Archive for category 戻っていく感覚

Date: 7月 16th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(番外・何を録音していたのか)

facebookに、1970年代の生録ブーム、その時の熱狂ぶりを伝える写真が公開されていた。

無線と実験編集部による投稿で、ティアック主催の生録会のようだ。ステージ上には数えるのが面倒なほどのマイクロフォンとスタンドがあり、客席側には、こちらも数えるのがイヤになるほどのオープンリールデッキが並んでいる。

モノクロの不鮮明な写真であっても、東京や大阪といった大都市では、こういう生録の機会があって、そこには多くのオーディオマニアが参加していたことの熱気というか、熱狂ぶり(といいたくなる)があった、と感じる。

オープンリールデッキで録音するのは、こういった生録、それからライヴ録音、もしくはライヴの生中継のFM放送のエアチェックがそうなのだろうが、あえて番外として書いているのは、ルボックスのA700のことがあるからだ。

HI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を見ていて当時気づいて、少しばかり驚いたのは、A700にはフォノ入力端子があることだった。

A700は、A77(315,000円)、HS77(365,000円)の上級機であり、1981年登場のPR99(650,000円)まではフラッグシップモデルでもあった。

そのA700には、マイクロフォン入力、ライン入力だけでなく、A77やHS77にはないフォノ入力がある。

普及クラスのオープンリールデッキにフォノ入力があるのはわからないでもないが、なぜA700にあるのか。
いまHI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を読み返しても、フォノ入力を持つオープンリールデッキはなさそうだ(見落としがあるかもしれない)。

A700を持っている人ならば、同等クラスのコントロールアンプかプリメインアンプは持っているはず。だからフォノ入力は要らないと思う。

A700に直接アナログプレーヤーを接続してダビングする人がいたのか、それをルボックスは考慮して付けているのか。

A700の回路図を見ると、フォノイコライザーアンプ部には、再生アンプ、録音アンプと同じOPアンプが使われている。

A700に使われているのは、TBA931という14ピンのデュアルOPアンプで、すでに製造中止でかなり入手困難なモノ。

Date: 7月 15th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その11)

1970年代後半、スチューダーのオープンリールデッキのフラッグシップモデルは、A80MK II(3,300,000円)になっていた(2トラック2チャンネルモデルに絞ってのこと)。

A80と同等の他社のフラッグシップモデルは、アンペックスのAG440CS-2C(2,560,000円)、ATR102(4,000,000円)、スカリーの280B(2,430,000円)、テレフンケンのMagnetophon15Aなどがあった。

A80MK IIが3,300,000円だったころ、Magnetophon15Aは輸入されたばかりで価格未定だった。A80MK IIが3,990,000円になったころ、Magnetophon15Aは5,990,000円に、さらに約二年後には6,240,000円になっていた。

スチューダーかテレフンケンか。どちらもすごいのだろうが、モノクロのさほど大きくない写真で見比べると、Magnetophon15Aは、スチューダーのC37とは少し違う武骨さを感じる。

A80もMagnetophon15Aも、時代的にソリッドステートだ。1970年代後半、アンプでは管球式が少ないながらも残っていたが、テープデッキに管球式はなかった。

このころは、まだオープンリールデッキの、以前のモデルの知識はあまりなかった。それでも数年経つと、いろいろと知ってくるようになる。
テレフンケンの管球式オープンリールデッキとして、Magnetophon10があったことを知る。
この時点で、C37のライバルモデルとしてMagnetophon10が、私の中では浮上してきた。

C37もすごいのだろうが、きっと同じくらいにMagnetophon10もすごいはず。写真と断片的なことしか知らなかったけれど、そう思うようになっていった。

だからといってMagnetophon10を、五味先生がC37を手に入れられたように、憧れとか欲しいという気持は湧いてこなかった。

それから数年、EMTの927Dstを手に入れてすぐくらいに、Magnetophon10の再生アンプを手に入れた。

なんのためというと、927Dst用のイコライザーアンプとして、である。

Date: 7月 14th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その10)

スチューダーのC37はすごい、どんなオープンリールデッキなのだろか、と、その写真をすぐにでも見たかったけれど、当時はインターネットという便利なものはなかったし、ステレオサウンド 55号まで待つしかなかった。

55号のスーパーマニアは、それまでとは違い、五味先生の追悼記事でもあった。五味先生のリスニングルーム、そして愛用のオーディオ機器。そこにC37が、当然のことながらあった。

大きいだろうことは、なんとなく想像していた。同じスチューダーの現行モデルのA80のことは写真とスペックは知っていたから、管球式のC37はA80のようにスマートにまとめられてはいないだろう、ぐらいの想像はしていた。

その想像よりも大きかった。武骨な感じすら受けた。これがC37なのか。EMTでいえば927Dstだな、とも感じていた。

C37の音は聴いたことがない。それでもC37で録音されたものは、知らず知らずのうちに聴いている。そのくらい、C37が現行機種だったころは、多くの録音スタジオで使われていた。

一度は、C37で録音したテープをC37で再生した音は聴いてみたい。そんな機会はもうやってこないだろうが、C37の存在の大きさは、20代のころの私にとって、アナログディスク再生への非常に大きな刺戟となっていった。

Date: 7月 13th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その9)

五味先生がステレオサウンド 50号掲載の「五味オーディオ巡礼」で書かれている。
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もうひとつ業務用パーツとホーム用パーツをつなぐときこわいのは、インピーダンスの合わぬことで、以前、ノイマンの業務用パワーアンプを拙宅でつないだときもそうだった。最近プロ機のスチューダーC37を入手して、欣喜雀躍、こころを躍らせ継いでみたら、まったく高域にのびのない、鼻づまりの弦音で呆っ気にとられたことがある。理由は、C37は業務用だからマイクロホンの接続コードをどれ程長くしてもINPUTの音質に支障のないよう、インピーダンスをかなり低くとってあるため、ホームユースの拙宅のマランツ#7とではマッチしないと知ったのだ。かんじなことなので言っておきたいが、プリアンプとのインピーダンスが合わないと、単にテープの再生音がわるいのではなく、C37に接続したというだけでレコードやFMの音まで鼻づまりの歪んだ感じになってしまった。愕いてC37を譲られた録音スタジオから技術者にきてもらい、ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている。
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ルボックスのA700は1977年において688,000円、テレフンケンのM28はM28Cになっていて、こちらは1,3000,000円だった。

どちらも当時のオープンリールデッキとしては高級機である。けれどスチューダーのC37の前では、《ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている》ということになってしまっている。

どれだけすごいんだろうか、C37は、と思ったし、同時に、五味先生がC37で聴かれたのは、A700やM28Aで録音したテープも多かったはず。
つまりテープ再生器としてもC37はとびきりの性能を持つ。ならば録音器として、C37で録音・再生する、その音はどんなだろうか、と、もうこのへんになると、当時高校生だった私にはなかなか想像できなかった。

Date: 7月 12th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その8)

中学生のころ思い描いていた将来のままになっていたら、オープンリールデッキで何を録音していたか。
中学校の理科の先生ななりたいと思っていたから、学校の部活動の録音をやっていたかもしれない。

録音を何度もやることで上達して、前回よりも今回、今回よりも次回と、いい音で録れるようになるんだろうな、とやってもいないことをあれこれ想像していた中学生だった。

録音器としてテープデッキを捉えるのだから、そうなるのだが、スチューダーのC37は私にとっては、最初から別格の存在だった。

スチューダーのC37のことは、「五味オーディオ教室」もほんのわずかだが書かれていた。
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 いい音で聴くために、ずいぶん私は苦労した。回り道をした。もうやめた。現在でもスチューダーC37はほしい。ここまで来たのだから、いつか手に入れてみたい。しかし一時のように出版社に借金してでもという燃えるようなものは、消えた。齢相応に分別がついたのか。まあ、Aのアンプがいい、Bのスピーカーがいいと騒いだところで、ナマに比べればどんぐりの背比べで、市販されるあらゆる機種を聴いて私は言うのだが、しょせんは五十歩百歩。よほどたちの悪いメーカーのものでない限り、最低限のトーン・クォリティは今日では保証されている。SP時代には夢にも考えられなかった音質を保っている。
 家庭で名曲を楽しむのをレコード音楽本来のあり方とわきまえるなら、音キチになるほど愚の骨頂はない、と今では思っている。
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C37。どんなオープンリールデッキなのか。全く他の情報はなかった。すでに製造中止になっているようだとは、五味先生の文章から伝わってきた。

別項でも触れているが、C37について次に知ったのはステレオサウンド 50号での「オーディオ巡礼」であったし、C37がどんな姿をしているのか、写真を初めて見たのはステレオサウンド 55号の「スーパーマニア」だった。

Date: 7月 9th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その7)

オーディオに興味を持ち始めたのは中学二年の秋だった。このころの私は、中学の先生になることを考えていた。
父が英語の教師だったことも関係しているし、長男だから家を継ぐことも考えてのことだった。

それに喘息持ちということも東京に出て行こうとは、全く考えていなかった。小学生のころに観た映画「ゴジラ対ヘドラ」は衝撃だったし、東京に住んだら喘息はひどくなるだけじゃないか──、そんなこともあって、ずっと熊本で暮らしていくんだろうな、とぼんやり思っていた。

そんな将来で、オープンリールデッキを持って、何を録音するのか、と考える。

マーク・レヴィンソンの考えは賛同できる。日本では高城重躬氏、金田明彦氏が同じ考え、近い考えをもっての実践者といえる。

金田明彦氏は、マイクロフォンアンプからテープデッキのアンプを含めて、再生系全てのアンプをDC化された。

高城重躬氏は、自身のリスニングルームにスタインウェイのグランドピアノを置かれ、そこでの演奏を録音して再生することでの原音再生の一つを試みられていた。
高城重躬氏の場合、そこで得られたことで、ゴトうんユニットの改良へとつながっていた。

高城重躬氏のやり方は、正しいように思う人も多いようだが、録音時にリスニングルームにスタインウェイのピアノがあることは、わかる。

けれど再生時にも、そこにあるということは、スピーカーからの音とスタインウェイのピアノとが常に共鳴しているわけで、同一空間での録音再生で、原音再生を追求していくのであれば、再生時にはスタインウェイのピアノはリスニングルーム外に出しての音で判断すべきである。

Date: 7月 8th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その6)

ステレオサウンド 45号に「HQDシステムを完成させたマーク・レビンソン氏に聞く」という記事がある。
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今日において、われわれの有するステレオ・コンポーネントの数々は、その再生能力において普通手に入るソース・マテリアルの持つフィデリティーをはるかに凌駕するものがあると思います。実際に、私達の製品の持っている本当の能力を正しく評価するためには、音の差について判断を下すことを可能にするような、特製のレコードやテープを用いることなしに不可能です。
     *
こう語るマーク・レヴィンソンはMLA(Mark Levinson Acoustic Recording)社をつくって、
スチューダーのマスターレコーダーA80のトランスポートと
自社製のエレクトロニクスによるML5による録音を行い、
アナログディスク(45回転UHQR盤)、ミュージックテープ(オープルリールテープ)を販売していた。

レヴィンソンが言っていることは正論ではある。この記事を読んだ中学生だった私は、確かにそうだ、と頷きながら読んでいた。

それでは当時MLAから出ていたディスクやテープを買ったかといえば買わなかった。

MLAのディスクはレコード会社扱いではなく、当時のマークレビンソンの輸入元だったRFエンタープライズだったこともあって、レコード店には並ばなかった。

仮に並んだとしても田舎のレコード店では無理だったし、けっこう高価だった。
といってもマークレビンソンのアンプの価格からすればずっと安価で、無理すれば買えない価格ではなかったし、オーディオ店で注文すれば買えただろう。

でも買わなかったのは、その音の良さには関心があったけれど、聴きたいと思える録音内容ではなかったからだ。聴きたいディスクを全て揃えているような人ならば、どんなものだろうという関心から買うのだろうが、聴きたいディスクは山ほどあるけれど、そうポンポンと買えるわけではないから、関心はそれほどでもなかった。

何を録音するのか。このことがオープンリールデッキ(を含めての録音機器)への関心を大きく揺さぶる。

Date: 7月 7th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その5)

十年ほど前に、別項でテクニクスのRS1500Uについて少しだけ書いている。

RS1500Uに投入されたアイソレートループ技術は、
それまでのオープンリールデッキの走行メカニズムとは違うことが、
視覚的にはっきりと、わかりやすく提示されていて、
そのころはオーディオ初心者だった私にも、それがいかに独創的であるかが伝わってきていた。

1976年にRS1500Uは発表されて、その頃読んでいた電波科学(だったはず)で、開発者による解説記事を読んでいる。

RS1500Uは、視覚的にもわかりやすかったし、それだけでなく、2トラック38cm/secモデルながら、4トラックに再生のみではあるが対応していた。

HI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)のオープンリールデッキのページで、当時調べていたのは、録音再生は2トラック38cm/secモデルで、再生のみでいいから4トラックにも対応しているモデルが、あるのかどうか、どのくらいあるのかだった。

RS1500U以外にも、アカイのPro1000(398,000円)、デンオンのDH710F(439,000円)、オタリのMX5050シリーズ、ソニーのTC8750-2(550,000円)、ティアックのA7400シリーズなどがあった。

その中でもRS1500Uは他社とは違うテープ走行メカニズムとともバッテリー駆動も可能と、対応範囲の広いモデルと受け止めていたけれど、田舎暮らしの中学生は、RS1500Uを自分のモノとしたとしても、一体何に活用するのか、と考えると、うーんとなってしまう面もあった。

この時、東京に住んでいて、社会人になっていて車も所有していて、そうだったらRS1500Uは、ベストバイと感じていただろう。

現実は、そうではない。RS1500Uを持ち出して生録に行くこともないし、FMもNHK一局なのだから、何を録音するのか、となる。

FMが、それでもあるじゃないか、といわれそうだが、同じNHKの放送でも東京と地方とでは中継局が介在することで、当時の技術ではクォリティが低下していく。

オープンリールデッキのオーディオ機器としての魅力、特にメカニズムの魅力は感じながらも、もし買うとすればコンシューマーモデルの高級機ではなく、いっそのこと、プロ用のオープンリールデッキじゃないか、と買える買えないを抜きにして、そんなことを思っていた。

Date: 7月 5th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その4)

ステレオサウンド 43号の特集ベストバイで、オーディオ評論家が選ぶベストバイと読者が選ぶベストバイがあるわけだが、
パイオニアのRT701は読者の投票は(その3)で書いているとおり低かったが、オーディオ評論家の選定では、オープンリールデッキの中で、一番になっている。

井上卓也、大塚晋二、菅野沖彦、三井 啓の四氏が選んでいるのに対し、テクニクスのRS 1500Uは、大塚晋二、三井 啓の二氏。

中学生だった私は、この結果が興味深かった。
どうしてだろうとHI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を丹念に見ていくと、RS1500Uには外付け(別売)のバッテリーパックが用意されていて、単一乾電池を十六本直列接続しての24Vでの動作が可能になっていることに気づく。

RT701はAC100Vのみ。この点が、生録を積極的にやっていた人への大きなアピールとなったのだろう。

(その1)で例として挙げている機種も、生録のことを考慮して、荷物の個数としては一つ増えることになるが、一つ一つの重量を少しでも軽くしようと、トランスポート部とアンプ部を別筐体としている。

それでも電源はAC100Vだから、当時流行っていた蒸気機関車の生録には不向きとなる。

ソニー、ウーヘル、ナグラ、ステラヴォックスといったポータブル機は、もちろんバッテリー駆動ができたが、据置型のオープンリールデッキで、それが可能だったことが、読者投票での一位につながったように思える。

そのくらい、当時オープンリールデッキを購入する人の何割かは生録のためだったのだろう。

Date: 7月 4th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その3)

パイオニアのRT701が登場したころのステレオサウンドの特集ベストバイでは、オーディオ評論家だけでなく、読者の選ぶベストバイ・コンポーネントという記事もあった。

ベストバイ特集の前号のアンケートハガキが投票用紙になっていた。
スピーカーシステム、プリメインアンプ、コントロールアンプ、パワーアンプ、チューナー、アナログプレーヤー、カートリッジ、ターンテーブル、トーンアーム、カセットデッキ、オープンリールデッキ、それぞれに一機種投票できた。

43号のひとつ前の42号にアンケートハガキがあった。かなり悩んで記入したことを思い出す。

42号は1977年春号、私は1976年末に出た41号とコンポーネントステレオの世界からの読者だったから、日が浅い。

ほとんどのモデルを聴いたことがないのだから、憧れのモデルにするのか、数年後になんとかてがとどそうなモデルにした方がいいのか、まずそのことで悩んでいた。

オープンリールデッキでは、パイオニアのRT701にした。
43号掲載の読者の選ぶベストバイ・コンポーネントのオープンリールデッキの一位は、テクニクスのRS1500Uだった。

RT701は36票で十四位。一位のRS1500Uは607票。
ずいぶんと差があった。RS1500Uの人気の高さはわからなくもないが、RT701の人気の低さは、意外だった。十位中に入っていても良さそうなのに……、と中学生だった私は思っていた。

オープンリールデッキに関心がある人にとっては、オープンリールデッキ・イコール・2トラ38なのだろう。

Date: 7月 3rd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その2)

RT701を当時のパイオニアは積極的に売り出そうとしていた、と広告を見ても、そう感じていた。

RT701は好評だったようで、19インチのラックマウント形式のRT701の横幅を短くしたRT701Sが出て、オートリバース再生機能付きのRT707も登場した。

RT701は、(その1)で書いているように、これ、いいなぁと感じたオープルリールデッキで、
プロ用のオープンリールデッキを見て、これ、すごいなぁ、と感じたのと違う。

(その1)で例として挙げたモデルは、どれもオープンリールデッキ然としている。それだけに、アンプやその他のコンポーネントと同じように配置すると、
浮いている(独立している)ふうにも見られがちだ。

それだからこそオープンリールデッキを所有する喜びがある、とするのも理解できる。そういうオープンリールデッキを、私も欲しいと思ったけれど、
RT701が登場した1976年、中学生だった私にとって、身近な存在としてのオープンリールデッキだった。

RT701の外形寸法はW48.0×H23.0×D36.0cmと、奥行き以外は、ナカミチのカセットデッキ、1000IIよりも小さい。そんなオープンリールデッキだったから、2トラックでは4トラックだし、テープスピードも9.5cm/secと19cm/secで、いわゆる2トラ38ではない。

でも、それがいいとも感じさせた。そういうオープンリールデッキが、パイオニアのRT701である。

とはいえ、いまも手に入れたいのか、となると、そうではない。手元にあれば、とは思いながらも、なんとしてでも、という気持はない。

それでもオープンリールデッキについて書く時には、RT701のことは真っ先に、とは決めていた。

Date: 7月 1st, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(カセットデッキ篇・その16追補)

HI-FI STEREO GUIDE(1980年度版)を見ると、フィリップスのオープンリールデッキが載っている。

N4512が145,000円、N4515が215,000円、N4520が498,000円、N4522が580,000円となっている。

N4512とN4515はブラック仕上げで、普及クラスの外観。N4520とN4522はシルバー仕上げで、デザインはほぼ同じで本格的なオープンリールデッキとした風貌となっている。
N4522だけが2トラック仕様で、残り三機種は4トラック。

この時期、フィリップスの輸入元はフィリップス家電で、アンプ、スピーカー、カセットデッキなども輸入していた。

カセットデッキはN5581、一機種のみで、88,000円(予価)。横幅26cmの小型のモノ。
アナログプレーヤーは、AF777(68,000円)、AF877(81,000円)、AF977(115,000円)の三機種。

チューナーは、AH109(69,000円、予価)とAH180(100,000円)の二機種。

プリメインアンプはなく、コントロールアンプがAH209(55,000円、予価)とAH280(80,000円)、パワーアンプがAH309(65,000円、予価)とAH380(90,000円)。

この時代のフィリップスのスピーカーシステムは、パワーアンプ内蔵、MFB採用のアクティヴ型と一般的な内蔵ネットワークがあった。

ネットワーク搭載の上級機のAH489は55,000円(一本)と安価なブックシェルフ型。アクティヴ型の上級機のRH545は480,000円(一本)となっているが、他のアクティヴ型は100,000円前後だ。

この時代のフィリップスでも、オープンリールデッキのみが、他のコンポーネントとのバランスがとれないほど高価で別格なモノだ。

Date: 6月 30th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その1)

1970年代後半、日本のスピーカーシステムでもっとも名が知られていたのは、ヤマハのNS1000Mといっていいだろうし、
当時、オーディオ雑誌で見ることしかできなかったオーディオ機器が多い中、NS1000Mは見ることができたし、聴くこともできた。

NS1000Mの外形寸法はW37.5×H67.5×D32.6cm、重量は31kgだった。

オープンリールデッキ篇なのに、NS1000Mのことを書いているのは、当時のオープンリールデッキの大きさと重さは、NS1000Mクラスのモノが少なからずあったからだ。

NS1000Mは30cm口径のウーファーを持つ3ウェイのブックシェルフ型。

HI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を見ると、アカイのPro1000がW48.6×H41.2×D30.9cm(トランスポート部)、W48.6×H23.1×D30.9cm(アンプ部)だから、トータルの高さは64.3cm、重量はトータルで38.5kg。
デンオンのDH710FはW50.5×H42.0×D29.5cm(トランスポート部)、W49.0×H18.0×D31.5cm(アンプ部)で、トータルの高さは60cm、重量はトータルで35.5kg。
ティアックのA7400RXはW47.0×H45.5×D30.0cm(トランスポート部)、W47.0×H20.5×D31.0cm(アンプ部)で、トータルの高さは66cmで、トータル重量は40kgである。

これらは国産のトランスポートとアンプ部が独立した構成のモノで、一体型のモデルだと少しは小さくなるものの、オープンリールデッキは、ブックシェルフ型スピーカーシステムとほぼ同じ大きさと重量のモノが当たり前といえた。

さらにプロ用としてのコンソール型となると、外形寸法、重量ともに増す。

そこにパイオニアのRT701が、私がオーディオに興味を持つのと同時期に登場した。

これ、いいなぁと思ったオープンリールデッキだった。

Date: 6月 29th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(カセットデッキ篇・その18)

ヨーロッパにおいてテープデッキは積極的な意味での録音器なのだと、いまは思う。
それでも私にとって、ふり返ってみても、そうとはいえなかった。録音しなかったわけではない。
エアチェックはしていた。それでも、私が中学、高校生時代に買ったカセットテープの数は、そう多くはない。

新聞配達のアルバイトで得たお金と小遣い。五十年ほど前のことだから、合わせてもそれほど多かったわけではないから、優先順位が決まってくる。

カセットテープの優先順位は低かった。

この時、身近に生録の機会があったとしても、変らなかっただろう。

そんな私が、やっぱり欲しいと思うのは、この項の最初の方で書いているスチューダーのA710だ。

ルボックスのB710でもいいじゃないか、と言われそうだが、ここはスチューダーが欲しい。

CDプレーヤーで、ルボックスとスチューダーの音の違いは実際に聴いている。
ルボックスのB225とスチューダーのA725、ルボックスのB 226とスチューダーのA727。
この違いを聴いていなければ、ルボックスで満足するだろうが、音の記憶は、こういう時には少しやっかいで、ルボックスのB710をいい音だなぁ、と聴いていたとすると、これがスチューダーだったら──、そんなことを考えてしまうはず。

CDプレーヤーでルボックスとスチューダーの音の違いを聴いてなければ……なのだが、聴いてしまっているのだから、どうしようもない。

B&OのBeocord 9000にも惹かれながらも、A710はいつか自分のモノとしたい。
A710を手に入れたら、積極的な意味での録音器として使うのかと問われたら、いま手元にあるミュージックテープを再生するだけになりそうだ。

Date: 6月 28th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(カセットデッキ篇・その17)

いまのヨーロッパのオーディオマニアがどうなのかはなんともいえないが、1970年代のヨーロッパのオーディオマニアは、少なくとも日本のオーディオ雑誌で取り上げられる人を見る限り、バランス感覚を大事にしているように思われた。

それはオーディオマニアだけでなく、ヨーロッパのオーディオメーカーからも感じとれたことだけに、テープデッキへのバランスを欠いたお金のかけ方は、
その理由を知りたいところだったが、その答(らしきものであっても)を知る人は、周りにはいなかった。

その理由をずっと考え続けてきたわけではないが、時々思い出しては、どうしてだったのだろうかと思いはした。

いまも、これといえるほどの答はわかっていないが、CDが普及して、アナログディスクでも発売されていなかった古いライヴ録音が登場するようになった。

多くは放送局が録音したものなのだが、稀にヨーロッパの聴き手がFM放送をエアチェックしたテープが、マスターになる例がある。

その頃のヨーロッパのFM事情がどうだったのかは、全く知らない。当時のオーディオ雑誌にも、そういった記事は載っていなかった(少なくとも私は読んでいない)。

私が当時住んでいた熊本は、NHKだけしかなかった。民放のFM局は、隣の福岡にはあっても熊本にはなかった。
東京だって、その当時の民放のFM局は東京FMだけだった。

アメリカはすごいと聞いていた。けれどヨーロッパはどうだったのか。日本よりは良かったのではないだろうか。
ヨーロッパには、さまざまな音楽祭が開催されている。そのライヴ中継は、どのくらいの頻度だったのか。
多かったのか少なかったのか。

多かったのではないかと思うのは、ヨーロッパのオーディオマニアがテープデッキを重視していることからだ。

その視点から、B&OのBeocord 8000、その上級機のBeocord 9000を見ると、そういうことだったのか、と私だけなのだろうが納得がいく。