Archive for category ULTRA DAC

Date: 8月 3rd, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その36)

スピーカーにもプリエコーの発生はある。
デジタルフィルターにもプリエコーの発生がある。

それぞれ逆相か同相かという違いはあるにしても、どちらにもあるわけだ。

にもかかわらずプリエコーが音に影響を与えていることを確認するには、
スピーカーからの音をまたねばならない。
スピーカーからの音を聴いて判断するしかない。

スピーカーは遅れている──、
以前からずっといわれ続けてきている。

瀬川先生の「オーディオABC」には、こんなことが書かれてあった。
     *
 スピーカーの研究では、かつて世界的に最高権威のひとり、といわれた H. F. Olson 博士(「音響工学」をはじめとして音響学に貢献する研究書をたくさん書いています)が日本を訪れたとき、日本のオーディオ関係者のひとりが、冗談めかしてこうたずねました。
「オルソン先生、ここ数年の間に、レコードやテープの録音・再生やアンプに関しては飛躍的な発展をしているのに、スピーカーばかりは、数十年来、目立った進歩をしていませんが、何か画期的なアイデアはないもんでしょうか」
 するとオルソン博士、澄ましてこう言ったのです。
「しかし、あなたの言われる〝たいしたことない〟スピーカーを使って、アンプやレコードの良し悪しが、はっきり聴き分けられるじゃありませんか?」
 これには、質問した人も大笑いでカブトを脱いだ、という話です。
 むろん、この返事はアメリカ人一流のジョークで包まれています。けれど、なるほど、オルソン博士の言うように、私たちは、現在の不完全なスピーカーを使ってさえ、ごく高級な二台のアンプの微妙な音色の差を確実に聴き分けています。スピーカーがどんなに安ものでも、アンプをグレードアップすれば、すれだけ良い音質で鳴ります。
 けれど右の話はあくまで半分はジョークなのです。スピーカーはやっぱり遅れているのです。
     *
スピーカーの歪率は、アンプのそれよりも大きい。
桁が違うほどに大きいけれど、アンプの微妙な差を、そのスピーカーで聴き分けている。
というより、聴き分けるしかない。

聴き分けられるということは、アンプの歪とスピーカーの歪は、
歪率という数字で表わしきれない違いがあるからに違いない。

プリエコーに関してもそうなのかもしれない。
電気系が発するプリエコーと機械系・振動系が発するプリエコーが、
現象としては近いものであっても、同じとは考えにくい。

そして、確かな裏づけをなにか持っているわけではないが、
スピーカーの中でも、ホーン型は、プリエコーに関して敏感に反応してしまうのではないか。

Date: 7月 30th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その35)

デジタルフィルターが発生するプリエコーについて知った時にまず考えたのは、
スピーカーが発するプリエコーのことである。

スピーカーユニットのボイスコイルにプラスの信号が加われば、
ボイスコイルは前に動こうとする。
その際に発生する反動を、磁気回路を含むフレームが受け止める。

この反動は、フレームがすべて吸収してくれるのであればなんら問題はないが、
現実はそうではなく、フレームを伝わって、
振動板外周のフレームから輻射される。

この現象は、ダイヤトーンが、DS1000の開発時に測定し、
カタログなどで発表している。
目にした人もけっこう多いはずだ。

フレームはほとんどが金属であり、
振動が伝わる内部音速はかなり速い。
そのため、振動板外周のフレームから輻射される音は、
振動板が発する音よりも先である。

つまり、これも一種のプリエコーである。
ただし、ボイスコイルが前に動こうとする際に発生する反動故に、
ここでの輻射は逆相である。

デジタルフィルターのプリエコーが同相であるのは、この点が違うが、
プリエコーであることにはかわりない。

同相と逆相のプリエコーならば、打ち消し合いが起るかも……、
そんなバカなことも考えてみたりしたが、
プリエコーが音に影響を与えていることは、
スピーカーで実験してみれば、すぐにわかることである。

ダイヤトーンのように測定して対策を講じているメーカーもあれば、
そうでないメーカーのスピーカーも数多くあった。

そういうスピーカーで、われわれはCDの音を聴いているわけだ。
そこでプリエコーの発生が、元の信号にないのは理解しても、
それがどの程度、どんなふうに音に影響を与えるのか──、
知りたいのはそこであったけれど、答はどこにもなかった。

Date: 7月 29th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その34)

初期のCDプレーヤーに、ほぼ共通していえたのは、
音の伸びやかさに欠ける、というか、窮屈さを感じてしまうことである。

その原因についてあれこれいわれていた。
そのひとつがアナログフィルターの存在である。

デジタルフィルターを搭載していないCDプレーヤーでは、
かなり高次のハイカットフィルターが必要となる。

ソニーでいえば、CDP101は9次で、CDP701ESは、
ソニーのプロ用CDプレーヤーCDP5000と同じ11次のフィルターになっている。
そうとうに急峻なフィルターである。

高次になればなるほと部品点数は増えるし、
精度の高いフィルターを実現するには、細かな配慮も必要となる。

コストも当然かかるようになる。

デジタルフィルターを採用すれば、アナログフィルターはもっと低次のもので済む。
設計も楽になるし、部品点数も少なくなる。

なにより高次のフィルターよりも、低次のフィルターのほうが、音への影響は少なくなる。
デジタルフィルターとアナログフィルターとの併用で、
高次のアナログフィルターだけと同等か、それ以上のフィルター特性を実現できれば、
メーカーがどちらを選択するかは明らかだ。

それにアナログフィルターを構成する部品は、
量産したからといってさほどコストダウンは狙えない。

デジタルフィルターはLSI化されているから、量産効果ははっきりと出る。

1988年、デジタルフィルターを搭載していないCDプレーヤーはなかったはずだ。

Date: 7月 29th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その33)

1982年10月に登場したCDプレーヤーのなかで、
デジタルフィルターを搭載していたのはマランツ(フィリップス)のCD63だけだったはずだ。

ソニーにしてもオーレックス、Lo-D、デンオン、ケンウッド、パイオニア、テクニクス、ヤマハ、
どのモデルもデジタルフィルターは搭載していなかった、と記憶している。

ソニーがデジタルフィルターを搭載した最初のモデルは、CDP502ESである。
その前に出たCDP701ESも、一号機のCDP101もデジタルフィルターはなかった。

CD63だけが、4倍オーバーサンプリングのデジタルフィルターを搭載していたわけだが、
それすらも登場当時は、ほとんどの人が知らなかったはずである。

そのころすでにステレオサウンドで働いていたけれど、
私だけでなく、他の編集者も、デジタルフィルターを知っていた者はいなかった。

ただCD63に搭載されていたD/AコンバーターのTDA1540は、
14ビットだということはみな知っていた。
どうやって16ビットに対応しているんだろうか、
そのことにみな疑問をもっていても、そこにデジタルフィルターが関与していることは、
まったく知らなかった。

国産CDプレーヤーでデジタルフィルターを搭載した最初のモデルは、
NECのCD803である。
とはいえ、CD803の登場と同時に、
デジタルフィルターがどういうものなのか理解したわけでもなかった。

マランツの二号機CD73(1983年)の解説で、デジタルフィルターが搭載されている、と書いていても、
ではデジタルフィルターがどういう動作をするのかをわかっていたわけではない。

このころはデジタルフィルターありなし、そんなこと関係なしにCDプレーヤーの音を聴いていたわけだ。
1983年登場の、各社の第二世代機では、ソニーのCDP701ESは良くできていた。

CDP701ESは、半年ほど使っていたことがある。
知人が購入したCDP701ESを借りていた時期である。
1984年ごろのことだ。

CDプレーヤーの進歩は早かった。
1983年登場のトップモデルとはいえ、CDP701ESは、過去のモデルになりつつあった。
それでも自分の部屋で聴いていると、意外に音がいいことに気づいた。

ステレオサウンドの試聴室で聴いた印象よりも、ずっといい。
そのころは気づかなかったけれど、
デジタルフィルターを搭載していなかったこともあったのかもしれない。

Date: 7月 28th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その32)

ラックスのDA7と同じ1988年、
無線と実験の読者投稿欄に、ユニークなD/Aコンバーターの自作記事が載った。

楠亮平氏という方によるNOS DAC(Non Over Sampling D/A converter)である。

記事に掲載されていた回路図は、
こんなに少ない素子数でD/Aコンバーターが自作できるのか、というくらいだった。

デジタルフィルターを排除したD/Aコンバーターだった。
詳細までは記憶していないが、
デジタルフィルターの問題点を指摘してのものだったようにも記憶している。

NOS DACは、この記事だけで終りはしなかった。
自作派の人たちのあいだでも、さまざまなNOS DACが作られていったのは、
Googleで検索してみればすぐにわかることだし、
メーカーからも製品化されたこともあるし、現行製品でもある。

デジタルフィルターとの組合せが前提設計のD/Aコンバーターでは、
デジタルフィルターを省いてしまうと、技術的な問題点が発生する──、
そういう指摘の記事も読んだことがある。

それはそうだろう、と思いながらも、NOS DACはプリエコー、ポストエコーが発生しない。
そのことに(そのことだけではないだろうが)音質的メリットを感じる人がいる。

そうでなければ、単なるキワモノ的な記事で終っていただろう。
少なくとも1988年には、プリエコー、ポストエコーの問題を指摘する流れが生れていた。

もっとも現在では、FIR型デジタルフィルターでも、
対称型ではなく非対称型の設計にすることでプリエコーを抑えている。

プリエコーとポストエコーとでは、プリエコーの方が音質上影響が大きい、といわれている。

Date: 7月 28th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その31)

CDプレーヤーに搭載されているデジタルフィルターの問題点、
プリエコー、ポストエコーの発生についてメーカーが指摘したのは、
ラックスが最初ではないだろうか。

1988年にラックスが出してきたD/AコンバーターのDA07は、
フルエンシー理論によるD/A変換を実現している。
この時、DA07のカタログや資料で、一般的なデジタルフィルターが、
プリエコー、ポストエコーを発生させてしまうことが指摘されていた。

原信号には存在しないプリエコーとポストエコー。
これらが問題となってきたのは、DA7の登場より後のことである。

確か、この時点ではフルエンシーD/AコンバーターはLSI化されていなかった。
その後、フルエンシーD/Aコンバーターは、
新潟精密がLSI化している。
FN1242Aである。

十年くらい前までは入手可能だったが、
いまでは新潟精密もなくなっているし、FN1242Aの入手も難しいだろう。

DA07は意欲作だった。
200W+200Wクラスのパワーアンプ並の筐体のD/Aコンバーターだった。

ペアとなるトランスポートDP07と組み合わせた音は、
ここでも意欲作ということばを使いたくなるものだった。

聴いていてすごい、と感じるところもあった、
欲しいという気持は起きてきた。

それでもDP07の大きさと恰好、
DP07とDA07を二つ並べたときに受ける印象は、
欲しい、という気持を萎えさせてしまうところも、私は感じてしまった。

いまになって、ラックスのDA07を思い出すのは、
メリディアンの ULTRA DACを聴いてしまったからでもある。

Date: 4月 7th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACと青春の一枚(その6)

(その5)に、facebookで二人の方からコメントがあった。

「DEBUT AGAIN」での大滝詠一の歌(声)を聴いて、
私はlongでの音が、大滝詠一の声に近いと感じたように、
コメントをくだっさた方は、shortでの声に、
これが大滝詠一の声じゃないか、と感じ、懐しくてグッと来た、とあった。

懐しく、とあるように、ずっと大滝詠一の歌を聴き続けてきた人と、
ほとんどといっていいほど聴いてこなかった私とでは、違ってきて当然であろう。

そこで鳴っている音楽に対しての心象風景が、一人ひとりみな違う。
同じところがあったとしても、こまかなところでは一人ひとりみな違う。
根本的なところで、大きな違いがあることだってままある。

そういう人たちが何人か集まって、毎月第一水曜日に音(音楽)を聴いている。
音楽は独りで聴くものだ、と思っている私でも、
月一回、こうやって聴くのは、毎回楽しみにしている。

今回はULTRA DACを聴くのに夢中で、
audio wednesdayの途中で、来られた方たちと話すことはあまりなかった。
19時から23時半ごろまでの四時間以上聴いていても、そうである。

だからこそ、facebookでのコメントがあると、
そのへんのことが少しは知ることができて、興味深い。

shortでの音にグッと来た人も、longでの音が、
作品としてはしっくりときた、と書かれてもいた。

そうだろう、と思う。
人には、その音楽の聴き手としての歴史がある。
その歴史が、グッと来た人と私とではかなり違う。

これまで大滝詠一のアルバムは何枚か聴いている。
けれど、どれも誰かのリスニングルームにおいて、である私は、
「DEBUT AGAIN」が初めて買った大滝詠一のアルバムである。

大滝詠一の音楽に対して、聴き手のとしての歴史が浅すぎる私には、
懐しくてグッと来た、という感情はもとよりない。

Date: 4月 6th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACと青春の一枚(その5)

何枚かのディスクをかけたあとで、もう一度「DEBUT AGAIN」を鳴らす。
ULTRA DACでの通常のCDをかけるときは、フィルターを三通り聴くことになる。

short、medium、long、どれにしてもたいして音が変られなければ、
さほど気にすることはないが、
ここでの音の変化は、音楽好きにはたまらない機能といえる。

「DEBUT AGAIN」をshort、medium、longの順で、野上さんに聴いてもらったあとに、
「longでしょ」と訊いた。
「longが、大瀧くんの声にいちばん近い」との野上さんはいわれた。
根拠のない私の確信が確認できた。

ULTRA DACのlongフィルターで聴く大滝詠一の「熱き心に」は、
別項「MQAのこと、潔癖症のこと」で書いたことに関係してくる。

その冒頭に、
“See the world not as it is, but as it should be.”
「あるがままではなく、あるべき世界を見ろ」
と書いている。

ULTRA DACのlongフィルターで聴く大滝詠一の「熱き心に」は、
あるべき世界(音)で鳴ってくれた、という印象が私にはある。

あるがまま、ということでは、もしかするとshortフィルターでの音がそうなのかもしれない。
そんな可能性があるのを無視できない。

マイクロフォンを通して、そしてさまざまな録音器材を経て録音された、
いわば原音での大滝詠一の歌(声)は、どうなのか。
それを知る術はないけれど、もしかするとshortフィルターでの音が、
あるがまま、ということでは近いのかもしれない──、と思わないわけではない。

けれど聴きたいのは、あるべき世界(音)である、私の場合は。
そうなるとlongフィルターでの音を、
私は大滝詠一の「熱き心に」を聴くのであれば選択する。

Date: 4月 4th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACと青春の一枚(その3)

ブリテンのモーツァルトは、私にとっての青春の一枚といえるし、愛聴盤でもある。
ステレオサウンドが発売しているのは、
SACDとCDが一枚ずつになっている。ハイブリッド盤ではない。

まずSACDをMCD350で聴く。
それからCDをMCD350で聴いた。

そしてCDプレーヤーをMCD350から、スチューダーのD731に替え、
ブリテンのCDをこれで聴いた。
アンバランス出力で聴いている。

いよいよULTRA DACの音を聴く。
D731のデジタル出力をAES/EBUで接続しての音出しである。
ULTRA DACのフィルターも、三つ(short、medium、long)とも聴いた。

つまりブリテンのモーツァルトを、六つの音で聴いたことになる。
どの音がこうだった、という詳細はここでは書かない。

SACDをリッピングして、
DSDファイルとしての音をULTRA DACで聴いていないからでもあるし、
MCD350とULTRA DACの価格の違いも大きいからだ。

六つの音の違いは、けっこうある。
小さくはない。
聴いていた人みなが、SACDの音をとるわけでもなかった。

私はULTRA DACでの音(表情)でブリテンのモーツァルトを聴きたい、と思っていた。

こんなふうにして、昨晩のaudio wednesdayは始まった。

Date: 4月 4th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACと青春の一枚(その2)

その人は、とあるところの試聴で、
こっそりと、そこで使われていた電源コード(かなり高価である)を、
私が自作したモノに交換したそうだ。

すると「なんか音が良くなったけれど、何かした?」と後日訊かれたそうだ。
電源コードを交換していたことは黙っていて、元の状態に戻してきた、とのこと。

自作したモノの音を、
既製品と比較してこうだった、と書くのは、できれば控えるようにしている。
その場で聴いた人も、私の自作といえば、評価も多少は甘くなることだってあろう。

でも、今回のケースでは、そうではない。
少なくとも、元々使われていた電源コードと同格とはいっていいだろう。

自作した電源コードの費用は、さほどかかっていない。
コネクターも普及品だし、コードそのものも1m当り500円程度である。

以前から試してみたい構造があった。
使えそうなケーブルを、オヤイデのサイトでさがしていたら、
おもしろそうな構造のケーブルが見つかった。

実験に使うには手頃な価格である。
10m以上買えば、少し安くなる。
太さも太くない。

このケーブルを見つけてなければ、まだ試していないかもしれない。
とにかくそれで電源コードを作って、手応えがあった。

それで今回は信号用に作っていった。
最初はバランス用ケーブルにする予定だったし、コネクターも揃えていた。
けれど電源コードを作った感触から、
バランス用に作るのは、けっこう手間だと判断して、アンバランス用に変更した。

そういうわけで、今回のULTRA DACには、このケーブルを使っている。

もっとも最初から自作ケーブルにしたわけでなはく、
最初の音出しは、マッキントッシュのMCD350を使って、
いつもと同じ条件である。
ケーブルも、もちろんいままで使っていたモノ。

そこでケーブルだけ、自作のモノに変更する。
結果、ケーブルは自作のモノでいくことになった。

この状態で数十分ほど聴いていた。
そしてディスクを、ステレオサウンドが発売しているブリテンのモーツァルトにした。

Date: 4月 4th, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACと青春の一枚(その1)

昨晩のaudio wednesdayは、たびたび書いているように、
「三度(みたび)ULTRA DAC」だった。

昨年の9月、12月につづき、メリディアンのULTRA DACをじっくりと聴いた。

9月と12月のULTRA DACはブラックモデルだった。
今回はシルバーモデルだから、違う個体である。
直接比較ではないが、聴いた印象では、個体差を特に感じることはなかった。

海外製品で、特に高価なモノとなると、
いまはどうなのかははっきりとは知らないが、
以前はある程度のバラツキは覚悟している必要があった。

惚れ込んだオーディオ機器と出逢ったら、
それが海外製品ならば、それがどんなに傷ついていても、それを買うこと。
井上先生から、何度もいわれた。

新品を待って購入したら、音が違った──、
そういう経験をしないためでもある。

いまのところULTRA DACに、そんなバラツキはない、といえる。

今回で三度目となるULTRA DAC。
試聴環境は基本的に同じである。
アンプもスピーカーも、機種そのものが変化しているわけではないが、
9月と12月でもすでに細部が違っているし、
12月と今回とでも、細部に違いはある。

9月と12月は、ULTRA DACの出力はバランスを使った。
今夏はアンバランスである。

なぜかといえば、ケーブルの関係である。
3月のaudio wednesdayで、電源コードを自作した。
会が始まる前に電源コードを作っていた。

この電源コードも、実は2018年にやり残したことの一つで、
ここで採用した構造の信号ケーブルもそうである。

電源コードは、その後ある人に貸した。

Date: 3月 18th, 2019
Cate: 930st, EMT, MERIDIAN, ULTRA DAC

オーディオの唯一無二のあり方(その3)

私がEMTの製品の音を聴いたのは、カートリッジのXSD15が最初だった。
熊本のオーディオ店に定期的に来られていた瀬川先生の試聴会で、XSD15を聴いた。

その時はいくつかのカートリッジの比較試聴がテーマだった。
MM型、MC型、いくつものカートリッジを聴くことができた。
瀬川先生のプレーヤーの使いこなしをたっぷり見ることができた。

プレーヤーは、だから930stではなく、
ラックスのPD121にトーンアームはオーディオクラフトだったと記憶している。

瀬川先生も五味先生も書かれている、
EMTのカートリッジは単体で聴かれるから、誤解が生じるのだ、と。
EMTのカートリッジはEMTのプレーヤーの構成するパーツの一つである、ということ。

EMTの音は、EMTのプレーヤーの音を聴いてこそ──、
それはわかっていたけれど、熊本ではついにその機会はなかった。

それでも熊本のオーディオ店では、トーレンスのReferenceでのTSD15の音を聴くことができた。
PD121+オーディオクラフトで聴いたXSD15のときと、
アンプもスピーカーも違うから正確な比較試聴なわけではないが、
それでもそんな差は問題にならないくらいに、
ReferenceでのTSD15の音は圧倒的だった。

しかも、このReferenceを聴くことができた回が、
瀬川先生が熊本に来られた最後に、結果的になってしまった。
よけいに、このときの音は耳に強く刻んでいる。

ようするに、私が聴いたトータルでのEMTの音というのは、
トーレンスの101 Limitedでの音が最初ということになる。

このころのステレオサウンドの誌面に掲載されている写真は、
私のモノとなったシリアルナンバー102の101 Limitedである。

近々引っ越しをすることになっていたし、記事のためにも撮影が必要ということで、
購入してすぐに持って帰ったわけではなく、しばらくステレオサウンドに置いていた。

そのおかげでノイマンのDSTとDST62を聴くこともできた。

Date: 3月 12th, 2019
Cate: 930st, EMT, MERIDIAN, ULTRA DAC

オーディオの唯一無二のあり方(その2)

トーレンスの創立は1883年で、
創立100周年に記念モデルとしてTD126MkIIIc Centennial が出た。

一年後、101周年モデルととして、EMTの930stをベースとした101 Limitedが出た。
輸入元のノアに、サンプルとして二台入ってきた。
シリアルナンバーは101から始まっていた。

私が買ったのはシリアルナンバー102である。
サンプルで入ったうちの一台である。
もちろんシリアルナンバー101が欲しかったけれど、
「これは売らない」ということで、102番の101 Limitedになった。

21歳だった。

101 Limitedはトーレンス・ブランドだから、
カートリッジはトーレンスのMCH-Iがついていた。

EMTのTSD15をベースに針先をヴァン・デン・ハルにしたモデルである。
TSD15は丸針である。
MCH-Iは超楕円といえる形状になっていた。

最初のうちはMCH-Iで聴いていた。
MCHは、通常のトーンアームで使えるMCH-IIは、
ステレオサウンドの試聴室で何度も聴いている。

針先が最新の形状になった効果は、はっきりと音にあらわれている。
歪みっぽさは少なくなっていたし、高域のレンジも素直にのびている。
そんな感じを受ける。

TSD15は丸針ということからもわかるように、当時としても新しい設計のカートリッジではなかった。
TSD15を愛用されてきた瀬川先生も、
ステレオサウンド 56号に次のようなことを書かれている。
     *
 EMTのTSD(およびXSD)15というカートリッジを、私は、誰よりも古くから使いはじめ、最も永い期間、愛用し続けてきた。ここ十年来の私のオーディオは、ほとんどTSD15と共にあった、と言っても過言ではない。
 けれど、ここ一〜二年来、その状況が少しばかり変化しかけていた。その原因はレコードの録音の変化である。独グラモフォンの録音が、妙に固いクセのある、レンジの狭い音に堕落しはじめてから、もう数年あまり。ひと頃はグラモフォンばかりがテストレコードだったのに、いつのまにかオランダ・フィリップス盤が主力の座を占めはじめて、最近では、私がテストに使うレコードの大半がフィリップスで占められている。フィリップスの録音が急速に良くなりはじめて、はっきりしてきたことは、周波数レンジおよびダイナミックレンジが素晴らしく拡大されたこと、耳に感じる歪がきわめて少なくなったこと、そしてS/N比の極度の向上、であった。とくにコリン・デイヴィスの「春の祭典」あたりからあとのフィリップス録音。
 この、フィリップスの目ざましい進歩を聴くうちに、いつのまにか、私の主力のカートリッジが、EMTから、オルトフォンMC30に、そして、近ごろではデンオンDL303というように、少しずつではあるが、EMTの使用頻度が減少しはじめてきた。とくに歪。fffでも濁りの少ない、おそろしくキメこまかく解像力の優秀なフィリップスのオーケストラ録音を、EMTよりはオルトフォン、それよりはデンオンのほうが、いっそう歪少なく聴かせてくれる。歪という面に着目するかぎり、そういう聴き方になってきていた。TSD15を、前述のように930stで内蔵アンプを通さないで聴いてみてでも、やはり、そういう印象を否めない。
     *
1980年で、こうである。
私が101 Limitedを手に入れたのは1984年である。
私には、瀬川先生のようなTSD15との永い期間のつきあいはない。

そんなこともあって、最初のうちは、MCH-Iがついていてよかった、と素直に喜んでいた。

Date: 3月 11th, 2019
Cate: 930st, EMT, MERIDIAN, ULTRA DAC

オーディオの唯一無二のあり方(その1)

五味先生がEMTの930stについて書かれた文章は、
こんなふうに毎日、オーディオと音楽について書いていると、
無性に読み返したくなることがふいに訪れる。

私のオーディオの出発点となった「五味オーディオ教室」にあった文章が、
特に好きである。
     *
 いわゆるレンジ(周波数特性)ののびている意味では、シュアーV15のニュータイプやエンパイアははるかに秀逸で、EMTの内蔵イクォライザーの場合は、RIAA、NABともフラットだそうだが、その高音域、低音とも周波数特性は劣化したように感じられ、セパレーションもシュアーに及ばない。そのシュアーで、たとえばコーラスのレコードをかけると三十人の合唱が、EMTでは五十人にきこえるのである。
 私の家のスピーカー・エンクロージァやアンプのせいもあろうかとは思うが、とにかく同じアンプ、同じスピーカーで鳴らしても人数は増す。フラットというのは、ディスクの溝に刻まれたどんな音も斉しなみに再生するのを意味するのだろうが、レンジはのびていないのだ。近ごろオーディオ批評家の言う意味ではハイ・ファイ的でないし、ダイナミック・レンジもシュアーのニュータイプに及ばない。したがって最新録音の、オーディオ・マニア向けレコードをかけたおもしろさはシュアーに劣る。
 そのかわり、どんな古い録音のレコードもそこに刻まれた音は、驚嘆すべき誠実さで鳴らす、「音楽として」「美しく」である。あまりそれがあざやかなのでチクオンキ的と私は言ったのだが、つまりは、「音楽として美しく」鳴らすのこそは、オーディオの唯一無二のあり方ではなかったか? そう反省して、あらためてEMTに私は感心した。
 極言すれば、レンジなどくそくらえ!
     *
930stについて、この文章を読んだ時から、アナログプレーヤーは930stしかない──、
中学二年のときに思ってしまった。

だから930stが生産中止になり、
トーレンスから930stのゴールドヴァージョンの101 Limitedが出た時に、
思わず「買います!」と宣言した(というかさせられた)。

自分のモノとしてじっくり聴いてこそ、
五味先生の書かれたことを実感できる。

いま、このことを改めて書いているのは、
私のなかでのメリディアンのULTRA DACは、930stに近い存在、
つまり音楽として美しく鳴らす、というオーディオの唯一無二のあり方だからだ。

少し前に、耳に近い音と心に近い音ということを書いた。
心に近い音とは、音楽として美しく鳴らす、ということであり、
私が最近のオーディオ評論が薄っぺらだと感じる理由も、ここにある。

Date: 1月 21st, 2019
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その30)

ホーン型スピーカーは、過渡特性に優れている、と昔からいわれている。
スピーカーの教科書的な書籍にもそう記述してあるし、
なるほど測定結果をみても、確かにそうだな、と頷けることも事実だ。

それでも私のなかでは、若干の疑問もつねにあった。
ほんとうにホーン型スピーカーは過渡特性に優れているのか、と思ってきた。

けれど、そんなことをいつしか考えないようになっていた。
この20年ほどはそんな感じだった。
そこにメリディアンのULTRA DACを聴いたわけだ。

ここでもくり返すが、ULTRA DACで鳴らすアルテックは、
ホーン臭さを微塵も感じさせない。

そのことについて昨秋から考えていた。
いまのところ仮説にすぎないけれど、結局、ホーン型は過渡特性に優れているからなのだ、と。
そういう直観が、いまはある。

もちろん、ここでいうホーン型とは、きちんと設計、そして製造されたモノのことであり、
なんとなくホーン型のようなスピーカーのことではない。

とにかくきちんとつくられたホーン型スピーカーならば、過渡特性は優秀であり、
その優秀さゆえに、CDプレーヤー全盛時代になり、評価が低くなっていった──、
これも仮説にすぎないのだが、ULTRA DACの音は、こんなことを考えさせてくれる。

CDプレーヤーも、初期の製品にはデジタルフィルターはあまり搭載されていなかった。
マランツ(フィリップス)のCD63には4倍オーバーサンプリングのデジタルフィルターが搭載されていた。

デジタルフィルターは、あっという間に広まった。
デジタルフィルターを搭載していない機種は1980年代後半には存在してなかったはずだ。

けれどこのデジタルフィルターの搭載が、
ホーン型の評価の凋落に関っているのではないのか。

ここでの仮説は、ULTRA DACが、
メリディアンの謳うところの時間軸の精度の高さが事実であるであることが前提である。