Archive for 5月, 2012

Date: 5月 31st, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続・原音→げんおん→減音)

マイクロフォンについてはいずれ書きたいと思っているので、
ここではこれ以上PZMについてはふれないものの、
どんなに性能が優れたマイクロフォンであっても、演奏の場のすべての音を電気信号に変換することはできない。
まずここで失われる音がある。その音の信号処理をみていっても、多かれ少なかれ失われていく音がある。

伝送系においても音は失われていく。
まったく失われない箇所というのは、オーディオの系の中にはない。

それから失われるまではいかないまでも、
歪やノイズや、その他の要因による固有音が附加されていくことによって、
これらにマスキングされて失われたように感じてしまう音もある。

音が失われていく箇所を、録音の現場から再生の現場までひとつひとつ丹念に数え上げていったら、
気の遠くなるような数になり、それらによって失われていった音がどれだけあるのか正確にはっきりと掴むことは、
正直、誰にもできないことである。

技術の進歩は、録音系ではできるだけ多くの音を収録する方向に、
再生系ではできるだけ多くの音を再現する方向にある。
情報量ということでは、確実に増えてきているし、情報量が多いことが良しとされる。

私も20代のころは、よく「情報量が」ということを口にしていた。
いまも情報量は、基本的に多いほうがいいということには変りはない。
けれど……、とも思う。

情報量は再生系、再生の現場においては、音量と密接に関係している。
音量との関係は絶対に切り離せないことである。

つまり情報量が増えていくほどに、リスニング環境のS/N比のはっきりとした改善がないかぎり、
音量は増していかざるをえない。
音量が増すことは、それなりの音量で聴くことになる。
そういう環境にある人でも、大音量を好まない人もいる。
音量の自由度は、オーディオの大切なことのひとつである。
その音量の自由度が、情報量が飛躍的に増えていくほどに、狭まっていく。

Date: 5月 31st, 2012
Cate: ジャーナリズム

あったもの、なくなったもの(その4)

なにがあったもので、なにがなくなったもの、と私が感じているのについてあえて書かないのは、
なにももったいぶって書かないのではない。

岩崎先生の文章や対談、座談会を読めばわかることだから、書かないだけのこと。
その岩崎先生の文章、発言はaudio sharingで「オーディオ彷徨」を公開しているし、
「オーディオ彷徨」の電子書籍(ePUB形式)にしたものもダウンロードできるようにしている。
まだまだすべてではないにしても、
かなりの数の個々のオーディオ機器について書かれたものはthe Review (in the past)で公開している。
それ以外の文章、座談会、対談はfacebookページの「オーディオ彷徨」を利用して公開しているのだから、
私が読んできた岩崎先生の文章、発言に関してはすべて読めるようにしている。
これから先も公開していく文章は増えていく。

だからこれらを読めば、すぐには無理かもしれないがいつの日か、はっきりとわかるはずである。
1回読んだだけでわからなければ、
それでもなにがあって、なにがなくなったのかを知りたければ、くり返し読めばいい。
集中して読むことで見えてくるものは、必ずある。
人によって、その時間は半年だったり、1年だったり、もしくはそれ以上かかるかもしれない。

それでもわからない人もいるかもしれない。
でも、それは「読んでいない」からだ。
そういう人に限って、「いまさら岩崎千明なんて」「岩崎千明なんてたいしたことない」などという。

そういう人は、もともと大切なものがなかった人だ、いまもない人だ。

Date: 5月 30th, 2012
Cate: ジャーナリズム

あったもの、なくなったもの(その3)

昨年後半から、岩崎先生の文章の入力を中心にあれこれ作業している。
facebookの「オーディオ彷徨」でそれらは公開しているし、試聴風景の写真もスキャンしては公開している。

写真に関しては紙質のあまりよくないページからスキャンだし、
写真自体も小さな扱いのことが多いから、画質はよくないものが多い。
それでもある程度数がまとまってきたのを、岩崎先生の文章とあわせて眺めていると、
オーディオ雑誌にあの時代にあったもの、いまの時代になくなったもののひとつが、私の中でははっきりしてきた。
(なくなった、は少し言葉が過ぎる気もするが、もうほぼなくなりつつある……)

はっきりしてきた「目」で、いまのオーディオ雑誌はそっちの方向へつき進むように見えてしまう。
この方向性は、これからも変ることなく、ますますそっちの方向へと行くのであろう。

Date: 5月 30th, 2012
Cate: 「介在」

オーディオの「介在」こそ(その9)

昨夜(その8)を書き終わった後、
眠りにつくまでのわずかのあいだに、
その知人と私のあいだにも、実はオーディオが「介在」していたのかも……、と、
そんなことを、ただぼんやりとおもっていたわけだが、
だとしたら、そこに介在していたオーディオとはなんだったんだろう、とも考えていた。

そこに答らしきものを見つけたいわけでもないから、
考えはじめたら眠りにつくのをさまたげるだけだから、それ以上深く考えることはしなかった。

Date: 5月 30th, 2012
Cate: audio wednesday

第17回audio sharing例会のお知らせ

次回のaudio sharing例会は、6月6日(水曜日)です。

時間はこれまでと同じ、夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 5月 30th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その9)

定電圧出力アンプと定電流出力アンプの違いは、負荷に対する出力インピーダンスの違い、ともいえる。
つまり負荷インピーダンスよりも十分に低い出力インピーダンスであれば定電圧出力、
負荷インピーダンスよりも十分に高い出力インピーダンスならば定電流出力ということになる。

十分に低い、十分に高いとはどのくらいの値のことになるのか。
低い方はすんなりいえる。
パワーアンプの出力インピーダンスが0.1Ωならば十分に低い値といえる。
パワーアンプのカタログに載っているダンピングファクターは、
負荷インピーダンスを出力インピーダンスで割った値である。

出力インピーダンスが0.1Ωでスピーカーのインピーダンスが8Ωならば、ダンピングファクターは8/0.1=80。
0.4Ωの出力インピーダンスでも8/0.4=20。
ダンピングファクター20といえば、マランツのModel 2がそうである。

出力インピーダンスが1Ωだとダンピングファクターは8。これでも低いといえば低いのだが、
やはり十分に低いということになると、ダンピングファクター10をこえたあたりからであり、
つまり負荷インピーダンスに対し出力インピーダンスは1/10以下ということ。

では十分に高い方もスピーカーのインピーダンスよりも10倍高い値、
つまり80Ωほどの出力インピーダンスをもつパワーアンプであれば定電流出力となるのかといえば、
必ずしもそうとはいえない。

なぜかといえば負荷となるスピーカーのインピーダンスカーヴが大きく変動するからである。
それもf0において高い方へ、と。

公称インピーダンス8Ωのスピーカーで、f0でのインピーダンスも10Ω程度であれば、
出力インピーダンスが80Ωでも定電流出力といえるけれど、
実際にはf0でのインピーダンスの上昇はそんなものではない。
20Ω、30Ωくらいにはすぐなるスピーカーは多いし、古い設計のスピーカーであればもっと上昇する。

JBLのD130のインピーダンスカーヴをみると、約90Ω。
アルテックの604-8Gでは100Ωをすこしこえている。
こういうスピーカーが負荷であれば、出力インピーダンスが80Ωあったとしても、
foにおいては十分な高い値どころか、逆にわずかではあるが低い値になってしまう。

f0でのインピーダンス上昇を含めて全体にわたり定電流出力を実現するには80Ω程度では十分とはいえない。

Date: 5月 29th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その8)

f0は最低共振周波数のこと。
そのf0でインピーダンスが上昇するのは共振しているからであって、
つまりはf0においてはそれほどパワーを必要としないわけである。

このことはスピーカーの教科書的な本に書いてあることだから、
オーディオに興味を持ちはじめてすぐのころには知識としては持っていた。

確かに共振しているからパワーは少なくといい、という理屈はわかる。
でも同時にオーディオの初心者として疑問だったのは、
共振しているものを完全に制御するのに、そうでない周波数よりも、より大きなパワーを必要とするのではなのか、
そんなことを漠然と感じていた。

振動板が静止していて、それを動かすのであればf0でインピーダンスが高くてパワーが少なくていい、
というのは素直に理解できるのだが、スピーカーの振動板は音楽を鳴らしているときにはつねに動いていてる。
その動いている状態でf0のインピーダンスが上昇し、
定電圧出力のパワーアンプではパワーが少ししか入らないということは、
音楽信号によって動いている振動板を制御できるのだろうか──、そう考えたわけだ。

もしかすると共振して動いている状態の振動板を制御するのには、意外にもパワーを必要とするのかもしれない。
だとしたらインピーダンスとパワーが比例関係にある定電流出力の方がいいのではないか──、そうも考えた。

実際のところスピーカーの実動作を正しく解析できるわけでもなく、そう考えるだけに留まっているのだが、
スピーカーはいつのころから定電圧駆動が前提となっていったのか、そのことについても考えていた。

D130が生れた1948年は、まだそんなことは前提として決っていなかった(はず)と、
同時代のアンプの回路図を見ていると、そう思えてくる。

Date: 5月 29th, 2012
Cate: 「介在」

オーディオの「介在」こそ(その8)

私は、音楽と聴き手の間にオーディオをおいたわけだが、
だからといって音楽と聴き手のあいだの距離をオーディオが絶対的に支配していると考えているわけではなく、
この距離は、ほとんど聴き手の音楽に対する姿勢によって決ってくる。

そうやって決った距離を、途中に介在するオーディオがより引きつける(惹きつける)方向に作用するのか、
それとも文字通り介在することで距離が開いていくのか──、
実はこれも聴き手次第である。

私は音楽と聴き手を結ぶ線上にオーディオを置くから、
介在ということをことさら意識するのかもしれないし、
知人のように三角形の位置関係に配置するのであれば、オーディオは介在とは意識しないのかもしれない。

この話を知人としたときには、そこまで突っ込んだところまで話が発展しなかったから、
彼がどうオーディオの存在を捉えているのかははっきりしないが、
少なくとも「介在」というふうには捉えていない、とはいえるだろう。

それが知人のオーディオへの取組みであって、
介在とすることが私のオーディオへの取組みであるだけの話で、
それは、知人と私が、あるオーディオ機器を高く評価していた場合にも、
同じ価値観からの評価の一致とはいえないことにも連なっていく。

共通して、高く評価するオーディオ機器の数がどれだけ多かろうと、
その良さをふたりで話し合って共通するところがいくつあろうと、
それはオーディオ機器としての能力の高さ──、
つまりアンプならばアンプとしての、スピーカーならばスピーカーとしての能力、
性能の高さを確認しただけのことかもしれないし、これが客観的評価なのかもと思う。

その一方で、なぜ、このオーディオ機器を高く評価するのだろうか、とお互いに思っているところは、
知人にもきっとあるはず。
つきあいが長ければ、なんとなくその理由は頭では理解できたとしても、
あくまでもそれは頭での理解でしかなく、心からの共感ではない。

心からの共感なくして、どんなにつきあいが長かろうと、
結局どこかはかない、もろいだけのつきあいだったのかもしれない。

Date: 5月 28th, 2012
Cate: 「介在」

オーディオの「介在」こそ(その7)

家庭で好きなときに好きな音楽を聴くためにはオーディオ機器が必要になり、
オーディオ機器が音楽と聴き手のあいだに介在することになる。
これは、これからさきどんなに技術が進歩していっても、オーディオ機器の「介在」がなくなることは、まずない。

音楽と聴き手の間に介在しているのはオーディオ機器だけではない。
そこには録音・再生のプロセスにともなうすべてのものが介在しているわけで、
ここで考えたいのは再生系におけるオーディオの介在であり、
再生系での音楽があり、聴き手がいて、オーディオ機器があるわけだが、
この3つの関係をどう並べるのか、以前、知人と話したことがある。

その知人はこの3つは三角形を形成する関係にある、という。
私は、というと、音楽と聴き手を結ぶ線の上にオーディオ機器が介在している──、
そういう位置関係にある、と話した。

どちらの考えが正しいのか間違っているのかではなく、これはその人のオーディオに対する考え方の違い、
オーディオを介して聴く音楽への考え方、というよりも接し方だろうか、その違いが表れてきただけのことだ。

ひとりは三角形(つまりは平面)を描き、ひとりは一本の線を描く。

私はオーディオ機器を、音楽と聴き手の間に介在すると位置づけてはいるが、
これはあくまでも「現状においては」ということであって、
望むのは、オーディオ機器は音楽の後に位置してほしい。

これも直線の関係である。

オーディオ機器は音楽の後にいて、音楽という風を聴き手に向けて興してほしい。
だが、実際には音楽と聴き手の間に、オーディオ機器はいる。

Date: 5月 27th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(原音→げんおん→減音)

減音──、減りゆく音、減ってしまった音とすれば、それは録音系、再生系で失われていく音のこととなる。

マイクロフォンが空気の振動を電気信号に変換することから録音・再生のプロセスは始まるわけだが、
まずマイクロフォンが、その演奏の場にときはなたれた音のすべてを捉えているわけではない。
仮にマイクロフォンの振動板がとらえた音をなんの損失もなく100%電気信号に変換できたとしても、
マイクロフォンがすべての音を歪めずに拾えるとはいえない。

マイクロフォンには当然ながら、大きさがある。
どんな小さなマイクロフォンでもどこにマイクロフォンが設置されているのかすぐにわかる大きさはある。
マイクロフォンの中にも小さなモノもあれば比較的大きなモノもある。
つまりある大きさをもったモノが音を捉えるために設置されることで、
音の通り道の一部にマイクロフォンが立ちはだかっているのと同じことともいえる。

こんなことを考えるようになったのは、1980年ごろにアムクロン(クラウン)がPZMを出したからだ。
PZM(Pressure Zone Microphone)を、
(たしか無線と実験だったと記憶しているが)最初記事を読んだ時は、
なぜこういうマイクロフォンにする必要があるのか、なかなか理解できなかった。

私がPZMの記事を見かけたのは、その一回きりだったし、実際に使ったことはない。
録音においてどんな特徴をもつのかはわからない。
それでも、いまもクラウンがPZMを作りつぐけているということは、プロの現場で支持されているからであろう。
決してキワモノのマイクロフォンではないのだと思う。

実際のところはどうなのかはわからないが、私なりにPZMの形態とその使い方から考えると、
通常のマイクロフォンを通常の設置の仕方では、
音の波紋がきれいに拡散していくのを歪めてしまう可能性があり、
それを回避するためのモノとして登場してきた──、
そう思えてならない。

Date: 5月 27th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その7)

定電流出力のパワーアンプは定電圧出力のパワーアンプが、
負荷インピーダンスの変化に関係なく一定の電圧を供給するのに対して、
負荷インピーダンスが変化してもつねに一定の電流を供給する。

オームの法則では電流の二乗に負荷インピーダンスをかけた値が電力だから、
負荷インピーダンスが高い周波数では、定電流出力のパワーアンプを使った場合には出力が増すことになる。
この出力の、負荷インピーダンスに対する変化は、定電圧出力と定電流出力とでは正反対になるわけだ。

もちろん、どの周波数においても、8Ωならつねに8Ωというスピーカー(純抵抗ごときスピーカー)ならば、
定電圧出力パワーアンプでも定電流出力のパワーアンプでも、出力においては差は生じないことになるが、
現実のスピーカーシステムはf0ではインピーダンスが上昇するし、
中高域においてもインピーダンスが多少なりとも変動するものが大半であることはいうまでもない。

スピーカーの駆動において、定電流出力がいいのか、定電圧出力がいいのかは、
日本でも1970年代ごろのラジオ技術でかなり論議された、と聞いている。
いまでもラジオ技術では定電流駆動についての実験記事が載ることがある。

実は私も、定電圧出力か定電流出力かについては、
オーディオに興味を持ちはじめたころ、疑問に思った時期がある。

電圧と電流とでは、電力に結びつくのは電流である。
スピーカーを駆動するにはパワーが必要である。
とくに低能率のスピーカーにおいてはより大きなパワーを必要とする。
ということは電流をいかに供給できるか、ということであって、
それならば定電流出力のほうが、実は本質的ではないか、と考えたわけだ。

もちろんオームの法則はすでに知っていたからf0においてインピーダンスが上昇すれば、
f0における出力は、仮に40Ωになれば5倍の出力になるわけで、
スピーカーの周波数特性はインピーダンス・カーヴそのままになることは想像できたし、
定電圧出力を前提にスピーカーシステムはまとめられていることも知ってはいた。

にもかかわらず、それでも……と思うところもあった。

Date: 5月 26th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続々続・作業しながら思っていること)

トリオ・ブランドでの製品、ケンウッド・ブランドの製品の中からひとつ選ぶのは、
プリメインアンプのKA7300Dである。

1977年当時、78000円だった、いわば中級クラスのプリメインアンプが、
いまも欲しいトリオのオーディオ機器である。

L02T、L02Aの例を持ち出すまでもなく、このころのトリオはケンウッド・ブランドで意欲的な製品を出していた。
完成度の高いモノもあったし、どこか実験機的な未消化の部分を残したモノもあったけれど、
ケンウッドは次はどんなアプローチをしてくるんだろうか、という楽しみ、期待もあった。

そういうケンウッド・ブランドの製品と較べると、KA7300Dには際立った特徴はない、といえばない。
トリオ・ブランドの他の製品と較べても、どこか際立っているところがあるかといえば、あまりない。

型番末尾のDからわかるように旧作KA7300をDCアンプ化したKA7300Dの登場は私が中学3年のとき。
いつかはマークレビンソンLNP2、SAE Mark2500……、そんなことを妄想している日々において、
KA7300Dはがんばれば手の届きそうなところにいてくれた、良質なアンプだった。

KA7300DとKEFの104aBを組み合わせることができたら─……、この組合せを手に入れることができたら……、
そんなことを思っていたから、いまでもトリオのオーディオ機器として真っ先に頭に浮び、
そして欲しいと思うのは、このKA7300Dとなってしまう。

このころのトリオのプリメインアンプは型番の下三桁の番号によって、
設計者が違うためなのか、音の傾向も異る、といわれていた。
300がつくシリーズはクラシックがうまくなるプリメインアンプだったようで、
KA7300Dの上級機としてKA9300もあった(価格は150000円)。

KA9300の音は聴いたことがないけれど、評判の良かったアンプである。
KA7300Dと聴き比べれば、そこには値段の差がはっきりと音に表れてくるだろうが、
KA9300には思い入れもないし、なぜか欲しいと思ったことは一度もない。
KA9300ならば、ケンウッド・ブランドのL01Aが、その後に透けて見えてくる感じがあるからだろうか。

いま冷静に振り返ってみても、この時代のプリメインアンプは充実した内容のモノが割と多かったと感じる。
だからといって、それより後に登場したアンプよりも音がいい、というわけではない。
いまとなっては旧いアンプだし、中級機だったからそれほど耐久性のあるパーツが使われているわけでもない。
手入れも必要となってくる。内部に手を入れることになったら、私だったら、少し手を加えることになる。

面倒といえばたしかにそうなんだけれども、この時代のプリメインアンプのいくつかは、
そうやって使ってみるのも楽しいだろうな、と思わせてくれる。

KA7300Dは、私にそう思わせてくれるプリメインアンプの中で、価格的に安いモノだ。

Date: 5月 25th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その6)

真空管アンプの歴史を調べてみたからといって、
ランシングが実際使っていたアンプの詳細がはっきりしてくるわけではない。

だから、どこまでいっても憶測に過ぎないのだが、
ランシングが使っていたアンプはNFBはかけられていたても、
出力トランスはNFBループに含まれていなかった、と思う。

出力段はプッシュプルだったのではないか、と思う。
D130のように高能率のスピーカーでは、ハム、ノイズが目立つ。
だから、少なくとも直熱三極管のシングルアンプということはなかったはず。

せいぜいいえるのは、このくらいのことでしかない。
にも関わらず、わざわざ「D130とアンプのこと」というテーマをたててまで書き始めたのは、
スピーカーとアンプとの関係の変化について考えてみたかったからである。

現在のスピーカーは定電圧駆動されることを前提としている。
つまり定電圧出力のパワーアンプで鳴らしたときに特性が保証されているわけだ。

定電圧アンプとは負荷インピーダンスの変化に関係なく一定の電圧を供給するというもの。
スピーカーはf0附近でインピーダンスが上昇するのがほとんどである。
定電圧アンプはf0でインピーダンスが数10Ωに上昇していてもインピーダンスが8Ωであっても、
10Vなら10Vの電圧を供給する。

オームの法則では電力は電圧の二乗をインピーダンスで割った値だから、
電圧は負荷インピーダンスの変化に関係なく一定だから、
インピーダンスの高いところでは電力(つまりパワーアンプの出力)は小さく、
インピーダンスの低いところでは大きくなる。
これはカタログを見ても、出力の項目に8Ω負荷時、4Ω負荷時のそれぞれの値をみればすぐにわかることである。

現在市販されているパワーアンプのほぼすべては定電圧出力といえる。
定電圧があれば定電流がある。
パワーアンプにも定電流出力がある。

Date: 5月 24th, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その5)

リークのPoint Oneにしろウィリアムソン・アンプにしろ、
1940年代後半に出力トランスを含んで、あれだけのNFBをかけられたのは、
パートリッジ製の出力トランスがイギリスにはあったから、といえるのではないだろうか。

この時代に、アメリカでパートリッジのトランスがどれだけ流通していたのかは、私は知らない。
当時のアメリカの雑誌にあたれば、そのへんのことは掴めるだろうが、
いまのところははっきりしたことは何も書けない。

ただマッキントッシュのA116、マランツのModel 2の登場時期からすれば、
パートリッジのトランスが流通していたとしても、それほどの量ではなかったのかもしれない。

それにウィリアムソン・アンプの発表と同時期に
アメリカではオルソン・アンプが話題になっていることも考え合わせると、
少なくともランシングが生きていた時代のアメリカのパワーアンプは、
メーカー製も自作も含めて、出力トランスがNFBループに含まれることはほとんどなかったと推測できる。

1947年7月にマサチューセッツの単グルウッドで行われたRCAのラジオ・テレビショウで、
オーケストラの生演奏とレコード再生のすり替え実験で使われたアンプが、オルソン・アンプである。
ここで使われたスピーカーはLC1Aで、12台がステージの前に設置されている。

オルソン・アンプの回路構成は、6J5で増幅した後にボリュウムがはいり(いわばここがプリ部にあたる)、
双三極管6SN7の1ユニットで増幅した後に6SN7ののこりのユニットによるP-K分割で位相反転を行ない、
出力段は6F6を三極管接続したパラレルプッシュプルとなっている。
NFBはかけられてなく、出力トランスもパートリッジの分割巻きといった特殊なものを使わずにすむ。

しかもオルソン・アンプの回路図には調整箇所がない。
ウィリアムソン・アンプには、出力管のカソードに100Ωの半固定抵抗、グリッド抵抗に100Ωの半固定抵抗がある。

この時代としては特殊で高性能なトランスも必要としない、調整箇所もなし、ということで、
アマチュアにも再現性の高いように一見思えるオルソン・アンプだが、
たとえば電源部の平滑コンデンサーの定格は450V耐圧の50μF、40μF、20μFという、
当時としては大容量の電解コンデンサーを使っている。ウィリアムソン・アンプのこの部分は8μF。

いまでこそ450V耐圧の50μFの良質なコンデンサーは入手できるものの、
オルソン・アンプが発表されたころの日本製のコンデンサーには、
これだけの耐圧とこれだけの容量のものはなかったはず。

しかもオルソン・アンプの電源トランスのタップは390Vとなっていて、
これを5Y3(整流管)と50μFのコンデンサーインプットだから
出力管の6f6にかかるプレート電圧は定格ぎりぎりに近く意外に高い。
そのためRCA製の6F6を使えば問題なく動作したオルソン・アンプだが、
日本製の6F6ではすぐにヘタってしまいダメになった、という話を聞いたか、読んだことがある。

とはいえランシングはアメリカに住んでいたわけだから、こんな問題は発生しなかったわけだ。

Date: 5月 23rd, 2012
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その4)

A116の回路構成は、ウィリアムソン・アンプにかなり近いものになっており、
それまでの15W-1、50W-1とはこの点でも異っている。
もちろんマッキントッシュの独自のユニティ・カップルド回路と組み合わせたものである。

このA116のほぼ2年後にマランツのModel 2が登場する。
Model 2はダンピングファクター調整機構をもっていて、そのため通常の電圧帰還のほかに電流帰還もかけている。
さらにModel 2は出力管のEL34をUL接続している。
UL(Ultra Linear)接続が「Audio Engineering」誌に発表されたのが1951年11月号のこと。

Model 2や、その後のマッキントッシュのアンプについて書いていくと脱線していくだけだからこの辺にしておくが、
アメリカにおいて出力トランスがNFBループに含まれるようになり、
しかも安定したNFBがかけられるようになっていったのは1950年代の半ばごろ、といっていいと思う。

1949年9月29日に自殺したランシングは、これらのパワーアンプを聴いてはいない。
いったいどんなアンプだったのか。
ウィリアムソン・アンプ以前に、出力トランスをNFBループにいれたアンプとして、
やはりウィリアムソン・アンプと同じイギリスのリークのPoint Oneがある。

Point One(ポイントワン)という名称は、歪率0.1%を表したもので、
1945年に登場したType 15は出力段にKT66の三極管接続のプッシュプルを採用し、
歪率0.1%で15Wの出力を実現していたパワーアンプである。

リークの管球式パワーアンプといえば、BBCモニタースピーカー用のアンプとしても知られている。
そのアンプのひとつ、1948年に登場したTL12は、
Type 15と同じでKT66の三極管接続のプッシュプルの出力段をもち、
初段はEF36、位相反転はECC33のカソード結合で、一見ムラード型アンプと同じにみえるが、
初段と位相反転段のあいだにはコンデンサーがはいっている点が異る。

TL12の回路図を見て気づくのは、出力トランスが分割巻きになっていることだ。
TL12の内部写真でトランスの底部(端子側)をみると、パートリッジ製のように思える。
だとするとウィリアムソン・アンプと同じ銘柄の出力トランスということになる。