率、それに出力であっても、だ。

だがメーカーもいつまでもそんなことをやっていたわけではない。
ずいぶん以前から名のあるメーカーが発表するデータにいつわりはない、といえる。
そして各メーカーのデータにおける差も小さくなってきている。
測定データにおかしなところのあるオーディオ機器は(まったくない、とはいわないけれど)、ほとんどない。

そういう意味では、オーディオ雑誌がいま測定を行うには、
以前とは違う意味合いが求められるし、そこに難しさがあるわけだが、
それでも、ごく一部の人たちは測定データにまさるものはなし、とでもいいたげであって、
中には測定データに大きな差がないから、音の差はありえない、という不思議なことを言い出す。

すくなくとも1970年代には測定データにはあらわれない音の違いを、
耳は聴き取っていたことは当り前のことになっていた。
アンプを例にとれば、使用パーツの品種による音の違いケーブルによる音の違いなど、
そういったことがらによる、測定データにはあらわれないにも関わらず音は違ってくる。

トリオのKA7500とKA7300の測定データを比較しても、そう大きな差はないはず。
KA7300は電源トランスから左右チャンネルで独立させている分、
セパレーション特性ではKA7500よりも優れているだろうが、
あとの測定項目においては、KA7500とKA7300の音の違い──、
つまりKA7500の開発・設計担当者は恋に悩み、KA7300の開発・設計担当者は新婚ほやほやであったこと、
こういう違いは、これから先、どんなに測定技術が進歩したとしても測定データにあらわれることはない。

なのに、人の耳は、その違いを聴き分けることができる。
測定データ、測定データ、とあきることなくいい続けている人たちは、
KA7500とKA7300に関するエピソードを、どう受け止めるのだろうか。

オーディオの楽しみは広い。
だから測定データだけに捕らわれてしまうのも、オーディオのひとつの楽しみといえばそうなる。
それでも、ご本人たちが楽しければそれでいいのかもしれないし、
まわりがそういう楽しみ方に口をはさむべきではないにしても、
やはりオーディオは音楽を聴くために存在していることを忘れてはならない。

測定データをどんなに眺めても、音楽は鳴ってこない。

Date: 7月 15th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×八・作業しながら思っていること)

KA7500の開発・設計担当者が、誰のブラームスのレコードを聴いていたのか、
その手掛かりとなるものはほとんどないわけだが、
ひとつあげるとすれば、やはりKA7500とKA7300のコンストラクションの違いがある。

KA7500もKA7300も聴いたことがないから断言することはできないものの、
KA7300はKA7500と比較の上でも、さらに他社製の同時期のプリメインアンプと比較しても、
いわゆる音場感の再生能力は、10万円以下の製品としては、かなり高いものであったと判断できる。
そのKA7300と比較すると、KA7500はというと、
左右への音の拡がりにしても奥行き方向の再現性に関しても、旧型のアンプ的音場の展開であるはずだ。

だから音楽の見通しはKA7300の方が優れていよう。
前のめりにならなくとも、音楽の細部はKA7500よりも聴き取りやすいはず。

反面、KA7500の音場はその分、左右のスピーカーの中央附近に厚みが感じられよう。
この厚みが、ときとして、そして音楽の性格によって、
のめり込むような聴き方を聴き手に要求していくのかもしれない。
流麗なブラームスではなかったはず、これだけはいいきれる。

だとすれば、KA7500の担当者がのめり込むように聴いていたブラームスは、
意外にもモノーラルのレコードが多かったのかもしれない、と、そんな気がしてくる。
たとえばフルトヴェングラーのレコードがある。
ヨッフムがベルリン・フィルハーモニーを振っていれたグラモフォン盤もある。
トスカニーニはNBC交響楽団によるものとフィルハーモニアによるものの2種がある。

ステレオ録音になってからのもので、1974年ごろまでのものとなると、
ベーム/ベルリン・フィルハーモニー、カラヤン/ウィーン・フィルハーモニー(デッカ録音)、
セル/クリーヴランド管弦楽団などは、1番から4番まで揃っている。

1番だけ、2番だけ……、となっていくと、ここで挙げていくときりがなくなる。

誰かのブラームスだけにのめり込まれていたわけでもないだろうから、
ここで誰の演奏だったのかをあれこれ想像したところで、意味がないといえばそうだろう。

でもKA7500の担当者が、
この時聴いていたのはヨッフム/ベルリン・フィルハーモニーによる演奏だったのではなかろうか、
そんな気がしている。
それからヴァイオリン・ソナタは、シェリング/ルービンシュタインか、
デ・ヴィート/フィッシャー(1番と3番)、アプレア(2番)のレコードが、頭から消えない。

これは、私の勝手な想像でしかない。
意外にも若きバーンスタインとニューヨークフィルとのレコードだったのかもしれない。