Archive for 11月, 2013

Date: 11月 30th, 2013
Cate: SUMO

SUMOのThe Goldとヤマハのプリメインアンプ(その13)

パワーアンプにつきもののバイアス回路は音質に影響するだけでなく、
動的ウォームアップとも見摂津な関係をもつ。

だからこそ適切なバイアス回路の設計と温度補償のために、
ヒートシンクのどこにバイアス回路の一部のパーツの最適な取付け位置が重要となるわけ。

バイアス回路はそれだけ面倒な箇所ともいえる。
ならばバイアス回路をなくしてしまえないのか。
なくしてしまえば、バイアス回路に起因する問題は少なくともなくなってしまう。

ジェームズ・ボンジョルノがそう考えたのかどうかは、ボンジョルノが亡くなってしまったいまは確認もできないが、
SUMO時代のパワーアンプ、The Goldには、いわゆるバイアス回路がない。
AB級動作のThe Powerにはバイアス回路はもちろんあるけれど、
A級動作のThe Goldにはない。

これは片チャンネル当り二組のフローティング電源を必要とする、
The Gold独特の出力段の回路によって可能となっていて、
それでは出力トランジスターのバイアス電流はどうやって定めているのかといえば、
フローティング電源の他に、バイアス用の電源が用意されていて、
出力トランジスターのベース−エミッターを流れる電流を、ここで設定して、
出力トランジスターのバイアス電流は、このベース−エミッター間電流のhFE(直流電流増幅率)倍となるわけだ。

hFEは使用している出力トランジスター固有の値である。

Date: 11月 30th, 2013
Cate: デザイン

オーディオ・システムのデザインの中心(その10)

以前のQUAD、つまり創始者のピーター・ウォーカーが健在だったころのQUADのシステムを揃える。
アンプはコントロールアンプの33とパワーアンプの303、それにチューナーのFM3の組合せ、
もしくは44と405、それにFM4の組合せがあり、
スピーカーにはESLを持ってくる。

CDプレーヤーは66シリーズになり登場したけれど、アナログプレーヤーはなかった。
ずっと以前、フェランティが製造しQUADが販売していたピックアップがあるくらいだ。
このピックアップは、ウィリアムソン・アンプの設計者であるウィリアムソンと
ピーター・ウォーカーとの共同開発といわれるリボン型カートリッジとトーンアームの一体型であった。

QUADのアナログプレーヤー関連の製品といえば、これだけである。
これ以降、なぜだか発表していない。

1970年代の海外のオーディオショウでQUADのブースの写真をみると、
カラードの401とSMEの3009を組み合わせたプレーヤーがあった。

この組合せもいいけれど、QUADのアンプのコンパクトさとはやや不釣合いの大きさのプレーヤーだから、
そういうことのほかに価格的なバランスを含めて考えると、リンのLP12にSMEの3009の組合せが、
よりしっくりとくる。

こういうシステムを組んだとしよう。
ラックもQUADの雰囲気にぴったりあうものを選ぶ、もしくはつくる。

けれど、これで音を良くしたいからといって、
スピーカーケーブルを部屋の真ん中を這うようにしてしまうと、
これはフランケンシュタイン・コンポーネントと言わざるを得なくなってしまう。

Date: 11月 30th, 2013
Cate: マルチアンプ

マルチアンプのすすめ(その12)

LS3/5Aをマルチアンプシステム化して鳴らす。
LS3/5A内蔵のネットワークをパスして、
パワーアンプが直接ウーファーのB110とトゥイーターのT27を鳴らすことになる。

LS3/5Aのネットワークはコンデンサーとコイルがひとつずつというような簡単な構成ではない。
15Ωタイプと11Ωタイプとではネットワークの設計に変更がみられるが、
どちらにしても部品点数は少なくないし、それらの部品はすべて一枚のプリント基板に取り付けられている。

それらをすべてパスしてLS3/5Aを鳴らす。

実際に試したわけではないけれど、いわゆる音の鮮度は向上するだろうし、
より細かな音まで聴き分けが容易になるだろう。
他にも部分的には良くなるはずだ。

けれどそうやって得られる音が、
ネットワークを通して鳴らしていたときのLS3/5Aの音の魅力をこえているだろうか。

メリディアンのスピーカーシステムにM20というモデルが、1980年代の終りにあった。
ウーファーはどうみてもLS3/5Aと同じB110である。
これをM20は縦に二本配置して、そのあいだにトゥイーターを置くという、
いわゆるヴァーティカルツイン型であった。
トゥイーターはソフトドームではあっても、T27ではなかった。

M20はウーファーを70W、トゥイーターを35W出力のアンプで駆動するマルチアンプシステムである。

Date: 11月 30th, 2013
Cate: EXAKT, LINN

LINN EXAKTの登場の意味するところ(その7)

dbxの20/20の威力は、ステレオサウンドの試聴室で何度か体験している。
何回かはステレオサウンドの試聴室ではないところでも体験している。

ステレオサウンドでの池田圭氏の「フラットをもってものごとの始まりとす」の連載は、
N(Jr.)さんが担当だった。
試聴室でもそれ以外の場所でも、20/20の操作を担当していたのはN(Jr.)さんだった。

完全に自動化されているのであれば、誰が使っても同じだし、
誰にでもすぐに使えるのが本来の姿ではあっても、
20/20が登場したのは1981年、いまから30年以上前のこと。

まだパソコンという言葉はなかった。
あったのかもしれないが、マイコンという言葉のほうが一般的だった。
それにまだAppleからMacintoshも登場していない、そんな時代の自動化としてみれば、
20/20の完成度は決して低いといえなかった。
むしろ、この時代のモノとしてよく出来ていた、といえよう。

それでも20/20が大きく注目されることはなかったように感じていた。
いつしか話題にならなくなったし、20/20の後継機がdbxから登場した、というニュースも届かなかった。

私も当時はそうだったし、たぶん多くのオーディオマニアもそうだったのではないかと勝手に思っているけれど、
オーディオの調整は機械まかせではいけない──、そんな風潮がどことなくあった。

グラフィックイコライザーを使うのはけっこうなことだが、
その調整を機械まかせにしていてはダメで、
自分で各周波数のツマミを動かして調整しなければならない。

いわば粋がっていたわけだ。少なくとも私は。

Date: 11月 29th, 2013
Cate: トランス

トランスから見るオーディオ(その23)

トランスのことを書いていて、
トランスを信号系に挿入することの、音の上でのメリットについて書こうとしたときに、
頭に浮んできたのは、音に関する形容詞ではなく、
ついこのあいだのインターナショナルオーディオショウで聴いてきたVOXATIVのスピーカーのことだった。

VOXATIVのスピーカーもそうなのだが、優れたトランス(性能が優れているという意味ではない)には、
池田圭氏が盤塵集に書かれているように、音の味と表現したくなるところがある。

音の色ではなく、やはりここでは音の味と表現したくなる要素が、
VIXATIVのスピーカーにも優秀なトランスを正しく使ったときに得られる音にもある。
そして、この良さというのは、いつのまにか忘れられつつあるのではないだろうか。

Date: 11月 29th, 2013
Cate: ショウ雑感

2013年ショウ雑感(その12)

ステラのブースでの、柳沢功力氏の話は面白かったし、楽しめた。
二時間立ちっぱなしできいていたわけだから、満足していた、といえばそうなる。
けれど、柳沢氏の話がプレゼンテーションだったのか、となると、素直にそうとはいえない。

柳沢氏はプレゼンテーションという意識はなかったかもしれない、
というよりも、たぶんなかったんだと思う。
プレゼンテーションという意識のない話をきいていて、
それを受け手側(私)が勝手にプレゼンテーションとしてどうだったか、と勝手なことをここに書いているわけだ。

では、ステラのブースでの柳沢氏の話は、
柳沢氏自身はどういうつもりだったのか。
講演だったのか。

柳沢氏に依頼したステラの人たちは、どういうつもりだったのか。
講演を依頼していたのだろう、おそらく。

どちらも講演という認識だったのかもしれない。
とすれば受け手側は、ステラのブースでの話を講演としてきかなければならなかったのだろうか。

私には、どうしても講演とは思えない。
柳沢氏の話だけがそうではなくて、ここしばらく、
インターナショナルオーディオショウで講演と素直に書きたくなる話は聞いていない。

といって柳沢氏の話を、デモンストレーションとはいいたくない。
デモンストレーションという言葉につきまとう、ネガティヴな印象は受けなかったからだ。

Date: 11月 29th, 2013
Cate: マルチアンプ

マルチアンプのすすめ(その11)

気に入ったスピーカーシステムというのは、たいていそうであるのだが、
他に変え難い魅力をもっているモノである。

たとえばBBCの小型モニターのLS3/5A。
大きな音は出ないし、低域もそれほど低いところまで出せるわけではない。
それでも、このスピーカーシステムに惚れ込んでいる人は、
古いスピーカーシステムにも関わらず、いまも少なくない。

だからこそ復刻モデルがいまも出ているわけだ。

LS3/5Aは万能のスピーカーシステムとは言い難い。
使い手が、このスピーカーシステムのことを理解していなければ、
欠点のほうが多いではないか、ということになるだろう。

実際、インターネットの掲示板で、LS3/5Aが高く評価させれている理由がまったく理解できない……、
そんな書き込みを目にしたのは一度や二度ではない。

それはそれでいい。
わからなければそれでいいじゃいか。
わかる人だけで楽しむモノだから、と思っている。

私もLS3/5Aには惚れ込んだ一人である。
この小型スピーカーをできるだけよく鳴らしたい、と考えていた。

瀬川先生はステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界」で、
LS3/5Aに対して、アナログプレーヤーにEMTの928、
パワーアンプにルボックスのA740を組み合わせられていた。

そこまでしたくなる気持は、この小さなスピーカーの魅力にまいってしまった人ならば、
そこまでやるかやらないかは別として、心情的に理解できよう。

価格的に不釣合いの高価なプレーヤー、アンプを持ってくる。
どこまでがLS3/5Aが限界なのかは、そこまで試したことはない。
オーディオ的楽しみとして、試してみたい候補はある。
やはりLS3/5Aよりもずっと高価な組合せとなる。

でも、だからといって、LS3/5Aをマルチアンプ駆動で鳴らしたい、とはまったく思わない。

Date: 11月 28th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集、本づくりとは・その4)

結局、「音は人なり」もそうではないのか、と思えてならない。

「編む音」と「織る音」があるからこそ「音は人なり」ではないのか。

Date: 11月 28th, 2013
Cate: 公開対談/例会

第35回audio sharing例会のお知らせ(マルチアンプをどう考えるか)

12月のaudio sharing例会は、4日(水曜日)です。

今回のテーマは、マルチアンプシステムに関することです。

以前はオーディオマニアの中の、さらにマニアックな人たちためのものであるというイメージのマルチアンプ。
マルチアンプにはあまり関心はない、という人でも、
パワーアンプ内蔵のアクティヴ型スピーカーを使っていれば、
意識するとしないに関わらず、マルチアンプシステムの音を聴いていることになる場合がある。

D級アンプの進歩・普及もあってか、
マルチアンプ構成のアクティヴ型スピーカーシステムの数は、
数えているわけではないが、増えてきている感じを受ける。

スピーカーシステムの特性を管理・保証するうえでもマルチアンプシステムのメリットは大きい。

いま「マルチアンプのすすめ」という項を書いているところだが、
私自身は、マルチアンプでなければならない、と考えているわけでもないし、
LCネットワークの方がいい、と考えているわけでもない。

どちらにもメリット、デメリットがあるわけだから、
全体のバランスをみて、どちらを採用するかを選択すればいい、と思っている。

いまディヴァイディングネットワーク(チャンネルデヴァイダー)の数は減っている、ともいえるし、
増えてきているともいえる。

以前とはマルチアンプシステムをとりまく状況に違いが出てきているようにも感じている。
そうでないところも、もちろんある。

そういったことを含めて、話せればと思っているところである。

時間はこれまでと同じ、夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 11月 28th, 2013
Cate: マルチアンプ

マルチアンプのすすめ(その10)

オーディオの再生系における主役は、スピーカーである、と。
ずっと昔からそういわれてきていたし、そうだと思う。

とはいえ、マークレビンソンが、私にとって全盛期と感じられていた時代、
ちょうどステレオサウンド 53号あたりの時代は、
アンプが主役でもいいのではないだろうか、と考えたことはあった。

53号の瀬川先生の、オール・マークレビンソンの記事は、
カラー口絵をみれば、多くの人が感じることだと想うが、
4343が主役というよりもマークレビンソンのアンプ、それもML2が主役という感じを受ける。

あくまでも4343の限界がどこにあるのかを確かめるための、それを引き出すための企画であるのに、
システム全体が醸し出す視覚的な雰囲気は、アンプこそがオーディオの中心である、
とマーク・レヴィンソンが主張しているような気さえしてくる。

スピーカーをよく鳴らすためにアンプは存在しているはずなのに、
アンプの優秀性・凄さを証明するための存在としてスピーカーが接続されている──、
マルチアンプシステムのあやうさが、まずここにある、といえよう。

Date: 11月 28th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集、本づくりとは・その3)

だからといって、ながく続いている雑誌が「織るもの」だとは限らないし、
短い期間しか続かなかった雑誌が「織るもの」でなかったともいえない。

途中までは「織るもの」だった雑誌もある。
あえてそれがどの雑誌かは書かないけれど。

いま、こういうことを書いているけれど、
私自身、ステレオサウンドの編集者だったころには、こういうことは考えもしなかった。

本づくりを経験して、そこから離れてけっこうな年月が経ち、
こういうことを考えるようになった。

いまの編集者が、本づくりをどう考えているのか、
それを直接聞いているわけではなく、
あくまでもでき上がって書店に並べられている本を手にとっての感想ではあるけれど、
やはり「編むもの」「織るもの」という考えはあると思えない。

ただ「編むもの」だけでは、いい本(雑誌)はつくれない、ということに気づいてほしいだけである。
なにも編集者だけに、そのことを求めているのではない。
その本(雑誌)に書いている人たちにも、である。

Date: 11月 27th, 2013
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(編集、本づくりとは・その2)

編集とは、編むものなのか織るものなのか。

編むを辞書(大辞林)で引けば、
①糸・竹・髪の毛など細長い物を、結び合わせたりからみ合わせたりして、一つの形ある物を作り上げる
②文章を集めて本を作る。編集する
③いくつかの物をまとめて一つに組織化する
と書いてある。

文章を集めて本を作る。編集する、とあるし、
「論集を編む」ともあるから、本、それも雑誌は編むもの、となる。

織る、とは
①縦糸と横糸を一定の規則で交叉させ布を作る
②藺(い)・竹・わらなどを縦横に組んで布状のものを作る
③いろいろなものを組み合わせ、一つのものを作り上げる
とある。

「いろいろなものを組み合わせて、一つのものを作り上げる」ことは、
雑誌づくりにもあてはまる、といえよう。

編むの「論集を編む」に対して、「物語を織る」とある。

雑誌は一冊しか出さないものではない。
月刊誌は毎月一冊、隔月刊なら二ヵ月おきに一冊、
季刊誌ならば三ヵ月に一冊出していく。

創刊して割と早く休刊(廃刊)になる雑誌もあれば、
10年、20年、30年……と続いていっている雑誌もある。

一冊一冊は「編むもの」であっても、
継続して出していくことは「織るもの」なのではないだろうか。

Date: 11月 26th, 2013
Cate: マルチアンプ

マルチアンプのすすめ(その9)

ステレオサウンド 53号の瀬川先生の記事を読み終ってからも、あれこれ考えていた。

53号ではバイアンプであった。
つまりウーファー専用のパワーアンプとミッドバスより上の帯域にもう一台というマルチアンプである。
だからミッドバス、ミッドハイ、トゥイーターには4343に内蔵されているネットワークを通る。

バイアンプシステムで、ここまで凄いのであれば、
ミッドバスにもML2をもってきて、
計八台のML2によるマルチアンプシステムの音は、いったいどういう音がするのだろうか、とか、
さらには4ウェイのマルチアンプシステムとして、すべてのユニットに対してML2をあてがう、
つまり計十台のML2を必要とし、消費電力は4kWにもなるし、
さらにLNC2は2ウェイのディヴァイディングネットワークだから4ウェイのマルチアンプシステムには、
あと四台(モノーラルで使うため)追加しなければならない(LNC2は計六台になる)。

これだけのアンプをどう並べ、どう設置するのかだけでも大変なことになる。
しかも電源の極性合せもやらなければならいし、セッティングだけでもそうとうな手間がいる。
システムを揃えるための金額もそうとうなもので、
自分でこんなシステムを構築することはないだろうから、
ステレオサウンドで、また瀬川先生が、こういう個人ではやれそうにないことをやってくれないものだろうか、
そんなことも考えていた。

そして53号の冒頭には、
《アキュフェーズのC240とP400の組合せを聴いたが、マーク・レビンソンの音が対象をどこまでもクールに分析してゆく感じなのに対して、アキュフェーズの音にはもう少しくつろいだやわらかさがあって、両者半々ぐらいで鳴らす日が続いた。》
と書かれている。

アキュフェーズのC240とP400(このアンプはA級動作に切替えられる)の組合せで、
オール・マークレビンソンと同じようなバイアンプシステムを構築したら、
その音は、オール・マークレビンソンの音のように、
《ここまでレビンソンの音で徹底させてしまった装置の音は、いかにスピーカーにJBLを使っても、カートリッジにオルトフォンを使っても、もうマーク・レビンソンというあのピュアリストの性格が、とても色濃く聴こえてくる。》
となってしまうのか。

どんなカートリッジとスピーカーをもってきても、アキュフェーズの音が色濃く聴こえてくるのか、
それとも、色濃く聴こえてきたのは、やはりオール・マークレビンソンだったからなのか。

Date: 11月 26th, 2013
Cate: ショウ雑感

2013年ショウ雑感(その11)

今年のインターナショナルオーディオショウでは、
そう多くの、講演と呼ばれているものをきいたわけではないが、
これまでにもインターナショナルオーディオショウに出かけていき、その都度きいてきている。

オーディオ評論家と呼ばれている人たちの、講演と呼ばれているものだけではなく、
各メーカー、各輸入商社のスタッフの人たちによるものをきいてきている。

きいてきたうえで、ここで思うのは、
各メーカー、各輸入商社の人たちは、講演と思っているのだろうか、である。
講演をやっていると思い、講演をやってくれる人に依頼する。それを講演と呼んでいるわけだ。

だからインターナショナルオーディオショウの各ブースで行われているのは、講演。
そういうことなのかもしれない。

それでも私は、あれを講演とは呼びたくない。
デモンストレーションとも呼びたくない。

それでは結局何かというと、月並なことになってしまうが、
やはりプレゼンテーション(presentation)なのだと思う。

発表、提示、説明、紹介、披露の意味をもつプレゼンテーション、
これがいちばん個人的にはしっくりくる。
そしてこれまできいてきたものを、プレゼンテーションという視点からふり返ってみると、
残念なことに未熟なプレゼンテーションであることのほうが多かった。

Date: 11月 26th, 2013
Cate: トランス

トランスから見るオーディオ(その22)

この、少し変ったトランスの使い方の効用について、池田圭氏は次のように書かれている。
     *
このところ、アンプの方ではCR結合回路の全盛時代である。結合トランスとかリアクター・チョークなどは、振り返っても見られなくなった。けれども、測定上の周波数特性とかひずみ率などの問題よりも音の味を大切にする者にとっては、Lの魅力は絶大である。
たとえば、テレコ・アンプのライン出力がCR結合アウトの場合、そこへ試みにLをパラってみると、よく判る。ただ、それだけのことで音は落着き、プロ用のテレコの悠揚迫らざる音になる。
     *
どんなに優秀な特性のトランスであっても、
トランスは何度も書いているようにバンドパスフィルターであるから、
測定上の周波数特性に関しては、トランスがないほうが優秀である。

それにインピーダンス変換ということについても、真空管アンプならばカソードフォロワーにするとか、
トランジスターアンプならばバッファーアンプを設けるなどすれば、
出力インピーダンスは低くすることができる。

コスト的にみても、優秀なトランスを採用するよりも、カソードフォロワーのほうが安く仕上るだろう。
コストを抑えられて性能も優れているとなると、トランスの出番は少なくなってくる。
しかもトランス・アレルギーの人が少なからずいるのだから。

録音系・再生系の信号ラインからトランスを排除していく。
それで、音が良くなるのだろうか。

池田圭氏も書かれているように、トランスには「音の味」が、
個々のトランス固有のものとしてあるし、トランスに共通していえるものとしてもあるように、
私も感じている。