Archive for 5月, 2019

Date: 5月 31st, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、MQA-CDのこと(その3)

中野英男氏の「音楽・オーディオ・人びと」に、書いてある。
     *
 つい先頃、私はかねがね愛してやまない若き女流チェリスト——ジャクリーヌ・デュ・プレのベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲演奏のレコードを手に入れた。それは一九七〇年八月、彼女が夫君のダニエル・バレンボイムとエジンバラ音楽祭で共演したライヴ・レコーディングである。エジンバラは私にとって、想い出深い土地でもあった。一九六三年の夏、その地の音楽祭で私は当時彗星の如く楽壇に登場した白面の指揮者イストヴァン・ケルテスのドヴォルザークを聴き、胸の奥に劫火の燃え上るほどの興奮を覚え、何年か後、イスラエルの海岸での不運な死を知って、天を仰いで泪した記憶がある。しかし、デュ・プレのエジンバラ・コンサートの演奏を収めた日本プレスのレコードは私を失望させた。演奏の良否を論ずる前に、デュ・プレのチェロの音が荒寥たる乾き切った音だったからである。私は第三番の冒頭、十数小節を聴いただけで針を上げ、アルバムを閉じた。
 数日後、役員のひとりがEMIの輸入盤で同じレコードを持参した。彼の目を見た途端、私は「彼はこのレコードにいかれているな」と直感した。そして私自身もこのレコードに陶酔し一気に全曲を聴き通してしまった。同じ演奏のレコードである。年甲斐もなく、私は先に手に入れたアルバムを二階の窓から庭に投げ捨てた。私はジャクリーヌ・デュ・プレ——カザルス、フルニエを継ぐべき才能を持ちながら、不治の病に冒され、永遠に引退せざるをえなくなった少女デュ・プレが可哀そうでならなかった。緑の芝生に散らばったレコードを見ながら、私は胸が張り裂ける思いであった。こんなレコードを作ってはいけない。何故デュ・プレのチェロをこんな音にしてしまったのか。日本の愛好家は、九九%までこの国内盤を通して彼女の音楽を聴くだろう。バレンボイムのピアノも——。
 レコードにも、それを再生する装置にも、その装置を使って鳴らす音にも、怖ろしいほどその人の人柄があらわれる。美しい音を作る手段は、自分を不断に磨き上げることしかない。それが私の結論である。
     *
ジャクリーヌ・デュ=プレの演奏を聴くにあたって、
ジャクリーヌ・デュ=プレの病気のことは無関係で聴くのが、
音楽の聴き方として、正しいのかもしれない。

けれど、私がジャクリーヌ・デュ=プレを知ったときすでに、
ジャクリーヌ・デュ=プレは多発性硬化症に冒されて引退していた。

だからといって、
初めてジャクリーヌ・デュ=プレのエルガーのチェロ協奏曲を聴いたとき、
ジャクリーヌ・デュ=プレの病気のことなど頭にはまったくなかった。

聴き終ってからである。
ジャクリーヌ・デュ=プレの病気のこと、ジャクリーヌ・デュ=プレがどういう状況なのか、
そんなことをおもったのは。

中野英男氏が、ジャクリーヌ・デュ=プレの日本盤(LP)を、
二階の窓から庭に投げ捨てられた、その気持はわかる。

ジャクリーヌ・デュ=プレのチェロの音が、《荒寥たる乾き切った音》になってしまっては、
絶対に許せない。

中野英男氏が聴かれた《荒寥たる乾き切った音》とは、
また違う《荒寥たる乾き切った音》を聴いたことがある。

それでも、その音を鳴らしていた人は、
ジャクリーヌ・デュ=プレの演奏は素晴らしい、胸を打つ、という。

感動しているわけだ。
《荒寥たる乾き切った音》でも、その人は感動していた。
その人もオーディオマニアである。

私が求めているジャクリーヌ・デュ=プレと、
その人が出している(鳴らしている)ジャクリーヌ・デュ=プレは、
どちらもジャクリーヌ・デュ=プレなのか……。

それがオーディオだ、というしかないのだろう。

ジャクリーヌ・デュ=プレのエルガーのチェロ協奏曲を、
MQA-CDをメリディアンのULTRA DACで鳴らしたとしよう。

その人は、その音を聴いてなにをおもうのか。

Date: 5月 31st, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、MQA-CDのこと(その2)

ジャクリーヌ・デュ=プレのエルガーのチェロ協奏曲は、
e-onkyoでも配信されている。

ただしジャクリーヌ・デュプレ、ジャクリーヌ・デュ・プレで検索しても、ヒットしない。
Jacqueline du Preでもダメで、
Jacqueline du Préで検索してようやくヒットする。

クラシックの演奏家は、カタカナで入力しても大丈夫なのに、
なぜかジャクリーヌ・デュ=プレは、正しく入力する必要がある。

ワーナーミュージックの音源として、
バレンボイムとのシューマンとサン=サーンスのチェロ協奏曲、
やはりバレンボイムとのドヴォルザークのチェロ協奏曲がある。

FALCとMQAがあり、どちらも96kHz/24ビットである。

エルガーのチェロ協奏曲は? といえば、ないわけではない。
ただ、SRT(Sound Recording Technology)レーベルからの発売である。
エルガーは、WAVとFLACのみで、MQAはない。

ジャクリーヌ・デュ=プレの、バルビローリとのエルガーのチェロ協奏曲は、
ずっと愛聴盤である。

いろんな盤を買っては聴いてきた。
私は、MQAで、ジャクリーヌ・デュ=プレを聴きたい。
となると、MQA-CDに頼るしかない(いまのところは)。

ワーナーミュージックのMQA-CDが発売になれば、
e-onkyoでも、ワーナーミュージックによるエルガーの配信が始まるのかもしれない。

でもいまのところ、告知はない。
ない以上、MQA-CDであり、
ひそかにMQA-CDは192kHz/24ビットなのかもしれない、とも期待している。

Date: 5月 30th, 2019
Cate: High Resolution

MQAのこと、MQA-CDのこと(その1)

二日前の28日に、ワーナーミュージック・ジャパンからも、
7月24日にMQA-CDの第一弾が発売になる、と発表された。

ワーナーミュージックは、e-onkyoのサイトでMQAでの配信を行っている。
けっこうな数のタイトルがMQAで聴けるようになっている。

なので、MQA-CDをそのうち出すであろうとは、多くの人が予想していたと思う。
私もそう思っていたし、今年中にMQA-CDを出す、というウワサもきいていた。

どのタイトルが発売になるのかは、ワーナーミュージック・ジャパンのサイトで確かめてほしい。
私が個人的に喜んでいるのは、ジャクリーヌ・デュ=プレがあることだ。

それにシャルル・ミュンシュのベルリオーズの「幻想」だけでなく、
ブラームスの交響曲第一番がある。

クラシックに関してはEMIの音源を所有しているワーナーミュージックだけに、
期待は大きい。
当然、マリア・カラスもMQA-CDで出てくるはずだし、
個人的にはアニー・フィッシャーもMQA-CDで出してほしい。

今回のタイトル数はさほど多くはない。
それでも、第二弾、第三弾と続いてほしいし、
続くことで、他のメジャーレーベルからもMQA-CDが登場することにつながってほしい。

意外とご存知ない方がいるようなので書いておくが、
MQAはボブ・スチュアートが開発している。
MQA-CDは日本が開発した技術である。

それにしても、今回のワーナーミュージック・ジャパンのMQA-CD発売のニュースに対して、
オーディオ業界の闇のようなものを感じた──、
SNSで、そんな発言をみかけた。

こんなことを投稿する人は、MQA否定派のようである。
それはそれでいい。

なぜか、こういう人は、自分がいいと思っていない技術を、
多くの会社が採用するのには、何かよからぬ理由があるはずだ、と考えるらしい。
そこに、オーディオ業界の闇を感じるのか(陰謀論とかが好きな人なのかも)。

Date: 5月 30th, 2019
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(Made in Japan・その3)

タンノイのウェストミンスターの登場は、1982年。
そのころだと木工職人の人件費は、イギリスよりも日本の法が高い、ということだった。

タンノイは、構造が複雑なエンクロージュアのオートグラフの製造をやめている。
ウェストミンスターは、レクタンギュラー型、コーナー型という違いはあるが、
オートグラフと基本的な構造は同じである。

フロントショートホーンをもち、バックロードホーンでもある。
オートグラフの製造をやめてしまったタンノイが、
ほぼ同じ構造のエンクロージュアのウェストミンスターを製造するということは、
オートグラフの再生産を始めたようなものである。

ティアックによる国産エンクロージュアによるオートグラフもよく出来ていた。
それでも、日本ではオリジナル・エンクロージュア神話(みたいな)がある。

私も、オートグラフを購入するのであれば、イギリス製(オリジナル)エンクロージュアを探す。
そういうものである。

それは、いま以上に、当時のほうが強かったはずだ。
そんななかウェストミンスターが登場したわけだ。

ウェストミンスターの登場は、モノづくりの難しさとともに、
モノづくりを囲む状況の変化といったことも考えさせられる。

この状況は変化している。
私はそれほど、その変化に詳しいわけではないが、
それでも数年ほどではっきりとした変化があるように感じている。

ある時期、中国は世界の工場と呼ばれていた。
けれど、五年ほどくらい前からか、
以前は中国で製造されていたのに、
いつのまにかベトナム、インドネシアに変っていたという例を、
オーディオではないけれど、いくつかのジャンルでいくつも知っている。

Date: 5月 29th, 2019
Cate: ラック, 広告

LOUIS VUITTONの広告とオーディオの家具化(その12)

「長岡鉄男の日本オーディオ史 1950〜82」(音楽之友社)に、
こんなことを書かれている。
     *
 オーディオ誌の最盛期にはライター不足が深刻で、編集者はライター確保にかけずり回った。オーディオ評論家は引っ張りだこ。どの雑誌を見ても同じようなメンバーが顔を並べている。この時期オーディオ・セミナーも大はやりだった。数十人から数百人のマニアを集め、評論家がコンポの使いこなし、比較テストの実演を入れて二時間くらい講義するという形式である。僕も一時は毎月十本ぐらいのセミナーをこなしていたことがある。北は北海道の北見から、南は沖縄まで、東奔西走である。仲間の評論家と同じ飛行機に乗り合わせたり空港ですれ違ったりということも珍しくなかったセミナーにはメーカー主催、販売店主催の二つに大別される。販売店のなかにはデパートもあった。
 メーカー主催というのは単純明快だが、販売店主催というのが曲者だ。チラシや看板を見ると○○株式会社後援とメーカーの名前が小さく書いてある。実はこれが金主なのである。セミナーの費用はバカにならない。僕個人についても、航空運賃込みの旅費、ホテル代、食事代、講演料(これは安い。作家や経済評論家の十分の一だ)が必要。実際にはメーカーの人間も二人は出張して行動を共にする。さらに使用する器材の搬入、セッティング、搬出という仕事もある。チラシの印刷、配布、新聞広告の費用もかかる。これらの費用はすべてメーカーが負担する。その上、販売店にもいくらか渡していたのではなかったかと思う。だから販売店としてはセミナー大歓迎、毎日でもやりたいくらいなのである。例外としてダイエーのセミナーがあった。これは後援メーカーなし、ダイエーが費用を持つのである。メーカー後援のセミナーだと、必ずそのメーカーの器材を使わなければならないが、ダイエーの場合はすべて器材を僕が発注した。それを受けてダイエーがメーカーにあれを持ってこい、これを持ってこいと命令するのである。これはもう至上命令だから二つ返事で従わなければならない。ダイエーにはずいぶんいじめられましたとメーカーがぼやいていた。
     *
寿屋本庄店での瀬川先生の場合も、
ダイエーと同じだったはずだ。

メーカー後援であったはずがない。
そこでは、瀬川先生が選ばれたオーディオ機器が並べられていた。
内容も、どこかのメーカーの製品を中心としたものではなかった。

オーディオマニアからすれば、
ダイエー、寿屋本庄店のやり方のほうが、圧倒的におもしろい。

前回書いているように、ダイエーも寿屋本庄店もオーディオ専門店ではない。
どちらもスーパーである。

Date: 5月 29th, 2019
Cate: オーディオの科学

数学×曲線 〜世界を彩る美しい曲線の不思議〜

昨晩は、東京ガーデンテラス紀尾井町で開催された数学セミナー
「数学×曲線 〜世界を彩る美しい曲線の不思議〜」に行ってた。

昨年11月、
「プロダクトデザインと未来」のテーマで、
川崎和男×深澤直人・対談が、六本木のAXISであった。

このチケットを購入するには、Peatixというアプリを介して、であった。
このアプリがチケット(スマートフォンがチケット)になる。

購入するからには、名前などを登録する。
当然、その後、こんなイベントがあります、というメールが届く。
いままで、それらのメールを、パッと見ては消去していた。

二週間ほど前にも、そんなメールが届いた。
パッと見て消去しようとしたら、
「数学×曲線 〜世界を彩る美しい曲線の不思議〜」の文字に目が留った。
内容をきちんと見たら、おもしろそうな数学セミナーである。

申し込む。
数学セミナーだから、数学を専門とする人を対象としているのかと思ったら、
専門としない人でもいい、みたいなことも書いてあった。

講師は、中島さち子氏。
まったく知らない人だった。

私が知らないだけで、けっこう有名な人である。
ジャズピアニストであり、CDも数枚出されている。

会場は、東京ガーデンテラス紀尾井町である。
この数学セミナーは2017年から定期的に行われている、とのこと。

「数学×曲線」はおもしろかった。
セミナーが終って、Peatixからのメールにきちんと目を通しておけば……、と後悔していた。

東京ガーデンテラス紀尾井町のイベントのページには、
過去の数学セミナーが紹介されている。

今年1月には「数学×音 ~音・音の可視化・フーリエ解析~」が行われている。

この回の案内のメールも、きっと届いていたはず。
なのに見ていなかった。

数学セミナーはこれからも行われる。
毎回、中島さち子氏というわけではないようだが、
半分ほどは中島ちさ子氏のようである。

毎回は無理としても、中島さち子氏のセミナーだけは、きちんと行きたい。
オーディオとは直接関係ないように思われるだろうが、
決してそうではない、といっておく。

Date: 5月 28th, 2019
Cate: 電源

スイッチング電源のこと(その3)

ビクターのM7070、金田式DCアンプ(聴いたことはなかったが)では、
スイッチング電源に対してネガティヴな印象は持たなかった。

この時代、スイッチング電源はメーカーによってはパルス電源とも言っていた。
テクニクスのコンサイスコンポのパワーアンプSE-C01も、
パルス電源(スイッチング電源)採用だった。

M7070とSE-C01とではサイズも重量も大きく違っていた。
スイッチング電源を採用した理由も、おそらく違っていたであろう。

SE-C01は小型化を優先してのスイッチング電源の採用だったはずだ。
このころから他社からもいくつか登場した。
そして、このころからスイッチング電源は音は悪い、という印象が出てき始めた。

1980年代にはいるころには、スイッチング電源は消えてしまったように思われた。
そして数年が経ち、「スイッチング電源なのに……」というふうに印象を変えたのは、
スチューダーのCDプレーヤー、A730ではないだろうか。

それまでは「スイッチング電源だから……」、
そんなネガティヴな捉え方が一般的になっていた。

M7070は、ステレオサウンド 45号の新製品紹介で、井上先生が担当されている。
     *
 M7070は、モノ構成の完全なDCアンプである。電源関係を重視した設計であるために、A−B独立電源のBクラス動作をするパワー段には、一般の商用電源を一度DCに整流した後に数10kHzのパルスに変換し、高周波用トランスで変換してから再び整流してDC電源を得るDクラス電源に、制御系にPWM方式を用い応答速度を高めた定電圧電源が使用されている。これにより、電源の内部インピーダンスを高域まで非常に低くすることが可能となり、電源のレギュレーションは、理想の電源と言われた蓄電池をしのぐものとしている。
     *
ビクターの謳い文句を信じるのであれば、M7070に搭載されたスイッチング電源は、
従来の電源方式では無理な特性を実現するためであり、
特に応答速度の向上がいちばんの目的だったのではないのだろうか。

Date: 5月 27th, 2019
Cate: ラック, 広告

LOUIS VUITTONの広告とオーディオの家具化(その11)

私がこう考えるのは、ずっと以前のオーディオブームにも、その芽がすでにあったからだ。

ここで度々書いている熊本のオーディオ店。
瀬川先生を定期的に招いて、
話題の新製品もかなり早いうちに入荷していた。

トーレンスのReferenceも、SUMOのThe Goldも、この店で初めて聴いた。
この店は、寿屋本庄店という。

熊本に住んでいる(いた)人はご存知だが、寿屋はスーパーである。
寿屋本庄店もそうである。
一階がスーパーだった。

最初、寿屋本庄店に行ったとき、
ここがオーディオ店? と思った。
エスカレーターで二階に上れば、すべてオーディオのフロアーだったし、
電子部品のコーナーもあった。

寿屋本庄店以前は、マツフジ電気があった。
マツフジ電気はすでになくなっているようだが、
ここの母体は松藤という不動産会社であり、
マツフジ電気も、オーディオ専門店では決してなかった。

マツフジ電気の名称からわかるように、電器店である。
マツフジビル一棟が電器店で、その1フロアーがオーディオコーナーであり、
レコードのコーナーもあった(と記憶している)。

つまりマツフジ電気もオーディオだけのオーディオ専門店ではなかった。
けれど、長岡鉄男氏を、私の知る限り、最初に熊本に招いたのは、この店だった。

寿屋本庄店と同じ形態のオーディオ店は、東京にもあった。
ダイエー碑文谷店である。

Date: 5月 27th, 2019
Cate: ラック, 広告

LOUIS VUITTONの広告とオーディオの家具化(その10)

書店に行くと、オーディオ関連のムックを目にすることが増えたことは、
何度か書いている。
書く度に、オーディオブームが来ているのだろうか……、と考える。

インターナショナルオーディオショウも、昨年は、女性の来場者が、
例年よりも多かったように感じた。

いい音への関心が高まりつつあるのは事実だろう。
それによってオーディオブームが来るのかも(来ているのかも)しれない。

けれど、ずっと以前のオーディオブームと同じなわけではないだろう。
オーディオブームが来たら──、
と皮算用しているオーディオ専門店もあるかもしれない。

けれど、ほんとうにオーディオブームが来たとして、
そのオーディオブームを支える人たちは、新しくオーディオに興味をもった人たちのはずだ。

そういう人たちが、果してオーディオ専門店で買うだろうか。
このことは前々からなんとなく考えはいたことだ。

そこにBさん夫妻の話を聞いた。
オーディオブームが来たからといって、
いい音に関心をもつ人のすべてがオーディオマニアを目指すわけではないはずだ。

ここが、ずっと以前のオーディオブームといちばん違ってくる点なのかもしれない。
だとすれば、Bさん夫妻のようにオーディオ専門店ではなく、
ヨドバシで購入する人が、無視できないほど増えていくのかもしれない。

オーディオ店が敬遠されるオーディオブームになるのかもしれない。

ちなみにビックカメラでは以前、とてもイヤな思いを受けたことがあるから、
量販店の代名詞としては、ヨドバシの名前を挙げていく。

Date: 5月 27th, 2019
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(Made in Japan・その2)

試作品の音を、インターナショナルオーディオショウで聴き、
強く感心し強い関心と期待をもったけれど、
完成品として仕上がった、その音に、こんなふうになってしまったのか……、
と個人的にひどくがっかりしたのは、ヤマハのNS5000である。

もっとも私がそう感じているだけで、
多くの人は、試作品のNS5000の音よりも、
完成品のNS5000の音を高く評価しているようだから、
まぁ、それはそれでいいんじゃないか、と思うしかない。

私はNS5000への関心を急速になくしてしまった。
なので、つい最近知ったのだが、
NS5000は、日本製ではなくインドネシア製である。
専用スタンドはマレーシア製である。

そのことを批判したいわけではない。
ちょっと意外だっただけである。

でも、これ以前書いているが、
TADの以前のフロアー型システムは、中国で製造していた。
オーディオアクセサリーだったと思うが、記事にもなっていた。

中国だから、この値段に抑えられている、ということも書いてあったよう気がする。
NS5000もそうなのだろう。

このことに関連して思い出すのは、
タンノイのウェストミンスターが登場したときの話である。

タンノイはオートグラフの製造をやめた。
輸入元のティアックが、承認を得て日本でオートグラフのエンクロージュアを製作するようになった。

そういうことが背景としてあったものだから、
ウェストミンスターが登場したときに、
ステレオサウンド編集部の誰かが、「イギリス製ですか」と訊ねた。

返ってきたのは、
日本でよりも、いまではイギリスで作るほうが安く仕上がる、とのことだった。

Date: 5月 27th, 2019
Cate: ラック, 広告

LOUIS VUITTONの広告とオーディオの家具化(その9)

Bさん夫妻は、どこでオーディオ一式を購入したかというと、
都内のオーディオ専門店ではなく、ヨドバシで、である。

ヤマハの5000番のセパレートアンプ、
B&Wのスピーカーシステム、それに見合うCDプレーヤー、
これだけで四百万円以上にはなる。

これだけの金額のオーディオを、専門店ではなく、
いわゆる量販店とよばれるヨドバシでの購入である。

友人のAさんからBさん夫妻の話を聞いた時から、
なんとなくこうなるんではなかろうか、と思っていた。

オーディオ専門店では買わないのではないか、
そう思っていた。

Bさん夫妻は、これだけの予算をオーディオに割いても、
彼らはオーディオマニアではないから、オーディオも生活家電の一つという認識だ、そうだ。

ならばヨドバシでの購入も十分あり得る──、
というよりも、オーディオ専門店で買いたくなかったのではないだろうか。
そんな気がする。

量販店といっても、ヨドバシの店員はよく勉強している人が多い、と感じている。
先日も、いわゆるウォークマンタイプのポータブルオーディオの買物につきあった。
その時の、比較的若い店員の受け答えは、よく勉強しているな、と感心してしまった。

しかもただ知識を溜め込んでいるだけでなく、
しっかりと自分の考えも、ちらっと、言ってくれる。

ヨドバシの店員全員がそうなのかというと、なんともいえないが、
少なくとも、その若い店員は、
専門店だから、量販店だから,という括りで判断できない。

むしろオーディオ専門店の店員のなかには、
別項「オーディオのプロフェッショナルの条件(その2)」で書いた店員がいたりする。

そんな店員ばかりでないことはわかっていても、
そんな店員はどうしても目立つ。

そんな店員に対しての嗅覚というのは、
オーディオマニアよりも、そうでない人のほうが鋭かったりすることもあるのではないのか。

Bさん夫妻がそうなのかははっきりとはいえないが、
なんとなくそんな感じもする。
だから、オーディオ専門店を避けての、オーディオの購入という選択だったのかもしれない。

Date: 5月 26th, 2019
Cate: 電源

スイッチング電源のこと(その2)

ビクターのM7070の音は、私にはクラシックを聴くための音とは思えなかったが、
だからといって、質が悪いと感じたわけではなかった。

同時代のカートリッジのエンパイアの4000D/III。
このカートリッジに似た印象が、どこかしらあった。

どちらもクォリティの高さをきちんと持っているけれど、
クラシックを聴く者にとっては、その良さがプラスの方向に働いてくれないところがある。

聴く音楽がクラシックでなければ、
4000D/IIIもM7070も、その良さが存分に発揮されるはずだ。

しかも4000D/IIIとM7070をもってきての組合せは、
一度聴いてみたかった、と思わせる。

何がいいたいかというと、M7070の印象が、
私の場合、スイッチング電源の印象につながっている。

次にスイッチング電源を採用したアンプで思い出すのは、
無線と実験での、金田明彦氏の発表されたアンプだった。

私が読み始めたころは、金田式DCアンプには、
タムラ製のトロイダルトランスが使われていた。

それが乾電池に代っていった。
ナショナルの乾電池で、より高い電圧を得るために、
乾電池と増幅部とのあいだにスイッチング電源をいれ、昇圧していた。

そのころの無線と実験はとっくに手元からなくなっていて、
記憶も少し曖昧なところもあるが、
スイッチング電源の周波数の重要性に言及されていた。

どのくらいの値だったのかは忘れてしまっているが、
20kHzよりは高い周波数だった。
M7070の35kHzよりも高かったように記憶している。

より高い周波数で動作させてこそのスイッチング電源なのか、と、
そのころ思っていたし、
M7070の35kHzが70kHz、さらには100kHzになっていたら、
M7070の音はさらに磨かれていくのでは……、そんなことも考えながら、
そのころは金田明彦氏の記事を読んでいた。

Date: 5月 25th, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その41)

自己表現と自己満足。
違うけれど、近くもある。

オーディオは自己表現だ、と声高に叫び、自己満足する。
そんな人がけっこういるのを感じている。

オーディオ機器の自作は、アンプであれスピーカーであれ、
自己表現と自己満足が、
これ以上くっつきようのないくらいに接近してしまうところを内包している。

別項で書いている300Bプッシュプルアンプは、
まさに自己満足のために考えている。
とはいっても、自己表現のためのアンプではない。

別項で書いているように、3月と5月のaudio wednesdayで、
自作の電源コードを使って鳴らした。

3月に使ったのはCDプレーヤー用で、
5月に使ったのはアンプ用で、少し太めである。

この二本の電源コードは、ある人のところで鳴っている。
試してみてください、と貸し出していた。

「手放せない存在になってしまった」と連絡があった。

audio wednesdayで鳴らしているので、ある程度の手応えはあった。
それでも「手放せない存在」といわれると、やっぱり嬉しくなるわけだが、
この嬉しくなるというのは、自己満足なのか、と思ってしまう。

自分のために作り、自分一人で聴いて、いい音が出た──、
というのは、自己満足である。
しかも、それを誰かが聴いて、あまりいい音ではない、という感想が返ってきたら、
完全な自己満足である。

今回の電源コードは、「手放せない存在」といってくれる人がいる。
それでも、自己満足なのか、と思ってしまうところがある。

Date: 5月 25th, 2019
Cate: 電源

スイッチング電源のこと(その1)

私の記憶の範囲内では、
スイッチング電源を最初に採用したアンプは、ビクターのM7070である。

M7070のスイッチング電源は、アンプ全体を小型軽量化するためのものではなく、
従来の電源方式では得られない供給能力を目指しての才能だった──、
と当時読んでいた電波科学での記事からの印象である。

その記事には、木の板、コンクリートの板、鉄の板のイラストがあった(はずだ)。
それぞれの板に、上からボールを落としているイラストだった。

板の材質が、アンプの電源の容量を表していた。
ひ弱な電源が木の板で、従来の方式でのしっかり作られた電源がコンクリートの板。

ビクターは、スイッチング電源でのみ鉄の板の強度を実現できた、と説明していた。
細部で記憶違いはあると思うが、こんなふうな説明がなされていた。

なるほど、と感心しながら読んでいた。
M7070は、瀬川先生が定期的に来られていた熊本のオーディオ店で聴いている。
瀬川先生は、そのとき「THE DIALOGUE」を鳴らされた。

他のアンプでは聴けないかも……、と思わせるほど、
パルシヴな音の鋭さは見事だった。

音を聴いて、またなるほど、と感心していた。
確かに、これは鉄板の音だ、と感じていたからだ。

M7070の音は、快感ですらあった。
でもクラシックは、このアンプでは聴けないな、とも感じていたけれど、
スイッチング電源の可能性は、小型軽量の方向ではなく、
従来の電源と同程度の容積で構成してこそ良さが活きてくるのかも、と考えた。

スイッチング電源は、なかなか普及しなかった。
M7070のスイッチング周波数は35kHzと、可聴帯域よりもほんのわずかだけ上だった。
当時としては、このへんが上限だったのだろう。

Date: 5月 25th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その22)

パッシヴ型のデヴァイダーでは、
ラグ端子を使い、部品のリード線がしっかりと絡むようにした上でのハンダ付けだった。

つまりハンダ付けをしなくとも音は出る(信号が流れる)状態での、
ハンダの量による音の違いが生じたわけである。

その理由について、ある仮説をもっているけれど、
いまのところ公表するつもりはない。

大事なのは、ハンダの量で音は変る、ということである。
とはいうものの、パッシヴ型のデヴァイダーを作ってから、
けっこう年月が経っている。

その間にどれだけのハンダ付けをしてきたかというと、
やっていない、といったほうがいいくらいでしかない。

ハンダ付けがヘタになった、と自覚している。
こんな腕前では、ハンダの量を、ハンダ付けの箇所すべてできちんとコントロールできるわけがない。

そうなると、300Bのプッシュプルアンプを作る前に、
少なくとも一台は、ハンダ付けの勘を取り戻すために作る必要性を感じている。

私は、真空管アンプ自作マニアではない。
何台も何台も、真空管アンプを自作して、手元に置きたいわけではない。

一台の、300Bプッシュプルアンプが欲しい。
満足できる300Bプッシュプルアンプが欲しいだけである。

市販されているモノに、残念ながら満足できないから、
自作するしかないと思っているだけである。

100%満足できるモノを、市販品に求めているわけではない。
70%くらい満足できれば、充分だと思っているにも関らず、
それでも見当たらないのが現状である。

もっとも、このことは私にとって──、ということでしかない。

ならば300Bプッシュプルアンプの前に、どんなアンプを作るのか。
大袈裟なモノにはしたくない。

ステレオ仕様(300Bプッシュプルアンプはモノーラル仕様の予定)で、
出力管は6V6あたりにしようかな、と思っている。

ならばウェストレックスのA10と同じ回路構成で、となる。
つまり伊藤先生の349Aプッシュプルアンプを、
349Aではなく出力管を6F6にして──、そんなことを考えている。