Archive for category 欲する

Date: 1月 20th, 2023
Cate: 欲する

偶然は続く(その5)

「アキュフェーズがやって来た」に、facebookでコメントがあった。

最近、私のところにやって来るオーディオ機器たちの引きがねは、
タンノイのコーネッタ導入あたりでしょうか、という内容だった。

私としては、コーネッタより前、
2019年にヤフオク!で手に入れたKEFのModel 303からだ、と感じている。

Model 303のあとに、ヤマハのカセットデッキK1dを、
その後にサンスイのプリメインアンプAU-D607、
さらにテクニクスのアナログプレーヤーSL01と一ヵ月にほぼ一機種のペースで手に入れた。

そして2020年に、タンノイのコーネッタ、
2021年にSAEのMark 2500、2022年にGASのTHAEDRAときて、
2022年にはジャーマンフィジックスのTroubadour 40とエラックの4PI PLUS.2もやって来た。

これら以外にも、いくつかのオーディオ機器がやって来ている。
メリディアンの218がそうだし、210もそうだ。

どうしたんだろうなぁ、と自分でも不思議に思うし、
ふり返ると、やはりKEFのModel 303からだ、と感じている。

でももっと以前のことをふり返ると、岩崎先生のHarknessがやって来たこと、
そもそものきっかけであり引きがねなのだろう。

Date: 4月 17th, 2022
Cate: 所有と存在, 欲する

「芋粥」再読(その11)

安部公房の「他人の顔」が発表されたのは1964年。

バルトークは1945年に亡くなっている。
「他人の顔」の時代は、バルトークは現代音楽だったのか。

死後二十年ほど経っているのだから、もう現代音楽ではないんじゃないか──、
そういう受け止め方があるのはわかっているが、
「他人の顔」の〈ぼく〉は、レコード(録音物)で音楽を聴いている。

1963年に、ジュリアード弦楽四重奏団がバルトークの弦楽四重奏曲を録音している。
ジュリアード弦楽四重奏団は、その十八年後の1981年も録音している。

ジュリアード弦楽四重奏団の二つのバルトークを聴きくらべると、
そこから感じとれる気迫がずいぶん違って聴こえる。

1981年の録音は、1963年の録音よりも気迫が薄くなっている。
1963年のジュリアード弦楽四重奏団の演奏を聴いていると、
この時代、バルトークはまだ現代音楽だった、というふうに感じとってしまう。

同じ気迫を、私はアバドとポリーニによるバルトークのピアノ協奏曲にも感じる。
1977年の録音なのにもかかわらずだ。

そんなバルトークの聴き手である私は、〈ぼく〉の時代のころ、
バルトークは現代音楽であった、と思うわけだ。

Date: 3月 26th, 2022
Cate: 欲する

新月に出逢う(その10)

今年はすでに三箇所の展示会で、En氏の人形をみてきている。
それぞれの展示会には、En氏以外の人形作家の作品も、もちろんある。

去年2月の新月でEn氏の作品に出逢ってからというもの、
これまでに何人もの人形作家の作品(人形)をみてきて、
なぜ、ここまでEn氏の人形に惚れ込んでいるのだろうか、
その理由がおぼろげながらではあるが、つかめてきている。

その4)で書いていること、である。
En氏の人形は、私にとって「目があるもの」なのだ。

En氏以外の作家の人形にも、もちろん目はある。
目のない人形なんて、おそらくないであろう。

けれど目がついているからといって、
「目があるもの」と認識するかどうかはなんともいえない。

「目があるもの」ならば、その人形からこちらが見られている、と感じられなくてはならない。
世の中には、私が一年間見てきたよりもずっとずっと多い人形作家、
それからその作品である人形がある。

それらのなかには、En氏の作品と同じように「目があるもの」と感じられる人形があるだろう。
もっと強く感じられる人形もあるかもしれない。

でも、いまのところ私にとって「目があるもの」が感じられるのは、
En氏の人形である。

Date: 1月 30th, 2022
Cate: 欲する

新月に出逢う(その9)

今年も、2月6日(日)から12日(土)まで、
有楽町の交通会館の地下一階ゴールドサロンで、
クラフトアート創作人形展が開催される。

2021年2月12日に、たまたま交通会館の地階にいて、
偶然、Enという人形作家のEleanorという人形と出逢った。

ちょうど新月の日だった。
今年2月の新月は1日だから、会期中に新月はこない。
とはいえ、今年のクラフトアート創作人形展にも、
En氏の作品は展示される。

一週間後が待ち遠しい。

Date: 11月 19th, 2021
Cate: 欲する

何を欲しているのか(サンダーバード秘密基地・その5)

二年近く前の(その1)の時点では、
デアゴスティーニのサンダーバード秘密基地が欲しい! と思っていた。

欲しい! という衝動である。
でも衝動はしばらくすると薄れていく。
いまではすっかり落ち着いてしまっていて、欲しいという気持はもうない。

こうなるであろうことは、出た時点で予想できていたことだったし、
やっぱりそうなったか、ぐらいに思っている。

どうしてなのか、といえば、余韻を感じていなかったからだろう、と。
欲しい! とおもったほどなのだから、まったく余韻がなかったわけではない。
それでも、その余韻は急速に萎んでしまった。

サンダーバード秘密基地だけではない。
これまで聴いてきた数多くのオーディオ機器、
さらには聴く機会に縁のなかったオーディオ機器、
それらのなかで、欲しい! という衝動にかられたモノはある。

欲しい! と思ったモノで、いまも欲しい、
自分の手で鳴らしてみたい、と思っているモノは、かなり少ない。

これも余韻の持続が関係しているのだろう。
息の長い余韻がある。

そういう余韻は、時として何かに共鳴して大きな余韻となって、
私の裡で膨らんでいく。

Date: 10月 14th, 2021
Cate: 欲する

新月に出逢う(その8)

昨日(10月13日)から19日まで、東京の丸善本店のギャラリー(4F)で、
人・形展」が開催されている。

En氏の新作が展示されている。
人形はものを言わないし、動きもしない。
けれど、なんと多彩なのか、と人形展に行くたびに感じている。

Date: 8月 8th, 2021
Cate: 欲する

新月に出逢う(その7)

今日(8月8日)は新月。
今日から、有楽町交通会館の地下一階、エメラルドルームで、
銀座動物園IIが、14日まで開催されている。

ここにも、半年前に一目惚れした人形の作家、En氏の作品が展示されている、とのこと。

Date: 7月 23rd, 2021
Cate: 所有と存在, 欲する

「芋粥」再読(オリンピックが始まった)

ちょうど、いまオリンピックの開会式をやっているところだな、
と思いながら書いている。

テレビのない生活をずっとしているから、
オリンピックも見る機会は、まったくといっていいほどない。

最後に、リアルタイムでオリンピックをテレビで見た記憶は、
1988年の男子100m走の決勝だった。
そのころはステレオサウンドに勤めていたから、
みなで仕事中にもかかわらずテレビを囲んで見ていた。

そんな私でも実家に住んでいたころは、オリンピックは大きな楽しみだった。
コマネチが登場した時は、学校に行けば、コマネチの話題で持ち切りだった。
みな昂奮していた。

そのオリンピックが終る。
昂奮も薄れてきたころに、アサヒグラフ、毎日グラフといった写真誌が、
オリンピックの特集号を出す。

ここで、また昂奮がよみがえってくる。
しかもテレビでは見れなかった競技の写真も、そこにはあるから、
オリンピックの余韻は、ここまで持続するだけでなく、少しだけといえ新たな昂奮もある。

それがいまはねぇ……、と書くわけではない。
二十年以上、見ていないのだから、書こうとは思っていない。

ただ、四年ほど前にも書いたことのくり返しなのだが、
そういった余韻が、いまの時代はほんとうに短い。

開幕までにこれだけごたごたのあった東京オリンピックでも、
閉会式を迎えてしまえば、さっと余韻も霧散してしまうことだろう。

こんなことを書いているからといって、
いまの私は余韻を充分に味わっているのかというと、
TIDALで音楽を聴く時間が長くなるにつれて、
あのころとは音楽の余韻の味わい方も、
知らず知らずのうちに変っていったことを感じている。

オリンピックを熱心に見ていたころは、聴きたいレコードをほいほい買えたわけではない。
聴きたくとも買えなかったレコードのほうが、多い。

一枚のレコードを、くり返し聴いた。
そうやって得られた余韻と、TIDALで聴いての余韻は、同じとはいえない。

TIDALで聴こうが、レコードで聴こうが、ようするにこちらの聴き方の問題であって、
TIDALに問題があるわけではないことはわかっている。

TIDALでは、どちらかといえは、まだ聴いたことのない人の演奏を聴く。
そうやって聴き続けたあとに、ふと往年の演奏家を聴く。

フルトヴェングラーでもいい、カザルスでもいい、グールドでもいい。
そういった人たちの演奏を聴くと、たしかに余韻があるのに気づく。

その余韻を聴き終って、楽しんでいることに気づく。

Date: 6月 28th, 2021
Cate: 欲する

偶然は続く(その4)

SAEのMark 2500は、何度かヤフオク!に出ているのは見てきている。
頻繁に出品されるわけではないし、こまめにチェックしているわけでもないが、
一年に一回程度は出品されているようだ。

これまでの何度かは入札することなく終っていた。
今年は、違った。

2021年だから、というのも理由の一つだ。
1981年から四十年だからだ。

Date: 5月 25th, 2021
Cate: 欲する

新月に出逢う(その6)

新月だった2月12日に出逢ったEleanorは大きいといっても、
等身大ではない。

等身大ではなかったからこそ、
もしEleanorが等身大だったら──、ということをふと想像してみる。

実際にそういうモノはないのだけれど、一目惚れしたであろうか、とおもう。
どきっ、としたであろう。
それでも欲しい、とまでは思わなかったような気がする。

等身大の、有名人にそっくりの人形といえば、蝋人形がよく知られている。
蝋人形も、いうまでもなく人形である。

蝋人形を見たことがある。
売られているわけではないこともあってなのだが、欲しい、と思ったことはない。

それは蝋人形が、実在の人物そっくりにつくろうとしているからなのかもしれない。
だから、蝋人形は等身大である。

こんなことを考えていると、人間の剥製は人形といえるのかにいきつく。
もしかすると、世界のどこかには人間の剥製が存在しいてるのかもしれないが、
私は見たことがない。

剥製といえば、動物の剥製を何度かみたことがあるくらいだ。
動物の剥製は、等身大であるし、
動物の皮を剥いで、綿などの芯を入れてつくるのだから、
そっくりということでは蝋人形以上なのだが、
剥製を人形として捉える人は、あまりいないのではないだろうか。

こんなことを考えていたら、そういえば、と思い出したのが、
菅野先生の「ぬいぐるみ」(「音の素描」所収)である。

Date: 3月 11th, 2021
Cate: 欲する

新月に出逢う(その5)

新月だった2月12日に出逢ったEleanorという人形は、
その展示会のなかでは大きなほうだった。

人形の世界にはまったくうとい。
この世界の人形の平均的な大きさというのが、どのくらいなのかよくわからない。

どのくらいから小さな人形ということになるのか、
大きな人形はどのくらいから上なのか、そんな基準をもっていない私からみて、
Eleanorは大きな人形だった。

とはいっても等身大というわけではない。
立った状態で展示されていたわけではないので、どのくらいの大きさなのかははっきりとはいえない。
それでも等身大ではないことだけはいえる。

等身大でないからこそ、人形だと認識できているとおもえる要素が、
Eleanorに感じている。

これが人間の女性と変らぬ大きさだったら、
惚れ込む前にこわさを感じていたかもしれない──、
そんなふうにおもえてならない。

それでも一目惚れしたであろう。
けれど、そこまでの大きな人形であったなら、
自分のモノとしたときに、果たして毎日目が合うところに飾っておくだろうか。

買えもしないのに、そんなことを考えてしまう。

Date: 2月 22nd, 2021
Cate: 欲する

新月に出逢う(その4)

人形には、目がある。
その人形に惚れ込むということは、その人形の目に惚れ込むことなのかもしれない。

以前、別項で引用したことをもう一度、ここでも書いておく。

辻村寿三郎氏が、ある対談でこんなことを語られている。
     *
部屋に「目があるものがない」恐ろしさっていうのが、わからない方が多いですね。ものを創る人間というのは、できるだけ自己顕示欲を消す作業をするから、部屋に「目がない」方が怖かったりするんだけど。
(吉野朔実「いたいけな瞳」文庫版より)
     *
辻村氏がいわれる「目があるもの」とは、ここでは人形のことである。
つづけて、こういわれている。
     *
辻村 本当は自己顕示欲が無くなるなんてことはありえないんだけど、それが無くなったら死んでしまうようなものなんだけど。
吉野 でも、消したいという欲求が、生きるということでもある。
辻村 そうそう、消したいっていう欲求があってこそもの創りだし、創造の仕事でしょう。どうしても自分をあまやかすことが嫌なんですよね。だから厳しいものが部屋にないと落ち着かない。お人形の目が「見ているぞ」っていう感じであると安心する。
     *
人形作家の辻村氏が人形をつくる部屋に、「目があるもの」として人形をおき、
人形の目が「見ているぞ」という感じで安心される。

部屋に「見ているぞ」という目がある。
いまのところ、そういう生活を送ったことはないから、
真夜中に人形と目が合ったりしたら、恐怖するような気もする。

このことを思い出したからこそ、人形の大きさが気になってくる。

Date: 2月 22nd, 2021
Cate: 欲する

新月に出逢う(その3)

新月だった2月12日に出逢った人形。
衝動買いしたかったけれど、手が出せなかった。

出せなかったからこそ、あれこれ妄想している。

これまで人形のある生活をしたことはない。
人形を趣味としている人が周りにいるわけでもない。

もし衝動買いしていたら、この人形、どう扱っているだろうか。
まずケースに収めて飾るのだろうか。

ホコリがつかないようにするにはガラスケースにしまうのでいいのだけれど、
なんとなくそうしたくない気持が強い。

人形を趣味としている人は、この点、どうしているのだろうか。
ケースに収めないのであれば、日頃の手入れはどうしているのか。

服についた汚れはときどき洗濯するのか。
もしくは新しい服を用意するのか。

髪は梳くのか。これも知りたいことの一つである。
人形本体についた汚れはどう落とすのか。

そういった日頃の手入れについて、あれこれ妄想していたし、
人形のある生活をおくるようになったら、
ほぼ間違いなく人形相手に、毎日挨拶するようになるだろう。

起きたら、おはよう、
寝る前に、おやすみ、
出掛ける際には、いってきます、
帰宅したら、ただいま──、
少なくとも挨拶をするようになるはずだ。

人形に向って、話しかける。
その日あったできごとを人形に話す──、
これはどうだろうか。

買えないからこそ、、そんなことを妄想しているのだが、
もう一つ考えていることは、
今回私が惚れ込んだ人形が、人間と同じ大きさだったら……、である。

Date: 2月 19th, 2021
Cate: 所有と存在, 欲する

「芋粥」再読(その10)

別項「background…」で書いている安部公房の「他人の顔」の主人公〈ぼく〉。

「他人の顔」の主人公〈ぼく〉の時代には、
CDもなかったし、TIDAL(ストリーミング)もない。

〈ぼく〉が聴くことができる音楽の量は、いまよりもずっと少なかった。
音楽のジャンルに関してだけでなく、演奏の数も少なかった。

その〈ぼく〉が、いまの時代に生きていたら、どうなのか。
そんなことを想像してみたくなる。

〈ぼく〉は、音楽の利用法について語っている。
     *
その夜、家に戻ったぼくは、珍しくバッハを聴いてみようという気をおこしていた。べつに、バッハでなければならないというわけではなかったが、この振幅の短くなった、ささくれだった気分には、ジャズでもないし、モーツァルトでもなく、やはりバッハがいちばん適しているように思われたのだ。ぼくは決して、音楽のよき鑑賞者ではないが、たぶんよき利用者ではあるだろう。仕事がうまくはかどってくれないようなとき、そのはかどらなさに応じて、必要な音楽を選びだすのだ。思考を一時中断させようと思うときには、刺戟的なジャズ、跳躍のバネを与えたいときには、思弁的なバルトーク、自在感を得たいときには、ベートーベンの弦楽四重奏曲、一点に集中させたいときには、螺旋運動的なモーツァルト、そしてバッハは、なによりも精神の均衡を必要とするときである。
     *
〈ぼく〉は音楽のよき鑑賞者ではないことを自覚している。
だからこそ、音楽のよき利用者なのかもしれないわけなのだが、
音楽のよき利用者であるためには、さまざまな音楽を聴いていることが必要になるし、
それぞれの音楽の特質を捉えることができていなければ、よき利用者にはなれない。

刺戟的なジャズ、思弁的なバルトーク、螺旋運動的なモーツァルトなどとある。
世の中には刺戟的でないジャズもあるし、
思弁的な演奏ではないバルトークもある。

「他人の顔」が発表された時代、バルトークは現代音楽であった。
そんなことも思ってみるのだが、
いまの時代、バルトークが現代音楽だったころに録音された演奏も聴けるし、
現代音楽でなくなった時代に演奏された録音も聴ける。

〈ぼく〉が思弁的と捉えているバルトークは、曲そのものであって、
演奏をふくめての話ではないのかもしれない。

それでも〈ぼく〉の時代のころは、バルトークはまだ現代音楽だった。

Date: 2月 15th, 2021
Cate: 所有と存在, 欲する

「芋粥」再読(その9)

TIDALが、10代のころに存在していたら、歓喜していただろうか。
TIDALでなくてもいい、Netflixでもいい。

この種のサービスが、いまから四十年ほど前、
中学生、高校生だったころにあったならば、どうだったろうか。

あのころの私は、毎月の小遣いをやりくりしてLPやミュージックテープを買っていた。
田舎のレコード店には輸入盤はなかった。

バスで約一時間、熊本市内に出れば、輸入盤を扱うレコード店もあったが、
往復のバス代はレコード一枚分に近かった。

FMの放送局も、そのころはNHKのみだった。
聴きたい音楽(ディスク)をすべて買えるわけではなかったどころか、
ほとんど買えなかった(聴けなかった)、といっていい。

そういう田舎での音楽体験に、TIDALがあったならば、
それはすごいことではあるけれど、
いま毎日のようにTIDALで音楽を聴いていて思っているのは、
そういう青春時代を送ったからこそ、
この歳になってTIDALがあってよかった、と感じている、ということだ。

聴きたくともなかなか聴けない。
そんな10代を送っていていなければ、
TIDALとの接し方も、少し違っていたかもしれない。