Archive for category Jazz Spirit

Date: 5月 11th, 2020
Cate: Jazz Spirit

Jazz Spirit Audio(その7)

音楽のジャンル分けに、どれだけの意味があるのかはひとまず措くとして、
“Friday Night in San Francisco”も幻想交響曲も、
いわゆるジャズと呼ばれるジャンルの音楽とはいえない。

にもかかわず、「Jazz Spirit Audio」というテーマであえて取り上げているのは、
Jazz Spiritが必要となるのは、なにもジャズと呼ばれている音楽だけに限らないからだ。

もちろん人によって、そのへんの考え方は違ってくる。
でも私は、私の好きな音楽に関してはJazz Spiritと、
私が感じているものが必要となってくることがある。

そんな気持をこめてのオーディオだから、Jazz Spirit Audioでもある。

少なくとも毎月第一水曜日に、
四谷三丁目のジャズ喫茶、喫茶茶会記でaudio wednesdayをやっているのだから、
Jazz Spirit Audioという気持は絶対に忘れないようにこころがけている。

Date: 5月 10th, 2020
Cate: Jazz Spirit

Jazz Spirit Audio(その6)

数年前のインターナショナルオーディオショウでの、
とあるブースでかかっていた“Friday Night in San Francisco”。

そこで鳴っていた音は、聴けば聴くほどに、こちらを冷静にさせてしまう音だった。
その数年後、やはりインターナショナルオーディオショウでの別のブースでもそうだった。

そこではドゥダメル/ロサンゼルス・フィルハーモニーによる
ベルリオーズの幻想交響曲(ライヴ録音)が鳴っていた。

CDではなく、ハイレゾ音源をダウンロードしたものによる再生だった。
この時の音については別項でも少し触れているが、
聴いていて、冷静な幻想交響曲だな、と思っていた。

そして曲が終って、拍手が鳴り出した。
そこでやっとライヴ録音だったことを知った。

盛大な拍手だった。
聴衆はドゥダメルの演奏に熱狂しているようだった。

観客の拍手から判断するに熱演だったようだ。
でも、そんなことは幻想交響曲が鳴っている最中は、まったく感じなかった。

ここでも、聴けば聴くほどに、こちらを冷静にさせてしまう音だったのだ。

冷静になってしまう、というのは、私としては抑えた表現である。
本音は聴けば聴くほどしらけてしまう音なのだ。

(その2)で、鳴り終ったあとに、聴いていた人同士で話が弾む、と書いた。
インターナショナルオーディオショウでの“Friday Night in San Francisco”、
ドゥダメルの幻想交響曲は、そうではなかった。

それに鳴り終ったあとに、とも書きたくない気持がこちらの心に残る。

Date: 4月 20th, 2020
Cate: Jazz Spirit

「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」(四年後)

四年前の7月30日に四谷のいーぐるで、
「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」が行われた。
老舗のジャズ喫茶で、若い世代のジャズ喫茶の店主が集まって、
「これからのジャズ喫茶」について語る、というイベントてあった。

それから四年後のいま、である。

いーぐるが、存続支援キャンペーンをやっている。

いーぐるのウェブサイトのトップページには、こうある。
     *
コロナウイルスによる外出自粛要請がされるなか、
当店の存続も厳しくなってまいりました
52年続くいーぐるを守るべく、支援グッズの通販を開始いたします
皆様のご注文を心よりお待ちしております

いーぐる従業員一同
     *
いーぐるは、グッズ販売サイトを開いている。
いーぐるだけでは、ないはずだ。

ジャズ喫茶はどこもたいへん厳しい状況のはずだ。

いーぐるはビルの地下にある。
窓はない。

四谷三丁目の喫茶茶会記にしても、開放的な空間とはいえない。
ジャズ喫茶の多くは、音を出すのだから、そういう傾向にあるだろう。

「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」では、
誰もこの状況を予想できなかったはずだ。

いーぐるは、グッズとしてTシャツ、キャップなどのほかに、プリペイドカードもある。
プリペイドカードならば、他のジャズ喫茶でもすぐにやれるはずだ。

それだけでどうにかやっていけるかどうかは、なんともいえないが、
四年前以上に「これからのジャズ喫茶を考える」ことが目の前に押しつけられている。

Date: 8月 8th, 2019
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生むもの

5月に「ジャズ喫茶が生んだもの(Tokyo Jazz Joints)」を書いた。

ドイツに、日本のジャズ喫茶から着想をえたというジャズ喫茶が誕生した、という記事を紹介した。
その後も、同じような記事を数本目にした。

ドイツだけではなく、アメリカにもイギリスにも誕生している、とのこと。
日本でも、四ツ谷のいーぐるでは、外国人の客が増えている、という記事も目にした。

昨晩のaudio wedneadayには、三人の、初めての方が来られた。
新しい人が来てくれると、嬉しい。

一人の方が、二年後にジャズ喫茶を開店する予定だ、ときいた。
横浜のちぐさで六年間働いていたという人だから、単なる夢では終らないはずだ。

駅までの短い帰り道、Sさんと話していて、
もしかすると古くからのジャズ喫茶、これから誕生するジャズ喫茶を含めて、
もし再びオーディオブームが訪れるとしたら、それはジャズ喫茶が生むものかもしれない、
そうおもった次第。

Date: 5月 20th, 2019
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生んだもの(Tokyo Jazz Joints)

東京のジャズ喫茶やバーに焦点をあてた写真展『Tokyo Jazz Joints』が、
ドイツ・ベルリンで6月7日から29日にかけて開催される──
というニュースを土曜日に知った。
(参照サイト:『ドイツ・ベルリンで「東京のジャズ喫茶」をテーマにした写真展』)

写真展の会場となるのは、
日本のジャズ喫茶から着想をえたというベルリン市内のジャズ喫茶、とのこと。

ドイツにも、日本のジャズ喫茶があるわけだ。
これもジャズ喫茶が生んだものだ。

Date: 11月 17th, 2018
Cate: Jazz Spirit

喫茶茶会記のこと(その7)

喫茶茶会記のことが、ARBANというサイトで紹介されている。
ARBANは、ジャズを中心としたカルチャーメディア、とのこと。

ジャズ喫茶として紹介されている。

Date: 9月 3rd, 2018
Cate: Jazz Spirit

二度目のナルシス(その3)

空間プロデュースの会社に「ビートニク風に」と依頼すれば、
どんなふうに仕上がるのは想像できないけれど、なんとなくそれっぽいビートニクには、
腕のいい空間プロデュースの会社ならば仕上げるだろう。

依頼した人が納得していなくとも、
ここがこうだからビートニクなんですよ、と、細かく説明していって納得させるかもしれない。

私の勝手な想像で書いているだけだから、実際はどうなのか。
真剣にビートニクに取り組む空間プロデュースの会社もあるはずだ。

金と時間に糸目をつけなければ、いい感じに仕上がるとは思う。
けれど、それはどこか映画のセット的趣をわずかとはいえ残したままなのかもしれない。

それがこだわり抜いたビートニクであればあるほど、
ナルシス的ビートニクとは違うものになっていくのかもしれない。

こんなことを書いているけれど、ビートニクを理解しているわけではない。
それでも、ビートニクとは、そういうものではないはずだ、とは感じている。

少なくとも、ナルシスはつくりものという感触はない。

Date: 9月 2nd, 2018
Cate: Jazz Spirit

二度目のナルシス(その2)

ナルシスが今の場所(東京都新宿区歌舞伎町1-13-6 YOビル2F)に移ったのは1978年(らしい)。
40年である。

行けばわかる、古い建物の二階にナルシスはある。
トレイは和式だし、床はタイル張り。
店内にはピンクの公衆電話があった。
Free Wi-Fiなんてものはない。

どっぷり昭和である。
だから、いい、といいたいのではない。

金曜日の別れ際に野上眞宏さんが「ナルシス、最高!」といわれた。
そうだろうとおもう。

ナルシスは堅苦しいジャズ喫茶ではない。
ジャズがかかっていても、おしゃべりしてもいい。

ナルシスにいるときに野上さんは、
「(時代的には)ヒッピーの前のビートニクだね」といわれた。

こういう感覚、捉え方は私にはなかった。

ナルシスは一人で行っても楽しいだろう。
でも、誰かと一緒に行くと、より楽しいはずだ。

前回のナルシスは四年前。
その後、一人でナルシスに何度か通っていたとしても、
「ヒッピーの前のビートニクだね」とは感じなかった、とおもうからだ。

Date: 8月 31st, 2018
Cate: Jazz Spirit

二度目のナルシス(その1)

空間プロデュース、空間プロデューサーという言葉を頻繁に耳にするようになったのは、
いつごろからなのだろうか。

ウソっぽい仕事とは思っていないが、
それでも薄っぺらいと感じることがないわけではない。

どこかの空間プロデュースの会社、
空間プロデューサーの誰かがてがけた店舗というのが、増えているようにも感じる。

空間プロデュースというのは、こういう仕事なのか、と感心する店舗もあれば、
既視感たっぷりの店舗もある。
どういう仕事であっても、ピンもあればキリもある。

それでも個人経営の店であれば、空間プロデュースの必要性はいかほどだろうか──、
と思ったのは、今日、新宿歌舞伎町にあるジャズ喫茶・ナルシスに行ってきたからだ。

ナルシスには四年前に一度行っている。
また行こう、と思いながら、夕方からの営業だから、
ブログを書くことを優先していると、早く帰って……、と思ってしまい、
結果、二度目が今日になってしまった。

前回のことは「会って話すと云うこと(その6)」に書いている。
店は四年前となにも変っていなかった。
記憶にある四年的の比較なのだから、変っているところもあったのかもしれないが、
何も変っていなかった、としか感じなかった。

グッドマンのダブルコーンに、
おそらくパイオニアのホーンEH351Sである中高域が足されている。
アンプも上等なモノではないし、オーディオマニアの興味を惹くシステムとはいえない。

オーディオも四年前のままだった。
ナルシスが入っているビルは、四年分だけ古くなっているはずだろうが、
元々老朽化したビルだから、変ったようにも見えない。

そのナルシスに、今日は写真家の野上眞宏さんと一緒に行ってきた。

Date: 6月 16th, 2018
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生んだもの(番外)

ジャズ喫茶と、日本でのJBL、アルテックの人気の高さは、けっして無関係ではない。
私は、そう思っている。

今日、OTOTENに行ったことは別項に書いた通り。
B1フロアーで「オーディオ10年の歩み」を買って帰った。
日本オーディオ協会が1997年に発行したもので、中島平太郎氏が編集委員長をつとめられている。

定価は8,000円なのだが、もう20年以上前の、いわば売れ残りという扱いなのだろう、
1,000円(税込み)だった。

この本の第八章、「ホール/スタジアムにおける音響装置」のなかに、こうあった。
     *
 1966年のビートルズの来日は劇場(PA)音響技術の展開について画期的なものになった。当時の演奏会場としては客席数3,000を超えるせのはなく、ましてや1万人を収容して音楽を演奏し観客を満足させることができる施設は横浜市の文化体育館ぐらいであった。
 ビートルズの公演回数は5ステージで諸経費を考慮すると1万人以上を収容できる会場を手当てできないと成立しない公算であった。その結果日本武道館に白羽の矢が立ち、同館の承諾を得、公演が実現した。音響はヒビノ(株)が担当し、センターに組まれた舞台の真上に八方に向けてクラスターが吊られた。スピーカーはJBLの2ウェイであった。
     *
ビートルズの日本公演でのスピーカーはJBLだった。
私は初めて知る事実だった。

当時、ビートルズの公演に来ていた人たちのどのぐらいがそのことを知っていたのか、定かではない。
おそらくほとんどの人が知らずにいたことだろう。

それでも、その音はしっかりと耳に残っていたのではないのか。
このことも日本でのJBLの人気の高さに、まったく関係していない、とは思えないのだ。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: Jazz Spirit

喫茶茶会記のこと(その6)

マガジンハウスの雑誌のHanakoのウェブサイトで、喫茶茶会記が取り上げられている。

そこでも、ジャズ喫茶として紹介されている。

Date: 3月 18th, 2018
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生んだもの(その5)

ジャズ喫茶、名曲喫茶が日本独自の文化といえるのならば、
レコードコンサートもまた日本独自の文化である。

レコードコンサートといっても、もう通じなくなった世代の方が多くなっているかもしれない。
こう書いている私だって、レコードコンサートには行ったことはない。

私がオーディオ雑誌を読みはじめたころは、まだレコードコンサートは残っていた。
でも、それは大都市でのことであって、地方に住んでいる者、
それも学生にとっては、都会への憧れを募らせるものでしかなかった。

レコードコンサートについて、瀬川先生がステレオサウンド 25号に書かれている。
     *
 レコード・コンサートという形式がいつごろ生まれたのかは知らないが、LPレコード以降に話を限れば、昭和26年に雑誌『ディスク』(現在は廃刊)が主催した《ディスク・LPコンサート》がそのはしりといえようか。この年は国産のLPレコードが日本コロムビアから発売された年でもあるが、まだレパートリーも狭かったし、それにも増して盤質も録音も粗悪で、公開の場で鳴らすには貧弱すぎた。だからコンサートはすべて輸入盤に頼っていた。外貨の割当が制限されていた時代、しかも当時の一枚三千円から四千円近い価格は現在の感覚でいえば十倍ぐらいになるだろうか。誰もが入手できるというわけにはゆかず、したがってディスクのコンサートも、誌上で批評の対象になるレコードを実際に読者に聴かせたいという意図から出たのだろうと思う。いまではバロックの通俗名曲の代表になってしまったヴィヴァルディの「四季」を、ミュンヒンガーのロンドン盤で本邦初演したのが、このディスクの第二回のコンサート(読売ホール、昭和26年暮)であった。
 これを皮切りに、その後、ブリヂストン美術館の主催(松下秀雄氏=現在のオーディオテクニカ社長)による土曜コンサートや、日本楽器・銀座店によるヤマハLPコンサートが続々と名乗りを上げた。これらのコンサートは、輸入新譜の紹介の場であると同時に、それを再生する最新のオーディオ機器とその技術の発表の場でもあった。富田嘉和氏、岡山好直氏、高城重躬氏らが、それぞれに装置を競い合った時代である。
 やがて音楽喫茶ブームが来る。そこでは、上記のコンサートで使われるような、個人では所有できない最高の再生装置が常設され、毎日のプログラムのほかにリクェストに応じ、レコード・ファンのたまり場のような形で全国的に広まっていった。そうしたコンサートや音楽喫茶については、『レコード芸術』誌の3・4・5月号に小史の形ですでにくわしく書いたが、LPの再生装置が単に珍しかったり高価なだけでなく、高度の技術がともなわなくては、それを作ることもまして使いこなしてゆくことも難しかったこの時代に、コンサートと喫茶店の果した役割は大きい。
     *
ステレオサウンド 25号は1972年に出ている。
レコードコンサートはオーディオメーカーの主催によるものが多かったようだが、
レコード会社によるものもあったようだ。

この時代までの日本では、レコードと聴き手の関係は、一対一とはいえない面があった。

Date: 3月 10th, 2018
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生んだもの(その4)

アルテックやJBLでなくとも、故障しないように使う(鳴らせば)、
いいじゃないのか、ということになろうが、
ジャズ喫茶においてのスピーカーの使われ方は、
一般家庭におけるそれとは、鳴らす時間だけでも、大きく違ってくる。

開店時間から閉店時間まで鳴らされる。
閉店時間後も鳴らされていることだってあろう。
開店時間前もそうであろう。

営業時間は店によって違うが、平均して八時間は鳴らされている、であろう。
それが店によっては毎日鳴らされるわけだ。

故障しないように鳴らしていても、それだけの長時間の使用においては、
スピーカーがヘタってくる。
それに音量の違いも加わってくる。

ヘタってきたら、新しいスピーカーに買い換える、という方針のジャズ喫茶ならば、
スピーカーの選択肢は広がるが、
心底気に入ったスピーカーをずっと鳴らしていきたい、という方針のジャズ喫茶もある。

私がタフなスピーカーというのは、そういう意味も含まれている。
故障しにくいだけでなく、ヘタりにくいスピーカーであること。
それからコンディションを、あるレベル以上で維持できるスピーカーであること。

ジャズ喫茶のスピーカーに求められる条件は、音だけではない。
ジャズ喫茶で、アルテック、JBLが選ばれてきたのは、
そういうことも含めてのことだったと、考えることもできる。

どれだけ音がよくても、信頼性に乏しいスピーカーを、
私はジャズ喫茶のスピーカーとしては選ばない。

その日その日、もっといえば数時間単位でコンディションが変化していくような道具は、
金を稼ぐ道具(商売道具)としては適さない。

Date: 3月 10th, 2018
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生んだもの(その3)

岩崎先生に
《スピーカーは15インチ=38センチでなければだめだという認識》を強く植えつけるほどに、
アルテックの音は強烈だったわけだ。

ジャズ喫茶の歴史に詳しいわけではないが、
私がオーディオに興味を持ち始めたころのジャズ喫茶は、
スピーカーといえばJBLかアルテックだった。

スタックスのコンデンサー型スピーカーで聴かせるジャズ喫茶もあったのは知っているが、
アルテックとJBLで、八割以上は占めていたのではないだろうか。

なぜアルテックとJBLなのか。
音だけが理由ではない、と思う。

自分でジャズ喫茶を始めようと考えてみたときに、
スピーカーは何を選ぶか、どういう基準で選ぶか。

音は第一にこよう。
次に来るのは、というう、音と同じくらいに大きなウェイトを持ってくるのは、
タフなスピーカーであるということだ。

ジャズ喫茶にとって、スピーカーは商売道具である。
オーディオは音楽を聴くための道具であるけれど、
ジャズ喫茶にとっては、そういう意味での道具であるとともに、商売道具である。

音も大事であるし、タフであること、
つまり故障しにくいことも、大事なことである。

さらに故障しても、すぐに復旧できることも重要である。
先日のaudio wednesdayで、会の途中でドライバーのダイアフラムを交換した。
こういうことが、ジャズ喫茶のスピーカーでは起り得るし、
そういうときにすぐに対処できるという点は、大きなメリットである。

スタックスのコンデンサー型スピーカーで、ダイアフラムがダメになったとして、
同じように店内での交換がすぐさま可能だろうか。

スタックスでなくともいい。
ドーム型のトゥイーター、スコーカーを採用したスピーカーで、
ユニットをトバしてしまったとき、ユニットを交換することになる。
それはそれでいいのだが、そのユニットが単売されていたら、それは可能であっても、
補修パーツとして取り寄せるか、メーカーのサービスステーションに持っていくことになる。

アルテックやJBLはユニットそのものが単売されていて、
交換ダイアフラムも入手が容易であった。

Date: 3月 10th, 2018
Cate: Jazz Spirit

ジャズ喫茶が生んだもの(その2)

岩崎先生が書かれている。
     *
 ぼくの場合ですと、そのとき好きだった音楽によってスピーカーの変遷があり、その時その時でずいぶん変わっているのです。また、部屋の広さが変わることによって、またまたスピーカーへの期待というか、選び方がすっかり変わってきてしまった。
 そのへんのことをここで書いておきたいと思います。
 昔、洋間というより板の間と言うにふさわしいかなりちゃちな板の間で鳴らしていたわけです。そのときまで、いくつかの国産スピーカーを経て、戦前からある英国系のローラーとか、アメリカのマグナボックスなどを、戦後の国産スピーカー、たとえば、ミラグラフやダイナックスなどにまじって聴いていたのですが、どうも外国製のスピーカーのもっている良さというのが非常に強く印象づけられ、傾倒するきっかけになっていたわけです。その頃はまだラジオ雑誌でも、海外製品を取上げることはまずなくて、単に自分自身の聴いた感じとか、外観のすばらしさだけでもって選んでいました。
 たまたまその時期——学生時代からやっと社会に出たてのときなのですが、たいへんショックを受けたというか、オーディオに強く指向するきっかけになったことがあります。銀座の松屋の裏に「スイング」という喫茶店があり、デキシーランドとニューオルリンズジャズを鳴らしていた。当時はジャズ喫茶そのものがまったくなかったころで、店の客の半分は当時の占領軍の兵隊だったわけです。
 その店を知ったのは、たまたま通りがかりに非常に陽気な音楽が聴こえてきて、ついふらふらと中へ入っていったからです。店内で鳴っている音は当時のぼくにはとうていスピーカーから出ている音には聴こえなかった。奥にバンドがいて演奏しているのではないか、と思ったくらい、生き生きした大きなエネルギーで鳴っていました。紫煙の中に入っていくと、目の前にスピーカーがあった。それは今までに見たこともないスピーカーでした。それが実はあとでわかったのですが、アルテックの603Bというスピーカーで、いまの604Bのジュニア型として出ていたスピーカーです。
 この38センチの、マルチセラーホーンをつけたスピーカーに接したときに、スピーカーのもっている性格というか、再生装置の中においてスピーカーがいかに大事であるかということを、強烈に知らされたわけです。ぼくが大型スピーカーに執着するというのは、このときに植えつけられたもので、それ以来、スピーカーは15インチ=38センチでなければだめだという認識を強くもっています。
(「オーディオの醍醐味はスピーカーにあり」より)
     *
銀座・松屋の裏にあった「スイング」のことは、
オーディオ歴の根底をなす二十六年前のアルテックとの出会い」の冒頭にも書かれている。

そう、このころからすでにジャズ喫茶ではアルテックが鳴らされていた。
この時代のアルテックの603Bの価格を、私は知らないが、
そう簡単に買えるモノではなかったはずだ。