Archive for category 五味康祐

Date: 3月 15th, 2017
Cate: 五味康祐

続・無題(その8)

カザルスによるモーツァルトのト短調交響曲は素晴らしい。
キズの無い演奏ではないけれど、
なまぬるく感じられたト短調交響曲をきいたあとは、
カザルスの演奏を聴きたくなることが多い。

澱の溜まったようなト短調をきいたあとは、ブリテンのト短調を聴くことがある。

人によって、そんな時に聴くト短調は、私と同じ選択もあれば違う選択もある。
これまでにどれだけのト短調の録音がなされたのか知らない。
かなりの数なことは確かだ。

カラヤンの演奏も含まれる。
カラヤンといえば、五味先生はモノーラル時代のカラヤンは認められていても、
帝王と呼ばれはじめたあとのカラヤンについては、厳しいことを書かれている。

瀬川先生はカラヤンの演奏を好まれていた、と書かれたものから読みとれる。

五味先生はステレオサウンド 16号のオーディオ巡礼で瀬川先生のリスニングルームを訪問されている。
     *
 瀬川氏へも、その文章などで、私は大へん好意を寄せていた。ジムランを私は採らないだけに、瀬川君ならどんなふうに鳴らすのかと余計興味をもったのである。その部屋に招じられて、だが、オヤと思った。一言でいうと、ジムランを聴く人のたたずまいではなかった。どちらかといえばむしろ私と共通な音楽の聴き方をしている人の住居である。部屋そのものは六疂で、狭い。私もむかし同じようにせまい部屋で、生活をきりつめ音楽を聴いたことがあった。私もむかし同じようにせまい部屋で、生活をきりつめ音楽を聴いたことがあった。いまの私は経済的にめぐまれているが、貧富は音楽の観照とは無関係だ。むかしの貧困時代に、どんなに沁みて私は音楽を聴いたろう。思いすごしかもわからないが、そういう私の若い日を瀬川氏の部屋に見出したような気がした。貧乏人はジムランを聴くなというのではない。そんなアホウなことは言っていない。あくまで音楽の聴き方の上で、ジムランでは出せぬ音色というものがあり、たとえて言えばフュリートはフランス人でなければ吹けぬ音色があり、弦ではユダヤ人でなければどうしてもひき出せぬひびきがある、そういうい身でカルフォルニア製の、年数回しか雨の降らないような土地で生まれたJ・B・ランシングには、絶対、ひびかぬ音色がある。クラシックを聴くジムランを私にはそれが不満である。愛用する瀬川さんはだから、ジャズを好んで聴く人かと思っていた。
 ところが違った。彼のコレクションは一瞥すればわかる、彼はクラシックを聴いている。むかしの小生のように。
     *
瀬川先生はステレオサウンド 39号で「天の聲」の書評を書かれている。
その中に、こうある。
     *
 五味康祐氏とお会いしたのは数えるほどに少ない。ずっと以前、本誌11号(69年夏号)のチューナーの取材で、本誌の試聴室で同席させて預いたが、殆んど口を利かず、部屋の隅で憮然とひとりだけ坐っておられた姿が印象的で、次は同じく16号(70年秋号)で六畳住まいの拙宅にお越し頂いたとき、わずかに言素をかわした、その程度である。どこか気難しい、というより怖い人、という印象が強くて、こちらから気楽に話しかけられない雰囲気になってしまう。しかしそれでいて私自身は、個人的には非常な親近感を抱いている。それはおそらく「西方の音」の中のレコードや音楽の話の書かれてある時代(LP初期)に、偶然のことにS氏という音楽評論家を通じて、ここに書かれてあるレコードの中の大半を、私も同じように貧しい暮しをしながら一心に聴いていたという共通の音楽体験を持っているからだと思う。ちなみにこのS氏というのは、「西方の音」にしばしば登場するS氏とは別人だがしかし「西方の音」のS氏や五味氏はよくご存知の筈だ。この人から私は、ティボー、コルトオ、ランドフスカを教えられ、あるいはLP初期のガザドウシュやフランチェスカフティを、マルセル・メイエルやモーリス・エヴィットを、ローラ・ボベスコやジャック・ジャンティを教えられた。これ以外にも「西方の音」に出てくるレコードの大半を私は一応は耳にしているし、その何枚かは持っている。そういう共通の体験が、会えば怖い五味氏に親近感を抱かせる。
     *
けれどふたりのカラヤンに対する評価は違う。

Date: 3月 6th, 2017
Cate: 五味康祐

「三島由紀夫の死」(とんかつのこと)

夕方、友人のAさんから食事の誘いがあった。
水道橋辺りでとんかつを食べませんか、ということだった。

ふたりともとんかつは好物である。
水道橋辺りではあまり食事をしたことがないので、
そこがどんな店なのか興味もあるし出掛けていった。

水道橋東口から徒歩数分のところにあるかつ吉である。
古くからある店とのこと。

あれこれ楽しい話をして店を出ようとして気づいた。
レジのところに、この店が紹介された記事の切り抜きが貼ってあった。

文人が愛した店ということで紹介されていた。
そこには川端康成と三島由紀夫の写真があった。

Aさんに、このふたりが来てたんですね、といったら、
Aさんのお父さんが以前、この店に来たところ三島由紀夫も来ていた、とのこと。

これだけだったら、ここで書くことはないのだが、
それが「三島由紀夫の死」の二日前のことである。

その日に思い立っての切腹ではなかろう。
ならば最期の日を前にして、好きなものを食べに来ていたのだろうか。

Date: 1月 13th, 2017
Cate: 五味康祐

「三島由紀夫の死」

12日、TBSの番組で、三島由紀夫が自決する九ヵ月前の未発表の録音テープの一部が放送された。
新聞でもニュースとなっている。

五味先生の「天の聲」に「三島由紀夫の死」が収められている。
初めて読んだ時も、その後、何度か読み返した時も、
そして、ついいましがた読み返した時も「三島由紀夫の死」には圧倒されるものがある。

最後のところだけを書き写しておく。
     *
 本気なら、あの切腹もそうなのか? 壮烈な三島美学の完結だという見方があるが、この話を聞いて私は涙がこぼれた。三島君はヤアッと大声もろとも短剣を突立てたそうだ。切腹の作法で、武士が腹を切るのに懸け声をあげるなどは聞いたことがない。切腹には脇差を遣って短刀はつかわない。それにあの辞世である。「益荒男が……」と短冊に書いて「三島由紀夫」と署名してあった。辞世には名前は入れないのが故実である。三島君は、わざわざ姓まで書き加え、更に落款を押している。ものを知らぬにもほどがあると、普通なら私は呆れたろう。週刊誌にこの『辞世』のグラビアを見た時はぼろぼろ涙がこぼれた。三島君が武士の作法を知らぬわけはないと思う。あれは死をかけた三島君の狂言ではないのか。三島君はあの衝撃的な自決を計算しないで行なったように見えるが、檄に見られる稚さと、落款と、署名と短刀でのかけ声をおもうと、抱きしめてあげたいほどの凡夫だ。精一杯、三島君はやったのだ。なんという素晴らしい男か。虚飾の文学を、彼に冠せられていた天才の虚名を、彼はその血で粉砕して死んだ。あの自決はナショナリズムなんかではない、文学者三島由紀夫の死だ。ナショナリズムなら、三島君はあのバルコニーで割腹しながら自衛隊員に話しかけたと私は思う。そうすればヤジは飛ばなかったろう。目の前で腹を裂いて叫ぶ男の声を、人は聴いたろう。三島君の名を以てすればあの場合、それはできたはずである。村上義光の最期のように。だが三島君はしなかった、詩人の含羞みを知っていたからだ。
 彼はナショナリストではない。文学者だ、文学者が志すところを述べ、ジャーナリズムのすべての虚飾を粉砕して死んだのだ。これほど誠実な作家の死に方はない。断じて彼は軍国調の復活など意図していない。麗々しい美文の内容空疎なおのれの作品を三島君は誰よりも知っていて、血で贖った。世間が彼の死にうたれたのはそんな人間としての誠実さに対してだった。今こそ、そういう意味でもぼく達は大切な日本人を、この日本で失った。人さまにはどう見えようと私はそう思う。そう思う。
     *
三島由紀夫は《ワグナーをよく聴いている》とある。

Date: 11月 3rd, 2016
Cate: 五味康祐

ラフマニノフの〝声〟VocaliseとグラドのSignature II

グラドのカートリッジに、かつてSignature Iがあった。
ステレオサウンド 41号の特集で菅野先生が紹介されている。

その後、Signature IはIBになり、Signature IIも登場した。
Signature IBが1979年当時で110,000円、Signature IIが199,000円していた。

いまでももっと高価なカートリッジがいくつもあるから、
そういう感覚では、Signature IIもそれほどでもない、と思うかもしれないが、
当時はおそろしく高価に感じた。

EMTのTSD15が65,000円、オルトフォンのSPU-G/Eが34,000円の時代で、
オルトフォンのMC30の99,000円でも、相当に高価だと感じていたところに、
その二倍もするカートリッジが登場した。

しかもTSD15も、SPUもMC30もMC型なのに、
Signature IIはMI型である。

発電方式だけで価格が決るわけではないというものの、
総じて手づくりの要素の強いMC型はMM型、MI型よりも高価につく。
そういう時代だったところに、20万円近いMI型カートリッジの登場は、
それだけでも目を引く存在といえた。

一度だけSignature IIを聴いている。
Signature IBは聴いていない。
瀬川先生が聴かせてくれた。

瀬川先生によれば、Signature IIの方がいい、ということだった。
だと思う。
瀬川先生はSignature IIを購われていた。

高いけれど、聴いてしまう……、
そんなことを話されていた。

ステレオサウンド 47号で、
《高価だが素晴らしく滑らかで品位の高い艶のある音が聴き手を捉える。》
と書かれている。

確かにそういう音だ。
けれど、グラドはそれでもアメリカのカートリッジであり、
品位の高い艶のある音には違いないが、
ヨーロッパのカートリッジの「品位の高い艶のある音」とは違う。
どこか甘美なのだ。

もう少し行き過ぎると、白痴美になってしまうのでは……、
そういう甘美さである。

ラフマニノフの「声」を、このグラドのSignature IIで聴いてみたい、
とも聴きながら思っていた。

Signature IIはもう40年近く前のカートリッジだ。
おまけに高価でもあった。
日本にコンディションのいいSignature IIがあるのかどうかもあやしい。

Signature IIを聴く機会はおそらくない。
でももしかしたら……、と思う。
その時は「声」のLPを探してきて、聴いてみたい。

私にとってグラドのSignature IIというカートリッジは、
ラフマニノフの「声」のために存在している。

Date: 11月 3rd, 2016
Cate: 五味康祐

ラフマニノフの〝声〟Vocalise

ラフマニノフの「声」を知ったのも、五味先生の書かれたものによる。
読んでいるうちに聴きたくなった。
けれどすぐにはLPがみつからなかった。
私もラフマニノフは、好まない。
いまもラフマニノフの曲はあまり持っていない。

でも、この「声」だけは聴きたい、と思い続けていた。
CDになったのは、あまり早くはなかった。
廉価盤の二枚組におさめられて、やっとCDになった。

ラフマニノフもあまり聴かないけれど、
オーマンディもあまり聴かない。
だから「声」のためだけに、二枚組のCDを買ったようなものだ。
     *
 ラフマニノフのこの曲は、オーマンディのフィラデルフィアを振った交響曲第三番のB面に、アンコールのように付いている。ごく短い曲である。しらべてみたら管弦楽曲ではなくて、文字通り歌曲らしい。多分オーマンディが管弦楽用にアレンジしたものだろうと思う。だから米コロンビア盤(ML四九六一)でしか聴けないのだが、凡そ甘美という点で、これほど甘美な旋律を他に私は知らない。オーケストラが、こんなに甘ったるく、適度に感傷的で美しいメロディを、よくもぬけぬけと歌いあげられるものだと、初めて聴いたとき私は呆れ、陶然とした。ラフマニノフの交響曲は、第二番を私は好む。第三番はまことに退屈で、つまらぬ曲だ。
 ラフマニノフ家は由緒あるロシアの貴族で、農奴解放運動で、しだいに父親は領地を失ったというが、そうした社会的変革はラフマニノフの音楽——その感性にさして影響は及ぼさなかった。しかしロシア革命は、彼の貴族生活を根底からくつがえし、ソヴィエト政権を嫌った彼は他の多くの白系貴族同様、一九一七年にパリに亡命し、翌年からはアメリカに住んでいる。
 おもしろいのは、彼のいい作品は——第二交響曲、有名な十三の前奏曲、第二ピアノ協奏曲、それにこの〝声〟など、すべてアメリカ永住以前に作られていることで、アメリカに住んでからは第三交響曲に代表されるように、まったく退屈な駄作しか作れなくなったことだ。この辺にセルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフの音楽の限界——その長所も欠点もが、あるのだろう。それはともかく〝声〟の甘美さは空前絶後といえるもので、一度でもこの旋律を耳にした人は、忘れないだろうと思う。どうしてこんな甘美な調べが、一般には知られていないのか、不思議である。もしかすればオーマンディの編曲が巧みだったからかも知れないが(原曲の歌を私は聴いたことがない)私の知る限り、〝声〟の甘さに匹敵するのはブラームスのワルツくらいだ。
     *
ほんとうにオーケストラが、
《こんなに甘ったるく、適度に感傷的で美しいメロディを、よくもぬけぬけと歌い》あげる。

今日(正確にはもう昨夜)、
audio sharing例会で、この「声」をかけた。
オーケストラがアメリカ、それもシカゴではなくフィラデルフィアということもあってだろう、
アルテックで鳴らすと朗々と鳴ってくれる。

JBLでは、こんなふうには鳴ってくれない、と思ってしまうほど、
アルテックの昔のスピーカーは、歌ってくれる。

Date: 11月 2nd, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(名盤・その3)

 いずれにせよ、こうして弦楽四重奏曲から私は一人称のすぐれた文学作品を読んで来た。耳で読んだ。馬の尻っぽが弦をこする重奏がひびき出すと、私は今でも緊張する。オペラや歌曲は、どうかすれば一杯機嫌で聴くこともあるが弦楽曲はそうは参らない。その代りつまらぬクヮルテットは、聴くに耐えぬが、ちか頃はいい作品を聴くと死を考えてしまう。死ぬことを。私ももう五十を過ぎた、いつポックリ逝くかも知れない。そう想えば居ても立ってもいられぬ気持になり、結局、酔生夢死というのは、こんな私のような居ても立ってもいられぬ男を慰めるため、造られた言葉ではなかったか、そんな風にも懐うこともある。人間は何をして何を遺せるのか? 漠然とそんなことを考えているうちに、音楽家は作品で遺書を書いた場合があるのか? ふとそう思うようになった。
 すぐ想い浮んだのはモーツァルトの『レクイエム』である。でもモーツァルトでは桁が違いすぎ、手に負えない。もう少しぼくらの手近かでと見渡したら直ぐ一人見つかった。ブラームスだった。私はヴィトーとエドゥイン・フィッシャーのヴァイオリン・ソナタ第一番(作品七八)を鳴らしてみた。ブラームスの誠実さはこの曲で充分である。ヴィトーはよく弾いている。だがこれは周知の通り、明るい夏の雨の気分を偲ばせるもので、プライベートなその初演にブラームスがピアノを受持ち、ヨアヒムがヴァイオリンを弾いてクララ・シューマン達に聴かせたといわれるように、幸せな頃であろう。遺書をつづる切なさを期待するのは、いかにそれがブラームスでも無理である。といって、最晩年の作がかならずしも遺書を兼ねているとは限らない。死をおもうのは年齢に関わるまい。
 ブッシュ弦楽四重奏団で——私の記憶では——クラリネット五重奏曲(作品一一五)をいれたレコードがある。このロ短調の五重奏曲は、あらためて私が言うまでもなくクラリネット室内楽曲の傑作であるが、実を言うと昭和二十七年にS氏邸で聴かせてもらうまで、ブラームスにこの名品のあるのを私は知らなかった。どうしてか知らないが、聴いている裡に胸が痛くなりボロボロ涙がこぼれた。恐らく当時の貧乏暮しや、将来の見通しの暗さ、他にもかなしいこともあったからだろう。
 ——以来この曲を、なるべく聴かないようにして来たし、レコードも所持しない。したがってブラームスの遺言を聴き出そうにも、記憶の中で耳を傾ける以外にないが、二十年前泣いて聴いた曲からそんなものがきこえてくる道理がない。
(「音楽に在る死」より)
     *
ブラームスのクラリネット五重奏曲(作品一一五)のレコードを買うことは、
五味先生にとって造作もないこと。
なのに、あえて所持されなかった。
聴かないようにしてこられた。

つまらぬ曲だから、では、もちろんない。

このことはとても大事なことだ。

Date: 10月 30th, 2016
Cate: 五味康祐

avant-garde(その1)

 どちらかといえばオルガン曲のレコードを私はあまり好まない。レシ鍵盤の音はうまく鳴ってくれるが、グラントルグ鍵盤のあの低域の音量を再生するには、それこそコンクリート・ホーンを俟たねばならずコンクリート・ホーンに今や私は憤りをおぼえる人間だからである。自分でコンクリート・ホーンを造った上で怒るのである。オルガンは、ついにコンクリート・ホーンのよさにかなわない、というそのことに。
 とはいえ、これは事実なので、コンクリート・ホーンから響いてくるオルガンのたっぷりした、風の吹きぬけるような抵抗感や共振のまったくない、澄みとおった音色は、こたえられんものである。私の聴いていたのは無論モノーラル時代だが、ヘンデルのオルガン協奏曲全集をくり返し聴き、伸びやかなその低音にうっとりする快感は格別なものだった。だが、ぼくらの聴くレコードはオルガン曲ばかりではないんである。ひとたび弦楽四重奏曲を掛けると、ヴァイオリン独奏曲を鳴らすと、音そのものはいいにせよ、まるで音像に定位のない、どうかするとヴィオラがセロにきこえるような独活の大木的鳴り方は我慢ならなかった。ついに腹が立ってハンマーで我が家のコンクリート・ホーンを敲き毀した。
 以来、どうにもオルガン曲は聴く気になれない。以前にも言ったことだが、ぼくらは、自家の再生装置でうまく鳴るレコードを好んで聴くようになるものである。聴きたい楽器の音をうまく響かせてくれるオーディオをはじめは望み、そのような意図でアンプやスピーカー・エンクロージァを吟味して再生装置を購入しているはずなのだが、そのうち、いちばんうまく鳴る種類のレコードをつとめて買い揃え聴くようになってゆくものだ。コレクションのイニシァティヴは当然、聴く本人の趣味性にあるべきはずが、いつの間にやら機械にふり回されている。再生装置がイニシァティヴを取ってしまう。ここらがオーディオ愛好家の泣き所だろうか。
 そんな傾向に我ながら腹を立ててハンマーを揮ったのだが、痛かった。手のしびれる痛さのほかに心に痛みがはしったものだ。(「フランク《オルガン六曲集》」より)
     *
五味先生の、この文章を「オーディオ巡礼」で読んでから、もう35年以上が経つ。
こんなことができるだろうか……、とまず思ったことを憶えている。
コンクリートホーンを造ることは家ごとのこととなる。
大変な作業である。

造るのも大変なら、鳴らし込みもたいへんである。
こんなこともやられている。
     *
しかし、わが家で現実に鳴っているワーフデールのトゥイーターが、タンノイの高音よりいい音のようにはどうしても私には思えない。なんとか、今のままで、よくなる方法はないものかと泣きつかんばかりに訴えた。それなら、コンクリートホーンの裏側に本を積んで、空間を埋めてごらんになったらどうかと高城氏は言われた。五畳分の部屋一杯に本を積む、そうすれば低音がしまって、今より良くなるだろうとおっしゃるのである。いいとなればやらざるを得ない。新潮社に頼んで月おくれの『小説新潮』をトラック一台分わけてもらい、仰せの通りこいつをホーンのうしろ側に積み重ねた。古雑誌というのは荒縄で二十冊ぐらいずつくくりつけてある。それを抱え、一家総出で、トラックから、玄関をすぎ二十畳のリスニングルームを横切って奥のコンクリートホーン室の裏口へ運び、順次、内へ積み上げてゆくのである。実にしんどい労働である(たまたまこの時来あわせていて、この古雑誌運びを手伝わされたのが、山口瞳ちゃんだった)。さてこうしてホーンの裏側いっぱいに、ぎっしり『小説新潮』を積み、空間を埋めた。なるほど低音が幾分締まって、聴きよいように思えた。マニアというものは、藁をも掴むおもいで、こういう場合、音のよくなるのを願う。われわれはほんのちょっとでも音質が変われば、すなわち良くなったと信じるのである。(「わがタンノイ・オートグラフ」より)
     *
それでもハンマーで敲き毀されたのだ。

Date: 10月 28th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(その5・追補)

facebookにいただいたコメントで、正確な書名がわかった。
「ワグナーは負けだ」ではなく「野村光一音楽随想:ワーグナーは敗けだ」である。
音楽之友社から1985年に出ている。

買ってもう一度読んでみて、この項を書いていこうか、とちょっとだけ考えたが、
読まずに書いていくつもりだ。

Date: 10月 27th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(その5)

けっこう記憶は確かな方だと思っているが、
どうしても正確に思い出せないこともある。

20代前半のころだったと思う。
そのころ、ヴェルディとワグナー比較論のような内容の本が出ていた。
書名は「ワーグナーの負けだ」、ワグナー好きには挑発的なものだった。
ただし書名も正確ではない。そんな感じだった、というだけだ。

書名だけではない、誰が書いたのかも、もう憶えていない。
内容もほとんど憶いだせずにいる。

ひとつはっきりしているのは、途中で読むのをやめてしまったことだけである。
いま読んでみたら印象は変ってくるかもしれない。
手元にその本はもうないし、
インターネットであれこれ検索してみても該当する本がみつからない。

イタリア・オペラといても、
プッチーニとワグナーを比較しているわけではなく、ヴェルディである。

ヴェルディとワグナーは1813年に生れている。
偶然にすぎないのだろうが、偶然とは思えない。

ヴェルディのことについて、五味先生が書かれているのは「音楽に在る死」においてである。
それは、こんな書き出しで始まる。
     *
 私小説のどうにもいい気で、我慢のならぬ点は、作者(作中の主人公)は絶対、死ぬことがない所にある。如何に生き難さを綴ろうと、悲惨な身辺を愬えようと「私」は間違っても死ぬ気遣いはない。生きている、だから「書く」という操作を為せる。通常の物語では、主人公は実人生に於けると同様、いつ、何ものか——運命ともいうべきもの——の手で死なされるか知れない。生死は測り難い。まあいかなる危機に置かれても死ぬ気づかいのないのは007とチャンバラ小説のヒーローと、「私」くらいなものである。その辺がいい気すぎ、阿房らしくて私小説など読む気になれぬ時期が私にはあった。
 非常の事態に遭遇すれば、人は言葉を失う。どんな天性の作家も言葉が見当らなくて物の書ける道理はない。書くのは、非常事態の衝撃から醒めて後、衝撃を跡づける解説か自己弁明のたぐいである。我が国ではどういうものか、大方の私小説を純文学と称する。借金をどうしたの、飲み屋の女とどうだった、女房子供がこう言った等と臆面もなく書き綴っても、それは作者の実人生だから、つまり絵空事の作り話ではないから何か尊ぶべきものという暗黙の了解が、事前に、読み手と作者の間にあるらしい。ばからしいリアリズムだ。勿論、スパイ小説にあっても主人公はいかなるピンチからも脱出するに相違ない。ヒーローが敵国の諜報団にあっ気なく殺されるのではストーリーは成立しない。この、必ず生きぬけるという前提が、読者を安心させているなら、救われているのはヒーローではなくて作者である。救われたそんな作者の筆になるものだから、読む方も安心していられる。つまり死ぬ気遣いのないのが実は救いになっていて、似た救いは私小説にもあるわけだろう。どれほど「私」が生きるため悪戦苦闘しようと、とにかく彼はくたばることがないのだから。
 でも、実人生では時にわれわれはくたばってしまうのである。意図半ばで。これは悲惨だ。小説は勿論、非常の事態に遭遇した人間の悲惨さを描かねばならぬわけではない。しかし兎も角、私小説で「私」がぬけぬけ救われているというこの前提が、いい気すぎて、私小説を書く作者の厚かましさに我慢のなりかねた時が、私にはあった。太宰治は、徹頭徹尾、私事を書いた作家だと私は見ている。太宰は私小説の「私」は金輪際くたばらぬという暗黙の了解に、我から我慢なりかねて自殺したと。ざまあみろ、太宰は自分自身にそう言って死んだのだと。
 これは無論、私だけの勝手な太宰治観である。私小説のすべてが「私」をぬけぬけ生きのびさせているわけではない。『マルテ・ラウリッズ・ブリッゲの手記』はどんな死を描いた文章より私には怖ろしい。リルケが私小説作家でないのは分っているが、古いことばながら、作家精神といったものを考えた時、凡百の私小説作家の純文学など阿房らしくて読めなかった。そういう時期に、音楽を私は聴き耽った。
     *
そしてブラームスについて書かれている。
門馬直美氏の文章を書き写しながら、綴られている。

長めの引用である。
引用の最後には、こう書かれている。
《ブラームスのことならまだ幾らだって私は引用したい。門馬氏の好い文章を写したい——》と。

Date: 10月 27th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(その4)

フルトヴェングラーは、
ドイツのクラシック音楽こそが音楽だ、といったことを言っている。
ドイツ音楽以外で認めていたのはショパンだけだ、とも言っている。
そうとうに極端なことであり、
フルトヴェングラー以外の人がこんなことをいったら、
「何をバカなことを!」と思われてしまう。

フルトヴェングラーのベートーヴェン、ブラームス、ワグナーなどを聴いていない人は、
フルトヴェングラーの言葉として知って聞いても「何をバカなことを!」と思うかもしれないが、
フルトヴェングラーの演奏に打ちのめされた経験のある聴き手ならば、
フルトヴェングラーの言葉としてなら、どこか納得してしまうところがある。

フルトヴェングラーの熱心な聴き手にも、そういうところがあるような気もする。
もしかすると逆なのかもしれない。
フルトヴェングラーの言葉を俟たずとも、
ドイツ音楽以外は認めない聴き手もいよう。

特に日本の聴き手にはいよう、
若い世代ではなく、戦争の前から音楽を聴いてきた聴き手にはいよう。

五味先生にも、そういう面(それに近いといえる面)があったように感じることが、
五味先生の書かれたものを読んでいるとある。

ショパンについても書かれいてるし、フランス音楽についても書かれている。
アメリカの現代音楽も一時期集中して聴かれている。
ドイツ以外の作曲家についてももちろん書かれている。

それでも、そんなことを感じてしまうのは、
おもにオペラについて書かれたものを読んでいる時である。
正確にいえば、読み終えてからである。

ワグナーについてはあれだけ書かれている。
けれどイタリア・オペラとなると、何か書かれているだろうか、と記憶を辿ることになる。

モーツァルトのオペラについては書かれているが、
そのほとんどはカラヤンの初期の演奏の素晴らしさを語る際に登場するのであり、
ワグナーのことを語り尽くそうとされている感じを、そこには求められない。

Date: 10月 23rd, 2016
Cate: 五味康祐

フォーレ「ノクチュルヌ」

「オーディオ巡礼」ではなぜか「FM放送」になっているが、
ステレオサウンド 26号に掲載時は違っていた。

 ラフマニノフ「声」
 フォーレ「ノクチュルヌ」
であった。

ラフマニノフの「声」は、オーマンディの指揮のものがCDになったときに手に入れた。
五味先生が聴かれていたのもオーマンディのものである。
ごく短い曲だ。

いまではあまり聴かなくなったが、
手に入れた時は頻繁に聴いていた。

フォーレの「ノクチュルヌ」について、
この曲に続いて五味先生は書かれている。

エンマ・ボワネーというピアニストの演奏で、五味先生はフォーレの夜想曲を聴かれている。
カタカナ表記ではエンマ・ボワネだが、ここは五味先生に倣ってボワネーとしておく。
     *
 フォーレの〝夜想曲〟は、エンマ・ボワネーという女流ピアニストの弾いたもので、残念ながらこれもモノーラルである。ノクチュルヌの中の六曲をボワネーは弾いているが、とりわけ第一番変ホ短調(作品三三の一)はフォーレの全ピアノ曲の中でも白眉の名品で、実に典雅な曲だ。そしてこればかりは女性でないと弾けないだろうと私は思う。
 ふつう、女性にはショパンがふさわしく思われているらしいが、女性に、ショパンはぜったい弾けない、というのが私の持論で、パハマンやリパッティを持ち出す迄もなく、およそ女性の弾いたショパンにいいものがあった例を私は知らない。
 その点、フォーレの音楽はショパンよりはるかに女性向きである。ヴァルカロールにせよ、即興曲、このノクチュルヌにせよ、ヨハンセンやカサドジュなどの演奏も聴いてみたが、エンマ・ボワネーのフォーレに及ばない。曲が女性の感性で奏べるように出来ていると思うのだ。
     *
「オーディオ巡礼」を読んで、聴いてみたいと思った。
が、すでに廃盤になっている、とも書かれていた。
そのせいか、あまり積極的に探すことをしなかった。
そうこうしているうちに、忘れかけていた。

五味先生もエンマ・ボワネーのLPは所有されていなかった。
レコードをS氏に借りて録音したテープで、であった。

いまはCDになっている。
10年ほど前に出ている。
エンマ・ボワネーのフォーレも、ふとしたことで思い出した。

まだ手に入るようである。
注文をした。取り寄せになる、とのこと。

五味先生は、はじめてこの曲を聴いたときのことを書かれている。
     *

 フォーレのこのノクチュルヌは、大体が、夫人と呼ばれる年令の婦人を空想させる曲である。すでに愛の痛み、誓いのむなしさ、愛を裏切る(或いは裏切られる)哀しさ、嫉妬、悔恨、傷ついたプライド、そういう愛のくさぐさな在り様を身をもって体験した女性にしか、通わぬ音楽と私には思えるし、はじめてこの曲を聴いたとき、私は私自身の妻を想い浮べた。実像の妻よりはるかに美化された容姿と、妻の人柄を考えていた。
     *
はじめてこれを読んだとき、まだ結婚はしてなかった。
ハタチにもなってなかった。

エンマ・ボワネーで聴いたとき、何を想い浮べるだろうか、と想った。
その日から30数年。いまも独りである。

おそらく届くであろうエンマ・ボワネーのフォーレ・夜想曲を聴いて、
いま何を想い浮べるのだろうか。

Date: 9月 17th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(名盤・その2)

数ヵ月前、程度のいいと思えるマランツのModel 7の値段が150万円を軽く超えていて、
ここまで来たのか、と思っていたら、その上があった。
350万円の値が付いているModel 7があった。

私の感覚では高すぎる、ということになるが、
買う人がいるから、売る側もこれだけの値段をつけているのだろう。

マランツのModel 7は名器といわれている。
でも、この場合の名器も名盤と、結局は同じである。

名器とされるモノでしかない。
名盤と同じで、名器も「聴き込んでみずからつくるもの」である。

聴き込まなければ、つまり自分の心に近いモノとしなければ、
どんなに程度がよくて350万円の値が付いているModel 7であっても、
それは名器でもなんでもない、ということだ。

なぜ売り手側にとって都合のいい(よすぎる)ことに振りまわされるのか。
市場で高い値が付けられるのが名盤、名器ではない。

そのことがまったくわかっていない人がいる。
そういう人たちが、オリジナル盤、オリジナル盤とさわぎ、
オーディオ機器に関しても、オリジナル、オリジナルとさわぐ。

いつまで続くのか、こんなことが。

Date: 9月 17th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(名盤・その1)

五味先生は「名盤は、聴き込んでみずからつくるもの」とされている。
これを「五味オーディオ教室」で読んで、心に刻んできた。

聴き込んでみずからつくる、とはどういうことなのか。
それは「心に近く」するということだと思う。

だから何もオリジナル盤と呼ばれているモノが名盤ではない。
再発盤、廉価盤とオリジナル盤とでは音は違う。
違って当然である。

でもどれがいいのかは、そう簡単にはいえない。
少なくともオーディオに真剣に取り組んできた人ならば、わかってもらえる、と信じている。

それでもオリジナル盤が、驚くほどの値段で売買されることがある。
希少価値があればモノは高くなる。市場原理だから、わからないわけではない。

でも、そのオリジナル盤は名盤ではない、ということは肝に銘じておくべきだ。
あくまでも、それは名盤とされるモノでしかない。

「名盤は、聴き込んでみずからつくるもの」だからだ。
オリジナル盤で、「耳に近く、心に遠い」ままだったら、それは名盤では決してない。
少なくともあなたにとって、それは名盤ではない。

再発盤で、オリジナル盤よりは音は劣るかもしれない。
それは「耳に遠い」音ともいえよう。

そうであっても聴き込んでみずからつくることで、心に近くすることで、
それは名盤となっていく。
「耳に遠く、心に近い」、こうありたい。

もちろん「耳に近く、心に近い」にこしたことはない。
でも私は「心に近い」だけで、いいではないか、と思うようになってきている。

Date: 9月 16th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(その3)

1976年ごろのHI-FI-STEREO GUIDEには、
ルボックスのA700は688,000円と載っている。
テレフンケンのM28Aは載っていないが、M28Cは載っている。
1,300,000円である。

スチューダーのC37は管球式のマスターレコーダーで、すでに製造中止。
ソリッドステート時代のマスターレコーダーとしてA80MKIIが載っていて、
3,300,000円である。

A700、M28Cは、この時代のオープリンリールデッキに詳しくない人でも、
そのスタイルは容易に想像がつく。
つまり一般的なオープンリールデッキの恰好である。

C37、A80となるとコンソール型である。
その大きさからいっても、家庭に持ち込むモノではないことはあきらかだ。

ちなみにこの時代、EMTの930stは1,050,000円、
927Dstは2,500,000円であり、
価格的にも927DstはC37クラスといえ、930stはA700、M28Aクラスといえる。

くり返すが、五味先生はオープンリールデッキに関しては、927DstクラスのC37まで手を伸ばされている。
アナログプレーヤーは927Dstの下、930st留り(あえてこう書いておく)である。

このことはずいぶん考えてきた。
なぜなのか。
プログラムソースとしての比重は、五味先生にとってもLP(アナログディスク)が大きかったはずだ。
ならば先に927Dstで、その後にC37だったならば、五味先生の行動はすんなりわかる。

けれど違うから、考えていた。
答(らしきもの)は、オーディオだけの側面で考えていてはたどりつけない。
五味先生にとってのワグナーが、答につながるものを提示してくれた、といえる。

Date: 9月 16th, 2016
Cate: 五味康祐

五味康祐氏とワグナー(その2)

マッキントッシュのMC3500について書かれていることを、また引用しておこう。
     *
 ところで、何年かまえ、そのマッキントッシュから、片チャンネルの出力三五〇ワットという、ばけ物みたいな真空管式メインアンプ〝MC三五〇〇〟が発売された。重さ六十キロ(ステレオにして百二十キロ——優に私の体重の二倍ある)、値段が邦貨で当時百五十六万円、アンプが加熱するため放熱用の小さな扇風機がついているが、周波数特性はなんと一ヘルツ(十ヘルツではない)から七万ヘルツまでプラス〇、マイナス三dB。三五〇ワットの出力時で、二十から二万ヘルツまでマイナス〇・五dB。SN比が、マイナス九五dBである。わが家で耳を聾する大きさで鳴らしても、VUメーターはピクリともしなかった。まず家庭で聴く限り、測定器なみの無歪のアンプといっていいように思う。
 すすめる人があって、これを私は聴いてみたのである。SN比がマイナス九五dB、七万ヘルツまで高音がのびるなら、悪いわけがないとシロウト考えで期待するのは当然だろう。当時、百五十万円の失費は私にはたいへんな負担だったが、よい音で鳴るなら仕方がない。
 さて、期待して私は聴いた。聴いているうち、腹が立ってきた。でかいアンプで鳴らせば音がよくなるだろうと欲張った自分の助平根性にである。
 理論的には、出力の大きいアンプを小出力で駆動するほど、音に無理がなく、歪も少ないことは私だって知っている。だが、音というのは、理屈通りに鳴ってくれないこともまた、私は知っていたはずなのである。ちょうどマスター・テープのハイやロウをいじらずカッティングしたほうが、音がのびのび鳴ると思い込んだ欲張り方と、同じあやまちを私はしていることに気がついた。
 MC三五〇〇は、たしかに、たっぷりと鳴る。音のすみずみまで容赦なく音を響かせている、そんな感じである。絵で言えば、簇生する花の、花弁の一つひとつを、くっきり描いている。もとのMC二七五は、必要な一つ二つは輪郭を鮮明に描くが、簇生する花は、簇生の美しさを出すためにぼかしてある、そんな具合だ。
     *
こういう五味先生だから、930stと927Dstに関してもそう思われていたのかも……、と思ってもいた。
マッキントッシュのMC275とMC3500の比較、
EMTの930stと927Dstの比較は、どこか共通するものがあるといえるからだ。

けれどステレオサウンド 50号の「続・五味オーディオ巡礼」で、
スチューダーのC37を手に入れられたことを書かれているのう読んで、
ならばアナログプレーヤーも927Dstではないのか……、と思ってしまう。
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最近プロ機のスチューダーC37を入手して、欣喜雀躍、こころを躍らせ継いでみたら、まったく高域にのびのない、鼻づまりの弦音で呆っ気にとられたことがある。理由は、C37は業務用だからマイクロホンの接続コードをどれ程長くしてもINPUTの音質に支障のないよう、インピーダンスをかなり低くとってあるため、ホームユースの拙宅のマランツ♯7とではマッチしないと知ったのだ。かんじんなことなので言っておきたいが、プリアンプとのインピーダンスが合わないと、単にテープの再生音がわるいのではなく、C37に接続したというだけでレコードやFMの音まで鼻づまりの歪んだ感じになってしまった。愕いてC37を譲られた録音スタジオから技術者にきてもらい、ようやくルボックスA700やテレフンケン28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている。
     *
スチューダーのC37のことは、「五味オーディオ教室」もほんのわずかだが書かれていた。
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 いい音で聴くために、ずいぶん私は苦労した。回り道をした。もうやめた。現在でもスチューダーC37はほしい。ここまで来たのだから、いつか手に入れてみたい。しかし一時のように出版社に借金してでもという燃えるようなものは、消えた。齢相応に分別がついたのか。まあ、Aのアンプがいい、Bのスピーカーがいいと騒いだところで、ナマに比べればどんぐりの背比べで、市販されるあらゆる機種を聴いて私は言うのだが、しょせんは五十歩百歩。よほどたちの悪いメーカーのものでない限り、最低限のトーン・クォリティは今日では保証されている。SP時代には夢にも考えられなかった音質を保っている。
 家庭で名曲を楽しむのをレコード音楽本来のあり方とわきまえるなら、音キチになるほど愚の骨頂はない、と今では思っている。
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「五味オーディオ教室」は私が読んだ最初のオーディオの本であるから、
スチューダーのC37がどういうモノなのかは、まったく知らなかった。

でもステレオサウンド 50号のころは知っていた。