Archive for category ヘッドフォン

Date: 9月 12th, 2016
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その10)

いかなる方式の、素材を使ったユニットであれ、
固有音から逃れることは完全にはできない。

同じ方式のユニットであっても、構造、素材が違えば、音は同じにはならない。
それでもある種の共通する音が、最後までわずかに残ることがある、ともいえる。

モノ(素材)・コト(方式)には、固有音がそれぞれあり、
その固有音同士の関係・組合せが最終的な音になっている、とも考えられる。

ハイルドライバー(Air Motion Transformer)も、完璧なトランスデューサーなわけではない。
そこにはなんらかの固有音が存在する。

私が気になっているのは、Air Motion Transformerという方式による固有音というよりも、
ダイアフラムに使う高分子フィルムをプリーツ状に加工して動作させることによって、
顕在化してきた固有音のようにも感じている。

細かな改良・工夫によって、固有音を抑えていくことはできる。
ダイアフラムの材質は同じであっても、
そこにプリントする導体によって、音は変化してくるはずだ。

一般的にはアルミ箔が多いようだが、
渡辺成治氏製作のATMユニットは銅箔だった。
アルミ箔と銅箔とでは、わずかに質量も変化するだろうが、アルミと銅の素材としての違いが、
音にあらわれていとはいえない。

アルミ箔でもなく銅箔でもなく、金箔だったら……、とも想像している。

高分子フィルムといっても、さまざまな種類があるだろうから、
微妙に音は違うはずである。

ハイルドライバーはダイアフラムの、この種の違いを聴き分けるのに都合がいい。
磁気回路、フレームはそのままでダイアフラムだけを簡単に交換できるからである。

ダイアフラムがカートリッジ式になっていて、
上部から抜き差しするだけで交換できるのは、エッジやダンパーをもたない構造の特長である。

Date: 9月 12th, 2016
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その9)

平面スピーカーで知られるFAL(古山オーディオ)では、
ハイルドライバーのトゥイーターを扱っている。
そこにはスイス製のダイアフラム、とある。

FALオリジナルハイルドライバーとある。
ということはダイアフラムだけを輸入して、磁気回路、フレームをつくり、
ATMトゥイーターとして製品化しているのたろう。

どのメーカー製なのか、詳細はないが、もしかするとERGO製なのかもしれない。
ヘッドフォンに使われているダイアフラムを使っていたとしても、ふしぎではない。

ならば逆も可であるのだから──、と考える。
ハイルドライバー(Air Motion Transformer)のヘッドフォンではなく、
AKGのK1000のハイルドライバー版が実現できないのだろうか、と。

ステレオサウンド別冊「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」には、
ESSのヘッドフォンもMK1Sも登場している。
ハイルドライバーのヘッドフォンである。
     *
 スピーカーではすでにトゥイーターとして実用化されているハイルドライバーの応用という特殊型だ。中音域は広い音域にわたって全体に自然だが、高音域のごく上の方(おそらく10数kHz)にややピーク性の強調感があって、ヴォーカルの子音がややササクレ立つなど、固有の色が感じられる。が、そのことよりも、弦のトゥッティなどでことに、高音域で音の粒が不揃いになるように、あるいは滑らかであるべき高音域にどこかザラついた粒子の混じるように感じられ、ヨーロッパ系のヘッドフォンのあの爽やかな透明感でなく、むしろコスHV1Aに近い印象だ。低音がバランス上やや不足なので、トーンコントロール等で多少増強した方が自然に聴こえる。オープンタイプらしからぬ腰の強い音。かけ心地もかなり圧迫感があって、長時間の連続聴取では疲労が増す。直列抵抗を入れた専用アダプターがあるが、スピーカー端子に直接つないだ方が音が良いと感じた。
     *
ESSのラインナップにヘッドフォンはあるが、ハイルドライバーではない。
リエイゾン・オーディオからもATM方式のヘッドフォンは登場している。
こちらは全体域をATMでカバーしているわけではなく、2ウェイとなっている。

私が欲しいのは、くり返すがK1000のハイルドライバー版であり、
ハイルドライバーの同相ダイボール型という特性は、K1000と同じ構造にぴったりといえる。

と同時に、瀬川先生が「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」で指摘されていること。
この点は、ESSのヘッドフォン固有の問題とは捉えていない。

以前エラックのCL310を鳴らしていた。
そのとき、同じようなことを感じていたからだ。

Date: 9月 12th, 2016
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その8)

ステレオサウンド別冊「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」で、
イエクリン・フロート Model 1が取り上げられている。
瀬川先生の評価は高かった。
     *
 かける、というより頭に乗せる、という感じで、発音体は耳たぶからわずかだか離れている完全なオープンタイプだ。頭に乗せたところは、まるでヴァイキングの兜のようで、まわりの人たちがゲラゲラ笑い出す。しかしここから聴こえてくる音の良さにはすっかり参ってしまった。ことにクラシック全般に亙って、スピーカーからはおよそ聴くことのできない、コンサートをほうふつさせる音の自然さ、弦や木管の艶めいた倍音の妖しいまでの生々しさ。声帯の湿りを感じさせるような声のなめらかさ。そして、オーケストラのトゥッティで、ついこのあいだ聴いたカラヤン/ベルリン・フィルの演奏をありありと思い浮べさせるプレゼンスの見事なこと……。おもしろいことにこの基本的なバランスと音色は、ベイヤーDT440の延長線上にあるともいえる。ただ、パーカッションを多用するポップス系には、腰の弱さがやや不満。しかし欲しくなる音だ。
     *
この試聴の時点で、イエクリン・フロート Model 1の入手は、
オーディオ店に行けば、すぐ買えるというものではなかったようだ。

「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」の推薦機種のところで、
《残念ながら入手が不可能らしいイエクリン・フロート》と書かれている。

Jecklin Floatはスイスのブランドだった。
正確にはどう発音するのか。
イエクリン・フロートなのか、ジャクリン・フロート、それともエクリン・フロートなのか。
ここではイエクリン・フロートを使う。

「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」が出た時点で、
イエクリン・フロート Model 1の製造中止のように思われていたが、
海外ではあたりまえに入手できていた、ともきいている。

イエクリン・フロート Model 1は、聴きたかったヘッドフォンであり、
聴けなかったヘッドフォンである。
イエクリン・フロート Model 1はコンデンサー型で、
のちのAKGのK1000の原型と捉えることもできなくはない。
つまりヘッドフォンというよりは、イヤースピーカーと云った方が、より近い。

イエクリン・フロートはその後、いろいろあったようで、ERGO(エルゴ)というブランドに変り、
コンデンサー型からAMT(Air Motion Transformer)へと変っている。

Date: 7月 11th, 2016
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その7)

いま、オーディオの世界でESSといえば、
D/Aコンバーターのチップで知られるESS Technologyを指すようだが、
私くらいの世代まで上ってくると、ESS Labsのことである。

このESSには、ずっと以前ネルソン・パスとルネ・ベズネが働いていた。
ESSのロゴはルネ・ベズネのデザインである。

ESSはハイルドライバーで有名になったメーカーだ。
ESSのスピーカーは、ブックシェルフ型の普及クラスのモデルから、
フロアー型のフラッグシップモデルまで、すべて2ウェイでトゥイーターはハイルドライバーを採用していた。
いまではハイルドライバーよりも、AMT(Air Motion Transformer)のほうが通りがいい。

ESSのスピーカーの上級機種になると型番はamtから始まっていた。
ESSはヘッドフォンもつくっていた。MK1Sというモデルで、もちろんハイルドライバーを使っている。

1970年台の終りころ、日本では平面振動板のスピーカーが、一種のブームになった。
各社からそれぞれに違った構造、違った素材の振動板の平面型スピーカーが登場した。

コーン型につきものの凹み効果が発生しない平面振動板。
さらに振動板のピストニックモーションを考えても、
スピーカーとしての理想に確実に近づいた印象を私は受けてしまった。

当時は田舎町に住む高校生。
平面振動板のスピーカーシステムは、どれも聴く機会はないまま、
あふれる情報によって、それがあたかも理想に近いモノとして認識しようとしていた。

けれど数年後、実際の音を聴き、オーディオの経験を積んでいくうちに、
振動板の正確なピストニックモーションが、部屋の空気をそのように振動させているわけではない、
そのことに気づくようになってきた。
このことは以前書いている。

部屋の空気を動かすことに関して、平面振動板が理想に近いとは思わないようになってきた。
だからといって平面振動板のスピーカーシステムが聴くに値しない、といいたいのではない。
振動板の動きイコール空気の振動ではない、ということだけをわかってほしいだけである。

そう考えるようになってハイルドライバーのことが気になってきた。
ハイルドライバー(AMT)は振動板を前後にピストニックモーションさせているわけではない。

Date: 4月 23rd, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その4)

アナログディスク全盛時代、カートリッジを複数個もつ人は特に珍しいことではなく、
オーディオマニアであればそれが当然のことでもあった。

私がオーディオにこれほどのめり込むきっかけとなった「五味オーディオ教室」には、こう書いてあった。
     *
 ある程度のメーカー品であれば、カートリッジひとつ替えてみたところでレコード鑑賞にさほど違いがあるわけはない、とウソぶく者が時おりいる。
 レコード音楽を鑑賞するのは本当はナマやさしいことではないので、名曲を自宅でたっぷり鑑賞しようとなんらかの再生装置を家庭に持ち込んだが最後、ハイ・フィデリティなる名のドロ沼に嵌まり込むのを一応、覚悟せねばならぬ。
 一朝一夕にこのドロ沼から這い出せるものでないし、ドロ沼に沈むのもまた奇妙に快感が伴うのだからまさに地獄だ。スピーカーを替えアンプを替え、しかも一度よいものと替えた限り、旧来のは無用の長物と化し、他人に遣るか物置にでもぶち込むより能がない。
 ある楽器の一つの音階がよりよくきこえるというだけで、吾人は狂喜し、満悦し、有頂天となってきた。そういう体験を経ずにレコードを語れる者は幸いなるかなだ。
 そもそも女房がおれば外に女を囲う必要はない、そういう不経済は性に合わぬと申せるご仁なら知らず、女房の有無にかかわりなく美女を見初めれば食指の動くのが男心である。十ヘルツから三万ヘルツまでゆがみなく鳴るカートリッジが発売されたと聞けば、少々、無理をしてでも、やっぱり一度は使ってみたい。オーディオの専門書でみると、ピアノのもっとも高い音で四千ヘルツ、これに倍音が伴うが、それでも一万五千ヘルツぐらいまでだろう。楽器でもっとも高音を出すのはピッコロやヴァイオリンではなく、じつはこのピアノなので、ピッコロやオーボエ、ヴァイオリンの場合はただ倍音が二万四千ヘルツくらいまでのびる。
 一番高い鍵を敲かねばならぬピアノ曲が果たして幾つあるだろう。そこばかり敲いている曲でも一万五千ヘルツのレンジがあれば鑑賞するには十分なわけで、かつ、人間の耳というのがせいぜい一万四、五千ヘルツ程度の音しか聴きとれないとなれば、三万ヘルツまでフラットに鳴る部分品がどうして必要か——と、したり顔に反駁した男がいたが、なにごとも理論的に割切れると思い込む一人である。
 世の中には男と女しかいない、その男と女が寝室でやることはしょせんきまっているのだから、汝は相手が女でさえあれば誰でもよいのか? そう私は言ってやった。女も畢竟楽器の一つという譬え通り、扱い方によってさまざまなネ色を出す。その微妙なネ色の違いを引き出したくてつぎつぎと別な女性を男は求める。同じことだ。たしかに四千ヘルツのピアノの音がAのカートリッジとBのとでは違うのだから、どうしようもない。
     *
この文章についていた見出しは「よい部品を求めるのは、女体遍歴に通ず」だった。
「なにごとも理論的に割切れると思い込む」人は、
カートリッジを複数個もつことは、無駄なことでしかなかったはず。
いまならカートリッジはヘッドフォン、イヤフォンに置き換えることができる。

カートリッジにしても、ヘッドフォン、イヤフォンも場所はそれほどとらない。
これがアンプ、さらにはスピーカーシステムとなると、場所もとる。
それでもアンプもスピーカーも複数所有している人はいるし、
所有したいと思っている人はもっと多いだろう。

オーディオに関心のない人からすれば、いいモノをひとつ選んで他は処分すればいいのに……、となる。
確かにアンプにしてもスピーカーにしても複数所有することは機能の重複である。
そんなことはオーディオマニアはわかっている。

それでも複数所有するのは、性能の重複ではないからだ。
重複するのは何なのか。
ここのところを、はっきりと家族に理解してもらうのは大事なことだ。

Date: 4月 17th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(QUADの場合)

パワーアンプにはヘッドフォン端子がついている機種の方が少ない。
プリメインアンプとなると、国産機種に関しては、以前は大半の機種についていた。
コントロールアンプは、となると、ついているモノもあればついていないモノもある、といった感じだった。

国産のコントロールアンプはついている機種が多かった。
海外製も意外と多かった。

それが音質向上を謳い、トーンコントロールやフィルターといった機能を省く機種が増えるに従い、
ヘッドフォン端子も装備しない機種が増えていった。

たとえばマークレビンソンのLNP2やJC2にヘッドフォン端子がないのは、
特に疑問に感じたりはしない。
マークレビンソンの成功に刺戟されてか、1970年代後半に多くの小規模のアンプメーカーが誕生した。
AGI、DBシステムズ……、これらのコントロールアンプにもヘッドフォン端子はついてなかった。
それも当り前のように受けとめていた。

不思議に思うのは、QUADの場合である。
管球式の22、トランジスターになってからの33、44、
いずれにもヘッドフォン端子はついていない。
パワーアンプにも、当然ながらついていない。

これが他のメーカーであれば、その理由を考えたりはしないのだが、
QUADとなると、考えてみたくなる。

QUADのことだから、設計者のピーター・ウォーカーのポリシーゆえなのだろうが、
ついていても不思議でないQUADのコントロールアンプにつけない、その理由となっているのは、
どういうことなのだろうか。

正直、はっきりとした答は見えてこない。
それでもQUADの場合について、考えるのは無意味ではないはずだ。

Date: 4月 16th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その3)

GASからは最初にパワーアンプAmpzillaが登場した。
しばらくしてペアとなるコントロールアンプThaedraが出た。

Thaedraにはヘッドフォン端子が最初のモデルからついていた。
II型になってAmpzillaにもヘッドフォン端子がついたということは、
コントロールアンプとパワーアンプの両方にあることになる。

メーカー側がペアで使ってほしいと思っていても、
セパレートアンプであれば必ずしもペアで使われるとは限らない。

ゆえにコントロールアンプとパワーアンプの両方につけるのだろうか。

GASだけではない。
マッキントッシュのセパレートアンプもそうだった。
C26、C28といったコントロールアンプにヘッドフォン端子はついている。
MC2300にはなかったが、MC2105、MC2205などにはヘッドフォン端子がある。

機能が重複しているわけだ。
もっともマッキントッシュのコントロールアンプを他社のパワーアンプと(もしくはその逆)、
GASのThaedraと他社のパワーアンプ(もしくはその逆)の組合せも考えられるわけだし、
実際にそういう組合せで鳴らしている人もいるのだから、
その場合、機能は重複しないとはいえ、ペアで使う人が多いのもマッキントッシュのアンプの特徴でもあるし、
GASに関しても、ユニークなパネルフェイスはペアで使いたくなるところだし、
実際にボンジョルノ設計のアンプはメーカーがGASとSUMOであっても、驚く音を聴かせてくれる。

マッキントッシュもGASも、ペアでの使用を前提としたうえで、
ヘッドフォン端子をコントロールアンプとパワーアンプに設けることは、
機能の重複ではあっても、性能の重複ではない、と考えているからではないだろうか。

Date: 4月 15th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その2)

1985年12月にSUMOのThe Goldを買った。
すでに製造中止になっていたから、中古である。
アンプ本体のみだった。

当時はステレオサウンドにいたから、輸入元であったエレクトリのKさんに、
回路図と取り扱い説明書をお願いした。

英文と邦訳、両方の取り扱い説明書と回路図、それからカタログもいただいた。

取り扱い説明書を読むと、ヘッドフォンの接続に関して書かれているところがある。
いまでこそ接続端子を交換して左右チャンネルのアースを分離できるようになったが、
ヘッドフォンはヘッドフォン端子を使うかぎりは、左右チャンネルのアースは共通になっている。

SUMOのパワーアンプはブリッジ出力(バランス出力)なので、
左右の出力端子の黒側(マイナス側)はアースではないので、
一般的なパワーアンプと同じやり方ではヘッドフォンは接続できない。
アンプの故障の原因となるからだ。

ていねいにも取り扱い説明書には、ヘッドフォンのアースは、
アンプ本体のシャーシーに接続しろ、と書いてある。

The GoldやThe PowerなどのSUMOのパワーアンプにヘッドフォンを接続するには、
そういうやり方しかないのだが、それにしても……、と感じた。

こういうことを取り扱い説明書に書いてあるということは、
少なくともアメリカでは、これらのパワーアンプの出力端子にヘッドフォンを接続する人たちが、
少なからずいる、ということだろう。

取り扱い説明書はThe GoldとThe Power、共通だった。
The Goldは125W、The Powerは400Wの出力をもつ。
そういうパワーアンプでヘッドフォンを鳴らす。

どういう音がするのだろうか、と思うとともに、
そういえばThe Gold、The Powerのジェームズ・ボンジョルノは、
GAS時代にも、やはりAmpzillaにヘッドフォン端子をつけていたことを思い出した。

初代のAmpzillaにはなかったヘッドフォン端子が、
Ampzilla IIではDYNAMICとELECTROSTATICの二組の端子が、フロントパネルに設けられている。
Ampzillaの出力は200W。

Ampzillaはヘッドフォンを接続しようと思えば、簡単にできる。
だかThe Power、The Goldとなると、リアパネル側にまわらなければできない。

私の感覚ではそうまでしてヘッドフォンをThe Goldで鳴らそうとは考えないけれど、
そこまでやる人がいる、ということでもある。

あきらかにAmpzilla、The Power、The Goldの出力は、数時だけで判断するとヘッドフォンには過剰である。
けれど、それはあくまでも数時の上だけの過剰さなのか、とも思う。

当時でもヘッドフォン端子を切り取って、ヘッドフォンのケーブルの末端をばらしてしまえば、
つまりスピーカーケーブルと同じにしてしまえば、そのままSUMOのアンプに接続できる。
そうすればバランス駆動で鳴らせる。

どんな音がしたのだろうか。

Date: 4月 14th, 2016
Cate: ヘッドフォン

優れたコントロールアンプは優れたヘッドフォンアンプなのか(その1)

1978年にステレオサウンド別冊として出た「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」。
ここでの試聴方法を、瀬川先生が書かれている。
     *
 ヘッドフォンのテストというのは初体験であるだけに、テストの方法や使用機材をどうするか、最初のうちはかなり迷って、時間をかけてあれこれ試してみた。アンプその他の性能の限界でヘッドフォンそのものの能力を制限してはいけないと考えて、はじめはプリアンプにマーク・レヴィンソンのLNP2Lを、そしてパワーアンプには国産の100Wクラスでパネル面にヘッドフォン端子のついたのを用意してみたが、このパワーアンプのヘッドフォン端子というのがレヴェルを落しすぎで、もう少し音量を上げたいと思っても音がつぶれてしまう。そんなことから、改めて、ヘッドフォンの鳴らす音というもの、あるいはそのあり方について、メーカー側も相当に不勉強であることを思った。
 結局のところ、なまじの〝高級〟アンプを使うよりも、ごく標準的なプリメインアンプがよさそうだということになり、数機種を比較試聴してみたところ、トリオのKA7300Dのヘッドフォン端子が、最も出力がとり出せて音質も良いことがわかった。ヘッドフォン端子での出力と音質というは、どうやらいま盲点といえそうだ。改めてそうした観点からアンプテストをしてみたいくらいの心境だ。
 また、念のためスピーカー端子に直接フォーンジャックを接続して、ヘッドフォン端子からとスピーカー端子から直接との聴き比べもしてみた。ヘッドフォンによってかなり音質の差の出るものがあった。そのことは試聴記の中にふれてある。
     *
トリオのKA7300Dは78000円のプリメインアンプ。
約40年前のこととはいえ、KA7300Dは高級機ではなく中級機にあたる。

フロントパネルにヘッドフォン端子がついていて、出力100Wクラスの国産パワーアンプとなると、
あれか、とすぐに特定の機種が浮ぶ。
このころのオーディオに関心のあった人ならば、すぐにどれなのかわかるはず。
コントロールアンプのLNP2(当時118万円)と比較すれば、価なパワーアンプともいえるが、
KA7300Dよりは高価なモノだ。

そのパワーアンプの、スピーカーを鳴らしての評価は高いほうだった。
スピーカーを鳴らした音は聴いたことがある。けれどヘッドフォンを鳴らした音は聴いたことがない。
だから瀬川先生の文章を読んで、そうなのか……、と思った。

このメーカーはヘッドフォン端子をつけるにあたって、きちんと音を聴いていたのだろうか。
とりあえずつけておけばいいだろう、という安易な考えがあったのか、
それともこのメーカーが試聴用として使用したヘッドフォンならば、十分な音量を得られたのだろうか。

そうだとしても、特定のヘッドフォンにのみ、ということでは汎用アンプとしては、
むしろつけない選択もあったはずだ。

このパワーアンプでも、スピーカー端子にヘッドフォンを接げばいい音がした可能性は高い。
ヘッドフォンを鳴らすのにパワーはそれほど必要としない。
ごくわずかな出力ですむ。

ということは出力段がAB級動作であっても、
ヘッドフォンを鳴らす出力においては、ほぼすべてのアンプがA級動作をしているといってもいい。
それにアンプにとっての負荷としてみても、
ヘッドフォンとしては低い部類のインピーダンスであっても、
スピーカーとくらべれば高い値である。

つまりアンプにとってヘッドフォンを鳴らすのは、
スピーカーを鳴らすよりもずっと簡単なことだ、と思えなくもない。
でも実際のところはそうではない。

Date: 2月 1st, 2016
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その6)

岡先生がAKGのK1000について書かれた文章をさがしていた。
とりあえず見つかったのは、
別冊 暮しの設計 No.20「オーディオ〜ヴィジュアルへの誘い」にあった記事だ。

このムックは中央公論社から1992年に出ている。
岡先生と菅野先生が監修されている。

すこし長くなるが引用しておこう。
     *
 それ以上に優れているのは音のよいことである。今まで音のよいヘッドフォンといえば、ソニーのMDR−R10が抜群であり、スタックスのΛ(ラムダ)Σ(シグマ)シリーズの上級機も定評があったが、K1000はダイナミック型のもつ力強さとコンデンサー型の繊細さや透明度を持ち、歪み感のすくないことでもちゅうもくされるものであった。本機はパワーアンプの出力をそのまま入力すればよいようになっている。インピーダンスが120オームなので、ふつうのスピーカーを聴くときに上げるアンプのヴォリュームの位置と大差はないところで、ほどよい音量が得られる。
 K1000が発表されたのは1990年だが、1991年にこのヘッドフォンのための専用アンプ(K1000アンプリファイアー)が発売された。純粋A級アンプで、ヘッドフォン専用アンプとして作られただけに、このアンプを通したときの音がもっともよい。
 入出力ともXLR(キャノン端子)コネクター用によっており、入力は3端子のバランス専用、出力はLR共用の4端子が1対装備されているので、K1000を2本つなぐことができる。
 このアンプが現われたので、バランス出力のあるCDプレイヤーやDATあるいはカセットデッキなどを直接モニターすることができる。音量調整も出力端子のすぐそばにヴォリュームがあるので、容易に好みのレベルに設定できる。
 K1000はたしかにヘッドフォンにちがいないが、聴感覚的にはヘッドフォンを使っているという感じをまったく与えないのは、ヘッドバンドの構造とユニットの支持法が実によく考えられているのと、完全オープン・タイプであるために、長時間使用していても違和感や疲労感がまったく生じないためである。
 また、プレイヤーの出力をダイレクトに専用アンプを経由させるだけで、余計な回路を通っていないので、プログラムのクォリティ・チェックにもひじょうに有用である。
 筆者は、仕事の必要上新譜のテストを数日間聴きっぱなしということがある。スピーカーから出る音との音場感の差などを常時チェックしたりするけれど、大部分、K1000だけで試聴して何の不都合も感じない。ひじょうにありがたいのは夜遅く聴かなければならないときに、あまり大音量を出すことは考えものなので、机上の両サイドに置いている小型モニター・スピーカーで接近試聴という不便なことになってしまうが、K1000では、ドアを開けてレコードを大音量(?)で聴いても、隣りの部屋での睡眠の何の邪魔にもならず、昼間と同じ再生レベルで聴くことができる。
 このまったく新しいヘッドフォンを使用中にひとつ新しい発見があった。聴いている音楽を同時にスピーカーからも音を出してみる。それも音量感からいえば、ヘッドフォンを耳で聴いているレベルの数分の1から10分の1ぐらいでよいのだが、このスピーカーの音によって、音場感がひじょうに広くなりパースペクティヴも感じられる。レベル差がひじょうに大きいので定位感はヘッドフォンの音で決まってしまうので、スピーカーに対するリスニング・ポジションを気にすることも必要ではない。今までサテライト・スピーカーを使ったり、いろいろな音場再生を行なってみたことはあるが、ソースのクォリティを損なわず音場感を得られるということは実におもしろい経験でもあった。
 筆者にいわせれば、ミニ・ハイファイ・システムのひとつの極点が、こんなところにあるのではないかと思った次第である。ただし、K1000が17万5千円、専用アンプが22万5千円だから、合せて40万円になる。これを高いと思うか安いと思うかはその人次第だが、いまの高級コンポーネントが、100万から数百万までのがざらにあることを考えれば、筆者はこれは安いと思う。
     *
岡先生はK1000を「新しいヘッドフォン」と書かれている。
そうだと思う。
そういう「新しいヘッドフォン」の真価を、
知人は見抜けなかったから、K1000のことを酷評したともいえる。

ちなみに知人は、私よりは年上だが岡先生よりもずっと若い。

Date: 12月 1st, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その5)

ステレオサウンド 97号での岡先生の発言からもうひとつわかることは、
AKGのK1000の装着艦はひじょうに優れている、ということである。

岡先生は普通のヘッドフォンだったらかけたまま眠れないのに、
K1000では装着の違和感がまったくないから、そのまま眠ってしまう、と。

その3)でK1000の装着感を、
ばっさり切り捨ててしまった知人の感想とは、まったく逆である。

どちらを信じるか。
私は岡先生である。

K1000を切り捨てて悦に入っていた知人は、
別項「菅野沖彦氏のスピーカーのこと(その14)」で書いた知人である。
XRT20をフリースタンディングで鳴らして、こちらがいい音と言った人である。

彼は、オーディオの仕事を当時やっていた。
何を、彼はわかっていたのだろうか。

彼はK1000だからこそもつ良さを感じとれない人なのだろう。
もっといえば想像できない人なのだろう。

私はK1000を聴いていない。
K1000はとっくの昔に製造中止になっている。
K1000の設計思想を受け継いだヘッドフォンはAKGからも、他のメーカーからも出ていない。

日本ではヘッドフォン・ブームといえる状況で、
K1000の時代よりも数多くの製品が市場にあふれているにも関わらず、だ。

中野で年二回行われるヘッドフォン祭に来る人の多くは若い人である。
彼らは、終のスピーカー、終のリスニングルームといったことは、
まだ考えもしないはずだ。
私も20代のころは、そんなこと考えていなかった。

けれど、いまは違う。
終のスピーカーということも考えているし、書いてもいる。
終のリスニングルームということも考えてしまう。

AKGのK1000は、終のリスニングルームになるかもしれない。
そんな予感が残っている……。

Date: 8月 2nd, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その4)

AKGのK1000は、ステレオサウンド 95号(1990年6月発売)の新製品紹介のページに登場している。
菅野先生が担当されている。
K1000の音について、こう書かれている。
     *
今回のK1000はあえて前置きに長々と書いたように、オーストリア製にふさわしい製品で、その美しい音の質感は、決してスピーカーからは聴くことのできないものだ。特に弦楽器の倍音の独自の自然さとそこからくる独特な艶と輝きをもつ、濡れたような音の感触は、従来の変換器からは聴き得ない生々しさといってよいだろう。こうして聴くと、CDソフトには実に自然な音が入っていることも再認識できるであろう。生の楽器だけが聴かせる艶っぽさを聴くことのできる音響機器は、ヘッドフォンしかない(特に高域において)と思っているが、この製品はさらにその印象を強めるものだった。
     *
いま読み返して、K1000の音が聴きたくなってくるし、
瀬川先生がもしK1000を聴かれたら……、ということも想像してしまう。

K1000はステレオサウンド 97号で、Components of the years賞に選ばれている。
岡先生がこんなことを発言されている。
     *
 実はちょっとおはずかしい話ですが、ぼくは家で椅子に座ってこれを使っていて、そのまま眠ってしまった……。
柳沢 眠ってしまえるほど、装着の違和感がないってことですね。
 それほどヘッドフォンという感じがないんですよ。普通のヘッドフォンだったら眠れないですから。
     *
岡先生はすでに購入されていることがわかる。
どの記事を読んだからなのだろうか、
私にとってAKGのK1000といえば、岡先生が浮んでくる。
そして岡先生とスピーカーということでも、K1000が真っ先に浮んでくる。

たとえば瀬川先生ならば、真っ先にJBLの4343が浮ぶ。
菅野先生ならばマッキントッシュのXRT20だったり、JBLの3ウェイのシステム、
それにジャーマンフィジックスのDDD型ユニットが浮ぶ。
長島先生はジェンセンG610Bだし、その人の名前とともに浮んでくるスピーカーがはっきりとある。

岡先生の場合、私はなぜかK1000をまっさきに思い浮べてしまう。
岡先生のスピーカー遍歴は知っている。
にも関わらず岡先生とスピーカーということになると、K1000なのである。

Date: 7月 24th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その3)

1990年ごろのヘッドフォンでAKGのK1000というモデルがあった。
AKGはK1000のことをヘッドフォンとは呼ばず、イヤースピーカーと呼んでいた。

ヘッドフォンは密閉型にしろ開放型にしろサウンドチェンバーと呼ばれる空間が存在する。
密閉型はその名の通り、サウンドチェンバーは密閉されているから、外界の音とは遮断されることになる。

開放型はサウンドチェンバー内の空気とヘッドフォンの外側の空気とは流通性がある。
そのため密閉型よりも音もれが発生することになる。

密閉型か開放型かと装着感にも関係しているため、
密閉型はどうしてもだめという人もいるし、密閉型の音の方がいいという人もいる。

K1000は開放型のひとつなのだが、
ヘッドフォン特有のサウンドチェンバーはK1000にはない。

通常のヘッドフォンではパッドが耳の周囲に直接ふれるわけだが、
K1000ではこめかみ周辺にパッドがふれ、耳の周囲を覆うものは存在しない。
いわば完全な開放型ともいえる構造をもつ。

K1000が出た時に、さっそく聴いたという人がまわりにいた。
どうだった? ときいた。
返ってきたのは、あんなのは欠陥品、という強い口調の完全な否定だった。
こめかみで支える構造ゆえ、音を聴く以前に非常に不愉快で頭が痛くなる──、
ということだった。何度聞き返しても、音について彼の口から語られることはなく、
あんな欠陥品は買うべきではないし、あんなものを製品として出したことが理解できない……、
彼の口から出るK1000の否定はいきおいを増すばかりだった。

きいていていやになってきた。
彼はK1000のことを評価するに値しないモノと断言していたけれど、
彼の顔の幅ははきりいって広いほうだった。
こめかみにパッドがあたるから、顔の幅が広ければそこにかかる圧も増してくる。
だから彼は我慢できなかったはず、と思いながら彼の口から出るK1000の悪口をきいていた。

装着感は人それぞれなのだから、彼にとって最悪であっても、多くの人にとってそうとはかぎらない。
事実、K1000の装着感についてそういう指摘を読んだ記憶はない。

記憶に残っているのはK1000の音のよさに語られたものばかりだ。

Date: 6月 2nd, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その2)

これまでに全身麻酔の経験は三回ある。
一回目は幼すぎてまったく記憶にない。
二回目、三回目は通常ならば全身麻酔ではないのだが、
喘息持ちゆえに全身麻酔をかけて、ということだった。

麻酔から醒めはじめの感覚はできればもう味わいたくない。
私の場合、二回目、三回目とも麻酔から醒めるのが遅かったようだ。
昼の手術(骨折の治療)なのに、麻酔から醒めはじめたのは夜中の一時すぎくらいだった。

それから夜が明けるまで眠れない。
病室の天井を、ぼんやりした意識で眺めていた。

病室のベッドの上で最期を迎えるということは、
病室の天井をうすれゆく意識で見るということなのか。
そんなことも思っていた。

五味先生も瀬川先生も岩崎先生も、みな天井を眺めるしかなかった……。

Date: 3月 16th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その1)

喘息持ちなこともあって、小学生のころは学校をよく休んでいた、早退も多かった。
健康な人よりも、だからこのころはベッドの上で過ごすことが多かった。

こんなことを思い出すのは、
ベッドの上が、終のリスニングルームとなるのか、と考えるようになったからかもしれない。

ステレオサウンド 55号の原田勲氏の編集後記を思い出す。
五味先生のことが書いてあった。
     *
 五味先生が四月一日午後六時四分、肺ガンのため帰らぬ人となられた。
 オーディオの〝美〟について多くの愛好家に示唆を与えつづけられた先生が、最後にお聴きになったレコードは、ケンプの弾くベートーヴェンの一一一番だった。その何日かまえに、病室でレコードを聴きたいのだが、なにか小型の装置がないだろうか? という先生のご注文で、テクニクスのSL10とSA−C02(レシーバー)をお届けした。
 先生は、AKGのヘッドフォンで聴かれ、〝ほう、テクニクスもこんなものを作れるようになったんかいな〟とほほ笑まれた。
     *
五味先生にとって、AKGのヘッドフォンが終の「スピーカー」ということに、
そして病室のベッドが終の「リスニングルーム」ということになったのか……、と考える。

どこでどんなふうに死ぬのかなんてわからない。
ベッドの上で死ねるかもしれないし、そうでないかもしれない。
それでも、ベッドの上で最期の時を過ごすようになるのは十分考えられることだ。

そこでどうやって音楽を聴くのだろうか。
ヘッドフォンなのだろうか。
ヘッドフォンという局部音場が、ベッドの上を終の「リスニングルーム」としてくれるのだろうか。

まだわからない。