Archive for category アンチテーゼ

Date: 10月 28th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その14)

10月4日だったから、グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲をかけた。
グールドのハミングが、よくきこえることに驚かれた。

私の中では、CDが登場して一年後あたりから、ハミングはかなりよくきこえるという認識でいた。
うまく鳴った時は、まるでワンポイントマイクロフォンで録音したかのように、
耳障りではなく、気持ち良く鳴ってくれる。

一枚十万円以上もするガラスCDではなく、
普通に販売されているゴールドベルグ変奏曲のCDでの話だ。

「グールドって、いい声ですね」という感想もあった。
グールドの録音の中には、ハミングを極力録らないように工夫しているものもあるが、
1981年録音のゴールドベルグ変奏曲は、そうではない。

グールドは、いい声をしている。
気持良さそうにハミングしている。

特別なディスクでなくても、
そう鳴ってくれる。

Date: 10月 27th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その13)

こちらの目を覚ましてくれた、と書いた。
それには、もうひとつ意味合いがある。

それまでのDLM2の時の音よりも、明らかに明るいからである。
075といえば、ギラギラとした明るさを想像する人もいるだろう。
そういう明るさではない。
カットオフ周波数がかなり高いことも影響しているはずで、
まぶしいとか、ギラギラしているとか、そういう陰翳のない類の明るさではなく、
聴感上のS/N比が良くなることによる明るさであり、
その明るさは、ここちよい朝日のような明るさのようにも、私は感じていた。

075の位置を10cm以上下げたからといって、全体の音色が変化したわけではない。
それまでの位置での音は、10cm以上下げた音と比較すると、
微妙なニュアンスが打ち消されているようでもある。
だから音楽の表情が、ややフラットになってしまう。

あれこれ調整して音が変る、というわけだが、
その音が変るとは、音楽の表情が変る、ということである。
表情が豊かになっていくのか,乏しくなっていくのか、
表情の幅がどういう方向にひろがっていくのか、
そういう違いがある。

この当り前すぎることを、075の位置を変化させた音は改めて気づかせてくれた。

だからといって、十全な音が鳴ってくれた、というわけではない。
最初に書いているように、ドライバーが左右で違っているし、
075の前後位置の目安はついたけれど、その置き方に関しては、これから詰めて行く必要があるし、
アルテックのドライバーと075を、これからどういうふうにクロスオーバーさせていくのか、
とにかくやっていくこと(やりたいこと)は、けっこうある。

それでも今回の音は、ひとつの成果があった、といえる。
それは私自身の感想ではなく、音を鳴らしていた隣の部屋、
つまり喫茶茶会記の喫茶室に来ていた人(顔見知りの常連の方)が、
「ライヴを聴いているようでした」といってくれた。

喫茶室とは壁とドアによって隔てられている。
完全防音されているわけでないから、けっこうな音量で音はもれている。
そのもれきこえてくる音が、隣でライヴをやっているように響いたということは、
それだけ音の浸透力が増したということでもある。

Date: 10月 25th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その12)

075にした音は、予想よりも、期待よりもよくなってくれた。
それでも、音楽を聴いていて、こちらの気合いがほんのちょっと入らないとでもいおうか、
その1)、(その2)で書いているように、
この日の私は疲労感をおぼえていたし、
最初に鳴った音を聴いて「今日の私のようだ」と感じたのは、
075にした音を聴いても、拭いきれなかった。

音は滑らかで、よくなったけれど、
歌(私にとっては特にグラシェラ・スサーナの日本語の歌)を聴くと、
表情に溜めがないともいえるし、フラットな感じでもあるといえた。

そこで075の仰角を少し変えてみた。
それから位置を後方に少し移動した。
さらにあと少し移動した。

少しずつよくなってきても、それでも……、と気になるところは残っている。
そこで思い切って、075のボイスコイルの位置を、
アルテックのドライバーのボイスコイル位置とほぼ同じになるまで後方に下げた。

ここまで下げるとアルテックのホーン811Bが075にとって邪魔になってくるけれど、
頭で考える前に、音を聴くのがいちばんだし、075の重量は動かすのにしんどいわけでもない。

075の位置の微調整は今後行うにして、
ここまで下げた音は、
聴いているこちら(鳴らしているこちら)の目を覚してくれる音でもあった。

ここにきて、やっとこちらの調子が出てきた。
鳴ってきた音が、こちらの調子を引き出してくれた。

ジャズ好きな人は、075しかない、という人が昔は多かった。
いまはどうなのかは知らないが、アルテックの2ウェイの上にのせても、
075はやはり075だ、と感じた。
シンバルの音が、確かに魅力的なのだ。

Date: 10月 25th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その11)

グッドマンのDLM2からJBLの075への変化は、クロスオーバー周波数も変っているし、
ネットワークも違うわけだから、純粋にトゥイーターユニットの比較というわけではないが、
それにしても変化は大きかった。

滑らかになったことは、すでに書いた通り。
こさと同じことを別の表現にいえば、聴感上のS/N比が大きく向上した。

DLM2は、075と比較するまでもなく、
あまり聴感上のS/N比が優れているとはいえないトゥイーターだった。
しかもaudio wednesdayでは大音量で鳴らす。

DLM2の耐入力をこえるような鳴らし方ではないが、
DLM2が想定しているであろう音量よりもずっと大きいのだから、
その分、聴感上のS/N比の悪さは、よりはっきりと出る。

DLM2は、他のトゥイーターに交換したいと前々から考えていたけれど、
一方で、喫茶茶会記のスピーカーは、
渋谷にあったジャズ喫茶音楽館で鳴っていたそのモノであるから、
そのことを尊重するのであれば、できるかぎりDLM2のまま鳴らそうとも思っていた。

DLM2の気になる点は、バッフル板に取り付けたり、
なんとかハウジングをこじ開けて、内蔵されているネットワークをパスして、
きちんとしたネットワークをあてがう、
それからDLM2へのケーブルには銀線を使ってみたりすることで、
ある程度は解消できないわけでもない。

075を今回試してみたのは、たまたま075があったからである。
あるモノは、試してみたい。
それに075ならば、車がなくとも運ぶことが出来る。
試さない手はない。

先のことは、075にかえた音を聴いてから考えればいい──、
ぐらいの気持もあった。

075にした音は、格の違いをまざまざとみせつけられたともいえるし、
個人的には075の、あまり語られてこなかった可能性を見いだせた気もする。

Date: 10月 25th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(その12)

汚れてしまった己の手をじっとみつめる力、
その力をあたえてくれる、力の源となるものとしての音楽があるならば、
汚れてしまった手を、
汚いという、ただそれだけみもせずにすぐさま洗い流そうとする、
つまり水としての音楽があろう。

「純粋さとは、汚れをじっとみつめる力」だと、シモーヌ・ヴェイユは綴っている。

すぐさま洗い流そうとする者に、じっとみつめる力は必要ない。
洗い流してくれるきれいな水があればいいだけのことだ。

Date: 10月 22nd, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(その11)

「毒にも薬にもならない文章」を書くことを選択し、
好んでマーラーを聴くことはしなかった知人は、
よく「音楽を聴くことで浄化される」ということを口にしていた。

知人は、五味先生と同じ意味で言っているようだったが、
私の耳には、同じように言っているだけにしかきこえなかった。

毒のある音楽を拒絶するのは、その人の自由である。
知人が好んで聴く音楽は、そして演奏は、毒のあるものではなく、
清らか、という言葉で表現できるものが多かった。

汚れていない音楽(演奏)ときこえるものを、知人は好んでいた。
そして清潔感という言葉もよく使っていた。

彼は、だからワーグナーも好んで聴くことはしなかった。

それが知人の音楽の聴き方であり、
そういう音楽を鳴らすためのオーディオ(音)であり、
それが知人にとって必要と思えるものだったのだろう──、
と一応の理解は示せても、やはり違うだろう、といいたくなる。

あなたがいう浄化と五味先生がいう浄化は、はっきりと違う、と。

Date: 10月 17th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その10)

1956年に登場している075は、年代だけをみれば確かに古いトゥイーターというしかない。
実測データをみても、そういえる。

けれどJBLのホーン型トゥイーターは、基本的にホーンだけが異る。
プロフェッショナルシリーズでいえば、2402、2403、2404、2405、
コンシューマー用では075、077などがある。

これらのダイアフラム、磁気回路といった、いわば駆動系は共通している。
2405と075のダイアフラムの形状は44mm径のリング型と基本的には同じだが、
わずかに違うところもある。

違いについては、ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIESの三冊目、
「世界のトゥイーター55機種の試聴とその選び方使い方」の26ページの写真を見てほしい。

菅野先生は075に2405のダイアフラムを換装されている。
(詳細はステレオサウンド 60号参照のこと)

プロフェッショナルシリーズとなると、そのへんはどうなのか。
おそらくすべて共通ダイアフラムではないか、と思われる。

2405と075の違いは、ホーンの違いであり、
ホーンが違うだけで、指向特性も高域の延び方もそうとうに違ってくる。
そのかわり075は2.5kHz以上から使えるのに対し、
2405は7kHz以上からとなっているし、2404は3Hz以上、2403は5kHz以上という違いもある。

2404、2403は1980年代に入ってから登場したトゥイーターである。
そのトゥイーターの駆動系は075そのものということは、
075の駆動系の基本設計の優秀性を示すものであり、
単に登場した年代だけでは、古い、新しいを判断するのは難しい、ともいえるし、
075を古いという場合、ホーンの形状が古い、ということでもある。

Date: 10月 15th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(その10)

「毒にも薬にもならない音」、
「毒にも薬にもならない文章」と書いてきて、
「毒にも薬にもならない演奏」とは……、で思い出すのは何か、と考えた。

私にとって「毒にも薬にもならない演奏」の筆頭は、
インバルがDENONレーベルに録音したマーラーである。

インバルのマーラーのことは、以前に書いている。
そのときバーンスタインのマーラーを引き合いに出している。

私にとってインバルのマーラーが、まったく響かなかったのは、
「毒にも薬にもならない演奏」だったからにほかならない。

インバルの演奏からは、マーラーの交響曲(音楽)がもっている毒、
一種の毒といってもいいと思えるところが弱い、というよりも、
ほとんど感じられなかった。

インバルのマーラーに毒を感じる人もいるのかもしれない。
現在のインバルのマーラーが、どうなのかは聴いていないので、なんともいえないが、
少なくとも1980年代のDENONレーベルのマーラーに、毒を感じることは一度もなかった。

私がバーンスタインのマーラー、それもドイツグラモフォン録音を高く評価するのも、
誰にも増してマーラーの毒を強く感じさせるからである。

そうだった、と思い出すのは、
「毒にも薬にもならない文章」を書くことを選択した知人だ。
知人は、好んでマーラーを聴くことはなかった。

彼のところにバーンスタインのマーラーのディスクを持っていったこともある。
そのときの彼の反応は、いま思えば、毒に対するある種の拒否反応だったかもしれない。

毒があるから、マーラーの世界(音楽)にのめり込んでいける、
もしくはどっぷりとつかれる(浸かれるであり、憑かれるでもあり、撞かれる)。

そんな私のような聴き手がいる一方で、
毒があると、のめり込めない、という人もいるはずだ。

Date: 10月 14th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その9)

高域が075よりものびている2405だから14.4kHzというカットオフ周波数でも、
トゥイーターを追加する意味はあろうが、
075の実測の周波数特性をみるかぎり、
高域の上限とカットオフ周波数が同じということになり、
何の意味があるのかと思われるかもしれない。

周波数特性だけでなく、指向特性も良好とはいえないから、
指向特性の改善につながるとも考えにくい。

私だって、少しはそう思った。
けれどコンデンサーだけの、つまり-6dB/oct.でローカットしているわけだから、
1オクターヴ下の7kHzにおいても、そこそこの音圧レベルで鳴っている。

075のカタログ発表値の出力音圧レベルは、806Aよりも数dB高い。
私がここで狙える可能性があると考えたのは、
アルテックの2ウェイシステムの高域の拡張ではなく、
音のプレゼンスに関係してくる帯域から上限までの充実であり、
音の表現力の充実である。

その意味で、今回の075の使い方もサブトゥイーター的といえる。
その狙い通りにうまくいくのか、と多少の不安は音を出す前はあった。

075を追加した効果がまったく感じられないどころか、
このくらい高いカットオフ周波数でも、075のジャジャ馬的性格が出てくるのかだろうか、
すべて杞憂にすぎなかった。

とりあえずホーン811Bの少し後方に置いて鳴らした。
DLM2の時に、常に気になっていた点が払拭されていた。
しかも滑らかだった。

Date: 10月 14th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その8)

グッドマンのDLM2については、ほとんど知らない。
スイングジャーナルに載っていた1967年のシュリロ貿易の広告には、
AXIOM 80とともにDLM2も載っている。

広告には能率が高く、5kHzから使える、とある。
価格は一本8,500円、参考までにAXIOM 80は一本26,500円だった。

DLM2はホーン型ながら、ドーム型トゥイーターのように薄い。
しかも5kHzのカットオフ周波数のローカットフィルターを内蔵して、である。
おそらくローカットフィルターは12dB/oct.のスロープ特性だろうから、
コイルとコンデンサーがひとつずつハウジング内に収まっているはず。

DLM2は少なくとも1967年以前からあったわけだ。
JBLの075は1956年に登場している。

1950年代のアメリカのトゥイーターと1960年代のイギリスのトゥイーター。
周波数特性の高域の伸びということでは、どれだけの差があるだろうか。

喫茶茶会記では、中高域を受け持つドライバー806Aの端子に並列に接続されていた。
5kHz以上からDLM2も鳴っていた。
806Aはローカットはしているが、高域に関してはハイカットフィルターは通していない。

私がDLM2のことを、サブトゥイーターと呼ぶ理由は、このへんにある。
しかもDLM2は正面には向けずに、ほぼ上向きにしている。

このDLM2を今回、075にしてみたわけだ。
交換するにあたって、あれこれ考える。

自分のシステムならば、常にいじれるけれど、
喫茶茶会記のスピーカーなので、月に一回。
それも調整だけに時間をさけるわけでもない。

基本的にアルテックの2ウェイシステムに075というJBLのトゥイーターを追加する、
DLM2と交換するという考えではなく、そう考えていた。

クロスオーバー周波数をどのくらいにするか、
806Aの上の帯域をカットするのか、そのままにしておくのか、
スロープ特性は……、レベル設定は……、
置き場所、置き方は……、
これらをひとつひとつ音を聴いていってセッティングをつめていければいいけれど、
そうもいかない。

とにかく今回は075をアルテックの2ウェイに追加することで、
どんな変化が得られるのか、その様子見といったほうがいい。

結局、2016年8月のaudio wednesday「新月に聴くマーラー(Heart of Darkness)」では、
2405を鳴らしている。このときコンデンサーだローカットしている。
今回も、そのコンデンサーをそのまま使用した。

容量は0.47μFと0.22μFのコンデンサーを並列に接続だから0.69μF。
075のインピーダンスは16Ωだから、単純計算では14.4kHzのカットオフ周波数となる。

Date: 10月 12th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その7)

JBLのトゥイーターといえば、075か2405が、まず浮ぶ。
075を使ったシステムは、これまでいくつかのところで聴いてきている。
とはいえ、自分で鳴らしたことはないユニットである。

ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIESの三冊目、
「世界のトゥイーター55機種の試聴とその選び方使い方」、
ここでの075の評価は、絶賛といえるものではなかった。

075はその時点でも古いトゥイーターといわれていた。
瀬川先生は《ハイエンドの伸びが圧倒的に足りない》と発言されている。
事実、実測データも掲載されていて、15kHzあたりまでだし、
実測指向性パターンをみても、
2405は5kHz、1kHz、15kHz、いずれの周波数においてもきれいなパターンを描いているが、
075は5kHzでも広いパターンとはいえず、15kHzにおいてはかなり悪い,としかいいようがない。

たしかに設計の古いトゥイーターである。

瀬川先生は《地がかなりジャジャ馬》で、
《使いこなしをめんどうくさがる人には、なかなかよさう出すことがむずかしい》ともいわれている。

黒田先生は、《華やかで美しい》とまずいわれているが、
ここにはネガティブな意味も含まれている、とつけ加えられている。
そして《ちょっと騒がしい》とも。

井上先生は《古いタイプの音》、《聴感上のSN比に問題》があり、
《シリシリという音がすべての楽器の音に重なって》くるため、
《音全体が騒々しい》という評価だ。

その075をアルテックの2ウェイ・システムに加える。
それまでのトゥイーター、グッドマンのDLM2も古い設計だ。
周波数特性を比較しても優劣はないかもしれない。

けれど手に持った感触は、DLM2と075はまったく違う。

Date: 10月 11th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その6)

今回喫茶茶会記のアルテックのダイアフラムをダメにした人は、
自分のした行為をどう思っているのだろうか。

なんとも思っていないのか。
それとも、ダイアフラムをダメにするほどの音量を出した、ということを誇りに思っているのだろうか。

ダメにした人がどういう人なのかは知らない。
ただ、その人の大音量再生(ほんとうはそう呼びたくないが)と、
私の大音量再生は、同じ喫茶茶会記のシステムを使って鳴らしていても、
まったく別ものである、ということだけはいえる。

話がそれてしまったので元にもどそう。
左チャンネルが807Aに換装されていた今回のaudio wednesday。

同じ音量設定ながら、前回とは違う鳴り方に驚きながらも、
やはりドライバーが違うということは、気になる。
聴いていて、良さはあるけれども、
なんとなくではあっても、それこそ「フツーにいい音」的な面も感じられた。

私自身の気合いが、この時点でいまひとつ入りきれていないのも関係していたはずだ。
同時に、ネットワークの配線を今回も変えたことで、
サブトゥイーターとして鳴らしているグッドマンのDLM2がそぐわなくなってきた感が強くなった。

ネットワークの配線の変更が直接関係してくるのはウーファーとドライバーに対してであって、
サブトゥイーターのDLM2にも直接関係しているわけではない。

そのためであろう、ウーファーとドライバーの鳴り方がはっきりと変化したことに対して、
DLM2はついてこれなくなった──、
そんなふうにも解釈できる鳴り方だった。

こうなるとトゥイーターを交換してみるしかない。
早々とDLM2から075に変えることになった。

Date: 10月 9th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その5)

スピーカーのボイスコイルは、数Ωという直流抵抗を持つ。
この直流抵抗によって、ボイスコイルは熱を持つことになる。

熱を持てば、直流抵抗の値は高くなる。
高くなれば、その分さらにパワーのロスが生じる。
ということは、そこでまた熱が発生する。

ボイスコイルの温度がさらに上れば、直流抵抗はさらに高くなる……。
つまりリニアリティの低下である。

JBLの4343から4344へのモデルチェンジにおいて、
ウーファーが2231から2235へと変更されている。

JBLの発表によれば、
約30Hzの低音での1W入力時と100W入力時の出力音圧レベルは、
ボイスコイルの温度上昇とそれによる直流抵抗の増加、
それ以外にもダンパーなとのサスペンションの影響により、
2231では100Wの入力に対してリニアに音圧レベルが上昇するわけでなく、
3〜4dB程度の低下が見られる。

2235での低下分は約1dB程度に抑えられている。
2235は確かボイスコイルボビンがアルミ製になっている。
ボビンの強度が増すとともに、放熱効果もそうとうに良くなっているはずだ。
このことが、100W入力時の音圧の低下を抑えている、といえよう。

1970年代後半に登場したガウスのユニットは、
磁気回路のカバーがヒートシンク状になっていた。
これせ放熱効果を高めるためである。

大入力も瞬間的であれば、さほどボイスコイルの温度の上昇も気にすることはないだろうが、
連続して大入力がユニットに加われば、ボイスコイルの熱の問題は顕在化してくる。

ラウドネス・ウォーといわれるような録音を、大音量で鳴らしていれば、
ボイスコイルの温度は高くなっていくばかりだろう。
その状態でさらなる音量を求めてボリュウムをまわしていっても、
悪循環に陥ってしまうだけで、頭打ちになってしまう。

こうなってしまっては、もう大音量再生とはいえないし、
スピーカー破損への道まっしぐらであり、
喫茶茶会記のアルテックの806Aは、ダイアフラムがダメになってしまった。

Date: 10月 8th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その4)

音質を音量の大きさでごまかす、
こんなことがずっと以前からいわれてきている。

音を大きくしさえすれば、いい音に聴こえる、と、
こんなことを言っている人は、本気でそう思っている(信じている)のだろうか。

世の中には、大音量で聴く人を蔑む人がいる。
それは知的ではない、とか、野蛮だ、とか、そんなことをいう。

大音量で聴くことは、ほんとうに知的でない行為なのか。
これは大音量再生を真剣にやったことのない人のいいそうなことだ。

大音量再生は、大音量再生ならではの知的な行為である。
ただただボリュウムのツマミを時計方向にまわしていけば、
それで済むような行為ではない。

私は、大音量再生は、知的でスリリングな行為だ、と考えている。
どこまでボリュウムをあげていけるのか、
音が破綻してしまったら、それは大音量再生とは、もういえない。

破綻させず、そしてスピーカーを破損させずに、
どこまで音をあげていけるのか。
そのぎりぎりのところを見定める。

一度やってみると、これぞオーディオだ、と心で叫びたい気持になる。
それにハマってしまう。

今回、喫茶茶会記のアルテックのドライバーを壊した人は、
大音量再生を知的な行為とは、少しも思っていないのだろう。
ボリュウムを時計方向にまわしていけば、でかい音が出る、くらいの認識であり、
自分のスピーカーではない、という気持がどこかにあったはずだ。

Date: 10月 8th, 2017
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音・その3)

朝沼予史宏氏は、つまりはダイヤトーンのスピーカーの力量を見誤った。
だからスピーカーを破損することになった。

こう書くと、反論できない故人のことを悪くいうのか、と思われる人がいるが、
私は反対に、ダイヤトーンのトゥイーターを破損してしまったことを、
凄いこと、伝説のように語ることの方が、
朝沼予史宏氏のことを貶めている、とすら思う。

朝沼予史宏氏はプロフェッショナルであることを、強く意識している人だった。
その人が、スピーカーを破損してしまったということは、
そのときはプロフェッショナルではなかった、ということでもある。

オーディオ評論家というオーディオのプロフェッショナルではなく、
オーディオのアマチュアであったと──、
だからダイヤトーンのスピーカーを破損したことを持て囃す人たちこそ、
プロフェッショナルであろうとしていた朝沼予史宏氏を貶めている、と考える。

朝沼予史宏はペンネームであることは知られている。
本名でやっている人もいればペンネームを使う人もいる。

ペンネームを使う人みながそうではないだろうが、
少なくとも朝沼予史宏氏は、
オーディオのプロフェッショナルであろうとしてのペンネームのような気がする。

十年以上前だったか、インターナショナルオーディオショウのあるブースで、
ある人がプレゼンテーションをやったときに、スピーカーをとばした、と聞いた。
その話を私にしてくれた人は、すごい音で鳴っていた、と興奮気味だった。

かもしれない。
けれどスピーカーをとばしてしまうのは、オーディオのプロフェッショナルならば、
特にインターナショナルオーディオショウという場では絶対にやってはいけないことではないのか。

もっともスピーカーをとばした人は、オーディオ評論家でも、
オーディオのプロフェッショナルでもない人だから、
どのブースだったのか、どのスピーカーだったのか、誰なのかは書かない。