Archive for 6月, 2018

Date: 6月 25th, 2018
Cate: audio wednesday

第90回audio wednesdayのお知らせ(AXIOM 401)

喫茶茶会記の店主日記を読んでいたら、
新しいスピーカーが納まっていることを知る。

新しいスピーカーといっても、モノ自体は古い。
グッドマンのAXIOM 401である(402の可能性もある)。

12インチ口径のダブルコーンのフルレンジユニットが、
ARU付きのエンクロージュアにおさめられている。

7月4日のaudio wednesdayでは、予定を変更して、
このスピーカーを鳴らしてみたい、と思っている。

AXIOM 401で大音量は無理である。
そんな鳴らし方はしない。
「THE DIALOGUE」も鳴らさない。

人の声を主に鳴らすことになる気もする。
このスピーカーで聴いてみたいSACDもある。

トゥイーターは、今回はあえて用意しない(予定だ)。
ナロウレンジでの再生になる。

もっとも毎回鳴らしているアルテックの2ウェイ+JBL・075も、
今日の基準からすればナロウレンジだが、もう少しナロウレンジで、
やや控えめの音量での音出しだ。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 6月 25th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その21)

avcat氏は匿名である。
avcatのサイト内を見ても、自身についての記述はない(見つけられなかった)。
確か、以前はリスニングルームの写真が公開されていたページがあった。

その時のスピーカーは、TADのTAD-M1だった。
そのページには、使用機材がずらっと書かれていて、
最後の方に、居住地がおおまかに記載してあった。

avcat氏はどんな人なのか。
匿名で、自身のサイトに何も書かれていないからといって、
ずっと想像だけで書くのも、気が引けるところがある。

avcat氏の人となりが少しでも知ることができないのか。
せめて年齢くらいは知りたいと思う。

Googleで「avcat」と検索すると、ずらっと検索結果が出る。
日本語のサイトだけでなく、英語のサイトもかなりの数ヒットする。
丹念に見ていけば、avcat氏の、何かをひとつくらいは知ることができるかもしれないが、
そんな気力はない。

そういえば、と思い出したのが、リスニングルームと使用機材のページのことだった。
都道府県名を検索キーワードに加える。

するとavcat氏の本名も仕事先まで、Googleは示してくれる。
(都道府県がどこなのかは書かない)

Google、恐るべし、と思った。
なぜ、ここまで関連付けて上位に表示できるのか。
しかも、それが間違っていないのは、下位の検索結果からわかる。

この検索結果を、avcat氏は知っているのか。
知らないのであれば、avcat氏は匿名が守られている、と思っていることだろうし、
知っているのであれば、匿名でもなんでもない、ということになる。

avcatは、匿名といえるのか。

Date: 6月 25th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(モニター機の評価・その1)

メーカーがオーディオマニアにモニター機を貸し出すというサービスは、
以前から行われていた。

インターネットがない時代は、広告に、そのことが謳われていた。
モニター機を、自分のシステムで、自分の部屋で聴いてみたいオーディオマニアは、
ハガキで申し込む。
当選した人にモニター機が送られてくる。

当選したオーディオマニアは一定期間モニター機を試聴して、
その感想を書いて、メーカーに伝えるとともにモニター機を返却する。

その際、モニター機を気に入ったオーディオマニアは、
そのまま購入できる、というところもあった。

そうやって集められた感想は、ごく一部は、
その後、そのメーカーの広告に使われることもあった。
40年ほど前は、そんなことが行われていた時代だった。

オーディオはコンポーネントであるから、
クルマとは違い試乗して、かなりのことが掴めるわけではない。

クルマは一台で完結しているが、
オーディオ機器は、他の機器と組み合わされてのモノである。

評判のいいオーディオ機器を、自分の部屋で聴いてみたい、
という理由でモニターに申し込む人もいただろうし、
購入を考えていて、最終的な判断を自分のシステム、部屋で聴いて判断したくて、
申し込む人もいたはずだ。

購入する人、しない人がいても、
モニターしたオーディオマニアの周りには、何人かのオーディオマニアがたいていはいる。
モニターした人の多くは、周りのオーディオマニアに、
モニターしたオーディオ機器について語る──、いわゆる口コミである。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: ショウ雑感

2018年ショウ雑感(その8)

ドルビー非搭載のカセットデッキの登場に、
これまで過してきた月日を強く感じる一方で、
OTOTENには、SAECのWE407/23の復刻モデルWE4700が展示されていた。

WE4700が5月に開催されたミュンヘンでのHIGH END 2018 MUNICHで発表されていたので、
情報としては多くの人が知っていたはず。

私も知っていたけれど、実物が展示されているのを見ると、
当時のWE407/23の未使用品が展示されているのとは違う印象がある。

細部の精度はWE407/23よりも高くなっている、という。
そこまではケースに入った状態では確認できないが、
目の前にあるのは確かにWE407/23の精巧な復刻モデルであり、
新品のトーンアームWE4700である。

内野精工が手がけている。
内野精工は、ウチから徒歩30分ほどのところにある会社だ。

国立市にある会社が製造する、ということ、
中途半端な復刻モデルではない、ということ、
30年ぶりの対面、
WE4700の登場は、W1200とは違う、時間の経過の不思議さを感じさせてくれる。

WE407/23は当時67,000円だった。
WE4700の価格はまだだが、かなり高くなるはずだ。

ならば、と思うこともある。
世の中のトーンアームの大半はパイプを使っている。
このパイプの肉厚は、どうなっているのか、だ。

バデッドチューブ採用のトーンアームはあったのだろうか。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: plain sounding high thinking

オーディオはすでに消えてただ裸の音楽が鳴りはじめる(その5)

《オーディオはすでに消えてただ裸の音楽が鳴りはじめる》
瀬川先生は《この音楽は何と思いつめた表情で鳴るのだろう》と続けられている。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その7)

ラックスは、D38u搭載の真空管のカソードフォロワーを、
バッファーとは考えていないようである。

D38uのウェブページには、
《真空管ECC82(12AU7)を使用したカソードフォロア回路によって適度な倍音成分を付加した艶やかな真空管出力》
とある。

バッファーとは、バッファーの後段に接続される負荷による影響を、
前段のアンプに与えないことであり、
そのための物理特性としては、高入力インピーダンス、
低出力インピーダンス、低歪、ローノイズなどであり、
バッファーを信号が経由することでの音質変化もできるだけ小さくする、
などである。

ラックスの場合、《適度な倍音成分を付加した》とあるから、
一般的なバッファーと捉えるべきではないし、
おそらく真空管ハーモナイザーという名称も、ラックスによるものだろう。

真空管を使った回路を信号が経由することで、
なんらかの色づけがなされる。
無色透明な回路というのは、真空管であろうとトランジスターであろうと、存在しない。

必ず何かが失われ、何かが加わる。
真空管ハーモナイザーは、何が加わることを積極的に活かそう、という意図のはずだ。

だが、そううまく《適度な倍音成分》が付加されるだろうか。
喫茶茶会記で、D38uの真空管出力の音は幾度となく聴いている。

audio wednesdayでは、毎月、少しずつセッティングもチューニングも変えている。
そこで、今回ならば、真空管出力の音は──、と思い実際に聴いてみても、
《適度な倍音成分を付加した艶やかな》音が得られるという感触はなかった。

前のめりではなく、ときにゆったりした気持と姿勢で音楽を聴きたいときであっても、
真空管出力の音は、もどかしさが加わり、むしろトランジスター出力のほうが、
そういう気分になれたりする。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その20)

話は少し横路にそれるが、今回のavcat氏のツイートにも関係することがある。
これもfacebookへのコメントで知った。

「フリーライター、書く人」というブログがある。
5月23日の記事が、オーディオとインターネットに関係する内容である。
タイトルには、
「他社製品と性能比較してSNSに結果を流すのは営業妨害です。株価が下がったら責任取れますか?」と公開やり取りで炎上事件
とある。

冒頭に、こうある。
     *
 個人ブロガーがオーディオ用インシュレーター製品Aと製品Bの性能を比較するとツイートしたところ、製品Aをブロガーに貸し出した株式会社金井製作所が「他社製品と性能比較してSNSに結果を流すのは営業妨害です」とツイート。「個人のレビューに対して営業妨害呼ばわりはどうなんだ?」と炎上しました。
     *
詳しい内容は、リンク先にアクセスして読んでいただきたい。
読み終って、まず思ったのは、いろんなことが起っているんだなぁ……、である。

このブログを公開されている篠原修司氏は、
《企業から貸し出されたモニター機で他社製品と性能を比較する行為は、通常では考えられないことです》
と書かれている。

そうなのか、と思った。
そうだろうけど、オーディオの場合、他社製品との比較も必要となる。

この件はインシュレーターである。
インシュレーターであれば、個人ブロガーがそれまでインシュレーターの類を使っていないのであれば、
特に問題は起こらなかったであろう。

比較するもの(音)は、インシュレーターを使用していない音なのだから。

けれど、インシュレーターに興味をもちモニター試聴を行う人であれば、
なんらかの同種のアクセサリーは使っていることが多いのではないか。

そういう人が、メーカーから貸し出しを受けたインシュレーターについてだけ書くのは、
難しいことではないか。

《企業から貸し出されたモニター機で他社製品と性能を比較する行為》については、
これ以上はここでは触れない。

私が書きたいのはそこではなく、
個人ブロガーが、avcat氏と同じで、匿名である、という点だ。

自分のお金で買ったモノについて書くのであれば、匿名でもかまわない。
けれどメーカーからモニターとして貸し出しを受けておいて、
匿名である、ということに疑問を感じる。

しかも他社製品との比較を、製品名を明らかにした上で書くのであれば、
匿名のままということに、個人ブロガー自身は何も感じないのか。

個人ブロガーは、メーカーに対してあれこれ主張している。
ここでも一連のツイートに「複雑な幼稚性」につながるものを感じていた。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その19)

avcat氏は、「音楽の見える部屋」と「マイオーディオライフ」に、
否定的なツイートをされている。

その否定的なツイートは、ムックに対して向けられているのか、
ムックに登場している人たちの多くに向けられているのか。

それにしてもavcat氏は、この二冊のムックのタイトルをはっきりと書かなかったのか。
ぼかして書いたところで、オーディオマニアならば、
すぐにどの本のことがすぐにわかる書き方をしている。

ぼかす意味がないだろう、と思うのに、
それでもぼかしているのは、なぜなのか。

否定的なことを書いているためなのか。
そうだとしたら、幼いな、と思う。

否定的ななこと、批判的なことを書いてはダメだ、なんていわない。
それでも相手(人、モノ、本など)が特定される書き方をするのであれば、
書き手はきちんと実名で書くべきだ、というのが私のルールである。

匿名で否定的・批判的なことを書くのであれば、
絶対に相手が特定されないように配慮すべきである。

avcat氏は、そう考えている人ではないようだ。
「音楽の見える部屋」と「マイオーディオライフ」に関しても、
ぼかしているものの、すぐにわかる書き方だし、
柳沢功力氏に関しても、そうだ。

はっきりと柳沢功力氏の名前を出しているのではなく、
やっぱりぼかした書き方だ。
それでも、誰にでもわかるぼかしかたでしかない。

なのにavcat氏本人は、匿名のままである。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性
1 msg

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その18)

avcat氏が、どんな人なのか、
avcatというサイトを公開している人、ということ以外は知らない。

avcatは公開されて十年以上経っている、と思う。
海外のオーディオメーカーの新製品情報に関しては、
当時もっとも早く紹介していたサイトだった。

それからしばらくして、オーディオショウの写真を公開するようになった。
オーディオショウの写真に関しては、公開の早さと写真の数は、力が入っているといえた。

ただそのころの写真に関しては、アングルがほとんど変らない写真が並んでいて、
数が多い割には……、とも感じていたが、
その行動力から、かなり若い人なんだろうな、と勝手に思っていた。

写真の工夫のなさからいって、学生かも……。
大学生、もしかするともっと若くて高校生ぐらい。
オーディオに芽生えて数年ぐらいの人がやっているのが、avcatだ、とも思っていた。

若い人なんだな、ということは、今回の件に関する一連のツイートを読んでも感じることだ。
そのツイートの中に、二冊のオーディオのムックのことが取り上げられている。

はっきりとムックのタイトルを書かれているわけではないが、
どのムックを指しているのかは、明らかだ。

音楽之友社から出ている田中伊佐資氏の「音楽の見える部屋」、
音楽出版社から出ている山本耕司氏の「マイオーディオライフ2018」である。

Date: 6月 23rd, 2018
Cate: ショウ雑感

2018年ショウ雑感(その7)

ティアックが、ダブルカセットデッキW1200を発表したことだけは知っていた。

それ以上の関心を持っていなかったが、
OTOTENでのティアックのブースに入ったところ、
W1200の録音再生のデモが終ったばかりのところだった。

音は、なので聴けなかったが、スタッフの話を聞いていて、
やはりそうなのか、と思ったのはノイズリダクションに関することだった。

W1200の説明のところに《Dolby B NRで録音されたテープ再生》とある。

私がカセットデッキを買ったころは、ドルビー搭載が常識だった。
非搭載のカセットデッキはなかったはずだ。

ラジカセにはドルビーはついてなかった。
カセットデッキで、ドルビーのある/なしで録音・再生したりした。
ドルビーは確かに効果的だ。

ドルビーを使うことによる音質への影響も知っていた。
でも、そんなことはドルビーをONにしたときのノイズリダクション効果の前には、
些細なことのように、高校生だった私は感じていた。

少し経ったころから、ドルビーに代るノイズリダクション方式が、
オーディオメーカー各社から登場した。
それだけカセットデッキ(テープ録音・再生)には、
なんらかのノイズリダクションが前提でもあった。

W1200には、そういったノイズリダクションはついていない。
だからこそ《Dolby B NRで録音されたテープ再生》なのだ。

Dolby Bに近似の再生カーヴで、再生のみ対応している。
近似と書いたように、そっくりにすることはライセンス上無理だそうだ。

そして再生のみなのは、すでに必要なチップがないから、とのこと。

昨秋、「日本のオーディオ、これから(ブームだからこそ・その8)」で、
オープンリールデッキの新製品開発のプロジェクトのひとつが頓挫したことを書いた。
理由は、やはりノイズリダクションについて、である。

ノイズリダクション全盛時代のオーディオフェアを知っている者は、
過ぎ去った月日がどれだけ長いのかを、こんなことで実感していた。

Date: 6月 23rd, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その17)

Components of the year、Stereo Sound Grand Prix、
ステレオサウンドが30年以上、State of the Artから数えると40年ほど、
毎年やっているのが、いわゆる賞である。

選定委員はオーディオ評論家に、ステレオサウンドの編集長である。
小野寺弘滋氏はステレオサウンド前編集長で、そうだった。
2011年からオーディオ評論の仕事をされている。

2011年12月発売のステレオサウンドでは、だから染谷一編集長が、
そのポジションにいる。
ということは、あと数年もすれは染谷一氏もステレオサウンドの編集長を辞めて、
オーディオ評論家として、選定委員として加わるのか。

私は、そうだ、と思っている。
ステレオサウンドの、いわゆるビジネスモデルといえる。

仮に十年編集長を務めたあとにオーディオ評論家だとしたら、
2021年に染谷一氏もオーディオ評論家であり、
誰かが新しい編集長になり、その誰かも2031年ごろにはオーディオ評論家。

2031年は13年後、小野寺弘滋氏も現役であろう。
そうだとすると小野寺弘滋氏、染谷一氏、その次の編集長だった人と、
賞の選考委員のうち三人が、ステレオサウンドの編集長だった人、ということになる。
それプラス、その時のステレオサウンド編集長も加わるわけだ。

ステレオサウンドの編集長ではないが、山本浩司氏はサウンドボーイの編集者であり、
HiViの編集長でもあった。
つまりステレオサウンドの人だった。

そうなったとしたら、
少なくとも染谷一編集長が数年後にオーディオ評論家とデビューしたら、
はっきりとステレオサウンドのビジネスモデルといえるようになる。

ビジネスモデルと書けば、多少印象もいいが、
つまりは商売のやり方だ。

株式会社ステレオサウンドがなければ季刊誌ステレオサウンドもなくなるわけだから、
しっかりと商売しなければならないのはわかっている。
それでも、私が考えているとおりになったとしたら……、
そうなったときのことを考えてみてほしい。

Date: 6月 23rd, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その3)

41号からステレオサウンドを読みはじめた私には、
ベストバイ特集号は43号が初めてであった。

43号は1977年夏号だ。
43号でのカートリッジのベストバイを眺めていくと、
オルトフォンのMC20だけが、全員の評を得ている。

井上卓也、上杉佳郎、岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹、山中敬三、六氏全員が、
MC20をベストバイカートリッジと認めている。

五人が選定しているのは、
グレースのF8L’10、デンオンのDL103S、エラックのSTS455E、
フィデリティ・リサーチのFR1MK3、エンパイアの4000D/IIIである。

オルトフォンのSPUが、この時代、どうだったかというと、
SPU-Gが岡俊雄、菅野沖彦、SPU-G/Eが井上卓也、菅野沖彦、
SPU-A/Eが瀬川冬樹、山中敬三、SPU-GT/Eが菅野沖彦、瀬川冬樹と、
いずれも二人だけの選定である。

この時代、すでに軽針圧化の時代だった。
4000D/IIIの針圧は0.25〜1.25g、STS455Eが0.75〜1.5g、F8L’10が0.5〜2.5g(最適1.5g)、
カートリッジの自重も6g前後であった。

SPUは、というと、専用のヘッドシェル込みとはいえ、自重32gで、
針圧はカタログには2〜3gとなっているが、3g以上の針圧を必要とすることは、
43号でも指摘されていた。

しかも当時の国産のアナログプレーヤーでSPUを使おうとすれば、
サブウェイトを使ってもゼロバランスをとれないのが大半だった。

ヘッドシェル込みで24〜27gまでが、当時の上限だった。

Date: 6月 22nd, 2018
Cate: 型番

型番について(その4のその後)

その4)で、エレクトロリサーチのA75V1について触れた。
ステレオサウンド 47号の新製品紹介で登場したパワーアンプだ。
型番が示すように出力は75W+75WのA級アンプ。

A75V1のフロントパネルは、一般的なパワーアンプとは違っていた。
動作ポイント調整用のキャリブレーションメーター、異常動作モニター、
ランニングアワーメーターがフロントパネルに並んでいた。

当時の記事では大きな写真ではなかった、鮮明でもなかったが、
秋からに他のアンプとは違う佇まいは、小さなモノクロ写真からもわかる。

(その4)では、アキュフェーズのA級パワーアンプの型番が、
いつの日かA75となるのではないか、と期待している、と書いた。
九年が経って、ほんとうにアキュフェーズからA75が登場した。

ステレオサウンド 207号461ページに、A75が載っている。
出力は75W+75Wではなく、60W+60Wである。

A70から四年経ってのA75である。
A75の四年後には、A80となるのか、それともA75Vとなるのか。

Date: 6月 22nd, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その16)

今回のavcat氏へのステレオサウンド編集長の染谷一氏の謝罪を、
他の出版社は、どう思うのか。

なんだかんだいっても、いまのところ日本のオーディオ雑誌では、
ステレオサウンドがもっともよく知られているし、それなりの信頼は保っている、といえよう。
私のように、まったく評価しなくなった者もそこそこの数いるにしても、だ。

そのステレオサウンドが、その編集長が、多くの人の目の届かないところで、
今回の謝罪を行っていた、ということは、
オーディオジャーナリズムの信頼を崩すことである。

オーディオジャーナリズムは、確立されていない──、
以前書いている。いまもそう思っている。

確立される前に瀬川先生が亡くなられた、からだ。

それでもオーディオ雑誌への信頼がまったくない、とまでは私だっていいたくない。
それでも、今回の染谷一編集長の行為(謝罪)は、
本人はたいしたことない、と思っているのかもしれないが、
他のオーディオ雑誌の編集者は、なんてことをやってくれたんだ、と怒りを滲ませているかもしれない。

また別のオーディオ雑誌の編集者は、
なんだ、結局、われわれと同じ穴の狢なんだな、ステレオサウンドも、と思っているかもしれない。

信頼は地に墮ちた──、
そういう表現がある。
今回の件は、本人たちはどう想っているのか知らないが、
地に墮ちた、というより、自ら地に堕としている。

一度でもこんなことをやってしまい、そのことが表沙汰になれば、
今回だけなのだろうか、とも思われる。

ステレオサウンドがやっていたんのだから、他も……、とも思われることだってある。

Date: 6月 22nd, 2018
Cate: plain sounding high thinking

オーディオはすでに消えてただ裸の音楽が鳴りはじめる(その4)

《オーディオはすでに消えてただ裸の音楽が鳴りはじめる》
オーディオの行きつく渕を覗き込む人は、そこに飛び込むことになろう。