Archive for category 映画

Date: 1月 1st, 2019
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その4)

映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、
1970年年代初頭から1985年のライブエイドまでが描かれているから、
この映画に登場するオーディオ機器も、時代によって違っている。

EMIの重役レイ・フォスターのオフィスでのシーン。
そこにあったのはガラードの401にSMEのトーンアームの組合せ。
時代的にもイギリスということもあって、ガラードとSMEなのか、やっぱりと納得するものの、
401のついている三つのツマミの真ん中を反時計方向に廻すシーンがある。

そんなことしたら回転数が遅くなってしまう……、と思っていたら、
音量が小さくなっていった。
そのツマミはピッチコントロールであって、レベルコントロールじゃないのに……、
とオーディオマニアなら誰しも思っていただろう。

フレディ・マーキュリーが数年ぶりにクイーンのメンバーと会うシーンでは、
198年ということもあってCDプレーヤーがある。
メリディアンのMCDが、そこにあった。

ちらっと映し出されるとはいえ、何度か登場する。

Date: 12月 30th, 2018
Cate: 映画

MARIA BY CALLAS(その2)

《多くのひとは、大輪の花をいさぎよく愛でる道より、その花が大輪であることを妬む道を選びがちです。あなたも、不幸にして、妬まれるに値する大輪の花でした》
と黒田先生は、「音楽への礼状」で書かれていた。

「MARIA BY CALLAS」を観ていると、このことをまざまざと見せつけられる──、
といっていいだろう。

こうも続けて書かれていた。
     *
 あなたは、ノルマであるとか、トスカであるとか、表面的には強くみえる女をうたうことを得意にされました。しかしながら、あなたのうたわれたノルマやトスカがききてをうつのは、あなたが彼女たちの強さをきわだたせているからではなく、きっと、彼女たちの内面にひそむやさしさと、恋する女の脆さをあきらかにしているからです。
 ぼくは、あなたのうたわれるさまざまなオペラのヒロインをきいてきて、ただオペラをきく楽しみを深めただけではなく、女のひとの素晴らしさとこわさをも教えられたのかもしれませんでした。今でも、ぼくは、あなたのうたわれたオペラをきいていると、あのときのあなたの寂しげな微笑を思い出し、あの朝、あなたは神になにを祈られたのであろう、と思ったりします。
     *
私は、マリア・カラス(MARIA BY CALLAS)」を観て感じるのは、
恋する女の脆さをあきらかにできるのは、
マリア・カラスその人をあきらかにしているからだ、ということだ。

黒田先生が書かれている《あのときのあなたの寂しげな微笑》、
映画のなかにも出てきたようにおもう。

Date: 12月 29th, 2018
Cate: 映画

MARIA BY CALLAS(その1)

最初に「私は、マリア・カラス」と日本語のタイトルが映し出される。
そのあとに映画本編が始まる。

本編の最初にスクリーンに映し出されるのは、
原題の「MARIA BY CALLAS」である。

1970年、アメリカのテレビ番組のインタヴューから始まる。
何度もダビングを繰り返したような細部のつぶれた画質である。

このテレビ番組のインタヴューは、映画のなかで何度か出てくる。
映画も終りに近づいたころ、もう一度登場する。

マリア・カラスが「自分勝手な祈りをするの」というシーンがある。
どんなことを祈っているのかは、映画を観てほしいのだが、
話し終ったあとにみせるマリア・カラスの表情が、茶目っ気とでもいおうか、
それまでのマリア・カラスの表情からは想像し難いものだった。

ダビングを繰り返したような画質なのが残念といえばそうなのだが、
そんな画質であっても、「MARIA BY CALLAS」には欠かせない一コマのように思えた。
それほど印象的である。

「MARIA BY CALLAS」を観ていて、
こんなにもカラスの映像が残っているのか、ということにも驚く。
いまの時代を生きていた人ではない。

1977年にカラスは亡くなっている。
スマートフォンもデジタルカメラもなかった時代である。
カメラも大きく重かった時代である。

それでもこれだけの映像が残っている、ということは、
映画に使われなかった映像はあるわけでは、全体ではどれだけ残されているのか。

マリア・カラスがどれだけ注目の的だったのかが、窺いしれる。
1958年1月のローマ歌劇場での「ノルマ」の、第一幕での気管支炎による降板を、
当時のマスコミがどのように報じたかも含めて考えると、
マリア・カラスの存在は、いったいどういうことだったのか──、とおもう。

映画では、たびたびカラスのプライベートな手紙が、
ファニー・アルダンの朗読によって読まれる。

そこで何度か出てくるウォルターとは、おそらくウォルター・レッグのことなのだろう。
ウォルター・レッグは「レコードうら・おもて」で、
《カラスの輝かしさはダイヤモンドのそれであって、太陽の輝きではなかった》
と書いている。

だからだったのだろうか……。

Date: 11月 2nd, 2018
Cate: 映画

バルバラ セーヌの黒いバラ

「私は、マリア・カラス」が12月21日から上映されるのを楽しみにしていたら、
その前にバルバラの映画「バルバラ セーヌの黒いバラ」が11月16日から上映になる。

バルバラの映画のあとには、アストル・ピアソラの映画も公開になる。
ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」である。12月1日からだ。

三本、どれも見逃せない。

Date: 10月 26th, 2018
Cate: 映画

私は、マリア・カラス

私は、マリア・カラス」が12月21日から上映される。

マリア・カラスについては書くつもりはないし、
映画についても、特に書こうと思っているわけでもない。

マリア・カラスの声の再生の難しさを、ずっと感じてきている。
それだけを書きたかった。

1977年に、カラスが亡くなったとき、テレビでもニュースをやったと記憶している。
40年以上前のことだから正確ではないのはわかっているが、
約十年後のカラヤンが亡くなったときよりも、大きく扱われていたような印象が残っている。

マリア・カラスの声は好き嫌いがあるのかもしれない。
嫌いとまではいかなくとも、ちょっと苦手という人がいても、そうかと思ってしまう。

でも、そういう人でも、カラスの声は、記憶に残ってしまう、と思っている。
カラスの再来といわれた歌手もいた。
多くの歌手が登場し、録音し、それらの何割かは聴いている。

それらのなかにあっても、カラスの声(歌)は輝いている。
その独特の輝きによって、脳裏に焼きつくのかも、と思いながらも、
カラスの声は、ほんとうにこんな声なのか、という疑問もつねにあった。

EMIのスタジオ録音でのカラスの声は、LPで聴いてもCDで聴いても、
つねにそんな感じが、つきまとってきている。

あれはいつだったか、カラスのライヴ録音の海賊盤(CD)が出た。
なんとはなしに買って聴いて、これがカラスの声なんだ、と思い、
やっぱり、とも思ったことがある。

特に録音が良かったわけではない、むしろややひどい方だった。
でも、それだけにストレートにカラスの声をとらえていたようにも感じた。

カラスの声についての自分なりの結論が出ているわけではない。
MQAで配信されている。
まだ聴いていない。

12月にはULTRA DACで聴けるであろう。
映画もある。
そのあたりで、結論といえそうなところに行けるだろうか。

Date: 7月 28th, 2018
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(映画性とは)

ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)」を数日前に観てきた。
もう少し早く行きたかったけれど、うだるような暑さに負けて延ばし延ばしにしていた。

以前書いているように1984年に公開されたとき、映画館で二回観た。
その後もレーザーディスクでも観ていたし、
最近ではHuluやAmazon Prime Videoでも観られる。

なのでけっこうな回数観ている。
最初と最後の、ダイアン・レイン扮するエレン・エイムのライヴシーンだけに限っていえば、
さらに観ている。

それをまた映画館に観に行った。
前日にもAmazon Prime Videoで観てたから、
もう字幕ナシでも楽しめるかもしれない──、
そんなふうにいえるくらい観ている。

同じ料金を払うのなら、最新の映画を観た方がいい、とは私も思う。
それでも「ストリート・オブ・ファイヤー」を映画館で観る機会は、
私が生きている間はもうないだろう。

それに一本くらいは、こういう映画があってもいいじゃないか、
そんな理由にもならない理由をつけて行っていた。

今回上映しているシネマート新宿は300人ほどの劇場だ。
当時観た新宿プラザよりも小さい。

それでも始まれば、夢中になっていた。
何度観ても飽きないシーンから「ストリート・オブ・ファイヤー」は始まる。

ラストもよかった。
ここも何回観たかわからないほど観ているのに、うるっとしそうになった。

そういえば、この映画、淀川長治氏が高く評価されていたことも思い出した。
「ストリート・オブ・ファイヤー 淀川長治」で検索すると、確かにそうだった。

1984年の外国映画のベスト10でも選ばれている。
六番目に「ストリート・オブ・ファイヤー」がいる。
その前がウッディ・アレン監督の「カメレオンマン」だ。

《ことしのアメリカ映画の収穫は「カメレオンマン」の頭脳に迫る「ストリート・オブ・ファイヤー」の映画感覚》
とある。

2017年1月に書いた『「音楽性」とは(映画性というだろうか・その11)』のことを思い出した。

ステレオサウンド 130号、勝見洋一氏の連載「硝子の視た音」の八回目の最後に、こうある。
     *
 そしてフェリーニ氏は最後に言った。
「記憶のような物語、記憶のような光景、記憶のような音しか映画は必要としていないんだよ。本当だぜ、信じろよ」
     *
このフェリーニの言葉が、「ストリート・オブ・ファイヤー」にぴったりとはまる。

Date: 7月 20th, 2018
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(明日から再上映)

1984年の映画「ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)」が、
明日(7月21日)からデジタルリマスター、5.1チャンネル版で再上映される。

「ストリート・オブ・ファイヤー」については、
昨年12月、今年4月にも書いている。

超大作でもないし、アメリカではあまりヒットしなかった、とも聞いている。
三部作の予定だったのが、アメリカでの不振で続編は制作されなかった。

そんな映画には見向きもしない人たちがいるけれど、
この映画のことを、いまも何かのきっかけで熱く語る人もいる。

そういう人がいるから、34年も経っての再上映だと思っている。

Date: 4月 23rd, 2018
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(再上映)

ストリート・オブ・ファイヤー」のことは、昨年末に書いた。
もう一度、映画館でエレン・エイムの歌のシーンを観たい、と思いながら書いていた。

東京でも名画座は減っていく。
映画館で再上映されることはまずない、と諦め切っていた。

なのに7月21日から、デジタルリマスターで、5.1チャンネルでの再上映が始まる。
新宿のシネマートから始まり、全国で順次ロードショーということだ。

1984年、コマ劇場のところにあった新宿プラザで、
「ストリート・オブ・ファイヤー」は観ている。
かなり大きなスクリーンの映画館だった。

シネマートは、新宿プラザほどは大きくない。
それでもいい、もう一度映画館で観られるのだから。

Date: 12月 10th, 2017
Cate: 映画

ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire)

1984年に公開された「ストリート・オブ・ファイヤー」。
先月やっとBlu-Rayでの発売。

アメリカでは数年前から出ていたのに、なぜか日本ではなかなか発売されず。

「ストリート・オブ・ファイヤー」は映画館で二度観た、初めての映画だった。
20代のころ、休日は映画館のハシゴをしていた。
一日に三本観ていた。

新宿が主だった。
紀伊国屋書店の裏にチケット売場があって、
そこには新宿の映画館の上映時間がホワイトボードに書いてあった。

それを見て、上映時間と終了時間を確認して、その日に観る映画と順番を決めていた。
とにかく一本でも多くの映画を観たい、と思っていた時期だった。

にもかかわらず「ストリート・オブ・ファイヤー」だけは一週間もしないうちに、
もう一度観に行った。
行きたくて行きたくて、新しい、まだ観てない映画よりも、
数日前に観たばかり「ストリート・オブ・ファイヤー」を優先してしまった。

あのころは、なぜ、そこまでして二度観たかったのか、わからなかった。
いまはわかる。

「ストリート・オブ・ファイヤー」は、
ダイアン・レイン演ずるエレン・エイムのステージから始まる。
ラストもエレン・エイムのステージで終る。

結局、エレン・エイムの歌を、もう一度聴きたかったのだ。
「ストリート・オブ・ファイヤー」が、初めて買ったサウンドトラック盤でもある。

まだLPの時代だった。

いまはHuluでも公開しているので、
iPhoneがあれば、いつでもどこででも観ることができる。

エレン・エイムの歌(ダイアン・レインが歌っているわけではない)を聴きたくなったら、
CDはあるから、それを聴けばいいのだが、
Huluで、そのシーンだけ観る(聴く)方が楽しい。

Date: 12月 24th, 2016
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その3)

アメリカの音楽産業を描いたドラマは、もうひとつある。
Empire 成功の代償」である。

現在のアメリカの音楽産業が描かれている。
ここに登場するレコード会社の社内にも、オーディオ機器はもちろんある。

1970年代ではデモ音源はテープだった。
カセットテープかオープンリールテープ。
レコード会社の社員の机にはカセットデッキがある。

いまはテープによる持ち込みはない。
USBメモリーかCD-R。
レコード会社の社員の机からテープデッキはなくなり、パソコンが置かれている。

1970年代の「VINYL ─ヴァイナル─」と現在の「Empire 成功の代償」のあいだは40年。
この比較をしながら、ふたつのドラマを見ていくのも、オーディオマニアとしては楽しい。

Date: 12月 22nd, 2016
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その2)

VINYL ─ヴァイナル─」というアメリカのドラマがある。
マーティン・スコセッシとミック・ジャガーが手を組んで、
1970年代のアメリカの音楽シーンを描いた、というふれこみのドラマである。

1973年からドラマは始まる。
私がこれまで見てきたドラマの中で、もっともオーディオ機器が登場する。

レコード会社の社内にもオーディオ機器はある。
役員室にもオーディオが置かれている。
放送局が登場するシーンもある。

このターンテーブルとトーンアームの組合せなのか、と、
アメリカとは思えない組合せが意外に感じられたり、
オープンリールデッキとカセットデッキが両方ともあったりするのは、
1970年代という時代でくるものである。

ナカミチの700が、けっこうはっきり映るシーンもある。
700といえば、1973年に出たばかりのモデルのはずだ。

とにかくいろんなオーディオ機器が登場して、
それだけにオーディオマニアには楽しい、といえる。

Date: 10月 17th, 2016
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その1)

2002年の香港映画「インファナル・アフェア」の冒頭には、
香港のオーディオ店でのシーンがある。

「いいケーブルを使えば、いい音が得られる」とか、
「レトロな曲には、こっちのケーブルの方があう」とか、
そんな会話がなされているシーンだ。

オーディオ機器が、ワンシーンだけとか小物として登場する映画やドラマは、けっこうある。
マッキントッシュのアンプは割とよく登場する。
比較的最近ではアメリカのテレビドラマ「CSI」にも、マッキントッシュが登場していた。

テレビドラマ版の「マイノリティ・リポート」には2065年のアナログプレーヤーが出てくるし、
映画「ダークナイト」にはB&OのBeoLab 5が使われている。

「ダークナイト」での、主人公ブルース・ウェインの屋敷が焼失した後の住い、
マンションでのBeoLab 5は、いかにも、という感じでぴったりくるけれど、
「CSI」でのシーズン9までの主任だったギル・グリッソムの自宅のマッキントッシュは、
少し合わないような感じがした。

映画、ドラマでのオーディオ機器の選択は、どれだけ考えられて行われているのだろうか。
今回改めてそう思ったのは、アメリカのテレビドラマ「グリッチ」に登場するオーディオ機器が、
2015年制作の、時代設定も新しいにも関わらず、
主人公の自宅にあるのは、古いオーディオ機器であったからだ。

そこにはCDプレーヤーは映っていなかった。
アナログプレーヤー(型番はわからず)とアンプとチューナーとスピーカーである。

しかもアンプはラックスのSQ38Fである。
SQ38FDでもなければFD/IIでもなく、SQ38Fである。
1968年ごろのアンプが、どうしてだか登場している。
チューナーもラックスのT300。

この選択は、なかなか異色である。

Date: 4月 27th, 2016
Cate: 映画

「兼子」という映画

兼子」という映画が、YouTubeで公開されている。

柳兼子。
この名前を知ったのは、いまから40年ほど前のステレオサウンドに載っていた広告だった。
オーディオラボの広告に、柳兼子の名前と写真を初めて見た。

オーディオラボのレコードはほとんどがジャズだった。
一部クラシックもあったけれど、それでも柳兼子氏のレコードは、少し異色に思えた。

機会があれば聴いてみたい、とは思っていたけれど、
それ以上積極的に聴こうとは思わず、ずっとそのままだった。

柳兼子氏がどういう人なのかを知ったのは、ずっと後だった。

「兼子」はレコードがかかっているシーンで始まる。
ここで映っているアナログプレーヤーは、すぐにどのモデルなのかわかるし、
柳兼子氏のレコードがオーディオラボから出ていたということは、
録音を手がけられたのは菅野先生であり、
最初に登場してくるアナログプレーヤーは、菅野先生所有のモノだとわかる。

「兼子」はドキュメンタリー映画である。
多くの人が登場する。

心ある人に観てもらいたい映画である。

Date: 3月 19th, 2016
Cate: 映画

映画で気づくこと

映画を観ていて気づくことは多々ある。
ブルースチールもそうだし、Blue Steelに別の意味があることを、
やはり別の映画「ズーランダー」で知る。

数ヵ月前に「サタデー・ナイト・フィーバー(Saturday Night Fever)」をやっと観た。
1978年当時、話題になっていた。
でも近所の映画館では上映されていなかったし、
「サタデー・ナイト・フィーバー」を観るために、
往復で映画の入場料金をこえる金額を交通費に払えるだけの余裕もなくて、そのままずっと来ていた。

やっと観たのはHuluで公開されたからだった。
勝手にイメージしていた内容とはかなり違った映画だった。
「こういう映画だったか」と思いながら観ていた。

ジョン・トラボルタが演じるトニーがダンスコンテストに出る。
会場となったディスコには、アルテックのA7が登場する。

この時代、アメリカのディスコではA7が鳴らされていたのか、と早とちりしそうになったが、
おそらくこのアルテックのスピーカーは、1236のはずだ。

“MUSICAL SOUND LOUDSPEAKER SYSTEM”の名をもつこのシステムは、
ウーファーは421-8LF、ドライバーには808-8B、ホーンは511B、
ネットワークはN1209-8Aから構成されている。

A7、A5が”The Voice of the Theatre System”の愛称で呼ばれるとおり、
トーキー用のスピーカーシステムとして開発されたのに対し、
1236はディスコなどでの使用を考えての開発・システム構成である。

もちろんA7の可能性もある。
どちらにしろアルテックのシステムである。
それまでアルテックとディスコ・サウンドと結びつくことはなかったけれど、
そういう時代もあったのか、と思っていた。

Date: 10月 13th, 2014
Cate: 映画

オーケストラ!(Le Concert)

通俗名曲と言葉があって、
どの曲を思い浮べるかは、人によって多少の違いはある。

私が通俗名曲としてすぐに思い浮べるのは、惑星、新世界、幻想などがあり(他にもけっこうある)、
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲もそうだ。

五味先生の書かれたものを読んで、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲、
後期のピアノソナタをいきなり聴いても、なにかすごい、ということだけは感じても、
一曲聴き通すだけでもしんどいことだったし、よさがわかっていたわけではない。

だからといって、そのころにこれらの曲を聴く必要がない、というわけではなく、
一度は聴いておくべきだと思う。

そんなベートーヴェンの後期の曲にくらべれば、通俗名曲と呼ばれるものは耳に馴染みやすいメロディがある。
難解な曲とは感じられない。よさが感じられやすい。

でも、頭のどこかに通俗名曲ということがひっかかっている。
そのためか、聴かなくなるようになっていった。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、どこかで耳にすることはあっても、
自分のシステムでかけることはなくなってしまっていた。

2009年に公開された「オーケストラ!(Le Concert)」という映画がある。フランスの映画だ。
この映画のクライマックスはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏シーンである。

いい映画だと思う。2010年の公開時に映画館で観た。今日、二回目の鑑賞。
二回目だから、ストーリーはすでにわかっている。
それでも演奏シーンには感じるものがあった。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のよさに、気づいた。
若いころに感じていたよさももあるし、そのころは感じえなかったよさもあった。

それは映画のストーリーもいくぶん影響してのことだとはわかっていても、
それでもいいではないか、といまは思える。