Archive for category 「ルードウィヒ・B」

Date: 4月 8th, 2021
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(ジャズ喫茶の描写・その3)

「美味しんぼ」というマンガがあった。

マンガにあまり関心のない人でも、かなりヒットしたマンガだけに、
どこかで目にしてたり、読んだことはなくても、
「美味しんぼ」というマンガがあったということは知っていよう。

「美味しんぼ」にも、ジャズ喫茶が登場する回がある。
「SALT PEANUTS」という回がそうだ。

地下にあるジャズ喫茶で、スピーカーはJBLの4350。
Aではなく、ウーファーのコーン紙が白い4350である。

注目したいのは、ジャズ喫茶の描写ではなく、
セリフに「レコード演奏」が出てくることだ。

「美味しんぼ」は1983年から連載がスタート。
「SALT PEANUTS」の回は1986年ぐらいだ。

菅野先生が「レコード演奏家論」をステレオサウンドに発表されるよりも、
かなり前である。

レコード演奏という表現は、「美味しんぼ」が最初ではない。
菅野先生も瀬川先生も、レコード演奏、レコードを演奏する、という表現を、
1970年代から使われていた。

とはいえ、オーディオ雑誌ではないところで、「レコード演奏」が登場したのは、
おそらく「美味しんぼ」が最初ではないだろうか。

Date: 3月 23rd, 2021
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(ジャズ喫茶の描写・その2)

二ヵ月ほど前、ある繁華街にいた。
私の前を、あるカップルが歩いていた。

20代なかばごろのように見えた二人だった。
男のほうが、あるビルを指さして、
「ここ、けっこう有名なジャズ喫茶なんだ」と相手の女性に話しかけた。

「じゃ、話せないんだ」と女性。
それでジャズ喫茶に関する会話は終っていた。

男性は、そのジャズ喫茶に彼女と二人、入ってみたかったのかもしれない。
そんな感じにみえた。

けれど、女性の一言で、あっさり却下された。

ジャズ喫茶では黙って、音楽(ジャズ)を聴いていなければならない、
そういう認識が一般的なのだろうか。

そうだから「じゃ、話せないんだ」で、ジャズ喫茶に関する会話は終ったわけだ。

この若い二人のジャズ喫茶への認識は、どこからの影響なのだろうか。
何によってつくられたものなのだろうか。

そういうジャズ喫茶があるのは事実だが、
そうではないジャズ喫茶も、東京にはある。

Date: 3月 23rd, 2021
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その11)

すべてのマンガがそうだとはいわないが、
マンガのなかには、バックグラウンドに音楽が流れているように感じる作品がある。

いまの時代、マンガの数はとにかく多い。
マンガ雑誌だけでなくウェブでも公開の場が広がったことにより、
いったいどれだけのマンガがあるのかは、もうわからない。

なので音楽を感じさせる、
音楽が通底しているとなんとなく感じられるマンガが、
全体のどの程度の割合なのかも私にはわからない。

それでも描き手が意識しているのかどうかすらも私にはわからないが、
音楽が流れていると感じるマンガが昔からあるのだけは確かにいえる。

ただ、そのマンガにしても、すべての人がそう感じるかといえば、これもまたなんともいえない。

コマとコマとをつないでいくのが、音のない音楽のようにも感じる。

そういえば、萩尾望都が、こう語っている。
     *
漫画は、読み進めている内は思考するところは働いていなくて、じゃあ何が動いているんだっていったら、音楽を聴くような情動系がずーっと働いている感じがします。
(「萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母」より)
     *
世の中には、マンガを頭から否定する人がいる。
音楽好きを自称している人であってもだ。

それはそれでいい。
おそらく、そういう人は、マンガから音楽、
それがなにかの音楽なのかは、ほとんどの場合、わからないけれど、
確かに感じるものが流れていることをまったく感じとれないのであろう。

念のため書いておくが、
だからといってマンガから音楽を感じとれるかどうかが、
音楽の聴き手としてどうかということではない。

Date: 5月 2nd, 2019
Cate: 「ルードウィヒ・B」

The Citi exhibition Manga

ヘッドフォン祭で、ある出展社の方から、
5月に大英博物館で赤塚不二夫の展示が開催される、ということを聞いた。

検索してみると、大英博物館で5月23日から8月26日にかけて、
The Citi exhibition Mangaが開催される。

日本のマンガの展覧会であり、赤塚不二夫だけではなく、
約50名のマンガ家、
約70タイトルによる総計約240点の原画および複製原画、
描き下ろし作品などが6つのゾーンに分けて展示される、とのこと。

詳細はコミックナタリーの記事をお読みいただきたい。

知人に、絶対にマンガを読まない男がいる。
音楽は、どんなジャンルでもボクは聴きます、といっている。
クラシックも聴けば、ジャズも聴くし、ロック・ポップスも聴く、というわけだ。
でも知人は演歌もそうだが、絶対に聴かないジャンルの音楽がある。

別にそれはそれでいい。
私だって聴かない音楽、関心のない音楽はけっこうある。

でも、知人は、どんなジャンルでも聴く、と普段から言っている。
そんなこと言わなければいいのに……、と思うけれど、
如何にも彼は「私は理解ある人物です」といいたげである。

そういう男だから、知人はマンガを読まない。
低俗だ、と頭からバカにしているところがある。
いくつかのマンガを薦めた(本を貸した)ことがあるが、手にとろうともしなかった。

その男は権威が好きである。
権威が好きなのは、それはそれでいい。

その男は、今回の大英博物館でのThe Citi exhibition Mangaのニュースを知ったら、
どんな反応をするだろうか。

ころっと手のひらを返して、マンガは素晴らしい、とか言ったりするようになるのか。
私は、ずっと以前、その男のそういう態度を、手のひら音頭ですね、と茶化したことがある。

手のひら音頭男である。
そういうところは、その男の本性のようだから、生涯変らないだろう。
手のひら音頭男とのつきあい、九年前に終った。

手のひら音頭男は、The Citi exhibition Manga開催を知っても、
ふーん、というぐらいの反応しかしないはずだ。

それでいい、とおもうようになった。
The Citi exhibition Mangaによって、手のひら音頭男がマンガに関心をもつようになるほうが、
私には気持悪く感じるからだ。
よしてくれ、といいたくなるに決っている。

大英博物館でThe Citi exhibition Mangaが開催されるからといって、
マンガが権威付けされるとは思っていない。

手のひら音頭男だけでなく、
今回のことでマンガが権威付けされると受けとる人はいるだろう。

オーディオだって、いまだに毎年暮には各オーディオ雑誌の特集は「賞」である。
手のひら音頭男は、私に以前、
オーディオ雑誌を創刊しましょう、といってきた。

手のひら音頭男は、創刊したばかりの号で、賞をやりましょう、と力説した。
創刊したばかりのオーディオ雑誌が賞をやって、どうする?
何の意味がある? と私は反対した。

創刊の話は流れた。
創刊できたとしても、手のひら音頭男とは一緒に仕事はできなくなっていたことだろう。

マンガは、そんな権威から無縁であってほしい。

Date: 2月 9th, 2019
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(1989年2月9日)

30年前の2月9日。
手塚治虫が亡くなった日。

私には、1989年1月7日よりも、昭和が終ったと感じた日であった。
そう感じた人は少なくないようである。

30年経つ。
あと三ヵ月たらずで平成も終る。

手塚治虫は自身のマンガについて、こう語っている。
     *
僕のマンガというのは教科書なんですよ。教科書というのは、読んでワクワクするほど面白いもんじゃないし、面白すぎても困るわけ。若い連中がそれに肉付けして、素晴らしい作品を作ってくれることが望ましい。
     *
小学生のころ、手塚治虫のマンガと出逢った。
ブラック・ジャックとも出逢った。

手塚治虫はすごい、と小学生ながら思っていた。
それでも、当時のマンガのいくつかが、手塚治虫のマンガよりも面白く感じられた。
そのことが癪だった。

手塚治虫のマンガより、それらのマンガのほうが人気があるのが癪だったわけではない。
私自身が、手塚治虫のマンガよりも、それらのマンガを面白く感じたことが癪だった。

スマートフォンが普及して、スマートフォンでマンガを読めるようになった。
手塚治虫のマンガも読める時代である。

少年チャンピオンに連載されていたブラック・ジャックは毎週買って読んでいた。
単行本も買って読んでいた。

四十年ほど経って、いまもブラック・ジャックを読んでいる。
ここにきて、手塚治虫のマンガが教科書という意味がわかる。
同時に、ブラック・ジャックというマンガのすごさがわかる。
手塚治虫のすごさがわかる。

Date: 6月 17th, 2018
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(ジャズ喫茶の描写・その1)

手塚治虫の「人間昆虫記」の浮塵化の章(1)の冒頭。
黒人ミュージシャンの演奏シーンで始まる。

それを独り聴いている蟻川というアナーキスト。

「人間昆虫記」を読んだのは高校生だったか。
この時は気づかなかったが、このシーンは、ジャズ喫茶を描いている。

レコードやスピーカーが描かれているわけではないが、
確かにジャズ喫茶である。1970年ごろのジャズ喫茶なのだろう。

気づいたのはハタチすぎて、もう一度「人間昆虫記」を読んだときだった。

Date: 11月 22nd, 2017
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その10)

先週末、Aさんのお宅に集まっての飲み会だった。
15時半ごろから私は参加して、その後場所をうつして、23時ごろまで、
オーディオ好きの人たちと飲んでいた。

一応名目は試聴会だったようだが、音を聴いている時間よりも話しているほうが長い。
いろんな話が出たわけだが、Aさんが、
「最初に見た女性の裸は?」とみんなにきいてきた。

彼は子供のころドイツに住んでいたので、
ドイツ人の友だちが持ってきたスキンマグに載っていた写真だった、とのこと。

いわれてみると、私は場合は……、と思い巡らしていたところ、
Kさんが「永井豪のマンガだった」といわれた。

そうだ、そうだ、と思い出した。
私は、手塚治虫のマンガだった。

永井豪のマンガは、私も読んでいた。
デビルマンや魔王ダンテなどを、小学生のころは読んでいた。

そこにも女性の裸は登場する。
手塚治虫のマンガにも登場する。

そのころの少年マンガに登場する女性の裸は、
いまの緻密な描写のマンガのように、こまかなところまで描かれていたわけではない。
たいてい乳首は省略されていた。

そんなふうに描かれていた当時の女性の裸と、
海外のスキンマグに載っている女性の裸の写真とでは、
小学生のころに受ける印象は、そうとうに違うことは想像できても、
実際にはどのくらい、どんなふうに違ってくるのか──。

そのあたりについて考えていくのはおもしろそうだが、
私の場合、こういうところでも手塚治虫の影響を受けていたのかと、
改めて感じていた。

Date: 10月 3rd, 2015
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その6その後)

手塚治虫による「雨のコンダクター」、
つまり手塚治虫によって描かれたバーンスタインは、音楽を演る男のかっこよさをがあった。

バーンスタインは指揮者であり、作曲家でもあり、またピアニストでもある。
音楽家として才能に恵まれ、自信に満ちていたかのように思われた……。

河出書房新社の「フルトヴェングラー 最大最高の指揮者」に、
作曲家・伊東乾氏による「作曲家フルトヴェングラー」についての文章がある。

バーンスタインの話から始まる。
     *
 生前のレナード・バーンスタイン(1918-1990)と初めて会ったときの事だ。たまたま学生として参加していた彼の音楽祭で、当時僕がスタッフをしていた武満徹監修の雑誌の企画で「作曲家としてのバーンスタイン」に話を聴くことになった。
 ところが、話が始まって20分位だったか、マエストロ・レニーは突然、何か感極まったような表情になってしまった。
 思いつめたような声で、半ば涙すら浮かべながら
「コープランドには第三交響曲がある。アイヴズには第四交響曲がある。でも自分には何もない」
 と訴え始めたのだ。大変に驚いた。
 反射的に彼の『ウエストサイド・ストーリー』(『シンフォニック・ダンス』)の名を挙げてみたのだが
「ああ、あんなものは……」
 と更に意気消沈してしまった。確かに「シンフォニック・ダンス」はよく知られた作品だが、実はオーケストレーションも他の人間が担当しており、ミュージカル映画の付帯音楽に過ぎないのは否めない。
「誰も僕を、作曲家としてなんか認めていない……」
「いいえ、あなたが一九八五年、原爆40年平和祈念コンサートで演奏された第三交響曲『カディッシュ』は素晴らしかっただから今、僕たちはここに来て、作曲家としてのあなたにお話を伺っているのです。
 自分の信じる通りを誠実に話して、どうにか気持ちを立て直して貰った。
     *
意外だった、驚きだった。
「自分には何もない」、
「ああ、あんなものは……」、
「誰も僕を、作曲家としてなんか認めていない……」、
こんなことがバーンスタインから語られていたとは知らなかった。

そういえばグルダが、
バーンスタインはジャズがまったくわかっていない、批判していたのは知っていたけれど、
それでも大きな驚きだ。

とはいえ、指揮者バーンスタインが残したものの聴き方が、このことを知って変るかといえば、
まったく変らないであろう。
ただ「雨のコンダクター」の読み方は、多少変るかもしれない。

バーンスタインに、こんなコンプレックスがあったことを手塚治虫が知っていたのかどうかはわからない。
手塚治虫が、そういうものを感じとっていたのかどうかもわからない。
それでも知った後と知る前とでは何かが変っていくはずだ。

Date: 4月 7th, 2015
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その9)

手塚治虫のマンガで音楽に関係している作品で思い出すのに「0次元の丘」がある。
短篇だ。

シベリウスの「トゥオネラの白鳥」をめぐるストーリーで、
エドアルド・フォン・ ベルヌという指揮者が登場する。
主人公が、エドアルド・フォン・ ベルヌ指揮の「トゥオネラの白鳥」にだけ、ある反応を見せる。

ずいぶん昔に読んだ作品で、
そのころはシベリウスのという名前こそ知ってはいたけれど、
その作品は意識して聴いたことはなかった。
「トゥオネラの白鳥」がどういう曲なのかわからずに読んでいた。

だから気づかなかったことがある。
エドアルド・フォン・ ベルヌのことである。
クラシックを聴く人ならば、エドアルド・フォン・ ベルヌは、
エドゥアルト・ファン・ベイヌムのことだと気づく。

ベイヌムは「トゥオネラの白鳥」を指揮している。
間違いなく手塚治虫はベイヌム指揮の「トゥオネラの白鳥」を聴いていたはずだ。

となると「0次元の丘」における「トゥオネラの白鳥」、
それも特別な意味をもつ「トゥオネラの白鳥」はベイヌム指揮のもののはずでもある。

つい最近「0次元の丘」を読みなおして気づいた。
「0次元の丘」を読んだ人ならば、ベイヌムの「トゥオネラの白鳥」を聴きたいと思うようになるだろう。

手塚治虫はベイヌムの「トゥオネラの白鳥」を、「0次元の丘」で描いているように聴いたのか。

戻っていく感覚(ネオ・ファウスト)

手塚治虫の未完の作品のひとつが「ネオ・ファウスト」。
タイトルからわかるようにゲーテの「ファウスト」を題材としていて、
手塚治虫は三度「ファウスト」を作品化している。

第一作は1949年(1950年かもしれない)に「ファウスト」というタイトルで不二書房から出ている。
第二作は1971年に「百物語」のタイトルで、少年ジャンプでの連載が開始。
第三作の「ネオ・ファウスト」は1988年1月から朝日ジャーナルでの連載が始まっている。
ゲーテの「ファウスト」は第一部が1808年、第二部がゲーテの死後の1883年に発表されている。

「ファウスト」の第一部から「ネオ・ファウスト」の連載開始までの180年。
科学技術はおそろしく進歩していった。
手塚治虫の「ファウスト」から「ネオ・ファウスト」までの39年でも、大きく進歩している。

だからこそ手塚治虫は「ネオ・ファウスト」を描いたような気がしてならない。

ゲーテの「ファウスト」の時代、ホムンクルスは錬金術による人造人間だったのが、
「ネオ・ファウスト」ではバイオテクノロジーが生み出す人造人間となっている。

ゲーテの「ファウスト」ではホムンクルスの登場は少ない。第二部に登場してエーゲ海であっけなく消える。
「ネオ・ファウスト」の第二部にホムンクルスは登場する予定だった。
だが手塚治虫の死で第二部は二話で未完となってしまう。
ホムンクルスはまだ登場せずに、だ。

手塚治虫の死後に出た関連書籍を読むと、ホムンクルスは最後まで登場する構想だったことがわかる。
重要な存在としてのホムンクルスであるところが、ゲーテの「ファウスト」と違ってくるところであり、
これこそが180年のあいだに進歩した科学技術があるからだ、と思う。

「ネオ・ファウスト」がどう話が展開して、どういう終りになるのかまったく想像はつかない。
けれど、倫理について語られるものがあった、と思う。

「ネオ・ファウスト」のホムンクルスは地球を破壊していく。
バイオテクノロジーに対する不安、拒絶反応が「ネオ・ファウスト」の大きなテーマ、ということだ。

21世紀を目前にしていた時代に、手塚治虫がどう倫理を描いていくのかを読みたかった。

Date: 11月 8th, 2012
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その8)

手塚治虫の「雨のコンダクター」は、苦労することなく読むことができる。
けれど、ほかの作品となると、
図書館に行きFMレコパルのバックナンバーをひとつひとつ見ていくしかないのではなかろうか。
しかもFMレコパルのバックナンバーを揃えている図書館はそう多くないだろう。

バーンスタインの「戦時のミサ」はCDで聴ける。
これがおさめられている12枚組のボックスは、安いところでは2000円ちょっとで購入できる。
CDの値段が、そこにおさめられている音楽の価値とは直接な関係はないとはいえ、
安いことはありがたいことではあるけれど、ここまで安くしなくても……という気持もある。

廃盤になっていた時期があったとはいえ、いまはこうして聴ける。
やはり、これはデジタル化の恩恵でもあろう。
CDが登場して30年。

30年前のCDの価格は1枚4000円こえるものもあった。
しばらくして3800円、3500円と安くなり、さらに3200円へと推移していった。
再発ものの値段は、この10年は、バーンスタインのハイドン集にかぎらず、あってないような感じも受ける。

書籍のデジタル化が電子書籍なのだから、
いつかは10年後とか、もっと先には、いまのCDのような感じになるのかもしれない。

ただ音楽ディスクのフォーマットは、CDひとつに絞られたけれど、
電子書籍に関しては、そうではないから、
10年後、20年後、CDと同じような推移をするのかどうかは読めないところがあるのも確かだ。

それでも電子書籍が普及すれば、
FMレコパル・ライブ・コミックが全作品読めるようになるのではないかと思う。

1作品ずつの販売、筆者ごとの販売、全作品まとめの販売、
どういう販売方法でもかまわないから、
とにかくFMレコパル・ライブ・コミックがもういちど読める日がはやく来てほしい、と思っている。

Date: 11月 8th, 2012
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その7)

小学館が発行していたFMレコパルは1974年の創刊。
共同通信社のFMfan、音楽之友社の週刊FMがすでに創刊されていて、FMレコパルは後発だった。

それゆえに独自色を出すために、小学館は約2年の準備期間を設けていた、という話を、
昨夜、西川さんからきいたばかりである。

先行する共同通社、音楽之友社にはなく小学館にある強みのひとつが少年マンガ誌(少年サンデー)であり、
この当時の少年マンガ誌を読んでこられた方ならば記憶にあるはずだが、
ページの欄外に一口情報的な文章が載っていた。

小学館は少年サンデーの、この一口情報を活用する手を考え、
オーディオ一口メモということをやっていたそうだ。
しかも執筆されていたのは岩崎先生だったそうだ。
(なんと贅沢なんだろう、と思ってしまう。ほかの出版社だったら編集者が書いていたと思う。)

岩崎先生も仕事が忙しくて、
途中から西川さんが代理で書いて、岩崎先生がチェックするというふうに変っていったそうだが、
とにかくこういう地味なことを続けて、読者アンケートの結果から、
FMレコパルでは、他のFM情報誌よりもオーディオに力を入れていくように編集方針が決った、とのこと。

そしてもうひとつのFMレコパルの独自色だったのが、FMレコパル・ライブ・コミックであった。
マンガ家との強いコネクションをもつ小学館だけに、手塚治虫だけでなく、
石森章太郎(石ノ森と書くべきだろうが、私が夢中になって読んでいたころは石森だったのでこう書いてしまう)、
さいとうたかを、望月三起也、松本零士、ジョージ秋山、黒鉄ヒロシほか、大勢の方が描かれていた。

1976年の終りごろからは掲載時に読んでいたけれど、記憶に残っているもの、
ほとんど記憶に残っていないもの、
えっ、この人が描いていたの? というぐらいまったく記憶にないものがある。

FMレコパル・ライブ・コミックにどういう作品が掲載されたのかは、
図書の家というサイトにある芸術・芸能漫画アーカイブに詳しい掲載リストが公開されている。

このリストを見ていると、読みたい! と思う。

Date: 11月 8th, 2012
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その6)

手塚治虫のマンガのなかで、音楽についての作品はいくつかあって、
たぶん有名なのが「雨のコンダクター」であろう。

FMレコパルに1974年に掲載されているので、
内容までは憶えていないけれど、読んだ記憶はある、という方はいらっしゃるだろう。

「雨のコンダクター」にはふたりの実在の指揮者が登場する。
ひとりはオーマンディ、もうひとりはバーンスタインであり、
「雨のコンダクター」ではオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団によるチャイコフスキーの1812年、
バーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニーによるハイドンのミサ曲第九番「戦時のミサ」が描かれている。

オーマンディの演奏はケネディセンターホールで、
バーンスタインの「戦時のミサ」はワシントン大聖堂で行われ、
オーマンディによるコンサートは、ニクソンの大統領就任記念のためのもので、
バーンスタインによる「戦時のミサ」はベトナム反戦コンサートのためのものである。

「雨のコンダクター」は、このふたつの対比的なコンサートの模様を描いている。

クラシックについてほとんど知らない人が読んでしまったら、
オーマンディのレコードを聴きたいと思う人はいなくなるんじゃないか、と思えてしまうほど、
手塚治虫によるバーンスタインは、かっこよかった。
音楽を演る男のかっこよさがあった。

1974年の掲載だから、私が読んだのは何かの単行本に収められたものであった。
それでも10代のうちに読んでいる、と記憶している。

この日のバーンスタインの演奏は録音されていないようだが、
翌日の録音によって「戦時のミサ」は聴くことができる。

しばらく廃盤だったようだが、今年前半に発売になったバーンスタインのハイドン集(12枚組)に収められている。

Date: 12月 14th, 2009
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その5)

「のだめカンタービレ」の音楽の表現のほうが、直感的に伝わってくるものがあり、
それはある種普遍的な要素が多いようにも思う。
それに「のだめカンタービレ」での音楽のコマは、ほとんどが演奏シーンでもある。

「ルードウィヒ・B」での音楽の表現は、音楽そのものを直接表現することと関係していて、
手塚治虫の主観によって画となる。
だから、その主観を読み解く難しさと面白さが、「ルードウィヒ・B」にはあるともいえる。

「のだめカンタービレ」では、1コマで表現されることはない。
いくつかのコマ、数ページにわたって、表現は構成されている。

「ルードウィヒ・B」ではときに1コマで、音楽という連続している作品、
時間軸とともにある作品を表現しているのは、
手塚作品におけるモブシーンと通底しているものが感じられるとともに、
手塚治虫の、マンガという手法の限界に挑んでいた迫力が、あるといってもいいだろう。

手塚治虫が健康で長生きされていれば、1コマのもつ迫力は増し、磨かれていったはずだ。

「のだめカンタービレ」は最終回を迎え、単行本も23巻が出ている。
8年間続いた連載が終ったわけだが、すでに番外「オペラ篇」がはじまっている。
「ルードウィヒ・B」の続きを読むことはできないが、「のだめカンタービレ」は、もうすこしつづいていく。

こんどは、言葉という具象的なものが、その音楽シーンに加わる。
それを二ノ宮知子がどう処理・表現していくのかも、ストーリーとともに大きな楽しみになっている。

Date: 12月 14th, 2009
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その4)

「のだめカンタービレ」では、音楽そのものを直接画で表現しようとはしていない、といってもいいだろう。

手塚治虫の「ルードウィヒ・B」での表現手法とは大きく異るのは、
作者の二ノ宮知子が女性であることと関係しているのかもしれないし、
性差は関係なく、世代の違いもあろうし、音楽の聴き方、というよりも捉え方の違いから生じたのかもしれない。

「のだめカンタービレ」での音楽シーンでは、必ずといってよいほど聴衆がそこにいて、
彼らの表情によって、そこに響いている音楽がどのように聴き手を捉えているのかが表現される。

「ルードウィヒ・B」に登場した平均律クラヴィーアのコマ(画)は、「のだめカンタービレ」には登場しない。

手塚治虫の作品には、ときどき、それまで見たことのない画が突如として現れる。
「ルードウィヒ・B」にも、現れている。
「のだめカンタービレ」には、現れない。

だが、どちらが音楽を、音のない画から伝えるか、という点では、二ノ宮知子の手法のほうが、
作品が長く続き、手法が洗練されてきたこともあって、完成度は高い。

音楽が、じーんと伝わってくる。