Archive for category 楽しみ方

Date: 4月 8th, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その39)

3月のaudio wednesdayでは、電源コード、
4月のaudio wednesdayでは、ラインケーブルを自作して聴いてもらった。

自作に必要なモノは昨年末に買っていた。
私のやる気まかせのため、1月に聴いてもらう予定が2月になり、
2月がさらに3月になってしまった。

しかも3月ではラインケーブルもいっしょに聴いてもらおう、と考えていたが、
それも4月に延期してしまった。

実をいうと、ラインケーブルはアンバランス用とバランス用、
両方作る予定でいた。
コネクターも必要な分買っていた。

けれどアンバランス用を自作して、
構造上作るのが少々やっかいなところがあって、
バランス用はさらに先延ばしにした。

ケーブルの自作といっても、
単に切り売りのケーブルを買ってきて、コネクターを取り付けただけではない。
使えそうなケーブル(構造)を見つけ、一工夫加えている。

どんなことをやっているのかは、audio wednesdayに来た方で、
会が終ってから訊いてきた人には教えている。

ケーブルの自作も、やり始めると楽しい。
めんどうな作業もあったけれど、
ケーブル作りは、もっとも失敗の可能性の低い自作であるな、と改めて思いながら作業していた。

けれど工夫のしがいがあまりない。
そんなふうに思われるかもしれないが、ほんとうにそうだろうか。

オーディオは2チャンネルである。
モノーラルを二本用意すれば、ステレオ用となると考えるのはやや早計といえる。

いまではヨーロッパのオーディオ機器もコネクターにDINが使われることはなくなった。
以前はQUADもそうだったし、ヨーロッパのオーディオ機器はDINコネクターだった。

DIN用のケーブルを自作していて気づいたことがある。
それが今回自作したケーブルの発想のもとである。

Date: 2月 24th, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その38)

ダンホンをエンクロージュアがわりとする自作スピーカーのプランは、
まず予算を決めた方が楽しい。

制約のないスピーカー作りは、もっと別の方向があり、
ここでのスピーカー作りは、限られたなかでの楽しみ方である。

ダンホン自体が高価ではないから、
ここに一本数万円もするフルレンジユニットを選択する人はいない、と思う。
そのくらいの価格のフルレジンユニットを使うのが悪いわけではない。

ただ純セレブスピーカーとダンホンを、同時期に知ったからゆえの自作プランであって、
私としては、ダンホンの価格と見合ったユニットから選択したい。

どのユニットと、どのダンホンを組み合わせるか。
色はどうするか、吸音材のたぐいはどうするのか、
そういったことを考えるのと同時に、
妄想カタログ、妄想取り扱い説明書も考えていく。

妄想カタログを考える。
妄想なのだから、あまり現実的ではなく、あれこれ妄想してみるのがいいと思う。
もちろん現実的なカタログを妄想する。

しかも、ここで忘れてはならないのは、
スピーカーができあがってのカタログではなく、
自作スピーカーの構想、細部を検討している段階でのカタログだから、
妄想カタログだ、ということだ。

妄想カタログをある程度考えたら、妄想取り扱い説明書も考える。
もちろんここでの取り扱い説明書も、スピーカーができあがっての取り扱い説明書ではない。

どういう使い方を考えているのか。
どういう使い方ができるのか。

作る前に考えることで、どういうスピーカーを作りたいのかが、
少しずつはっきりとしてくるかもしれないし、一気に見えてくるかもしれない。

それに妄想カタログ、妄想取り扱い説明書を考えるという楽しみがここにはあり、
仲の良いオーディオマニア同士で、競作(もしくは協作)するのもより楽しいはずだ。

複数で、妄想カタログ、妄想取り扱い説明書を考えていく。

自作は、アンプやスピーカーを作っていくことだけではない。
自分で使うスピーカーやアンプであっても、
カタログや取り扱い説明書を考えていく。

しかも、いまの時代、スマートフォンで写真をとり、
パソコンでカタログや取り扱い説明書を制作することは、そう難しいことではない。

Date: 2月 22nd, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その37)

ダンボールのエンクロージュアに小口径のフルレンジユニット、
エンクロージュア内部に一般的な吸音材を詰めるのか、
純セレブスピーカーと同じく、紙を詰めていくのか、
どちらを選んだとしても、既製品の高価なスピーカーと同じ世界の音が出てくるわけではない。

ダンホンをエンクロージュアかわりにしても、
ユニットを安価で抑えれば、製作費用は一万円かからないくらいで済む。
純セレブスピーカーをそっくりコピーするのであれば、さらに費用は少なくて済む。

いくら安くても、いま鳴らしているスピーカーよりもいい音なんて出せっこない、
そんなモノを作るだけ時間の無駄、
時間の無駄こそ金のムダ──、
そういう捉え方の人には、どうでもいい世界のどうでもいいスピーカーでしかない。

そういう人はそういう人でいいし、
そういう人を説得しようとは思っていない。

ここのタイトルは「オーディオの楽しみ方」である。
「オーディオの楽しみ」ではない。

楽しみ方としたから、こんなことを書いているともいえる。
ダンホンとフルレンジユニットの組合せ。
エンクロージュア内部に何を詰めるのかは音を聴いて決めればいい。

ユニットの固定方法もいくつか考えられるし、
あれこれ試してみるほうがいい。

ここでユニットに対して、以前書いているCR方法を試してみるのもいい。
他にもいろいろあるけれど、
楽しみ方として、ひとつ書きたいのは、
オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(整理と省略・その9)」で書いたことだ。

妄想カタログ、妄想取り扱い説明書のことだ。

Date: 2月 21st, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その36)

純セレブスピーカーと聞いて、どんなスピーカーをイメージするか。
そのイメージと、実際の純セレブスピーカーとがぴったり一致する人は、
ほとんどいないのではないだろうか。

純セレブスピーカーが、どんなスピーカーなのかは、検索してみてほしい。
ダンボールをエンクロージュアに使い、
吸音材のかわりに紙をちぎっては軽くまるめて詰める。

詳しい作り方は検索すれば、すぐに見つかる。
フルレンジのスピーカーユニットさえ手元にあれば、
ほとんどの家庭にダンボール箱はあるだろうから、すぐにも作れる。

高橋健太郎氏も100円ショップのダイソーであれこれ購入し、
純セレブスピーカーを製作、その音についてもツイートされているし、
YouTubeでも、純セレブスピーカーの音を公開されている。

昨年末にカホンをエンクロージュアかわりにしたら面白いかもしれない──、
そんなことを書いた

カホンを使って、内部を純セレブスピーカーに従うというのもアリかな、と考えていたら、
ダンホンというのを、島村楽器の店頭でみかけた。

ダンホン。
ダンボール+カホンの略語である。
島村楽器のオリジナル製品のようだ。

木製のカホンよりも安価だ。
梱包用とし使われるダンボールには、会社名が印刷されてたりする。
純セレブスピーカーがうまく鳴ってくれたとしても、
見た目は好ましくない。

ならば、このダンホンを使う。
安価とはいえ、数千円はかかる。
純セレブスピーカーの意図からすれば、そんなにお金をかけるのかと……、となりそうだが、
私はダンホンを使ってみたい、と考えている。

Date: 2月 21st, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その35)

スピーカーを自作するのは楽しい。
既製品のスピーカーがあるのになぜ? ということになるだろうが、
なぜ? と、ほとんどどうでもいいことである。

作ってみたいなぁ、と一瞬でも思ったら、
やってみることをすすめる。

そんなにお金をかけなくてもいい。
もちろんかけたい人はそうすればいいが、
とりあえず作ってみることを最優先する。

ただここでやっかいなのは、工具が揃っている人はいいけれど、
そうそういないだろう。
私も木工工具はほとんど持っていない。

結局東急ハンズやホームセンターでカットしてもらうことになる。
そうなると、その店で売っている木材しか選べないし、
すべての加工を依頼できるともかぎらない。

今回のホーンのバッフルにしても、私が加工した部分もある。
こんな時、これがダンボールだったらなぁ……、とちょっとだけ思っていた。

昔、もうずいぶん昔にアルテックの755Eを、
ダンボールの平面バッフルで鳴らしたことがあるのを、以前書いている

悪くなかったどころか、気持ちのいい音が鳴ってくれた。
ダンボールならば、加工も木材よりは楽になる。
ダンボールか……、とそんなわけで思っていた。

一週間ほど前、ひさしぶりにtwitterを眺めていた。
始めたころは頻繁に見ていたのに、いまでは思い出しては、十分ほど眺めるくらいになってしまったけれど、
それでも時々眺めるのは、おっ、と思うようなことに出会したりするからだ。

一週間ほど前もそうだった。
ステレオサウンドで「名盤深聴」を連載されている高橋健太郎氏のツイートに、
純セレブスピーカー、とあった。

Date: 11月 11th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その34)

今回のバッフルについては、以前から考えていた。
やれば好結果が得られる、という確信はあったし、
やってみたいとも思っていた。

それでもここまでずるずると延ばしてしまったのは、
実際の製作を面倒に感じていたからだ。

それほど難しい加工なわけではない。
けれど必要な工具が揃っていない、木工をあまり得意とはしない、
そんな理由があった。

ホーンにバッフルをつける。
そのためにドライバーの支持も考えなければならない。
予算、加工などに制約がまったくなければ、こうやりたい、というのが以前からあった。

けれど、そのためには木工を専門とするところ(人)に依頼する必要があるし、
材質に関してもよりいいもの、となると、
今回かかった費用ではまず無理で、おそらく十倍程度はかかることになる。

もっと簡単な作業で……、という方法もいくつか考えた。
けれど、せっかくなのだから、ということで、
実行したかったことにもっとも近い形になるようにした。

やりたいようにやれれば、今回の結果よりもよくなったはずだろうが、
費用の差ほどの違いはない、ともいえる。

今回の製作は、東急ハンズで合板を購入、
大きな加工はやってもらった。
合板自体の価格はそれほどでもなかったけれど、
加工賃は、そこそこかかった。

それでも、東急ハンズでの加工だけでは完成しないわけで、
喫茶茶会記で工作の時間である。

ちょっとしたミスがあって、予想以上に時間を必要とした。
都合三回、そのために喫茶茶会記に行き作業していた。
それだけ手を動かした、といえる。

それでも、結果として鳴ってきた音を聴けば、やって良かった、といえる。

Date: 10月 9th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その33)

ホーンを取り付けたバッフルを、エンクロージュアの上にどう置くのか。
そのまま置くことが、まずある。

バッフルの下辺が天板に全面接触している状態である。
まずこれを基本として、エンクロージュア天板とバッフル下辺とのあいだに、何かを挿んでいく。

材質、形状、大きさによっても音は変る。
やみくもにやっても、どれがいいのかはわかりにくくなる。

まず材質を決めた方がいい。
金属なのか木なのか。
どちらが求める音なのか(近いのか)。

どちらかに決めて、大きさを変えていく。
大きさ(おもに高さ)が変れば、天板とバッフル下辺とのスペースが広くなっていく。
この空間(すきま)が、音に影響してくる。
ここでも二つ以上のパラメーターを変化させていることを自覚しておくべきである。

さらに……、とどれだけでも細かなことは書けるけれど、
まずは作ることが大事である。
今回は、これまでの経験から少し(2cm弱)バッフルを浮している。

バッフルの両端にそのためのスペーサー(半球状の木)をかましている。
これで前二点、そしてドライバーを支持している部材にも同じスペーサーをかまして、後一点。
バッフルを含むホーンと支持部材を含むドライバーは、この三点支持である。

三点支持のメリットは確かにある。
その良さを活かすには、三点支持内に、支えるモノがおさまっていることである。

ホーンとドライバーは、真上からみれば、三角形的である。
つまりもっとも三点支持が活きるのは、ここのところだといえよう。

Date: 10月 7th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その32)

ではアルテックの811B、511Bはバッフルに取り付ければ、
それで十分なのか、と問われれば、検討しなければならないことはまだまだある。

バッフルの材質、サイズ、厚みも関係してくるけれど、
そのバッフルを、どう置くかも非常に重要なポイントである。

以前に書いていることだが、エンクロージュアの天板の上に、
アナログディスク再生に使うスタビライザーを乗せてみる。

できれば同じスタビライザーを、左右のスピーカーの天板の上に一つずつ、同じ位置に乗せる。
スタビライザーの重量はいろいろあるが、500g程度のモノでも、ずいぶんと音は変化する。

スタビライザーを乗せることによって、天板の振動モードが変化するためである。
同じスタビライザーでも置く位置を変えたり、
同じ位置でももっと重いモノ、軽いモノにすれば、またはまた変化する。
もちろんスタビライザーの材質による変化もある。

スタビライザーの大きさ、重量程度でも、音の変化は大きい。
ホーン型スピーカーをともなると、ホーンとドライバーの重さだけでもスタビライザーよりもずっと重い。
アルテックの811Bはカタログには4.1kg、806-8Aは2.6kgとある。
トータルで6.7kg。

これだけでもスタビライザーよりもずっと重いし、
エンクロージュア天板との接触する面の形状、面積も違う。

それにスタビライザーはほぼ均一に重量がかかるのに対し、
ホーンとドライバーの組合せでは、そういうわけにはいかない。

つまりホーン型スピーカーを鳴らさない状態、
つまり天板に、スピーカーケーブルを接続せずに乗せただけの状態での音を、
まず聴いてみると、よくわかる。

そのうえで、ホーンとドライバーの位置を前後、そして左右に動かしてみる。
これだけでも音は変化していく。

ホーン型の場合、ウーファーとホーン(ドライバー)との音源の位置あわせということがいわれる。
この場合、音源の位置の相互関係によって音は変化するだけでなく、
天板の振動モードも同時に変化しての音の変化としてあらわれる。

つまり位置を変えるということは、少なくとも二つのパラメーターを変化させていることを、
まず認識しておくべきだ。

Date: 10月 6th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その31)

アルテックのホーンを見て気づくのは、
811B、511B、これらのホーンは開口部の周囲にバッフルに取り付けるための縁がある。

811、511と同じセクトラルホーンでも、311-60、311-90には、縁はない。
かわりに、というか、311にはデッドニングが施してある。

もっとも1978年に発売になった511Eは、アクアプラスによるデッドニングが施されている。

とはいえアルテックのホーンには、ホーンの形状ではなく、
デッドニングが施されているモノとそうでないモノとがあり、
デッドニングが施されていないホーンは、バッフルに取り付けることが前提となっていると見るべきだ。

ホーンをどう置くか。
エンクロージュアに上に置くにしても、直接置くのか、天板とホーンとのあいだになにかを挿むのか。
音は、とうぜん変ってくる。

どういうふうに置くのがいいのか。
それは実際に音を聴いて判断するわけだが、
セッティングにおいて、常に時間の余裕があるとはかぎらない。

自宅で、自分のための音であるならば、そんなことは関係なくても、
audio wednesdayのようなことをやっていると、時間の余裕はなく、
てきぱきとやっていくしかない。

そういう場合、ホーンの置き方のチェックをどうするか、といえば、
置いた状態でホーンの開口部の縁を指で弾く。

金属音がするわけだが、その音と余韻の長さが、
天板に直接置いた場合、何かを挿んだ場合、
挿んだものの種類によっても変化してくる。

こういうことによって判断する場合も、時としてある。
そのくらいホーンの鳴きは、セッティングによって変化するわけだ。
特にデッドニングなしの金属ホーンは、顕著に違いが出る。

アルテックの811、511はバッフルに取り付けて、というのが、昔からの常識であり、
実際にバッフルがあるとないとでは、ホーンの鳴きがが変る。

Date: 10月 5th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その30)

今年は、手を動かした、といえる一年になりそうである。
野上さんのところのスピーカー作りの手伝いから、今年は始まったといえる。

喫茶茶会記でのaudio wednesday用に直列型ネットワークも作った。
そして今回、以前からやりたかった、ホーンとバッフルとの組合せをやった。

ホーン型スピーカーの使いこなしで、意外に見過されがちなのが、
そのセッティングである。

たとえばJBLの537-500と375の組合せ。
ホーンの開口部は円、ドライバーそうだから、
そのままエンクロージュアの上に置いたら、重量があるためそんなに簡単に……、とはならないが、
転がってしまう形状である。
しかもホーンの開口部の直径が大きいから、そのままでは開口部は斜め上を向く。

2397+2440だと、そのままでは斜め下を向くことになる。
少なくともホーン開口部側をもちあげないと、そのままでは使えない。

それにJBLのスラントプレートの音響レンズの場合、
レンズ後方にバッフルが必要とするわけだから、
そのままでも鳴らせるけれど、バッフル前提となる。

JBLでは2インチ・スロートのドライバー用の可変式スタンドとして2505があった。
537-500+375では、375とホーンと2305を通しボルトで固定している。
同じ形状の、もっと大型のスタンドが蜂の巣状の音響レンズの後を支える。

このふたつのスタンドが用意されているから、
537-500+375は、多くのオーディオマニアが手を出したともいえるのでないだろうか。
JBL純正のスタンドがまったく用意されていなかったら、どうなっていただろうか。

JBLはHL89用にMA25というバッフル板も用意していた。
といってもすべてのホーンに対して、なんらかのスタンドがあったわけではなく、
2397では、使い手の工夫が必要となる。

Date: 7月 21st, 2018
Cate: 楽しみ方, 老い

オーディオの楽しみ方(天真爛漫でありたいのか……・その3)

四年前の「続・モーツァルトの言葉(その3)」で、
ネクラ重厚、ネアカ重厚、ネクラ執拗、ネアカ執拗といったことを書いた。

ネアカ重厚、ネアカ執拗で、オーディオ(音)に取り組んでいるつもりだが、
ネクラ重厚ではなく、ネクラ軽薄もあるように、
別項の「時代の軽量化」を書き始めて、思うようになった。

このネクラ軽薄が、(その2)でふれた「深刻ぶっているね」にも関係しているような気がする。

Date: 6月 26th, 2018
Cate: 楽しみ方, 老い

オーディオの楽しみ方(天真爛漫でありたいのか……・その2)

私はそれほど多くのオーディオマニアを知っている(会っている)わけではない。
私より、ずっと多くのオーディオマニアを知っている人は、多い、と思う。

そんな経験のなかでの話だが、
オーディオマニアのなかには、深刻ぶっている人がいる。

「深刻ぶっているね」と、本人に向って言うわけではないが、
そういうオーディオマニアといっしょにいると、
真剣と深刻の違いについて考えたくなる。

私が勝手に「深刻ぶっているね」と感じているだけで、
本人にしてみれば、真剣にやっているんだろうな、とは頭では理解できる。
それでも、やっぱり「深刻ぶっているね」と感じてしまうことがある。

その人が不真面目にオーディオに取り組んでいるから、
「深刻ぶっているね」と感じるわけではない。

真剣と深刻を取り違えている──、
そう感じるのだ。

その人は、真剣と深刻を取り違えるのは、何かが欠けているからなのか。
若いころは、余裕がない人が深刻ぶるのかな、と思ったことがある。
そうかもしれない。

そうだとすると何故余裕がないのか(持てないのか)。
戯れること、戯れ心が欠けているから、のような気がする。

Date: 3月 19th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その29)

1996年のステレオサウンド別冊に「MY HANDICRAFT」がある。
副題として「マイ・サウンドをつくろう」とある。

オーディオにおける自作の楽しみは、マイ・サウンドをつくれること──、
とは思っていない。

瀬川先生がステレオサウンド 17号(1970年)に書かれている。
     *
 大げさな言い方に聴こえるかもしれないが、オーディオのたのしさの中には、ものを創造する喜びがあるからだ、と言いたい。たとえば文筆家が言葉を選び構成してひとつの文体を創造するように、音楽家が音や音色を選びリズムやハーモニーを与えて作曲するように、わたくしたちは素材としてスピーカーやアンプやカートリッジを選ぶのではないだろうか。求める音に真剣であるほど、素材を探し求める態度も真摯なものになる。それは立派に創造行為といえるのだ。
 ずっと以前ある本の座談会で、そういう意味の発言をしたところが、同席したこの道の先輩にはそのことがわかってもらえないとみえて、その人は、創造、というからには、たとえばアンプを作ったりするのでなくては創造ではない、既製品を選び組み合せるだけで、どうしてものを創造できるのかと、反論された。そのときは自分の考えをうまく説明できなかったが、いまならこういえる。求める姿勢が真剣であれば、求める素材に対する要求もおのずからきびしくなる。その結果、既製のアンプに理想を見出せなければ、アンプを自作することになるのかもしれないが、そうしたところで真空管やトランジスターやコンデンサーから作るわけでなく、やはり既製パーツを組み合せるという点に於て、質的には何ら相違があるわけではなく、単に、素材をどこまで細かく求めるかという量の問題にすぎないのではないか、と。
(「コンポーネントステレオの楽しみ」より)
     *
スピーカーを自作した、アンプを自作した、
それでマイ・サウンドがつくれるわけではないし、
既製品を組み合わせたからといって、
マイ・サウンドがつくれないわけではない。

「MY HANDICRAFT」に、わざわざ「マイ・サウンドをつくろう」とつけた人は、
どういう意図があったのだろうか。
本気で、自作しなければ……、と思っている人なのか、
瀬川先生の文章を読んでいなかった、
もしくは読んでいたしとても……ことだけは確かだろう。

Date: 3月 10th, 2018
Cate: 楽しみ方

聴き方の違い、楽しみ方の違い

3月7日のaudio wednesdayでも、終り近くに松田聖子の「ボン・ボヤージュ」を、
常連のKさんがかけた。

audio wednesdayで、これまで何度聴いたか。
少なくとも、私にとっては、これまでの中で、いちばんうまく鳴ってくれた、と感じた。

松田聖子が口先だけで歌っている印象ではなく、
歌っている松田聖子の表情が伝わってくるような感じでもあったし、
なによりも松田聖子の肉体が感じられるようになった。

それだけに松田聖子の歌の上手さが伝わってきた、とも感じていた。

でもKさんは、この鳴り方は、あまり評価しないだろうな、と思いつつも、
「どうでした?」ときいてみた。
反応は、予想した通りだった。

別項「EMT 930stのこと(ガラード301との比較)」の(その8)、(その9)で書いているが、
Kさんと私の聴き方は違う。

これまでに何度も「ボン・ボヤージュ」を聴いては、その反応をきいているわけだから、
今回の音に関しても、そうだった。

これでいい、と思う。
私もいまより20以上若かったら、
こんなふうに聴きましょうよ、と力説したことだろう。

でも、いまはそんなことをしようとは思わない。
聴き方が違うのだから、オーディオの楽しみ方も違う──、
そう思うし、はたまた逆なのか、
オーディオの楽しみ方が違うから、聴き方も違うのか。

どちらが先ということはないのかもしれない。

それでも同じ場所、同じ時間にいて、毎月第一水曜日に楽しんでいるということは、
それだけの深さと広さが、オーディオの楽しみ方にあるといえる。

Date: 2月 21st, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その28)

うまいなぁー、と感嘆する歌い方は、私の場合、たいてい溜めの巧い歌い方である。
こんなふうに歌えたらなぁー、と思いながら聴いていて、
ちょっとマネしてみても、とうてい及ばないことを思い知らされる。

けれど、溜めの巧い歌い方であっても、
スピーカーによって、そのへんはずいぶんと違って聴こえてくるものだ。

この人、こんな歌い方だっけ……、と思うような鳴り方をするスピーカーがある。
このスピーカーもうまいなぁー、と思ってしまうほど、きちんと溜めを表現するスピーカーもある。

どちらのスピーカーに魅力を感じるかといえば、後者であり、
音楽の表情を豊かに鳴らしてくれるのも、後者である。

溜めのない(乏しい)音は、平板になる。
すました顔が、どんなに整っていてきれいであっても、
すました顔ばかりを眺めているわけではない。

音楽を聴くということは、そういうことではない。
表情があってこそ、その表情が豊かであり、
時には一変するほどの変りようを見せてくれる(聴かせてくれる)からこそ、
飽きることなく、同じレコード(録音)を何度もくり返し聴く。

その溜めが、出てくるようになったのは、やはり嬉しいし、
やっていて楽しいと思える瞬間である。

昨晩、電話をかけてきたKさんは、「楽しそうですね」といってくれた。
何人かの方は気づかれているが、自作スピーカーの持主は写真家の野上眞宏さんである。

野上さんも「オーディオって、楽しいね」といってくれた。
ほんとうに楽しいのだ。