アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その20)
アナログディスクのレーベルにヒゲをつけてもなんとも思わない、感じない人は、
どんなに高価なアナログプレーヤーを使っていても、初期盤を持っていたとしても、恥を知らない人なのだろう。
ヒゲに無頓着な人だけではない、最近のオーディオマニアにも恥を知らない人が増えてきているように感じる時がある。
アナログディスクのレーベルにヒゲをつけてもなんとも思わない、感じない人は、
どんなに高価なアナログプレーヤーを使っていても、初期盤を持っていたとしても、恥を知らない人なのだろう。
ヒゲに無頓着な人だけではない、最近のオーディオマニアにも恥を知らない人が増えてきているように感じる時がある。
レコードのレーベルにヒゲをつけるかけ方をしている人がいる、と書いた。
先日、これもソーシャルメディアで流れてきた動画でも、そうだった。
外国人男性で、かなり高価なアナログプレーヤーを使っている。
盤面に針を降ろす時は慎重に丁寧にやっているふうだけど、
その前のターンテーブルプラッターにディスクをのせる時、
無頓着にセンタースピンドルの先端で、レーベル面を擦っている。
その外国人の男性がいくつらいなのかははっきりしないが、三十代から四十代くらいに見えた。
ヒゲに関しては、世代も国の違いも関係ないようだ。ヒゲに無頓着な人は私よりも上の世代にもいるのを知っている。
ヒゲに無頓着な人が、アナログディスクの音を語る──。
(その17)へのコメントがFacebookであった。
詳細は書かなかったから、高齢の方の取り扱いだと思われたようだが、実際は40代の方。
私よりも二世代若いとなると、音楽を聴き始めた頃はCDだっただろうし、
周りにアナログディスクの取り扱いの手本となる人もいなかった可能性もある。
コメントは、だから雑になってしまったのではないか──、ということだったが、
ショート動画を見るかぎり、扱いは丁寧なのだ。
だがセンタースピンドルの先端目指してすーっとレコードを置くことをやっていない。
音溝が刻まれているところだけには気を使っているのだろう。
つまりレコードのヒゲについて何も知らないからの、あの扱いなのだろう。
いま40代の人が読んできたであろうオーディオ雑誌には、レコードのヒゲについて書かれた記事はなかったように思う。
けれど、私が読んできたオーディオ雑誌にも、ヒゲについての記事はなかった。
私は「五味オーディオ教室」からスタートしているから、絶対にレコードにヒゲをつけてはならない──、
そのことが意識として常にあるけれど、他の人はどうだろうか。
ヒゲに関することは、あまり世代は関係ないように捉えているから、
丁寧に扱いながらもヒゲがつくことには無頓着な人がいることは、
オーディオの世界がいろんな意味で活発ならば、どこかで手本となる人と出会えただろうし、
注意してくれる人もいただろう。
オーディオショウでも、ヒゲについて言う人はいない。
そういうところに、オーディオの世界が老いてきているのかと、思ってしまう。
早瀬文雄(舘 一男)さんは、黒色を嫌っていた。
ヤマハのGTR1を使っていた時も、黒が嫌だからと塗り替えていた。
なのでGYRODECのブラック仕上げを選ぶことはなかったはず。
Wilson BeneschのCircleは石臼みたいなアピアランスで、
ターンテーブルプラッターは半透明の白っぽい感じだが、ベース部は黒。
舘さんがCircleを使っていた時、これがメインのアナログプレーヤーだった。
なのに私に「使いませんか」と譲ってくれたのは、黒だったことも理由の一つのように思っている。
音は気に入っている、いいプレーヤーだ、と彼はCircleを高く評価していたから、黒だったからだろう。
ターンテーブルプラッターがまわっているのを、ぼんやり眺める。
GYRODECには、そういう視覚的な楽しさがある。Circleにはない。
こうやって書きながらも、どうして舘さんがGYRODECに、あそこまで惚れ込んでいたのか、その理由ははっきりとはわからない。
考えるだけ無駄といえばそうなのだけれど、目の前にCircleがあって、たまにLPをかけると、とりとめもなく考えてしまったりする。
X(Twitter)に投稿されていたショート動画を見たばかり。
私が知らないだけで、ある程度有名なレコードコレクターの方が、レコードをかける動画だった。
無雑作にセンタースピンドルの先端で、レコードの中心孔周辺を擦っている。
いわゆるヒゲをつけまくるレコードのかけ方だ。
レーベルにヒゲがつこうが、音が刻まれている盤面には関係ない──、そういう感覚、認識なのだろう。
そんな人がレコードコレクターとして、そこそこ知られている。
人が、というよりもオーディオ界そのものが老いてきているような気さえする。
早瀬文雄(舘 一男)さんのスピーカー遍歴はすごいが、アナログプレーヤー遍歴もなかなかだった。
マイクロのSX8000IIにSMEのSeries Vの時もあれば、BARCO-EMTの復刻930stの時もあったし、ガラードの301、
いま私の元にあるWilson BeneschのCircleなどがある。
他にも記憶しているアナログプレーヤーはあるが、
書きたいのはそれらのことではなく、
J.A.ミッチェルのジャイロデックのことだ。
いまではMichell(ミッチェル)となっているが、
1980年代に輸入されていたころは、J.A.ミッチェルという表記だった。
GYRODECが、最初に日本に紹介された。
舘さんは、このGYRODECにベタ惚れだったと言っていいくらいに、そのデザインを高く評価していた。
メインのアナログプレーヤーとして使っていた時もあれは、サブ用として、
舘さんのリスニングルームには、常にGYRODECがあった。
私の記憶違いでなければ、一度手放してまた購入されている。
見ているだけで満足という感じでもあった。
いまではブラック仕上げもあるが、舘さんはシルバー仕上げだった。
私のところにあるWilson Beneschのアナログプレーヤー、Circleは、舘(早瀬文雄)さんが使っていたモノである。
舘さんが東京から京都にクリニックを移し引越しする時に、使ってください、と言ってくれたモノだ。
カートリッジはZYXが付いていたけれど、カンチレバーは折れていた。うっかりプラッターにぶつけて折ってしまったとも言っていた。
そんなうっかりがあるかな、と思ったけれど、自分で使ってみると、そのうっかりはたやすく起ってしまうことに気づく。
アームレストの固定が緩いから、すぐにトーンアームが外れてしまいプラッターにぶつかる。
運が悪ければ、カンチレバーが折れる。
舘さんもそうやってのことだったのだろう。
(その8)圧電型カートリッジについて書いている。
今日、Facebookに、京セラのセラミック圧電型スーパートゥイーターの投稿が表示された。
クラウドファンディングの告知である。
京セラもクラウドファンディングの会社もフォローしていないし、しかも約一週間前の投稿でもある。
(その8)が三日前だから、なんともタイミングがいい。
最後まで、その投稿を読む。
圧電型ということもあったが、
それ以上に京セラのスーパートゥイーターはピストニックモーションではなく、ベンディングウェーヴ型でもあることが、
私にとっては非常に興味をそそられると同時に、
やはり圧電型カートリッジの最新の音を、ぜひ聴いてみたくなる。
今回のクラウドファンディングが成功し、次はカートリッジをやってくれたら──、とちょっとだけ期待したくなる。
ウェストレックスの10A、ノイマンのDST。
これらのダイレクトカップリングのカートリッジの音を思い出すと、
私の頭の中に時々浮かぶのは、圧電型カートリッジの可能性である。
私が小さいころ、いわゆるステレオがある家庭は少なかった。
ステレオがない家庭にあるレコード再生のための機器は、
卓上型プレーヤー、ポータブルプレーヤーと呼ばれていたモノである。
フルレンジのスピーカーが搭載されていて、ターンテーブルプラッターは、シングル盤サイズ。
手軽に持ち運びできるように蓋を閉じると持ち手がある。
ケースはプラスティック製。
オーディオマニアからすれば、いい音が出てくるはずはない、と、それで終ってしまうであろう作り。
中学生のころ、中を見たことがある。アンプ部は、小さい基板一枚で構成されていた。
モノーラル再生のみなので、基板にはOPアンプ(それも一つ)だった。
どうみてもイコライザー回路はない。
MM型、MC型といった速度比例型ではなく、振幅比例型の圧電型カートリッジを採用しているため、アンプはこれ以上は無理というほどに簡略化されている。
本格的な音は、鳴ってこないが、声だけは活き活きと鳴っていた、と記憶にある。
当時の圧電型カートリッジは高性能は期待できないレベルとはいえ、この発電方式ならではの良さは少なからずあったのではないのか。
そんなことを時々思うことがある。
そんな時代と現代とでは、いろんな素子が改良されて良いモノになっている。
圧電型カートリッジは、可能性はどうなのか。
圧電型カートリッジは、ダイレクトカップリングに向く。当時は破損しやすかったため、カンチレバーが必要だったが、現代の圧電素子ならば、どうだろうか。
ウェストレックスの10A、ノイマンのDSTほどではないが、
オルトフォンのSPUやEMTのTSD15も、ローコンプライアンスのカートリッジである。
軽針圧(ハイコンプライアンス)のカートリッジの音にまったく惹かれないわけではないが、
SPUやEMTの音を聴くと、やっぱりこっちだな、とひとり納得するばかりである。
なぜなのか、と昔から疑問に思っていたし、その理由を考えてもいた。
理屈から言えばハイコンプライアンスの方が、カートリッジの在り方としては正しい、とも言える。
そんなことは昔からわかっていることでも、肝心なのは音であって、
例えば別項「2023年ショウ雑感(その17)」で書いたことも関係してくる。
2023年のインターナショナルオーディオショウでのオルトフォンジャパンのブースで鳴っていた二つの音。
一つはオルトフォン最新・最高級のMC Diamond、
もう一つは、SPU GTE、
どちらも石川さゆりの「天城越え」を鳴らしていた。
どちらの音が、より正しいのか、と問われれば、MC Diamondだ、と答える。
MC Diamondでの音は、スタジオで石川さゆりが歌っているかのように聴こえたからだ。
一方のSPU GTEの音は、石川さゆりがナイトクラブで歌っているかのように、私の耳には聴こえた。
スタジオで録音しているのだから、MC Diamondの聴こえ方の方が正しいとは、私でも思う。
それでも……である。
わかった上で、どちらをとるかである。
昔から高音質を謳ったアナログディスクは、いろんなレーベルから発売されていた。
もちろんいまも発売されているわけで、半速カッティングを誇らしげに謳っているところもある。
この半速カッティングだが、私は昔から懐疑的である。
それはアナログをエネルギー伝達、デジタルを信号伝達と捉えているからだ。
もちろんアナログディスクを信号伝達メディアとして捉える考えもあっていいし、
その考えに立てば、半速カッティングは有効な手段となるわけだが、
エネルギー伝達メディアとしてアナログディスクを考えているのであれば、
半速カッティングには、どうしても疑問符がついてまわる。
1980年代、山中先生も半速カッティングには否定的だった。
それだけでなく、倍速カッティングの音を聴いてみたい、とも言われていた。
何をバカなことを──、と思う人もいるし、私のように山道する人もいる。
私も倍速カッティングが可能ならば、その音はぜひとも聴いてみたい。
くり返すが、アナログディスクをエネルギー伝達メディアとして捉えているからの倍速カッティングである。
昔から言われているのは、
カートリッジにおいてハイコンプライアンスの方が、
レコードからピックアップする情報量が多い、ということだ。
あるカートリッジの改良版が出た。
以前のモデルよりもハイコンプライアンスになっている。
そういう場合、たいていの評価に、以前のモデルよりも情報量が増えた、とあったりする。
いまもそうだと言える。
ハイコンプライアンスになると情報量が増え、それは良いこととしての評価だし、
そう受け止められてもいる。
でも、本当にハイコンプライアンスになるのは、いいことなのだろうか。
この疑問は、昔から持っている。
十年ほど前にも書いているように、
デジタルは信号伝達、
アナログはエネルギー伝達と考えている。
これは私の考え方、受け止め方であって、
アナログディスクを信号伝達メディアとして再生すること、
そういうアプローチの人がいることに、何か言いたいわけではないし、
そういう考えに立つならば、カートリッジはハイコンプライアンスなのも理解できる。
理解はしても、アナログディスクをエネルギー伝達メディアとして受け止めている私は、
ハイコンプライアンスのカートリッジよりも、
ローコンプライアンスのカートリッジに惹かれる。
ウェストレックスの10Aを聴くと、まさにアナログディスクはエネルギー伝達メディアだと、強く思い込める。
数日前、ヤフオク!で落札した。
今年になってLPは数枚落札していたけれど、オーディオ機器の落札は、これが初めて。
落札したのは、EMTのトーンアーム、929だ。
930st、928、950に搭載されているモデル。
いまさら、なぜ929? と思われるだろう。
929を取り付けるプレーヤーを、いまは持っているわけではない。
私が使うためではなく、あるところの930stのための落札だ。
写真で見ても状態は良さそうだった。必要なパーツの欠品も特にない。
高くなりそうかな、と思っていたけれど、予想していた落札価格よりも低かった。
その929が今日届いた。
アームパイプの仕上げも昔のまま。状態はいい。
いい買い物をした、と実感がわく。
アナログプレーヤー関係のモノは、時には意外なほど高値がつく。
それだけ出しても欲しい人がいるからなのだろうが、
それでも……、とおもうところは、やはり残る。
今年になって私のところにやって来たトーンアームは、929が最初ではなく、
SMEの3012 S/IIがやって来た。
こちらはいくつか欠品のパーツがあるから、ebayで揃えていく。
といっても、パーツが揃って整備しても、使う予定はない。
それでも、いま手元に二本のトーンアームがある。
929は近日中に、行くべきところに行ってしまうけど、
こうやって二本のトーンアームを眺めているだけで、オーディオっていいな、と思える。
ノイマンのDSTは、その改良型のDST62も一緒に聴いている。
最初にDSTを聴いた。そして驚いた。
DST62を聴く。
DSTの方が、素晴らしかった。
DST62だけを聴いていたら、
もしくはDST62を最初に聴いていたら、すごい、と驚いていたはず。
けれどDSTを先に聴いてしまった。
この印象はステレオサウンドの試聴室で聴いても、
持ち帰って自分のシステムで聴いても、変らず私はDSTを取る。
今回、ウェストレックスの10Aを聴いた。決して万全な環境で聴いたわけではないが、
ひとつ確信していえるのは、ローコンプライアンスのカートリッジの音に、
私は惹かれる、ということだ。
ノイマンのDSTを欲しい、とあの頃、思った。
しかも譲ってもいい、とも言われていた。
安いわけではなかった。すぐに、買います、と言える金額ではなかったけれど、
法外な値段でもなかった。相当無理すれば買える──、そんな金額だった。
買おうかと迷った。けれど買わなかったのは、DSTがカートリッジだからだ。
すでに製造中止になって随分経つ。
針交換のことを考えると、買います、とはなかなか言えない。
あとどれだけの時間、聴けるのか。それもなんとも言えない。
それで結局は諦めた。
それにDSTを聴いた直後だと、なかなかEMTのTSD15で聴く気は起こらない。
そうであってもTSD15以外のカートリッジは、基本使えないわけだから、
これで聴くしかない。
しばらくTSD15で聴いていると、これはこれで素晴らしいカートリッジだと思えてくる。
DSTの音の印象が薄れてきたわけではないが、針交換の心配もないし、
安心して聴くことができるTSD15の音に、ほっとしたところも感じていた。
それでもいつかはDSTというおもいは持ち続けていた。
そのおもいも、四十をこえたあたりから薄れてきた。
そしてメリディアンのULTRA DACでMQAの音を聴いて、相当に薄れていった。
そこに今回のウェストレックスの10Aである。