Archive for category 映画

Date: 3月 5th, 2019
Cate: 映画

Alita: Battle Angel(その3)

「アリータ: バトル・エンジェル」を公開三日後に観に行ったのは、
IMAX 3Dで観たかったからにほかならない。

もちろんいまもIMAX 3Dで上映している。
けれど上映回数は先週よりもかなり減っている。

私が観たTOHOシネマズ日比谷では、9時10分の回だけになってしまっている。
そう、IMAX 3Dで観たいと思った映画は、早めにいったほうが確実である。

これまでIMA 3DはTOHOシネマズ新宿で観ていた。
今回TOHOシネマズ日比谷で観て、新宿より日比谷のほうがいいのでは? と感じた。

同じ映画を観ての比較ではない。
なのでいいかげんな印象といわれればそうである。
それでも映画本編の前に流れるIMAXのデモ(短い時間のもの)が、
これまで以上に鮮明で、すぐ目の前まで迫ってくる。

TOHOシネマズ日比谷で観て、こんなにすごかったかな、と感じていた。
TOHOシネマズ新宿よりもTOHOシネマズ日比谷のほうが新しい。

設備がどの程度違うのか詳細は知らない。
まったく同じではないと思う。

とにかくTOHOシネマズ日比谷で「アリータ: バトル・エンジェル」を観てよかった、と思っている。

Date: 3月 2nd, 2019
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その6)

(その5)で、THE NORTH FACEの店舗にマッキントッシュのC22が使われていることを書いた。
意外なところで、意外なオーディオ機器が使われていたりすると、オッと思う。

3月21日に、新宿のタワーレコードの10階にTOWER VINYL SHINJUKUがオープンする。
クラシック以外のアナログディスク専門店である。

オープンを告知しているタワーレコードのページには、店内のイラストがある。
そのイラストに描かれているスピーカーは、アルテックのA7であり、JBLである。
どちらも大型のホーンを搭載したモデルだ。

ほんとうに、これらのスピーカーが置かれるのか。
21日になってみないことにはわからないが、
まったく関係ないスピーカーを描くとは思えない。

TOWER VINYL SHINJUKUがオープンすることで、
新宿のタワーレコードのクラシック売場はかなり狭くなる。
それは残念なことだけど(渋谷店に行けばいいことだ)、
アルテック、JBLのスピーカーが、TOWER VINYL SHINJUKUで鳴るのであれば、
新宿のタワーレコードに足を運ぶ回数は増えそうだ。

Date: 3月 1st, 2019
Cate: 映画

Alita: Battle Angel(その2)

人はどうして眠らなくてはならないんだろう。
眠らずにで済むのなら、どんなにいいか──、
こんなことを割と言う人を知っている。

そんな彼に、眠らずに済んだとしても、
人が起きていられるトータルの時間は、
眠って過ごすも眠らずに過ごすも同じだと仮定して、
眠らなかったら、その分、早く死ぬわけでしょう。
それでもいいのか──、
と問うたことがある。

70まで生きられるとしよう。
三分の一を睡眠時間に必要だとして、
まったく眠らずに過ごした場合、
70の三分の一だけ寿命は縮まるわけだ。

約23年くらい早く死ぬわけで、47ぐらいとなる。

眠らずに済むのならば、その方がいい、と彼は言っていた。
彼は眠ることを嫌っていたようだった。

ずっと眠らずにすんで、47ぐらいで死ぬ。
きちんと眠って70まで生きる。
どちらを選択するのかは、その人次第で、私は彼と違い後者を選ぶ。

「アリータ: バトル・エンジェル」は、完成までほぼ20年かかっている。
眠らずにすむ人生を選んでいたら(そんなことが可能だとして)、
「アリータ: バトル・エンジェル」を観ることができなかったかもしれない。

「アリータ: バトル・エンジェル」をIMAX 3Dで観ると、
20年前では実現不可能だった、と思う。

Date: 2月 25th, 2019
Cate: 映画

Alita: Battle Angel(その1)

「アリータ: バトル・エンジェル」を、IMAX 3Dで観た。
この映画は、マンガ「銃夢(がんむ)」が原作。

1990年代、「銃夢」が読みたくて掲載誌のビジネスジャンプを買っていた。
連載が終って数年後、ハリウッドで実写化されるというウワサがあった。

しばらくして、ジェームズ・キャメロンが手がける、というウワサも出てきた。
本当なのかな……、と疑っていたら、2000年だったか、発表になった。

けれどほとんど音沙汰なしだった。
立ち消えになったのか……、となかば諦めていた。

それが数年前に、ほんとうにやっていることがわかった。
そして昨年、予告編が見られるようになった。

まだ日本語字幕のついていない予告編を、iPadで見た。
期待外れかも……、と思うところもあった。

iPadだから、そんなに画面が大きいわけではない。
音はイヤフォンで聴いた。

それでも面白い映画は、そうやって見た予告編でも、観に行きたい、と思わせる。
「アリータ: バトル・エンジェル」は、そこまでの気持にはなれなかった。

なのに22日公開の映画を、三日後に観た。

二年前に「GHOST IN THE SHELL」が公開になった。
「GHOST IN THE SHELL」に関しても、インターネットでの予告編でがっかりしながらも、
IMAX 3Dで観た。

観て驚いた。
そのことがあったから、
今回も「GHOST IN THE SHELL」と同じように感じるのかも──、という期待をもっていた。

「アリータ: バトル・エンジェル」も観て驚いた。
その驚きは、「GHOST IN THE SHELL」よりも大きかった。

Date: 2月 25th, 2019
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その5)

ミッドタウン日比谷の二階に、THE NORTH FACEの店舗がある。
今日、この店舗の前を通ったら、レジのところに意外なモノがあった。

こんなところに、こんなモノが! と多くの人が思うはずだ。
マッキントッシュのC22が、そこにあった。
飾られていたわけではなく、電源は入っていた。

店内には音楽が流れていたから、
C22はそのためのコントロールアンプである。

パワーアンプは見えなかったけれど、
スピーカーはタンノイのIIILZだった(グリルが多少違っていたけれど、そのはずだ)。

THE NORTH FACEのブランドイメージと、
これらのオーディオ機器とが、私のなかでは結びつかないだけに、
映画やドラマのなかに、意外なオーディオ機器が登場してくるのに近い感じを受けた。

Date: 1月 1st, 2019
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その4)

映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、
1970年年代初頭から1985年のライブエイドまでが描かれているから、
この映画に登場するオーディオ機器も、時代によって違っている。

EMIの重役レイ・フォスターのオフィスでのシーン。
そこにあったのはガラードの401にSMEのトーンアームの組合せ。
時代的にもイギリスということもあって、ガラードとSMEなのか、やっぱりと納得するものの、
401のついている三つのツマミの真ん中を反時計方向に廻すシーンがある。

そんなことしたら回転数が遅くなってしまう……、と思っていたら、
音量が小さくなっていった。
そのツマミはピッチコントロールであって、レベルコントロールじゃないのに……、
とオーディオマニアなら誰しも思っていただろう。

フレディ・マーキュリーが数年ぶりにクイーンのメンバーと会うシーンでは、
1985年ということもあってCDプレーヤーがある。
メリディアンのMCDが、そこにあった。

ちらっと映し出されるとはいえ、何度か登場する。

Date: 12月 30th, 2018
Cate: 映画

MARIA BY CALLAS(その2)

《多くのひとは、大輪の花をいさぎよく愛でる道より、その花が大輪であることを妬む道を選びがちです。あなたも、不幸にして、妬まれるに値する大輪の花でした》
と黒田先生は、「音楽への礼状」で書かれていた。

「MARIA BY CALLAS」を観ていると、このことをまざまざと見せつけられる──、
といっていいだろう。

こうも続けて書かれていた。
     *
 あなたは、ノルマであるとか、トスカであるとか、表面的には強くみえる女をうたうことを得意にされました。しかしながら、あなたのうたわれたノルマやトスカがききてをうつのは、あなたが彼女たちの強さをきわだたせているからではなく、きっと、彼女たちの内面にひそむやさしさと、恋する女の脆さをあきらかにしているからです。
 ぼくは、あなたのうたわれるさまざまなオペラのヒロインをきいてきて、ただオペラをきく楽しみを深めただけではなく、女のひとの素晴らしさとこわさをも教えられたのかもしれませんでした。今でも、ぼくは、あなたのうたわれたオペラをきいていると、あのときのあなたの寂しげな微笑を思い出し、あの朝、あなたは神になにを祈られたのであろう、と思ったりします。
     *
私は、マリア・カラス(MARIA BY CALLAS)」を観て感じるのは、
恋する女の脆さをあきらかにできるのは、
マリア・カラスその人をあきらかにしているからだ、ということだ。

黒田先生が書かれている《あのときのあなたの寂しげな微笑》、
映画のなかにも出てきたようにおもう。

Date: 12月 29th, 2018
Cate: 映画

MARIA BY CALLAS(その1)

最初に「私は、マリア・カラス」と日本語のタイトルが映し出される。
そのあとに映画本編が始まる。

本編の最初にスクリーンに映し出されるのは、
原題の「MARIA BY CALLAS」である。

1970年、アメリカのテレビ番組のインタヴューから始まる。
何度もダビングを繰り返したような細部のつぶれた画質である。

このテレビ番組のインタヴューは、映画のなかで何度か出てくる。
映画も終りに近づいたころ、もう一度登場する。

マリア・カラスが「自分勝手な祈りをするの」というシーンがある。
どんなことを祈っているのかは、映画を観てほしいのだが、
話し終ったあとにみせるマリア・カラスの表情が、茶目っ気とでもいおうか、
それまでのマリア・カラスの表情からは想像し難いものだった。

ダビングを繰り返したような画質なのが残念といえばそうなのだが、
そんな画質であっても、「MARIA BY CALLAS」には欠かせない一コマのように思えた。
それほど印象的である。

「MARIA BY CALLAS」を観ていて、
こんなにもカラスの映像が残っているのか、ということにも驚く。
いまの時代を生きていた人ではない。

1977年にカラスは亡くなっている。
スマートフォンもデジタルカメラもなかった時代である。
カメラも大きく重かった時代である。

それでもこれだけの映像が残っている、ということは、
映画に使われなかった映像はあるわけでは、全体ではどれだけ残されているのか。

マリア・カラスがどれだけ注目の的だったのかが、窺いしれる。
1958年1月のローマ歌劇場での「ノルマ」の、第一幕での気管支炎による降板を、
当時のマスコミがどのように報じたかも含めて考えると、
マリア・カラスの存在は、いったいどういうことだったのか──、とおもう。

映画では、たびたびカラスのプライベートな手紙が、
ファニー・アルダンの朗読によって読まれる。

そこで何度か出てくるウォルターとは、おそらくウォルター・レッグのことなのだろう。
ウォルター・レッグは「レコードうら・おもて」で、
《カラスの輝かしさはダイヤモンドのそれであって、太陽の輝きではなかった》
と書いている。

だからだったのだろうか……。

Date: 11月 2nd, 2018
Cate: 映画

バルバラ セーヌの黒いバラ

「私は、マリア・カラス」が12月21日から上映されるのを楽しみにしていたら、
その前にバルバラの映画「バルバラ セーヌの黒いバラ」が11月16日から上映になる。

バルバラの映画のあとには、アストル・ピアソラの映画も公開になる。
ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」である。12月1日からだ。

三本、どれも見逃せない。

Date: 10月 26th, 2018
Cate: 映画

私は、マリア・カラス

私は、マリア・カラス」が12月21日から上映される。

マリア・カラスについては書くつもりはないし、
映画についても、特に書こうと思っているわけでもない。

マリア・カラスの声の再生の難しさを、ずっと感じてきている。
それだけを書きたかった。

1977年に、カラスが亡くなったとき、テレビでもニュースをやったと記憶している。
40年以上前のことだから正確ではないのはわかっているが、
約十年後のカラヤンが亡くなったときよりも、大きく扱われていたような印象が残っている。

マリア・カラスの声は好き嫌いがあるのかもしれない。
嫌いとまではいかなくとも、ちょっと苦手という人がいても、そうかと思ってしまう。

でも、そういう人でも、カラスの声は、記憶に残ってしまう、と思っている。
カラスの再来といわれた歌手もいた。
多くの歌手が登場し、録音し、それらの何割かは聴いている。

それらのなかにあっても、カラスの声(歌)は輝いている。
その独特の輝きによって、脳裏に焼きつくのかも、と思いながらも、
カラスの声は、ほんとうにこんな声なのか、という疑問もつねにあった。

EMIのスタジオ録音でのカラスの声は、LPで聴いてもCDで聴いても、
つねにそんな感じが、つきまとってきている。

あれはいつだったか、カラスのライヴ録音の海賊盤(CD)が出た。
なんとはなしに買って聴いて、これがカラスの声なんだ、と思い、
やっぱり、とも思ったことがある。

特に録音が良かったわけではない、むしろややひどい方だった。
でも、それだけにストレートにカラスの声をとらえていたようにも感じた。

カラスの声についての自分なりの結論が出ているわけではない。
MQAで配信されている。
まだ聴いていない。

12月にはULTRA DACで聴けるであろう。
映画もある。
そのあたりで、結論といえそうなところに行けるだろうか。

Date: 7月 28th, 2018
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(映画性とは)

ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)」を数日前に観てきた。
もう少し早く行きたかったけれど、うだるような暑さに負けて延ばし延ばしにしていた。

以前書いているように1984年に公開されたとき、映画館で二回観た。
その後もレーザーディスクでも観ていたし、
最近ではHuluやAmazon Prime Videoでも観られる。

なのでけっこうな回数観ている。
最初と最後の、ダイアン・レイン扮するエレン・エイムのライヴシーンだけに限っていえば、
さらに観ている。

それをまた映画館に観に行った。
前日にもAmazon Prime Videoで観てたから、
もう字幕ナシでも楽しめるかもしれない──、
そんなふうにいえるくらい観ている。

同じ料金を払うのなら、最新の映画を観た方がいい、とは私も思う。
それでも「ストリート・オブ・ファイヤー」を映画館で観る機会は、
私が生きている間はもうないだろう。

それに一本くらいは、こういう映画があってもいいじゃないか、
そんな理由にもならない理由をつけて行っていた。

今回上映しているシネマート新宿は300人ほどの劇場だ。
当時観た新宿プラザよりも小さい。

それでも始まれば、夢中になっていた。
何度観ても飽きないシーンから「ストリート・オブ・ファイヤー」は始まる。

ラストもよかった。
ここも何回観たかわからないほど観ているのに、うるっとしそうになった。

そういえば、この映画、淀川長治氏が高く評価されていたことも思い出した。
「ストリート・オブ・ファイヤー 淀川長治」で検索すると、確かにそうだった。

1984年の外国映画のベスト10でも選ばれている。
六番目に「ストリート・オブ・ファイヤー」がいる。
その前がウッディ・アレン監督の「カメレオンマン」だ。

《ことしのアメリカ映画の収穫は「カメレオンマン」の頭脳に迫る「ストリート・オブ・ファイヤー」の映画感覚》
とある。

2017年1月に書いた『「音楽性」とは(映画性というだろうか・その11)』のことを思い出した。

ステレオサウンド 130号、勝見洋一氏の連載「硝子の視た音」の八回目の最後に、こうある。
     *
 そしてフェリーニ氏は最後に言った。
「記憶のような物語、記憶のような光景、記憶のような音しか映画は必要としていないんだよ。本当だぜ、信じろよ」
     *
このフェリーニの言葉が、「ストリート・オブ・ファイヤー」にぴったりとはまる。

Date: 7月 20th, 2018
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(明日から再上映)

1984年の映画「ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)」が、
明日(7月21日)からデジタルリマスター、5.1チャンネル版で再上映される。

「ストリート・オブ・ファイヤー」については、
昨年12月、今年4月にも書いている。

超大作でもないし、アメリカではあまりヒットしなかった、とも聞いている。
三部作の予定だったのが、アメリカでの不振で続編は制作されなかった。

そんな映画には見向きもしない人たちがいるけれど、
この映画のことを、いまも何かのきっかけで熱く語る人もいる。

そういう人がいるから、34年も経っての再上映だと思っている。

Date: 4月 23rd, 2018
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(再上映)

ストリート・オブ・ファイヤー」のことは、昨年末に書いた。
もう一度、映画館でエレン・エイムの歌のシーンを観たい、と思いながら書いていた。

東京でも名画座は減っていく。
映画館で再上映されることはまずない、と諦め切っていた。

なのに7月21日から、デジタルリマスターで、5.1チャンネルでの再上映が始まる。
新宿のシネマートから始まり、全国で順次ロードショーということだ。

1984年、コマ劇場のところにあった新宿プラザで、
「ストリート・オブ・ファイヤー」は観ている。
かなり大きなスクリーンの映画館だった。

シネマートは、新宿プラザほどは大きくない。
それでもいい、もう一度映画館で観られるのだから。

Date: 12月 10th, 2017
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)

1984年に公開された「ストリート・オブ・ファイヤー」。
先月やっとBlu-Rayでの発売。

アメリカでは数年前から出ていたのに、なぜか日本ではなかなか発売されず。

「ストリート・オブ・ファイヤー」は映画館で二度観た、初めての映画だった。
20代のころ、休日は映画館のハシゴをしていた。
一日に三本観ていた。

新宿が主だった。
紀伊国屋書店の裏にチケット売場があって、
そこには新宿の映画館の上映時間がホワイトボードに書いてあった。

それを見て、上映時間と終了時間を確認して、その日に観る映画と順番を決めていた。
とにかく一本でも多くの映画を観たい、と思っていた時期だった。

にもかかわらず「ストリート・オブ・ファイヤー」だけは一週間もしないうちに、
もう一度観に行った。
行きたくて行きたくて、新しい、まだ観てない映画よりも、
数日前に観たばかり「ストリート・オブ・ファイヤー」を優先してしまった。

あのころは、なぜ、そこまでして二度観たかったのか、わからなかった。
いまはわかる。

「ストリート・オブ・ファイヤー」は、
ダイアン・レイン演ずるエレン・エイムのステージから始まる。
ラストもエレン・エイムのステージで終る。

結局、エレン・エイムの歌を、もう一度聴きたかったのだ。
「ストリート・オブ・ファイヤー」が、初めて買ったサウンドトラック盤でもある。

まだLPの時代だった。

いまはHuluでも公開しているので、
iPhoneがあれば、いつでもどこででも観ることができる。

エレン・エイムの歌(ダイアン・レインが歌っているわけではない)を聴きたくなったら、
CDはあるから、それを聴けばいいのだが、
Huluで、そのシーンだけ観る(聴く)方が楽しい。

Date: 12月 24th, 2016
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その3)

アメリカの音楽産業を描いたドラマは、もうひとつある。
Empire 成功の代償」である。

現在のアメリカの音楽産業が描かれている。
ここに登場するレコード会社の社内にも、オーディオ機器はもちろんある。

1970年代ではデモ音源はテープだった。
カセットテープかオープンリールテープ。
レコード会社の社員の机にはカセットデッキがある。

いまはテープによる持ち込みはない。
USBメモリーかCD-R。
レコード会社の社員の机からテープデッキはなくなり、パソコンが置かれている。

1970年代の「VINYL ─ヴァイナル─」と現在の「Empire 成功の代償」のあいだは40年。
この比較をしながら、ふたつのドラマを見ていくのも、オーディオマニアとしては楽しい。