Archive for category 進歩・進化

Date: 12月 8th, 2017
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その9)

スピーカー単体での変換効率は、圧倒的に昔の方が高かった。

アンプも真空管の時代でも、出力は、時代とともに増していった。
マッキントッシュのMC3500は350Wの出力をもつ管球式アンプである。

時代は、真空管からトランジスターへの増幅素子の移行があり、
同じ出力であれば真空管よりもトランジスターを採用した方が、アンプそのもののサイズは小さくなる。

さらに増幅方式がA級動作からB級動作、そしてD級動作となれば、
アンプの効率が高くなっていく。
そうなればアンプのサイズはますます小さくなる。

しかもA級アンプは効率が悪い、ということは、
効率の悪いスピーカー同様、熱を大量に発する。

効率の良いD級アンプは発熱も少ない。
A級アンプに不可欠だった大型ヒートシンクは、
D級アンプには不要になってくる。サイズはさらに小さく、軽くできる。

電源もスイッチング方式が増えてきている。
効率のよい電源方式である。

増幅部も電源部も効率が飛躍的に向上している。
D級動作+スイッチング電源のアンプは、小さく軽い。

こうなってくると、スピーカーの変換効率ではなく、
パワーアンプを含めた変換効率を考えると、
スピーカーの変換効率の悪さを、変換効率の高いアンプでカバーする、
いまの方が高いといえるのではないか──、そう考えることもできる。

それにウェスターン・エレクトリックのユニットは励磁型が多かった。
そうなるとユニット用に電源が必要となる。

ユニットもずしりと重かった。
アンプも出力は低くとも大きく重かった。
スピーカーユニット用の電源も同じだった。

どれだけの物慮を投入しての変換効率の高さなのか。
そのことに対しあきれもするが、わくわくもする。

つまりそれだけの物量を、変換効率の高さのために投入していた。
まさに集中のアプローチである。

Date: 12月 8th, 2017
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その8)

90dB/W/mでも高能率スピーカーといわれるようになった時代しか知らない世代、
100dB/W/mあたりから高能率スピーカーといっていた時代を知っている世代。

その差は10dBである。
この10dBの差を、非常に大きいと感じる世代に、私は属している。

喫茶茶会記のスピーカーはアルテックを中心としたシステム。
測定したわけではないが、97dBほどか、と思う。
現在市販されているスピーカーと比較すれば、圧倒的に高能率といえる数字であっても、
鳴らした感触からいっても100dBを超えているとはいえないスピーカーである。

ウーファーの416-8Cの能率がいちばん低いから、ここがシステムの数字となる。
ドライバーは100dBを超えている。
トゥイーターのJBLの075は、もう少し高い数字である。

ホーン型だから、高能率はいわば当然といえるし、
それでもウェスターン・エレクトリックのドライバーからすると、低い数字でもある。

無声映画からトーキーへと、なった時代、
アンプの出力はわずか数Wだった。
そのわずかな出力でも、映画館いっぱいに観客に満足のいく音を届けなければならない。

そのために必要なことは、スピーカーの徹底した高能率化である。
他のことは犠牲にしてでも、まず変換効率をあげること。
そこに集中しての開発だった。

いまのスピーカー開発が拡張というアプローチをとっているのに対し、
古のスピーカー開発は集中というアプローチをとっていた。

Date: 12月 29th, 2016
Cate: 進歩・進化

メーカーとしての旬(その3)

2017年は、iPhone登場10周年にあたる。
日本でiPhoneが売られる(使える)ようになったのは、iPhone 3Gからである。

すぐにでもiPhoneにしたかったけれど、しなかったのは、
扱っていたのがソフトバンクだったからだ。

それでも何度か乗り換えようか、と考えた。
iPhone 4が出たときは、かなり心が動いたけれど、それでもしなかった。
ソフトバンクが嫌だった、という気持が、
iPhoneを使いたい、という気持よりも強かったからだ。

2011年秋登場のiPhone 4Sから、auも扱うようになった。
やっとiPhoneに機種変更できる、いままで我慢してきてよかった、と思った。

それまでの携帯電話(いわゆるガラケー)とは、まるで異っていた。
同じiOSのiPadは2010年から使っていたが、これともiPhoneは違う。

もっと早くiPhoneにしておけば……、という気持を、
その時まったく感じなかったわけではないが、我慢してきてよかった、とも思っていた。

iPhone 4Sを手に入れた日(発売初日に買った)は、
ブログを書くことも忘れて触っていた。
何時間触っていただろうか、ブログを書かなければ……、ということで触るのをやめたほどだ。

初めてiPhoneを手にしたときの感じたものに比べれば、
その後登場した新しいiPhoneに触れたときに感じたものは、小さいし少ない、といえる。

それまでのガラケーからiPhoneへの変化と、
古いiPhoneから新しいiPhoneへの変化は同じには、当然だが感じるわけではない。

だからといってiPhoneの旬が終っている、とは私は思っていない。
10年iPhone登場のころといまとでは、
iPhoneをとりまく環境も大きく変化している。

この変化が、iPhoneの在り方を変化させていてもいるわけで、
2007年のiPhoneが、iPhone単体の環境であったのに対し、
いまのiPhoneは、iPhoneをハブとする環境へ変化している。

iPhone単体だけを見て、あれこれいう時代は終っているのだ。

Date: 10月 6th, 2016
Cate: 進歩・進化

メーカーとしての旬(その2)

それぞれのメーカーに旬といえる時期があることは、
私だけでなく、オーディオを長くやってきた人ならば感じていることのはず。

メーカーとしての旬についてだけ書くつもりは、特になかった。
別のテーマで書いているうちに、旬について触れようとは考えていた。

それなのにこうやって「メーカーとしての旬」というタイトルをつけて書き出したのは、
iPhoneは終った、といったことをここ数年目にしたり耳にしたりすることが増えてきたからだ。

前月、iPhone 7が発表され発売になった。
秋になる数ヶ月前から、新しいiPhoneの予想記事が増える。
断片的に流れてくる情報から、新しいiPhoneの全体像を探っていく。
けっこう当っている。
そのためiPhoneの発表そのもので、驚くような発表はなくなりつつある。

今回のiPhone 7に搭載されたFeliCa機能についても、
少し前から予想記事が出ていた。

ヘッドフォンジャックがなくなるのも、前からわかっていたこと。
ホームボタンに関してもそうである。

断片的な情報に馴らされてしまっている感もある。
同時に、新しいiPhoneにケチをつける人も増えてきたように感じている。

スティーヴ・ジョブスがいないからAppleは終った。
ティム・クックではiPhoneを革新的にするのは無理だ、とか。
iPhoneも、Androidスマートフォンと変らない、とか。

こんなことを嬉しそうに(そう見える)話したり書いたりする人にとって、
Appleの旬は過ぎ去ってしまった、iPhoneの旬は終った、と映っているのだろう。

facebook、twiterなどのSNSをやっていると、
どうしてもこんな書き込みを目にする。うんざりした気分になってくる。
そして、こういう人たちは、進歩・進化をどう捉えているのだろうか、とも思う。

だからあえて「メーカーとしての旬」とタイトルにつけて書くことにした。

Date: 10月 5th, 2016
Cate: 進歩・進化

メーカーとしての旬(その1)

別項でラックスのCL32、ヤマハのNS1000Mのことを書いていて、
そこには関係のないことだったから書かなかったけれど、
メーカーには旬がある、とずっと以前から思っていた。

旬はピークとは違う。
食べ物の旬と同じで、そのメーカーがノリにのっている時期があって、
旬が過ぎても、また旬がきたりする(来ないことも少なくない)。

ラックスにこれまでいくつの旬があったのははっりきといえいなところがあるが、
少なくとも1970年代後半は旬だった、といえよう。

ヤマハに関しても同じことがいえる。
NS1000Mだけでなく、CA2000、CA1000III、CI、BI、C2、B2、CT7000などが現役だったころ、
確実にヤマハは旬を迎えていた。

海外のメーカーもまったく同じだ。
旬がある。
JBLも1970年代後半に、やはり旬を迎えていた。
このときの旬はすごかった(大きかった)、といえよう。

旬の長さは、同じではない。
短いときもあればけっこう続くときもある。

創業として長いメーカーは、いくつもの旬を迎えてきた。
旬を迎えるごとに、メーカーは変化していくのか。
そのメーカーのつくり出す製品はどう変化していったのか。

そのメーカーだけでなく、旬を迎えたメーカはまわりはどういう影響を残していったのか。
それらのことをふりかえりながら、書いていこうと考えている。

Date: 9月 23rd, 2015
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その7)

発熱の問題はオーディオにとっては、けっこうやっかいな問題である。
なにもアンプに限った話ではない。
スピーカーにとっても熱を発することは問題であり、
その熱をどう処理するかはスピーカーの基本的な性能に関わってくる。

いうまでもなくスピーカーユニットのボイスコイルは金属である。
アルミニウムか銅が使われている。

電流が多く流れれば、どんな金属であれ熱をもつ。
熱をもてば金属の内部抵抗は大きくなる。
内部抵抗が大きくなれば、発熱もまた増えていく。つまり悪循環に陥る。

そうなってくると音量を上げようとして、
スピーカーにどれだけパワーを送ったとしても熱へと変換されていくパワーが増えていくだけで、
リニアリティが悪くなっていく。

つまりボイスコイルがもつ熱をどう処理していくのか。
この部分がうまく設計されていないユニットだと、
どんなに耐入力が高くとも最大音圧レベルは理屈どおりにはいかない。

JBLを離れたバート・ロカンシーを中心として1970年代終りに設立されたガウス。
当時、ウェストレックス(ウェストレークではない)のシステムに採用されたユニットでもあった。
無線と実験の記事で、このことを知って、
JBLよりもすごいユニットが登場したのか、と思ったほどだ。

ガウスのフルレンジ、ウーファーといったコーン型ユニット、
ホーン型トゥイーターは、ユニット後部がヒートシンク状になっていた。

それからイギリスのPMCの独特の形状のウーファー。
通常フレームはユニットの後部(裏側)にあるものが、
振動板の前面(ユニットの前面)にフレームをもっている。

見た目も独特なこの形状は、フレームを放熱器としてとらえれば、
エンクロージュア内に置くよりもエンクロージュアの外にもってきたほうが、
とうぜん放熱効果は高くなるというメリットがある(もちろんデメリットもあるけれど)。

それにボイスコイルの熱はボイスコイルだけではなく、マグネットにも影響を与えてる。
ネオジウムマグネットを採用したJBLのS9500のウーファー1400Ndでは、
熱による悪影響から逃れるために磁気回路の一部を削りとるという、独自の放熱機構をもっている。

ボイスコイルの抵抗を完全に0にできて、しかもどんな状況下でも0を維持できるのであれば、
変換効率の低さは、パワーアンプの出力の増大によって、かなりの部分補えるとしても、
現実にはそういう素材は登場していない。

ガウス、PMC、JBLのそれぞれの手法にしても、完全な解決法とはいえない。
パワーアンプの場合、発熱体である出力トランジスターはヒートシンクに取りつけられている。
けれどスピーカーの発熱体であるボイスコイルは、つねに動いているため、そういうわけにはいかないからだ。

Date: 2月 8th, 2015
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その6)

スピーカーの変換効率は、相当に低い。
93dB/W/mで1%の変換効率である。
30数年前は93dB/W/mは高能率ではなかった。
標準的もしくはフロアー型で、この値ならばやや低めの値という認識だった。

それがいまでは90dB/W/mでも能率が高いようにいわれるくらいに、
スピーカーの変換効率は低くなっている。

低くなっている、ということは、悪くなっている、ということである。
確実に悪くなっている。

けれど、そのことを問題とする人はあまりいないように見受けられる。
パワーアンプの出力が十分にあるのだから、
スピーカーの変換効率は低くてもかまわない、ということのようだ。

だがスピーカーに入力された信号の多くは、音にならずにどこへ行くのか。
93dB/W/mで1%なのだから、99%の信号はどうなるのか。
93dBより低いスピーカーならば、99%以上の信号が熱になってしまう。

その熱を発するのはボイスコイルであり、
ボイスコイルはエンクロージュアによって隠されているし、
さらに磁気回路によって覆われているから、直接見ることはないしさわることもない。

ゆえにボイスコイルの熱を使い手が認識することはほとんどない。
けれど低能率のスピーカーてあればあるほど、ボイスコイルが発する熱量は多くなる。
ボイスコイルの温度が上昇する。

Date: 10月 24th, 2014
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その5)

現代のスピーカーシステムと古き良き時代のスピーカーシステムと比較して、
古き良き時代のスピーカーシステムがはっきりと優っていることがある。
能率である。変換効率という能率である。

古き良き時代のスピーカーシステムを鳴らす当時のアンプは、今の基準からすればすべて小出力アンプとなる。
マッキントッシュのMC275の75W+75Wが大出力と呼ばれていたし、
MC275ですら1962年に発売されているのだから、
それ以前、モノーラル時代まで遡れば、MC275の半分以下の出力でも大出力であった。

だから古き良き時代のスピーカーシステムの能率は高く、出力音圧レベルは100dB/W/mが珍しくなかった。
とにかく高能率であることが、まずスピーカーには求められていたからだ。

そのこともあってか、いまでは高能率のスピーカーは古いスピーカーであり、
性能的に劣っているスピーカーということになっている。

けれどスピーカーは電気信号を音に変換する変換器であり、
変換器である以上、変換効率もまた重要な性能のひとつである。
ならば、高能率のスピーカーは、この点において高性能のスピーカーということになる。

にも関わらず、いまではアンプの出力がほぼ無制限に得られる感覚があるため、
高能率であることは、どうでもいいことのように扱われつつある。
特に現代のスピーカーシステムを使っている人の多くは、
出力音圧レベルという項目はさほど気にしていないようだ。

この項の(その4)で、
技術の進歩は拡張といいかえたほうがしっくりくる、と書いた。
ならばとにかく高能率であることを目指したスピーカーを古いといって切って捨てることもできるけれど、
古き良き時代のスピーカーは、集中というアプローチがとられたモノとして認識すべきではないのか。

新しい/古い、ではなく、拡張/集中なのではないか。

Date: 9月 11th, 2013
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その4)

現在市場に出廻っているスピーカーシステムで世評の高いモノすべてとはいわないが、
多くのスピーカーシステムの物理特性は、はっきりと向上している。

周波数特性については既に述べている。
見事というしかない周波数特性を実現しているスピーカーシステムも、もう珍しくなくなってきている。

周波数特性だけではなく、歪率も減ってきている。
サインウェーヴによる測定項目だけでなく、パルスによる測定項目においても特性の改善は著しい。

それだけそれまでの技術の集積があり、それをベースとした向上があるからこその、
物理特性の向上である。
ここまでの物理特性の向上は、オーディオを工業製品ととらえれば、はっきりと進歩であるわけだ。

これらのことは、別の言葉で表現すれば、リニアリティ(直線性)の向上である。

周波数特性は、あらゆる帯域の音に対してのリニアリティであり、
歪率にしても、どれだけ低歪にできるかはリニアリティを向上させていくことだし、
そのリニアリティの領域をどこまで(周波素的にも、レベル的にも、位相的にも、など)
のばしていくことができるか、ともいえる。

だとすれば、スピーカーシステムにおける物理特性の向上は、リニアリティの向上であり、
リニアリティの向上とはリニアリティの領域を拡げていくこと、
つまり、進歩は、拡張といいかえたほうが、しっくりくる。

Date: 9月 5th, 2013
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その3)

いいモノの絶対数が増えて、
毎年登場する、多くの新製品の数に対して、
いいモノが占める割合が以前よりもあきらかに高くなっていたとしても、
オーディオに関しては、進歩・進化ということばを使う際に、ためらいを感じてしまう。

スピーカーシステムにしても、昔と今とでは特性ひとつとってみても、ずいぶんと違う。
周波数特性をみても、はっきりと向上しているのがわかる。
これは、もう誰の目にもあきらかなことで、このことを否定する人はいない、と思う。

周波数特性は大型スピーカーが主流だったモノーラル時代からすれば、
低域・高域ともに伸びているし、
昔のスピーカーシステムはナロウレンジだったわけだが、
そのナロウレンジの帯域だけを比較してみても、現代の優れたスピーカーシステムは、
昔のスピーカーの周波数特性のグラフが手描き(それも拙い手描き)だとすれば、
現在の優秀なスピーカーの特性は、少々大袈裟にいえば定規を使ったかのように平坦に仕上っている。

このまま特性が向上していけば、スピーカーシステムの周波数特性は、
いまのアンプの周波数特性並になるのかもしれない──、
そんな予感さえ思うほどに精確な特性へと確実になっている。

ならば、もう古き良き時代のスピーカーシステムなんて用済みであり、
そんな時代のスピーカーシステムを欲しがる者は、懐古趣味の沼にどっぷりはまっているだけのこと。
いまや、スピーカーシステムも、すべてにおいて古き良き時代のスピーカーシステムを上回っている。

私だって、心の底からそういいたい。
だが、現実にはなかなかそうはいえない。
そういえる日が、あと10年くらいで訪れるのだろうか。

Date: 9月 3rd, 2013
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その2)

オーディオ機器は、基本工業製品である。
工業製品の質は、技術の向上にともない本来良くなっていくものである。

ステレオサウンドは1966年に創刊されている。
あと三年で創刊50年となる。

そんなステレオサウンドが創刊された当時は、
工業製品であるオーディオ機器は、まずいい製品を選ぶことから始まる、といわれていた。
ステレオサウンドが測定をやるようになったのも、
実はカタログ掲載のスペックがほんとうなのかどうかを確認する意味合いもあったし、
通り一遍の測定ではなく、
回を重ねるごとに独自の測定方法を考え出しもしていた。

そういう時代を経て、工業製品であるオーディオ機器はよくなっていった、といえるかもしれない。
こんな曖昧な表現をしたくなるのは、
ひどい製品、悪い製品がほとんどなくなったことは確固たる事実であるけれど、
ほんとうに優れたオーディオ機器、いいモノが少なくなっているように感じるからである。

ほんとうに優れたオーディオ機器、いいモノの絶対数は、
実のところ昔も今も、そう違ってきているわけではないのかもしれない。
この数に関しては、私のイメージの中での数でしかない。

でも、少なくなってきている、と感じてしまうのは、
毎年、新製品として登場するオーディオ機器の数が、昔と今ではかなり違ってきている。

たとえいいモノの絶対数が同じだとしても、
全体に占める割合は母数が大きいほど少なく感じしまう。

Date: 8月 26th, 2013
Cate: 進歩・進化

拡張と集中(その1)

技術の進歩という言い方をする。
時には、進化ともいうことがある。

私も、これらを使う。
使い(書き)ながら、ここで、進歩と使っていいのかと考えてしまうことはある。

技術は進歩しているように見える。
見えるだけでなく、確実に進歩しているのはわかっている。
それでもことオーディオに関しては、
こと音に関しては、本当に進歩しているのか判断が微妙なところがあるのもまた事実である。

となると安易に進歩といっていいのだろうかと思うし、
他の表現があるようにも思えてくる。
けれどぴったりとくる言葉を思いつかず、少し安易に進歩という言葉を使ってしまうことがある。

いったい、そういうときに、どういうことばを持ってくれば、
違和感を感じることなく、自分の安易さに気づきながら、それをごまかすことなく書けるのだろうか。